224話
「シモンさん。1つ聞きたいことがあるんですが」
高比良は対峙するシモンに言った。
「何かな?」
「さっきの、多知川とか言うやつの攻撃、本当にダメージはなかったんですか?」
直接見たわけではないので、推測の域を出ない。だが、アレだけ容赦なく矢を撃ち込まれておいて、平然と戦闘を続けられるというのは、どう考えても解せないのだった。
「シモンさん、さっき言ってましたよね? 不老不死の力を手に入れたと。もしかして、あの矢で致命傷を受けておきながら、しれっと戦いを続けてるんじゃないでしょうね?」
不老不死なのをいいことに。
「心外だな。そんな真似はしとらんよ。サバイバルゲームと同じだよ。ゲームは、ルールを守って競い合うから楽しいんだ。反則で勝ったところで興ざめでしかない」
「では、本当にあの矢で致命傷は受けなかったと?」
「致命傷はおろか、かすり傷1つついておらんよ」
「かすり傷1つ、ですか?」
「言ったはずだ。私は、このディサースの脅威となる者は、すべからく排除すると」
当然、その中には「ワープショット」が使えるアーチャーも含まれている。
「ならば、その対策を講じておくのは当然のことだろう」
今、シモンが搭乗している機体はバリアで守られているが、それとは別にシモン自身も完全装備していたのだった。弾丸すら跳ね返す、自作のヘルメットとパイロットスーツによって。
「それでも、あの攻撃が直接私の体内に撃ち込まれていたら防ぎようがなかったが、幸いなことに、あの矢は私の目前に転移してきただけだったので、事なきを得たというわけだ。納得したかね?」
「ええ」
「それを聞いて安心した」
シモンは微笑した。
「そして改めて約束しよう。もし私が君たちから致命傷と思われるダメージを受けた場合には、潔く敗北を宣言する。君は、信じられないかもしれないがね」
「信じますよ」
「ほう? そいつは光栄だが、どういう心境の変化だね?」
「別に、たいした意味はありませんよ。ただ、アレだけ偉そうに説教しておいてズルなんてしたら、僕なら恥ずかしくて生きてられないってだけです」
「確かに」
シモンは苦笑した。
「では、行きますよ」
高比良が地を蹴り、
「来たまえ」
シモンが敢然と迎え撃つ。
ともに人間離れした高比良とシモンの戦闘を、リタイアした十倉と安住は遠巻きに眺めていた。
「クソ! 見てることしかできねえなんて!」
安住の内から悔しさが込み上げていた。
地球での腕っぷしも、ディサースでの魔術師としての技量も、しょせんただの自己満足。真の強者の前では、なんの意味もない。
シモンと高比良たちの戦いを見ながら、安住はそのことを痛感していた。
「悔しいのデス」
十倉の内を屈辱が駆け巡っていた。
早期の戦線離脱は、これでヴィラ戦に続いて2度目となる。
敵の強さを強調する、引き立て役のモブキャラなら、まだ我慢もできる。だが、今の自分は噛ませ犬にもなれていない。本当にいてもいなくてもどうでもいい、空気でしかないのだった。
「絶対に、もっと強くなってヤルの、デス!」
「おうよ!」
固く心に誓う十倉と安住の横で、多知川はシモンと高比良たちの戦いを冷静に分析していた。
「高比良君たちもよくやってるけど、このままじゃジリ貧だ」
高比良たちは生身な上、シモンと戦う前にメフリス騎士団とも戦り合って、かなり消耗している。
対して、相手は疲れを知らない機械。
このままでは勝負は見えていた。
かと言って、リタイアした自分が手を出したら反則負けとなってしまう。
ここは残った4人を信じて、任せるしかないのだが……。
そういえば、音和君たちは?
シモンと高比良たちの戦いを注視していた多知川は、残る2人に目を向けた。すると、音和と咲来は動くことなく、シモンと高比良たちの戦いを見つめていた。
音和君は足を怪我してるから動けないのはわかるけど、それにしても妙だね。あそこからでもカオスブレイドなら撃てるだろうし、咲来さんも魔法で援護射撃ぐらいできるはず。
なのに、まったくそんな気配がない。かと言って、諦めているふうでもない。まるで、何かを待っているような……。
何か狙ってる?
