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第93話

 異世界選手権大会、当日。


 晴れ渡った青空の下、ミルボン王国を東西に分かつ大河の中流に建設されたスタジアムは、朝から大いに賑わっていた。


 選手権大会の参加者に、その応援団。エントリー数が少なくて大会に参加できなかった者や、純粋な見物客。

 事情は様々だったが、皆、異世界選手権という新たな刺激を満喫しているようだった。


 当然、それに比例してエントリーの受付や観客の誘導、苦情の処理と、運営側の負担は増大。秋代たちは朝から運営作業に追われることとなった。

 それでも、滞りなく選手権の開催に漕ぎつけたのは、永遠長の力が大きかった。


 永遠長はスタジアムの建設は元より、出場者の出走コースや出走順、機材の調達といった雑用全般を1人でこなし、もっとも重要なスタッフも、


「変現、双獣白狐」


 公言通り分身によって確保したのだった。


「うおおおお! なんじゃ、そりゃあ!?」


 永遠長の分身を目の当たりにした木葉は、案の定目を輝かせた。


「獣人化したら、そんなことまでできるんか!?」


 木葉は、分身というから、てっきりディサースの魔法だとばかり思っていたのだった。


「ずっこいぞ、永遠! おんしばっかり! わしもしたい! 変身したい! 分身したい! なんで、わしはできんのじゃ!?」


 木葉は駄々っ子モードに突入した。


「だから無理だと言っている」

「なんでじゃ!? わしら運営なんじゃぞ! なのに、なんで行けんのじゃ!? 上が反対でもしとるんか!? じゃったら、もう1回行けるように、上に話をつければええことじゃろ!? なんなら、わしが直接交渉してやる!」


 木葉は猛然と息巻いたが、


「いらんわ。そんなもん」


 秋代に一刀両断されてしまった。


「なんでじゃ!?」

「決まってんでしょうが」


 木葉が行けば、自動的に秋代も付き合わされることになる。そこで、もし下手にブタやゴリラに変身しようものなら、一生ゲテモノの烙印を押されることになってしまう。それぐらいなら、閉鎖のままで結構。というか、復活など金輪際していらなかった。


 ともあれ、秋代たちの奮闘によって、異世界選手権はトラブルなく開始の時を迎えようとしていた。そして開始時刻が近づくにつれて、数を増し続ける見物客のなかには、秋代たちの見知った顔も含まれていた。


「まったく不謹慎なのです!」


 魔法少女にして、異世界戦隊マジカリオンのリーダーである沙門は、人混みの中で憤然としていた。


「スポーツ大会を開くのはいいとして、場所を考えろなのです!」


 今、地球人とモス人とは緊張状態にある。そんなときに、こんな大会を開けば、嫌でもモス人の耳目も集めることになってしまうのだった。


「まあ、そうだけど、彼には彼の考えがあるんだろうし、ここは冷静にね」


 花宮が沙門をなだめ、


「そうだよ、マリーちゃん。それに万が一のときのために、こうしてボクたちも来たわけだし」


 十六夜も花宮のフォローに回る。


「おうよ。オレ様がいれば、たとえ何万人、モスの連中が攻めて来ようが問題ねえ。まとめて返り討ちにしてくれるぜ!」


 九重は自信満々に右拳を突き出した。


「あ、あのう、そういうことは、あまり大声で言わないほうが……」


 六道が九重にささやく。どこでモス人が聞いているかわからない以上、迂闊な発言はトラブルを呼び込みかねないのだった。そして実際、九重のセリフを聞きとがめた者がいた。


「随分と勇ましいことですこと」


 尾瀬明里だった。

 尾瀬はディサースのときと変わらない魔術師スタイルで、右手には神器と思しき杖を持っていた。そして、その尾瀬の背後には轟を始めとする、10人以上の取り巻きが付き従っていた。


 自分と同じ魔法少女の出現に、


「む!」


 沙門が敵愾心をむき出しにするなか、


「あなたも来たのね、尾瀬さん」


 花宮が友好的に応じる。


「もちろんですわ。運良く運営権を奪えたのをいいことに、好き放題をしている「背徳のボッチート」のお手並みを、拝見しないわけにはいきませんから」


 尾瀬は微笑した。


「相っ変わらず、ヒネた性格してやがるな、おまえ」


 九重が正直すぎる感想を口にした。


「ほざけ、下民!」


 轟が吐き捨てた。


「少しばかり理事長の覚えがいいからと、あまり調子に乗るなよ。本来、おまえたちなど明里様と口を利くことさえ許されない立場なのだぞ」

「そりゃ、おまえらのほうだろ。名家のお嬢様だからって、何をやっても許されるわけじゃねえんだぜ?」


 九重と轟の間で火花が散る。


「まあまあ、さっかく皆楽しんでるんだし、今日はケンカはなしでいこうよ」

「そうよ。せっかくの新イベントなんだから」


 十六夜と花宮が仲裁に入り、


「お二人の仰るとおりですわよ、轟さん」


 尾瀬も轟をたしなめた。


「もっとも、新イベントとは名ばかりで、中身は穴だらけのようですけれども」

「穴?」


 十六夜たちは小首を傾げた。


「そうですわ。競技会を開催する以上、ある程度の人数が集まることは自明の理。であれば、スタジアム内もしくは周辺に飲食店を設けるなりして、食事の場を提供するのが運営の役割でしょうに。それらしい施設は、まったくありませんでしたので」

