第48話
終焉を告げる火柱は、深夜の王都に高々と吹き上がった。と同時に、王都の各所で爆発が発生し、新たな火の手が上がっていく。
爆音によって叩き起こされた住民たちは、炎に追い立てられ、安全地帯を探して逃げ惑う。
そして、それは土門たちも例外ではなかった。
「これは?」
爆音で目を覚ました土門は、窓の外に広がる火の海に息を呑んだ。
普通の火事が、短時間でここまで広がるとは思えなかった。だとすれば、考えられることは1つだった。
「アーリア帝国」
土門は急いで上着を着ると部屋を出た。すると、わずかに遅れて禿も部屋から出てきた。そして、2人が診療所から飛び出した直後、
「リク先生! うちの娘が!」
全身に大やけどを負った娘を抱きかかえた母親が、土門たちの元へと駆けてきた。火の海の中、娘を助けたい一心で、ここまでやって来たようだった。
「お願いします! リズを」
なんとか土門の元にたどり着いた母親は、土門に娘を差し出した。そのとき、
「助……」
母娘の足元から炎が吹き上がり、容赦なく母娘を焼き焦がす。
「け……」
母親は、それでもなお、娘を土門に託そうとするが、
「て……」
その思いは届くことなく、母娘は力尽き、燃え盛る炎のなかで息絶えた。
「く……」
土門は、急いで母娘に回帰を施した。しかし、母娘が生き返ることはなかった。
「そんな……。どうして?」
回帰の力は、間違いなく発動している。それなのに……。
「うう……」
無力感に打ちひしがれる土門に、
「なんだよ? 治すんじゃなかったのかよ? 名医様ってえから、どれほどのもんか見てやろうと思ってたのに、拍子抜けもいいとこだぜ」
さらなる悪意が追い打ちをかけた。
土門が顔を上げると、そこには黒装束に身を包んだ青年が立っていた。
「君は、確かツアーにいた」
土門は、その男の顔に見覚えがあった。根本の髪こそ金髪から黒に変わり始めているものの、それは間違いなく、異世界ツアーに参加したメンバーの1人だった。
「へえ、ほんの一瞬会っただけだってのに覚えてんのか。凄え記憶力だな」
黒装束の青年、柏川蓮は素直に感心した。
「そんなことより、今のは君の仕業なのか?」
土門は柏川を睨みつけた。
「状況見りゃわかんだろうがよ。他に誰がいるよ?」
柏川は悪びれることなく、わざとらしく周囲を見回してみせた。
「……どうして、こんなことを?」
「どうして? 仕事だからに決まってんだろ」
「仕事?」
「おおよ。今は隠密行動中だから、こんなナリしてっけどよ。今の俺は、アーリア帝国の騎士様なんだよ。騎士が戦争中の敵国を攻撃すんのは、当然のことだろうがよ」
「君がアーリア帝国の?」
「おおよ。あちこちでポイント稼ぎしてたら、うちに来ないかってスカウトされたんだよ」
柏川は誇らしげに言った。
「なーんて言うのは建前で、要はおもしれーからだよ」
柏川は、もう1度周囲を見回した。
「見ろよ、この光景を。この街は、今まさにオレが炎上させてんだよ。あっちでも、オレはわざと燃料投下して、アホども挑発して、ちょくちょく炎上させてたけどよ。あっちじゃ、炎上っつっても、しょせんネット上でしかなかったからよう」
それも、成功したのは最初のうちだけ。時間が経つにつれて、柏川は周囲から「かまってちゃん」認定されて、相手にされなくなっていったのだった。
「でも、こっちは違う。こっちじゃ、オレの意思1つで本物の人間が右往左往するんだよ。スルースキルなんて通用しねえ。当然だよ。無視したら、そのまま焼け死んじまうんだからよ」
柏川は無邪気に笑った。
「こんな楽しい体験、あっちじゃ絶対できなかったよ。ほんと、オレこっちに来てよかったわ」
「ふざけるな!」
土門は声を荒らげた。