状況は、こちらが圧倒的に不利であることは間違いない。が、どうやらもう一波乱ありそうだった。
「パラダイムシフト」のメンバーが、早期に離脱していく中「イレイズ」の2人、特に須磨は奮闘していた。
「凍れ」
高比良を狙う浮遊砲台が、須磨によって次々と凍りついていく。
「あの氷は厄介だな」
自在に空中を移動できる浮遊砲台も、凍りつかされては機能を発揮できない。そして、大元である須磨を攻撃しようにも、須磨自身は自らが造った氷壁の中に隠れているため、レーザーが届きにくい。
氷はレーザーを反射する。そして、その反射率は氷の表面が滑らかであればあるほど上がる。加えて、氷中ではレーザーが乱反射する。そして、それは雪も同様であり、コチラも多少であればレーザーを吸収することができる。加えて、須磨の「プロビデンス」は「再生能力」であり、多少の傷であれば瞬時に回復してしまう。
それらを踏まえ、須磨は自身の周りを氷でブロックした上で、高比良をフォローしているのだった。
「まったく、面倒な能力だ」
そうボヤきつつも、シモンには余裕があった。生身で力を使い続けなければならない高比良と須磨に対し、自身は自作のマジックアイテムを操るだけ。どちらが先に消耗するかは言うまでもなく、それは高比良たちも承知していた。
短期決戦でなければ勝ち目はない。
シモンは残る力を振り絞って時間を止めると、シモンとの距離を一気に詰めた。
「ドラゴンイレイザー!」
至近距離から繰り出された必殺の一撃がバリアを破り、外装の一部を切り裂く。が、そこまでが限界だった。高比良の攻撃は本体の破壊までには至らず、
「お返しだ」
魔動機体の右腕が高比良へと振り下ろされる。
「高比良君!」
高比良を案ずる須磨の声に、
「なめるな!」
高比良は意地で応じると、
「この程度で!」
迫り来る魔動機体の右腕を叩き切った。
「僕が殺られるか」
意地の勝利だった。
初めて入ったクリティカルヒットに、
「おお!」
「やったぜ!」
十倉と安住の声も沸き立つ。が、それも一瞬のことだった。
右腕を失ったシモンは、
「たいしたものだ」
しかし動じることなく、
「が」
右腕の肘から先を予備のパーツと交換した。渾身の一撃が徒労に終わり、
「な!?」
絶句する高比良に、
「詰めが甘い」
魔動機体の右手から衝撃波が放たれる。
「が!」
衝撃波をモロに食らった高比良は、20メートルほど吹き飛ばされた後、地面に転げ落ちた。
「高比良君!」
須磨の目が高比良を追い、その隙をシモンは見逃さなかった。
シモンは須磨の上空に無数の剣を出現させると、
「きゃあ!」
氷の城壁もろとも彼女の体を串刺しにしたのだった。
「須磨!」
須磨の身を案じる高比良に、
「心配せずとも殺しちゃおらんよ」
シモンは倉庫から取り出した熱線銃を右手に握ると、
「だが、これでゲームオーバーだ」
その銃口を高比良に向けた。
「く……」
高比良は、その場から逃げようとしたが、体が言うことを聞かなかった。
か、体が動かない。くそ、これじゃ、あのときと同じじゃないか。僕は、こんな醜態をさらすために、ここに来たんじゃない。
永遠長に完膚なきまでに敗れた後、高比良はマグドラから異世界ナビを譲り受け、ディサースで修行を続けていたのだった。永遠長にリベンジするために。
だが、現実はこの有様。1月足らずで、そうそう強くなれるわけがないのはわかっているが、それでも不甲斐ないことに変わりはない。
くそおお!
