第218話
翌日、音和たちは再び新ダンジョンに踏み込んだ。そして多知川が作図したマッピングの成果もあり、昼前には5階まで到達することができたのだが、
「階段がない」
6階に降りる階段が、どこにも見当たらないのだった。
「それって、この階で終わりってことなんじゃないの?」
音和の声には、多分の期待が込もっていた。もしそうなら今日でダンジョン探索から、おさらばできる、と。
「だとしたら、それなりの宝物庫があるはずだよ」
考えられる可能性としては隠し部屋の存在だが、あれ以降十倉の「第六感」が働くことはなかった。
とはいえ、十倉の力も万能ではない。だから隠し扉の存在を見過ごした可能性はある。しかし、もしそうでないとしたら……。
「さっきの部屋に引き返すよ」
多知川は探索済みの部屋まで戻ると、
「よし。ここだ」
中央付近の床を踏みつけた。すると、部屋に魔法陣が描き出された。
「よし! ビンゴだ!」
会心の笑みを浮かべる多知川をよそに、
「な!?」
音和は青ざめた。この状況には覚えがあった。それも極々最近に。
「ヤバ」
音和は部屋から逃げだそうとしたが手遅れだった。そして、魔法陣の光が最高潮に達した瞬間、音和たちの姿が室内から消失した。
「だあああ!」
音和は再び上空への転移を覚悟したが、
「あ、あれ?」
今回転移したのは同じダンジョン内にある別の部屋だった。
「た、助かった、のか?」
音和はホッと胸を撫で下ろした後、
「てか、いきなり何してくれてんだよ!」
怒りの声を上げた。何事もなかったからいいようなものの、下手したら今度こそ死んでいたかもしれないのだった。
「ごめん、ごめん。もしかしたらと思ったら、すぐ試したくなっちゃってさ」
暖簾に腕押し。糠に釘。反省感ゼロの多知川に、
「試したくなるって、何をだよ?」
音和は疲れた息を吐いた。
「このダンジョンがワープダンジョンなのかどうかさ」
「ワープダンジョン?」
「えーと、要するに、ほら、ゲームなんかであるだろ。魔法陣の上に立つと別の場所に転移させられて、目的地に到着するためには特定の魔法陣を渡り歩かなきゃならない仕組みになってるのが」
「あー」
「おそらく、このダンジョンは、それと同じ仕様なんだよ」
わざと特定の罠にかかって転移魔法陣を発動させなければ、5階より下には行けない仕様に。
「……で? 間違えた場所を踏むと、空にほっぽり出されたり、落とし穴に落ちたりすると?」
悪質過ぎた。
「で? このだだっ広いダンジョンで、それをノーヒントでやれと?」
クソゲーにも程があった。
「そりゃ、ダンジョンは元々侵入者を排除するためのもんだからね。わざわざヒントを用意しとくほうがおかしいんだよ」
確かに多知川の言う通りだった。
「もし、これが運営の用意したダンジョンなら、何度もリトライすることを前提として造られてるんだろうね」
復活チケットさえあれば、何度でも挑戦することができるから。
「なんて嫌なダンジョンだ」
音和は毒づくと、
「じゃ、そういうことで」
出口へと反転した。
「ふーん。じゃあ君は、たとえ生き返るとわかっているとはいえ、か弱い女子を死の危険にさらそうって言うんだね」
多知川に後ろ髪を引っぱられ、
「ぐっ!」
音和の足が止まる。マジでタチが悪かった。
「なーんて、冗談だよ、冗談」
多知川は軽く笑い飛ばした。
「ファーストペンギンはボクがやるよ。で、もし問題がなければメールで知らせるから、後からついて来てよ。あ、できれば、その前に十倉さんの力で当たりかどうか判定してもらえれば、ありがたいんだけど」
この多知川の考えに十倉も異存はなく、
「じゃ、行くよ」
多知川は何度となく転移トラップを発動させた。そして、15回目の発動後、
「どうやら、ここが最終ステージみたいだね」
大広間の奥に、そびえ立つラスボスらしき石像を発見したのだった。
全長は5メートル程。作りは無骨なゴーレムというより銅像のようで、
「なんだか、見た目は阿修羅像みたいだね」
顔こそ1つだが胴体には6本の腕があり、そのすべての腕には剣が握られていた。
「おっと、音和君に知らせないと」
