第225話
「な、なに? 何がどうなってんの?」
音和はパニクっていた。
復活チケットで復活するのは、異世界転移時に本人がいた場所。
このことは異世界ナビの「冒険の心得」にも明記されていることで、プレイヤー間では常識となっている。
なので、ガッツリ死んだ自覚のある音和としては、目覚めたときには自宅に戻っているものだとばかり思っていたのだった。
それなのに、気がつくと変わらずディサースらしき場所にいる。しかも視線の先には、さっきと姿は違うがシモンらしき姿もある。
「え!? え!? え!?」
混乱している音和を見て、
「どうやら本人の意識が目覚めたようだな」
シモンはビームライフルと浮遊砲台を倉庫から取り出した。
「だとすれば」
今はバリアも機能していないはず。
シモンは音和に向かってビームを一斉に発射した。
壮観だが、ありがたみの欠片もない流星雨に、
「ギャアアア!」
音和は再び死を覚悟した。が、光の雨は音和の眼の前で折り返すと、すべて天へと帰っていったのだった。
「アア…え?」
事情がサッパリわからない音和にできることは、ただただ困惑することだけだった。
「なるほど。主導権が変わっても、バリア機能は維持されているというわけか。なら」
シモンは浮遊砲台を剣と入れ替えると、
「これならどうだ」
音和めがけて射出した。
「ギャアアア! また来たあ!」
光の次は剣の雨。まったく嬉しくない集中豪雨に、音和が三度死を覚悟したとき、
『まったく騒がしい奴だ』
頭の中で声がした。と思った直後、右手から巨大クジラが飛び出し、シモンの放った剣を全て粉砕したのだった。音和にしてみれば九死に一生を得たわけだが、
「ギャアアア!」
本人は、それどころではなかった。
「手から、なんか出たあああ!」
音和はクジラを必死に振り払おうとしたが、クジラは離れるどころか、
「い!?」
再び右手の中へと吸い込まれてしまったのだった。
「嫌あああ!」
音和は総毛立った。さっきの声といい、自分の中に何か得体の知れない化け物がいる。
そう思うと、恐怖しかなかった。
『だから騒ぐなと言っている』
音和の頭の中で再び同じ声がした。
「ま、また!? だ、誰だよ、おまえ!? も、もしかして、今のはおまえの仕業なのか!? 一体、俺に何したんだよ!?」
負けたのは悔しいが、これでようやく面倒事から解放される。
そう思っていたのに、気がつくと戦闘は続いているうえ、得体の知れない化け物が体に巣食っている。
泣きたい心境だった。
『俺か。俺は永遠長流輝だ』
「とわ!? 永遠長って、あの!? な、なんで、そんな奴が、いや、そんな人が俺に!?」
『簡単に説明すると、おまえたちがハクと呼んでいた狐は、俺の分身だったからだ』
「い!?」
『だから今までの事情も、すべてわかっている』
「じゃ、じゃあ、さっきの白いのは君、いや、あなた様のお力でございますですか?」
『……普通の話し方でいい。今まで散々普通に話しかけてきておいて、今さら敬語を使われても嘘臭くしか感じん』
嘘くさい敬語は禿だけで十分だった。
「わ、わかり、わかった」
『それと、さっきの質問だが、アレは俺ではなく、おまえ自身の力だ』
「ええ!?」
にわかには、というか、
「いやいやいや」
まったく信じられない話だった。
「俺に、そんな力ないから」
『説明してやってもいいが』
「いいが?」
『まずは、アレをかわすのが先だ』
永遠長が見上げた先には、
「アレ?」
超振動粉砕機能を有した巨大な金属製の右手があった。しかも、その手は現在進行系で音和を粉砕すべく、掴みかかってきていた。
「ギャアアア!」
自分を握り潰さんと迫る手に、音和の身がすくむ。が、それも一瞬のことで、永遠長が主導権を取り返した体は空へと駆け上がった。
「と、飛んだ?」
翼も出していないのに?
『これも、おまえの力だ』
「はい?」
『正確には、ハーリオンの獣人化、それも「白鯨」の力だ』
「白鯨の…白鯨?」
意味不明だった。
「なんで、白鯨にそんな力が?」
『異世界ストアの運営だった男によると、異世界ストアを創った創造主は重度のオタクらしくてな。ディサースの「ジョブシステム」を始めとする異世界ストアのシステムには、ゲームやアニメの要素がふんだんに盛り込まれているんだそうだ』
「はい?」
『そして、それはハーリオンも例外ではなく、白狐や銀狼のような伝説上よくある色が白い獣には、他の獣人にはない「スペリオル」という特別な力が与えられているらしい』
「それが「白鯨」の場合、飛行能力ってこと?」
『それだけじゃない。創造主とやらの話どおりだとすれば「白鯨」つまりおまえには空だけでなく宇宙でも活動できる能力があり、ビームを反射できるシールド機能と8つのビーム砲を完備している上に、冷凍ビームも発射することができるらしい』
「いやいやいやいや」
それは、さすがに話を盛り過ぎだった。
「ありえないから。てか、いくらなんでも機能盛り込み過ぎだろ。どんだけクジラ愛に溢れてんの、その人?」
『別に、クジラ愛に溢れているわけじゃないと思うぞ。言っただろう。オタクだと。今言った能力は、昔のアニメに出てきた白鯨が持っていた能力で、創造主的には、その設定をそのままブチ込んだだけなんだろう』
「だけなんだろうって、そんないい加減な」
『文句なら、創造主とやらに言え。それにおまえ的には感謝しこそすれ、文句を言う筋合いなどあるまい。それだけ強力な力を与えられたわけだし、嫌なら使わなければいいだけの話なんだからな』
「そ、それはそうだけど……」
『ああ、それと後1つあった』
「へ?」
『サイボーグ化だ。こんなふうにな』
永遠長の意思に呼応して、音和の全身が銀色に変化する。
「サ、サイボーグ化?」
『さらに、こんなこともできる』
永遠長は音和の右手の先にビーム砲を形成すると、
「い!?」
シモンめがけてビームを撃ち放った。
『さしずめ、ホエールキャノン、それとも白鯨砲、いや鯨銃のほうがいいか』
「なんでもいいよ! てか、なんなの今の!?」
