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第217話

 それは旅立ちから2日後に起きた。


 泉での昼食後、隊商が再び林道を進んでいると、


「ワタシの第六感が危険を告げているのデス」


 十倉が警告を発したのだった。


「それって、このキャラバンが狙われてるってことか!?」


 安住は荷馬車の先頭に移動すると、周囲を見回した。

 十倉のクオリティは「予感」であり、その信憑性は「ガールズマジシャン」にとっては疑う余地のないものだった。


「大変」


 咲来は皆に知らせようとしたが、


「モンスターだ!」


 すでに手遅れだった。


 馬車が止まり、音和たちは地上に降り立った。すると、50匹を超える魔獣が四方を取り囲んでいた。


「ヘルハウンドか」


 音和は、その魔獣に見覚えがあった。


「けど、確かヘルハウンドって、迷宮にいるモンスターのはずじゃ?」


 咲来の記憶では、そのはずだった。


「そう。だから、こいつらは餌がなくて迷宮から出てきたか、もしくは誰か魔術師に召喚されたってことになるんだけど……」


 多知川は周囲に視線を走らせた。が、見える範囲に、それらしき人影はない。そうなると、ヘルハウンドを真っ向から撃退するしかないのだが。


「じょ、冗談じゃねえ。この数のモンスターを、この面子で倒せるわけねえだろ」


 騎乗していた中年剣士から泣きが入ったが、


「だったら、どうするってんだ!?」

「泣き言言うな」

「このヘルハウンドたちが、逃がしてくれそうにありませんしね」


 仲間から叱責を受け、


「やるしかねえってことか。くそったれ」


 中年剣士も覚悟を決める。


「さて、こっちはどうする?」


 多知川は音和に意見を求めた。地球組は、いざとなったら復活チケットがある。そのため、今本当の意味で窮地に立たされているのは、現地組と音和だけなのだった。


「決まってるだろ。俺が前衛でヘルハウンドの注意を引きつけるから、君たちは後方から魔法と弓で応戦してくれ」


 音和は多知川たちに指示出しすると、前に進み出た。


 あああああ、こんなことなら、やっぱソロで移動するんだったああ。そうすれば、もし盗賊やモンスターと出くわしても、逃げれば済んだ話だったのにいい。と、内心で後悔しまくりながら。


 しかし、今さら気づいても後の祭り。

 自分の力で、この窮地を切り抜けられればカッコいいが、この数を相手では難しい。

 今の自分にできるのは、前衛として敵の注意を引きつけ、隊商の逃げ道を切り開くことぐらいだった。


 そういえば、ハクは?


 見ると、


 寝てるー!


 ハクは音和に背を向けて寝転がっていた。


 こ、これぐらいの相手、自分たちだけでなんとかしろってことね。


 逆に言えば、これぐらいの相手なら、自分が出張らなくても勝てると思っているということだった。


 よし! やってやる!


 ハクの後押しを受け、


「発動!」


 音和はカオスガードを発動させた。

 カオスガードは、カオスロードのジョブスキルの1つであり、発動中敵の注意を自分に集中させるとともに、状態異常を無効化させる効果があるのだった。そして、その効果によりヘルハウンドの注意が音和に集中している間に、


「マジックバインド」


 多知川が魔法の鎖でヘルハウンドたちを拘束し、


「ウインドカッター!」

「アイススピアー!」

「マジックブラスター!」


 咲来、十倉、安住が攻撃魔法でヘルハウンドを撃破していく。しかし、いかんせん数が多すぎた。カオスガードの影響を逃れたヘルハウンドたちが、


「ガアア!」


 後衛の咲来たちに襲いかかる。が、


「フー」


 いつの間にか咲来たちとヘルハウンドの間に陣取っていたハクが、


「カッ!」


 まず先頭の1匹を張り飛ばすと、


 ビシ! バシ! ビシ! バシ!


 後続のヘルハウンドも残らず張り飛ばしてしまったのだった。


 ええー!?


 その強さに驚愕する咲来たちをよそに、


「フーウ」


 ハクはヤレヤレという感じで息をつき、


 ため息つかれたー!


 音和に精神的ダメージを与えた後、馬車の荷台に引き上げていった。そして、その後なんとかヘルハウンドの群れを撃退した隊商は、再び目的地を目指して出発したのだった。


 あー、疲れたー。


 激戦を終え、一息つく音和に、


「音和さん」


 咲来が声をかけてきた。


「はい?」

「こんなに強かったんですね」


 感激する咲来に、


「えー、それほどでも」


 音和が照れ笑う。


「ハクちゃん」

「あー、うん、そうね」


 デスヨネー。


 一瞬でも何かを期待した自分を恥じる音和を横目に、


「ぷ、く、く」


 多知川はお腹を抱え、吹き出すのを必死で堪えていた。


「音和さんがハクちゃんを師匠と言っていた意味が、やっとわかりました」


 咲来は尊敬の眼差しをハクに向けた。


「わたしもハクちゃん師匠って呼んでいいですか?」


 咲来がそう願い出ると、


「なら、あたしもハク師匠って呼ぶぜ。容赦なく犬っコロどもをシバキ倒す姿は、マジ痺れたからな」

「ワタシもハク師匠で」


 安住と十倉も便乗し、この後ハクは「ガールズマジシャン」の3人から師匠として崇め奉られることになったのだった。

 そして、それから一夜を挟んだ昼下がり、隊商は目的地である街へと到着した。


「無事着けてよかったあ」


 安堵する音和とは裏腹に、


「無事着いちゃったねえ」


 多知川の声には残念さが滲んでいた。


「着いちゃった?」


 音和が聞き咎めると、


「実を言うと、この隊商は盗賊団を釣るための餌だったんだよ」


 多知川はネタバレをした。


「餌!?」

「そう。このところ、この付近で盗賊が頻発してるって話はしただろ。そこで商業ギルドは王宮と相談して、隊商を餌に盗賊団を誘き出して退治しようとしたんだよ」

「そ、そうだったの?」

「そうさ。だからこそ、護衛もDランク以下で揃えたし、その内の半分は馬車で移動させたんだよ。あんまり護衛の数が多すぎると、盗賊団も怖気付いて現れないかもしれないからね」


 そして、もし盗賊団が現れれば、多知川がアイテムを使って騎士団を呼び寄せる。そういう手筈になっていたのだった。

 とはいえ、まったく収穫がなかったというわけでもない。

 あれだけの数のヘルハウンドが、独断でダンジョンを抜け出してきたとは考えにくい。だとすれば、あのヘルハウンドの群は誰かが何らかの方法で集め、隊商を襲わせた可能性が高いのだった。


「そ、そうだったのか」


 そう一度は納得した音和だったが、


「え!? てことは君、もしかしなくても、また俺のこと囮として利用したってこと!?」


 依頼の裏に隠された事実に気づいた。


「そうなるね」


 多知川は、あっさり認めた。


「そうなるねって」


 いけしゃあしゃあと。


「まあまあ、今回はボクも囮だったわけだし、前にも言った通り、結果的に早くここまでこれたんだから、むしろラッキーだろ」

「そ、それはそうだけど」

「そもそも冒険者なんて、雇い主にしてみれば使い勝手のいい捨て駒みたいなもんで、冒険者もそれを承知で雇われてるんだから、文句を言うのは筋違いってもんさ。君だって、そんなことは承知の上で冒険者やってるんだろ?」


