第69話
最初に異変が起きたのは魔法少女だった。
「悪は成びゃ! ひたをはんだのれす!」
思い切り舌を噛んだ魔法少女は、さらに小石を踏んでスッ転んだ。そして、それを皮切りに、
「うぐ!?」
九重の右足が突然こむら返りを起こし、
「う!?」
十六夜も突然の腹痛に襲われた。
他方、ロード・リベリオンの面々も、
「おりゃ!」
動きの鈍った十六夜を見て、木葉が渾身の突きを放つも、
「ぬあ!?」
泥で足を滑らせて顔面を地面にぶつけてしまった。また、
「ん?」
何かが頭に落ちた感触がしたので、秋代が掴んでみると、
「ギャアアア!」
鳥が食いちぎったミミズの半身だった。さらに、
「うぐ……」
加山を強烈の便意が襲い、
「う……」
小鳥遊は立ちくらみを起こしていた。
そこへ持ってきて、
「魔軍襲来! なのです!」
蜂の大群が砦に飛び込んできたのだった。
「ギャア! 虫いいい!」
「逃げろ! みんな!」
「左足までツりやがった!」
「……ト、トイレ」
予期せぬアクシデントの連発に、もはや全員、戦いどころではなくなっていた。
そんななかにあって、
「吹っ飛ばしてやるのです!」
魔法少女だけは戦意を失っていなかった。
魔法少女は蜂から逃げながら、杖を掲げた。しかし、後ろを見ながら走っていたことが祟り、石にけつまずいてしまった。
「なんの! なのです!」
魔法少女は、とっさに両手で倒れ込む体を支えた。おかげで転倒は免れたものの、右手の人差し指を突き指してしまった。
「痛いのです!」
魔法少女は痛みに転げ回りながらも、
「でも負けないので」
蜂に攻撃を仕掛けようとしたが、
「ふ! ぎゃああ! また、ひたをかんらのれふ!」
再び舌を噛んでしまい、その拍子に杖も落としてしまった。
それを見て、
「あわわわ」
六堂はあわてて、
「ふ、封印!」
自分の力を再封印した。すると、蜂の大群は砦から飛び去り、小鳥遊たちを襲っていた原因不明の体調不良も治まったのだった。
「あ、危なかったのです。もう少しで、三途の川を渡るところだったのです。まさに、かつてない恐怖、なのです」
魔法少女は額の汗を拭うと、
「こんなことができるのは、六堂さんしかいないのです」
六堂の元にダッシュした。
「何を考えているのです、六堂さん!」
「ひいい!」
鬼の形相で詰め寄る魔法少女に対して、
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
六堂にできることは平謝りすることだけだった。そんな六堂を庇う形で、花宮が魔法少女の前に進み出た。
「輪廻ちゃんは悪くないわ。私が頼んだんだから」
「どうして花宮さんが頼むのです? 一体、どういうことなのです?」
「仕方ないでしょ。こうでもしないと、みんな戦いを止めないんだから」
「当然なのです! 悪即斬! なのです!」
「それが誤解なのよ、マリーちゃん」
「誤解? 誤解とは、どういう意味なのです? マリーは誤解などしていないのです!」
魔法少女は鼻息を荒らげた。
「したのよ。だって、あの人たち山賊じゃないんだもの」
花宮は、秋代に視線を向けた。
「なんですと!? なのです!」
魔法少女は目を丸くした。
「で、でも、山賊と一緒にいたのです! 仲間でないなら、なぜ一緒にいたのです?」
「山賊を捕まえに来てたのよ。そして捕まえようとしたときに、私たちがやってきて、山賊と思い込んで、攻撃を仕掛けちゃったのよ」
「なんですと!? なのです!」
魔法少女は再び目を丸くした。
「そ、それは、本当なのです?」
「ええ、神眼で見たから、間違いないわ」
「そ、それでは、すべて、マリーの早とちりだったのです?」
魔法少女はよろめいた。
「ええ、そういうことになるわね」
「そ、そんな、なのです」
魔法少女は、がっくりと地に膝をついた。
「こ、この、魔法少女マリーともあろうものが、戦う相手を見誤るとは、なんたる失態、なのです」
「気を落とさないで、マリーちゃん。間違いは誰にだってあるんだから。この失敗を次に活かせば、それでいいのよ」
「花宮さんの言うとおりなのです。でも反省する前に、マリーにはやることがあるのです」
魔法少女はそう言うと、秋代のところに歩いていった。そして、
「ごめんなさい! なのです!」
魔法少女は秋代に深々と頭を下げた。
「マリーが間違っていたのです。あなたがたを悪認定したのは、マリーの早とちりだったのです。申し訳ないのです」