「それについては、書いてあったじゃない。当日は、食堂その他の飲食店は近くにないので、各自ご持参くださいって」


 花宮の記憶では、イベント告知の注意事項にそう記載されていたはずだっだ。


「まあ、学校の運動会でも別に食堂なんていかねえし。野郎のなかじゃ、あれと同じノリなんだろ、きっと」


 九重の憶測を、


「だから詰めが甘いと言うのですわ」


 尾瀬は鼻で一蹴した。


「んだと、こんにゃろう」

「この競技会そのものが、これまでのイベントでは日の当たらなかったスキル持ちに活躍の場を与えよう、というコンセプトで開催されたものでしょう。であれば「異世界料理会」のような料理人ギルドに食事の提供を任せれば、より多くの非戦闘職に活躍の場を与えることができたでしょうに」


 尾瀬は悠然と宣った。


「そうでなくとも競技会の会場をもっと早く建設して、その周辺での屋台営業を許可していれば、もっと盛り上がったはずですわ」


 尾瀬はフンと鼻を鳴らした。


「まあ、そうかもしれないけど、今回は急だったから、永遠長君もそこまで頭が回らなかったんじゃないかな?」


 十六夜がフォローしたが、


「そもそも、それが問題なのですわ」


 尾瀬に追求の材料を与えただけだった。


「新イベントを行うと言うのであれば、まず新イベントに関する周囲の反応をリサーチし、好評であれば他の競技会をリサーチして十分な情報収集をした上で開催場所や人手を確保し、まずは身内でテストプレイを繰り返した後に、一般人向けに開催するのが常道。それを運営になって、まだ一月もたたないうちに、新イベントを実行すること自体が世の中をナメきっている証拠なんですわ」


 尾瀬はそう言い募ってから、


「まあ、コミュ障で独りよがりの「背徳のボッチート」さんに、そこまでのことを要求するのは酷というものなのでしょうけれども」


 鼻で笑い、


「大方、新しく運営となったことを、新イベントを開催することで誇示したかったのでしょうけれども、社名を「異世界ギルド」に改名したことといい、まったくもって浅ましい限り。これだから俗物は度し難いのですわ」