 多知川が正論で音和を黙らせたところで、


「音和さん、多知川さん」


 咲来が声をかけてきた。


「わたしたち3人で話し合ったんですけど、もしよかったら、わたしたちとパーティ組みませんか?」

「パーティ? 俺たちと?」


 音和と多知川は顔を見合わせた。


「はい。今回のクエストで思ったんです。これからのことを考えると、やっぱり魔法使いだけのパーティじゃ難しいって。で、見たところ、お2人も他にお仲間がいないようですし、もしよかったらパーティを組んでもらえないかと」

「パーティか」

「はい。前衛でタンク役をこなせる音和さんと、弓だけでなくスキルで相手の動きを封じられる多知川さん。それに問答無用で容赦なく、敵を粉砕する最強無敵のアタッカーであるハクちゃん師匠が一緒なら、どんな敵であろうと怖いものなしですから」


 咲来は頬を赤らめて力説した。


 あー、そゆことね。


 音和は合点がいった。要するに「ガールズマジシャン」の3人はパーティどうこう以前に、ハクと別れたくないのだ、と。


 てゆーか、カオスロードもアタッカーなんだけど。


 音和は心の中でツッコんだ。騎士職は確かにタンク役なのだが、暗黒系の騎士職は攻撃色が強い。カオスガードに敵の注意を引きつける効果があるため勘違いしたのかもしれないが、あれはむしろデメリットなのだった。が、口には出さなかった。言っても、虚しくなるだけだから。


「パーティね」


 普段であれば、即OKしているところなのだが、


「ありがたい申し出だけど、保留にしてもらっていい?」


 音和は結論を先延ばしにした。


「保留ですか?」

「うん。前にちょっと言ったけど、今俺たちはヤボ用の真っ最中でね。それが済むまで他のことはできないんだ」

「だったら、そのヤボ用、わたしたちも手伝います! ね、2人とも!?」

「おうよ!」

「やっってやるぜ! デス」


 ためらいなく協力を申し出る咲来たちを見て、


 ま、眩しい。


 音和の心が罪悪感に締め付けられる。


「そ、そう言ってもらえるのはありがたいんだけど、これは極秘任務でね。雇い主と他言無用ってことで契約してるから、君たちには頼めないんだよ」

「そうなんですか。それじゃ、仕方ありませんね」


 咲来は、ガックリと肩を落とした。


「あ、でもパーティ自体はOKだから、ヤボ用が済んだらメールで連絡するよ。で、もし、そのときまだ君たちの気が変わってなければ、改めてパーティを組むってことでどうだい?」

「はい! それで全然オーケーです! ね!?」


 咲来に振られた安住と十倉も了承し、


「それじゃ、メール待ってまーす!」


 異世界ナビでフレンド登録した後、音和たちは「ガールズマジシャン」と別れたのだった。


「ふー、やれやれ。なんとかうまくごまかせた」


 音和は疲れた息を吐いた。あの3人に嘘を付くのは心が痛んだが、この場合やむを得なかった。


「君って、意外と悪党だったんだねえ。涼しい顔で、もっともらしい嘘を平然と並べ立てちゃってさあ」


 多知川の目は意地悪く細まっていた。


「しょうがないだろ。あの3人を連れて行って、もし万が一のことでもあったらどうすんだよ?」


 今自分たちが追っているデスマスターには、本当に地球人を殺す力がある。そんな問題に彼女たちを巻き込んで、もし本当に死んでしまったら取り返しがつかないのだった。


「そんなこと言って、ボクは連れてきたじゃないか。ボクは死んでもいいって言うのかい?」


 多知川が不満げに言った。


「思い出してもらえれば、いいって言うのを無理やりついてきたのは君のほうだと思うんだけど?」

「あれ? そうだっけ?」


 多知川は、すっとぼけた。


「なんなら、今からでも別行動していいんだよ?」

「いやいや、とんでもない。こんな面白いオモ、じゃない、お供、途中で投げ出すようなもったいない真似、とてもじゃないけどボクにはできないよ」


 今、絶対オモチャって言おうとしたな。


 今さら怒る気にもなれずにいると、ハクが音和の足を突付いた。


「何、ハク?」


 音和が尋ねると、ハクは北東の方角を指差した。


「え? どゆこと?」


 音和が再度尋ねると、ハクは音和を指差し、次いで自分の首を絞める素振りをした後、もう1度北東を指差した。


「もしかして、君を殺そうとしてる奴が、あっちにいるって言いたいんじゃない?」


 多知川がそう推察すると、ハクはうなずいた。実のところ、そのことにハクは昨日から気づいていたのだが、依頼が終わるまで黙っていたのだった。


「え!? てことは、今度はアッチに向かわなきゃならないってこと!?」


 音和は泣きたくなった。もし、この調子でヴィラに逃げ回られたら、たとえ現在地がわかっても捕まえることは、ほぼ不可能だった。とはいえ、他に当てがあるわけでもなく、街で旅支度を整えた後、音和たちは馬車で北東へと出発した。までは、よかったのだが……。


「モンスター退治の依頼!?」


 街が見えなくなったところで、


「そ、この先の村に出るヒドラのね」


 多知川が勝手に依頼を受けていたことがわかったのだった。


「言ったよね、俺。時間がないって」


 音和は多知川に詰め寄った。


「いいじゃないか。どうせ通り道なんだし。行き掛けの駄賃てことで」


 多知川は、あっけらかんと言った。


「そういう問題じゃない」

「それに、これは君のためでもあるんだよ」

「どこがだよ?」

「君、今デスマスターを追いかけてるけど、もし仮に今デスマスターを見つけ出せたとして、今の君にデスマスターを殺せるのかってことさ」


 多知川に痛いところを突かれ、音和は言葉に詰まった。


「相手はシークレットで、しかも永遠長君に喧嘩を売るレベル。そこへシークレットになりたての君が、レベル1のままノコノコ追いかけていったところで返り討ちにあうのが関の山。殺すなんて夢のまた夢ってもんさ」

「ぐ……」

「そして、その差を埋めるためにはレベルを上げるしかない。そしてレベルを上げるためにはモンスターを倒すしかない」


 つまり、ヴィラを見つけるまでに、どれだけ強くなれるか。それが音和の生死を分ける鍵となるのだった。


「幸いリミットまで、まだ20日以上ある。行く先々でモンスター退治をしながら進んでも、十分間に合うはずだ」

「そ、それで、もし間に合わなかったら、どうすんだよ?」

「そうだね。3日ぐらい前になって、まだ見つからなければ、地図を使ってハク君にデスマスターの居場所を特定してもらって、魔術師を雇って転移魔法で一気に移動するか。さもなければ、一か八か永遠長君に連絡して、向こうでデスマスターの身柄を押さえてもらうってところだね」