潔い魔法少女の態度に、
「わ、わかってくれればいいのよ」
秋代としては、それ以上何も言えなかった。というか、
「てゆーか、あたし的には今起こったことのほうが、よっぽど気になるんだけど。なんか、あの子のこと怒ってたけど、今のって、あの子の仕業なわけ?」
秋代は六堂を見た。
「そうなのです。アンラッキーガールの六堂さんには、自分を含めた周囲の人間を不運にする力があるのです」
「アンラッキーガール?」
「そうなのです。でも、今は総司令からもらったブレスレットで、そのアンラッキーパワーを封印しているから大丈夫なのです」
「じゃあ、さっきは、その封印を一時的に解いたから、あんなことになったってこと?」
「そうなのです。でも、おかしいのです。前は、あそこまで強力ではなかったのです」
「それは、おそらくアンラッキーパワーを封印し続けてきたから、六堂さんのなかで物凄いアンラッキーパワーがたまってたからだと思うわ」
花宮は自身の見解を述べた。
「でも、だとしたら、たまにはガス抜きさせる必要があるかもしれないわね。もし、たまりにたまった状態で、何らかのアクシデントで封印が解けちゃったりしたら、それこそ死人が出かねないわ」
まさか花宮も、ここまで六堂のアンラッキーパワーが強力とは思ってなかったのだった。
「いいじゃねえか。それはそれで立派な武器だろ」
九重が言った。
「封印した状態では、ただの人。だが1度封印を解けば、触れただけで相手を殺せる。とか、カッケーじゃねえか。羨ましいぜ。天運の支配者って感じでよ。お、いいな、このネーミング。六堂、おまえ、これからコレを二つ名にしろよ」
「他人事だと思って、勝手なこと言わないの」
花宮は脳天気な九重をたしなめた。
「誤解が解けたところで、改めて自己紹介といきたいところだけど、その前に逃げた山賊たちを捕まえるほうが先ね。今の騒ぎで、だいぶ逃げちゃったみたいだから」
「そうだったのです!」
魔法少女は言うが早いか、その場から飛び去ってしまった。
「もう、マリーちゃんたら。山は広いんだから、闇雲に探しても見つからないのに」
花宮は嘆息すると、
「開眼」
再び第三の目を開いた。
「え? え? 目が? え?」
突然、額に見開かれた第3の目を見て、秋代たちの顔が驚きに変わる。
「アレは「神眼」だよ。咲ちゃんが昔、目が見えなかったときに、ある人が迷惑をかけたお詫びとしてくれたんだよ」
十六夜が説明した。
「まだ全員、山にいるみたい。今なら手分けして追いかければ、全員捕まえられると思うわ」
「よし、僕たちも行こう」
十六夜たちも魔法少女を追い、秋代たちも倒れている山賊を拘束した後、山狩りに加わった。そして逃げた山賊たちは全員捕縛した後、花宮が改めて名乗った。
「それじゃ、改めて自己紹介させてもらうわね。私は花宮咲。見たとおり3つ目の目があるから、周りからは「サード・アイ」とか「神眼のヴァルキュリア」って呼ばれてるわ」
「オレ様は、付喪神使いの九重真司様だ。人呼んで「エレメント・マスター」の九重真司様とは、オレ様のことだ」
九重は胸を張った。
「僕は十六夜九十九。吸血鬼に変身できるから、周りからは「ヴァンパイア・ナイト」って呼ばれてる。よろしく」
十六夜は笑顔で挨拶した。
「あ、あの、わ、たしは、六堂、輪廻、と言います。さ、先程は、皆さんにも、大変ご迷惑をおかけして、ま、誠に申し訳ありませんでした」
六堂は深々と頭を下げた。
「そしてマリーは、魔法少女マリーなのです!」
魔法少女は杖を手に、再び決めポーズを取った。
「あの、本名は沙門真理っていうんだけど、もう、ここじゃマリーで通ってるから、よかったら、あなたたちもそう呼んであげて」
花宮は、こっそり秋代たちにささやいた。
そして「異世界戦隊マジカリオン」の紹介が終わったところで、
「あたしは秋代春夏。一応、この「ロード・リベリオン」のサブリーダーをやらせてもらってるわ」
秋代が名乗った。そのとたん、
「ロード・リベリオン?」
沙門の顔が険しくなった。
「では、あの「背徳のボッチート」の仲間とは、あなたたちのことです? でも、だったら、なぜあの男は一緒にいないのです?」
沙門はキョロキョロと周りを見回した。
「あいつなら、今日はいないわよ。昨日の今日で疲れてるだろうし、そもそも協調性なんて欠片もない奴だから」
秋代が説明すると、
