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第73話

 羽続が消えた後、


「それじゃあ……」


 残された秋代は、とりあえず堤たちを人目につかない場所まで移動させることにした。


「とりあえず、あそこに突っ込んどけばいいか」


 秋代は公衆トイレに目を向けた。ひとまず公衆トイレの裏手に隠しておいて、その間に永遠長に連絡する。そして永遠長の了承を得た後、永遠長の家に転移させる。


「よし、これでいきましょ」


 ぶっちゃけ、ここから永遠長の家に直接転移させたほうが早いのだが、いくら永遠長相手でも、それは不躾過ぎるというものだった。そして秋代が、まず堤の元に歩み寄ると、


「う、うう……」


 堤が目を覚ましかけていた。それに気づいた秋代は、


「うご!」


 堤のみぞおちに右正拳を叩き込んだ。


「悪いけど、もうちょっと寝ててもらうわよ」


 秋代は再び白目を向いた堤たちを公衆トイレの裏手へと転移させると、3人の落とした財布や携帯電話を回収した。そして自分も公衆トイレの裏手に移動したところで、


「石化付与」


 逃げられないように堤たちを石化した。


「あいつ、帰ってればいいんだけど」


 秋代は携帯電話を内ポケットから取り出すと、永遠長に連絡を取った。しかし繋がらなかった。


「やっぱ、まだ戻ってないみたいね」


 仕方なく、秋代は再びモスへと向かった。すると、永遠長たちは夕食の真っ最中だった。

 セリルの話によると、まだ永遠長たちが村にいるのは秋代が帰った後、服や雑貨などの日用品を買うために全員で街に出かけたためらしかった。


「……あんた、ここでそんなに食べて、帰ってから夕飯食べられなくなっても知らないわよ」


 秋代はガツガツ食べている木葉に冷ややかな目を向けたが、


「大丈夫じゃ。家の飯分の腹は、ちゃんと残しとる」


 木葉は、あっけらかんとしたものだった。


「たく、ホント、あんたは能天気でいいわね。こっちは死ぬ思いしてきたってのに」


 秋代は深々とため息をついた。


「何か、あったんか?」


 木葉が好奇心に目を輝かせる。


「あったなんて、もんじゃないわよ」


 そう前置くと、今日起きたことをかいつまんで説明した。


「……というわけで、あんたなら、その3人から何か情報を引き出せるんじゃないかと思って来たのよ」


 羽続はモンスター化した人間からは何も手掛かりを得られないと言っていたが、それは普通の人間の話。「連結」のクオリティを持つ永遠長ならば、何か引き出せるかもしれない。

 秋代は、そう考えたのだった。


「いいだろう。その3人、うちに連れて来い。俺が直接、そいつらから聞き出す」

「それと、その羽続って人が詳しいことを知りたければ、常盤学園に来いって言ってたんだけど、行く気ある?」

「常盤学園って、あの私立の常盤学園のこと?」


 小鳥遊が驚いた様子で尋ねた。


「知ってるの、小鳥遊さん?」

「確か、日本で最大グループである常盤グループが出資して設立した私立校だよ。日本最大のグループが出資してるだけあって、規模も日本一で、東京だけじゃなくて大阪と九州にも分校があって、そのどこもが毎年何倍もの競争率だって話だよ」

「へえ、さすが小鳥遊さん。なんでも、よく知ってるわね」

「そんなことないけど、その学校、ちょっと前、話題になってたから」

「そうなの?」

「うん。ほら、1年ぐらい前に、清川って中学で導入された「学園裁判所」が原因で起きた殺人事件があったでしょ」

「え? いや、あたしは覚えてないけど……」

「春夏に、そんなこと聞いても無駄じゃぞ、小鳥遊。春夏は新聞なんぞ読まんし、ニュースも見んからのう」


 木葉が茶々を入れた。


「うっさい。ニュースぐらい見るわよ。ただ、去年は最後の大会に向けての練習や受験勉強で忙しかったから、他のことまで気にしてる余裕がなかったってだけよ。だいたい、それだってあんたの勉強見てたのが最大の理由でしょうが。あんたを合格させるために、あたしがどれだけ苦労したと思ってんのよ」

「おお、そう言えばそんなこともあったのう。思えば、よく受かったもんじゃ」


 木葉は能天気に笑った。


「……もういいわ。てゆーか、そう言えば、その羽続って人も、そんなこと言ってたわね。自分は学園裁判所の裁判官だって。なんなわけ、学園裁判所って?」

「学園裁判所っていうのは、イジメとかモンスターペアレンツといった、それまで先生に一任していた学校問題を解決するために、当時の生徒会長が考案したシステムだよ。たとえば、イジメを受けたら普通は担任の先生に相談するけど、面倒なことを嫌がる先生は、適当なことを言ってイジメそのものを揉み消したりしちゃうでしょ。そうさせないために、イジメを受けた生徒に先生じゃなく学園裁判所に訴えさせることで、教師によるもみ消しを防止するとともに、事を公にすることでイジメっ子を気後れさせて、イジメそのものを防止する抑止力にしようとしたんだよ」

