第60話
「バカな……」
永遠長が全世界の力を自在に操ることは、ビルヘルムも知っていた。しかし、その力は結界のよって封じられているはずだった。その力が使えるということは……。
「あ、あの結界を、解除したというのか? そんなこと、できるわけが……」
この世界に施した結界は、5つの宝玉を要としている。そして、その5つの宝玉は、今や誰の手も届かない深い海の底にある。つまり封印を解くためには、広大な海の中から宝玉の封印場所を探し出し、宝玉を回収もしくは破壊しなくてはならないのだった。
だが、そんなことは潜水艦もない、この世界では不可能に等しかった。実際、ビルヘルムたちにしても、儀式後に宝玉を海底に沈めただけで、海底まで行ったわけではないのだった。
「いったい、どうやって……」
ビルヘルムはそう言ってから、周囲にいる永遠長の分身に目を向けた。
「そ、そうか。分身を……」
無数に増えた分身のうち、数体が消えたところで気にする者はいない。
永遠長は分身が千体を超えたところで、そのうちの5体を宝玉の回収に向かわせたのだった。
「しかし、宝玉の在処は誰も知らないはず」
「女神に教わった」
「女神? 大迷宮の女神か?」
「そういうことだ」
女神が永遠長に見せた光景は、大まかな位置だけだったが、それで十分だった。この世界を丸ごと封印するような強力な力を発しているものなら、近づけば嫌でも力が伝わってくる。後は、その力の出どころを突き止めて、宝玉を回収するだけ。
それでも並の人間であれば、回収することはできなかっただろう。
しかし永遠長の分身は、姿こそ獣人だが、その正体は魔力の塊。そのため生身の人間であれば耐えられない水圧下でも、平気で活動できたのだった。
これを永遠長理論で言うと、
「本来、人間が動物に変身することなど、あり得ない。ならば、それを可能としているのは魔法ということになる。そして獣人化すると姿形が変わるだけでなく、体も強靭になることから、獣人化はベースとなる本体の細胞を増幅させているのではなく、なんらかの力、この場合は魔力により、ダークマターのような周囲の物質を筋肉組織へと変化させているのではないか? そして、もしそうであるならば獣人形態には魔力による体組織の増殖能力があるということであり、ならば分身の製造も可能なのではないか? と考えた。そして、試してみたらできた」
ただ、それだけの話なのだった。
そして完全復活したからには、まずやることは決まっていた。
永遠長は呪文の詠唱に入った。そして呪文が完成した直後、
「ぎゃあああああ!」
マーガレットから悲鳴が上がった。見ると、マーガレットの右肘から先が消失していた。そんなマーガレットを見て、
「……なるほど」
永遠長は1人納得すると、再び呪文を唱える。すると、今度はマーガレットの左足が消し飛んだ。そして、さらに呪文を唱えると、マーガレットの足元に拳大の物体が出現した。よく見ると、それは人の心臓だった。
そしてマーガレットは倒れ込むと、そのまま動かなくなった。
その状況に困惑する土門たちをよそに、
「やはり転移魔法であれば、人の部分転移も可能なようだな」
永遠長は1人満足していた。魔具での実験では、どうしても部分転移はできなかったのだが、今の実験で、その理由も大まかに掴めた。
「しかし可能というだけで、費用対効果の点で言えば効率的とは言えん」
これが、今回の実験における最大の成果と言えた。具体的に言うと、人体の1部分を転移させる場合、普通に人1人を転移させるより、多くの魔力を消費するのだった。
このことから導き出される結論は、転移魔法はSFなどによくある転送装置のように、転送者を原子分解してから別の場所で再構成するのではない、ということだった。もしそうであるならば、転送者が痛みを訴えるのは転送後のはずだからだ。
しかし、今あの実験体は明らかに腕や足が千切れた時点で痛みを訴えた。これは、転送魔法がSFの転送機のような転送システムではなく、単に魔力によって物体を高速移動させているだけ、ということを意味していた。
腕だけを転移させた場合に、通常以上の魔力を必要としたのも、これならば納得がいく。
人が他人を運ぶ場合を考えれば分かりやすい。
人が、他人の腕だけ切り取って運ぼうとした場合、ただ人を持ち上げて運ぶよりも労力を使う。心臓が腕に比べて魔力の消費量が少なかったのは、内蔵は腕よりも千切りやすかったからだろう。
そして、これらの実験から導き出される結論は、
「部分転移魔法は実戦向きではない」
ということだった。
対象の肉体の1部を、ここまで手間暇かけて転移させるぐらいならば、対象ごと海底なり地中なりに転移させたほうが、よほど簡単に始末できるのだから。
「だが、そうなると」
永遠長は、もう1度転移魔法を唱えた。すると、ベロニカの姿が消えた。
「転移魔法に失敗した場合に、人が岩や鉄などと同化してしまうことに説明がつかん」
永遠長は神殿の柱の1本に歩み寄った。見ると、その柱にはベロニカの顔が浮かび上がっていた。
「ただの高速移動なら融合ではなく、激突するだけのはずなんだが。まだ、何か俺の知らない法則が隠されているということか……」
永遠長は柱に取り込まれ、息絶えているベロニカをマジマジと観察した。
「まあいい。それはこれからの研究課題ということで、とりあえず今回はこれでよしとしておこう」