ほぞを噛む高比良へと、銃口から熱線が放射されようとしたとき、
「!?」
音和と咲来が目の前に転移してきた。その自殺行為に等しい特攻に、
「何、を……」
高比良はいぶかしみ、
「!?」
シモンも虚を突かれた。が、それだけだった。むしろ、2人にトドメを刺す手間が省けたというものだった。
これで、本当にゲームオーバーだ。
シモンは止まっていた手を動かした。しかし音和には、その一瞬で十分だった。
「おおおおおお!」
音和は剣を振り上げると、
「カオス!」
渾身の力を振り絞り、
「トルネェェェド!」
最強、最後の必殺技をシモンに叩き込んだのだった。
混沌より生まれ出た漆黒の闇は、渦を巻きながら上空へと突き進むと、その姿を竜巻へと変容させた。そして、混沌の王の手により天高く打ち建てられた幽閉塔の中では、その王に仇成す罪人への処刑が、今まさに行われようとしていた。
「これは?」
シモンを取り巻く漆黒の竜巻は、中心地にいるシモンへと、その距離を急速に縮め続けていた。しかも渦巻く闇は刃のように研ぎ澄まされており、
「なに!?」
魔動機体の全身をバリアごと切り刻んでいく。
「脱出を」
シモンは魔動機体を空間転移させようとしたが、時すでに遅かった。
シモンが脱出の判断を下したとき、魔動機体は漆黒の乱刃により、その機能の大半が損壊してしまっていたのだった。そして、発生から100秒。その役目を終えた漆黒の竜巻が消えた後には、破壊され尽くした魔動機体の残骸のみが大地に残っていた。
無数の瓦礫を前に、
「やった」
音和が安堵の息をつく。正直、これで倒せなければ打つ手なし。完全に、お手上げだった。
音和が放ったカオストルネードは、カオスロードの必殺技の1つだが、元からカオスロードの必殺技だったわけでない。
本来、ノーマルからシークレットにジョブが昇格する場合、ノーマルジョブのスキルを選択して継承することができる。だが、ノーマルからカオスロードを選んだ場合、その継承ができない。そこで引き続きカオスロードを選んだ者に限り、救済措置としてのカオストルネードという新しいジョブスキルが使えるよう、取り図られたのだった。
その効果は、スキル名の通り混沌の竜巻を発生させて敵を葬り去るという単純なものだったが、その最大の利点は、捕らえた敵を破壊し尽くすまで絶対に消えないという、凶悪なまでの破壊性にあった。もっとも、その強力さ故に使用回数は1日1回に制限されているのだが。
「終わった」
これで、やっと気ままな冒険者に戻れる。
音和が重すぎた肩の荷を下ろしかけたとき、
「まだだ!」
高比良が声を上げた。
「シモンさんが、どこにもいない!」
普通のプレイヤーならば、それもわかる。だが、シモンは不老不死になっていると言っていた。ならば、その体は今もこの地に残っているはず。いや、それ以前に不老不死であるならば、シモンを殺すためにカオストルネードは今も吹き荒れ続けているはずなのだった。
「ヤバいと思って、いったん地球に帰ったんじゃ?」
あの状況から抜け出すには、もはやそれしかない。
音和がそう思った直後、彼と咲来の胸がレーザーで貫かれた。
即死した咲来は瞬時に消失し、
「え?」
わずかに急所は逸れ、倒れ込む音和の耳に、
「先に言っておくが、私はルール違反はしていないからね」
シモンの声が聞こえてきた。
「じゃあ、どうやって、あの状況から抜け出したっていうんです?」
高比良が棘のある口調で尋ねた。
「簡単だよ。私自身が切り刻まれる前に脱出したんだよ。転移アイテムを使ってね」
たとえ魔動機体であっても、負けるときは負ける。ファンタジー世界にはないロボットであれば、絶対に勝てると盲信するほど、シモンはおめでたくはないのだった。
「だから、万が一の場合、コックピットから緊急脱出するための準備ぐらい、当然してあるさ」
シモンは左腕にはめた銀のブレスレットを高比良に見せた。
「だが、危なかった。もし、あの竜巻の収縮速度がもう少し速かったら、逃げる間もなく殺られていたところだった。実際、魔動兵器は破壊されてしまったからね。いや、たいしたものだ。侮っていたこと、素直に詫びよう」
シモンは素直に称賛した。
「油断大敵。本番前に、いい教訓となった。それも合わせて礼を言うよ」
シモンは倒れている音和に軽く会釈した。
「勝ち誇るのは、まだ早いんじゃないですか?」
高比良の目に戦意が蘇る。
「確かに仕留めることはできませんでしたが、今の攻撃であなたは頼みの綱であるロボットを失った。今なら僕でも」
「ああ、確かに見事に破壊されてしまったな。スクラップもいいところだ。これを修理するのは、確かに無理そうだ」
シモンは切り刻まれた愛機を見て嘆息した。
「なら、この勝負、僕らの」
勝ちを宣告しようとする高比良を、
「だが」
シモンの声が押し止めた。
「コレ1体だと、誰が言った?」
「え?」
「換えなら、いくらでもあるんだよ」
シモンは倉庫から新しい魔動兵器を取り出した。
「な……」
絶句する高比良に、
「そういえば、この戦いは私がこの世界を管理する力があることを証明するためのものでもあったんだったな。いいだろう。ならば、ご覧に入れよう」
シモンは倉庫から、さらに100体の魔動兵器を取り出した。