「へえ、よく考えてるわね」

「うん。私もそう思ってたんだけど、その最初の裁判が原因で殺人事件が起きたことで、1度はお蔵入りしてしまったの」

「殺人事件?」

「うん。それで学園裁判所は廃止になったんだけど、その後常盤学園で復活したの。当時、常盤学園の理事長も同じようなシステムを考えていたらしくて、学園裁判所を考案した学生を入学させて、学園裁判所を再スタートさせたらしいの。ネットじゃ「学校問題解決のためのリーサルウェポン復活」ってことで、かなり話題になってたから、よく覚えてるんだけど」

「なるほどね。で、あの羽続って人が、その学園裁判所の裁判官をやってるってわけね」


 秋代は納得した。


「まあ、とにかく、そういうわけなんだけど、どうする? あたしとしては、1人でも話を聞きに行こうと思ってるんだけど?」

「わしは行くぞ。なんか知らんが面白そうじゃ」


 木葉が真っ先に手を上げた。


「わたしも行くよ。もし本当に、そんな人がいるなら放っておくわけにはいかないもの」


 小鳥遊も同意した。


「ボクも行きます。常盤学園なら、距離的に1時間もあれば行けますから」


 土門も賛同した後、禿を見た。


「でもミッちゃんは北海道だし学校もあるから、ボクがスマホでリアル中継するよ。それでいいよね?」

「……それで、いいわ」


 機先を制された禿は、渋々という感じで了承した。本人としては学校を休んででも参加するつもりでいたのだが、それを見越して先手を打った土門の作戦勝ちだった。


「後はあんただけだけど、どうする?」


 秋代は永遠長を見た。


「明日は用事がある。だから、代わりにコイツを行かせる」


 永遠長は朝霞を指さした。すると案の定、


「はあ? なに勝手なこと言ってんのよ?」


 朝霞が反発した。


「あたしが、なんでそんなとこ行かなきゃなんないのよ?」

「俺が行けないからだと言っている」

「用事って言っても、不動産屋に行って、ストアの事務所探すだけだろ。そんなもん、別に1日延ばしてたって問題ないだろうが」

「だとしても、どの道おまえは連れて行く。つまり、おまえにとっては1日行くのが遅くなるに過ぎない」

「だから、なんであたしが行かなきゃなんないのかって聞いてんのよ」

「俺が動いている間、おまえがどこかで、のうのうとくつろいでいると思うとムカつくからだ」


 永遠長の言い分に朝霞は絶句した。


「それに、使用人が雇用主の命令に従うのは当然のことだ」

「使用人?」


 秋代が聞きとがめた。


「そうだ。送られてきた書類のなかには、朝霞の雇用契約書も含まれていたんだ。後、海道の分もな」

「海道さんも?」


 加山が思わず声を上げた。


「ああ、どうやら創造主とやらは、あそこに居合わせた全員が新しい異世界ストアの運営になったという認識らしくてな。だが、あいつは辞退した。協力できることはするが、吾輩は、あくまでも「ワールドナイツ」として世界を守る、と言ってな」


 そこまで聞いて、秋代の頭に置いてきた堤たちのことが過ぎった。話に熱が入り、今の今まで堤たちのことをスパーンと忘れてしまっていたのだった。


「わかったわ。それじゃ、あたしは一足先に」

「待て」

「何よ?」


 秋代は、じれったそうに言った。


「戻るなら村を出てから戻れ」

「なんでよ?」

「忘れたのか。この村には、元々結界が張ってあったことを。もし、今ここでおまえが地球に戻れば、今度モスに来たとしても、この村から出られなくなる。それでもよければ好きにするがいい」

「いいわけないでしょうが」


 まったく、この男だけは。

 秋代は嘆息した。しかし、とりあえず忠告するだけ、前よりはマシになったと言えるのかもしれなかった。


「あ、後、その3人、直接あんたの家の中に転移させたいんだけど、いい? 裸のあいつら、連れ回すわけには行かないし、かと言って、石化したあいつらを運ぶのも手間かかるし」

「いいだろう」

「じゃ、頼んだわよ。あ、服は後で、あたしが調達してくから」


 秋代が大急ぎで村の外まで飛び離れると、地球へと帰還した。そして堤たちが五体満足なことを確認すると、3人を永遠長の家へと転移させた。


「とりあえず、これでよしと」


 秋代は一息つくと、デパートに向かった。そして堤たちの服と靴を本人たちの金で調達した後、永遠長の家に向かった。すると、


「それが奴らの服だな」


 永遠長が玄関から顔だけ出し、


「後は、こっちでやる」


 秋代から堤たちの着替えの入った手提げ袋を引ったくった。


「おまえは、もう帰れ」

「まあ、もう遅いし言われなくても帰るけど、何かわかったら、ちゃんと教えなさいよ。あんたの場合、何かわかっても、それがあたしたちに知られたら不利そうなことだと、だんまり決め込んで勝手に動きそうだから油断ならないのよ」

「……だとしても、文句を言われる筋合いはない」

「あるでしょうが。情報源は、あたしなんだから。あたしには知る権利があるのよ」

「うるさい奴だ。言われなくても、必要なことは知らせてやる」


 永遠長はぶっきらぼうに言うと、秋代の返事を待たずにドアを閉めてしまった。


「この野郎」


 ムカつきながらも秋代は家路についた。


 こうして秋代の日曜日は、前日同様、多忙のうちに幕を閉じたのだった。

 

 


 

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