第83話
それは、異世界に来てから4週間目の水曜日のことだった。
その日、真境がモスに転移すると、いつも宿部屋で待っているはずのモナの姿がなかった。
酒場のバイトが延びてるのか。
最初、真境はそう思っていた。
平日の昼間、真境は学校に通っているので、その間モナは時間を持て余すことになる。
そこで真境は、その時間をバイトに充てることをモナに勧めたのだった。
そうすれば、モナも時間を無駄にすることなく、活動資金を稼ぐこともできると。
そしてモナも真境の意見を受け入れ、酒場で働くことにしたのだった。
ただ待っているのもバカみたいだな。こちらから迎えに行くか。
もし、酒場が忙しいようなら今日は中止にしよう。
真境は軽い気持ちで、モナが働いている酒場に向かった。すると、途中で見知った顔に出くわした。
それはスラム街で生活しているネルソンという少年であり、
「ツカサ!」
少年の方も真境に気づき、駆け寄ってきた。
「大変だよ、ツカサ!」
「どうしたというのだ? またスリでも失敗したか?」
真境は、からかった。そもそもネルソンと知り合ったのは、この少年が真境の財布を狙ったことがきっかけなのだった。
「モナが! モナが!」
ネルソンは半べそをかきながら、
「モナが死んじゃった!」
ありのままの事実を真境に告げた。
「は?」
真境は一瞬の思考停止後、
「……ネルソン、世の中には言っていい冗談と」
「冗談なんかじゃないよ! 殺されたんだ! 3人組の冒険者に!」
ネルソンの話によると、きっかけはネルソンの知り合いが、3人組の財布を狙ったことだった。しかし失敗し、3人組に報復を受けることになった。
手加減のない報復に、命の危機さえ感じたときネルソンはモナに助けを求めた。そして駆けつけたモナは、3人組に少年を許してくれるように頼んだのだという。
しかし、3人組はモナの説得を聞き入れるどころか、モナに手を出そうとした。
だが、それをモナが拒むと、スリをしていた少年もろとも、モナも殺してしまったのだという。
その後、3人組が立ち去った後、ネルソンたちはすぐにモナを施療院に運んだ。しかし、そのときすでにモナは事切れていたのだった。
「モナ?」
施療院に駆けつけた真境は、寝台の上で静かに横たわるモナと対面した。
「モナ、冗談はやめろ」
真境は震える手でモナの頬に触れた。だが、あれだけ生き生きとしていたモナの肌からは生気が消え失せ、その唇が動くこともなかった。
「ごめん。ごめんよ、ツカサ。オレが、モナに助けてもらおうなんて考えたばっかりに」
ネルソンの目からは、とめどなく涙が溢れていた。
「……おまえのせいじゃない。俺のせいだ」
それは偽らざる真境の本心だった。
俺がモナにバイトを勧めなければ……。
俺と関わらず、森で生活し続けていれば……。
「……モナを殺した3人組。顔を覚えているか?」
「う、うん。3人ともツカサぐらいだったよ。時々、意味のわからないこと言ってた。せいとうぼうえいとか、いせかいすとあが、どうとか」
ネルソンの言葉に、真境の眉が揺れた。
地球人か。だとすれば、なおさら俺のせいだ。
俺が資金集めではなく、この街の地球人を送り返すことを優先させていれば……。
いや、それ以前に地球人が悪事を働くなら、この世界に2度と来れないようにすればいい。
そんな甘いことを考えていたから。
ゴミカス共を、この世界から根絶やしにするためには、そんな手緩い方法ではダメだったのだ。
もっと強烈に! もっと苛烈に! もっと残酷に!
この世界に来ることのデメリットを、ハッキリとゴミカス共に思い知らせなければならなかったのだ!
それができるのは俺だけだったのに!
それなのに、俺は!
モナを殺したのは俺だ!
俺の甘さがモナを殺した!
俺が!
俺が!
俺が!
「約束する、モナ。この世界を、そしておまえをこんな目に合わせた地球人、いや異世界人たちは、俺が一匹残らず殲滅する。それが、俺にできる、おまえへのせめての手向けだ」
真境は、そうモナの亡骸に誓うと、最後に優しくキスしたのだった。




