第223話
「おっと、その前に」
シモンは白衣を脱ぐと、
「悪いが、勝負が終わるまで持っててくれたまえ」
スードラに手渡した。
「待たせたね。では、今度こそ開戦といこう」
シモンが開戦を告げた直後、剣と盾、そして銀の鎧が彼の体に装着された。
対する音和たちは、前衛に音和、後衛に多知川、咲来、十倉、安住と、これまで通りの陣形で挑む。
一瞬で完全装備? てことは、この人も高比良君たち同様、なんらかの「キャラ」に変身できるってことか? なんのキャラクターだ?
それがわかれば攻略法も見えてくるかもしれない。
相手の出方を伺う音和に、
「ふむ、では軽くウォームアップといこうか」
シモンが先に仕掛けた。ノーモーションで接近してくるシモンの動きは、まるで氷上を滑走しているようであり、実際移動中シモンの足はまったく動いていなかった。そして滑走の勢いを乗せたシモンの剣先が、音和へと突き出される。
「くっ」
その一撃を音和は盾で防いだが、
「がっ!」
踏ん張りきれず後方に弾き飛ばされてしまった。
凄い力だ。それに、あの動き。アレも「キャラ」の特性なのか?
あくまでも守りに徹する音和に対して、
「ほう、防いだか。さすが、腐ってもシークレットというところか」
シモンが追撃をかける。
シモンの注意が音和に向いている隙を突き、
「ロックオン」
多知川がシモンへと矢を射放つが、
コン!
シモンの鎧に弾き返されてしまった。
「今度は、こちらの番だな」
シモンは剣から雷撃を撃ち放ち、
「きゃああ!」
直撃を受けた多知川は、その場に倒れ込んだ。
「多知川さん!」
多知川を気遣う女子3人に、
「殺しちゃおらんよ。だが、すぐに立ち上がれるほど軽いダメージでもあるまい。早く回復させてやるんだな」
シモンが介抱を促す。
「言われるまでないのデス」
十倉は多知川に回復魔法を施し、
「よくも!」
「この!」
咲来と安住は、お返しとばかりに爆裂魔法を繰り出す。しかし、
「無駄だ」
2人の魔法弾はシモンの盾に跳ね返され、
「きゃあ!」
逆に咲来と安住が吹き飛ばされてしまった。
「くっ」
とっさにシールドを張ったため致命傷は免れたものの、2人とも立ち上がるのがやっとの状態だった。
「まあ、ノーマルではこんなものだろう」
シモンは残った高比良と須磨に目を向けた。しかし、挑んでくるものとばかり思っていた高比良は、
「帰るぞ」
冷めた目でシモンに背を向けた。
「なんだ、君は参加しないのかね? 私は、君たちからしてみれば裏切り者だろうに」
シモンは意外そうに言った。生真面目そうな高比良は、この手の裏切りを許せない性格だと思っていたのだった。
「しませんよ、バカバカしい」
高比良は言い捨てた。
「ここであなたを倒したとして、それが何になるっていうんです?」
それで地球が滅びるわけでなし。ここでシモンに制裁を加えたところで、高比良にはなんの意味もないのだった。
「それに、さっきあなたが言ったように、あなたは自分の役割をキッチリ果たした。なら、その動機がどうであれ、僕たちに文句を言う筋合いはない。あなたが言う通りにね」
もしかすると、マグドラはシモンの行為を裏切りと捉えるかもしれないが、それはマグドラとシモンの問題。マグドラからの指示を遂行した以上、ここに留まる理由は、もう高比良にはないのだった。
「それに、そもそも僕はあなたに裏切られたとも思ってない。なぜなら、僕は最初から誰も信じていないからだ」
信じていない者から裏切られることなど、ありえないのだった。
「なるほど」
シモンは苦笑し、須磨の顔に悲しげな影が差す。
「では、最後にこれだけは言っておこう。なに、たいした手間は取らせんよ。さっき言いそびれてしまったことを話すだけだから、すぐに済む」
「……どうぞ、ご勝手に」
高比良は面倒臭げに答え、
「まあ、そう嫌そうな顔をするな。年長者からの説教なんてものは、してもらえる内が花なんだ」
シモンの苦笑を誘った。
「説教?」
高比良の顔が、これ以上ないほど嫌悪感を顕にした。
「お説教なら、よそでやってください。薄っぺらい綺麗事は、もう聞き飽きてるんで」
実際、親、教師、知人、有名人などが発する「ありがたい教え」で、高比良が感銘を受けたものなど今の今まで1つとしてないのだった。
「まあ、そう言わず聞きたまえ。そもそも説教してもらえるということは、君にとって光栄なことなんだぞ。なぜならば説教されるということは、君にまだ伸びしろがあると思われているということなんだからな。事実、私が君にこんな話をするのも、君のことをもったいないと思えばこそなのだし」
もったいない、というシモンの言葉に高比良は少し気をよくしつつも、