いきなり右手が銃みたいになったかと思ったら、ビームらしきものが飛び出した。結果的に、ビーム自体はシモンに回避されて地平の彼方へと消え去ったが、当たれば街の1つぐらい簡単に消し飛びそうな威力だった。
『だから、おまえの力だと言っている』
「いやいやいやいやいや。ないないないないない」
音和は全力で否定した。
『おまえがどう思おうが事実は変わらん。そんなことより』
「そんなことじゃないよ!」
音和にとっては、これ以上ない一大事だった。
『いいのか? また何か飛んできてるぞ』
「へ?」
見ると、
「ドリルう!?」
直径10メートルほどあるドリルらしき物が、まっすぐ飛んできていた。
「トンズラッシュ!」
音和は一目散に逃げ出したが、
「い!?」
ドリルには追跡機能がついているらしく、どこまでも追ってくる。
「トンズラアーシュ!」
音和は、がむしゃらに逃げ続けた。その速度は数秒後には音速を超え、ついには光速に達した。そして、そのまま星を一周した音和は、
「うわああ! どいて! どいてえ!」
シモンに激突。
「ぐお!?」
背後から光速で体当たりされたシモンは、大気圏を突き抜けて宇宙にスッ飛ばされてしまったのだった。
こ、このままでは、宇宙の果てまで飛ばされてしまう。
シモンはパワードスーツの緊急脱出装置を作動させると、なんとか元いた場所に帰還した。
「なんだったんだ、今のは? 今のも、その彼の力だというのか?」
永遠長の言葉を疑うわけではないが、さすがに説得力が欠けていた。そして、
「な、な、な、な」
それは当の本人も同じだった。
「何が、どうなってんの!?」
音和にしてみれば、必死にドリルから逃げていたら、いつの間にか背後にいたはずのシモンが前にいて、ぶつかったら空の彼方へ飛んでいってしまった。というのが、起こった全てなのだった。
『簡単に言うと、おまえはこの星を一周してきた後、その男に体当たりをして宇宙に吹っ飛ばしたんだ』
永遠長が説明した。
「ほ、星を一周!?」
信じられなかった。
「いやいやいやいや。ありえないから。だって、俺飛んでたの一瞬だよ? あんなちょっとの間に、世界一周なんてできるわけないじゃん」
『普通ならな』
「ほら、やっぱり」
『だが、おまえは話が別だ』
「へ?」
『おまえのクオリティは「無理」だからな』
「どゆこと?」
『無理とは不可能という意味だが、その漢字だけを見て取ると、理が無いとも読み取れる。そして、これを踏まえて考えた場合、おまえには人または物体の動きや機能を無効化する「できない」という「無理」本来の持つ力の他に「理が無い」つまり物理法則をガン無視して好き放題、思い通りに行動できる力がある、ということになる』
「いやいやいやいやいや」
これまでの説明も大概トンデモだったが、さすがにコレはブッ飛び過ぎだった。
「クオリティが無理だから、理を無視して動けるって、そんなわけないじゃん」
こじつけもいいところだった。
「そもそも物理法則って、この世の絶対不可侵の法則だろ。それを変えるなんて、できるわけないじゃん」
『そんなことはない。事実、量子物理学には真空崩壊という理論がある』
「真空崩壊?」
音和の口から出た言葉に、シモンの眉間がかすかに細まる。
『真空崩壊とは、宇宙が現在存在する「偽の真空」から、よりエネルギーの低い「真の真空」へと移行することによって、物理構造が崩壊する物理現象をいう』
「いや、サッパリ意味がわかんないんだけど?」
『要するに、この現象が発生すると、宇宙は素粒子レベルまで分解されて、今とは異なる物理法則が支配する世界になる可能性がある、ということだ』
「嘘だあ。そもそも宇宙って真空じゃん。それが、どうやったら分解されるんだよ?」
「本当だよ」
シモンが言った。頑なに否定する音和を見て、物申したくなったのだった。
「いいかね。すべての物質にはエネルギーの状態によってレベルがあり、このレベルが高いほどエネルギーが多いと定義されている」
そして、すべての物質には、エネルギーの低い場所に移動する傾向がある。
「真空崩壊とは、コレが宇宙規模で起こる現象なのだよ。この宇宙はビッグバンから始まり、今も膨張を続けていることは君も知っているだろう。そして膨張を続けているということは、宇宙の外には別の空間が存在しているということであり、これは見方を変えれば、広大な空間の中にビッグバンにより発生した宇宙という「物質」がポツンと存在しているとも言えるわけだ」
そして「物質」である以上、よりエネルギーの低い場所へと移動したとしても、なんら物理法則には反していないのだった。
「そして、この現象が発生した場合、宇宙は光速で拡大する泡に飲み込まれ、その泡に触れた物質は素粒子レベルに分解され、原子や分子の構造は失われる。つまり、恒星や銀河などの宇宙の構造は破壊されて消滅し、人を含めたすべての物質は物理定数が変化した新しい世界では存在できない、つまり消滅することになるのだよ」
「マ、マジで?」
シモンの話は半分もわからなかったが、真空崩壊が起きるとヤバいということだけは音和にも理解できた。
『マジだ。が、今そのことはどうでもいい』
今重要なのは、そこではないのだった。
『要するにだ。俺が言いたいのは、この世の物理法則は絶対不変のものではなく、その気になれば変えられるものだということだ』
「だから、俺にできても不思議じゃないと?」
『そういうことだ。昔から言うだろう』
無理が通れば道理は引っ込むと。
『つまり、無理の前では道理は無力ということだ』
「いやいやいや。仮に百歩譲って物理法則を変えることはできるとしても、それとコレとは話が別だろ。宇宙規模でやっと起きることが、1個人にできるわけないじゃん」
『実際できてるだろうが』
「いやいやいや、それって君の力だろ。タチが、多知川さんから聞いたよ。君、世間じゃ「背徳のボッチート」って呼ばれてるって」
『周りが勝手にそう呼んでいるだけだ。俺はチートじゃない』
「いやいやいや、誰の力でも好き放題使えるって、十分過ぎるぐらいチートだろ」