多知川が異世界ナビを持つ手を動かすと、それに呼応するように石像が動き出した。
「もうちょっと待ってもらえると、ありがたかったんだけどね」
多知川は異世界ナビを懐にしまうと、
「マジックバインド」
魔法の鎖でゴーレムの動きを封じにかかった。が、あっさり引き千切られてしまった。
「さすがラスボス。一筋縄ではいかないようだね」
多知川が不敵な笑みを浮かべたところで、音和たちが転移してきた。
「手強いよ。気をつけて」
多知川は音和たちに注意を促すと、
「マジックバインド」
再び魔法の鎖を射出した。ただし、今度は全身ではなく左足だけに。
そしてゴーレムが右足を上げたときに思い切り鎖を引っ張ることで、ゴーレムを転ばせることに成功したのだった。
「今だよ!」
多知川の号令一下、
「カオスブレイド!」
音和は漆黒の刃を。ガールズマジシャンの3人は、それぞれ攻撃魔法を撃ち放つ。しかしゴーレムは、それらの攻撃を食らう前に六本の腕の力で跳び上がると、左足に巻きついている鎖を剣で切り離した。その動きはゴーレムとは思えないほど俊敏なものだった。
「ゴーレムっていうより、鋼鉄の魔神だね」
多知川の言う通り、確かに今までのモンスターとはレベルが違うようだった。
「ハク」
音和はハクを探した。すると、
また寝てるしー!
ハクは広間の隅で寝転がっていた。
こ、このぐらいの敵は、またまた自分たちだけで倒せってことね。
音和は苦笑しつつ、
「カオスガード」
盾を正面に構えた。
たとえレベルが高くとも、相手は1体。ならば今までどおり、自分はタンク。多知川はデバフ。「ガールズマジシャン」の3人をアタッカーとする戦術が、このパーティの最適解のはずだった。
そして音和の思惑通り、ゴーレムの攻撃が音和に集中する間に、
「マジックバインド」
多知川が魔法の鎖でゴーレムの動きを封じにかかり、
「マジックバースト!」
魔術師3人の魔法弾がゴーレムに直撃する。
「やったか!?」
確かな手応えに安住のテンションが高まるも、
「里帆氏、それは口にしてはいけないフラグなの、デス」
十倉がたしなめ、
「マジかよ?」
その言葉通り、爆煙が晴れた後のゴーレムには傷1つついていなかった。
「いや、まったく効いてないわけじゃない」
多知川はゴーレムの胸にある、わずかな亀裂を見逃さなかった。が、その亀裂も間もなく消失してしまった。
「けど、自己再生機能が付いてるみたいだね」
「マジかよ!?」
マジックバーストは、今安住たちが使える中では最上級の爆裂魔法。それが通用しないとなると、残るは炎や雷といった精霊系の攻撃魔法となるが、これらの攻撃がゴーレムに効かないのは周知の事実。唯一の例外は地属性魔法だが、もっともレベルの高い十倉の攻撃でも、
「ストーンクラッシュ!」
爆裂魔法と同程度のダメージを与えるのが精一杯だった。そして、攻めあぐねる音和たちの都合などお構いなく、ゴーレムは容赦なく攻撃を続ける。
「くそ」
音和としては、なんとか反撃の糸口を見つけたいところだったが、現状防御で手一杯だった。何しろ、腕が6本あるだけでも厄介なのに、その1本1本が別々の魔法を繰り出してくるのだから。
ゴーレムの左最上腕が握る剣から電気が迸る。
「また雷か」
音和は、その場から飛び退いた。炎や氷、風刃なら盾で防げるが、雷だけはそうはいかない。それを理解しているのか。さっきから、やたらと雷の剣でばかり攻撃してくるのだった。
「く!」
間一髪、音和は今度も雷撃をかわした。まではよかったが、
「しまった!」
逃げ延びた先が大広間の隅だったため、逃げ場がなくなってしまったのだった。それを見て、
「マジックバインド!」
とっさに多知川が魔法の鎖でごの動きを封じにかかる。しかし、ゴーレムは今度も安々と鎖を引きちぎると、音和に雷撃剣を振り下ろしたのだった。
「く!」
剣自体は盾で防いだものの、
「うわああああ!」
剣からほとばしり出た電撃は盾を通して音和の体を撃ち貫いた。そして、トドメの一撃をゴーレムが繰り出そうとしたとき、
「カッ!」
ハクの右前脚がゴーレムの雷撃剣を左手ごと弾き飛ばした。