「え!? そんなことができるなら、今すぐハクに」

「だからー、今行っても勝てないって言ってんの」

「そ、そんなことはやってみないとわからないし、弱くても戦い方しだいで」

「戦い方って、どんな戦い方さ?」


 ノープランだった。


「ほら見ろ。まあ、君にはハク君がついてるから、今のまま戦っても勝ち目はあるかもしれないけど、そんな他力本願の戦い方を、果たしてハク君が良しとするかな?」


 多知川にそう指摘された音和は、恐る恐るハクを見た。すると、ふいとそっぽを向かれてしまった。


 無理だー。


 音和はガックリと肩を落とした。


「これでわかったろ。つまり君が助かるためには、デスマスターを見つける前に、君自身が可能な限り強くなるしかないんだよ」

「わ、わかったよ」


 音和が渋々、多知川の提案を了承したところで、


「じゃあ、次のダンジョンまで、ソユンはまたヒーラーね」


 同乗していたパーティの話が聞こえてきた。


「え!?」


 ソユンと呼ばれた少女が驚くと、


「なによ!? なんか文句あんの!?」


 ヒーラーになるよう指示した少女の機嫌は露骨に悪くなった。


「誰のおかげで、あんたみたいな地味で冴えない奴が、ここに来れたと思ってんのよ?」

「そ、それは、ジユさんたちが、異世界ナビをくれたから、です」

「そーでしょうが。そ、し、て、そのお陰で、あんたはもし地球にモンスターが現れたとしても生き延びることができるのよね」

「は、はい。その通りです」

「だったら、あたしたちの言うことを聞くのは当たり前じゃないの!? いえ、むしろ喜ぶべきよ。あんたみたいな、どーしようもないグズでノロマなゴミ女が、まがりなりにも役割を与えてもらってることにね」


 ジユが詰め寄ると、


「そうそう。なんだったら、今からでも他の子に取り換えてもいいのよ。ナビさえあれば、換えなんていくらでも利くんだから」


 もう1人の女子が意地悪く追随した。


「おいおい、そうイジメてやるなよ。ソユンだって、わかってるって。自分が治癒と罠探知ぐらいしか役に立てない無能だってことはさ。なあ、ソユン」


 2人いるうちのファイターらしき男子はニヤけ顔で言い、


「そうそう」


 もう1人の男子も相槌を打った後、


「ん?」


 音和が自分たちを見ていることに気づいた。


「何見てんだよ、ああ!?」


 厳つい、いかにも戦士風の男子に凄まれた音和は、


「べ、別に。なんでもありません」


 あわてて視線をそらした。そんな音和を横目に、


「ホント、ヘタレだね、君」


 多知川はしみじみ言った。


「えーえー、どうせ俺はヘタレですよ」


 そんなことは、音和自身が誰よりも理解していた。


 その後、音和が話をコッソリ聞き続けていると、厳つい戦士はソジュン。もう1人のファイターの男子はスンミン。女子3人のうち白いローブを来ているほうがソユン。もう1人の赤いローブを着ている女子がジユということがわかった。

 そして、ジミンという娘は、その4人に異世界ナビを与えられた代わりに、無理やりヒーラーとシーフ役を兼任させられているようだった。

 このディサースにおいては、一部のジョブを除いて、回復はヒーラー、罠解除はシーフにしかできない。そのため、どちらのジョブも需要はあるのだが、それに反して人気がない。

 理由は単純明快。どちらも地味で、なっても面白くないからだった。


 ファンタジーの醍醐味は、先の安住の発言ではないが派手な魔法にある。しかし、この2つのジョブにはソレがない。

 ヒーラーは他人の怪我を治すだけ。シーフは罠を見破り、解除するだけ。

 モンスター退治やダンジョンなどを探索する際に、これらの能力が必要であることは皆わかっている。わかっているが、誰も好き好んで貧乏くじを引きたがらないのだった。

 とはいえ、これらのジョブもレベルアップしていけば、攻撃魔法や様々なスキルを覚えるジョブにクラスアップできるチャンスはある。だが、1人のプレイヤーが必要に応じてヒーラーとシーフにジョブチェンジを繰り返していたのでは、その機会は永遠に訪れないのだった。


 いっそ、あの子に俺の「異世界ナビ購入権」をあげようかな? まだ、4つ残ってるんだし、1つぐらいあげても問題ないし。


 あ、でも、ここでナビ渡したらどうなるんだろ。あの娘の持ってるナビを、あの連中に渡して、いや、あの連中に「異世界ナビ購入権」を渡せばいいのか。そうすれば、あの連中は、さらの異世界ナビを手に入れることができるんだから。


 でも、ここで渡して大丈夫なのかな? 確か、画面から新しいナビが出てくるんだよな? それを、あの連中に渡したとして、ちゃんと地球に持って帰れるのか? 確か、眼鏡以外は持ち込み不可だし、ポイントがないと持ち出しも不可なんだよな? あ、でも、異世界ナビは別か。いや、でもそれ、自分のナビの話だし。


 てーか、そもそも、そんなことして大丈夫かな? なんか、話を聞いてる限り、あの連中、クラスメイトっぽいし、俺がここでナビを渡したとして、それで決着がつくとも限らないよな。下手すりゃ、俺がやったナビは今までの使用料ってことで取り上げられたうえで、今まで通り、いいように利用されかねない。いや、それどころか、あの調子だとイジメにすら発展しかねない。まあ、今でも半分以上イジメみたいなもんなんだけど……。


 どうすべきか悩んでいるうちに馬車が目的地に到着し、


「あ……」


 音和たち2人を降ろした馬車は、次の目的地へと走り去ってしまったのだった。


 あーだこーだ考えて、結局決断できないまま見て見ぬフリをする結果になってしまった。


 自己嫌悪に陥る音和を、


「なに、いつまでもグジグジ悩んでんのさ? 時間がないって言ったのは君だろ」


 多知川が引っ張って村長の家へと連れて行く。そして村長からヒドラの詳細と居場所を聞き出した音和たちは、ヒドラの生息するという沼地へと向かった。すると、音和たちを餌と認識したのか、間もなくヒドラが姿を現した。


「行くよ」


 多知川はヒドラの右手に回り込むと、


「マジックバインド」


 地面から射出した魔法の鎖でヒドラの体をがんじがらめにした。


「今だよ!」


 多知川から合図を受けた音和は、


「あ、ああ」


 ヒドラに向かってカオスブレイドを撃ち放った。そして、漆黒の刃が身動きのできないヒドラの首をすべて切り落とすと、ヒドラは動かなくなった。


 強敵のはずのヒドラが、こうもあっさり倒せるとは。


「凄いね。君のスキル」


 音和は、改めて多知川の「マジックバインド」の能力に感服した。


「それって、紐以外にもなったんだね」


 音和は、これまでの経緯から紐状にしかならないと思っていたのだった。


「まあね。この「マジックバインド」は捕獲に特化したスキルだからね。捕獲に使う道具なら、鎖や紐以外にも糸や網にもなるし、魔力が続く限り、どこまででも伸ばすことができる。まあ、ソードマジシャンのソードみたいなもんだね」