『俺は自分の持っている力を、最大限活用しているに過ぎん。本当の意味でのチートとは、自力で人知を超えた力を使える、おまえや加山や秋代のような奴のことを言うんだ。どいつもこいつもバカで、自分のポテンシャルをまったく活かせていないから実感できないだけの話で』
「いやいやいや、その2人のことは知らないけど、俺は絶対チートなんかじゃないから」
『なら、証明してやる』
永遠長の声から滲み出る不穏な空気に、
「え!? い、いや、しなくていいから、そんなこと」
音和は徹底抗戦の構えを見せたが、
「行くぞ」
永遠長の前では無駄な抵抗だった。
『まずは、さっきのお返しだ』
永遠長は握り締めた右手をシモンに突き出すと、
「ロケットパンチ」
右手を手首から切り飛ばした。
「ギャアアア! 手が千切れたあ!」
『騒ぐな。千切れたわけじゃない。現に血は出ていないだろうが』
「え? あれ、ほんとだ」
見ると、右手首からはまったく出血していなかった。
「ど、どうなってんの?」
本体が戸惑う一方、切り飛ばされた右手はシモンへと突き進んでいた。
「無茶苦茶だな。だが」
シモンは呆れつつ、こちらも巨大マジックハンドで応戦する。
切り飛ばせたところで、しょせんは生身。超振動粉砕機の前では塵と化す、はずだった。しかし、音和の右手は突如巨大化。
「な……」
直径500メートルを超える右拳と激突したマジックハンドは粉々に砕け散り、その勢いのまま音和の右手はシモンを殴り飛ばしたのだった。
そのデタラメな攻撃は、敵であるシモンは元より味方である咲来たちも驚かせたが、
「な……」
誰より驚いたのは攻撃した本人だった。
『戻れ』
永遠長が呼び戻すと、右手は縮小して右手首に再接合した。
『これで納得したか?』
永遠長に問いかけられたことで、音和は我に返った。
「た、確かに凄い攻撃だったけど、今のって、やろうと思えば巨人系のジョブでもできることだろ。無理の証明にはならないと思うけど」
音和は、もっともらしい正論を口にしたが、右手が千切れ飛んでも血が出なかった説明にはなっていなかった。が、永遠長はそのことをツッコむことなく、
『なるほど。確かに、その通りだな。なら』
シモンを指さした。
「タイムストップ」
永遠長がつぶやいた直後、シモンの動きが止まった。
「な、何したんだ?」
『聞いてなかったのか? あいつの時間を止めたんだ』
「え!?」
『次は、そうだな』
永遠長は再び右腕を突き出した。すると、シモンが前のめりに倒れ込んだ。
「え?」
驚く音和に構わず、永遠長はさらに虚空へとパンチを打ち出し続け、その度にシモンのパワードスーツが破壊されていく。
『これでどうだ? 奴の言う通りなら、時間の停止した物体は破壊できないはずだろう』
「そ、そんなの、あの人がそう言ってただけだし」
時間が止まった物質に衝撃を加えたら、どうなるか?
そんなことは、実際のところ誰にもわからないのだった。
『なるほど』
永遠長は時間停止を解除した。直後、シモンの時間は正常に戻り、
「ぐああああ!?」
全身に受けたダメージが激痛となってシモンを襲った。
『じゃあ、これだけ離れている相手にダメージを与えていることは、どう説明する?』
離れている相手に、突き出した打撃が直接伝わる。そんなことは普通あり得ないはずだった。
「そ、そんなの、サイコキネシスを使えばできるし」
音和は頑なだった。
『なるほど。なら』
永遠長は音和の頭を首から引っこ抜くと、
『自分の目で確かめてこい』
シモンへと投げ飛ばした。
「ギャアアア!」
猛烈な勢いで飛んでくる音和の頭に、シモンの銃口が向けられる。
「嫌あああああああ!」
音和の絶叫とともに、彼の視界はまばゆい光に包まれた。
「ギャアア!」
その光をシモンの攻撃と早合点した音和は、今度こそ死を覚悟した。しかし実際には、光は音和の目から放たれたレーザー光線であり、
「な!?」
二筋の光線はシモンのバリアとパワードスーツを素通りして、シモンの体を撃ち貫いたのだった。
「へ?」
自分が死ぬどころか、再びダメージを受けてるっぽいシモンの姿に、音和は目を瞬かせた。
「どうなってんの?」
音和は何が起きているのか、まったく理解できていなかったが、それは咲来たちも同じだった。唯一シモンだけは、今の状況を理解できていたが、なんの慰めにもならなかった。なにしろ物理法則を無視する音和の前では、いかなる攻撃も防御も意味を成さないのだから。
「縮小」
永遠長はシモンを人差し指大まで縮めると、逆に音和の頭を巨大化させた。そして、
「ブラックホール」
音和の口の中にブラックホールを生み出すと、
「うおおおおお!?」
シモンを飲み込んでしまったのだった。
「ど、どうなっているんだ?」
シモンは自分の状態を確かめた。本当にブラックホールに吸い込まれたのであれば、自分の体は押し潰されているはず。しかし、今もこうして原形を留めている。
これも不老不死の恩恵なのか? とも思ったが、だとしても、ここがブラックホール内であるならば、今も自分への圧縮作用は続いているはず。しかしソレはなく、周囲は宇宙空間のような虚無な世界が広がるのみだった。
だが、呼吸はできる。とすれば、これは奴の見せている幻覚、といったところか。
問題は、その幻覚からどうやって脱出するかということだった。
オーソドックスなところだと痛みによる覚醒だが……。
シモンが考えを巡らせていると、目の前に小さな光が出現した。と思った直後、
「ビッグバン」
永遠長らしき声に続いて光が爆発し、
「うおおおおお!?」
シモンは灼熱に身を焼かれながら吹き飛ばされたのだった。
シモンの意識はそのまま遠ざかったが、
「がっ!」
間もなく背中に受けた衝撃により目を覚ました。
「ここは?」
シモンが落ちた場所は原生林だったが、彼がそれを認識するより先に、
「!?」
彼の頭上に巨大な足が降ってきた。
それはアルゼンチノサウルスの足であり、
「ぐお!」
世界最大の恐竜に踏んづけられたシモンは、大地の中に埋没するハメになった。