「これで信じてもらえたかな? 私に、この世界を管理する力があるということを」
シモンの背後に立ち並ぶ101体の魔動兵器は、高比良との戦力差をまざまざと突きつけていた。
さすがに、もう無理だろ、これ。
薄れゆく意識の中、音和の耳には勝ち誇るシモンの声が届いていた。
まあ、でも俺にしては、よくがんばったほうじゃね? あの人も、一般人には手は出さないって言ってたし、もういいよな? まあ、よくなくても、どっちみち、もう何もできないんだけど……。
そのつぶやきを最後に、音和の意識は途切れた。直後、
「まったく」
音和の口が動いた。
「どこまでも世話の焼ける奴らだ」
音和は胸に右手を当てると、
「ハイヒール」
体中の傷を完全回復させた後、
「まあ、それでも、この怪我でカオストルネードを決めた根性だけは認めてやる」
ゆっくりと立ち上がった。その音和のタフネスぶりを、
「驚いた。その傷で、まだ立ち上がってくるとは」
シモンが称賛する。
「しかし、立ち上がってきて、どうしようというのかね? 切り札も不発に終わった今、もはや君にできることなど何もないだろうに」
「俺が何をしようが俺の勝手。おまえに指図される筋合いはない」
音和が言い捨てたところで、
「音和さん!? よかった。無事だったんだ」
咲来がディサースに戻ってきた。
「まだ強がる元気は残っているようだが、それが限界だろう。君は、できる限りのことをした。それで十分だろう。もう休みたまえ」
シモンは浮遊砲台の全砲門を音和に向けた。直後、浮遊砲台が残らず地上に落下した。
「なに!?」
シモンが何度指令を出しても、浮遊砲台が再起動することはなかった。
「どういうことだ? 君が何かやったのか?」
シモンは音和を見た。
「敵に手の内を明かすバカがどこにいる」
「つまり方法はともかく、君の仕業で確定ということだな」
シモンの誘導尋問に引っかかったと知り、音和の目がわずかに細まる。
「……爆破したほうが確実で見栄えもするんだろうが、回収するゴミは極力少ないほうがいいからな」
「なるほど」
シモンは苦笑すると、すべての浮遊砲台を倉庫に収納した。
「ついでに、それも片付けておけ」
音和はシモンの背後に並ぶロボット軍団を指さした。
「これもゴミにしたくないから、かね? だが、それはさすがに説得力に欠けるのではないかね? 私には、勝ち目がない言い訳としか」
「それとも」
音和は「移動」のクオリティにより、異空間から大量のゴーレムを出現させた。それは、かつて「マジックアカデミー」の学園長が密かに製造していたものだった。
「こいつらとロボット対決でもさせてみるか? 俺としては、ゴミが大量に出そうだから、あまり気乗りしないんだが」
「……やめておこう」
シモンはロボット軍団を倉庫に収納し、
「賢明な判断だ」
音和もゴーレム軍団を異空間に戻した。
「しかし驚いたな。まだ、あんな切り札があったとは」
「あんなもの、切り札でもなんでもない。ただのコレクションだ」
「コレクション、ね」
シモンは苦笑した。
「だが、わからんな。君にとって異世界人の生き死になど、しょせん他人事だろう。痛い思いをして、ましてや命まで懸ける価値など君にはないだろうに」
「俺にとって価値があるかどうかは、おまえが決めることじゃない。何度、同じことを言わせる」
音和は嘆息した。
「まったく、元異世界ストアの担当者といい、俺に関わる中年は、どいつもこいつもタチが悪い。考えが硬直しているのはともかく、自分の考えをイチイチ他人に押し付けてくる。うっとうしいこと、このうえない」
ただの自己中ならば、叩き潰して終わりにすればいいが、なまじ主張に正当性がある分、始末が悪いのだった。
「押し付け、ね」
「しかも、おまえは自分の考えに共感するよう誘導してくる分、さらにタチが悪い」
シモンと会話を続ける音和を見て、
「あれ、音和さん、ですよね?」
咲来は眉をひそめた。
「なんだか雰囲気というか、感じがいつもと違うような……」
浮遊砲台を無力化したり、大量のゴーレムを出現されたことにも驚いたが、まとっている空気がいつもの音和と違い過ぎるのだった。
「うん。アレは、おそらく音和君じゃない」
多知川も、そう感じていた。
「なるほど。そういうことか」
シモンも、ようやく状況が飲み込めた。
「初めまして。いや、この場合は改めまして、と言うべきかな」
シモンは改めて音和を見た。
「「背徳のボッチート」永遠長流輝君。いや、今は「背徳の魔王」と呼ぶべきかな」
シモンの口から出た固有名詞は本人よりも、
「永遠長!?」
周囲で観戦していた咲来たちを驚かせた。
「永遠長って、あのギルド戦のときの!?」
「異世界ギルドのギルドマスターの!?」
安住と十倉は顔を見合わせ、
「え!? それって、音和さんが永遠長さんだったってこと? ええ!?」
咲来はパニクっていた。
「違う。アレは、おそらく憑依か何かしてるんだよ」
多知川は冷静に状況を分析し、
「憑依!?」
咲来たち3人の声が重なる。
「何しろ、相手は3大ギルドを1人で壊滅させたうえ、神さえ地獄送りにした、最強無敵の英雄様だからね。憑依の1つや2つできたとしても、別に驚くことじゃないさ」
多知川は淡々と言った。
「で、でも、どうして音和さんに?」
憑依して現れたのか?
