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第58話

 女神の力により神殿まで戻ったところで、


「それで、これからどうするの、リッ君?」


 禿が土門に尋ねた。


 女神の大迷宮を攻略するという、当初の目的は果たした。しかし、土門の起死回生のシナリオは、すでに皇帝の知るところとなっているうえ、レジスタンスの旗頭であるハリクも檻の中。事態は好転するどころか、暗転し続けているのだった。


「とりあえず、アーリア帝国に戻ろう。まずハリクさんたちを助けないと」


 彼らの処刑を、なんとしての阻止する。それが最優先だった。


「そうね」

「あの、永遠長さんは、これから、あれ?」


 土門は永遠長の姿を探した。すると、すでに永遠長は外へと歩き出していた。


「ボクたちも行こうか」


 土門は苦笑うと、永遠長を追って神殿を出た。すると、あれだけ吹き荒れていた吹雪は止み、空は青く晴れ渡っていた。そして地上には、一面に広がる銀世界、ではなく、


「な……」


 千を超えるアーリア帝国の兵士たちが群れ集っていた。

 

「……もしかして、この寒いなか、ずっと待ってたの?」


 禿が兵士たちに同情した直後、兵の最前列にアーリア帝国の現皇帝と、その側近たちが瞬間移動してきた。


「やあ、リク君。いなくなって心配したが、元気そうで何よりだ」


 ビルヘルムは笑顔で土門を歓待した。


「まあ、こんなところで立ち話もなんだ。続きは、帝国に帰ってからにしようじゃないか」


 ビルヘルムは右手を差し出した。


「……せっかくですが、もう、あなたのところには戻りません」


 土門はキッパリ言い切った。


「戻らずに、どうするというのかな? まさかとは思うが、反乱軍に参加するつもりででもいるのかな? だとしたら、やめておいたほうがいい。反乱軍のリーダーは投獄され、すでに反乱軍は半壊状態だ。今さら君が動いたところで、どうなるものでもない」

「そんなことは、やってみなければわからない」

「わかっていないのは、君のほうだよ。いいかい。この世界に魔法が復活するということは、我々もまた魔法が使えるようになるということなんだ。仮に君の計画通りに、先んじて反乱軍が魔法を使えるようになったとしても、優勢に事を運べるのは最初だけ。いや、それすら難しかったろう。何しろ我が帝国は、すでに新たな武器の量産に着手しているのだからね」

「新たな武器?」

「銃だよ」

「銃?」


 土門の表情が険しさを増した。


「そう驚くことでもないだろう。銃こそ人類の進化の証明にして、力の象徴。火薬の製造に成功しておいて、その銃を製造しないほうが、どうかしているというものだ。そうだろう?」


 ビルヘルムは口元を歪めた。


「そして銃さえあれば、魔法など恐れるに足らない。なにしろ、相手が長々と呪文を唱えている間に、こちらは引き金1つで片が付くのだからね」

「…………」

「今は単発式だけだが、いずれはマシンガンや大砲、戦闘機や戦車も製造する予定だ。もっとも、そのためには、まず石油を発掘しなければならないがね。そうして増強させた兵力で、この世界に革新の気風を起こし、新時代を築き上げるのだ」


 ビルヘルムは大きく両手を広げた。その目は、完全に自己陶酔の極みにあった。


「わかったら戻ってきたまえ。もう君の帰る場所は、ワタシのところしかないのだから」

「……あなたが不老不死を手に入れるまでの、間に合わせの延命装置として、ですか?」


 土門は皮肉った。


「最初は、そのつもりだったがね。しかし今回のことで、君は自分の有能さを証明して見せた。結果的には失敗に終わったが、ダイナマイトに対抗するために魔法を復活させようという機転と、それを実現させた行動力は称賛に値する。確かに、ワタシは白人至上主義者だが、有能な者を認め、それに見合う報酬を与えるぐらいの度量は持ち合わせているつもりだよ。コクブやホンゴウが、その証拠だ」

