第92話
翌日の昼休み、昨夜の一件を永遠長から聞かされた秋代たちは、
「は? もう1人のモンスターメーカー?」
「は? その子を操る謎の女?」
「は? その子を家に連れ帰った?」
頭に?マークが点灯し続けることになった。そして永遠長が話し終えた後、
「……てゆーか」
秋代は眉間にシワを寄せると、
「そんな大事なこと、なんで黙ってたのよ!」
永遠長を怒鳴りつけた。しかし、
「そんな義理はない」
永遠長に問答無用で切り捨てられてしまった。
「今回のことは、異世界ギルドの運営としてではなく、あくまでも個人的に行動した結果、判明したに過ぎない。俺がプライベートで何をしようが、おまえたちに報告する義務などない」
「誰が、あんたのプライベートの話してんのよ。あたしは、もう1人のモンスターメーカーがいるって気づいてたんなら、昨日のうちに言っとけって言ってんのよ」
「だから、そんな義理はないと言っている」
永遠長は、秋代の抗議を再び突っぱねた。
「そもそも、先に事件を知ったのはおまえたちだ。であれば、モンスターメーカーに関する調査も、本来ならばおまえたちが俺を先行できていたはずだ。実際、おまえたちは知り合ったという常盤学園の裁判官から、事件当時の状況について、もっと詳しい話を聞くこともできた。にも関わらず、おまえたちは事件の起きた状況すら聞こうとしなかった」
「う……」
「もしおまえたちが、あのときあの裁判官から出現したモンスターの種類だけでも聞き出していれば、そこからもう1人のモンスターメーカーの存在をあぶり出せたかもしれんし、そこまでいかなくとも、なんらかの手掛かりは得られたかもしれん。だが、おまえたちは地球の現状についての説明を聞いただけで満足してしまった」
「て、手掛かりなら、あったでしょうが。あんたに渡した、あの3人が」
秋代は負けじと言い返した。
「だから、その分の情報料として、今教えてやっている」
「だから! 解決する前に言えって言ってんのよ!」
秋代は柳眉を吊り上げた。
「あいつら程度では、これが精々だ」
「こんの……」
秋代は永遠長を殴りたい衝動を必死に抑えつつ、
「で、その子は今どうしてるわけ?」
気を落ち着かせるために話題を変えた。
「俺の中にいる」
真顔で答える永遠長に、
「……それって、まさかすでに殺しちゃってて、あんたの心の中にいるって意味じゃないでしょうね」
秋代は引き気味に尋ねた。
「誰が、そんなことを言った」
「今のに、他にどんな意味があるってのよ? てーか、あんたならやりかねないでしょうが」
秋代の永遠長を見る目は、完全に犯罪者と決めつけている目だった。
「……言ったはずだ。もう1人のモンスターメーカーのクオリティは「同化」だと」
「それって……」
秋代は鼻白んだ。
「まさかと思うけど、あんた、その子のこと、体に取り込んだんじゃないでしょうね?」
「だから、そう言っている」
平然と答える永遠長に、秋代は今度こそドン引きした。
「あ、あ、あんたねえ。いくらなんでも、やっていいことと悪いことがあるでしょうが」
常軌を逸し過ぎている永遠長の行動に、秋代の顔が強ばる。
「仕方なかろう。家に戻ってからも放心状態のまま、食事はおろかトイレさえ行かんのだからな」
おかげで、朝起きたら母親のベッドが小便塗れになっていたのだった。
「あのままでは餓死するだけだ。病院に連れて行ったところで、原因が母親の喪失である以上、できることと言ったら点滴ぐらいのものだし、下手に精密検査でもされたら無駄に騒ぎが大きくなる」
回帰で元に戻すことも考えたが、その場合「ママに会いたい」状態に戻るだけのこと。別の手段として、改変で記憶を変えれば、あるいは立ち直ったかもしれないが、それも一時しのぎに過ぎない。結局のところ、楽楽本人が母親のことを乗り越えない限り、根本的な解決にはならないのだった。
「こうして同化している限り、少なくとも餓死することはない。そうして、こいつの健康を維持しつつ、こいつが自分の母親のことを自分で折り合いをつけるのを待つのが最善と判断した。文句があるなら、それ以上の代替案をおまえが出せ」
言い捨てる永遠長に、
「もっともらしいこと言ってるけど、あんた、本当のとこは人同士が同化したらどうなるか、試してみたかっただけなんじゃないの?」
秋代が冷ややかな目でツッコミを入れる。
「むろん、それもある」
永遠長は悪びれもせずに言い切った。以前、寺林がリャンを取り込んだところを見たときから、ずっと気になっていたのだった。
「そもそも、人には固有の血液型や免疫が存在する。だからこそ、たとえ血液型が同じでも、輸血の際には本当に適合するか事前に検査するし、臓器移植もままならない」
それを、赤の他人同士が同化して五体満足でいられるなど、免疫学の観点から考えると、ありえない話なのだった。