それが咲来の1番の謎だった。
「アッチはアッチで忙しいってことだろ。だから、ボクたちだけで解決できればよし。ぐらいに思ってたけど、このままじゃボクたちが負け確だと思ったから、しょうがなく音和君に憑依するって形で現れたってところじゃないかな」
多知川はハクのことを秘めたまま、もっともらしい推測を述べた。
「お会いできて光栄だよ、永遠長君。常々、君とは直接会って、腹を割って話し合いたいと思ってたんだ」
「俺には、おまえと話すことなどない」
「そうかね? 色々あると思うが。そうだな…たとえば、ここにこうして現れたということは、君は私のやることに反対ということなんだろうが、だとすれば君は今回の事案をどういう形で解決するつもりなのか? と言ったことをね」
「決まっている。ロシア人は1人残らず皆殺しにする」
永遠長は顔色1つ変えることなく言い切った。
「……それはまた穏やかではないな」
関係者を皆殺しにする、ぐらいのことは言うかと思っていたが。
「どうせ、そのうち滅びる世界なんだ。せめて今だけ良い夢を見せてやろうという、寛大な気持ちにはなれんかね?」
それが魔物によってか。環境によってか。はたまた戦争によってかはわからないが。
「それは、あくまでも地球人が、このまま自滅すればの話だろう。それに、百歩譲ってそうだとしても、それが異世界人が泣き寝入りしなければならない理由にはならない」
そして、それを見過ごしてやる理由も、永遠長にはないのだった。
「以前、モスの担当者が言っていた。異世界には異世界の法がある。それが守れないのであれば地球から出てくるな、とな」
「耳が痛いな」
シモンは苦笑した。
「だが、それを異世界ギルドの関係者が口にするのは、いささか自分勝手ではないかね?」
そもそも異世界のバランスを崩したのは異世界ギルドであり、異世界ギルドが余計なことをしなければ、今の事態は起きていないのだった。そんな諸悪の根源が、地球人が異世界人に危害を加えたから皆殺しにするなど責任転嫁もはなはだしい。突き詰めれば、今起きている被害は、すべて異世界ギルドのせいであり、真っ先に断罪されるべきは異世界ギルドの関係者のはずなのだった。
「確かに、その通りだな」
永遠長は異世界ギルドの非を認めた。
「だが、それが地球人が異世界での非道を正当化する免罪符とはならない。それに、このディサースに限っては少し事情が異なる」
「どこがだね?」
「簡単に言えば、この世界は地球人が復活する魔物と戦う力を養うために、神によって創られた世界だからだ」
正確には創造主によって。
「実際のところは、どこぞにあるオリジナルのディサースをコピーしたものらしいがな」
「なるほど。そういうことか」
「だから、地球人がやって来て、ある程度の変革がもたらされることは、ある程度織り込み済みということだ。もっとも、だからと言って何をしても許されるというわけではないがな」
「なるほど。だが、その理屈で言うと、私がしようとしていることも容認されてしかるべきだと思うのだがね?」
「ある程度と言ったはずだ。この世界にペスト菌をバラまいて、この世界に根付いてもいない科学知識を広めることは、ある程度の範疇を超えている」
この世界の文明は、この世界の人間によって築かれていくべきものであり、余所者が関与することは世界に歪みをもたらす害でしかないのだった。
「そうかね? ペストは論外としても、科学知識を広めることは、この世界にとってもプラス材料であり、十分「ある程度」の範疇だと思うのだがね? 実際、こうしている間にも異世界ギルドの利用者たちによって、地球の科学知識は異世界に流入し続けている。これは時代の流れであり、もはや誰にも止められない。そう、黒船によって鎖国が解かれた日本のようにな」
「その結果、どうなった? 日本はアメリカと不平等条約を結ばされ、幕末の動乱や外国との戦争では大量の戦死者を出した挙げ句、敗戦国というだけでプラザ合意などの貧乏くじを押し付けられ、いいように利用されてきただけだろう。開国さえしなければ、これらの被害を被ることもなかったと考えれば、外部からの干渉など害悪でしかないのは明白だ」
トータルで考えれば、デメリットのほうが遥かに大きいのだった。