「もういいです。話して気が済むと言うなら、サッサと話してください。別に、それでどうなるわけでもなし。聞くだけ聞いたら、サッサと帰らせてもらいますから」
上辺は素っ気なく応じた。
「では、要点から話そう。要するにだ。私が言いたいのは、人生の使い道を間違えるな、ということだ」
シモンが言い終えた瞬間、高比良の顔に「ほら、やっぱりだ」という、ゲンナリとした表情が浮かんだ。が、予想していたことなので、シモンは構わず続けた。
「高比良君、私は君に何があったのか。なぜ地球人を滅ぼしたいのか知らないし、興味もない」
シモンは冷厳に言い放ち、元々理解してもらおうなどと欠片も思っていない高比良は無機質に聞き流した。
「だが、幾ばくかとはいえ関わりを持った人間、それも優秀な人間が無駄なことに人生を費やしているのを見ていると、どうにも歯がゆくなる。特に固執しているのが「すでに終わっている世界」であれば、なおさらだ」
「終わっている世界?」
「そうだ。魔物の問題を抜きにしても、今の地球は確実に滅びへと向かっている。異常気象1つ取ってみても、なんの対策も取らずに大規模な山火事を引き起こし、ミサイルをバカスカ撃っておいて温暖化対策などギャグでしかない」
シモンは鼻で嘲笑った。
「地球など放っておいても、そのうち滅びる。そんなものの寿命を、ほんの少し縮めるためだけに自分の人生を費やすなど、私に言わせれば人生の無駄でしかない」
「……言いたいことは、それだけですか? なら、もう帰らせてもらいますけど?」
高比良は冷ややかに応じた。
「まあ、待ちたまえ。本題は、これからだ。その上で、私から君に1つだけ言えることがあるとするならば、もし君が今の地球を否定し、滅ぼそうと言うのであれば、君の中で今の地球を超える理想郷を明確にイメージしてからにすべきだと言うことだ」
「理想郷?」
「そうだ。君が今の地球に嫌気が差す気持ちは、わからんでもない。そして破壊したいと思う気持ちも。だが、その資格があるのは、自身の内に「理想郷」のビジョンがある者のみだということだ。理想とする世界像もなく、ただただ今を嘆き、気に入らないと不平不満を並べることしかできないクレーマーに、今の世界を否定する資格も、ましてや破壊する資格もない」
シモンにクレーマーと断じられた高比良は顔を強張らせた。
「君も知っての通り、スードラ君が言葉を発することができないのは、彼女がカースト制を否定する発信をしたことに憤った、カースト上位の連中に喉を潰されたからだ」
今現在、カースト制度は廃止されている。だが、それは制度の上での話であり、実際には今もカースト制度は現地に根強く残っているのだった。
「そして、それはインドが存在し続ける限り、今後も変わることはない。だからこそスードラ君は「イレイズ」に参加したし、私の誘いにも乗ってくれたのだ」
そんな過去の風習に囚われない世界を、自らの手で作り出すために。これ以上、こんなくだらない風習に、誰の未来も奪わせないために。
「そして、それはスードラ君だけではない。私が知る限りでも「イレイズ」の他にも10を超える異能集団が、今の地球を変えるべく動いている。自らが得た力で、終わりに近づいている地球を少しでも住みよい世界とするために」
そこに明確な答えなどない。あるのは、各々が掲げる正義のみ。
「それでも、みな未来のために、希望を信じて前進しているのだ。そこに、どんな理由であれ、捨鉢になった破滅主義者の入り込む余地などない」
ましてや、その破滅主義自体、他者から吹き込まれた借り物に過ぎないとあれば、なおさらだった。
「マグドラは、異世界に脅威をもたらす地球人を排除することを正義と謳っているし、実際それには一定の説得力がある」
マグドラの失敗は、それを地球に絶望した者や地球人が滅びることで利権が得られる者を集めて成そうとしたことだった。
なぜならば、未来に絶望した人間や私欲にまみれた人間をいくら集めたところで、しょせん烏合の衆でしかないのだから。
それとも、マグドラの呼びかけに応じる者が、そういう人間しかいないのか。
だが、それも当然と言えた。
なにしろ、そもそもマグドラの活動理由からして、私欲の域を出ていないのだから。そして私欲にまみれた者の言葉など、本当の意味で誰の耳にも届くことはない。人を本当の意味で動かせるのは、いつでも未来へとつながる「希望」なのだった。
「明日を捨てた人間に、未来を変える力などない。たとえ、それが破滅へ至る未来だとしても、だ」
高比良は気色ばんだ。
「と、長々と説教じみたことを言ってしまったが、要するにだ。せっかく、この世に人として生まれたんだ。ならば簡単に手放す前に、このくだらない世界を自分の手で少しでも、より良い世界に創り変えてやる。そのぐらいの気概を持てということだ」