「確かに、なのです」
沙門は深々とうなずいた。
そして全員の紹介が終わったところで、
「土門って、聞いたことがある気がするんだけど、どこだっけ?」
九重が小首を傾げた。
「忘れたの? アーリア帝国の皇帝を倒した、勇者の名前よ」
花宮が説明した。
「そうだ! 思い出したぜ! 確かに、そんな名前だった。そうか。おまえがあいつらを倒した勇者だったのか。どーりで強いわけだぜ。ま、オレ様には及ばねえけどな」
九重はフフンと鼻を鳴らした。
「そうなのです。あのとき、マリーたちさえいれば、あんな連中の好きになどさせなかったのです」
沙門は憤然と鼻息を荒らげた。
「まあ、それがわかってたからこそ、寺林さんも、あのとき私たちに試写会券をくれたんだろうけど」
花宮がフォローした。
「あれは周到な罠だったのです。そうと気づかなかったマリーの、一生の不覚だったのです」
沙門は口惜しさに唇を噛んだ。
「過ぎたことを悔やんでも仕方ないわ。それより、これからのことを考えましょ。差し当たっての問題は、この子たちをどうするかね」
花宮の視線の先には、山賊たちに親を殺され、身寄りをなくした子供たちの姿があった。
1番簡単な解決法は、帝都につれていって、孤児院なりハリクに預けることだった。しかし、今のアーリア帝国の現状を考えると、帝都も安全とは言い切れなかった。
思案する一同に、解決法を示したのは土門だった。
「そういうことなら、永遠長さんに相談してみたらどうでしょうか?」
「永遠長に?」
土門の口から飛び出した固有名詞に、秋代は渋面を作った。
「はい。永遠長さんは、この世界に自分の村を持っていて、身寄りのない子供たちを引き取って育ててるって、前に言ってましたから」
「村? あいつ、村まで持ってんの?」
「「背徳のボッチート」は、ミルボン王国の女王と婚約しているのです。村の1つや2つ持っていても、なんの不思議もないのです」
沙門が言った。
「婚約!?」
秋代と木葉の声が重なった。
「マジで!?」
「マジなのです。くわしいことは知らないですが、昔、女王が王女だったときに「背徳のボッチート」が助けて恋仲になったそうなのです」
「あいつが……」
秋代には、どうにも想像できなかった。人助け同様、愛だの恋だのとは、もっとも縁遠い存在というイメージが、秋代のなかで出来上がっていたのだった。
「でも、だからって、あいつが子供引き取って育てるって? 突然、博愛精神にでも目覚めたわけ?」
「そういうことじゃなくて、自分がこの世界で生きていくためには、衣食住を用意する人間が必要で、子供は大きくなれば労働力になるから、自分の村に連れ帰って育てるって」
禿が、以前永遠長に言われたことを簡潔に説明した。
「……めっちゃ言いそうなセリフね」
秋代は納得した。
「でも、そういうことなら話は早いわ。あいつに言って、この子たちはあいつの村に引き取ってもらうことにしましょ」
秋代は荷物袋から異世界ナビを取り出すと、永遠長にメールを送った。すると間もなく、
「いいだろう」
というメールが永遠長から返ってきたが、
「ただし今は忙しい。明日にしろ」
そう付け加えられていた。以後、
「明日って、その間、子供たち、どうすんのよ?」
「宿屋にでも泊めておけ。明日になって、もしいなくなっていたら、それはそれで、そいつらの意思だ。こちらが口出しすることではない」
「いいけど、午前中でいい? あたし、午後からは用事あるから」
「いいだろう」
「じゃあ、明日の9時、帝都の正門前に集合ってことで」
「いいだろう」
というメールのやり取りの末、子供たちは永遠長の村に引き取られることが決まったのだった。そして、永遠長との話がついたところで、
「ではマリーたちは、これで失礼するのです」
沙門が言った。
「本当は、この子たちが「背徳のボッチート」の村で受け入れられるところまで見届けたかったですが、明日は用事があるのです」
「品川さんのリサイタルがあるのよね」
花宮が十六夜に笑いかけ、
「うん。僕も今から楽しみだよ」
十六夜も嬉しそうに笑い返した。
「「背徳のボッチート」は、性格は最悪でも約束は守る男なのです。だから信じて任せるのです」
沙門はそう言ってから、
「でも帰る前に、言っておかねばならないことがあるのです。というか、「背徳のボッチート」に伝えておいてほしいことがあるのです」
「永遠長に?」