間一髪のところを助けられた音和は、
「ハ、ハク、ありが」
ハクに礼を言おうとしたが、
「フー」
ハクは「やれやれ」と言わんばかりに深々とため息をつくと、
「カッ」
音和に2本指を突きつけた後、両前足でバツマークを作ると、また観客席に戻ってしまった。
「2、2度目はないってことか」
音和は苦笑しつつ立ち上がると、再びゴーレムと対峙した。見ると、ゴーレムの左最上腕は復活しておらず、ゴーレムも雷撃剣を取りに行く気配を見せなかった。
「あの剣がないだけで、随分楽になる」
改めてハクに感謝してから、音和は重要なことに気づいた。それは、ハクに破壊されたゴーレムの左手が未だに再生されていない、ということだった。
あれだけ瞬時に自己修復していたゴーレムが、左手だけが再生しないのは、どう考えても不自然だった。
そう思い、さらに注意深くゴーレムを観察すると、ゴーレムの頭部に亀裂が入っていた。それも、左のコメカミから眉間にかけて。まるで、破壊された左手の傷と重なるように。
「もしかして」
音和が光明を見いだすと同時に、
「ロックオン!」
多知川が放った矢がゴーレムの中央の左手を破壊した。
「要は、腕を全部破壊しちゃえばいいんですね!?」
咲来たちもゴーレムの攻略法に気づいたらしく、
「カオスガード」
音和がゴーレムの注意を引きつけている間に、
「ロックオン」
「マジックバースト!」
「ストーンクラッシュ!」
残りのメンバーがゴーレムの腕を次々と破壊していく。そして、最後の右腕を破壊したところでゴーレムの頭部が粉々に砕け散り、中から金色の玉が出てきた。
「これは……」
多知川はドロップアイテムらしき宝玉を手に取った。
「どうやら、これがエリアボスを倒した報酬アイテムらしいね」
多知川の鑑定結果を聞き、
「それだけ?」
安住と十倉は顔を見合わせた。
「なんなんですか、それ?」
咲来が尋ねた。
「ああ、君たちは見たことないのか。これは3種の宝珠だよ」
多知川は答えた。
「3種の宝珠? へえ、それがそうなのか」
音和も見るのは初めてだった。
「知ってるんですか、音和さん?」
咲来が尋ねた。
「え? あ、うん」
3種の宝珠は、昔のイベント報酬にたまにあったもので、その名の通り、財宝、レアアイテム、レアジョブの3つの中から1つを選ぶことができるようになっているのだった。
「そしてレアジョブを選んだ場合、選出されるジョブはランダムで決まる。つまりレアジョブを選んだ場合、戦士も魔術師も魔法戦士も、ぜーんぶ引っくるめたジョブの中から、レアなシークレットジョブの石版が出てくるってわけさ」
「かなりの大博打だな」
安住が息を呑み、
「なのデス」
十倉は神妙な顔でうなずいた。
「で、どうする? ボクとしては財宝が均等に分けるには1番だと思うんだけど?」
確かに多知川の言う通りだったが、
「そんなの決まってるじゃないか」
音和の考えは違っていた。
「レアジョブ1択だよ」
珍しく自信を持って言い切る音和を、
「へえ、その心は?」
多知川が興味深げに見やる。
「確かに、普通ならタチが、多知川さんの言う通り、財宝かレアアイテムにして、レアアイテムが外れなら売った金を山分けするのが正解だけど、今回の場合、多知川さんなら石板でも売ることができる。ならジョブを選んで、もし咲来さんたちの好みに合うジョブなら咲来さんと安住さんのどちらかがゲットして、もしそうでなければ多知川さんが売ればいいんだよ」
この場合、もし2人のうちどちらかがゲットした場合、多知川はタダ働きということになるが、マッピングした地図を売れば、いくらかの金にはなるため、骨折り損にはならない。
「それに、ジョブの種類を考えれば、2人が使わないジョブが出る確率のほうが遥かに高いんだから、多知川さんにとっても決して悪い条件じゃないはずだ。なんなら、もし2人が使わないジョブが出た場合、俺の取り分は君のものにしたらいい。それなら君としても、話に乗る価値があるんじゃない?」
音和が、そう多知川に賭けを持ちかけると、
「そういうことなら、わたしの分も差し上げます」
「あたしもだ」
「ワタシもデス」
