第85話
静寂を取り戻した洞窟内で、
「う……」
真境は倒れそうになる体をかろうじて支えた。
「……やはりストームジャイアントへの変身は、エネルギー消費が激しい」
だが、それに見合う成果は得た。後は秋代たちを支配下に置けば、計画の第一段階は完了だった。
奴らが気がつく前に片付けんとな。
真境が最後の仕上げに入ろうとしたとき、
「!?」
木葉が立ち上がった。
「アレを受けて立ち上がるとは、呆れた頑丈さだ」
真境はフンと鼻を鳴らした。
「しかし、今さら貴様1人立ち上がったところで、何ができるというのだ?」
真境は、未だ倒れたままの秋代を見た。
「貴様自身はたいした力も持たず、頼みの綱だった女も倒れた今、貴様にできることなど皆無だ」
際立った力も持たない木葉に、自分が負ける要素はない。
真境は自分の勝利を確信していた。そんな真境に対して、
「おまえの考えなど聞いていない」
木葉は、ぶっきらぼうに言い捨てた。
「俺の行為が無駄かどうかは俺が決める」
「ほざけ! 雑魚が!」
真境は右腕を影化すると、木葉にゴーレムナックルを放った。直後、木葉の姿が真境の眼前から消えた。
「な!?」
真境は、あわてて木葉の姿を探した。すると、
「なんの捻りもない、そんな大振りの一撃が当たるわけなかろう」
真境の背後から声がした。
「な!?」
あわてて振り返る真境の胸に、
「あわてるな」
木葉は右手を当てると、
「回復付与」
真境の体力を回復させた。
「き、貴様、どういうつもりだ?」
真境には、木葉の真意がわからなかった。いや、それ以前に、今の力に漂う雰囲気。すべてが、さっきまでの木葉とは別人のようだった。
「おまえのためにやったわけじゃない。おまえが本調子でないと正確なデータが取れない。だから回復させた。ただ、それだけの話だ」
「データだと?」
「そうだ。こいつが今、実際のところ、どのくらい自分の力を引き出せるのか。個人的に少し興味があったんでな」
「こいつ?」
その木葉の言い方で、真境の疑惑は確信に変わった。
「貴様、一体何者だ? 木葉ではないな」
「俺が何者であろうと、おまえには関係……あるか。何しろ、おまえは俺から異世界ストアの運営権を奪いたいようだからな」
「なに!? では貴様が!」
真境は憎々しげに、
「背徳のボッチート! 永遠長流輝!」
木葉を睨みつけた。
「俺はチートじゃない」
木葉の口を借り、永遠長は不本意そうに言い返した。
「そんなことはどうでもいい!」
真境は切り捨てた。
「この2ヵ月、貴様の名前は何度も耳にした。クズどもの免罪符としてな!」
真境は木葉を指さした。
「俺が会ったクズどもは、どいつもこいつも二言目にはこう言った。あの背徳のボッチートも異世界で何人も人を殺してるが、正当防衛で許されてる、と!」
真境は、ここまで鬱積させていた怒りを一気に吐きだした。
「事実、貴様は「相手が先に手を出した」という一点のみをあげつらい、手に入れた力をひけらかし、この異世界で好き放題に暴れ回り、それを運営も許してきた。相手に逆らう力がないことをいいことにな! そうだろう!」
「殴られたら殴り返すのは、当たり前の話だろう。殴り返されるのが嫌なら、最初から殴るな」
永遠長は淡々と反論した。
「手に入れた神器を、これみよがしに見せびらかし! そのエサに食いついてきた連中を正当防衛の名のもとに叩き潰し、逆に財産を奪う! 貴様のやっていることは、火事場泥棒と変わらん! ただの確信犯が、何が正当防衛だ! おこがましいにも程がある!」
「せっかく手に入れた装備を、なぜ泥棒の目を気にしてコソコソ隠し持たねばならんのだ」
「そして、それを知ったクズどもは味をしめたんだ。それが、どんなに些細なことであろうと、正当防衛でありさえすれば、何をしても許されるとな! すべては貴様のせいだ! 独善で凝り固まった、諸悪の根源が!」
「そんなことは、味をしめたクズどもに言え。俺は正当防衛の範囲内での報復しかしたことはない」
「何が正当防衛だ! 百歩譲って、それが正当であったとしても、それを決めるのは現地の人間たちであって貴様ではない! 異世界の法に従うつもりがないのなら、最初から異世界になど来るな! よその世界に来てまで、害悪を撒き散らす害虫が!」
「…………」
「そんな奴を、なぜ運営が野放しにし続けるのか、ずっと疑問に思っていたが、それも当然だったわけだな。好き放題している、当の本人が運営だったんだからな。とんだ茶番だ」
真境は笑い飛ばした。
「あげく、やっと俺の前に現れたと思えば、自分は安全な場所に隠れたまま、他人を操ってのご登場とは。どこまでも性根の腐った卑怯者が。恥知らずとは、まさに貴様のような奴のためにある言葉だ」
「他人をモンスター化して良いように利用してきた、おまえに言われる筋合いはない」