「へえ、便利だね」


 その「マジックバインド」の恩恵もあり、その後も音和たちは次の村でハーピーの群れを。その次の村でオーガーを。その次の次の村でオークの群れを撃退していった。そして、その努力の甲斐あり、オークを倒した音和は見事レベル2にアップしたのだった。


 多知川のサポートのお陰もあって、モンスターを退治しながらの道中にも慣れてきた。 

 この調子なら、ヴィラに会うまでにレベル3ぐらいまでにはなれるかも。


 音和は、このモンスター退治の旅路に確かな手応えを感じていた。

 立ち寄った街で仕入れた新ダンジョンの情報に、多知川が食いつくまでは。


「これを見逃す手はないよね」


 昼食の席で、そう提案された音和は、


「いやいやいやいやいや」


 全力で拒絶した。


 今まで多知川に従ってきたのは、レベルアップに繋がると思えばこそ。だが、ダンジョンとなれば話は違ってくる。確かにダンジョンにもモンスターはいるだろうが、ダンジョンはそれだけじゃない。罠もあるし、宝の奪い合いなど冒険者同士のトラブルも発生する可能性がある。しかも未踏破のダンジョンとなれば、どんな強力なモンスターに出くわすかわからない。

 デスマスターを倒すためにレベルアップが必要なのは認めたが、そのために死んだら元も子もないのだった。


「だって、新しいダンジョンだよ? どこに、どんなレアアイテムがあるかもしれないんだよ? そしてダンジョンは早い者勝ち。これに行かないなんて、冒険者の名折れってものだ。そうじゃないかい?」


 多知川の瞳は金貨と化していた。


「行きたければ1人で行けばいい。俺は君と違って、金より命が大事なんだ」

「もしかしたらダンジョンの奥に、どんな呪いでも治すアイテムが眠ってるかもしれないよ」

「なら、君が見つけてきてくれ。そのときは、言い値で買い取るよ」


 音和が素気なくあしらったところで、


「やっぱり、音和さんたちだ」


 聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。見ると、やはり「ガールズマジシャン」の3人だった。


「表にハクちゃん師匠らしき狐がいたから、もしかしてと思ったんですけど、ここにいるってことは、お2人も新ダンジョンの噂を聞いてきたんですか?」 

「え? いや、俺たちは」


 音和は否定しようとしたが、


「実はそうなんだよ。新ダンジョンを攻略しようって、今2人で話してたとこだったんだ」


 多知川に機先を制されてしまった。


「どうだい? よかったら、君たちもボクたちと一緒に行かないかい?」

「わあ! いいんですか? そういうことなら、ぜひお願いします。わたしたちも、ここまで来たのはいいけど、魔術師だけでどうしようかって考えてたところだったんです。ね!?」


 咲来は安住と十倉を見た。


「ああ、あんたらとハク師匠がいれば、怖いモンなしだぜ」

「そして新ダンジョンで、レアジョブをゲットするのデス」


 話を振られた安住と十倉も大乗り気で、


「て、ことなんだけど、どうする、音和君?」


 まんまと「ガールズマジシャン」を味方につけた多知川は、会心の笑顔を音和に向けた。


「2、3日、だけなら。まだ、ヤボ用が残ってるから」


 音和は血を吐く思いで妥協案を提示した。咲来たちが「それじゃ駄目だ」と断ってくれることを願いながら。しかし、


「わあ、それでも心強いです」


 音和の願いも虚しく、あっさり了承されてしまい、


「みんなで新ダンジョンを攻略しよー!」

「おー!」

「おー! デス」


 引くに引けなくなった音和は、


「ホ、ホントに2、3日だけだからね」


 泣く泣く新ダンジョンに挑むことになったのだった。


 そして1時間後。


 新ダンジョンに至る渓谷を、4人の女子は足取り軽く、1人の男子は死神と二人三脚で進んでいた。


 この渓谷は、音和にとっては黄泉路であり、行き着く先は地獄だった。


 どうして俺が、こんな目にいい!


 あまりにも理不尽だった。

 しかし、その思いを顔に出せば「ガールズマジシャン」の3人に、いらぬ気遣いをさせてしまう。

 音和は3人に気取られないよう、表面上は平静を装いながら、内心では「タチが悪い。タチが悪い。タチが悪い」と、多知川への呪詛を繰り返していた。


 いっそ、このまま新ダンジョンが見つからなければ。


 そんな期待も虚しく、間もなく音和たちはパックリ開かれた黄泉比良坂への入り口を発見することとなった。


 見つかってしまった。


 内心の落胆をひた隠し、音和はダンジョンに入る準備にかかった。


「発動」


 音和は「月下闘印」を発動させると、マジックケースから槍を取り出した。


「なんですか、それ!?」


 音和の変化に気づいた咲来が訊いてきた。


「え? ああ、極印術の1つで「月下闘印」ていう極印だよ。この極印を発動していると、月夜にパワーアップできるうえ、暗いところでもよく見えるんだ」

「へえ、便利ですね」

「まあね。俺は夜しかプレイできなかったから消去法でこれを選んだんだけど、結構重宝してるんだ。ダンジョンでも明かりが必要ないから」


 時差を利用して、日本と昼夜が逆転している地方で活動するという方法もあった。しかし、そういう地方は同じく時差があるアメリカ人やヨーロッパ人がテリトリーとしているため避けたのだった。外人だらけのアウェーの中で、変に目をつけられたら嫌だから。


 実際、3大ギルドのうちヨーロッパのギルドである「EUファミリア」と、アメリカのギルドである「USA」は、2つとも当初トラキルではなく、自分たちの生活時間に合った国で活動していた。

 だが、スタート地点であるトラキルには新規のプレイヤーも多数訪れる。そして、その中には当然アメリカ人やヨーロッパ人もいるのだが、トラキルに本拠地を置く中国人たちは、訪れた外国人たちを排斥しにかかったのだった。ここは中国人のテリトリーなのだから、さっさと出て行けと。

 しかし、そんな勝手な理屈に従わなければならない理由など外国人にはない。しかも中国人たちは、トラキルでの主権を獲得すると、徐々に近隣諸国へと、その勢力を広げ始めたのだった。それこそ、アメリカやヨーロッパギルドが縄張りとしている地域にまで。

 結果、それに怒りを覚えた「EUファミリア」と「USA」は、自分たちもトラキルに拠点を構え直し、中国ギルドの「天」とトラキルで縄張り争いをするようになっていったのだった。

 トラキル人の迷惑や被害など、お構い無しに。

 モスでの騒動にカタをつけた永遠長が、トラキルに舞い戻るまで。


「その極印て、確かブローアって世界の魔法なんですよね? いいなー、わたしたちが来たときには、もうなかったんですよねー、そのブローアって世界」


 咲来と安住が初めて異世界に来たのは約1年前、もっとも古参の十倉でも3年前のため、4年前に閉鎖されたブローアの能力は、誰も持ち合わせていないのだった。


「まあ、こればっかりは運営の決めたことだからね」

「期間限定で開放とかしてくれたらいいんですけど」


 特にハーリオンは。

 自分がどんな動物に変身するのか?

