第67話
一行が皇宮の城門にたどり着いたところで、
「これはリク先生。今日も診察ですか?」
番兵が声をかけてきた。
「先生?」
「診察?」
秋代と木葉は顔を見合わせた。
「いえ、今日はハリクさんに用があって来たんですけど、通していただけますか?」
「もちろんです。ハリク将軍からも先生たちは顔パスで通すように言われていますし、先生を門前払いなんかにした日には、他の奴らに何を言われるか」
「そうですとも。なにしろ、あなた方は我々の命の恩人なんですから。先生たちのおかげで何人の命が救われたことか」
番兵たちはそう言うと、早々に城門を開いた。
「凄いわね。話には聞いてたけど、さすが、この世界を救った勇者様は扱いが違うわね」
秋代は素直に感心した。
「でも、さっき言ってた診察っていうのは?」
「それは、その、僕たち、この世界で、その、医者の真似事をしてたことがあって……」
土門は気恥ずかしそうに言った。
「それに、この前の戦争でも負傷した人を回帰の力で治したりしたんで、みんな僕たちのことを医者だと思ってるんです」
「ああ、それで……」
「実際には、まだ医師免許も持ってない身で、おこがましいんですけど。それでも、そんな僕たちにもできることがあるならって。ね、ミッちゃん」
「ええ」
「まだ? てことは、あなたたち医者志望だったの?」
秋代は初耳だった。
「はい。あっちで、しっかり医学を勉強して医師免許を取った後、この世界で病院を開くのが僕たちの夢なんです」
土門が照れながら、しかしハッキリと言い切った。
「この世界で?」
「はい」
「そりゃまた、でっかい夢ね」
「難しいのはわかってます。永遠長さんにもダメ出しされたし」
土門は苦笑した。
「永遠長が?」
秋代には意外だった。基本、他人のことなど無関心な永遠長が他人の人生に口を出すとは。
「はい。こっちの世界で医者をやるとなったら、道具不足が目に見えている。輸血1つとっても輸血パックが必要だし、冷凍設備もいるが、そんなものをどう用意するつもりだって」
「……確かに、そうね」
秋代は考え込んだ。
「でも、だとすると悪いことしたわね」
「え?」
「だって、医者になるためには医大に入んないといけないけど、あそこって入るの難しいんでしょ? こんなことに付き合ってる暇があったら、勉強したかったでしょうに」
少なくとも、秋代の頭で入れるところではない。
それだけは確かだった。
「い、いえ、そんなこと。それに、どうせ休みの日は、ここに来ることに決めてますし。医学知識はなくても、回帰の力があれば治せる人はいるんで」
実際、土門の学力は、すでに同学年の平均値を上回っていた。生まれつき記憶力のいい土門は、授業と2、3冊の参考書を熟読しただけで、あっという間に同級生に追いつくどころか、追い抜いてしまったのだった。
「ほんと、偉いわね。てーか、あたしも、そろそろマジで考えないとヤバいわね」
秋代は、まだ将来の進路について、まったくと言っていいほど、何も考えていなかった。それだけに、本気で将来のことを考えている人間を見ると、嫌でも焦りを感じてしまうのだった。
「わしも決まっとるぞ。わしは、将来、警察官になるんじゃ」
木葉が土門に張り合うように言った。
「あんたの場合は、なれるか怪しいけどね。学力的に」
秋代がツッコんだ。皮肉や嫌味ではなく、本音だった。実際、このところ木葉は異世界活動ばかりで、まったくと言っていいほど勉強していなかった。そのため、このままでは将来以前に、進級できるかさえ危うい状況なのだった。
「そう言えば、小鳥遊さんも医者志望なのよね? もっとも、あなたの場合は、動物のお医者さんだけど」
「う、うん。なれればいいな、と思ってるんだけど」
小鳥遊は表情を曇らせたが、秋代は気づかなかった。
「ま、いいわ。とにかく、そういうことなら、ここは、お言葉に甘えることにしましょ」
将来のことは将来のこと。今は、異世界と地球の命運が優先事項。