「そんな奴に、これ以上異世界人の命を弄ばせるわけにはいかん! たとえ、ここで貴様を殺せずとも、必ず居場所を突き止めて始末してやるから覚悟しておくんだな!」
真境は木葉の頭を握り潰すように、目の前で拳を握りしめた。
「その必要はない」
永遠長は言い捨てた。
「もしここで、おまえに木葉を殺すことができたなら、異世界ストアの運営権はおまえにくれてやろう」
「なに!?」
「聞こえなかったのか? おまえが、こいつに勝ったら、運営権をくれてやると言ったんだ」
「……今度は何を企んでいる? 虚言を弄して、俺の冷静さを奪おうとでも言うのか?」
「虚言? そんな必要がどこにある? 俺がその気になれば、おまえを今すぐ異世界から追い出して、2度と来れなくすることもできるんだぞ」
確かに永遠長の言う通りだった。しかし理由がわからなかった。
「よかろう。その言葉、信じよう。だが、まだわからんことがある。なぜ俺にそんな提案をする? そんな賭けをして、貴様になんの得があるというのだ?」
「実験相手が万全の状態でなければ、完璧なデータが手に入らない。ただ、それだけの話だ」
「実験相手? なんの話だ?」
困惑する真境に、
「俺の力の検証実験だ」
永遠長は淡々と答えた。
「俺が他人と連結した場合、本当に他人も俺と同じことができるかどうかのな」
以前、その可能性を寺林に聞かされたときから、ずっと試してみたいと思っていたのだった。
「朝霞で試してもよかったんだが、あいつがこのことを知ると、何をするかわからんからな」
本当に、わからなかった。
「だから、こいつで実験できる機会を伺っていたんだ」
別に、実験だけなら秋代でも小鳥遊でもできる。だが、あえて永遠長は、木葉で実験できる機会を辛抱強く待っていたのだった。理由は簡単。このことを木葉が知れば必ず自分も試したがるに決まっていたから。
これが、仮に秋代や小鳥遊だった場合、永遠長が断れば、それ以上強要してこない可能性が高い。
だが、木葉は違う。木葉は試すまで絶対に引き下がらない。どんなに断ろうと、どこまでも食らいついてくるに違いなかった。その理由が好奇心であるがゆえに。欲しい玩具を見つけた子供が、母親に買ってくれるよう、いつまでもせがむように。
そして、その後も事あるごとに試したがる姿が、永遠長には容易に想像できた。
だからこそ、木葉にだけは絶対に知られるわけにはいかなかったのだった。
しかし、だからと言って赤の他人の体を勝手に操るのは、永遠長の主義に反する。そこで、こういうシチュエーションを待っていたのだった。この状況でなら、後で木葉たちに知られても、自分たちのためでもあるから文句を言われることもないだろうし。
「後は、さっき言ったように、こいつの潜在能力がどのくらいなのか、少し興味があったというのもある。こいつに聞いても「よーわからん」と言うだけで、まったく要領を得んからな」
「……つまり、俺はモルモットということか」
「だから、そう言っている」
「どこまでも、ふざけおって……」
「ついでに言っておくと、さっきから使っている石化能力は、もう使わないことだ。俺には通用しないし、いちいち石化したおまえを元に戻すのは面倒だからな」
「余裕を見せているつもりか? だが俺には、石化を使われるとマズいから、ハッタリをかましているようにしか見えんぞ」
「そう思うなら、やってみるがいい」
「言われるまでもない! バジリスク・アイ!」
真境は力を発動させた。そして放たれた真境の眼力は、永遠長の正面に張られた反射板によって、真境へと跳ね返されることになった。しかし、バジリスクの石化能力を跳ね返されたにも関わらず、真境が石化することはなかった。
「これは、あの女の力……」
「なるほど。俺の言っていることが本当かどうか、試したというわけか」
石化していない真境を見て、永遠長が状況を察した。真境は、口ではバジリスクの力を使うと言っておきながら、実際には吸血鬼の魅了の力を使っていたのだった。
「だが、これでわかっただろう。気が済んだなら場所を変えるぞ。自然を破壊するのは俺の本意ではない」
永遠長は転移呪文を唱えると、真境とともに荒野の只中に転移した。
「ここでなら、おまえも全力が出せるだろう」
どこまでも傲岸不遜な永遠長に、
「その余裕、すぐに後悔させてやる!」
真境は、さらに怒りを募らせるが、
「やってみるがいい。できるものならな」
永遠長は涼しい顔で受け流し、腰の鞘に目を落とした。
「そう言えば、剣を拾ってくるのを忘れていた。まあ、素手でも特に問題ない……」
そこまで言って、永遠長の脳裏に「魔剣、魔剣」と騒いでいる木葉の顔が浮かんだ。
「いいだろう。いい加減、うっとうしいと思っていたところだ」
もし、この世界に木葉を主とする魔具があるのだとすれば、その魔具と木葉は、ある種の絆で結ばれていると言える。なら連結の力を使えば、木葉と繋がっている魔具の在り処がわかるのではないか?
