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第214話

 永遠長にとっては、単なる精子と卵子の製造元。世間一般で言うところの両親が常盤学園を訪れたのは、春を目前に寒風吹き荒ぶ2月下旬のことだった。


「ひさしぶりだな、流輝。元気にしてたか?」


 常盤学園の応接室で3年ぶりに息子と対面した父親は、屈託のない笑顔を見せた後、


「ん? ところで、そちらのお嬢さんは?」


 息子の隣にいる少女に目を止めた。


「俺の婚約者で、天国調という」


 永遠長が端的に説明した後、


「初めまして」


 天国は恭しく一礼した。


「へえ、そうなのか。やるなあ、流輝。こんなかわいい子、どこで見つけてきたんだ?」


 能天気に感心する夫を、


「あなた!」


 妻は睨みつけた。


「今は、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。何しに来たと思ってるの」

「あ、ああ、そうだったな」


 父親は軽く咳払いすると本題に入った。


「えーと、その、なんだ。ちょっと小耳に挟んだんだが、最近おまえ新しい事業を始めたそうだな。学校を辞めたと聞かされたときには驚いたが、その年で一国一城の主とはたいしたもんだ。いったい、どうやったんだ?」


 またも本筋から脱線する夫を、妻が睨みつける。


「で、その、なんだ。ただ、その事業に関して、1つよくない噂を聞いたんだが……」


 父親は、そこで再び咳払いした。


「えー、その事業で、他の人の事業を邪魔しただけじゃなく、その会社の商品を盗み出したと」


 父親は真っ直ぐ息子の目を見つめた。


「わかっているのか?  もしそれが本当なら、おまえのしたことは完全に犯罪なんだぞ。幸い、先方は今すぐ盗んだ品を返すのであれば事を公にすることなく、示談で済ませてくれると仰っている。だから、今すぐ盗んだ物を返して先方に謝罪するんだ」

「お父さんの言う通りよ。それとも、このまま本当に警察に捕まって、私たちを犯罪者の家族にするつもり?」


 母親の顔が気色ばむ。


「そんなの私はまっぴらよ。どうして、あんたなんかのために私たちが」


 母親は両手で顔を覆った。


「美紗、落ち着け」


 父親がなだめようとするも、


「落ち着いてられるわけないでしょ!」


 妻の怒りを煽っただけだった。


「どうして、この子のために私たちが職を追われたうえ、犯罪者の親なんてレッテル貼られなきゃなんないのよ! 冗談じゃないわ!」


 母親は半狂乱で怒鳴り散らした。


「もういい! この子のご機嫌を取るのはここまでよ!」


 母親は息子を睨みつけた。


「流輝、私たちの用件は1つよ。今すぐ王さんから盗んだ物を返しなさい! そして王さんに謝罪して、あなたの会社を王さんに譲渡しなさい。そうすれば王さんも示談で済ませてくれるって約束してくれたから。わかったわね!」


 母親は息子を睨みつけた。


「話はわかった」


 そこで初めて永遠長が口を開いた。


「そう。じゃあ、私たちはこれで」


 引き上げようとする母親に、


「何を勘違いしている」


 永遠長は言い捨てた。


「俺は、おまえたちの用件はわかったと言ったんだ。おまえたちの要求を飲むとは一言も言っていない」

「何を、ていうか、おまえって誰に向かって言ってるの!?」


 凄む母親の怒気を、


「おまえたち以外、誰がいる」


 永遠長は鉄仮面で弾き返した。


「親に向かって、なんて口」


 気色ばむ母親を、


「おまえたちを親と思ったことなどない」


 永遠長は素気なく切り捨てた。


「どの口で!」

「落ち着け、美紗。流輝も自分の言ってることがわかってるのか? このままだと、おまえが逮捕されてしまうんだぞ?」

「本当に逮捕させるつもりなら、とうの昔にしている。それができないからこそ、こうしておまえたちを使って搦め手で交渉を優位に運ぼうとしているんだ」

「そんなことは、どうだっていいのよ! 問題は、あんたがここでうんと言わないと、私たちが職を失うってことなのよ!」


 王静は、永遠長の両親が務める会社の大株主となることで、永遠長の両親に圧力をかけたのだった。息子を説得できればよし。できなければ退職してもらうと。


 このままだと会社を追われるうえ、犯罪者の親として周囲から白い目で見られることになる。それを回避するために、はるばるアメリカから帰ってきたのだった。


「それのどこが悪いっての!?」


 母親は悪びれもせず言い切った。


「あんたみたいな、なんの役にも立たないどころか、騒ぎを起こすしか能のない子が、そこまで大きくなれたのは誰のおかげだと思ってるのよ!」


 母親の目に涙が滲む。


「それを! 恩を仇で返すとは、このことだわ! 本当、どうして、あんたなんか産んじゃったのかしら! 後悔してもしきれないわ!」


 母親は泣き伏した。


「お、落ち着け、美紗」


 夫は、何度目かのセリフを妻に投げかけた。


「何、他人事みたいに言ってるのよ!」


 妻は夫の手を振り払った。


「だいたい、こうなったのは、あなたのせいでしょ! あなたが子供が欲しいなんて言うから! そのくせ自分は何もせず、全部私に丸投げして! あなたが子供が欲しいなんて言わなければ、こんなことにはなってないのよ!」