「どうせ、あいつらも用が済んだら始末するつもりだったんでしょ?」


 禿の目は不審に満ちていた。


「反乱者たちに、何を吹き込まれたのか知らないが、どうも君たちには、ワタシに対する偏見があるようだね」


 ビルヘルムは肩をすくめた。


「だが、ワタシは本当に君たちのことを考えているし、この世界のことを憂いているのだよ。考えてもみたまえ。君は、確かに「回帰」に力によって、人や物の時間を巻き戻すことができる。だが、自分自身の時間を巻き戻すことはできない。人が、自分で自分の体を持ち上げることができないように。つまり、このままだと君は、他の凡百な連中と同じように年を取り、いずれは死を迎えなければならないんだよ。君は、本当にそれでいいのかな?」

「かまわない」


 土門は即答した。


「ボクは永遠の命なんていらない。たとえ限られた時間であっても、その時間を、大切な人と一緒に同じ物を見て、同じ物を感じて生きていけさえすれば、それで……」


 土門は禿を見た。


「そして後に残る者に、自分の叶えられなかった思いを託す。人は誰だって、そうやって生きてるんだ」


 土門はビルヘルムを睨みつけた。


「そんな人たちの思いを、人生を踏みにじって平気でいるあなたになんて、ボクは、ボクたちは絶対に従わない。何があってもだ!」

「……どうやら、ここでの説得は不可能なようだね」


 ビルヘルムは嘆息した。


「仕方ない。話の続きは、君を帝都に連れ帰ってから、ゆっくりするとしよう」


 ビルヘルムは右手を上げた。


「永遠長さんは、早くここから逃げてください」


 土門と禿は身構えた。たとえ、いくら永遠長といえども、これだけの数を相手に勝てるわけがない。自分たちの問題に、これ以上、永遠長を巻き込むわけにはいかなかった。


「俺の行動は俺が決める。おまえに指図される筋合いはない」


 永遠長はそう言うと、土門たちの前に進み出た。


「トワナガ?」


 土門の口から出た名前に、ビルヘルムの手が止まった。


「ほう、では君が、ミスターお気に入りの「白銀の解放者」ルキ・トワナガか。いや、それよりも通り名である「ハイトクのボッチート」と呼んだほうがいいのかな?」

「おまえが俺をどう呼ぼうと、俺にはなんの関係もない話だ」

「いや、あるだろ。君のことなんだから」


 ビルヘルムは思わずツッコんでから、軽く咳払いした。


「ま、まあいい。コクブたちから報告を受けたときには、人違いかとも思ったが、どうやら本当に、あのルキ・トワナガのようだね。ミスターから聞いた通りの人物像だ」


 ビルヘルムは、寺林から永遠長のことを「好奇心の化物」「難攻不落の中二病」と説明されていたのだった。


「てっきり、君も他の利用者たちのように、夏休みイベントを満喫しているものだとばかり思ってたんだがね」

「だから、ここにいる。人がウジャウジャいると邪魔臭くて、見つかる物も見つからんからな」

「見つける? ああ、異世界を自由に行き来する方法、だったかな」


 そのことも寺林から聞かされていた。そして永遠長が、異世界への移住を望んでいることも。


「なら話が早い。どうかな、ルキ君。そういうことなら、君もワタシのところに来ないか? むろん、将軍クラスの待遇でだ」


 異世界に定住することを望んでいる永遠長ならば、必ずこの提案に乗ってくる。

 ビルヘルムは、そう思っていた。しかし、


「いらんし興味ない」


 永遠長の答えは、ビルヘルムの予想に反していた。


「なぜだ? 君は異世界への移住を望んでいたはずだろう? ワタシのところへ来れば、君が望んでいた異世界での、それも最高級の暮らしが約束されるのだぞ」

「そんなものに興味はないと言っている。俺が異世界に移住するのは「未知」のためであり、贅沢な暮らしをするためではない」

「未知?」

「この異世界は、俺の知らない物で溢れている。俺は、この先の人生すべてをかけて、それらの未知を見て回る。今日とは違う明日。誰も歩んだことのない人生。それが俺の目的であり、生きる意味。たとえ、それが最高級の暮らしであろうとも、ひとつ所に留まって無為に時間を過ごすなど、俺にとっては死と同じ。人生の浪費でしかない」