不老不死のため事なきを得たが、そうでなければ確実に死んでいるところだった。
いや、幻覚で死ぬことはないか。
確かに死ぬほど痛かったが、それもしょせん幻痛。そもそも現実問題、恐竜が今も生息しているわけがない。
そう思った直後、
「うご!?」
今度はトリケラトプスの体当たりを食らってしまった。そして訳もわからず吹っ飛ばされたシモンの行く手に、
「待……」
今度はブラキオサウルスが現れたかと思うと、
「うおおおお!」
その長大な尻尾で空へと打ち上げられた後、
「うげ!?」
上空でプテラノドンに叩き落とされ、
「うおおおお!」
最後は大口を開けて待ち構えていたティラノサウルスの牙が、
「ぐああああ!」
シモンの体に食い込んだのだった。
こんなものは、まやかしだ。
痛みを堪えるシモンの目に、飛来する隕石が映る。そして隕石は真っ直ぐシモンへと突っ込んで来ると、シモンを巻き込んで地面に激突。再び吹っ飛ばされたシモンがたどり着いた先は、日本の商店街らしき場所だった。と思った直後、上空に戦闘機が出現。シモンのいる地点へと原子爆弾が投下され、
「うおおおおおお!?」
三度吹き飛ばされたシモンは、最後は屁とともに音和の尻から放出されたのだった。
「…………」
地に転がり落ちたシモンは起き上がることもできず、息をするのが精一杯の有様だった。そこへ、
「カオストルネード」
漆黒の竜巻が発生。
「うおおおおお!?」
シモンの体は漆黒の刃に切り刻まれながら舞い上がったところで、
「カオスブレイド!」
漆黒の刃によって真っ二つに切り裂かれたのだった。
「鬼か!」
胴体と再結合した音和は、非道過ぎる永遠長の所業を責めたが、
『見たか。今、そいつはおまえの尻から出てきたが、ズボンもパンツも破れていない。こんなことは、通常の理においてはあり得ない話だ』
永遠長は平然と説明を続けた。半死半生の人間に容赦なくトドメを刺したことなど、まったく意に介していない様子だった。
「いや、問題はそこじゃないと思うんだけど」
音和はツッコミを入れたが、
『他に、どんな問題がある?』
永遠長の心には小波1つ立たなかった。
『さて』
永遠長は落下してきたシモンに目を移した。すると、両断されたシモンの体は再接合を始めていた。そしてシモンの体が完全に復元したところで、
「これで、こちらの勝ちということで文句はないな?」
永遠長は尋ねた。
「……ああ、ない」
息を整えたシモンは、ゆっくりと立ち上がった。
「約束通り、ペスト菌は君たちに進呈して、今後2度と使用しないことを誓おう」
正直なところ、シモンは相手が永遠長だけであれば互角に戦える自信があった。
永遠長の力は確かに強敵だが、こちらにも「クリエイター」の力がある。マジックアイテムを駆使すれば、少なくとも手札の数では引けを取らないはずだった。
だが、負けた。
その最大の敗因は、音和というダークホースの存在だが、それも永遠長以外は雑魚と決めつけていた自分の慢心が招いたミスだった。
つまり、私もまだまだということだな。
シモンは苦笑した。
「ならば、これももう必要あるまい。持って帰れ」
永遠長は王都に向かっていた巨大ダンゴムシを「移動」で連れ戻すと、ひっくり返して地面に置いた。
「え、あ」
シモンは一瞬あっけにとられた後、
「ああ、そうだったな」
ダンゴムシの機能を停止すると倉庫に戻した。
「では、これで我々は失礼するが」
シモンは永遠長を真っ直ぐ見据えた。
「この世界に「科学」を根付かせることを諦めたわけじゃない」
「やってみるがいい。できるものならな」
シモンと永遠長の間で飛び散る火花を、
「おい」
空気の読めない孫が吹き消した。
「永遠長、それと音和って言ったか!?」
孫は、ずずいと永遠長に詰め寄った。
「シモンとの勝負は終わったんだよな!? だったらオレ様と勝負しようぜ!」
シモンの「男としての勝負」が決着した以上、我慢する理由はどこにもないのだった。
「どうして、そうなる?」
永遠長は露骨に眉をひそめた。この手の人種には、嫌と言うほど見覚えがあった。
「決まってんだろ! オレ様が、もっと強くなるためでい!」
そして強くなるためには、強い奴と戦うのが1番なのだった。
「わかったら勝負だ!」
鼻息を荒げる孫に、
「いえ、遠慮します」
まず音和が謝辞すると、
「ことわる」
永遠長も突っぱねた。バカの相手は木葉だけで沢山だった。
「なんだとお!」
今にも手が出そうな孫の口と手足を、スライム化したスードラの手が絡め取る。
「ははへ、ふーろら!」
それでも引かない孫を見て、
「そんなに俺と戦いたければ、まず常盤学園にいる木葉という奴に勝つんだな。そうすれば、俺が責任を持って次は音和に相手をさせてやる」
永遠長は木葉と音和に押し付けた。
「ええ!?」
音和は抗議の声を上げたが、
「ギバだば!? やぶどぶだぼ!」
孫の耳には届いていなかった。そして孫が舞台から強制退場させられた後、
「高比良君」
シモンは高比良を見た。その高比良はというと、いいところがないまま戦いが終わってしまったため、ひたすら憮然としていた。
「私の言ったことを、よく考えてみることだ。そして、もし君が導き出した答えが、私と交わるところがあるならば、いつでも私のところに来るがいい。そのときは喜んで君を迎え入れよう」
我々「オリエント」に。
そう言い残し、シモンたちは高比良たちの前から姿を消した。
「終わった」
音和は、へたり込んだ。
「やりましたね、音和さん!」
咲来たちは音和に労いの声をかけた。
「やったのは永遠長だよ。てか、なんだよ、さっきのは! なんで俺が、あんな脳筋と戦わなきゃなんないんだよ!」
音和は猛然と抗議したが、永遠長からの返事はなかった。
「聞いてんのかよ、永遠長!」
なおも音和が抗議すると、
「聞こえている」
背後から声がした。
「え!?」
振り返ると、そこには白い狐を抱きかかえた少女が立っていた。
「だ、誰?」
「おまえが今呼んでいた永遠長だ」
「ええ!?」
このちっちゃい女の子が!? た、確か、永遠長って俺と同年代のはずなんじゃ?