今回のことは、その推察の是非を確かめる、いい機会だった。
永遠長は、再び転移呪文の詠唱に入った。そして呪文の完成とともに、彼の前に一本の剣が出現する。
「これが木葉の剣か」
永遠長は剣の柄を掴んだ。
「鞘付きか。しかも、ご丁寧に封印までされている」
永遠長は鞘から剣を引き抜こうとしたが、ビクともしなかった。
「選ばれた者しか使用できない仕組みか。それとも、この剣が強力過ぎるために、前の使用者が拵えたか」
真偽の程は定かではないが、確実なことは、この戦いでは使えないということだった。
「まあいい」
永遠長は鞘付きの剣を肩に担いだ。元々、木葉を主としている剣である以上、永遠長が真価を発揮することはできない。ならば剣が抜けないことぐらい、大した問題ではなかった。
「……貴様、それで戦うつもりか?」
「おまえを倒すには、これで十分だろう。棍棒よりは丈夫そうだしな」
「どこまでも、どこまでも、ナメくさりおって……」
真境の目に殺意がみなぎる。
「死んで後悔しろ! フォルムチェンジ! シェイド!」
真境は全身を影化すると、
「アイアンハンド!」
永遠長へと怒りの鉄拳を撃ち放った。その巨腕を、
「ブースト・オン」
永遠長は木葉の「増幅」で回避にかかる。それを見て、
「逃さん!」
真境が左手をゴーストハンドに変えて追撃し、
「バジリスク・アイ!」
バジリスクの石化能力で追い打ちをかける。もっとも、石化は口だけで実際に発動させたわけではなかった。
しかし、たとえ口先だけのハッタリであろうとも、石化してしまう恐れがある以上、永遠長としては対策を講じざるを得ないはず。
その真境の推測通り、永遠長は石化を防ぐために、自分と真境の間に反射板を作り出す。
だが禿の反射は、どんな攻撃でも跳ね返せるだけに、使用者に油断が生じやすい。事実、永遠長は反射板を形成したことで、ゴーストハンドに対する警戒心が薄れていた。その隙を突き、
「甘い!」
真境は反射板を突き破ると、左手を巨大化させて永遠長に掴みにかかった。
永遠長の作り出した反射板は、どんな物でも跳ね返すが、その根源はクオリティ。そしてクオリティは魂の力であり、反射板はその魂の力が具現化したものとも言える。ならば人間の生体エネルギーを吸収するエネルギードレインであれば「反射」の力も吸収できるのではないか?
そう考えた真境は、エネルギードレインを発動させたまま反射板に接触。推察通り、エネルギードレインによって弱体化した反射板を貫いたのだった。
喰らえ!
