第45話
土門は、リアヌ王女を庇い、永遠長の前に立ちはだかった。
直後、土門の両腕と首から枷が外れた。回帰によるものであり、土門は、その気になれば、いつでも地下牢から出られたのだった。
しかし地下牢から脱出しても、その先にはブレバンの手下たちが待ち構えている。戦ったところで多勢に無勢。仮に勝てたとしても、そのときは大勢の死傷者を出してしまう恐れがあった。そこで土門は、被害を最小限に抑えるために脱獄の機を伺っていたのだった。
そして、そうこうしているうちに、永遠長による襲撃が始まり、土門たちは期せずして地下牢から出されることになった。
本当ならば、このとき逃げてもよかったのだが、そうしなかったのは永遠長のことが気になったからだった。
このまま城に行けば、間違いなく捕まってしまう。
ブレバンの性格を知っている土門は、彼の言葉が嘘八百であることを見抜いていた。だが、それを永遠長に教えたところで聞き入れられる保証はなかった。
そこで土門は観念したフリをして、とりあえず様子を見ることにしたのだった。
しかし、それにも限度があった。たとえ、非はアンセム王やブレバンにあるとはいえ、いくらなんでもやり過ぎだった。
「邪魔をするなら、おまえから死ぬことになる」
永遠長の目は本気だったが、土門は一歩も引かなかった。
「確かに奴隷商人と結託して、ボクたちを奴隷にしようとしたアンセム王のしたことは、決して許されることじゃない」
土門と目が合ったアンセム王は、引け目から目を逸らした。
「でも、それはアンセム王だけの話じゃない。誰だって間違えることはあるんだ。でも間違えたら、やり直せばいいんだ。誰だって、いつからだって、人間はやり直すことができるんだから」
「くだらん。そんなことは、加害者側の勝手な自己満足に過ぎん」
永遠長は一蹴した。
「殴られた者にとっては、相手が反省しようがしまいが、殴られた事実に変わりはない。それを、お人好しが軽く撃退した程度で許してしまうから、こういう自己中がのさばり続けることになる」
永遠長の目が底光りした。
「そして、自己中どもに自制心だの罪悪感だのを期待するのは時間の無駄でしかない。そのことは、すでに実験で証明済みだ」
永遠長は剣を振り上げると、
「それでもなお、おまえが偽善を貫くというならば、止めはしない。ただし、俺も俺の自由にする。ただ、それだけの話だ」
土門めがけて容赦なく振り下ろした。しかし、その剣は土門の体を切り裂く前に、禿の反射によって弾き返されてしまった。
「まったく、無茶ばっかりするんだから」
禿はため息をつくと、土門と永遠長の間に割って入った。
「水穂さん」
「水穂さん、じゃないわよ。ほら、今のうちに王様の腕を治してあげて。早くしないと、出血多量で死んじゃうわ」
「う、うん。わかったけど無理はしないでね」
土門は禿の枷を外すと、アンセム王の元に駆け寄った。
「邪魔をするなら、おまえも死ぬことになる」
永遠長は禿を冷ややかに見下ろした。
「したくてしてるわけじゃないわよ。私だって、あいつらには頭にきてるんだもの。はっきり言えば、あんな奴ら、まとめて死ねばいいと思ってる」
はっきり言い過ぎだった。
「でも、土門君に引く気がない以上、私がなんとかするしかないでしょ」
「たとえ死んでもか?」
「ええ。それに、個人的に許せないの。穴だらけの屁理屈を、さも絶対的なものみたいに振りかざす、あなたの論法が」
「……ほう?」
永遠長の眉が、かすかに揺れた。
「あなたの言ってることは、その商人を殺すところまでは、筋が通ってると私も思う」
いや、全然通ってないからね。
土門はそう思ったが、とりあえず黙っていた。
「でも、その後は全然通ってない。仮にアンセム王がそこの商人と結託して、あなたの剣を売りさばこうとしたっていうなら、確かに殺していいと私も思うけど」
いや、よくないから。
土門は心の中でツッコんだ。
「アンセム王に、そんな気はなかったんだし、そこの商人と結託してるかどうか聞かれたときも、一国の王なら答えて当たり前のことを、ただ答えてただけだもの」
「…………」
「それでも、あなたがアンセム王たちを殺そうって言うなら、それはもう正当防衛でもなんでもない。ただの口封じよ。たとえ悪いことをしても、相手を力で黙らせれば罪には問われない。それって、それこそ自己中の理屈じゃない。それを、さも自分は正しいみたいな顔して正当化してるのが、見ててムカムカするのよ」