困惑する音和だったが、
「ハクちゃん師匠!」
「おお! マジで無事だったんだな!」
「まさに不死身なのデス」
咲来、安住、十倉の3人はスルーし、
「てか、今日はその姿なんだね」
多知川にも驚いた様子はなかった。
「来月から、この姿で小学校に通わねばならんのでな。今から慣らしている」
永遠長は淡々と答えた。
「どゆこと?」
1人取り残されてた音和は、多知川に説明を求めた。
「ああ。そういえば、君は知らないんだっけ。彼、今ララって子と同化してるそうでさ、いつでもこの姿に変身できるらしいんだよ」
「ど、同化?」
「てか、そんなことより」
多知川は永遠長に向き直った。
「あいつら、逃しちゃってよかったのかい?」
あの口ぶりからすると、また性懲りもなく良からぬことを企むに違いなかった。
「ここで息の根止めといたほうがよかったんじゃないかい?」
「息の根って」
「意味がない」
永遠長は軽く流した。
「アレは本体じゃないからな」
「本体じゃない!?」
音和と多知川の声が重なり、咲来たちの注意も永遠長に向いた。
「そうだ。おそらく「クリエイター」の力で造ったクローンか何かで、それを本体が遠隔操作してたんだろう」
ハクみたいにってことか。
音和はハクを一瞥した。
「それに、アレはアレで利用価値がある」
地球に対する抑止力になるうえ「連結」で「クリエイター」の力は好きなだけ使える。ならば始末するより放置して、有効活用するほうが有意義と考えたのだった。
「科学を広めるのも一朝一夕ではできまいし、しばらくは様子見でよかろう」
それにシモンが言った通り、今あの男を殺すことは、ただの八つ当たりでしかない。真に始末すべき元凶は別にいるのだった。
「だが、その前にやっておくことがある」
今日は、そのために来たのだった。
「音和、今おまえには2つの選択肢がある」
「はい?」
「1つは今まで通り、1プレイヤーとして気ままに冒険者を続ける道。そしてもう1つは、俺に代わって異世界ギルドのギルドマスターとなって、世界を救うために活動する道だ」
「はい?」
思わず返事をしてしまってから、
「え、あ、いや、い、今のは違くて」
音和はあわてて弁明した。
「わかっている。あの村のボケ老人じゃあるまいし、返事と疑問符の区別ぐらいついている」
よ、よかった。
音和は、ホッと胸を撫で下ろした。
「それに強制しているわけでもない。やる気のない人間を無理やり働かせても、いい結果など出ないからな。すべては、おまえ次第だ。好きなほうを選べばいい」
「じゃ、じゃあ」
音和の答えは決まっていた。
「せっかくのお申し出ですけど、謹んで辞退させていただきます」
これ以上面倒事が増えるなど、真っ平御免だった。ましてや、それが世界の命運を左右するなど冗談ではなかった。
「そうか。わかった」
永遠長は前言通り、あっさり引き下がった。
「では、これで俺は帰るが、今回の報酬として1つ忠告しておいてやる」
「はい?」
「俺は、これからロシア人を皆殺しにするが」
「へ?」
「その際、他国の人間が巻き添えにならないという保証はないし、もし中国辺りが同盟を理由に首を突っ込んできたら、まとめて始末する。だから、もしおまえたちの家族や友人、知人が今ロシアや中国にいるなら呼び戻しておくことだ。すぐには無理だろうから、3日間の猶予をやる。その間に、なんとか避難させるんだな」
「ほ、本当に、ロシア人を皆殺しにするつもりなんですか?」
咲来が改めて尋ねた。
「だから、そう言っている」
永遠長は無機質に言い捨てた。
「お、女子供も全部かよ?」
重ねて尋ねる安住に、
「だから、そう言っている」
永遠長も重ねて同じ答えを繰り返した。
「これが他の国であれば事情も違ったがな」
第二次世界大戦後、ロシアは捕虜にした日本人をシベリアへと連行した。そして、今の戦争でも拉致した子供を本国へと連れ去っている。
つまり、第二次世界大戦から今日に至るまで、ロシア人の本質は何も変わっていないということなのだった。
「親の罪が子に及ぶ、などと時代錯誤の連座制を唱えるつもりはない。だが、自分たち自身が「蛙の子は蛙」であることを実証し、それを是としている以上、同じことをされたとしても文句を言う資格はないし、そんな連中の身勝手な理屈に耳を貸す理由もない」
「そ、それはそうかもしれないけどさ」
さすがに皆殺しはやり過ぎだった。
「それに、これはおまえたちにとってはプラス材料だろう」
ロシアと中国が消えれば、日本を脅かす2大強国が消える上、おそらくはどこよりも負のエネルギーを垂れ流している中国人が地球上から消えることになる。そうなれば、日本人は安心して暮らせる上、地球の封印もそれだけ長持ちすることになる。
「もっとも、ロシアが攻撃された場合、中国は口先だけの同盟など反故にして、黙りを決め込む可能性が高いがな」
自分たちの得にならない限り。
「今、ロシア人は戦争に反対する機運が高まっているそうだが、それはあくまでも自分たちにも被害が及んできたからだ」
要するに自分の都合であり、他国のことなど考えていない。
「そんな奴らのことを、なぜこちらだけが一方的に慮ってやらねばならんのだ?」
そんな義理など永遠長にはないのだった。
「だ、だけど、それは大統領とか、一部の上層部が決めたことで」
「そうだとしても、そいつらの台頭を許し続けてきたのは大衆だろう。しかも、その恩恵を受け続けておきながら、都合が悪くなったら無辜の民を気取ろうなど、おこがましいにも程がある。それに、おまえたちの言う通り、首脳部だけを始末したとしても、そのときは配下の連中が俺を始末しに動くだろうし、そうなれば、どの道全面戦争となる。要するに、遅いか早いかの違いでしかないうえ、殺られる前に殺らなければ、こちらの身が危うくなる。そこまでのリスクを冒してまで、ロシア人を生かしておく理由など俺にはない」
永遠長の容赦ない正論に、音和たちが反論できずにいると、
「いたぞ!」
メフリス騎士団が引き返してきた。
「そういえば、こいつらのことも残っていたな」
永遠長の眼光がメフリス騎士団を射抜いた。
「あの男はいないようだが……」
騎士団を代表してヴァレルが口を開いた。
「貴公らが城内で狼藉を働いたことは事実だ。大人しく投降すればよし。さもなければ」
「どうすると言うんだ?」
永遠長は舌鋒鋭く切り返した。
「黙って聞いていれば、どこまでも被害者面しおって」
永遠長の身体から怒気が立ち昇る。
「国と国の関係など、しょせんは騙し合い。たとえ、ペストがロシアから持ち込まれたものであろうと、その口車に乗り戦争に利用することを決めたのは、おまえたちだろうが」
