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第221話

 カザント村の顛末が、ゲルト・ザハリンによってメフリス国王シャイデックに報告されたのは、ヴィラの死から1時間後のことだった。


「愚か者めが」


 執務室で報告を聞き終えたシャイデックは吐き捨てた。その声には、自分の命令によって命を落とした配下を悼む気持ちは欠片もなかった。


「自分から奴を招き入れておきながら仕留め損なうとは、愚かにも程がある」


 シャイデックは今年で55歳。地毛が灰色のため、傍目にはさほど老けた印象はないが、タイムリミットは着実に近付いていた。悲願であるトラキル征服。そして、それを足がかりに大陸全土を平定するという野望を実現するためには、もはや1つの失敗も許されないのだった。


「それで? 貴様は、アヤツがトワナガに殺されるところをバカ面さらして見ていた挙げ句、おめおめと逃げ帰ってきたというわけか?」


 シャイデックはザハリンを睨みつけた。


「事の顛末を見届け、報告することが、わたくしが陛下より与えられた任務でございましたので」


 ザハリンも、可能であればヴィラを加勢するつもりだった。しかし、あの狐の強さは異常であり、おそらく2人がかりでも勝ち目はなかった。ならば、共倒れになるよりもカザント村での情報を持ち帰るべき。ザハリンは、そう判断したのだった。

 しかし、口には出さなかった。言ったところで言い訳としか取られず、余計にシャイデック王の怒りを買うだけなのがわかっていたから。

 成功すれば自分の手柄。失敗すれば他人のせい。

 それがシャイデック王なのだった。


「言われたことしかできんデク坊が。まったく、どいつもこいつも使えん奴らばかりよ」


 シャイデックは吐き捨てた。こうなった以上、もはや一刻の猶予もない。速やかに計画を実行に移さねばならなかった。


「クズネツォフを呼べ」


 シャイデックはザハリンに命じた。そして数分後、ザハリンは命令通り、クズネツォフを連れて執務室へと戻ってきた。

 クズネツォフのフルネームはアウグスト・クズネツォフといい、本人の言によると異世界にあるロシアという国の全権大使ということだった。歳は40前後。金髪碧眼の顔には、絶えず友好的な笑顔が貼り付いていた。


「例の物は無事運び込んだのだな?」


 シャイデックはクズネツォフに確認した。


「はい。治療薬の搬送は滞りなく終了いたしました、陛下」


 クズネツォフは恭しく一礼した。


「うむ。貴殿らの力添えには、余も満足しておる。余が大陸全土を制覇した暁には、約束通り貴殿の主に爵位を与えよう」

「ありがとうございます」

「まずは、あの憎きトラキルを討ち滅ぼし」


 シャイデックの気勢が最高潮に達しようとしたとき、近衛兵が新たな訪問者の存在を王に告げた。そして、王の許可を経て入室したのは、エメリック・シモンという20歳前後の男だった。


「失礼します」


 エメリック・シモンは、クズネツォフの部下として入城した科学者であり、その任務はペスト菌による細菌兵器と、その治療薬の製造だった。


「貴様、なぜここに!?」


 クズネツォフの顔から笑顔が消えた。ここへ来る前、シモンには細菌兵器と治療薬の製造を続けるように命じておいたのだった。


「そうなんですがね。あれから少々事情が変わったようなので、ちょっと屋台骨を補強しておこうかと思いまして」


 シモンは悪びれる素振りもなく淡々と答えた。


「どういうことだ?」

「永遠長ですよ。やっこさんたち、ヴィラ嬢を倒した足で、まっすぐこちらに向かって来てるようなんでね。このままだと明日にも到着しそうな勢いなんで、その前に戦力を補強しておこうかと参上した次第で」

「なに!?」


 クズネツォフは鼻白んだ。


「なぜ貴様が、そのことを知っている?」

「そりゃあ、これでもペスト菌製造の責任者ですからね。臨床結果は大いに気になるところですので、あの村のことは独自に観察させてもらってたんですよ」

「勝手なことを」

「まあまあ。それに、今は陛下の御前ですよ。スマイル、スマイル」


 シモンは白い歯を見せ、


「く……」


 クズネツォフは鼻白みつつ小言を封印した。


「で、話を戻しますが、今連中は真っ直ぐこちらに飛んできています。この調子だと明日には、ここに着くでしょう。そこで、例の棺桶10棺とナイフを50本。それと矢を千本ほど持ってきました。永遠長相手にはこれでも心許ないですが、ないよりはマシでしょう」