真境の左手が無防備の永遠長へと伸びる。それに対して、
「リミテッド・アクセル」
永遠長は「増幅」を脚力に特化させて、真境の追撃を振り切りにかかった。
「逃がすか!」
なおも猛追する真境に、
「フルスロットル」
永遠長は脚力を限界まで高めたところで、
「行くぞ」
大地から蹴り離れた。その人間離れした動きは夜の暗がりと相まって、
「消え」
真境には永遠長が消えたように見えた。
「ど、どこだ!?」
動揺を抑えつつ、周囲に視線を走らせる真境の耳に、
「どこを見ている」
背後から永遠長の声がかかる。
「ちいいい!」
真境は、とっさに左腕で背後を振り払った。しかし、その攻撃は空振りに終わり、
「が!?」
逆に永遠長の右鉄拳を顔面に食らってしまった。
しかしシェイド化した状態で受けたダメージは、すぐに回復する。
さっきは永遠長のスピードに惑わされてしまったが、狼男にでも変身すれば、あの速さ自体は、さしたる脅威ではない。
それを踏まえ、真境が反撃に出ようとした矢先、
「ぐ……」
顔に痛みが走った。しかも、それまでは一瞬で消えていたダメージも体に蓄積されたままだった。
「な?」
予期せぬダメージに、
「な、何をした?」
真境の口から思わず動揺が漏れ出た。
「魔力を込めた右手で殴った。ただ、それだけの話だ」
永遠長は淡々と答えた。
「知らないようだから教えてやるが、シェイドは首から下は切られようが吹き飛ばされようが再生するが、頭だけは再生しない。まあ、シェイドなんてモンスター、ウィキにさえ載っていないから知らなくても当然だがな」
永遠長自身、モンスター関連の本を調べ回って「RPGモンスター大辞典」という本のなかで、ようやく見つけたレベルの超マイナーなモンスターだった。もしかすると、この本のオリジナルモンスターなのかもしれない。そんなモンスターを「世界救済委員会」の推すセレクトモンスターのリストに入れていた創造神とやらは、寺林の言う通り、相当のオタのようだった。
「戦力として使うなら、特性や弱点ぐらい事前に把握しておけ。その程度のことにすら考えが及ばないから、この状況を招くことに」
「黙れ!」
真境は怒気とともに、ドラゴンハンドを繰り出した。それに対して、
「ブーストオン」
永遠長は右手を突き出すと、
「リミテッド・パワー」
ドラゴンハンドを真正面から受け止めた。
「腕だけとはいえ、ドラゴン化してこの程度とは話にならん」
「舐めるな! フォルムチェンジ! バードウイング!」
真境は背中から白い翼を生やすと、大きく羽ばたかせた。そして上空まで飛び上がったところで、
「フォルムチェンジ! イフリート!」
今度は炎の魔神に変身する。
イフリートは高レベルのモンスターであり、変身するためにはかなりのエネルギーを消耗する。だが、それだけに強力で、イフリートの攻撃力をもってすれば永遠長もタダでは済まないはずだった。
「バーニング・インフェルノ!」
イフリート化した真境は、永遠長のいる地上へと無数の灼熱弾を撃ち込み、地上を火の海へと変えていく。
いかに「反射」でも、燃え上がる炎の発する熱や酸欠を防ぐことはできない。
永遠長が助かるためには、火の海と化した地上を離れるしかなく、そこを狙い撃ちにするつもりだった。
そして予想通り、永遠長が火の海から飛び出してきたところで、
「アブソリュート・ゼロ!」
霜の巨人と化した右手から、最大出力で凍気を撃ち放った。
永遠長が形成する反射板よりも広範囲に凍気を放出すれば、反射板ごと永遠長を氷漬けにすることができる。そう考えたのだった。
そして真境の予想通り、永遠長は「反射」で応戦した。しかし、それは真境の想像したものとは、根本的に異なっていた。
「リフレクト」
永遠長は右手の先にドリル状の反射板を形成すると、
「ドライバー」
そのままドリルを回転させる。そして凍てつく氷塊を粉砕しながら、真境めがけて突き進んで来たのだった。
「な!?」
真境は永遠長の応用力に驚愕しながらも、
「ゴーストハンド!」
再び反射板を無力化すべく、エネルギードレインを発動させる。だが、
「な!?」
先程は簡単に貫けた反射板が貫けない。どころか、威力が高まり続けていた。
エネルギードレインは、確かに発動している。なのに、なぜだ?
回転しているからか? なら、ゴーストハンドをさらに巨大化させて。
真境はゴーストハンドを巨大化させた。しかし、やはり反射板を無力化させることはできなかった。
「バカな……」
「エネルギードレインが「反射」の力を吸収することで反射板を無効化するなら、その吸収力以上の力で反射板を維持し続ければいい。簡単な話だ」
永遠長は顔色ひとつ変えずに言い捨てると、
「リミテッド・ドライブ」
さらにドリルの回転数を上げていく。そして、
「ぐあ!」
ついにゴーストハンドを突き破ると、
「リフレクト・スマッシャー!」
真境の体にドリルを叩き込んだのだった。