永遠長から放たれた殺意に、騎士団が硬直する。
「それを、グジグジグジグジ泣き言抜かした挙げ句の果てに、悲劇の主人公を気取りおって!」
大地を揺るがす激震に、騎士団の膝が次々と地につく。
「そもそも、おまえたちは今の自分たちの立場を理解していないんじゃないのか」
「?」
「おまえたちメフリスは、トラキルをモンスターで襲撃し、あまつさえ村にペストをバラ撒いて1つの村を壊滅させたうえ、放っておけば国中に、いや世界中にバラ撒こうとしたんだぞ。それによって、大量の死人が出ることを承知のうえで!」
「う……」
「ならば、トラキルからの反撃も当然覚悟の上だろう。それを、たかが城に乗り込まれたから狼藉だと? どの口でほざいている!」
風が荒れ狂い、上空には雷雲が立ち込める。
「何が投降だ! この勘違いバカどもが!」
永遠長の怒号とともに、メフリス騎士団は地面に押し潰された。
「諸悪の根源がもうじきくたばるなら、今回だけは見逃してやろうかとも思ったが、気が変わった。まずは国王を粉微塵にしてから、この国の人間を皆殺しにしてやる」
「な!?」
「おまえたちには、その光景を特等席で見物させてやる。自分達がしたことが、どういうことか。その身を持って思い知るがいい」
「ま、待て。待ってくれ」
「だから被害者面するなと言っている!」
地面から吹き上がった電撃が、騎士団の全身を駆け巡る。
「たとえ、それが国王の一存で決まったことであろうとも、それを止めることができなったおまえたちも同罪だろうが! それを棚に上げて、どの口でほざいている! この大量虐殺者どもが!」
永遠長の容赦ない断罪に、ヴァレルは絶句した。
「だが、まあいい。おまえたちには、確かに情状酌量の余地がある。だから、見たくないというのであれば、おまえたちから先に始末してやる」
永遠長が右手を突き出すと、騎士団の全身から悲鳴が上がった。
「死ね」
永遠長がメフリス騎士団を血の海に沈めようとしたとき、
「待ったああ!」
音和が止めに入った。
「なんだ? 命乞いなら聞かんぞ」
「そ、そうじゃなくて。いや、そうなんだけど……」
「けど、なんだ?」
「い、今君が、あの人たちやロシア人を殺そうとしてるのって、君が異世界ギルドのトップだからなんだよね」
「……まあ、一応そうなるな」
「だったら、もし俺が、その異世界ギルドのトップになったら、この国やロシアを攻撃するかどうか、その最終決定権は俺にあるってことになるんだよね?」
「まあ、理屈上は、そうなるな。おまえをトップに推薦した俺が、その判断に従わないというのは理屈に合わないからな」
「だったら……」
音和は覚悟を決めた。
「やるよ、俺。異世界ギルドのギルドマスター」
これが最適解、というより、この場を治めるには、これしかなかった。
「それなら確かに文句はない。が、別に無理する必要はないんだぞ。こいつらやロシア人がどれだけ死のうと、おまえにはなんの関係もない話だろう」
今、地球で起きている戦争を他人事として傍観しているように。
「だ、だからって、目の前で人が殺されそうになってるのを、黙って見過ごせるわけないだろ」
それはそれ。これはこれだった。
「……いいだろう。そういうことなら、ここは引いてやる」
永遠長は矛を収めた。すると地震は止まり、雷雲も晴れていった。
よ、よかった。
とりあえず大惨事は回避できた。
音和はホッと胸を撫で下ろした。が、それも束の間だった。
あれ? なんか俺、勢いでとんでもないこと口走っちゃったんじゃ……。
音和は蒼白となった。
この状況を丸く収めるのは、確かにこれしかなかった。だが……。
俺が異世界ギルドのギルドマスター?
地球の危機?
封印?
魔物の復活?
地球からの侵略阻止?
それを俺になんとかしろって?
できるかあああああ!
音和は心の中で絶叫した。
そんな音和の心中を察し、
「安心しろ」
永遠長が声をかけた。
「俺としても、なんのフォローもしないまま、おまえに重責を丸投げしようとは思っていない」
「へ?」
「置き土産は、ちゃんと用意している」
「置き土産?」
「そうだ。おまえに俺の力を譲渡する」
「え? そんなことできんの?」
「正確には、継承させる、だがな」
「継承?」
「そうだ。継承のクオリティを使ってな」
継承には2つの側面がある。1つは、他人の技を自分が継承すること。そしてもう1つは、自分の技を他人に継承させる、という双方向の意味合いが。
「つまり「継承」の力を使えば、他人の力が自分も使えるようになるだけでなく、自分の力を他人に与えることもできるということだ」
永遠長が今も「連結」が使えるのも、この「継承」によるものだった。
クオリティを「連結」から「移動」に変更しようと考えた永遠長は、まず天国に「連結」を継承。そして自分が「移動」にクオリティを変更した後、今度は天国から「連結」を継承することで「連結」と「移動」2つのクオリティを使えるようにしたのだった。
「もし前回のギルド戦において、尾瀬がこの方法で味方全員に「同調」や「連結」を継承させていた場合、異世界ギルド側の勝率は著しく低下し、最悪負けていたかもしれん」
だが、その策を尾瀬が用いることはなかったし、永遠長もないと確信していた。
「単に、その可能性に気づいていないのか。それとも確信犯か。どちらにしろ、結果は変わらん。確かに、全員に力を分け与えれば勝率は上がるが、それで絶対に勝てる保証がない以上、あいつにとってはデメリットのほうが大きいからな」
施しはしても、分け合う気はない。
上辺どんな綺麗事を並べようと、それが尾瀬のスタンスなのだった。
「他人より優位にいること。それが、あいつの大前提だからな。継承で全員が横並びになったら、それが崩れてしまう」
「なるほど。君が尾瀬さんのことが大嫌いだってことが、今の話でよーくわかったよ」
多知川は皮肉った。
「好感を持つ理由がない」
ただ、それだけの話だった。
「話が逸れたが、要するにだ、俺がおまえに「連結」と「継承」を継承させれば、おまえは誰の力でも自由に使えるようになる上、その力を誰にでも自由に与えることができるようになるということだ」
「ほ、ほんとに、そんなことできんの?」
「おまえが望めばな。どうするも、おまえの自由だ」
永遠長に再び選択肢を突きつけられ、音和は息を呑んだ。
「それと、当分の間おまえはディサース担当ということにしておく。そうすれば、その間は地球側からのコンタクトもなく、平穏に暮らせるだろうからな」
「その間はって何!? その後は、なんかヤバいことがあるってこと!?」
「たとえば暗殺だな」
「い!?」
