第26話
一夜明けた金曜日。
永遠長は普段通りに登校した。そして教室で加山と話している小鳥遊を見つけると、その肩に手を置いた。
「と、永遠長君?」
戸惑う小鳥遊にかまわず、永遠長は連結の力を発動させた。
そんな永遠長の手を、
「おい!」
加山は払いのけようとしたが、
「やめ……」
なぜか体が動かなかった。
「おまえの相手は後でしてやる。きっちり落とし前は取らせてやるから、覚悟しておけ」
永遠長は加山を冷ややかに見下ろした。
「あ……う……」
絶句する加山の隣で、小鳥遊は改変前の記憶を取り戻していた。
「永遠長君、これって一体?」
「説明は昼休みにしてやる」
永遠長は、続けて秋代たちも元に戻した。そして事を終え、永遠長が振り返ると、教室から加山の姿が消えていた。
「…………」
永遠長は加山の席を一瞥した後、自分の席に着いた。
そして午前の授業を終えた小鳥遊たちは、永遠長から事情を聞くため屋上に集まった。
土門たちも携帯を通して話に参加するなか、永遠長は朝霞と加山の企みを一同に話した。
「え? じゃあ、あたしたち、この1週間、記憶を変えられてたの?」
秋代には、まったく実感がなかった。
「なんじゃと? それって、この1週間分のチケット代損したってことなんか?」
木葉にとっては、それが1番のショックだった。
「……加山君」
小鳥遊も、ようやく加山が教室から逃げ出した理由を理解した。
「で、あんたが、あたしたちを元に戻したのはわかったけど、どうやって元に戻したわけ? あれ、土門君の力じゃないでしょ?」
秋代の疑問は、土門も気になっていたところだった。
「連結の力を使った」
「だから、どうやってって聞いてんのよ? どうせ、あんたのことだから、またとんでもな使い方したんだろうけど」
「連結は、繋がりのあるものに干渉できる力だ。ならば過去、現在、未来という時間の流れも、連結の対象になるのではないか? と考えた。そして試してみたら、できた。ただ、それだけの話だ」
天国の意識を取り戻す方法の1つとして、以前から考えていたのだった。もっとも、現時点で意識がある小鳥遊たちと違い、意識不明となっている天国には、効果がなかったのだが。
「え? それって連結の力で、自分の過去を遡って確かめたってこと?」
「そうだ。そうしたら、夜のたびに記憶が書き替えられていることがわかった。それも、ことごとく朝霞に都合のいいようにな」
「それで朝霞が犯人だと思ったわけね」
「そうだ。そこで朝霞を家におびき寄せて、新しい実験をかねて口を割らせた。あいつの話によると、寺林が接触して来て加山の力のことを教えたらしい」
「寺林って、前に土門君たちが言ってたストアの運営?」
「そうです。あいつは、その朝霞って人たちを利用して、永遠長さんと秋代さんたちを分断しようと考えてたみたいなんです」
土門が携帯越しに答えた。
「でも、なんのために、そんなことを?」
秋代には理解できなかった。
「わかりません。奴は、いつも惚けていて、何を考えているのかわからない男なんです」
土門にわかることは、寺林を絶対このまま野放しにはしておけない、ということだけだった。
「考えられることとしては、皇帝の件で自分の邪魔をした俺への嫌がらせだな」
永遠長の推測に、
「それって……」
秋代は眉をひそめた。
「じゃあ、もしかしたらあたしたちのクラスが異世界転移させられたのも、あんたへの嫌がらせだった可能性があるってこと?」
「その可能性は確かにある。クラスの連中と生き残りをかけて競わせれば、俺に精神的なダメ-ジを与えられると思ったのかもしれない」
「で、それにも失敗したもんで、今度は朝霞たちを使って、あたしたちの記憶を変えたってわけ?」