「貴様、また勝手な」

「それと陛下、明日まで城の鍛冶場をお借りできませんか? 今から製造にかかれば、明日までに後5、6本は造れると思うんですが」


 シモンのディサースでのジョブは鍛冶師であり、ヴィラに与えた棺桶やナイフを造ったのもシモンなのだった。


「用意させよう」

「ありがとうございます。では、小生はこれにて失礼をば」


 シモンは恭しく一礼すると退席し、


「わ、私も失礼させていただきます」


 クズネツォフもシモンの後を追った。そして王に用意された鍛冶場に入ったところで、


「貴様、また勝手なことを」


 クズネツォフはシモンを叱責した。

 シモンは数いるロシアの科学者の中から、2年ほどの異世界経験を買われてこの計画に抜擢された人物なのだが、どうにも掴みどころがなく、クズネツォフは苦手なのだった。


「まあ、そうカッカしなさんな。ここの戦力を増強することには、あんたも賛成だろう?」

「それは、そうだが」


 永遠長が王都を襲撃して、もしシャイデック王が殺害されるようなことにでもなれば、また1から計画を練り直さねばならなくなる。それを避けるためにも、ここで永遠長を確実に葬り去っておかねばならないのだった。


「小生とて、せっかくここまでせっせとこしらえたもんを、台無しにされるのはごめんですからね。差出た真似とは思いましたが、進言に参上したというわけです」

「それだが、本当に貴様がいなくてもアッチは大丈夫なんだろうな?」

「ええ。幸い、王が用意してくださった錬金術師たちは、皆優秀でしてね。もう、小生がいなくとも滞りなく作業が行えるまでには育ってくれましたので。生徒が優秀だと、教えるほうとしても教え甲斐が違いますなあ。実に将来が楽しみだ」

「何を悠長なことを。この計画が失敗に終われば、私も貴様も将来はおろか、明日もないかもしれんのだぞ」

「ええ。ですから小生としても、この計画を成功させるために、目下最善の努力をしている次第です」

「わかった。もういい。とりあえず私は一度本国に戻り、上に報告してくる。いいか、その間これ以上余計なことは絶対にするなよ。わかったな」


 クズネツォフはクドいほど念を押すと、異世界ナビで地球へと一時帰還した。


「やれやれ、忙しい御仁だ。ロシア人は時間など気にしない。もっと大雑把で、なるようにしかならないと考える受け身の性格のはずなのだがね。まあ、ロシア人にもピンからキリまでいるということか」


 シモンは白衣のポケットからイヤホンを取り出した。そのイヤホンは、シモンが会議室に設置した盗聴器の受信機であり、スイッチを入れると、


「こうなった以上、もはや一刻の猶予もない!」


 さっそくシャイデック王の居丈高な声が聞こえてきた。


「あー、うるさい」


 ちょうど会議が始まったところらしく、シャイデック王は集まった将に対して、直ちに完成した細菌兵器をトラキルでバラまくように命じた。すると、


「かしこまりました」


 ヴァレル・ファラディンが即答した後、


「それで、トワナガのほうはいかがなさいますか?」


 シャイデック王の判断を仰いだ。


「ザハリンが残してきた斥候からの報告によれば、かの者たちは真っ直ぐこちらに向かっているとのことですが」

「放っておけ」


 シャイデックは切り捨てた。


「こちらに向かっているというのであれば、むしろ好都合というものよ。トラキルの英雄だかなんだか知らぬが、たかが若造1人。何を恐れることがある。もし、本当に其奴がここに現れたならば総力を上げて討ち取ればよいだけの話だ。違うか?」


 シャイデック王の判断は、傲慢さが導き出したものだったが、結果的に最善の判断と思われた。

 仮に永遠長を討つために出陣した場合、その隙に永遠長が王都に乗り込んで来る可能性がある。加えて、たとえ10万の兵で挑もうとも、永遠長を討つことはおそらくできない。それこそ一瞬で壊滅するのが関の山だろう。