「おまえを殺せば、異世界ギルドの運営権が手に入る。そう考える輩が、おまえに暗殺者を差し向ける可能性がある。実際、この前も中国人のブローカーが、傭兵を使って俺を殺そうとしたからな」
洒落にならなかった。
「だが、まあ、暗殺を防ぐだけなら方法はないでもない」
「どうすんの!?」
「常盤学園に入ることだ」
「と、常盤学園?」
「そうだ。あそこは全寮制でセキュリティもしっかりしているから、学園内にいる間は外敵に襲われる心配はなくなる」
「え? いや、でも俺、志望校に合格したばっかで」
「別に無理強いするつもりはない。殺し屋が狙ってくるとは限らんし、狙ってきたとしても返り討ちにすればいいだけの話なんだからな」
「無理」
それだけは自信を持って言えた。
「どうするも、おまえの自由だ。それとおまえたちも」
永遠長は咲来たちを見た。
「望むなら、常盤学園に入学できるよう取り計らってやる。今回の働きに対する報酬としてな」
「え!? いいんですか!?」
咲来の顔が華やぐ。同行していただけの自分たちには、関係ない話だとばかり思っていたのだった。
「じゃあ、みんな同じ学校に行けるんだ」
「常盤学園といえば、超有名な進学校だよな?」
「あそこなら、ウチの親も納得するのデス」
咲来たちは大喜びで手を取り合った。咲来と安住の進学先は同じ公立高校だが、十倉だけは別の私学に入学することになっていたのだった。
「音和さんとも」
咲来は音和に笑いかけた。
「う……」
2年間の苦労と、咲来の笑顔を天秤にかけ、
「そ、そうだね」
傾いたのは咲来の笑顔だった。
涙を呑んで、無理に笑顔を作る音和に、
「で、クオリティの方はどうする?」
永遠長が容赦なく追い打ちをかける。
「わかった。やるよ」
マジで命を狙われると言うなら、強くなっておくに越したことはない。それに、どんな力を手に入れようと、永遠長の言う通り、使いたくなければ使わなければいいだけなのだった。
「わかった。じゃあ、手を出せ」
永遠長に言われるまま、音和は右手を差し出した。
「では行くぞ」
永遠長はその手を掴むと、
「継承」
継承のクオリティを発動させた。
「終わったぞ」
クオリティを継承し終えた永遠長は手を離した。
「これで、おまえは他人と連結することで、どんな力でも使えるようになった上、その力を誰にでも与えることができるようになった。が、使うときには、よく考えて使うことだ」
「え?」
「その2つのクオリティを使えば、自分を含め、誰にでも好きな力を付与することができる」
だが、大きな力には代償が付いて回る。
「具体的には、あまり欲張って力を継承し過ぎると体が不調をきたし、下手をすると寿命が減る。最悪の場合、死ぬ危険性があるということだ」
創造主化すると寿命が減り、エルギアの霊薬を使用すると死に至るように。
「実際、継承の使用者である尾瀬は、成長が小学生で止まってしまっているからな」
「い!?」
「それが、継承で力を溜め込み過ぎた悪影響という確証はないが、用心するに越したことはない」
「そ、それって、2つ増えた俺も、どうにかなる可能性があるってこと?」
だとすれば、冗談ではなかった。というか、先に言って欲しかった。
「2つぐらいでは、どうこうなるまい。それに見たところ、すでに身長は170を超えているようだし。そこで成長が止まったとしても、たいした問題ではあるまい」
「そういう問題じゃないよ!」
「じゃあ、止めるか? 今ならリセットできるぞ」
「え?」
そう言われると、困ってしまう自分がいた。
「戻したければ、いつでも戻してやる。ただし、その間に起きた肉体の変化までは戻せんし、その間の記憶も全部吹き飛ぶことになるがな」
「わ、わかった。じゃあ、そのときは、お願いするよ」
「それと、このことは口外しないことだ。もし知られれば、力を欲する人間が大挙しておまえのところに押しかけてくるだろうからな」
その光景を想像し、音和は息を呑んだ。
「それと、異世界ギルドのギルドマスターだが、何もこれから先一生やる必要はないから安心しろ」
「え?」
「俺の婚約者の「予知」によると、地球の封印は3年後、ちょうどおまえたちが高校を卒業する頃に解けるらしいからな。つまり「地球に復活する魔物に対抗するための戦力を育成する」という異世界ギルドの役目は、そこで終わることになり、おまえもお役御免になるということだ」
「それって、そのとき地球に魔物が復活するってことじゃん!」
なんの慰めにもなっていなかった。
「そういうことになるな。だが、それは地球人すべてが対処すべきことであって、おまえ1人が背負うことじゃない」
「いや、魔物が復活したら、フツーに死ぬ可能性があるってことじゃん」
むしろ100年後とか言われたほうがマシだった。
「そうでもなかろう。その時期に復活するとわかっているんだ。なら、そのとき異世界にいればいいだけの話だろう。そうすれば、最悪の事態は回避できる」
「そ、そんな、自分だけ逃げるみたいなこと」
できるわけがなかった。
「そうか? 異世界ギルドのプレイヤーたちは、大半がそのつもりのようだがな。できるかどうかは別としてな」
「どういうこと?」
「どうもこうも、今言ったように異世界ギルドは地球に魔物が復活した時点で、その役目を終えることになる。なら、その時点で異世界ナビも機能が停止しても不思議じゃないということだ」
「え!?」
「当然だろう。別に、地球人に逃げ道を用意してやるために、創造主とやらは異世界ストアを創ったわけじゃないんだろうからな。下手をすれば、そのとき異世界にいるプレイヤーも全員地球に強制送還されるかもしれん」
「そんな……」
「あくまでも可能性の話だ。それに、さっきも言ったように、おまえだけは異世界に避難させてやってもいい。今の俺には異世界ナビなしで、異世界を移動することができるからな。どうするも、おまえ次第だ」
引き継ぎを終え、
「今は、こんなところか」
永遠長が引き上げようとしたとき、
『待って』
天国が待ったをかけた。
『ちょっと咲来さんに話があるから変わってもらえる?』
『わかった』
永遠長は天国に答えてから、
「俺の婚約者が、咲来に話があるそうだから変わる」
体の支配権を天国とチェンジした。
「初めまして、咲来さん。私、流輝君の婚約者で天国調といいます」
「は、初めまして。咲来美海です」
急に名指しされた咲来は、ぎこちなく頭を下げた。
「さっそくだけど、咲来さん。あなた、強くなりたいのよね?」
「え? あ、はい」
「そこで、提案というか、今回がんばった報酬として、あなたにもなれる面白いジョブの情報があるんだけど」
「面白いジョブ?」