秋代は、そう現実逃避、ではなく、頭を切り替えた。
そして秋代たちは、土門の案内で鍛錬場にたどり着いた。すると番兵の話通り、ハリクが新兵に訓練を施していた。
「あ、リク」
真っ先に、土門たちの存在に気づいたのはロセだった。
「ロセさんたちも来てたんですね」
笑顔で手を振るロセに、土門も挨拶を返した。
「んもう。ウルスラでいいっていってるのに。私とあなたの仲でしょ」
ロセが土門に身を寄せる。と、そこへ、
「どーゆー仲だってのよ?」
禿が割って入った。
「あら、いたの? ちーとも、気が付かなかったわ」
ロセは、わざとらしく惚けた。
「だったら、そんな役立たずの目玉はいらないわね。ここで、えぐり出してあげましょうか?」
「やだ、怖い。助けて、リク君」
ロセは、土門の腕にしがみつく。それを見て、
「こんの……」
禿がロセを土門から引き剥がしにかかる。
「ふ、2人とも落ち着いて」
間に挟まれた土門は、2人の間で翻弄されっぱなしだった。
土門を取り合うロセと禿を見て、
「相変わらず、仲がいいな」
ハリクが笑顔でそう言うと、
「よくない!」
禿とロセの声が重なった。そして、そのことが、さらにハリクの笑みを誘う。
「そりゃそうと、今日は大所帯だな? おまえさんたちが客を連れてくるとは珍しいが、何か面倒事でも起きたのか?」
ハリクは土門の後ろに控えている秋代たちを見た。
「あ、えと、そういうわけじゃなくて、この人たちは、その、今僕が所属しているギルドの仲間で」
土門がそう説明したところで、
「え? てことは、ここにいるのは、あの「ロード・リベリオン」のメンバー?」
ロゼの目の色が変わった。
「じゃあ「ハイトクのボッチート」も?」
ロセは木葉と加山に目を向けた。ロード・リベリオンと聞き、ロセの仲間3人も木葉たちに好奇の目を向ける。
「残念ながら、永遠長なら来てないわよ」
土門に代わり、秋代がロセたちに答えた。すると、
「え? そうなの?」
ロセの顔が失望に変わり、
「なあんだ。つまんない」
ロセの仲間3人の目からも好奇心が消し飛んだ。
「あ、あの、気を悪くしないでください。あの人たちに悪気はないんです」
態度を急変させたロセたちを見て、土門があわててフォローする。
「気にしてないわよ」
実際、秋代は気にしていなかった。それどころか、ロセたちを不憫にさえ思っていた。実物を知らないから、と。
「それより禿さん、いつもと雰囲気違くない?」
秋代は禿のことを、ずっと穏やかで大人しい性格の娘だと思っていた。しかしロセと言い争っている禿は、これまでとは正反対といっていい、超攻撃的キャラと化していたのだった。
「えーと、あれが地というか、本性というか」
土門は言い澱んだ。
「本性?」
「あの、前にボクが口を滑らせて、ミッちゃんのことを、まるで永遠長さんみたいだって言っちゃったことがあって。ミッちゃん、それがすごくショックだったみたいで、それからは2度とそう言われないように、永遠長さんを反面教師にしてると言うか、ずっと猫を被ってるんです」
「……なるほどね」
秋代は納得した。確かに、自分でも永遠長に似ていると言われたらショックに違いなかった。
そして騒ぎが一段落したところで、土門は改めてロセたちを紹介した。
「こちらが僕たちを皇帝のところから助け出してくれた、ウルズラ・ロセさん。そして、ルカ・クラトルさん。エマ・ミュラーさん。レア・ジュノーさん。皆さん、ロセさんと同じスイス人です」
そして秋代たちの紹介も済んだところで、土門はハリクに本題を切り出した。
「それで、今日来た要件なんですけど、ハリクさんたちにモスの現状について話を聞くためなんです」
「モスの現状ねえ。まあ、俺の知ってることでよけりゃ話してもいいが、そんなもん聞いてどうすんだ?」
ハリクは無精髭の生えた顎を撫でた。
「それは、えーと、色々と事情があって、一言では」