 永遠長にとって、最大の敵は「退屈」なのだった。


「それに、俺には俺の人生設計がある。俺は、確かに異世界に移住するつもりでいるが、それは高校を卒業してからの話だ。そうすれば、俺のことを認識する者はいなくなり、俺という人間がいたという痕跡は、地球上から消えてなくなる。思い出すとしたら、せいぜい同窓会でも開いたときに、クラスの奴らが「そういや永遠長とかいう奴いたけど、あいつどうしたっけ?」「え? そんな奴いたっけ?」「ああ、あの根暗な奴か。どうでもいいよ、あんな奴。どうせ、今頃家で自宅警備員でもしてるんだろ」と鼻で笑う。その程度のものだ。そして、それ以後は2度と思い出すことすらないだろう」


 だが、今は違う。今、もし永遠長が消えれば、それがどんな形であれ、夏休み中に失踪した高校生として、教師なりが気に止め、失踪者として警察の記録にも残ってしまう。そんな形での去り方は、永遠長の本意ではないのだった。


「いや、ワタシが言うのもなんだが、それでいいのか? 君の人生?」


 ビルヘルムは、またまたツッコんでしまった。


「まったく問題ない。それに、これ以上ない生き恥をさらしているおまえに、とやかく言われる筋合いはない」

「ほう?」


 ビルヘルムの目が細まった。


「面白いことを言うね、君? 一体、ワタシの何が恥だと言うのかな?」


 今や自分は万の兵を動かし、百万を超える民草を従える大皇帝。そのプライドにかけて、イエローごときにナメられるのは我慢ならなかった。


「現状、異世界ナビで行き来できる異世界は4つある。にも関わらず、おまえがモスを選んだのは、モスが1番支配しやすかったからだろう?」


 永遠長の指摘に、ビルヘルムの顔から笑みが消えた。


「エルギアには「召喚武装」が、ラーグニーには「魔銃」が、そしてディサースには「ジョブシステム」がある。そして、これらの「魔法」には銃や爆弾ごときでは歯が立たない。だから、モスを選んだんだろう。魔具しかないモスならば、おまえ程度でも支配できそうだったから」


 永遠長に断じられ、ビルヘルムの顔が強張った。


「要するに、おまえがやってることは、同級生を相手にイキれない高校生が、中学生や小学生にも勝てそうにないから、幼稚園に乗り込んで「俺は強いんだ。だから言うことを聞け」と、幼稚園児相手にマウントを取っているようなものだ。まったくもって、みっともない」


 永遠長の容赦ない侮蔑に、ビルヘルムの肩が小刻みに震える。


「大方、地球じゃウダツが上がらない底辺が、異世界で一発逆転を狙おうとしたんだろうが、それならそれで、せめて同じ土俵の上で戦えと言うんだ。それを、クオリティはおろか、科学技術すら持たない異世界人相手に、自分が生み出したわけでもない火薬や銃を持ち込んで得意がっているおまえは、虎の威を借る狐そのものだ。そんなおまえの、どこが至上の存在なんだ? 格下相手に、それも借り物の力でしかイキれん猿真似男が、無駄に自尊心だけブクブクと膨らませおって。身の程を知れ。二番煎じの白豚が」


 永遠長の苛烈なまでの罵倒は、土門ですら「もう、その辺にしておいてあげてください」と、頼みたくなるぐらいだった。そして横を見ると、禿は座り込んで耳を塞ぎ、


「違うもん。違うもん。違うもん。私、あんなんじゃないもん。私、あそこまで酷くないもん。違うもん。違うもん」


 と、涙ぐみながら繰り返していた。


 またビルヘルムも、永遠長の話を「黙れ。黙れ。黙れ。黙れ。黙れ」と、小声で打ち消し続けていた。皇帝であるというプライドと配下の目が、かろうじてビルヘルムの自制心を保たせていたが、そうでなければ、とうの昔に「黙れえええ!」と喚き散らしているところだった。