 めっちゃ興味あるのだった。


「いやー、難しいんじゃないかな? 特にハーリオンでそれやると、ジョブで動物に変身する系選んだ人から苦情が殺到するだろうから」


 ブローアが解放されたのなら、ハーリオンも。そう考えるのが人間の心理というものだった。


「そうですよねー。で、それはそれとして」


 咲来は音和が持つ槍に目を止めた。


「音和さん、いつもは剣だけど、ダンジョンでは槍を使うんですか?」

「え? ああ、これ? これは違うよ。あ、違わなくはないけど、これを出したのは罠を探知するためなんだよ」

「罠ですか?」

「そう。知っての通り、ダンジョンには色々と罠があって、その中でも1番ポピュラーで面倒なのが落とし穴だろ。だから、この槍で床を叩きながら進むことで、落とし穴を事前に発見しようってわけ」

「なるほど! さすがベテラン冒険者さんですね! 勉強になります!」


 咲来は素直に感嘆したが、


「ああ、それなら問題ないよ。ボクが「罠探知」のスキルを持ってるからね」


 多知川が水を差した。


「そうなんですか?」

「うん。レジェンドハンターの本業は宝探しだからね。そして宝探しに罠はつきもの。だから、危険を探知するスキルも当然ついてるってわけさ」

「凄いですねー。レジェンドハンターって」


 咲来の尊敬の眼差しが多知川に移り、


「というわけだから、槍は必要ないよ、音和君」


 咲来の好感度を音和から奪った多知川は、ほくそ笑んだ。


「いや、やっぱり持ってくよ」


 音和は、やんわりと拒否した。


「君の場合、罠があるとわかってて、わざと黙ってた挙げ句「あ、見逃してたー。ごめんねー。テヘペロ」とか平気でやりそうだから」


 これは皮肉や嫌味ではなく、音和の本心だった。


「悲しいなー。君がボクを、そんな人間だと思ってたなんて。他人を信じられないなんて、とても悲しいことだよ。そう思わないかい?」


 お目々をキラキラと輝かせる多知川に、


「どこをどうすれば信じられるのか。むしろ教えて欲しいんだけど?」


 音和は冷ややかに応じた。


「いいから、行くよ」


 音和はバカ話を打ち切った。音和としては、こうしている時間も惜しいのだった。

 そして音和を先頭に踏み込んだダンジョンは、入り口こそ洞窟風だったが、中は舗装された石畳と壁になっていた。これもディサースでのダンジョンではよくあることで、音和は違和感を覚えることもなく、黙々と通路を進んでいった。ちなみに、多知川は罠を探知する傍らマッピングに精を出していた。

 これはパーティが道に迷わないためであると同時に、マッピングした地図を後で売るためらしかった。多知川曰く「新ダンジョンのマップは、早期であればあるほど高値で売れる」とのことだった。

 そして、ダンジョン内を探索すること10分。地下への階段を発見した音和たちは、すでに冒険者たちが散々に探索したであろう1階には固執せず、地下へと降りて行った。

 すると、降りて早々、オークと出くわした。数は5匹で、これぐらいなら音和1人でも対処できる数だったが、


「カオスガード」


 音和は前衛として守りに徹し、


「フレアランス!」

「アイススピアー!」

「エアロカッター!」


 攻撃は「ガールズマジシャン」に任せた。そしてオークを倒し、多知川が製作する地下2階のマップが半分ほど仕上がったところで、


「待った! デス」


 十倉が足を止めた。


「ワタシの第六感が告げているのデス。この壁の向こうに何かがあると」

「ここに?」


 音和たちは壁を見回した。


「つまり、この向こうに隠し部屋か通路があるってことだね」


 多知川の目が鋭く光る。


「じゃあ! みんなで探そー!」


 咲来の号令の下、音和たちは周囲の床や壁を調べて回ったが、隠し扉や開閉レバーの類は発見できなかった。


「ないねえ」


 多知川は軽く息をついた。十倉が嘘をつくとは思えない。だとすれば、別の進入方法があるということだった。


「だあ! メンドくせえ!」


 安住は頭をかきむしると、十倉を見た。


「澄香、この壁の向こうに何かあるんだよな!?」

「ワタシの第六感が、そう言っているのデス」

「だったら!」


 安住は魔法で右腕の力をアップさせると、


「オラア!」


 壁を叩き壊した。

 安住のクオリティは「突破」であり、身体強化の魔法と組み合わせれば、この程度の壁なら粉砕できるのだった。


 この娘、絶対なる職業間違えてるよね。


 音和はそう思ったが、心の内にしまっておいた。


「うおっしゃあ! 隠し部屋発見!」


 壁の向こうは十倉の言う通り隠し部屋になっており、一軒家ほどの広間の奥には石板らしきものが設置されていた。


「お、石板発見!」


 安住は大喜びで石板に駆け寄ろうとしたが、


「ダメだよ!」


 多知川に制止された。


「こういう隠し部屋には、罠があるって相場が決まってるんだから」

「そ、そうだったな。つい」


 安住は、あわてて後ずさった。


「ボクの後についてきて」


 多知川は「罠探知」で罠の有無を確認しながら、一歩一歩ゆっくりと床を踏み歩いていった。その後を音和たちも続き、30歩程も歩いたところで、なんとか無事石板にたどり着くことができたのだった。


「どれどれ?」


 女子4人は石板を覗き込んだ。すると、やはり石板はシークレットジョブの石板だったが、


「スペルライター?」


 多知川も聞いたことのないジョブ名だった。その内容を要約すると、


 通常魔法が使えなくなる代わりに、術者が指もしくは筆記具で書いた呪文を実体化させることができる。

 呪文の発動は、術者の意思により自由に行うことができる。

 物質に書いた場合、その呪文の効力をその物質に付与することができる。

 異なる呪文を並列描写し、それを同時発動させた場合、新たな効果が生じる可能性がある。

 実体化できるスペルはレベル1では20種類であり、レベルが1アップするごとに5ずつ増えていく。

 

 というものだった。


「ふーん。つまり「ルーンマスター」と「言霊使い」を、足して2で割ったような能力ってことだね」


 多知川が冷静に分析した。ルーンマスターは空中などにルーン文字を描くことで魔法を発動させ、言霊使いは異なるコトダマを続けて口にすることで、別の効果を得ることができる。このスペルライターは、この2つのジョブ能力を併せ持っているのだった。