「ガールズマジシャン」の3人も、そう申し出た。
「そういうことなら、ボクはそれでかまわないけど、君は本当にそれでいいのかい? それこそレアアイテムを選んだら、もしかしたらお目当てのアイテムがゲット出来るかもしれないんだよ?」
呪いが解けるアイテムが。
「いーよ、別に」
レアアイテムを選んだからといって、解呪のアイテムがゲットできる可能性など、限りなくゼロに近いのだから。特に、自分の場合。
「そういうことなら、お言葉に甘えて」
多知川が3種の宝珠の効果を発動させた。そして、宝珠の上に表示された3種類の報酬の中からレアジョブを選択する。すると宝珠が光り輝き、石板へと変化していった。
「どれどれ」
多知川は、ざっと石板に目を通した。
「ビンゴ! これ、魔術師のジョブだよ!」
多知川は声を弾ませた。魔術師の場合、多知川にとっては損でしかない。だが今回の場合、それは些細な問題でしかなかった。ここで重要なのは「音和の下したの判断が、誰もが納得する最適解だった」ということなのだった。
「はい。後は君たち次第だよ」
多知川は咲来に石板を手渡した。
「えーと」
咲来たちは改めて石板を読み進めていった。すると、この石板のジョブは「マジカルブレイカー」という名のジョブであり、その能力は大まかに言うと、
「攻撃魔法しか使えなくなる代わりに威力が上がる。その威力はレベル1で10パーセントアップ。さらにレベルが1上がるごとに1パーセントずつアップしていく」
「「インファイト」というジョブスキルを発動した場合、魔法が使用できなくなる代わりに、使用者の肉体が強化される。なお発動時間、強化の質及び効果は使用者の魔力量と魔力操作により変化する」
というものだった。
「同じ攻撃魔法特化なのは「マジックデストロイヤー」と同じだけど、向こうは初期から50パーセントアップのところ、こっちは10パーセントアップ。ただし「インファイト」で近接戦闘もこなせる分、魔術師の最大の弱点である接近戦でも遅れを取らずに済むところが、このジョブの特徴だね。状況次第では「マジックデストロイヤー」よりも力を発揮するんじゃないかな」
それが「マジカルブレイカー」に対する多知川の見解だった。そして、
「いいじゃん。これ」
このジョブに最も惹かれたのは安住だった。
「あたしは、これに決めたぜ」
魔法が使いたい。という希望を最優先にして魔術師を選んだ安住だったが、肉弾戦で相手をブッ飛ばしたいという欲求も捨てきれずにいたのだった。その点、魔法が使え、いざとなったら拳も振るえる「マジカルブレイカー」は、安住にとっては願ったり叶ったり。待ちに待った理想のジョブなのだった。
「よかったね、里帆ちゃん」
「オメデトウ、デス」
仲間に祝福される中、
「じゃ、行くぜ」
安住は異世界ナビで石板をスキャンした。そして異世界ナビが「マジカルブレイカー」の情報を読み取り終えた直後、石版が消失した。
「これで、後は美海だけだな」
「この調子で美海氏もレアジョブをゲットするのデス」
「うん。て、わたしは別に、そんなレアなジョブじゃなくてもいいんだけど」
咲来は苦笑した。咲来がシークレットジョブの決定を先延ばしにしてたのは、ピッタリくるジョブがなかったということもあるが、半分は十倉に気を使っていたからなのだった。先輩の十倉を差し置いて、自分が先にシークレットになるわけにはいかない、と。
「デハ、戻るのデス」
十倉は「離脱」の呪文を唱えた。そして、その呪文の詠唱が完了した直後、音和たちの姿はダンジョンの入り口に転移していた。
「これなら、もう1度くらいトライできそうだね」
多知川は空を見上げた。空はまだ青く、街の城門が閉じる夕暮れまでには、もう少し猶予がありそうだった。
「いやいやいや」
音和は全否定した。
「ラスボス倒してクリア報酬もゲットしたんだから、もう入る必要なくない?」
「何言ってるんだよ? アレがラスボスと決まったわけじゃないだろ」
多知川は、さらっと言った。