禿は鼻息を荒げた。最初は、なんとなく思っていただけだったのだが、話しているうちに、なんだか本気で腹が立ってきたのだった。
「……つまり、ここでそいつらを殺した場合、俺の正当防衛は成立しない。そういうことか」
「そうよ。自分になんの危害も加えていない相手に、難癖つけて殺そうとしてるだけなんだもの。あなたの理屈が成立したら、どこかで誰かを殺したら、それを捕まえに来る人間は全員殺しても罪にならないことになるわよ。もし日本でそんなことやって、本気で正当防衛が成立すると思ってるの?」
「……なるほど」
永遠長は少し考え込んだ後、
「……いいだろう。ならば、そいつらは見逃してやろう」
剣を鞘に収めた。
「だが、もしまた俺の前に立ち塞がるようなことがあれば、そのときは今度こそ始末する」
永遠長はそう言うと、踵を返した。そして気絶しているブレバンに歩み寄ると、服を脱がし始めた。
「な、何をしてるんですか?」
土門は思わず尋ねた。
「服を脱がしている」
「い、いや、それは見ればわかりますけど、一体なんのために?」
「売るために決まっている」
永遠長は淡々と答えた。
「こいつは俺の奴隷となった。つまり、こいつの物は俺の物。よって、こいつの服も俺の物。だから脱がして古着屋に売る。ただ、それだけの話だ」
「え? でも、今、見逃すって……」
「誰がそんなことを言った?」
「え? でも、今」
「俺が見逃すと言ったのは、あくまでもそいつらだ。こいつを見逃すと言った覚えはない」
アンセム王に対する制裁は、確かに難癖レベルだったかもしれない。しかし、ブレバンは違う。この男は永遠長の剣を狙った一味のボスであるうえに、奴隷として売り飛ばすとまで言った。
正当防衛の条件は、十分満たしているはずだった。
「だが、万が一ということもある」
異世界ストアの規約では、正当防衛以外での異世界人の殺害行為は処罰対象となっている。ここでブレバンを殺して、もし規約違反ということになったら、異世界ナビは没収。永遠長の異世界での記憶は、抹消されることになる。ならば、答えは1つだった。
「要するに、殺さなければいいんだろう」
永遠長はブレバンの頭を両手で掴むと、思い切り床に叩きつけた。
ゴン! ゴン! ゴン! ゴン! ゴン! ゴン!
永遠長は、ブレバンの顔を床に叩きつけ続けた。その間、土門たちは永遠長の蛮行を黙って見ていることしかできなかった。
自分が何を言っても、永遠長は止まらない。それどころか、下手に手を出せば殺される。
永遠長から発せられる負のオーラが、土門たちにそう告げていた。
そしてブレバンの顔を床に100回打ち付けたところで、
「こんなものか」
永遠長は血まみれのブレバンから手を放した。
「後は……」
永遠長は背負袋を開けると、30センチ程の杖を取り出した。
「それは?」
「転移の力を持った王器だ。これに、任意の場所に移動するよう命じると、その場所に強制転移させることができるらしい」
「らしい?」
「まだ試したことがないから、失敗した場合どうなるかわからん」
「そ、それを今試すつもりなんですか?」
「だから、そう言っている」
転移が成功すれば、それでよし。仮に転移に失敗したとしても、それは杖の機能不全が原因であって、永遠長のせいではないのだった。
永遠長はブレバンに杖を振り下ろすと、
「転移」
杖の力を発動させた。すると、その直後、謁見の間からブレバンの姿が消えた。
「……失敗した」
転移後、永遠長はポツリとつぶやいた。
「え? ま、まさか、こ、殺しちゃったんですか?」
「いや、これだと望んだ場所に転移させられたか、確認のしようがない」
「…………」
「まあいい。とりあえず、転移させられることは確認できた。くわしい性能テストは、館に戻ってやるとしよう」
永遠長は1人満足すると、外へと歩き出した。が、不意に足を止めると、アンセム王を返り見た。
「そういえば、さっき、おまえはそいつらが館に押し入ったと言っていたが、あの館は、すでに俺のものだ。そこで起きたことの是非は俺が決めることであり、部外者に余計な手出しをされる筋合いはない。よく覚えておけ、とは言わない。次はない。ただ、それだけの話だ」
永遠長はそう言うと、何事もなかったように謁見の間を後にした。
ともかくも、こうして酒場から始まった災厄の連鎖は、土門たちの決死の行動によって、とりあえず王城で断ち切られたのだった。