「漫画なんかで、空中に描かれたスペルから魔法が発動するってヤツだね」


 咲来が、咲来らしい単純さで「スペルライター」を要約した。


「コレに決めたの、デス!」


 十倉は鼻息を荒げた。内容といい、レア度という、まさに十倉が待ち望んでいたジョブだった。


「いいデスカ? ワタシが貰っても?」


 了承を求める十倉に、


「もちろん」


 音和と咲来の声が重なり、


「たりめーだ」

「君が見つけたようなものだしね」


 一呼吸遅れて安住と多知川も了承する。


「デハ」


 十倉が石板をスキャンしようとしたとき、


「待てよ」


 入り口から横槍が入った。見ると、


「君たちは」


 そこにいたのは以前馬車で同乗した韓国人パーティだった。


「オレたちはOKなんてしてねえぞ」


 ロングソードを床に突き立て、ソジュンが言った。


「そうそう。それは、オレたちが有効に活用してあげるから、君たちはサッサと出てってくれるかな」


 スンミンはニヤけ顔が言った。


「そういうこと。珍しい石板を見つけてくれたことには、一応礼を言っておいてあげる。ご苦労さま。もう用はないから消えてね」


 2人いる魔術師のうち、ジミンがヒラヒラと手を振り、


「それとも、あたしらに消される? あたしらは、どっちでもいいわよ?」


 ジユが挑発した。


「おいおい、すぐに殺したんじゃ、つまらねえじゃねえか」


 ソジュンが言い、


「そうそう。殺すのは、タップリ楽しんだ後で」


 スンミンは舌なめずりした。


「十倉さん」


 音和は十倉を横目に見た。


「俺があいつらの相手をしてる間にスキャンして」

「わ、わかったデス」


 十倉はリュックから異世界ナビを取り出した。


「死にてえらしいな、このヘタレ」


 ソジュンが吐き捨て、


「女の子の前だから、カッコつけてるんだろ」


 スンミンは失笑した。


「そんなことより、あの娘を止めるのが先決よ」


 早くしないと、石板をスキャンされてしまう。


 ジミンが呪文を唱えようとしたとき、


「カッ!」


 ハクがソジュンに飛びかかった。その速さは、まさに瞬間移動であり、


「へ?」


 ソジュンは何が起きたかわからないうちに、


「ぶへ!?」


 ハクに殴り飛ばされていた。が、ハクの攻撃は、それだけに留まらなかった。

 ハクは倒れたソジュンの顔へと前足を振り下ろすと、


「カッ!」


 兜ごと顎を叩き潰したのだった。


「ふごおおおお!」


 ソジュンの口から悲鳴が上がり、激痛にのたうち回る。そして1人目を仕留めたハクは、続けてスンミンに襲いかかった。


「うわ!?」


 スンミンは、あわてて応戦しようとしたが、ハクの動きはスンミンをはるかに上回っていた。結果、


「だ!?」


 スンミンはハクに足を払われ転倒させられた後、


「ぎゃあ!」


 左足の膝を叩き折られ、


「止、止め、ひいいいい! ぎゃああああ!」


 最後はキャメルクラッチで体を2つ折りにされてしまったのだった。そして男子2人を血祭りに上げたハクは、


「カッ!」


 ジユに襲いかかった。


「ひい!」


 ジユは、あわてて魔法で迎撃しようとしたが、


「キャア!」


 ハクに殴り倒されてしまった。そして、ハクはそのままジユに馬乗りになると、


「カッ!」


 その牙をジユの顔に食い込ませたのだった。


「ギャアアア!」


 頬肉を食いちぎられたジユの口から絶叫が上がる。が、ハクは構わずジユを顔を噛みちぎり続け、


「嫌! 止め! 誰、助、げべ! ひぎええ!」


 その絶叫を最後にジユは動かなくなった。そしてジユを仕留めたハクは、

 

「カハー!」


 血の滴った口から憤怒を吐き出すと、ジミンを睨みつけた。


「ひいい!」


 ハクにロックオンされたジミンは、


「い、嫌、嫌、嫌あああああ!」


 蒼白になって隠し部屋から逃げ出そうとしたが、


「マジックバインド」


 多知川のマジックロープに右足を絡め取られてしまった。


「あのさあ」


 多知川は軽く息をついた。


「今さら1人だけ逃げられると思ってるのかい?」


 多知川は冷ややかに言った。


「嫌! 嫌! 嫌! 謝る! 謝るから許してえ!」


 泣き叫ぶジミンに、


「フー」


 ハクが飛びかかろうとしたとき、


「はい、そこまで」


 音和がハクを後ろから抱き上げた。


「てか、ここまででも十分過ぎるぐらい、やり過ぎだからね」

「カッ!」

「邪魔するなって? 悪いけど、それは聞けないよ。俺も、その娘に用があるんでね」


 その用件を済ませる前に、ハクの餌食にさせるわけにはいかないのだった。


 音和は、大人しくなったハクを放すと、


「確か、ジミンさんだったね」


 リュックから異世界ナビを取り出し「異世界ナビ購入権」をタップした。すると、画面から新しい異世界ナビが出てきた。


「はい」


 音和は未使用の異世界ナビをジミンに差し出した。


「え?」


 理由がわからず戸惑うジミンに、


「これは、そこにいるソユンさん、だっけ? その娘に君たちがあげた異世界ナビの分だよ」


 音和は異世界ナビを手渡した。


「君たちがソユンさんを都合よく利用してたのって、異世界ナビをあげたからなんだよね? だから、これでチャラ。君たちとあの娘の間に、もうなんの貸し借りもない。つまり、これでもう君たちにはソユンさんに、アレコレ命令する権利はなくなったってことさ」

「なに勝手なこ」


 鼻白むジミンの右太ももに、多知川のナイフが突き刺さった。


「ぎゃああああ!」


 悲鳴をあげるジミンのアゴを、多知川はわしづかみにした。


「君さあ、まだ自分の置かれた立場がわかってないみたいだね?」


 多知川はジミンをガン見した。


「ひ!」

「あのさあ、まだ今イチ理解してないみたいだけど、ボク今相当頭にきてるんだよね」


 この韓国人たちは、自分たちが先に見つけた石板を横取りしようとしただけでなく、暴行まがいのことまで口にしていた。ハクのおかげで事なきを得たが、そうでなければどうなっていたかわからないのだった。


「君たちが、自分で自分を特別扱いするのは勝手だけどさあ。それにボクたちが付き合わなきゃならない理由なんて、どこにもないんだよ? わかる?」


 冷ややかな目と口調で凄む多知川に、ジミンは何度もうなずいた。


「てかさあ、何を根拠にそんなに調子に乗れてるのか、理解に苦しむんだけど? まさか永遠長君が日本人だから、従軍慰安婦問題とか昔のこと持ち出して被害者ぶれば、お咎めなしで済むとでも思ってたのかい?」