「たとえ、いずれ開国することになっていたとしても、それはその国の人間の判断によって成されるべきものであり、アメリカ人に強要されることではない。そして、それは異世界も同じこと。たとえ、いずれこの世界に地球と同じ科学が発展し、その結果滅亡するとしても、それはこの世界の人間が選んだことであり、部外者がとやかく言うことではない」
ましてや、その知識がもたらす未来が破滅しかないとなれば、なおさらだった。
「部外者か。ならば私は構わないことになるな」
「どうして、そうなる?」
「なぜなら、私は元々ディサースの人間だからだよ」
「ほう」
「いや、正確には前世が、と言うべきだな」
「前世?」
永遠長は、あからさまに眉をひそめた。前世と聞いて、中身はジジイの現役女子高生の顔が浮かんだからだった。
「そう。6歳のときに、突然前世のことを思い出したんだ。だから、実際のところは前世かどうかはわからない。もしかしたら死んだ後の魂が、まかり間違って、この体に憑依してしまっただけかもしれん。だが、少なくとも今の私がディサース人の魂を持った地球人であることは間違いない。もっとも、私の故郷はここではなく、君の言うオリジナルディサースなのだがね」
「だったら、オリジナルのディサースに戻ってやればいい」
「無論、そのつもりだ。が、今のところ戻る術がない。それに、たとえ本当の故郷でないとしても、故郷と同じ名前の世界が外敵に脅かされようとしているとなれば、放っておけんだろ」
「その結果、デメリットを被るのはおまえじゃない」
「デメリットなら感受しているさ。私は前世で医者だった。と言っても、わずかな薬学と治癒魔法しか使えない、名ばかりの医者だったがね」
もっとも、それでも医者として現実と折り合いをつけながら、うまくやっていた。
娘が急の病で亡くなるまでは。
「今ならわかるが、私の娘の罹った病は、おそらく急性虫垂炎だ」
これは、現代の地球の医学であれば治る病気だが、当時のシモンには治療の術がなかった。
「薬草も治癒魔法も効果はなく、急いで神官の元に駆け込んだが、娘は死んでしまった」
そのことを、当時のシモンは神の御心だとあきらめた。だが地球に転生し、地球の医学を学べば学ぶほどに、娘の死が元の世界における医学知識の未熟さが原因であることを思い知らされたのだった。
それでも、それがディサースの歴史が地球に追いついていないためであれば、まだあきらめもついた。しかし、シモンの知る限り、ディサースで医学が始まった歴史は地球よりも早かった。にも関わらず、ディサースの医学は地球よりも遥かに遅れていた。
そしてシモンの見るところ、その原因は、この世の全てを神の思し召しで片付けてしまっていた、歴代の宗教家たちであり、その教えの根拠となっているのは魔法の存在だった。
なんだかわからないが、呪文を唱えれば様々な現象を引き起こす。
この正体不明の力は、宗教家たちにとって人々に神を信じさせるに足る、これ以上なく便利な道具であったのだった。
「そして、その教えとやらのために、このディサースでは人体にメスを入れるなどの加害治療は邪道とされ、人々の医学知識は地球で言う中世時代で停止することとなった」
これを打開するためには、この世界から魔法をなくすか、さもなければ宗教家の権威を失墜させて人々の盲を開くしかない。
「君の言っていることは、まったくもってその通りだが、私に言わせれば、それは「神の視点」だ。たとえ少数が犠牲になろうとも、世界が安寧でありさえすればそれでいい」
人間など、いずれ必ず死ぬものであり、それが遅いか早いかの違いでしかない、と割り切った。
「君にとって、他人の生き死になど、ただの数に過ぎないのだろう?」
だから、平気で奪うことができる。
「神の奇跡とやらがなければ助かったであろう命のことも、ましてや、その死によって悲しむ人間のことなど、まるで眼中にない」
シモンは鼻で笑った。
「そのくせ、自分の大切な人間のことだけは、何をおいても、どんな手段を使っても助けようとするのだろう?」
婚約者や子供にそうしたように。
「そんな自分勝手な人間に、私のやろうとしていることを、とやかく言われる筋合いはない。君流に言えば、ご都合主義者の綺麗事など聞くに値しない、というところだ」
シモンは話し終えてから、
「おっと、すまんな。少し熱くなってしまった」
軽く息をついた。
「言っておくが、私は別に君を非難したいわけじゃない。私が言いたいのは、どんな事情があるにせよ、世界がこうなってしまった以上、今の状況に合わせた最善の道を模索すべきだということだ」