「そうなのです。本当は、マリーが直接伝えようと思っていたのですが、会えない以上、致し方ないのです」
「それで話って?」
「もし「背徳のボッチート」が、本当に異世界を守りたいなら、2度と総司令の力は使うな、と伝えてほしいのです」
「どういうこと?」
秋代は小首を傾げた。
「どういうもこういうも「背徳のボッチート」が総司令の力を使うと、世界が滅びてしまうのです」
「マリーちゃん。それじゃ、この人たちにはわからないわよ」
花宮が注意し、魔法少女から話を引き継いだ。
「えーと、この世界が創造主様の力によって作られたものだってことは、もうあなたたちも知ってるのよね?」
「え? ええ」
「それで、その創造主様なんだけど、現在ある事情で、力を封じられた状態にあるの」
「は? 創造主が?」
「信じられないでしょうけど、本当のことなのよ」
「総司令が遊んでばかりいるから、副司令が怒って力を封じてしまったのです」
沙門が憤然と言った。
「で、他の世界もそうなんだけれど、特にディサースは、創造主様が100パーセント趣味で作った世界だから色々と不具合があるの」
「不具合?」
「ええ、あのディサースは、元々別に存在するディサースという世界を、創造主様が地球人を異世界転移させるためだけにコピーして作り上げた世界なの」
「コピー?」
「1から作り直している時間がなかったからなんだけど、そこに創造主様が考えた「ジョブシステム」を組み込んで、それに合わせて住んでた人たちの記憶も強引に書き換えたものだから、色々と不具合が出てしまっているの」
「強引に書き換えたって……」
「まあ、それはパラレルワールドと割り切ればいいんだけど、そうして強引に作られた世界だから、ディサースは世界のバランス無視で、創造主様の力によってのみ維持されているものなの。だから、もし創造主様の力がなくなれば、ディサースも崩壊してしまう恐れがあるの」
「話はわかったけど、それと永遠長になんの関係が?」
「永遠長君は、寺林さんとの戦いのとき、創造主様の力を使って戦ったでしょ? でも、今の創造主様は力が出せない状態にある。つまり、力が供給できない状況にあるの。そして、ここからは少しややこしいんだけど、創造主様の力を付与して創造主様の力を得たといっても、それは創造主様とまったく同じ力を得たってわけではないの。なにしろ、その創造主化する力そのものも、言ってしまえば創造主様の力なんだから」
「えーと、要するに、どういうこと?」
秋代は小首を傾げた。
「永遠長君の創造主化を含めたすべての力は、創造主の力だから、その力を使うためには創造主の力が必要だってことだよ」
小鳥遊が補足した。
「でも、その創造主の力は封印されていて使えない。だとしたら、創造主化した永遠長君が創造主の力を使うためには、そのためのエネルギーを創造主以外の何かから供給する必要があることになる。そして、さっきの話からすると、永遠長君はあの寺林って人と戦うとき、そのために必要な力をディサースそのものから供給してたってことなんじゃないかな」
「ディサースから?」
「ええ。その通りよ」
花宮は小鳥遊の推測を肯定した。
「この世界は、創造主様が作った物。その意味で、世界そのものが創造主様の力の塊とも言えるの。そして創造主化した永遠長君は、寺林さんと戦うために、その創造主様の力の塊であるディサースから創造主様の力を補充して戦っていたのよ」
「それって、永遠長が寺林と戦う間、創造主の力をディサースから奪い続けてたってこと?」
「平たく言うと、そういうことね。あのときは短時間で、奪われた力もごく少量だったから事なきを得たけど、もし昨日のようなことを続ければ、いずれ創造主様の力も底をつくことになる。なにしろ、力を封印されている今の創造主様には、新たに力を補充することができないから。そして、そうなったら世界は維持できず、崩壊してしまうことになるのよ」
「大変じゃない」
「だから、こうして伝えたのです。では、さらばなのです」
沙門はそう言うと、仲間とともに異世界ナビで地球へと戻っていった。
「ようわからんが、結局どういう話だったんじゃ?」
話の半分も理解できなかった木葉が、脳停止状態で言った。
「……後で説明してあげるわよ。とにかく、今日はお開きにしましょ」
秋代は疲れた顔で言った。今日は色々なことがあり過ぎた。
状況を整理して理解するには、とにかく時間が必要だっだ。