そして、それを可能とする力を、今の高比良は持っているはずだった。
「その可能性を、つまらない理由でムザムザ手放してしまっては、男として、人として生まれてきた甲斐がない。そう思わないか?」
死ぬことはいつでもできるし、それを止める権利は誰にもない。なればこそ、自らの生き死には本当に自らの意思によって成されるべきなのだった。
「今の君は、マグドラの口車に乗せられるまま、ただただ状況に流されているだけに過ぎない。それを踏まえたうえで、もう1度よく考えてみることだ」
地球人を絶滅させることが、本当に自分の人生をかけてまで成すほどのことなのかを。
「そして、それでもなお、まだ君から破滅願望が消えないというのであれば、せめて私の投げかけた命題に明確な答えを出してからにしてもらいたいものだ」
今の世界が駄目だと言うのであれば、どんな世界が「理想郷」なのかを。
「それなくして、どんな破壊活動を行おうと、周囲からは鼻で笑われるだけだ。以前、永遠長君にそうされたようにな」
シモンの口から永遠長の名前が出た瞬間、高比良の顔が強張った。
「永遠長君と言えば、あのとき君に付き合った緒方君にも誘いをかけたのだが、こう言って断られてしまったよ。俺は、もとより世界の存亡なんてもんに興味はねえ。それでも俺がここにいるのは、あのガキンチョどもを放っとけねえからだ。明らかに道を誤ろうとしてるガキがいたら、それを正しい道に戻してやるのが大人の役目ってもんだろ、とな」
今シモンが高比良に説教じみたことを言っているのも、その緒方の言葉が心に残っていたからなのだった。
「……余計なお世話ですよ」
「君たちにも、いずれ子ができるだろう。そのとき今の自分の生き方が「おまえの親は、こんな人生を送ってきたのだ」と、我が子に胸を張って誇れるものかどうか。頭を冷やして、今1度考えてみることだ」
「バカバカしい」
高比良は吐き捨てると、
「帰るぞ、須磨」
再び踵を返したが、
「…………」
須磨は動かなかった。
「おい、聞いてるのか、須磨?」
苛立つ高比良に、
「本当に、それでいいの?」
須磨はボソリと言った。
「なに?」
「ここで帰って、もし多知川さんたちが負けたら、この世界にペストが広がってしまう。本当に、それでいいの、高比良君?」
「さっき言ってたろ。それで死ぬのは宗教関係者だけだって。なんでもかんでも神の思し召しで済ませてきた連中が、それで死んだとして、それがどうしたってんだ?」
そんなもの、シモンの言う通り自業自得というものだった。
「でも……」
「それでも、どうしても止めたいって言うなら、自分だけ戦えばいい」
「なら、そうする。もし、ここで戦わなかったら、私には、あの人たちを非難する資格がなくなると思うから」
須磨のいう「あの人たち」とは、自分をイジメたクラスメイトたちのことであり、そのことを高比良も察していた。
「私、弱いし、本当に死んじゃうかもしれないけど、それでも、あの人たちの同類になるぐらいなら、死んだほうがマシだから」
須磨はそう言うと、
「お、おい!」
高比良から離れてしまった。
「くそ、勝手にしろ!」
1人残された高比良は、異世界ナビを手に取った。
どうせ、ここで負けたところで本当に死ぬわけでなし、戦いたいというなら好きにすればいい。それに、仮に須磨が本当に死んだとしても、自分にはなんの関係もな……。
「くそ!」
高比良は異世界ナビを懐にしまうと、須磨の横に並んだ。
「勘違いするな。おまえに言われたからじゃない。おまえには、この前助けられた借りがあるから、それを返す。それだけだ」
高比良は憮然と答えた。
「サッサと終わらせて帰るぞ」
「うん」
須磨は嬉しそうに微笑むと、改めてシモンと対峙した。そんな2人を見て、シモンの口元が一瞬が緩む。
地球人によるディサース攻防戦が本格的に開始されようとしている横で、当事者であるディサース人たちは、未だ行動を決めかねていた。
「どうするの、ヴァレル?」
アベルダからの問いかけに、
「…………」
この場での最高指揮官は即答できずにいた。
状況から言えば、裏切り者であるシモンを粛清すべきなのは明白だった。しかし、もし本当にシモンの言う通り、もうじき王が逝去なされるのならば、この計画自体もそこで頓挫することになる。そんな計画のために、ここでシモンを撃つことに、どれほどの意味があるのか。ましてや、今の戦いを見る限り、シモンがシークレットの力を有しているのは明らか。戦えば、こちらにも多大な被害が出るだろう。
そこまでして、今シモンを討ち取ることが正解なのか?