「仮にアレがラスボスだったとしても、まだ捜索してない部屋や罠は残ってるし、もしかしたらその中には十倉さんが見つけたみたいな隠し部屋があるかもしれないし、もしかしたらその中に咲来さんが気に入るシークレットジョブが眠ってるかもしれないんだよ? もし、もう何もないとタカをくくってて、誰かに先に見つけられちゃったら、どう責任取る気だい?」
咲来をダシにして説き伏せにかかる多知川に、
マ、マジでタチが悪い。
音和はダンジョンの探索続行は止むなしとしつつも、
「だとしても、今日はもう無理だろ」
黙って言いなりにはならなかった。
「俺はともかく、咲来さんたちはもう魔力切れだろ」
この世界には、ゲームでは必須アイテムであるポーションがない。これは「ポーションがあると回復職の存在価値が半減する」という、異世界ストアの最高責任者の意向によるものだったが、製作者の意向がどうであれ、ポーションがないという事実に変わりはない。そして魔力の回復材料がない以上、
「確かにそうだね」
多知川も音和の意見を受け入れざるを得なかった。そして、新ダンジョンの探索が翌日に持ち越されようとしたとき、
「楽しそうね」
女子4人の背後に蓋が開け放たれた棺桶が出現した。
「咲来さん!」
音和は、とっさに1番近くにいた咲来を押し倒し、
「くっ!」
多知川は自力で飛び退くことで棺桶の毒牙から逃れた。しかし、十倉と安住は棺桶に閉じ込められ、
「きゃあ!」
「ぐあ!」
2人の悲鳴が聞こえた直後、棺桶は消失してしまった。
「なんで、ここに……」
音和は襲撃者を睨みつけた。その顔は、間違いなく音和が追いかけているヴィラのものだった。
「ちょっとしたお仕置き」
ヴィラは微笑した。
「わたしという女がいながら、他の女と楽しそうにイチャイチャしている、あなたへのね」
ヴィラにとって、永遠長が寄り道をしてくれることは、時間稼ぎという目的からすれば望むところではあった。しかし、準備ができても永遠長は一向に現れず、ただただ待っていることに飽きてしまったのだった。そこで何をしているのかと様子を見に来たら、自分のことをそっちのけで他の女とイチャイチャしていた。
「こっちは、最高の夜を過ごそうと、あなたが寝所を訪れてくれるのを、ずっと待ってるっていうのに」
そこで目障りな女たちを棺桶に閉じ込めることで、永遠長の目を再び自分に向けさせようとしたのだった。
「フザケたことを」
「フザケているのは、あなたのほうでしょう? このままだと、もうすぐ死んでしまうというのに寄り道ばかりして。それとも、もうすぐ死んでしまうから、その前に少しでも楽しもうとしたのかしら? なら、悪いことをしたわね。あ、でも、まだ2人残ってるから問題ないかしら?」
「誰が!」
音和はカオスブレイドを放ったが、ヴィラにかわされてしまった。
「今のは全然本気じゃなかったわね。ダメよ。本気で来てくれないと。こっちは、もうこれ以上ないくらい体が火照ってるんだから、そっちも本気で来てくれないと燃えないでしょ」
「ふざけるな! 2人をドコにやったんだ!? あの棺桶はなんなんだ!?」
「あの2人なら、今頃自分の世界に帰っているはずよ」
「え!?」
「あの棺桶に閉じ込められた者は死んじゃうけど、あなたたちの場合、死ぬと自分たちの世界に戻るだけなんでしょ?」
「じゃ、じゃあ、あの2人は無事なのか」
音和はホッと胸を撫で下ろした。
「ただし、もう2度とこの世界に来ることはできなくなってしまったけれど」
「え!?」
「あの棺桶は特別製でね。アレを作った男の話によると、あの棺桶の中で死んだ者は、もう1度この世界に来た場合、やっぱりあの棺桶の中に現れるそうなの」
「それって」
「そう。現れた瞬間、また串刺しにされて元の世界に逆戻り。つまり、あの棺桶の中で死んだ者は、あの棺桶を破壊しない限り、こっちの世界に来れない。正確には、来た直後に死んでしまい、元の世界に強制送還されてしまうってわけなの」
本来、海中や洞窟内で生き埋めに遭うなどして死亡した場合、プレイヤーは死亡地点にほど近い安全地帯で復活することになるのだが……。
「誰が、そんなものを?」
「さあ、正体はわたしも知らないわ。でも感じからして、あなたたちと同じ世界の人間じゃないかしら」
「地球人が?」
なんのために?