「ええ。戦士からでも魔法使いからでも魔法戦士からでもなれる上、戦士と魔法使いの力が魔法戦士以上に発揮できるジョブの情報が」
「そんなジョブがあるんですか!?」
「ええ。この間、偶然見つけたんだけど」
「ぜひ! ぜひ教えてください!」
強い職業にクラスアップできれば、それだけ強くなれる。もう何もできず、無力感に苛まれるのは御免だった。
「そう。わかった」
天国は、そのジョブ名と能力、そして石板の在り処を咲来に教えた。
「もしかしたら、もう誰かに発見されてるかもしれないし、もしゲットできても素材集めが大変だろうけど、がんばって」
そうエールを送ると、
「あ、忘れるところだった」
天国は半死半生のメフリス騎士団に回復魔法をかけた。そして全員を回復させると、
「これでよし、と」
永遠長とスイッチした。
「では、俺も行く」
永遠長はハクを呼び戻した。すると、
「ああ、ハクちゃん師匠!」
「ハク師匠!」
「師匠!」
咲来、安住、十倉の目が寂しさに潤む。
『いいじゃない。流輝君、もう少し一緒にいさせてあげれば』
天国がフォローした。
「そうはいかん。ハクがいるとコイツら、特に音和は「最後はハクがなんとかしてくれる」と甘ったれるに決まっている」
永遠長に図星を突かれ、音和は絶句した。
「今回は、俺にも責任の一端がある。そう思ったから同行させたに過ぎん。これ以上ハクを同行させれば、それこそ他力本願が染み付いて、イザというとき自分じゃ何もできなくなる」
それでは異世界ギルドを任せた意味がないのだった。
『なら、期間限定ってことにしたら?』
「期間限定?」
『そう。今日まで一緒にいたのに、いきなりサヨナラじゃ寂し過ぎるでしょ。だから準備期間を置く意味でも、そうね、咲来さんがシークレットジョブにクラスアップするまで一緒にいるってことで、どう?』
「……いいだろう」
永遠長はハクを地面に置いた。
「こいつは咲来がシークレットジョブを手に入れるまで、おまえたちに預けておいてやる。だが、ボス戦などの強敵相手には、絶対に手は出させない。それでよければ、しばらくおまえたちに貸しておいてやる」
「はい! ありがとうございます!」
「それでいいデス」
「これからもよろしくな、ハク師匠」
咲来、十倉、安住は大喜びしたが、音和は複雑だった。
ハクが永遠長の分身だと知ってしまったことで、これまで以上に容赦なくシバき倒される。
そんな予感がヒシヒシとしていたのだった。
「ああ、そういえば1つ言い忘れていたことがあった」
永遠長は音和を見た。
「あのペストで死んだ村人たちだが、全員生き返ったから安心しろ」
「え!?」
「ついでに、あのヴィラという女もな」
天国の手によって。
「マジで!?」
音和にとっては、これ以上ない朗報だった。
「ただし、あいつはやり過ぎた罰として懲役刑を課したから、ここに戻ってくるとしても当分先のことになる。それでも、もしどうしても会いたいと言うのであれば言って来い。面会ぐらいさせてやる」
そう言い残すと、永遠長は音和たちの前から姿を消した。そして、事の一部始終を見届けた高比良も、
「行くぞ、須磨」
音和たちに背を向けた。
「あ、あの、高比良君」
音和は高比良を呼び止めた。
「なんだ? 何か文句でもあるのか?」
「助けてくれてありがとう。本当に助かったよ」
音和の心からの思いだった。
「別に、おまえたちのためにやったわけじゃない。勘違いするな」
「それでも助かったことには変わりないからさ」
屈託のない笑みを浮かべる音和に、
「フン」
高比良は不愉快そうに鼻を鳴らすと歩き去った。
「それじゃ、ボクたちも行こうか」
多知川的には、ほぼほぼ満足のいく結末だった。音和の困った顔も、十分過ぎるほど見ることができたし。
「そうだね」
音和はメフリス騎士団を横目に見た。永遠長が消え、もしかしたらまた自分たちを捕まえようとするかするかと心配したが、その気はないようだった。どうやら永遠長に痛い目に遭わされたことが、相当堪えたらしかった。
「なんだい? 何か気になることでもあるのかい?」
多知川に尋ねられた音和は、
「え? いや、えーと」
口ごもった後、
「ちょっと、継承のことをね」
まったく別のことを口にした。
「この先、もし本当に大変なことになるんなら、ギルドメンバーぐらいには「継承」と「連結」が使えるようにしておいたほうがいいのかなって。ほら、この先何が起こるかわからないしさ」
「確かにそのとおり。いや、まったく、その通りだね」
「……と、思ったんだけど、止めた」
「なんでさ!?」
「咲来さんたちは問題ないと思うけど、君が使えるようになったら商売に利用する可能性が高いからだよ」
今その可能性に気づいたのだった。
「どんな力でも、好きな力を100万円で使えるようにしてやるよ、みたいな」
「嫌だなー。ボクが、そんなことするような人間に見えるかい?」
「目が金貨になってるよ」
だからと言って、多知川にだけ継承しないと、それはそれで差別になってしまう。それに「継承」の力を外部に知られた場合、咲来たちまで周囲から力の譲渡を求められ、最悪の場合、吊るし上げを食う可能性が出てきてしまう。それぐらいなら、悪役になるのは自分だけでいいと判断したのだった。
「地球のことを考えたら、強い人間が増えるのはいいことだろ」
なおも食い下がる多知川をスルーして、
「じゃ、行こうか」
音和は歩き出した。
ともかくも、誰も犠牲者を出さずに済んだ。
今は、それで十分だった。
そして、そのために自分としてはできる限りの手を尽くしたし、結果として八方丸く収まった。
だが、それでも音和としては、こう思わずにはいられないのだった。
どうして、こうなったあああああああ! と。
ここまで二百話以上続けてきた「俺はチートじゃないと言っている!」は、ここでひとまず幕とさせていただきます。
実際のところ、話自体は完結してませんが、音和が永遠長から異世界ギルドの運営権を譲渡されたところで終えれば、それはそれで「音和が異世界ギルドのギルドマスターになるまでの前日譚」ということになるので、これはこれで切りが良かろうと。話数も予定外に長くなってしまいましたし。
加えて、なろうが書きにくいというのもありまして。おま環なんでしょうけど「書き込まれるまでタイムラグがある」「ローマ字で打ち込むと、最初の数文字が英語で表示される」など、無駄にストレスがたまるので、今もカクヨムで書いた物を、コッチにコピペしてる状態でして、ならカクヨムで書けばいいだろうと考えた次第です。
というわけで、この話はここまでとなります。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。