「仮説が正しければ、そういうことになる。以前はともかく、今回の件に俺が関わったのは、おまえたちがいたからだ。だから、おまえたちとの関係を絶てば、これ以上邪魔されないと踏んだ可能性はある」
「回りくどいわね。それならそれで、運営権限で自分が手を下せばいいだけじゃない」
「俺もそう思うが、それが奴の流儀なんだろう。でなければ、運営の総意ではなく、奴の独断なのかもしれない」
「確かに。運営が1人ってのも考えにくいもんね」
秋代は、あごを押さえて考え込んだ。
「で、どうすんの? このまま放っておいたら、また何仕掛けてくるか知れたもんじゃないわよ」
「だからと言って、何ができるわけでもない」
永遠長は淡々と言った。
「常に陰に徹しているから決定打には欠けるが、それだけに証拠がない。寺林という名も偽名かもしれないし、ストアの運営というのも嘘かもしれない。実体が何も掴めない以上、動きようがない。ストアに苦情を入れたところで、もし奴が運営なら握り潰すだけで、痛くも痒くもないだろうしな」
「ムカつくわね」
「話は以上だ」
永遠長は立ち上がった。
「とりあえず、今できることがあるとすれば、異世界に行かないことだ。奴が、もし本当に皇帝の1件に関わっているとすれば、また戻って来れなくなる可能性があるからな」
永遠長の判断は妥当だった。しかし、
「何を言うとるんじゃ」
納得できない者が1人いた。
「それでのうても、もう1週間も損しちょるんじゃぞ? その上まだ行かんとか、ありえん話じゃ」
木葉は憤然と異議を唱えた。
「あんたねえ、今の話聞いてなかったの?」
秋代はジト目を向けた。
「もちろん、聞いとった」
「だったら」
「じゃったら、そいつがその気になったら、どこにおろうと一緒じゃろうが」
「うん?」
「それこそ寝とる間や1人でおるときに、連れ去るなり殺すなりすりゃ、ええだけの話じゃろうが。話を聞いとる限り、そんぐらいのこと普通にできる奴なんじゃろ? じゃったら、警戒するだけ時間の無駄ってもんじゃろうが。むしろ全員で異世界に行っとれば、向こうもうかつに手は出せんし、もし出してきても、わしらが全員そろっとれば、なんとかなるってもんじゃ。今回だって、1人でおったからやられたんじゃろが。ここで様子見したところで、また相手に付け入る隙を与えるだけじゃ。違うか?」
木葉は秋代を見た。
「……もっともらしいこと言ってるけど、要するに、あんたチケット無駄にするのが嫌なだけなんでしょ?」
秋代は経験則から学んでいた。長々と力説する木葉の言う通りにすると、ロクな結果にならないと。
「当たり前じゃ。100円を笑う者は、100円に泣くんじゃ。それに、時は金なりと言うてじゃな」
「わかったっての。でも、今日のところは様子見よ。他にやることがあるから」
「なんじゃ、それは?」
「加山の奴を捕まえることよ」
秋代は永遠長を見た。
「あんた、相変わらず詰めが甘いわね。やるなら、まず元凶である加山の身柄を押さえてからにすべきだったでしょうに」
「身柄は押さえていた。小鳥遊を元に戻したときに、封印の力でな」
「じゃあ、なんで逃げられたのよ?」
「考えられる可能性としては、奴が改変の力で封印を自力で破ったか、さもなければ」
「寺林って奴が手を貸したってこと?」
「そういうことだ。だとすれば、先に加山の奴を拉致していたとしても、結果は同じだったろう。後腐れがないように、その場で始末すれば話は違ったろうが、こんなくだらんことで警察から追われる身になる気もなかったからな」
「当たり前よ。て、拉致って言えば、朝霞のほうは大丈夫なの? 話を聞く限り、あんたのやったことって、立派な拉致監禁でしょ」