 そもそも永遠長の力があれば、とうに王都に乗り込んで来ているはず。それをしないということは、自分を餌に王都から兵力をおびき出そうとしている可能性もある。

 それに噂を聞く限り、永遠長は第三者を巻き込むことを良しとしない傾向がある。ならば王都で迎え撃ち、永遠長が全力を出せない状況で戦うほうが勝率が上がるのだった。


「御意」


 ファラディンもそう思ったのか。それ以上は言及しなかった。

 そして軍議が終了し、ファラディンが執務室に戻ると、


「どうなったの、ヴァレル? 王は、なんて?」


 待機していたアベルダ・キノンが尋ねてきた。


「トワナガは、ここで迎え撃つ。そして効果が確認された例の兵器は、速やかにトラキルに散布せよ。それが陛下の決定だ」


 ファラディンは淡々と答えた。


「……本当に、それでいいの?」


 アベルダの顔に憂いが浮かぶ。治療薬があるとは言え、伝染病は自国民まで巻き込みかねない諸刃の剣。どこの誰ともしれない異世界人の口車に乗せられて、このまま計画を押し進めることが本当にメフリスにとって有益なのか?

 アベルダは、この計画には発足当初から懐疑的であり、それはヴァレルも同じだった。

しかし進言したところで、あの王が聞き入れるとも思えない。ならば、


「今からでも、止めるべきではないの? たとえ、逆賊の汚名を着ることになるとしても」


 この国の未来のために。


「聞かなかったことにしておく」

「ヴァレル」

「騎士にとって、主君の命は絶対。陛下が、このような決断を下されたのも、ひとえに我らの不甲斐なさゆえ」


 自分たちにトラキルを討ち滅ぼす力があれば、シャイデック王がこんな決断をする必要などなかったのだった。


「ならば、我らは陛下のご意思に従い、その命を全うする。たとえ、その結果、我らにどんな運命が待ち受けていようとも、それが我らの使命であり、非力な我らに下された神の罰だ」

「ヴァレル」


 メフリス王国随一の騎将が悲壮な覚悟を告げたところで、シモンはイヤホンを外した。


 やれやれ。パワハラ上司を持つと、苦労するのはどこの世界も同じだな。


 シモンは嘆息した。


 でも、ま、そう心配しなさんな。おまえさんたちの悪いようにはならんだろうから。


 もっとも、その範疇に彼らの主まで入るかは、はなはだ疑問だったが。


「さて、ではこちらも最後の仕上げにかかるとするかね」


 シモンはマジックケースから道具を取り出すと、マジックアイテムの製造に取り掛かった。

 永遠長の登場により、事態は大きく動き出した。

 この難曲を、どう乗り切るか。

 ここからが、本当の腕の見せ所だった。



 翌日、音和たちは予定を変更し、エイブという村に立ち寄っていた。理由は、多知川曰く「エイブという村に情報提供者がいて、そこに行けば今回の件に関する最新情報が手に入る」というメールが知り合いから届いたからだった。


「じゃ、ちょっと行ってくるよ」


 多知川は村の外れに音和たちを待機させると、1人で指定された酒場へと向かった。

 音和としては、多知川1人を向かわせることは不安だったが、多知川の「昨日の今日で、こんな小さな村にまで自分たちの手配書が出回っているとは思えないけど、用心するに越したことはない。それに1人なら、どうとでも逃げられる」という意見を尊重したのだった。