ヴァレルには決断がつきかねていたのだった。
「何を迷う必要がある!」
ランデールが気勢を上げた。
「どんな理由があるにせよ! 奴が我らを欺き、利用していたことは確かだろうが! これを見過ごしては騎士団の沽券にかかわる! ひいてはメフリス王国の威信は地に落ちることになる! 違うか!?」
ランデールの主張に、
「その通りだ!」
他の騎士たちからも賛同の声が上がる。
「……確かに卿の言う通りだ」
ヴァレルは目に再び火が灯る。
「ここで、このまま奴を見逃せば、異邦人にいいように踊らされたまま泣き寝入りした愚かな国として、メフリス王国は末代までの笑い者となる」
そんなことは、メフリス王国の騎士として、断じて許容できないことだった。
「メフリス騎士団の威信にかけて、奴を討つ!」
ヴァレルはシモンに剣を突きつけ、
「おお!」
騎士団から気勢が上げる。
意気軒昂なメフリス騎士団を横目に、
「やれやれ。とんだ八つ当たりだ」
シモンは嘆息した。
「君たちを一緒に転移させて来たのは、見届人となってもらおうと思ったからなんだが」
ヴァレルたちがその気である以上、こちらとしても対処せざるをえない。とはいえ、本気で戦えば無用の死人が出かねないし、かと言って仮にも一国の騎士団相手に手加減などすれば、こちらの身が危うい。ならば……。
シモンは「倉庫」の中から、新たな発明品を取り出した。それは鋼鉄でできた、直径50メートルのダンゴムシだった。
「な!?」
突然出現した奇怪なモンスターに、騎士団の間に動揺が走る。
「なかなか良くできているだろう? 私の友人に虫好きがいてね。その友人曰く「もし昆虫が人間と同じ大きさなら、人間は昆虫に敵わない。ましてや、人と昆虫の大きさが逆転していれば、この世の支配者は昆虫だった」と、のたまうのでね。面白半分で造ってみたんだよ。もっとも、出来上がってから件の友人に話してみたら「ダンゴムシは甲殻類で、虫ではないわ!」と、小一時間説教を食らってしまったがね」
シモンは苦笑すると、
「ビースリー、そのまま前進して10キロメートル先にある都市を破壊しろ」
ダンゴムシに指令を出した。直後、製造者の命令を受信したダンゴムシが、王都へ向かって前進を開始する。
「貴様!」
鼻白むヴァレルに、
「私に構っている暇があるのかね? グズグズしていると、アレが君たちの大切な王都を破壊し尽くしてしまうぞ」
シモンは忠告した。
「言っておくが、アレは強いぞ。アレの外装は分厚い上に車輪部分まで覆われているため、戦車のように車輪を破壊して動きを止めることができない。つまり、アレを止めるためには強力な攻撃で、アレの分厚い外装を破壊するしかないわけだ。果たして君たちに、アレが王都に着く前に、それができるかな?」
「き、貴様……」
「私に噛みついている時間があるなら、アレを追ったほうがいいと思うが? それとも、王都が殲滅されようがおかまいなしに、私と戦うかね? 言っておくが、私を倒したところでアレは止まらんよ。そういう設定にしてあるからね」
「くっ!」
ヴァレルは憎々しげにシモン睨みつけた後、
「全員でアレを止めるぞ! 奴を倒すのは、その後だ!」
騎士団を率いて巨大ダンゴムシを追いかけていった。
「さて、邪魔者もいなくなったところで、ゲーム再開といこうか」
シモンは音和たちに向き直った。
「高比良君たちも参戦する気になったようだし、こちらもギアを上げるとしよう」
シモンは使用中の武具を、新たな武具とチェンジした。両手に持っていた剣と盾は、バズーカ砲ほどある長大な銃に。そして鎧は、その銃を軽々と扱えるほど頑強な機械装甲へと。
「い!?」
音和の目から見て、それはもはや鎧ではなくロボットだった。
「あの人、ラーグニーから魔動兵器を持ち込んだのか?」
ポイントさえあれば、別の世界のアイテムをディサースに持ち込める。だが、そのためには億単位のポイントが必要となる。それも、アレほど強力な武器となれば100億、いや1000億を超えるポイントが。
「それを集めたってことか。凄いな」
音和は素直に感心した。自分など、まだ500万にも達していないというのに。