「何怒ってんだよ? こっちの世界の人間が何人死のうが、それこそオレたちには、なんの関係もねえ話だろうがよ」
柏川は、すまし顔で言った。
「なにしろ、こいつらはオレたちとは無関係の異世界人なんだからよ。文字通り、住んでる世界が違うんだよ。そんな奴らが死んだからって、なんだってんだよ?」
柏川は近くの民家に火柱を打ち立てた。
「もっと燃え上がれ! やっぱ、夜の火はいいな。昼より断然バエるぜ!」
柏川は笑い飛ばした。その様子は、与えられた玩具を玩び、無邪気に喜ぶ幼子だった。
「やめろお!」
土門は柏川めがけて突っ込んだ。それを見て、柏川が土門の周囲に炎の柱を打ち立てる。
「ほれほれ、どうしたよ? オレを止めるんじゃなかったのかよ?」
柏川は笑い飛ばした。
「やってみろよ! できるもんならよう!」
柏川の意思に応じて、土門たちを取り囲む炎の包囲網が、その範囲をジワジワと狭めていく。
「生言って、スイマセンでしたって言えよ! そうすりゃ、許してやるからよ!」
そう言ってマウントを取ろうとする柏川を、
「お断りよ」
禿が速攻で拒絶する。こんなゴミクズに頭を下げるぐらいなら、死んだほうがマシだった。とはいえ、反射の力も全方位から迫る炎を防ぐことはできない。このままではジリ貧だった。
こうなったら、イチかバチかよ。反射したまま、あいつに突撃かましてやる。
禿は腹を括った。柏川に向かって突っ込めば、反射板で跳ね返った炎は柏川に直撃することになる。このままナメられっぱなしで死ぬのは、禿のプライドが許さなかった。
どうせ死ぬなら柏川も道連れにする。死なばもろともだった。
絶対、殺す!
禿が特攻をかけようとしたとき、
「え?」
彼女の周囲を取り囲んでいた炎が一瞬で凍りつき、直後に霧散した。
「何をやってるんですか、あなたは?」
白霧のなか、土門たちの前に現れたのは、やはり異世界ツアーで見た顔だった。
「国分……」
柏川は舌打ちした。
「いーとこだったのによ。邪魔すんじゃねえよ」
「邪魔は、あなたのほうでしょう。あなたの仕事は、あくまでも撹乱に過ぎなかったはずです。それを、ここまでの大火事にしてしまうとは」
国分は柏川を冷ややかに見やった。
「いいですか。ここは、いずれアーリア帝国のものとなるのです。そこでの必要以上の破壊と殺戮は、最終的に我々の損失となるのですよ」
「う、うるせえよ。いいだろ、ちょっとぐらい。役目は果たしたんだからよ」
「このことは、きっちりと上に報告させてもらいますからね」
国分はそう言うと、土門を見た。
「お久しぶりですね、土門君。と言っても、会ったのはバスを降りたときの1度きりなので、君は覚えていないかもしれませんが」
国分自身、土門のことは皇帝から勅命を受けるまで忘れていたのだった。
「覚えてるよ」
土門は、あのツアーに参加したメンバーの顔を、すべて覚えていた。これは土門の持って生まれた記憶力の高さによるものだったが、彼自身は、そのことに優越感を持つどころか、疎ましく思っているのだった。
「そうですか。では、初対面の挨拶は省くとして、自己紹介だけしておきましょう。私の名は、国分錬。訳あって、今はアーリア帝国に籍を置かせてもらっています」
国分は、かしこまって頭を下げた。
「その私が、本日ここにまかりこしましたのは、雇い主が君との接見を望んでおられるからです」
「ボクに? どうして?」」
「さあ? 私たちは、あなたを連れてくるよう命令されただけですので。詳しいことは、雇い主に直接会って、お聞きください」
「……嫌だと言ったら?」
「力ずくだよ。決まってんだろ。てか、オレは最初から、そのつもりだよ」
柏川が再び力を使おうとしたとき、
「いつまでも、何をグズグズしている」
土門の背後に別の青年が瞬時に姿を現した。そして土門の意識は、そこで途切れた。