「ま、いいやな。ちょうど、新兵どもの訓練も一段落ついたところだし、俺の知ってる範囲でよけりゃ、話してやるよ」
「ありがとうございます」
「じゃ、ここで立ち話ってのもなんだから、食堂にでも行くか」
ハリクはそう言うと、食堂へと歩き出した。そして、食堂に着いたハリクは給仕に食事を頼むと、
「つってもなあ、俺が知ってることは、ここにいる人間なら誰でも知ってる程度のことしかねえんだけどな。将軍っつっても、俺お飾りだし」
そう前置きした後、ハリクはモスの現状について説明していった。しかし、その口調とは裏腹に、ハリクの話は限りなく重いものだった。
「ど、どうするんですか、ハリクさん?」
ハリクの話は、土門も大まかには知っていた。だが議会と貴族の対立が、そこまで国に悪影響を及ぼしているとは知らなかったのだった。
「どうするもこうするも、なるようになるしかねえさ」
ハリクは気楽に言った。
「でも、それじゃ」
「ああ、この国が滅びるのは時間の問題だろうなあ」
ハリクは、あっさり認めた。
「そんな……」
「ま、できる限りのことはするさ。こんなんでも俺の祖国だからな」
ハリクは腕を組んだ。
「それよりも、問題は異世界人狩りのほうでな。おまえたちが聞きたいのも、たぶんこっちのほうなんじゃないか?」
「それってモス人のなかに、自分たちの世界を侵略しようとした異世界人を殺して回ってる連中がいるって話?」
秋代は、前に聞いた永遠長に話を思い出していた。
「ああ。アーリア帝国を取り戻したところで、俺たちは皇帝一派が異世界人であることを公表した。あのときは、混乱していたアーリア帝国を1つにまとめるためには、分かりやすい悪がいたほうがいいと思ってしたことだったんだが、それが裏目に出ちまったんだな、これが」
ハリクは頭をかいた。
「どういうこと?」
「皇帝の正体が異世界人だと知ったアーリアの民は、一致団結した。そこまでは狙い通りだったんだが、それを利用する輩が出てきちまったんだよ」
「利用?」
「ああ。異世界人は、この世界を侵略しようとしている悪。そして、その悪を一掃することが女神のご意思。そうお題目を掲げる教団が、女神の名の下に異世界人狩りを始めやがったのさ。しかも、そいつらは異世界人だけでなく、そいつらに関わった者や、挙句の果ては告発があっただけの完全に無関係の者まで、女神の名の下に粛清しだしてるそうなんだよ」
「要するに、中世ヨーロッパであった「魔女狩り」が、このモスで現在進行系で行われてるのよ」
ロセがハリクの説明を補足した。
「それ以外にも、アーリア帝国に祖国を奪われ、家族を殺された人たちによって構成された、異世界人排斥勢力が、いくつも存在してるわ。そして1番タチが悪いのが、それに便乗している奴隷商人たちよ」
「どういうこと?」
「異世界人は悪。モスに、その空気が広まっているのをいいことに、目をつけたモス人を異世界人だと主張して勝手に奴隷化したり、自分たちが奴隷狩り目的で村を襲っておいて「これをやったのは、異世界人たちだ」と罪をなすりつけたりと、とにかくやりたい放題してるのよ」
ロセは嫌悪感をあらわにした。
「そして、それがまたモス人の異世界人への負の感情を悪化させる。まさに負のスパイラルというわけ」
ロセは肩をすくめた。
「幸いなのは、この騒ぎがとりあえずアーリアと、その周辺国内に留まってるってこと。だけど、これ以上騒ぎが大きくなれば、この大陸中で魔女狩りが起こりかねないのよ」
そうなったら、どれだけの人命が失われるか知れたものではなかった。
そのため、ハリクたちは奴隷商人や反対組織を見つけしだい潰しているのだが、悪の異世界人を討伐しようとする「正義の味方」は、ひっきりなしに現れるため、イタチごっことなっているのが実情なのだった。
「今日は、ありがとうございました。色々と参考になったわ」
話を聞き終えた秋代たちは、皇宮を後にした。しかし、その顔は一様に優れなかった。