「持ち込んでなどおらんよ。これらは、すべて私のオリジナルだ。まあ、ラーグニーの魔動兵器を叩き台にしてはいるがね」
シモンは音和の勘違いを訂正した。
「オ、オリジナル?」
「私が自分の手で作り上げたということだ」
「自分で?」
「そう驚くことでもあるまい。ラーグニーの兵器とて、人の手で造り出された物だ。ならば、同じ人である私に造れたとしても不思議ではあるまい?」
シモンの言う通りではあったが、音和としては素直に納得しきれないものがあった。
ラーグニーとディサースでは、原材料の入手手段や製造施設からして天と地ほどの差がある。ラーグニーで造れるからと言って、ディサースでもとは思えないのだった。
「もっとも、ここまでの物を造れたのは、私のジョブが「クリエイター」だから、というのも大きいがね」
シモンの口から出たジョブ名を聞き、
「クリエイター!?」
パラダイムシフトの面々から驚きの声が上がる。
「「クリエイター」って言ったら、あのシークレットジョブの、だよね?」
「てことは、あの野郎、レアアイテムを10万個集めたのかよ」
「凄いのデス」
咲来、安住、十倉が顔を見合わせた。
いや、今重要なのは、そこじゃないからね。と、音和は心の中でツッコんだ。今重要なのは、目の前の敵のジョブが「オーバーロード」や「アバタール」と並び称される最上級ジョブだということなのだった。
「お褒めにあずかり光栄だが、私もそこまで暇じゃない」
というか、普通に考えて不可能だった。人1人で10万個のアイテムを集めるなど。
「じゃあ、どうやって集めたってんだ?」
安住が尋ねた。
「君たち、若いのに頭が固いな。頭は使わなければ硬直していく一方だぞ。本気で、この先の荒波を乗り越えて行くつもりなら、もっと日頃から頭を使うよう心がけることだ」
「悪かったな、バカで」
「事実を素直に認められることは美点だ」
それが成長につながれば、なおよしだった。
「その素直さに免じて教えてあげよう。と言っても、別に特別なことをしたわけじゃない。冒険者ギルドに依頼しただけだ」
「冒険者ギルドに?」
「冒険者だからと言って、冒険者ギルドに依頼を出してはならない決まりなどあるまい?」
シークレットジョブになるためには、最低でも2000個近いアイテムを集める必要がある。そしてプレイヤーの誰もが、そのアイテムを自分1人、もしくは仲間内で集めなければならないと考え、実行しているのだった。そんな決まりなど、どこにもないというのに。
「レア度に応じて、金貨10枚から100枚といった具合に報酬を出してな」
お陰で金貨100万枚近くかかったが、半年で必要なアイテムをすべて揃えることができたのだった。
「それまで稼いだ金を、ほぼすべて使い果たしてしまったが、それだけの価値はあったと思っているよ。「クリエイター」は、私が思い描いた機能を内蔵したアイテムを、いくらでも造り出すことができるのだからね」
「あの棺桶も、その「クリエイター」の能力で造ったわけだね」
多知川は得心した。
「そういうことだ。もっとも、この能力にも限界と制限はあるがね」
たとえば、ポーションを作り出すことはできない。1日に造り出せる数は、現時点では5つまでというように。
「さて、謎解きタイムは、このぐらいでいいだろう」
シモンは右手に持つ魔動銃を音和に向けた。
「避けるのデス! 当たったらヤバいのデス!」
十倉が「予感」を発動させ、
「くっ」
盾で防ごうと考えていた音和は寸前で飛び退いた。直後、魔動銃から放たれた光弾は、音和が寸前までいた場所を過ぎ去ると、さらに50メートルほど突き進んだところで、巨大な爆炎を巻き起こした。その威力は、同経口の魔動銃をはるかに超えており、咲来たちの魔法防壁ぐらい簡単に打ち破りそうだった。
「くそ! せめてシークレットになれてりゃ」
安住は悔しさに拳を握りしめた。マジカルブレイカーなら、奴を倒せたかもしれないのに、と。そして、それは十倉と咲来も同じだった。
十倉は、スペルライターなら、もっと多彩な攻撃を仕掛けられたかもしれない。