「おそらく、なんらかの力によって拒絶反応が抑えられているのだろうが、実際のところは、この状態での細胞を調べてみなければわからん。細胞、分子間には隙間があるから、その間に入り込んでいる可能性もあるが、それでは同化とは言えんからな」
延々と続きそうな永遠長の考察を、
「そこまで」
秋代が右手で制した。
「それ以上はいいわ。そういう小難しい話は、あたしの管轄外だから」
その手の話は、化学の授業だけでたくさんだった。
「となると、残る問題はその女だけど」
これ以上、頭痛が酷くならないうちに秋代は話題を変えた。
「実際のとこ、どうなわけ? 正体とか目的とか。あんたのことだから、どうせ連結できるかどうかとか、こっそり色々試してみたんでしょ?」
「こっそり試した覚えはない」
永遠長は不本意そうに言い返した後、
「が、確かに、試したことは試した。そして試した結果、何もわからないということがわかった」
「は?」
「つまり、連結しても何もわからなかったってことだよ」
小鳥遊が補足した。
「だったら、もったいぶらずにそう言えってのよ! 回りくどい!」
秋代は柳眉を逆立てた。
「違う。その女に連結できなかったということは、少なくとも、そいつには連結に対するなんらかの対処能力があるということだ」
「な、なるほど」
「寺林との一戦のことも知っていたところを見ると、奴の同類か、あるいは、それに敵対する勢力の一員というところだろう」
「……それって、その女が神か悪魔ってこと?」
「その可能性もある、という話だ」
「話だって、どうするのよ、そんな奴? 寺林だって、あんたが反則級の裏技使って、やっとこさ倒したってのに」
しかも今度は、その裏技も使えないときている。
「知らんし関係ない」
風花と名乗った女が今回したことは、楽楽の母親を装って、楽楽が病人たちをモンスター化する手助けをしただけ。異世界ストアに宣戦布告したわけでもなければ、異世界に手を出したわけでもない。
「事が地球圏内で留まっている限り、あの女のことはおまえたちの管轄であり、俺の預かり知るところではない」
「こんにゃろう……」
「俺に文句を言っている暇があるなら、この状況で何ができるかを考えることだ」
「何がって、この状況であたしたちに何ができるってのよ?」
悔しいが、今の状況で自分たちにできることなど何もなかった。
「わからんなら、おまえの頭は木葉並みということだ」
「な!?」
秋代の頭が瞬間沸騰する。
「あんたね! いくらなんでも、言っていいことと悪いことがあるでしょうが! あたしの頭がいくら悪いとはいえ、コレと同レベルまで落ちたら恥ずかしくて生きてらんないわよ!」
秋代は木葉を指差した。
秋代さんの言い方も相当だと思うけど。
と、小鳥遊は思ったが、口には出さなかった。代わりに、
「永遠長君が言いたいのは、さっき自分が言ったことを思い出せってことなんじゃないかな」
そうフォローにした。
「さっき?」
「ほら、さっき永遠長君、言ってたでしょ。あのとき常盤学園の裁判官に、もっと詳しい話を聞いておけば違う対処もできたかもしれないって」
「そう言えば……」
「だから今度も永遠長君に聞いた話を、あの人にしたら何かわかるかもしれないって」
「た、確かに……」
秋代は考え込んでから、永遠長を横目に見た。
その永遠長は沈黙を守っていたが、その顔には「だから木葉並みだと言うんだ」と書いてあった。
「くっ!」
沸き起こる怒りと屈辱を胸に押し留め、
「ま、まあ、それはそれとして」
秋代は再び話題を変えた。
「新イベントのほうだけど……」
秋代は異世界ナビを手に取ると、新しく設けられた運営画面をタップした。そして、そこからさらに異世界選手権の項目をタップすると、今回のイベントで行われる11種類の陸上競技と、現在の参加申し込み数が表示された。
「全競技、すでに出場枠は埋まっちゃってるわ。ぶっちゃけ、今までのイベントに比べたら、各競技で獲得できるポイントはしれてるんだけど、あんたの言う通り、みんな新しい刺激に飢えてたみたいね」
各競技には告知直後から参加者が殺到し、エントリーの受付は告知開始5分で終了することになってしまった。そのためプレイヤーからは、参加できる人数が少なすぎると苦情が殺到するハメになったのだった。
「それ以外にも、次の競技に関する要望が多数来てるわ。サッカーや野球みたいな普通の団体競技から、異世界らしい飛行魔法や使い魔によるロードレースとか、楽曲のコンクールまで、みんな自分の得意分野や好きなもので競い合いたいって、ずっと思ってたみたいね」
その思いを汲み取り、立案した永遠長は功績者として讃えられて然るべきだったが、素直に称賛する気にはなれない秋代だった。
そして告知から2週間が経ち、新生異世界ギルドの初イベントは、その開催日を迎えたのだった。