 そして待つこと20分。多知川は見知らぬ4人の男女を同伴して戻って来た。


「えーと、多知川さん、その人たちは?」


 4人は、男と女が2人ずつ。いずれも音和たちと同年代の年格好だったが、どの顔にも見覚えはなかった。


「紹介するよ。この4人は「イレイズ」のメンバーで、左からシャルミラ・スードラさん。高比良学君。須磨刹那さん。そして、孫悟空君だよ」


 多知川の説明を聞いて、


「孫悟空!?」


 音和たちが食いついたのは「孫悟空」だった。


「えーと、プレイヤーネーム?」


 異世界ギルドのプレイヤーの中にはゲーム感覚の者も多く、中には偽名を用いる者もいる。だから、音和がそう思ったのも無理はなかったが、


「違う! 本名だ!」


 孫悟空と紹介された少年はムキになって反論してきた。


「オレ様は! 正真正銘! 嘘偽りなく! 斉天大聖! 孫悟空様なんでい! わかったか! この唐変木め!」


 孫は鼻息を荒げ、答えに窮した音和は、


「えーと、可哀想な子ってことでいい?」


 多知川に振った。


「いや、彼、本当に孫悟空って名前なんだよ。いわゆるキラキラネームってやつだね」


 多知川の目に冗談の色はなかった。


「キラキラネーム」


 確かに、孫という苗字は中国だけでなく日本にも見られる。だが、本当に自分の子供に悟空の名前をつける親がいるとはビックリだった。


「よく役所がオーケーしたね。それとも中国なら孫悟空ってフルネームは普通だったりするの?」

「知るか! オレ様は正真正銘、日本人だ!」

「そうなの? まあ、それはいいけど、斉天大聖っていうのは? コスプレ? 衣装もそれっぽいし、頭にも金の輪っかつけてるし」


 孫悟空の衣服は赤を基調とした、いわゆる西遊記に出てくる孫悟空のイメージそのものだった。


「ちっがーう! オレ様は正真正銘、本物の斉天大聖孫悟空様なんだあ!」


 ムキになって言い返してくる孫悟空に、


 あ、これ、これ以上ツッコんだらダメなやつだ。


 と悟った音和は、


「へー、そうなんだー、凄いねー」


 生暖かい目で受け流した。


「彼の言ってることは本当だよ。何しろ彼を含めて、ここにいる4人は全員「救済者」だからね」


 多知川が孫をフォローした。


「救済者って、前に告知にあったやつですよね? 確か「救済者」に選ばれた者は、ディサースでの「ジョブシステム」が使用できなくなって、今のジョブも全部リセットされるとかなんとか」


 咲来に言われて、音和も思い出した。


「ああ、そう言えば、あったね、そういうの」


 それ以上の詳しい記述はなく、救済者の説明もなかったので、てっきり音和は「救済者」はイベント限定の特別なジョブか何かだと思っていたのだった。


「救済者っていうのは「世界救済委員会」って組織に、地球を救うために選ばれた人間のことだよ。簡単に言うなら「異世界ギルド」が勇者を育成するための組織なら「世界救済委員会」は、ヒーローを育成するための組織なんだよ」


 多知川が説明した。


「ヒーロー?」

「そう。「世界救済委員会」に「救済者」として選ばれた者は「世界救済委員会」が提示するリストの中から「キャラクター」と「プロビデンス」という固有スキルを自由に選ぶことができるんだ」

「キャラクター?」

「そう。漫画のヒーローや伝説の英雄、モンスターなんかの中からね」


 実際のところ、当初は「救済者」になっても「ジョブシステム」は使えていたのだが「それだと勇者もヒーローも一緒くたになる」という永遠長の判断で「ジョブシステム」と「救済者システム」は併用できなくしたのだった。


「それ以外にも「マジックアカデミー」っていうのもあって、そこは魔法少女を育成する組織って話だよ」

「い、色々あるんだね。全然知らなかったよ」


 というか、できれば永遠に知らないままでいたかった音和だった。


「ま、他にも悪魔と契約した「契約者」って連中もいたみたいだけど、こっちは魔法少女と一緒に常盤学園に殴り込みかけたせいで、ヤバげな力は全部没収されちゃったって話だよ。不老不死を含めてね」

「あ、悪魔?」

「バカだよねえ。四大天使を倒した男に勝てるわけないのにさ。ま、その殴り込みも、別の四大天使の力を奪った奴に命令されて仕方なくって感じだったみたいだけどさ」

「よ、四大天使の力を奪った?」

「まあ、そんなわけだから、彼はある意味本物の「孫悟空」だし、戦力面でも心配無用だよ。ジョブ能力はないけど、それを補って余りある力が、この4人にはあるからね」


 多知川の説明に、


「な、なるほど」


 音和も納得した。というか、それ以外の話が規格外過ぎて、人1人の名前など、どうでもよくなっていたのだった。


「さて、4人の紹介はコレぐらいにして、高比良君、さっき言いかけてたこと、話してくれるかい?」


 高比良は、多知川と合流したところでマグドラからの情報を伝えようとしたのだが、どうせなら全員の前で話してもらったほうが手間が省けると、ここまで保留にしていたのだった。


「単刀直入に言うと、今回の黒幕はロシアだ」


 高比良は、ぶっきらぼうに切り出した。


「ロシアは現在交戦中だが、他の国と同様、当然異世界の権益も狙っている」


 しかし、交戦中のため軍隊を差し向ける余力もなければ、その方法もない。


「そこでロシアは、手に入れた異世界ナビを使って諜報員をディサースに送り込み、好戦的だが軍事力が伴わない野心家の王を探させたんだ」


 結果、白羽の矢が立ったのがメフリス王国だった。


「そして、メフリスの王と接触したロシアは、国王に取引を持ちかけたんだ。おまえが世界を征服するのに力を貸す。だから、もし世界制覇がなった暁には、領地の一部をロシアに渡せと」