「……言いたいことは、それだけかな?」


 ビルヘルムは、かろうじて保った理性で穏やかに言い返した。


「まだ言って欲しければ言ってやる」

「いや、結構。君の講釈は十分堪能したからね。それに、こう見えてワタシも多忙でね。いつまでも、君ごときに付き合っている暇はないんだよ」


 内心の怒りを抑えながら、ビルヘルムはフンと鼻を鳴らした。


「君のことは、ミスターから聞いている。当然、その力のこともな。だから、ここにいる兵士たちには耐電仕様の人器を着用させている。つまり、君ご自慢の電撃は、ここにいる兵士たちには通用しないということなんだよ」


 ビルヘルムは勝ち誇った笑みを浮かべた。


「そして、これはすでに君自身も気づいているだろうが、今君は実力を100パーセント発揮できない状態にある。つまり、今の君は「ハイトクのボッチート」でもなんでもない。ちょっと腕が立つだけの、1剣士に過ぎないんだ。それで、どうやって、この数に勝つと言うんだ? できるものなら、やってみせてもらおう」

 

 ビルヘルムは高らかに言い放った。しかし永遠長は動じることなく、


「……数が多いことが、そんなに自慢か?」


 兵士たちに視線を走らせた後、


「ならば、こちらも数で勝負してやろう」


 内なる力を開放した。


「数で勝負? モンスターでも召喚しようというのかな? だが、さっきも言ったように」

「変現」


 永遠長の意思に呼応し、


「人獣白狐」


 その姿が人から狐へと変貌していく。


「ほう、それがハーリオンの「獣人化」か。初めて見たが、本当に獣になるんだな」


 話には聞いていたが、確かに見事な変身だった。しかしビルヘルムにしてみれば、猿が狐に変わっただけのこと。取り立てて、騒ぎ立てることではなかった。


「なるほど。他の世界と遮断されていても、体に宿した変身能力は使えるというわけか」


 ビルヘルムは納得した。もっとも、それなら理屈上、ディサースの「ジョブシステム」も使えるはずなのだが、その辺のシステムについては、ビルヘルムも詳しくは知らないのだった。


「それで? 確か君、さっき数で勝負してやる、みたいなこと言ってなかったかな? 見たところ、猿が狐に変わっただけで、数は変わってないようだが?」


 ビルヘルムは、からかった。どうせ、猿が苦し紛れにハッタリをかましただけ。そうタカをくくっていたのだった。


「言われなくても、今見せてやる」


 永遠長は両手を広げると、


「変現」


 その両手の先に、


「双獣白狐」


 2体の新たな白狐を出現させた。


「ほう。これは凄い。いわゆる分身の術というやつだね。まさか、こんなところで、ジャパニーズ・ニンジュツを拝めるとは思わなかったよ」


 ビルヘルムは思わず感嘆の声を上げたが、その顔にはまだまだ余裕があった。


「いや、なかなか面白い曲芸だ。どうだ? 今からでも考え直さないかな? 今なら最高級の待遇で、側に置いてあげるよ。ペットとしてね」


 ビルヘルムは嘲笑した。分身の術には驚いたが、しょせん1匹が3匹になっただけのこと。千を超える兵士たちの前では、微々たる違いに過ぎなかった。


「これで終わりだと、誰が言った?」


 永遠長は、そんなビルヘルムの嘲りなどお構いなしに、


「変現、双獣白狐」


 今度は分身を含めた3人の両手から、6体の分身を生み出した。そして、その数は、


「双獣白狐。双獣白狐。双獣白狐」


 その後も27、71と増え続けていき、その総数が1278になったところで、


「変現、霊獣白狐」


 その半数を本物の狐へと変身させると、


「顕現! 疾風迅雷!」


 すべての分身にアルカミナの力を分け与えたのだった。




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