魔法が使えない間、ずっと悶々としていた疑問が解決し、永遠長は晴れ晴れとした気分だった。
「ロニー、マギー」
ビルヘルムは、虚ろな目で後ずさった。兵は逃げ去り、仲間は次々と殺されていく。今の状況は、ビルヘルムにとって悪夢以外の何物でもなかった。
「ど、どうしてこんなことに。いや、その前に、どうして洗脳が効かない?」
仮に、本当に結界が解かれたのだとしても、それは洗脳が効かない理由にはならないはずだった。
「簡単な話だ。おまえが使った「洗脳」のクオリティを、以前受けたことがあるからだ」
「な、なに?」
「以前、ディサースであるギルドと敵対したんだが、そのうちの1人が「洗脳」のクオリティ持ちでな。俺を洗脳しようとしたんで、逆に絶対恭順でそいつを操って、俺に洗脳をかけさせたんだ。俺以外の人間の命令には絶対に従うな、とな」
加えて、永遠長は考えられる限りの耐性魔法を自身に施してあるため、生半可の暗示では彼を操ることはできないのだった。
「それでも、この世界の結界が解ける前ならば、あるいは洗脳されていたかもしれんがな。もっとも、その場合おまえのレベルが、あいつよりも上であることが前提条件となってくるが」
永遠長はビルヘルムを観察した。
「俺の見たところ、おまえのレベルは奴の足元にも及ばない。大方、洗脳のクオリティにおんぶに抱っこで、ロクに経験値も稼いでこなかったんだろう。どこまでも、くだらない男だ」
永遠長は言い捨てた。
「そんな甘い考えしか持たない人間が、人の上に立とうとしたことが、そもそもの間違い。ましてや人をチート呼ばわりするなど、おこがましいにも程がある。他人をチート扱いしたければ、まず自分ができる限りの努力をしてから言え」
「……遺言は」
ビルヘルムは両手を突き出すと、
「それだけかな?」
永遠長にファイアーボールを放った。そして、その後もサンダーボルト、エネルギーボム、ウイングカッターと、コピーしていた攻撃系クオリティで攻め続けた。
「バカめ」
考えうる限りの攻撃を加えた後、ビルヘルムは吐き捨てた。
「誰が「洗脳」がワタシの力だと言った? ワタシのスキルは「コピー」! おまえを倒す手段なら、いくらでも持ってるんだよ!」
ビルヘルムは勝ち誇った。攻撃系クオリティをフルパワーで、それも不意打ちで撃ち込んだのだ。いくら「ハイトクのボッチート」でも、ひとたまりもないはずだった。しかし、
「な……」
爆煙が晴れた後には、無傷の永遠長が立っていた。
「今度は、こっちから行くぞ」
永遠長はそう言うと、
「カオスブレイド!」
魔剣から漆黒の刃を撃ち放った。しかしその一撃を、ビルヘルムは禿からコピーした「反射」のクオリティで跳ね返す。
「無駄だよ」
ビルヘルムは薄ら笑った。
「彼女の力も、すでにコピー済みでね」
ビルヘルムは禿を見た。
「それに万が一、君に倒されたとしても、どうということはない。復活チケットで蘇り、またこの世界に戻って来るだけだ。今度は君を超える力を手に入れてね」
ビルヘルムは唇の端を曲げた。
「わかったかな? たとえ、どんなに君が強かろうと、君にワタシを止めることはできないんだよ。そしてこのままだと、どちらも決め手を欠くまま無駄に消耗を続けるだけだ。それは君も本意ではないだろう?」
ビルヘルムは笑顔で永遠長に右手を差し出した。
「だから不毛な争いは止めにして、協力し合おうじゃないか。君とワタシが手を組めば、この世界はおろか地球を支配することも」
「興味ないと言っている」
永遠長はビルヘルムの申し出を、一刀の下に切り捨てた。
「それに、決め手がないと誰が言った?」
永遠長は巨人から無数の鉄球を作り上げると、四方からビルヘルムへと投げつけた。これに対して、
「無駄なことを」
ビルヘルムは全方位に反射板を作り出し、鉄球を防ぐ。
「だから無駄だと」
「これで終わりと言った覚えはない」
永遠長はビルヘルムを取り囲んでいる鉄球を、ビルヘルムごと宙に持ち上げた。そして50メートルほど持ち上げたところで、思い切り地面に叩きつけた。結果、
「うおおおおお!?」
流体金属に閉じ込められているビルヘルムにも落下の衝撃が加わる。
反射板で防ぐことができるのは、あくまでも外部からの攻撃に過ぎない。ならば、鉄球でビルヘルムを閉じ込めた上で鉄球ごと落下させれば、反射板の中にいるビルヘルムにもダメージを与えられるのではないか?
永遠長は、そう考えたのだった。
そして、さらに50回、ビルヘルムごと鉄球を落下させたところで、永遠長は鉄球内からビルヘルムを解放した。すると、
「こ、こ、こ、この、この、やろ、野郎」
ビルヘルムが、ふらつきながら立ち上がった。しかし、
「こ、殺してやる。殺してやるぞ、このイエローが」
そこには、もはやアーリア帝国の皇帝は存在せず、いるのは生意気な日本人への怒りを募らせる、1人のアメリカ人だった。
「おまえに俺を殺すことはできない」
永遠長は淡々と言った。
「ほざけ、クソザルがあ! 言ったろうが! たとえ、ここで殺されても」
「なぜならば」
永遠長はビルヘルムの後ろに目を向けた。その視線を負い、
「ああ!?」
ビルヘルムも背後を振り返る。すると、
「な!?」
そこには土門の姿があった。そして絶句するビルヘルムの胸板に、
「回帰!」
土門の渾身の一撃が叩き込まれたのだった。