 そして、それをメフリス国王も承諾した。このままではトラキルに勝てないまま、自分は老いさらばえて死に逝くのみ。ならば多少領地をくれてやっても、トラキルを打ち負かし、世界を手に入れたほうがマシだと。


 しかし実際のところ、戦争で疲弊しているロシアに異世界に回せる戦力はない。


「そこでロシアが考えたのが、ペストによるジェノサイドだ」


 ディサースの古文書を調べた結果、ディサースにもペストか、それに近い伝染病が発生した記録が残っていた。そこでロシアは、人の死体やネズミを使い、ペスト菌を培養したのだった。

 ペストを始めとする細菌兵器の使用は、地球では生物兵器禁止条約やジュネーブ議定書などで禁止されている。しかし、ロシアはこれらの条約に加盟していないうえ、異世界は条約の範疇にない。加えて、科学知識の乏しい異世界であれば治療薬もなく、確実な効果が望めると判断したのだった。

 そして、この策をメフリス王も採用。ペスト菌を培養するための施設と人員を提供し、ロシアが派遣してきた科学者の下、細菌兵器の製造を開始したのだった。


「そして、その威力は村を使った実験で証明され、後は実戦に投入されるのを待つのみ、というのが今の状況だ」


 それがディサース人同士を殺し合わせて、ディサースの戦力を低下させようという、ロシアの戦略だと気づくこともなく。


「ロシアにとっては、ディサース人が一致団結して、自分たちに敵対してきたら厄介なことになる。だから、いずれ敵になるディサース人同士で潰し合わせて、今のうちに少しでも戦力を減らして置こうって魂胆ってわけか。うまいこと考えたね」


 多知川は皮肉った。もしメフリスが本当に世界を征服すれば領地が手に入るし、失敗したとしても細菌兵器と戦争により、ディサースの戦力を減らすことができる。

 ロシアとしては、どう転んでも損はないのだった。


「そして、その間にロシアは戦争を終わらせ、軍事面でもディサースに侵攻する準備を整えるというわけだ」


 高比良は吐き捨てた。幸い、ロシアはまだ異世界ナビなしでの移動法は発見できていないようだが、もし発見してしまった場合、それこそディサースはロシアの植民地となりかねない。そこでマグドラは、このロシアの計画を阻止するために、高比良たちをディサースに送り込んだのだった。


 押し黙った音和たちを見て、


「ようやく、事の重大さがわかったようだな」


 高比良はフンと鼻を鳴らした。


「わかったら、さっさと行くぞ」


 高比良は腰の小袋から1枚の羽を取り出した。


「それは?」

「これはマグドラさんから預かったアイテムだ。コレを使えば、一瞬でメフリスの王都に着けるらしい」

「へえ、そんな形の転移アイテム、初めて見たよ」

「じゃあ、行くぞ」

「あ、ちょっと待った」

「今度はなんだ?」

「いや、それを使って転移するのはいいとして、夜まで待ったほうがいいんじゃないかなと。どこに転移するのか知らないけど、場所によっては昼間だと人目につくし、城壁の見張りに見つかる可能性も、それだけ高くなる」