「ま、そんなことは、わたしにはどうでもいいことよ。わたしにとって、そしてあなたにとっても重要なことは、あの棺桶を破壊しない限り、2度とあの子たちはこの世界に来ることができず、あなたはあなたで、あと半月以内にわたしを殺さない限り死んでしまうということ」
「だったら、今ここで死になよ」
多知川は「ロックオン」した矢をヴィラへと射放った。しかし、矢じりがヴィラの眉間に突き立つ前に掴み止められてしまった。
「なんだ。何かと思えば、ただの矢じゃない。こんなもので本気でわたしを倒せると思ってるなんて、随分とかわいい坊やだこと」
ヴィラは微笑した。
「なんにせよ、久々に再会した男女の逢瀬を邪魔するのは、あまり感心しないわね、坊や」
「一方通行のアプローチは、逢瀬じゃなくストーキングっていうんだよ」
多知川の目が底光りする。
「それと、さっきから坊や坊やうるさいけど、ボクは女だから」
「あら、そうだったの? それは、ごめんなさい。見たところ、真っ平らだったから、てっきり男の子だと思ってたわ」
ヴィラは自分の半分もない多知川の胸を見て嘲笑した。
「気にしなくていいよ、おばさん。老化現状で、だいぶ目もボヤケてきてるんだろうからさ」
多知川は笑い飛ばしたが、目は笑っていなかった。
「面白い坊やだこと。ここで相手をしてあげてもいいのだけれど、それじゃ趣向を凝らしたおもてなしが台無しになってしまうから見逃してあげる。それでも、どうしても相手をして欲しければ、カザント村まで来なさい。そうすれば、心ゆくまで相手をしてあげる」
ヴィラは多知川から音和に視線を移した。
「あなたもよ、トワナガ。あっちこっちに色目を使うのは勝手だけれど、浮気ばかりしていると、それだけ被害が広がっちゃうわよ? まあ、それはそれで面白いけれど」
「被害? なんのことだ!?」
「それは着いてからのお楽しみ」
ヴィラは不穏な空気を撒き散らし終えると、
「じゃあ、待ってるわよ、トワナガ」
音和たちの前から姿を消したのだった。
「待っ」
音和はヴィラを追おうとして、寸前で思い止まった。ヴィラの居所が判明した以上、焦る必要はない。それよりも、今は優先すべきことがあった。
「咲来さん!」
音和は咲来を見た。
「え? あ、はい」
咲来は我に返った。
「すぐに十倉さんと安住さんにメールを送って。訳は後で話すから、今こっちに戻ってきちゃダメだって」
もう遅いかもしれないが。
「あ! はい! わかりました!」
咲来は、あわてて異世界ナビをリュックから取り出すと仲間2人にメールを送った。
「教えてください、音和さん。一体、何がどうなってるんですか? あの女の人は、一体なんなんですか? どうして2人を?」
咲来は改めて音和に尋ねた。
「巻き込んでしまったのは、本当に申し訳ないと思ってる」
音和は、そう前置きすると、これまでの経緯をかいつまんで咲来に説明した。
自分が永遠長に間違えられたこと。そのことが原因で、ヴィラに30日後に死ぬ呪いをかけられたこと。その呪いはヴィラを殺さないと解けないこと。そして、そのためにヴィラを追っていることを。
「じゃあ、音和さんの言っていたヤボ用って、その呪いのことだったんですね」
音和の説明を聞き終え、咲来の表情が引き締まる。
「だから、返事はヤボ用が終わるまで待ってくれって言ってたんですね。もしかしたら、自分が死んでしまうかもしれないから」
咲来は納得した後、
「なのに、わたしたちに協力してくれたんですね」
申し訳なさそうに言った。
「あ、それについては気にしなくていいよ。君たちは知らなかったんだし、悪いのはすべて多知川さんだから」