咲来は、こんなことなら、なんでもいいから早くシークレットジョブになっておけばよかったと。
しかし、今さら言っても後の祭り。
今の自分たちにできることは、攻撃魔法でシモンの注意を引きつつ、音和と多知川の援護をすることだけなのだった。
咲来たちが無力感を噛み締める横で、
「ドラゴンイレイザー!」
本気になった高比良が牙を剥く。しかし、その攻撃もシモンのシールドを打ち破るには至らなかった。
「ジークフリードか」
シモンは高比良を見た。
「竜の血を浴びた無敵の英雄。その体は矢でも剣でも傷1つつけられなかったというが」
シモンは左手に持つ魔法銃に、光の弾丸を装填した。竜の血を浴びたということは、要するに竜の力を得たということ。ならば竜を倒せる力があれば、理屈上ジークフリードも倒せるということだった。
「果たして、レーザー砲を食らっても五体満足でいられるかな?」
シモンは魔法銃の銃口を高比良に向けた。
「させない」
須磨はシモンを凍らせにかかるが、これもバリアによって防がれてしまった。とはいえ、バリアの外側が氷で覆い尽くされてしまったため、肉眼では周囲の様子が把握できない。面倒な能力であり、このままでは冷気を吹き付けられる度に視界を奪われてしまう。
「仕方ない。まずは、須磨君から片付けるとしよう」
シモンは「倉庫」から10機の浮遊砲台を取り出すと、
「行け」
その内の5機を須磨に差し向けた。そして、5機の浮遊砲台から須磨へとレーザーが発射されようとしたとき、
「させるか!」
高比良がプロビデンスを発動させた。高比良のプロビデンスは「時を止める能力」であり、須磨の下へと全速力で駆けつけた高比良は、動きの止まった須磨を抱えると浮遊砲台の照準から脱出した。数秒後、時間停止が解かれた浮遊砲台から一斉にレーザーが放たれたが、その着弾地点に須磨の姿はなかった。
外れた? いや違うな。
ついさっきまで離れていたはずの高比良と須磨が、今は一緒にいる。そこから導き出される答えは1つしかなかった。
「そういえば、君の「救済者」としての能力は時を止めることだったな」
確かに便利な能力であり、無敵に近いチート能力と言えた。
「これが、漫画やアニメの世界であれば、な」
シモンは皮肉った。
「それは負け惜しみですか?」
高比良は憎まれ口を叩き返した。
「いや、単なる事実だよ」
シモンは気分を害した様子もなく切り返した。
「と言っても、私自身、時間が停止した世界がどんなものか、直接確認したわけではないから憶測でしかないのだがね」
そう前置きした後、
「火があるだろう」
シモンは唐突に話題を変えた。
「ひ?」
「そう。燃え上がる火だ。アレは時間が止まっている状態では、どうなっているのかね?」
「どうって……」
シモンの質問の意図を測りかねつつ、
「そりゃ、止まってますよ」
高比良は正直に答えた。
「なるほど。それを聞いて確信を得た。やはり私の考えは間違っていなかったとね」
1人満足げなシモンに、
「さっきから、なんの話をしてるんですか?」
高比良は苛立たしげに尋ねた。
「わからないかね? よく考えてみたまえ。時間が停止している間、火の動きも止まっているということは、時間が停止している状態においては、燃焼という化学反応は起きていない。つまり物理法則が働いていない、ということを意味しているのだよ」
「そりゃ、そうでしょう」
時間が止まっているのだから、物であれ火であれ動かないのは至極当然のことだった。
「確かに、その通りだな。だが、わかっているのかね? その場合、君にとっていくつか不都合な事態が起きるということを」
「不都合?」
「呼吸だよ」
「呼吸?」
「そうだ」
呼吸とは、今さら言うまでもなく、酸素を吸い込み、二酸化炭素を排出する行為をいう。
人は肺胞から取り込んだ酸素を血液を通して全身の細胞へと運び、細胞は運ばれてきた酸素と食事により得た栄養素を「酸化」させることにより、人が活動するために必要な「ATP」というエネルギーを作り出している。
「つまり、呼吸とは体内で行われている化学反応であり、物理法則なのだ」
だが、時間停止状態においては、その物理法則が起きない。