正直なところ「こんなもん、どないせっちゅうねん」というのが、偽らざる本音だった。
「永遠長の奴が、モスには近づくなって言うはずだわ」
秋代は今さらながら納得した。
だが、この状況は、たとえ国は違っても同じ地球人が引き起こしたもの。それを永遠長のように「関係ない」の一言で済ませるのは、あまりに無責任過ぎるというものだった。
「異世界ストアの運営としても、この状況を放置しとくわけにはいかないしね。ていうか、あの寺林って奴は今まで何してたわけ? 神様なら、この状況もなんとかできたんじゃないの? 元はと言えば、あいつが蒔いた種なんだし」
なぜ、それを自分たちが解決しなければならないのか。
秋代は理不尽極まりなかった。そして、そんな秋代の取った行動は、
「小鳥遊さん、何かいい考えない?」
他人に丸投げすることだった。
「問題を沈静化させる方法があるとすれば……」
小鳥遊は、そこで少し考え込んだ後、
「モスを閉鎖すること、かな」
自分の答えを口に出した。
「モスを閉鎖?」
「うん。そうすれば、モスから地球人はいなくなるでしょ。そうしてモスの人たちの願い通り、地球人をモスから排除した後、その事実をモスの人たちに浸透させていけば、これ以上の騒ぎにはならずに済むと思うんだけど……」
「けど?」
「それだと、結局永遠長君の考えを肯定することになっちゃうの。元々永遠長君は、地球人がこれ以上異世界に干渉させないようにしてたのを、私たちが無理言って辞めさせたのに、今になって、やっぱりモスから地球人を排除しないとダメだなんて永遠長君に言ったら、だったら最初から言うなって言われそうだし、それこそ異世界ストアの運営権も取り上げられかねないかなって」
「……確かに言いそうね、あいつなら」
「それに、たとえモスを閉鎖しても、地球人がモスにいる状況を利用している連中が、やめるとは限らないし。それこそ、そんな連中は、たとえ本当に地球人がモスから1人もいなくなったとしても、まだモスには異世界人がいると主張し続けて、悪いことをし続けるんじゃないかな。そういう人たちにとっては、本当に異世界人がモスにいるかどうかは、すでに問題じゃないんだろうから」
「……なるほどね」
秋代は少し考え込んだ後、
「だったら、あたしたちがやるべきことは1つね」
自分なりの答えを出した。
「どうするんじゃ?」
「とりあえず、冒険者ギルドに行って冒険者登録する。で、その後は装備を揃えてクエストをこなす」
「なんじゃ? それじゃ、いつもと変わらんじゃないか?」
「あんたが言ったんでしょうが。強くならなきゃ何も守れないって。それと同じで、資金がなきゃ何もできゃしないのよ。色々問題が山積みだけど、何をするにも、まず必要なのは軍資金よ。あんたの目的である強力な武器を手に入れることだって、まずは装備を整えないと始まんないわけだし。後のことは、それからよ」
それが秋代の出した答えであり、決して問題を先送りにしたわけではないのだった。
そして木葉の要望により、まず武器屋で装備を整えた秋代たちは、その後冒険者ギルドで冒険者登録を行った。異世界人ということで門前払いされないか、小鳥遊辺りは心配していたが、手続きは問題なく終了した。元々、冒険者は食いっぱぐれの荒くれ者が多いため、登録者の出生は気にしないのが暗黙の了解となっているようだった。
そして、晴れてモスでも冒険者となった秋代たちは、さっそくクエストに取り掛かった。
数あるクエストのなかから、秋代たちがモスでの初クエストに選んだのは、近場の峠に出没するという山賊退治だった。受付嬢によると、この付近では最近異世界人狩りも頻発しているらしく「なら、一石二鳥じゃない」という、秋代の一言が決め手となった。
千里の道も一歩から。
こうして問題解決の第1歩として、秋代たちは山賊退治のため、クエストに記されていた山がある西へと向かったのだった。