 地球で、韓国が日本にしているように。


「あのギルド戦を見た後で、まだそんな頭お花畑の発想してるんだとしたら、おめでたいにも程があるよ、君たち」


 多知川は、ジミンに突き立てたままになっているナイフを捻った。


「ぎゃああ!」

「せっかくさあ、音和君が穏便に事を収めようとしてるのにさあ。空気読めないのも程があるよ。そう思わないかい?」


 多知川は、さらにナイフを捻った。


「ここで大人しく引き下がるのが身のためだし、大人の対応ってもんだよ。それとも」


 多知川はジミンに何事かを耳打ちし、


「ひっ!」


 それを聞き終えたジミンの顔色は蒼白となった。


「ま、どうするも君たちの自由だけどね」


 多知川はジミンの太ももからナイフを引き抜くと、


「そのほうがボクも面白いし」


 ジミンの肩をポンと叩いた。そんな多知川にドン引きしつつ、


「ソユンさん」


 音和は呆然と立ち尽くしているソユンに声をかけた。


「そういうことだから、君はもう異世界ナビのことで彼女たちの言うことを聞く必要はないから」

「え? あ、はい」


 我に返ったソユンは、あわててうなずいた。


「そのうえで、まだ彼女たちといるも離れるも君の自由だ。好きにするといい」


 自分なら綺麗サッパリ別れるところだが、人にはそれぞれ都合と考えがある。クラスメイトなら、なおさらだろう。


「その上で、もし何かあったら知らせて。何ができるかわからないけど、できる限り力になるから」

「は、はい。ありがとうございます」


 ソユンは礼を言うと、音和とフレンド登録した。


「てか、そのときは運営に連絡するといいよ。そうすれば、きっと永遠長君が駆けつけてきて、この連中を血祭りに上げてくれるから。2度と異世界に来る気がなくなるぐらい。いや、もしかしたら、リアルで殺されるかもね」


 多知川はジミンを見てニヤリと笑い、ジミンは絶句した。


 マジでタチが悪い。


 多知川の振る舞いに改めてドン引きしつつ、


 ドン引きというと。


 音和はハクのことを思い出した。


 いくら正当防衛とはいえ、ハクの行為はやり過ぎだった。さぞや「ガールズマジシャン」の3人はドン引きしてると思いきや、


「凄かったです! ハクちゃん師匠」

「ああ! マジパねえ! 人間にキャメルクラッチかける狐なんて、始めて見たぜ!」 

「まさに、スーパー御狐様なの、デス」


 3人揃って大絶賛していた。


 ええー!? あれー? 俺のほうがおかしいの?


 3人の反応に音和のほうがドン引きしつつも、


 まっいっか。誰も気にしてないなら、それはそれで。


 そう割り切り、


「じゃあ、行こうか」


 音和が出口へと歩き出すと、


「へ?」


 踏みつけた床が不自然にへこんだ。


「あ……」


 やっちゃった。と思ったときには手遅れだった。

 床に光の魔法陣が描き出されたと思った次の瞬間、音和たちはダンジョンの外に転移していた。それも、地上から200メートル以上ある上空に。


 あー、これ死んだわ。


 せめて、高さが50メートルぐらいで、下が湖か河のような水面なら、まだ助かる可能性もある。だが、この高さから、しかも森のど真ん中に落ちて、無事でいられるとは思えなかった。


 思えば、つくづく運のない人生だった。


 次こそは、せめて平々凡々でいいから、平穏な人生が送れますように。


 音和が、そう心から祈った直後、


「音和さん!」


 咲来の声が聞こえてきた。見ると、咲来が自分に手を伸ばしていた。咲来は、自分たちが空に強制転移させられたとわかったところで、飛翔呪文を唱えたのだった。そして、それは十倉と安住も同じようで、それぞれハクとソユンを助けていた。残る多知川はというと、こちらも地力で飛んでいた。サクサルリスの固有能力である「翼」によって。


 ああ、そうか。翼出して、自力で飛べばよかったのか。


 焦って、翼の存在をスッカリ忘れていたのだった。


 あ、でも、無理か。


 サクサルリスの翼は、肉体から生え出てくるので、服や鎧を着ていると、そこでツッカエてしまうのだった。そして、プレイトメイルと同じ作りであるカオスアーマーは、着脱に時間がかかる。脱ぎ終わるより地面に激突するほうが、どう考えても早そうだった。


 まあ、それはそれとして。


「ありがとう、咲来さん。助かったよ」


 音和は咲来に礼を言った。


「いえいえ」


 咲来は笑顔で答えてから、


「あ、でも、ちょっと困ったことがありまして」


 顔を曇らせた。


「なに?」

「ダンジョンのバトルで魔力を使いすぎたみたいで」

「え?」

「もう魔力がないんですう」


 そう言った直後、咲来の魔力が完全に尽き、


「ごめんなさーい!」


 2人の体は再び重力の支配下に置かれることになった。


「く!」


 音和は、とっさに咲来を抱き寄せた。


 地上までは、後20メートルというところ。うまく木の枝がクッションになってくれれば。


 後は運を天に任せるのみだった。


「だだだだだだ!」


 音和たちは小枝にぶつかりながら、


「だああ!」


 なんとか地上に着地した。


「だ、大丈夫、咲来さん?」


 音和は咲来に尋ねた。


「だ、大丈夫です」


 そう言った後、


「痛!」


 咲来はわずかに顔を歪めた。


「咲来さん!?」


 心配する音和に、


「だ、大丈夫です。ただ、ちょっと左足を痛めたみたいで。あ、でも、すぐ治ると思いますから」


 咲来は苦笑った。


「すぐ十倉さんに治してもらおう。十倉さんたちも、きっとこの近くに着地したはずだから」

 

 音和が「おーい!」と呼びかけようとしたとき、


 ブーン。


 妙な羽音が聞こえた。見ると、


「はい?」


 巨大な蜂の巣の上に、無数の蜂が飛んでいた。どうやら自分たちが落ちてきたときに、蜂の巣も一緒に落としてしまったようだった。


「…………」


 音和は咲来を抱き上げると、


「トンズラーシュ!」


 全速力でその場を逃げ出した。そして、猛追してくる蜂の大群をなんとか振り切ると、


「もう、大丈夫そうだね」


 安堵の息をついた。


「あ、あのー」


 そこで咲来に声をかけられ、


「あ」


 音和は咲来を抱き上げたままでいることに気づいた。


「ご、ごめん。急いでたもんだから、つい」


 音和は、あわてて咲来を地面に降ろした。


「いえ、ありがとうございました。お陰で助かりました」

「いや、お礼を言うのは、こっちだよ。そもそも俺がトラップに引っかからなきゃ、蜂に襲われることもなかったんだから」


 それこそ多知川辺りには、ペナルティとして何を要求されるかわかったものではなかった。


「わたし、お姫様抱っこされたの、生まれて初めてです」


 咲来は照れくさそうに笑った。


「俺も初めてだよ」

「え、そうなんですか? 多知川さんとかは?」

「どうして、そこでタチが悪いの名前が出てくるの?」

「え? だって、お2人は付き合ってるんでしょ?」

「は? どーしてそーなるの?」

「違うんですか?」

「チョー違うし! むしろ疫病神レベルなんですけど!」


 まさか、そんなふうに見られていたとは。不本意極まりなかった。


「そうなんですか?」

「そう! 超そう!」


 音和は鼻息を荒げた。


「じゃあ、他に付き合ってる人とかは?」

「いないよ。彼女も友達も。俺は、いわゆるボッチだからね」

「そうなんですか?」

「そう。なんかさ、俺って周りから見るとイジりやすいキャラみたいでさ。昔から、よくチョッカイかけられるんだよね」


 クラスのカースト上位の連中から。


「でも、まあイジメに発展するほどじゃないし「まっいっか」て感じで、軽く受け流してたんだけど、中1のときだったかな? そいつらが鞄に入れてた異世界ナビを見つけてさ。取り上げて面白がったんだよ」