「その場合、どうなるか? 簡単に言えば、酸素は酸素のまま変化しないのだよ」
そうなれば、当然ながら食物を栄養素に変える「酸化」も起こらないことになる。
「つまり、君は時間を止めている間も、自分では当たり前のように呼吸をしているつもりでいたのだろうが、実際には息を止めたまま行動していたに等しいということなのだよ」
「…………」
「あるいは「救済者」の力によって、君の周囲だけは時間が動いているという救済措置が取られている可能性も考えたが、さっきの君の様子を見ている限り、それもないようだ。もっとも君自身は、その息苦しさを時間を止める力を使ったことによる消耗と、単純に考えていたようだがね」
「ご教授痛み入りますが、この力にタイムリミットがあることぐらい、あなたに言われるまでもなく、わかってますよ」
高比良は憮然と言い返した。
「なるほど。確かにそうだな。それが力の限界によるものであろうと、酸欠によるものであろうと、限界だと思えば力の発動を止めればいい。その理由に、さしたる意味はない。だが、それが己の持つ力の研鑽を怠る理由にはならない」
シモンの指摘に、高比良は鼻白んだ。
「君、本当に地球を滅ぼしたいと思っているのかね?」
「も、もちろんですよ」
「だとすれば、君はもっと自分の力を研究するべきだろう。今の自分に何ができ、何ができないのか。それを知らずして、いや知ろうともしない浅はかな頭で事を起こしたところで、成功など望むべくもない」
「お、大きなお世話ですよ」
「少なくとも、永遠長君なら、そんな愚は犯すまいよ。直接会ったことはないが、ギルド戦での彼の活躍を見る限り、彼は自分の力を研究し、その力で何が成せるか、どう活用すれば最大限の効果を出せるかを、可能な限り研鑽しているようだからな」
永遠長の名前を出された高比良は、再び嫌悪感を露わにした。
「己の力を知るということは、それだけ手持ちのカードを増やすということだ。そして、それは同時に己の可能性の追求でもある。進化を忘れた生物に待つのは、緩慢な滅亡のみ。今の君が、まさにそれだ」
シモンに断言され、高比良は気色ばんだ。
「講釈ついでに、もう1つ忠告しておくと、もしかして君は時間停止中に敵を攻撃すれば、敵は反撃する術もなく簡単に倒せると考えているかもしれんが、それは大きな間違いだぞ」
「え!?」
「さっきも言ったように、時間停止中には物理法則が働かない。ということは、物体の破壊も不可能ということだからだ」
物体を破壊するということは、すなわち分子間の結合を断つということであり、分子の結合を断つという行為は、立派な物理法則なのだった。
「わかりにくければ……そうだな、その手の話が日本の漫画であっただろう。有名なゲームを題材にした漫画で、時を止める、そう、凍れる時の秘法とかいうやつだ」
それと同じ原理が、時間停止中の物体には作用しているのだった。
「つまり、時間が停止した状態で君が敵にいくら攻撃を仕掛けようとも、相手にダメージを与えることはできない、ということなのだよ。時間停止中の君にできることは、さっきのように誰かを助けるか。でなければ、敵の目前まで接近したところで時間停止を解き、時間が戻ったところで相手を攻撃することぐらいなのだよ」
だが、それなら別に時間停止能力でなくとも、瞬間移動で事足りる。しかも、瞬間移動よりも労力を使う上、多用すれば最悪酸欠で死に至る。
「しかも、今の私は周囲を絶えずバリアで守っている。仮に時間停止能力で私にどれだけ接近しようとも、君が私にダメージを与えることはできない。少なくとも、今の君にはな」
シモンは冷笑した。
「今後は、今言った事を踏まえた上で自分の力を検証し直し、使い所をよく考えることだ」
シモンは講釈を終えてから、音和たちの存在を思い出した。
「おっと、すまんね、君たち。また、長話が過ぎたようだ。どうにも年を取ると、説教じみた長話が過ぎて困ったものだ」
大昔、講師だった頃の習慣が、未だに抜け切れていないようだった。
「だが、君たちも律儀に私の話が終わるのを待っている必要などないのだよ。話に気を取られている私が隙だらけだと思ったら、いつでも攻撃を仕掛けてくれば」