永遠長の主張は確かに正論かもしれないが、そこには強者の傲慢さがあり、柔軟さが欠けているのだった。
「そんな尺所定規では、結局誰も納得も支持も得られんよ」
シモンの助言を、
「そんなものは最初から求めていない」
永遠長は一刀のもとに切り捨てた。
「他人の支持などというものは、結局のところ、そいつにとって都合がいいかどうかでしかない。そんなものに一喜一憂したところで、時間の無駄でしかない」
政治に、万人に支持される政策などないように、何をしようとしなかろうと、どこからかは不満が噴出する。
「ならば、俺は俺が最善と考える道を行く。ただ、それだけの話だ」
「そうかね。では戦うしかないな。互いが求めるもののために」
「だから、最初からそう言っている」
「だが、これではいささか公平さに欠ける。そう思わんかね?」
「どこがだ?」
「このゲームがスタートしたとき、君はいなかった。つまり、そもそも君にはこのゲームに参加する資格がない、ということなんだよ」
それが、何食わぬ顔で途中参加してくるのは、明らかにルール違反というものだった。
「それに、その彼、音和君と言ったかな。彼は君が助けなければ、あのままリタイアしていたはずだ」
つまり永遠長は二重の意味で、このゲームのルールを破っていることになるのだった。
「なら、このゲームはおまえの勝ちということで終わりにしたらいい。俺は別に、それでもかまわん。俺に参加資格がないということは、逆に言えば、俺にはこのゲームの取り決めに従う義務はない、ということなのだからな」
ならば永遠長として、改めてシモンを始末すればいいだけの話なのだった。
「まあ、待ちたまえ。そう結論を急ぐものじゃない」
シモンとしては、永遠長の弱みを突くことで交渉を有利に運ぶつもりだったのだが、どうやら相手のほうが1枚上手のようだった。
「君の途中参加は認めよう。その体での参加も同じくだ。その代わり、1つ条件がある」
「言ってみろ」
「もし、この勝負で私が勝ったときはロシア人、少なくともこの件に直接関与していないロシア人には手を出さない、ということだ。どうだ? 君にとっても悪い条件ではないだろう?」
「いいだろう。それで受けてやる」
「決まりだ。では、ゲーム再開といこうか」
シモンはゲーム再開にあたり、頭、胸、肩、背中、腕、腰、足の各部位に、それぞれ特殊効果を施した防具を装備した。
「ほう。今度はパワードスーツか」
興味津々の永遠長に、
「ロボット対決では、泥試合になりそうだからね」
シモンは装着したパワードスーツの具合を確かめながら答えた。
「それに、1度試してみたいと思っていたんだよ。私が造った道具の数々を、なんの制約も受けることなく、思いっきりね」
今までは自然への悪影響を考慮して、実験も最小限にとどめていたのだった。
「だが、君が相手であれば遠慮なく使うことができる。君が強敵ということもあるが、君はどんなに自然を破壊しようと後から直せるんだろう?」
シモンは倉庫から大型ライフルを取り出した。
「いいだろう。それぐらいはやってやる。こちらとしても「自然を気にして全力が出せなかった」などと、後で言い訳されても不愉快だからな」
「年甲斐もなくワクワクするよ。遠慮なく、思う存分、己の造った道具を使い倒せることに」
シモンは最後に浮遊型の大盾を2枚取り出すと、自分の左右にセットした。
対する永遠長も、
「変げ、いや違うか。あいつの場合は、確か、こうだったな」
戦闘準備に取り掛かった。
「発動」
永遠長が力を解放すると同時に、髪が白く変色していく。その姿に、咲来たちは見覚えがあった。
「アレは」
「ギルド戦のとき」
「天国って人がやってた」
「半獣化だね」
多知川が答え、
「そちらの準備もできたようだな」
戦闘準備を整えたシモンと、
「ああ。どこからでもかかってくるがいい」
永遠長のバトルが始まった。
「では、お言葉に甘えて」
シモンは挨拶代わりに、ライフルからビームを撃ち放った。その威力は、城はおろか街でさえ一撃で破壊できるほど強力なものだったが、
「発動」
ビームと永遠長の間に出現した光の壁によって、上空へと跳ね上げられてしまった。
「やはり単発では埒が明かんか。なら」
シモンは、ライフルをビームからアンチマジックへと変更。さらに永遠長のいる場所に高重力を発生させると、間髪入れずに魔法効果を打ち消す魔消弾を連射した。