「む……」


 音和の指摘に高比良が鼻白む横で、


「何言ってやがんでえ!」


 孫悟空が息巻いた。


「夜までなんて待ってられるけい! 見つかったら全部ブッ飛ばせばいいだけだろうがい! ビビる必要が、どこにあるってんでい!」


 孫悟空は高比良から羽をブン取ると、


「羽よ! オレ様たちをメフリス王のいる城まで連れて行きやがれ!」


 羽を高々と掲げた。


「おい!」


 高比良は孫から羽を取り返そうとしたが手遅れだった。

 羽が輝きを放った直後、音和たちはメフリス王国の王都、それも王城の庭園に転移していたのだった。


「げ!」


 音和の顔が、これ以上なく強ばった。前方には居城がそびえ立ち、背後には頑強な城壁と鉄柵で閉ざされた城門。そして、自分たちに集まる完全武装した兵士たちの視線。

 ここは、もはや疑う余地もなく、敵陣の真っ只中だった。


「ウヒョー! マジでウジャウジャいやがんぜ!」


 孫は周囲を見回し、歓喜の声を上げた。


「こうでなきゃ、わざわざオレ様が来た甲斐がねえってもんでい」


 孫は首元の毛をむしり取ると息を吹きかけた。すると孫に吹き飛ばされた毛が、次々と猿に変化していく。


「行けえ、分身ども! そいつら全員ぶっ飛ばしちまえ!」


 孫は分身に攻撃を命じると、


「ちょ、待て!」


 高比良が止めるのも聞かず、自分も兵士たちへと突撃してしまった。


「あのバカ! 仕方ない。こうなったら俺たちも戦るぞ、須磨」


 高比良は止むなく「ジークフリード」の鎧をまとい、


「は、はい」


 須磨も「雪の女王」のドレス姿に変身する。しかし、最後の1人であるスードラが変身するより早く、兵士の剣が彼女の体を切り裂いた。すると、スードラの体は地面に溶け落ちてしまった。

 液状化したスードラを見て、


「ス、スライムソルジャーか!?」


 兵士はスライム化したスードラから飛び退こうとした。が、一瞬遅く、スードラが放った硫酸を両手に浴びてしまった。

 

「ぎゃあああ!」


 硫酸を浴びた痛みで兵士は剣を落とし、


「スライムごときが!」


 別の兵士が炎の魔力を帯びた剣をスードラへと突き放つ。すると、それまで青色だったスードラの体は一瞬で黒く変色。硬質化した体で、兵士の剣を弾き返したのだった。そしてスードラは、そのまま地面を高速移動すると、周囲の兵士たちを真空波で手当たり次第に切り裂いていった。


 もしかして、あの人スライム系の力、全部使えるのか?


 その音和の疑問に答えるように、直後スードラは巨大スライムへと姿を変えた。


 今度はキング、いやビッグスライム? あの感じだと、きっと毒とか回復系のスライムにもなれるんだろうな。て、ほぼ万能じゃん。


 音和が、こんなことを悠長に考えていられるのも、スードラたち4人の「救済者」の力が敵を圧倒していたからだった。


「ドラゴンイレイザー!」

「凍れ!」

「伸びろ! 如意棒!」


 4人の「救済者」たちは自身の「キャラクター」の力を最大限に発揮し、次々と兵士たちを撃退していく。その力は圧倒的であり、眼の前の敵を倒すことで手一杯の音和たちとは大違いだった。


「マズイな。ここは、いったん本国に帰って」


 戦闘を2階の窓から覗き見ていたクズネツォフは、異世界ナビで帰国しようとした。しかし、いくら帰還ボタンを押しても何も起きなかった。


「こ、故障か? こ、こんなときに」


 焦るクズネツォフに、


「いやあ、おそらく永遠長が、そのナビの機能を凍結したんでしょう」


 シモンが言った。


「なに!?」

「なにって、つまりあなたのことは、もう永遠長に身バレしてるってことですよ。もちろん、その背後にいる黒幕の正体もね」

「何を他人事のように言っている!? だとしたら貴様も」

「私? 私は別に困りませんよ。その気になれば、私は自力で地球に戻れますからね。あなたたちと違って」

「なに!?」

「手製のアイテムを使ってね」

「そ、そうなのか!? だったら丁度いい。そのアイテムを使って、今すぐ私を本国に戻せ」

「こっちはどうする気です?」

「私がここにいても、どうにもならん。しばらくして戻ってきて、奴らが倒されていれば良し。さもなければ、別の場所で再起するだけだ。量産したペスト菌と治療薬さえあれば、この国にこだわる必要はない。野心家の国王など、探せばいくらでもいるからな」

「なるほど」

「わかったら、さっさと私を本国に戻せ。それと、おまえは宝物庫にある抗生剤を安全な場所に移送しろ。絶対に奴らの手に渡すな。そして、その後は工場に戻って、今作っている細菌兵器と薬も移送しろ。わかったな」

「仰せのままに」


 シモンは恭しく一礼すると、


「では、ごきげんよう。クズネツォフ殿」


 「倉庫」から転移させてきた棺桶にクズネツォフを閉じ込めたのだった。


「ぐああ!」


 クズネツォフの悲鳴が途切れた後、


「お望み通り、帰してあげたよ。もっとも、2度とコチラには来られないだろうがね。ああ、それと治療薬も、すでに安全な場所に移送済みだから安心したまえ」


 シモンは棺桶を「倉庫」へと転送した。


「さて、では最後はド派手にフィナーレと洒落込むとしようか」


 シモンは眼下で戦う高比良たちを一瞥すると、庭園へと歩き出した。

 この無益な戦いに、終止符を打つために。
















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