第31話
「さて、それじゃ、こっちも始めるとしようか」
寺林は肩をほぐした。
「わかってると思うけど、この勝負で復活チケットは使えないからね。君が負けたら、君は異世界での記憶を失い、この5年間の努力も水泡に帰すことになる」
「言われなくてもわかっている」
永遠長は異世界ナビを取り出すと、召喚獣を呼び出そうとした。しかし、
「させないよ」
寺林は右手を振り払った。すると、異世界ナビの召喚陣が消し飛んだ。
「言っておくけど、今のは運営特権じゃないからね。あくまでの私自身の、それも人としての力だから」
寺林は右手で手刀を作った。
「私の通力は「切断」でね。その力で、君と召喚獣の契約を断ち切ったんだよ」
「……なるほど。それでサ-チできなかったわけか」
永遠長は異世界ナビを懐に戻した。
「そういうこと」
寺林はウインクした。
「そして、もうわかってると思うけど、この「切断」の力は「連結」の対象となる繋がりを、すべて断ち切ることができる。つまり、君お得意の連結コンボは使えないということさ」
寺林は不敵に笑った。
「さあ、どうする、永遠長君? これでも、まだ続けるかい?」
「当たり前だ」
永遠長は即答した。
「そう言うと思った。けど、お得意の戦法を封じられて、どうやって私と戦おうというのかな?」
「召喚武装ができないなら、できることをするまでだ」
「できること? カオスロ-ドの力で戦うってことかい? おいおい、そんなもので私に勝てると本気で」
「体現、月下闘印」
永遠長は、内に秘めた力のひとつを解放した。すると、蒼い文様が彼の全身に浮きあがってきた。そして、
「変現、人獣白狐」
2つ目の解放とともに、永遠長の顔は人から狐のそれへと変化していった。
「あ-、そうだった。すっかり忘れてた」
寺林は顔を手で覆った。
「ブル-ノの極印術と、ハ-リオンの獣人化。君には、まだそれがあったんだった」
ブル-ノとハ-リオンは、ともに今のストアの異世界リストからは削除されている。しかし最古参である永遠長は、そのどちらの魔法にも精通していたのだった。
そして、この永遠長の変身は近くで戦っていた木葉も目撃していた。
「うおおお! なんじゃ、あれは? 永遠の奴、狐に変身しおったぞ! 永遠の奴、あんなこともできたんか!」
木葉は興奮に目を輝かせた。暗がりのなかでも夜目が利くのは、本人の目の良さもあるが、増幅の力によるところが大きかった。
「この忙しいときに、何よそ見してんのよ、あんたは!」
秋代は木葉を一喝した。
現在、秋代たちは彼女の指示により、3組に別れて戦っていた。個々で戦うよりも戦闘に秀でた者を回りがバックアップするほうが、有利に戦えるという判断からだっだ。
その組み分けも秋代が行ない、自分は木葉と、小鳥遊は加山と海道と、そして土門と禿の勇者組とした。
これは、慣れた者同士のほうが連携が取りやすいだろうという配慮と、小鳥遊が一緒のほうが加山が張り切ると思ったからだった。
そして秋代の読み通り、加山は「改変」の力を駆使して、思った以上の働きを見せていた。なお、朝霞がいないのは早々にトンズラしてしまったからだった。
「うおおお! 今度は口から火い吐きおった!」
木葉は再び目を輝かせた。
「だから、ヨソ見すんなっつってんでしょうが! バカ正宗!」
秋代は周囲の動向、特に木葉の言動に注意しながら現状を分析していた。
チ-ム分けも功を奏し、自分たちは確実にモンスタ-の数を減らし続けている。だがモンスタ-の数が減ると、また魔女が新たなモンスタ-を召喚してしまう。このままでは、いずれジリ貧になるのは目に見えていた。
この状況を打開するには、モンスタ-の発生源である魔女を叩くしかない。
しかし現状、誰もが目の前の敵を倒すのに手一杯で、魔女まで手が回らないのが実情だった。
苦戦を強いられる秋代たちをよそに、魔女に迫る人物がいた。
その人物は、戦闘開始当初から魔女を仕留めることしか考えていなかった。だからこそ早々に戦線を離脱したように見せかけたし、その後も息を潜めて気配を殺し続けていた。
魔女の背後を取る。そのためだけに。
喰らえ!