 今考えれば、よくある子供のイタズラだったが、当時の音和にとって、それは竜の逆鱗に触れるに等しかった。


「で、取り返そうと相手の腕を掴んだら、骨にヒビが入っちゃってさ。しかも「何しやがる」って感じでかかってきた奴を、吹っ飛ばしちゃったんだよね」


 裏拳で。


「で、異世界ナビを無事取り返した後、ちょっと気が立ってた俺は「今度、コレに手を出したら殺すぞ!」って怒鳴ったんだけど、そしたらその衝撃で教室の窓ガラスが全部割れちゃってさ」


 結局、窓ガラスが割れたのは、急な突風のせいということになったが、その日以後、音和は危険人物としてクラスメイトから避けられるようになってしまったのだった。


「あいつは大人しそうに見えるが、キレると怖い奴程度の陰口はいいとして、実は学校を裏で牛耳る裏番だとか、暴力団と裏で繋がってる半グレのリーダーとか、酷いのになるとグリーンベレーに育てられたキリングマシーンだの、暗殺組織の一員だの、尾ひれがつきまくった噂が学校中に広まって、それが中学を卒業するまで、ずっとついて回ったんだよ」


 当然、そんな人間に近づいてくる物好きはおらず、音和は中学を卒業するまでボッチ街道をひた走ることになったのだった。


「で、心機一転、高校では平穏な学生生活を送ろうと、できるだけ遠くの高校を受験して、なんとか合格したんだけど」


 その矢先に、この有様なのだった。


「ま、そんなわけで、俺には彼女も友達もいないってわけさ。ま、仮に近づいてくる人間がいたとしても、こっちから遠ざけてただろうけどね。あの状況で下手に親しい人間ができてたら、どんなトバッチリを受けるかわかんなかったから」


 それに、周囲から干渉されない状況は、昼休みに冒険者活動をしていた音和にとって、むしろ都合がよかったのだった。


「だから君たちも、もしあっちで俺を見かけても話しかけないよう気をつけてね」


 音和は、一応念押しした。咲来たちが近所に住んでいる可能性は低いが、万が一ということもある。


「大丈夫です。そういうの、わたし気にしませんから」


 咲来は即答した。


「そもそも、そんなこと言ったら澄香ちゃんとも付き合えなくなっちゃいますし」


 咲来が出会ったとき、十倉澄香もボッチ道を突き進んでいたのだった。


「でも、わたしから話しかけてるうちに親しくなって、そこに里帆ちゃんが加わって、仲良くなったわたしたちに澄香ちゃんが異世界ナビをくれたんです」


 ボッチの十倉をバカにしていた女子は、咲来が十倉と仲良くしてるのが気に食わなかったのだった。そこで女子たちは「あんな奴と付き合うなんて、あんたバカじゃないの!?」的な事を言って、咲来が十倉から離れるよう仕向けたのだが、咲来は相手にしなかった。そのため、女子たちは本格的に嫌がらせを始めたのだが、そこに安住が割って入り、


「これ以上、こいつらに手え出したら、あたしがおまえらブチのめすぞ!」


 女子たちを黙らせたのだった。


「そ、そうだったんだ」


 女子、怖い。それが話を聞き終えた音和の感想だった。


「はい。だから、たとえ音和さんがボッチでも、わたしは全然気にしません」


 迷いなく言い切る咲来に、


 本当に、いい子だなあ。


 音和が目を潤ませたとき、


「あ、いた」


 安住の声が聞こえてきた。見ると、ハクを先頭にメンバー全員の姿があった。


「無事でよかった!」


 無事の再開を喜ぶ「ガールズマジシャン」の3人を横目に、


「君のせいで、エラい目に遭っちゃったよ。せっかく、あそこまで進んだダンジョンも、また入り直さなきゃならなくなっちゃったし」


 多知川は音和の顔を見るなり文句を並べた。


「ペナルティとして、もう1日、ううん、もう2日、ダンジョン捜索を追加するからね」


 多知川は、ここぞとばかりに要求を吊り上げてきた。


「はいはい」


 2日のペナルティは痛かったが、この場合やむを得なかった。


「てか、反省するのは君のほうだろ」


 音和は言い返した。


「なんのことだい?」

「さっきのことだよ。いくらなんでも、ナイフを足に突き刺すのはやり過ぎだろ」

「何言ってるのさ。連中のやろうとしたことを考えれば、あれぐらい当然だよ。だいたい、それを言うならハク君のほうがやり過ぎだろ」


 それに比べれば、ナイフで太ももを刺されるだけで済んだことに感謝してほしいぐらいだった。


「もちろん、ハクもだよ。いくらムカついたからって、特に女の子にあんなことしちゃダメだよ」


 音和の説教を、ハクはフンと鼻息で吹き飛ばした。


「コスパの面でも、最小の行為で最大の効果を与えることができたんだ。むしろ、褒めてもらいたいぐらいだよ」


 多知川も反省するどころか誇らしげだった。


「もういい」


 今度からは、ああなる前に全力で止めよう。


 音和は固く心に誓った。もっとも、そんな状況に陥らないことが1番だっだが。


「それはそれとして、ソユンさんがいないみたいなんだけど?」


 確か、ソユンは安住が助けたはずなのだが、姿が見えなかった。


「ああ、あの娘なら一足先に帰ったよ。あいつらのことが気になるって。ホントお人好し、てゆーか、そういうところは、やっぱり自己中の韓国人てところかな。恩人の安否より、お仲間を心配するってとこが」


 多知川は皮肉った。


「いいだろ、別に。俺たちは、たとえ死んでたとしても復活チケットがあるから、本当に死ぬわけじゃないんだから」


 その点で言うと、確かにあの韓国人たちのほうが心配なのは無理なかった。何しろ、1人はアゴを砕かれ、1人は背骨をへし折られ、1人は顔面を食いちぎられたのだから。


 あのケガって、死んだら治るのかな?


 致命傷を負った場合、無傷で復活するのは知っているが、その前に負ったケガも完治するのか?

 その辺のことは、音和も深く考えたことがなかったのだった。


 もし、治ってなかったとしたら……。


 そう考えると怖過ぎた。とはいえ、今考えてどうこうなるものでもなく、


 あの3人がどうなったかは、後でソユンさんにメールして確かめればいい。


 音和は頭を切り替えた。


「じゃあ、今日はもう遅いし、ここまでにして帰ろうか」


 音和の判断に周囲からも異論は出ず、咲来の足のケガを十倉が治療した後、一同は街へと帰還したのだった。


 






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