 言い捨てた。


「そうかしら? 確かに新イベントの開催は急ぎ過ぎたきらいはあるけど「異世界ギルド」のネーミングはいいと思うのだけれど」


 花宮が、やんわりと言った。


「おうよ。異世界ストアよりも、ずっとカッケーぜ。地球の冒険者ギルドって感じでよ。な、マリー」


 九重は沙門に同意を求めた。


「それは認めるのです。ですが、やはりマリーは「背徳のボッチート」は許せないのです!」


 沙門は鼻息を荒げた。


「マリーちゃん。尾瀬さんと同じで、永遠長君のこと嫌いだものね」


 花宮は苦笑した。


「嫌いではないのです! ムカついているのです!」


 忘れもしない。あれは2年前、沙門が永遠長に始めて会ったときのことだった。


「マリーたちが「異世界戦隊マジカリオン」と名乗ったら、あの男は言うに事欠いて「ああ、あの新幹線ロボをパクッてる奴らか」と、ぬかしやがったのです!」


 ファック・ユー! ビッチ! コック! サーク! と、沙門は地団駄を踏んだ。


「マリーは、あのアニメのネーミングなどパクっていないのです! 百歩譲って参考にしたというのなら、それはあのアニメではなく「ビデオ戦士」なのです!」


 沙門の怒りが再燃し、


「それを知りもしないで、あの男はしたり顔で、底の浅いことをぬかしやがったのです! 許すまじ「背徳のボッチート」なのです!」


 怒髪天を衝く。


「ダメだよ、九重君、マリーちゃんに永遠長君の話題振っちゃ」


 十六夜が苦笑交じりで九重に言い、


「そうですよ。マリーさん、尾瀬さんと一緒で、あの人のことになると、いつも以上に暴走するんですから」


 六道もささやく。


「いいじゃねえか。いかにもツンデレって感じで」


 九重が1人納得して、ウンウンとうなずくと、


「違うのです!」


 沙門と、


「そんなんじゃありませんわ!」


 尾瀬から同時に否定の言葉が飛んできた。


「……もう、いいですわ」


 尾瀬は軽く咳払いした。


「これ以上、あなたがたと話していても時間の無駄のようですし、わたくしどもはこれで失礼させていただきますわ」

「おう、行け行け。サッサと行っちまえ」


 九重はハエを追い払うように右手を払った。


「ですが、その前に1つ、あなたがたの愚かさを正しておいて差し上げますわ」

「あ!?」

「先程の懸念ですが、心配する方向性が間違っておりますわ」

「先程?」


 九重は小首を傾げた。


「ホント、頭の先から爪先まで単細胞でできておりますのね、あなたは」

「んだと、んにゃろう」

「確かに、あなたがたの懸念通り、ここにいる地球人を狙ってモス人たちが何か仕掛けてくる可能性は高いですわ。特に、テネステア教会の連中は」

「テネステア教会?」


 花宮と十六夜は顔を見合わせた。


「でも、尾瀬さん。テネステア教団が沈静化した今、教会のほうが動くことはないんじゃないかしら?」


 秋代たちがテネステア教団の本部を襲撃したことは、すでみ花宮も羽続経由で知っていた。過激派だった教団ならともかく、穏健派の教会がこの状況で動くとは思えなかった。


「これは、深慮遠謀を旨とする花宮さんとは思えない、浅い見識ですわね」


 尾瀬は花宮を横目に見た。


「テネステア教会は、その名の通り、この世界における唯一神テネステアを信仰する宗教団体であり、その教えは清廉潔白を旨とするもの。ですが、この世の中、綺麗事だけで治まるほど単純なものではありませんわ。組織が大きくなればなるほど、敵も多くなる。それは、たとえ唯一無二の神であるテネステアを信仰する教会であろうと、例外ではありませんわ」

「それは、そうでしょうね」

「かと言って、清廉潔白を旨とする教会が、邪魔だからといって敵対勢力を処断することなどできない。そこで教会は、表面上、仲間割れという形を装って教団を設立させ、あたかも自分たちはそれを黙認しているだけという体裁を整えた上で、教団の連中に邪魔者を排除させていたのですわ」

「つまり教団は、実質、教会の暗殺部隊だったってこと?」


 花宮は眉をひそめた。

 この場合、そんな回りくどいことをしなくても、直接暗殺者を雇えばいいという考えもある。だが、その場合、万が一にも暗殺者の口から雇い主の情報が漏れれば、教会は苦しい立場に立たされる。しかし、教団の手による暗殺であれば、たとえ正体が発覚したとしても、教会は敵対勢力である教団の仕掛けた罠、濡れ衣だと被害者を装うことができるのだった。


「そういうことですわ。ですが、その教団は「背徳のボッチート」たちの手によって返り討ちにあってしまった。となれば、次に教会が打つ手は、信者もしくは各国の王を動かしての地球人の殲滅といったところでしょう」 

「だから、それを今度はオレ様たちが返り討ちにしてやろうってんじゃねえか。どこが間違ってんだよ?」


 九重が不満そうに言ったが、尾瀬はスルーした。


「そんな状況下で「背徳のボッチート」さんは、地球人が多く集まる競技会を大々的に開いた」

「……つまり永遠長君は、この時期にあえてモスで新イベントを開くことで、地球人に悪感情を抱く勢力をこの地に呼び寄せた。と、そういうこと?」


 花宮は眉をひそめた。


「あの男の考えそうなことですわ。あえて餌を目の前にブラ下げて、それに食いついてきたところで一網打尽にする。しかもその場合、先に仕掛けてきたのは相手のほうなのですから、正当防衛ということで容赦なく叩き潰すことができる」

「そんな非道、許せないのです!」


 沙門が怒りの声を上げた。


「許せなければ、どうすると?」


 尾瀬は皮肉交じりに聞き返した。


「このイベントを止めるんですの? もしかしたら、モス人の襲撃があるかもしれない。そんな不確かな理由で?」

「む! なのです」

「ですが、その場合ここに集まった地球人が不満に思うでしょうし、こうして集まってしまった以上、すでに手遅れ。衝突は不可避だと思いますけれど?」

「むう! なのです」

「残る手段は、あなたがたの手でモス人の襲撃を食い止めるしかありませんけれど、できますかしら? 最強との呼び声高い「最古の5人」とはいえ、数万、下手をすれば数十万に及ぶ軍勢を、たった5人で食い止めることが」


 尾瀬は不敵な笑みを浮かべると、


「せいぜい、がんばってくださいませな。わたくしどもは、高みの見物とさせていただきますわ。たとえ、この世界の人間がどうなろうと、それこそ「わたくしどもには、なんの関係もない話」ですので。では、ご機嫌よう」


 沙門たちの前から歩き去った。


 こうして、局地的に暗雲が立ち込めるなか、異世界選手権は開催時刻を迎えたのだった。






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