高重力と魔法無効化のコンボには、さすがの魔王も対処不能と思われた。しかし永遠長は高重力をものともせず飛び上がると、
「カオスブレイド」
シモンへと音和の2倍近い漆黒の刃を撃ち放った。これをシモンは右に水平移動して回避しつつ、マジックハンドをグラビティからサイコキネシスへと変更。さらに、倉庫から取り出した100を超える剣で永遠長の周囲を取り囲むと、サイコキネシスで動きが止まった永遠長を剣で串刺しにかかる。が、これらの剣は永遠長を串刺しにする前に、彼の体から放たれた虹色の光によって、すべて凍りついてしまった。そして永遠長は凍りついた剣包囲網の一角を体当たりで突き破ると、そのままシモンへと突き進んでいく。これに対し、シモンはアンチマジックライフルの銃口を永遠長へと突きつける。そして、その引き金が引かれようとしたとき、
「発動」
永遠長の右手から巨大なクジラが飛び出した。
「が!?」
思いも寄らない巨大クジラの体当たりは、大地もろともパワードスーツを押し潰し、
「ちい」
緊急脱出装置によりかろうじて圧死を免れたシモンは、転送先で新たなパワードスーツを装着した。
「お返しだ」
シモンは永遠長の頭上へと転移すると、倉庫から取り出したハンマーを永遠長へと振り下ろした。直後、シモンが降り下ろしたハンマーの槌頭が直径100メートルまで巨大化した。
「これでどうだ?」
永遠長へと急降下した鉄槌は、永遠長の体を貼り付けたまま激しく地面を撃ちつけた。瞬間、大地は激しく揺れ動き、押し潰された地面には無数の亀裂に刻みつけられた。
咲来たちは巻き添えを食わないよう、事前に非難していたから事なきを得たが、でなければ地割れと地崩れに巻き込まれていたところだった。
「無茶苦茶だな」
「コレが、スペシャルシークレット同士の戦い」
安住と十倉は舞い上がった土埃に眉をしかめ、
「確かに、スケールだけは大きいね」
多知川は皮肉り、
「音和さんは!?」
咲来はハンマーに押し潰されたであろう音和の安否を気遣った。直後、鉄槌の左側面の地面から永遠長が飛び出してきた。その体は地面に潜っていたため土まみれだったが、ハンマーによるダメージらしきものは、どこにも見受けられなかった。
「なるほど。ハンマーに押しつぶされる前に、地面に潜って難を逃れたというわけか」
シモンは巨大ハンマーを倉庫に戻した。
「他人の体を使おうが「背徳のボッチート」のチート能力は健在ということか」
シモンは自分のことを棚に上げて感嘆した。
「俺はチートじゃない」
永遠長は言い捨てた後、
「それと、おまえは1つ勘違いをしている」
付け足した。
「何をかな?」
「俺はこの戦いにおいて、俺の力は使っていない、ということだ」
「ほう? つまり今の攻防は、すべて彼自身の力だと?」
「そうだ。俺は、その力をコイツに代わって使っているに過ぎない」
「つまり、君はまだまだ本気を出していない。そういうことかね?」
「まあ、そういうことになるが、さっきおまえも言ったように、これは元々おまえとコイツらの勝負だろう」
ならば勝敗は、音和とシモンの力のみで決するのが筋というものだった。
「背徳と呼ばれる割に、律儀なんだな」
「他人が俺をどういう人間と認識しようと、俺にはなんの関係もない話だ」
そして、その他人の認識通りに生きてやらなければならない理由も永遠長にはないのだった。
「なんにしろ、その話は私にとって朗報だ」
正直、なんでもありの永遠長には、いつ盤面を引っ切り返されるかわからない恐怖がついて回る。しかし、永遠長が音和の力しか使わないという縛りプレイを自らに課しているなら、状況は変わってくる。
音和のジョブであるカオスロードの力は、すでに完全に把握している。
1日に1発限定であるカオストルネードを使ってしまった以上、カオスロードに残されたスキルは「カオスブレイド」と「絶対恭順」の2つ。そして、スペシャルシークレットジョブであるシモンには、音和の「絶対恭順」は効果がない。となれば、残るはカオスブレイドのみ。
さっきの冷凍ビームらしきものとクジラパンチには気をつける必要があるが、それも一撃で自分をリタイアさせるには至らなかった以上、まだまだ手札を残している自分が圧倒的に有利なのだった。
そして、ここでさらにシモンに追い風が吹いた。
「え?」
気絶していた音和が目を覚ましたのだった。
次回は12月15日の更新となります。