これは慰めではなく、音和の嘘偽りない本心だった。
「責任転嫁は良くないなあ。最終的に決断したのは君なんだからさ」
多知川はぬけぬけと切り返した。
「ね、この通り、諸悪の根源はケロッとしてるんだから、君が気に病む必要なんて微塵もないんだよ」
音和は笑顔で言った。
「そんなことより、こうなった以上、一刻も早くあの女のところに行かないと」
先程のヴィラの言動も気になる。一体、何を企んでいるのか。
「そうだね。少し心残りではあるけど、今は1秒でも早く、あの女の息の根を止めることが最優先事項だからね」
多知川の目は殺意でみなぎっていた。童顔をからかわれたことは数あれど、ここまでコケにされたのは生まれて始めてなのだった。
「そ、そうでした! 一刻も早く、また香澄ちゃんたちがココに来れるようにしてあげないと!」
咲来の目も使命感で燃え上がる。それに、あのヴィラという女性は、カザント村で何か良からぬことを企んでいる様子だった。罪のない村人たちが何かトラブルに巻き込まれているのだとすれば、黙っているわけにはいかなかった。
「そう、だね」
音和としては、できれば咲来には留守番していてほしかったが、口には出さなかった。どうせ言っても聞くわけがないのが、わかっていたから。
「ま、とにかく、これ以上ここでダベってても埒が明かない。いったん街に戻って準備ができ次第、出発しよう」
多知川の意見に異論はなく、音和たちは街へと引き返した。
「でも、どうしてあの人たち、永遠長さんを狙ってるんですかね?」
咲来は小首を傾げた。地球人ならばともかく、ディサース人が永遠長の命を狙う理由などないはずなのだった。
「さあね、それは永遠長君に聞いてみないとわからない。というか、本人に聞いてもわからないと思うよ。なにしろ、そこら中で恨み買ってるからねえ」
人間、生きていれば誰かの恨みを買うようにできている。多知川に言わせれば、そんなもの気にするだけ時間の無駄なのだった。
「それよりボクが気になるのは、安住さんたちを閉じ込めた棺桶のほうだね」
誰が造ったのか知らないが、そんなものが量産された日には、全地球人がディサースから永久追放されかねない。
「あの人は、造ったのは地球人って言ってましたけど、目的はやっぱり地球人を異世界から排除することなんでしょうか? 永遠長さんも、どっちかっていうと、そっち派みたいでしたし、もしかして造ったのは永遠長さんとか?」
「どうだろうねえ。可能性がないとは言い切れないけど、彼だったら、そんなまどろっこしい手は使わないんじゃないかな。それこそ異世界ナビを使用不可にすればいいことだし、それでも異世界に進出しようとするなら地球で殺っちゃえば済む話だからね」
ギルド戦のときに、アメリカ人を皆殺しにしようとしたように。
「そうですね。あのときは、わたしもどうなるんだろうってハラハラしました」
「あそこで婚約者が止めなかったら面白かったのにねえ。調子こいてるアメリカ人が悶え苦しみながら死んでいく光景が見られるって、ワクワクしてたのにさ」
多知川は嘆息した。
マジでタチが悪い。
音和は心からそう思った。
「でも、もし本当に今回のことに絡んでる地球人が移民反対派だったとしたら、永遠長君は動かないかもね」
異世界に地球人が来れなくなることは、永遠長の目的と合致するから。
「いいよ、別に。元々頼ろうとは思ってなかったから」
下手に事情を知られて断罪されるほうが、音和にとってはリスクなのだった。
ともあれ、街に戻った音和たちは旅支度を整えた後、再び北へ向かって再出発したのだった。