「問題ない。あいつは自分の意志で俺の家に来て、自分の意志で俺の家に上がったんだ。そして実験の成果を見たいと、望んで実験台になった。それに、あのとき「俺たちは付き合っていた」んだ。付き合っている彼氏が、彼女の同意を得た上で体に触れたに過ぎん。よって婦女暴行も成立せんし、咎め立てされる理由はない」
永遠長は淡々と説明した。
「ならいいけど。とにかく、そういうことだから今日の異世界行きはなし。わかった、正宗?」
「おう、そういうことなら、わしも賛成じゃ。あいつは1発ブン殴ってやらんと、気が済まんかったとこじゃからのう」
木葉は右拳で左手を叩いた。
「後は、あんた次第だけど」
秋代は永遠長を見た。
「最初から、そのつもりだ。あいつには、きっちりと落とし前を取らせなければならないからな」
「OK。じゃあ、放課後駅前に集合ってことで」
秋代の判断に、もう誰からも反対意見は出なかった。
そして放課後、秋代たちは予定通り駅前に集合した。しかし小鳥遊だけは、いくら待っても姿を見せなかった。
「さすがに、おかしいわね」
遅刻するならするで、小鳥遊なら必ず連絡してくるはず。だとすると……。
「ちょっと、電話してみるわね」
秋代は小鳥遊の携帯に電話をかけた。すると、やはり繋がらなかった。
「まさか、あいつ、小鳥遊さんを」
秋代の頭に加山の顔が浮かんだ。
「だとしたら大変よ。急いで小鳥遊さんの家に行って、確かめないと」
秋代たちは小鳥遊の自宅に急行しようとしたが、
「無駄だ」
永遠長が引き留めた。
「すでに小鳥遊は、この世界にはいない。いるのは……どうやらディサ-スのようだ」
「ディサ-ス? てことは、やっぱり加山の奴が小鳥遊さんを拉致って、異世界へ連れ去ったのね」
「大胆なことする奴じゃのう。見直したわ」
木葉は素直に感心した。
「アホか。見直してどうする」
秋代は木葉を睨んだ。
「て、そんなこと言ってる場合じゃないわ。すぐ助けに行かないと」
「……どう考えても罠だが、まあいい。異世界なら、加山にどう落とし前を取らそうが、なんの問題もないしな」
真顔で言う永遠長に、
「あんたねえ」
秋代はこめかみを押さえた。
「とにかく急いでディサ-スに向かうわよ。それと、向こうには永遠長の家から向かうから、あんたも友達の家に泊まるって家電しといて。小鳥遊さんを助けて、すぐに帰れればいいけど、何があるかわからないから」
秋代は自分も自宅に電話すると、続けて土門たちに連絡を取った。
そうして後顧の憂いを断った後、秋代たちは永遠長の自宅へ向かった。
「おまえたちは先に行っていろ」
永遠長は秋代たちを居間に残し、自分の部屋に入った。すると永遠長のベッドに、朝霞が放心状態で横たわっていた。
「コレも持って行くか。弾除けぐらいにはなるだろう」
永遠長は意識のない朝霞をディサ-スに送ると、自分も彼女の後を追った。そして王都の正門前へと移動すると、すでに全員そろっていた。
「あの、永遠長さん。その人は一体? 意識がないようですけど?」
朝霞を抱えた永遠長に、土門たちは戸惑いを隠せなかった。
「肌の感度を上げた状態で、くすぐり続けていたら動かなくなった。ただ、それだけの話だ」
永遠長は淡々と答えた。
「それだけって……」
「気にするな。弾除け用に持ってきたに過ぎん。新しい盾を装備しているとでも思っておけ」
「弾除けって……」
「そんなことより、加山のところに向かうぞ」
「は、はい」
永遠長に一喝された土門たちは、気持ちを小鳥遊救出に切り替えた。
小鳥遊を助け出す。確かに、今はそれが最優先事項だった。
「では、行くぞ」
永遠長は転移魔法を発動させた。
この一連の茶番劇を終わらせるために。