「よく言うよ。ビーム砲の銃口を、全部コッチに向けておいてさ。どうせ、もし話し中にコッチが何か仕掛けてたら、容赦なくブッ放つ気でいたんだろ?」
とはいえ、多知川たちもシモンが話している間、ただ指をくわえて見ていたわけではない。その時間を利用して、皆で作戦を練っていたのだった。
「行くよ、みんな」
多知川の号令一下、咲来、十倉、安住が結界魔法でシモンを閉じ込める。
「バリアを破れないなら、動きを封じてバッテリー切れを狙おうとでも?」
だが魔力炉には、まだ十分なエネルギーが残っているし、倉庫には予備のバッテリーも用意している。コチラのエネルギーが尽きる前に、アチラの魔力が尽きるほうが早そうだった。
「そもそも、この程度の結界で私を止められると」
結界を破りにかかるシモンに対し、
「思ってないさ」
多知川は引き絞った弓から矢を射放った。そして、多知川の指から飛び離れた矢は、次の瞬間消失し、
「!?」
シモンの眼前に出現した。多知川が放った矢はマジックアイテムであり「ワープショット」と同じく、空間を超えて敵を射る能力が備わっていたのだった。
「油断したね」
多知川は、さらに10本のマジックアローをシモンへと射放った。
「ボクには「ワープショット」は撃てないと、タカをくくってたんだろうけど、考えが足りなかったね」
多知川に「ワープショット」のスキルはない。だがアイテムを使えば、それと同等の攻撃を仕掛けることはできるのだった。
「1本、金貨10枚するけどね」
とはいえ、機体に乗り込んでいるシモンには「ロックオン」は使えない。機体の形状からシモンがどこにいるか、ある程度の推測は立つが、それも確実とは言えない。そこで少しでも命中率を上げるため、咲来たちにシモンの動きを封じてもらったのだった。
無警戒のところへの11本の矢による奇襲攻撃。これだけの矢を食らって、生身のシモンが無事でいられるはずがない。
「ボクたちの勝ちだね」
勝利を確信する多知川の体を、次の瞬間5本の光線が貫いた。浮遊砲台からのレーザー攻撃であり、致命傷を受けた多知川が、復活チケットの効果により地球へと強制送還される。直後、
「確かに油断大敵だな」
魔動機体からシモンの声が聞こえてきた。
仕留め損なった!?
だが、さすがに無傷ではないはず。
音和は追撃すべく、魔動機体へと駆け出したが、
「が!?」
浮遊砲台から放たれたレーザーにより、右太ももを射抜かれてしまった。
「音和さん!」
音和に駆け寄ろうとした咲来の右肩を、別の浮遊砲台から放たれたレーザーがかすめる。と、同時に、さらに別の浮遊砲台により発射されたレーザーにより、十倉と安住の体が撃ち貫かれた。咲来は音和の身を案じて駆け出したため致命傷を免れたが、それも1度きりの奇跡。今度こそ咲来を仕留めんと、浮遊砲台から第2射が放たれようとしたとき、浮遊砲台が凍りついた。
「させない」
須磨の力であり、
「あ、ありがとう、須磨さん」
礼をいう咲来に、
「あなたは彼の手当を」
須磨は音和を指差すと、自身は高比良とともに再びシモンと対峙した。
「わ、わかりました」
咲来は須磨に感謝しつつ、音和の下へと駆けつけた。
「音和さん、大丈夫ですか!?」
見ると、レーザーに貫かれた音和の太ももからは、まだ血が流れ続けていた。
「まあ、なんとか生きてるよ」
音和は青ざめた顔で、弱々しいが笑顔を返した。
「す、すぐ止血しないと」
咲来は上着の左袖を破ると、音和の左太ももに巻きつけた。
「澄香ちゃんなら治せるのに」
こんなことなら、自分もヒールマジシャンにしておけば。
後悔が咲来の胸を締め付けた。
「いやあ、それやると反則になっちゃうから」
咲来の気も知らず、音和は軽い口調で苦笑した。
「落ち着いてますね、音和さん」
「あわてても、どうにもならないからね」
緊張感のない音和につられて、
「まあ、確かに」
咲来の表情も緩む。
「それより、咲来さんに1つお願いがあるんだけど」
そう前置くと、音和は咲来に自分の考えを話した。それは、今の音和に残された最後の策だった。