朝霞は握り締めた剣を、魔女の背中へと突き刺した。そして剣が魔女の体を貫いたところで、
「死ねえええ!」
透過の力を解除したのだった。
「え?」
最初、リャンには何が起きたのかわからなかった。それも当然といえば当然だった。なにしろ、なんの前触れもなく、突然胸から剣が突き出てきたのだから。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ねえ!」
朝霞は魔女に刺した剣を、前後に大きく揺り動かした。そして魔女に致命傷を与えたところで、
「このクソ魔女が!」
魔女を蹴り飛ばしたのだった。
「ざまあみやがれ!」
朝霞はドヤ顔で、蹴り倒した魔女に右手の中指を突き立てた。
その光景を、秋代たちは呆然と眺めていた。
結果だけ見ると、朝霞の行動は実に合理的だった。
いったん逃げたと思わせておいて、魔女が油断したところで背後から奇襲をかける。
確かに、この方法ならリスクは少なく、成果は大きい。しかし、秋代たちは賞賛する気にはなれなかった。むしろ、
「卑怯ね」
まず秋代が口火を切ると、
「卑怯じゃな」
木葉も大きくうなずき、
「実にけしからん!」
海道も憤慨した。そして、他の者たちも非難こそしなかったものの、朝霞に対して感謝や賞賛の言葉をかける者は、誰1人いなかった。
しかし、そんな秋代たちに対して、
「ほざいてろ、負け犬どもが。戦いはなあ、勝たなきゃ意味がねえんだよ」
朝霞は悪びれもせず、むしろ侮蔑の眼差しを返してきたのだった。
「……ホント、性根が腐りきってるわね」
秋代が呆れ果てたとき、リャンの右手が動いた。それに気づいた秋代は、朝霞に注意を促そうとした。しかし、それより早く魔女の右手から噴き出した水が、朝霞の体を飲み込んでしまった。
「本当に悪い子ね。後ろから不意討ちするなんて」
リャンは立ち上がると、体についている血を水で洗い落とした。
「悪い子は、お仕置しないと」
リャンは朝霞を閉じ込めた水球を渦巻きに変えた。
ナメ、んな。
朝霞は水流に翻弄されながらも、透過の力で脱出しようとした。しかし、
「実体化承認」
リャンが渦に右手をかざすと、朝霞の姿が再び渦のなかに出現したのだった。
な?
朝霞は戸惑いつつも、もう一度透明化しようとした。しかし、その前に渦が弧を描き、朝霞を地面に叩き付たのだった。
「忘れてたわ」
秋代だけでなく、この場にいる全員が失念していたのだった。この魔女が、運営側の人間なのだということ。そして運営側である以上、この魔女を倒すには、チケットの効果を無効化するか、なんらかの方法で動きを封じるしかないのだということを。
具体案としては、力尽くで魔女を押さえ込むか、小鳥遊の封印、もしくは石化ということになる。このうち力尽くは厳しいから、残る方法は封印か石化ということになるのだが。
「けど……」
気がかりは、魔女が朝霞の「透過」を無力化した方法だった。
さっき、あの魔女は確かに「承認」と言った。だとすると、あれは魔法の類ではなく、自分の「付与」と同じクオリティということになる。
おそらく、あの魔女は承認することで、ある程度のことを実現させることができるのだろう。だとすれば、石化したところで瞬時に解石されるのは目に見えていた。
残る頼みは小鳥遊の力だが、これもかなりのリスクが伴う。今の小鳥遊には、遠距離から魔女を封印できるだけの力はない。それに、仮に動きを封印できても声さえ出せれば封印を解かれてしまうし、最悪「封印」の力を跳ね返される可能性すらあった。
「やっかいね」
こんなとき、あいつならどうするかしら?
秋代の頭に、永遠長の顔が浮かんだ。ムカつく奴だが、なんだかんだで頼りになるし、きっと今ここにいれば、またデタラメチ-トを発揮して、この魔女もあっさり倒してしまうに違いなかった。
そう思ったとき、永遠長の言葉が秋代の脳裏に蘇った。
「俺はチ-トじゃない。その俺がチ-トに見えるのは、おまえが自分の力を使いこなせていないからだ」
「なまじ、なんでもできるから、何もできなくなっている」
なんでもできる。
なら、どうする?
秋代のなかに、1つの答えが浮かんだ。
秋代は自分の胸に手を当てると、
「転移付与」
リャンの眼前に転移した。そしてリャンの口を右手で塞ぐと、
「凍結付与!」
リャンの体を一瞬で凍りつかせたうえで、
「石化付与!」
身動きできなくなったリャンを石に変えたのだった。
「ふう、うまくいったわ」
秋代は額の汗を拭った。
「これで、とりあえず、これ以上モンスタ-が増えることはなくなったわ。後は」
秋代は残ったモンスタ-たちを見回した。
「こいつらを退治するだけね」
残るモンスタ-は10体ほどだった。しかし、そのなかにはイフリ-トやケルベロスなど、強力なモンスタ-が数多く残っていた。
だが、これ以上数が増えなければ、決して太刀打ちできない相手ではなかった。
「よし! じゃあ皆、最後のひと踏ん張りといくわよ!」
秋代は気合いを入れ直すと、ケルベロスへと切り込んでいった。
魔女は倒した。
後は永遠長が寺林に勝てば、大団円を迎えられるはずだった。