 妻は、溜まりに溜まっていた不満をブチまけた。


「せっかく研究が軌道に乗ってきて、これからってところだったのに! どうして、こんなつまらないことでプロジェクトから外されなきゃなんないのよ! 私が何したっていうのよ!」

「美紗……」


 父親は、両手で顔を覆う妻から息子に視線を移した。


「流輝、母さんをこんなに悲しませて、申し訳ないと思わないのか?」


 父親は悲しそうに言った。


「おまえが今、どんな事業をしてるのか知らないが、おまえはまだ若いんだ。これから、いくらでもやり直せるチャンスはある。悪いことは言わないから、犯罪まがいの仕事からは手を引いて、1からやり直すんだ。私たちからも、これ以上事を荒立てないように、王さんにお願いしてやるから」

「何を恩着せがましいことを言っている」


 永遠長は父親の欺瞞を切り捨てた。


「事を表沙汰にしたくないのは、あくまでもおまえたちの都合だろう」

「違うぞ、流輝。父さんたちは、本当におまえのことを思って」

「それと、以前の成功体験に味をしめているのかもしれんが、そんな陳腐な三文芝居が本気で俺に通用したと思っていたのか」


 そう言い捨てる永遠長の目は、限りなく冷ややかだった。


「あのとき反論しなかったのは、おまえを気遣ったからじゃない。あれ以上、騒ぎを起こす必要がなかったからだ。そして、それは今も同じこと。もはや今の俺にとって、おまえたちは過去の遺物に過ぎない。不要なゴミはゴミ箱に捨てこそすれ、そのゴミのために動くことなど絶対にない」


 永遠長は冷厳に言い捨てた。


「それと、会社を首になると言っていたが、もし本当におまえたちの力がプロジェクトに不可欠なら、たとえ大株主であろうとも1株主の力で首になることなどありえないし、なったとしても、それだけの力があるのなら同様の研究をしている企業に再就職できるはずだ。もし、そうならないと言うのであれば、それはおまえたちの力がその程度のものでしかないということで、悲しむこと自体おこがましい」

「あ、あんたに何がわかるってのよ!」

「そもそも、研究が軌道に乗ってきたとかほざいていたが、そう思っているのは、おまえだけだ。確かにテロメアにiPS細胞を利用して再生機能を持たせ、半永久的に再生するようにできれば、人類の長年の悲願である不老不死が実現するかもしれん。が、今のおまえたちの理論では100年経っても実現にこぎつけることなどできはしない」


 永遠長は容赦なく切り捨てた。


「それ以前に、今の状況で人類が死ぬこともなく増え続けて、なんのメリットがある。食料を食い尽くして、そのうち共食いを始めるのが関の山だ。いや、その前に戦争の可能性が高いか」


 絶対に死滅することなく増殖し続けるガン細胞など、人体にとって有害でしかない。


「さっき犯罪者のレッテルがどうこう言っていたが、それを言うなら、それこそもしおまえたちが今の研究を実現させた場合、おまえたちは第三次世界大戦を引き起こした元凶ということになり、俺はその息子というレッテルを貼られ続けることになる。それぐらいなら、ここで研究自体打ち切られたほうが、世のため人のためというものだ」

「あんたに何がわかるのよ! 私たちの苦労なんて何も知らず、私たちの働いた金で、のうのうと生きてきただけの穀潰しの分際で!」

「払った金が惜しいと言うなら、今すぐにでも返してやる。子供1人を成人させるまでの費用は2000万らしいからな。それに色を付けて5000万払ってやる。それで文句はないだろう」


 永遠長は立ち上がった。


「話は以上だ。わかったら、さっさと失せろ。俺には、これ以上おまえたちのために割く無駄な時間はない」


 永遠長はそう言い捨てると、


「待ちなさい! まだ話は終わってないわよ!」


 母親の制止を無視して応接室から出て行ってしまった。


「では、私もこれで失礼します」


 天国も一礼すると、将来の義父母に背を向けた。


「待ってくれ」


 呼び止める義父の声に、天国の足が止まる。


「天国君と言ったかな? 君からも流輝の奴を説得してくれないか。このままだと、あいつは本当に逮捕されてしまうんだ。そうなったら、婚約してる君だって困るだろ」


 この期に及んで、おためごかしで言いくるめようとする義父母に対し、天国の口から激情が吐き出されかけた。が、そのすべてを天国は飲み込んだ。


「生憎ですが、それはできません。なぜなら、流輝君が歩く道が私の歩く道だからです」


 だって、私たちは2人で「ウィズ」なんだから。と、内心で付け加えた後、天国は義母を見た。


「それと、先程お義母様は流輝君のことを産まなければよかったとおっしゃっておられましたが、私は産んでくれてよかったと思っています。だって、そのお陰で私は流輝君と出会えたんだから」


 天国の顔が幸福感で彩られる。


「そのことだけは本当に感謝しています。これは、偽らざる私の本心です」


 天国は言いたいことを言い終えると、


「それじゃ、失礼します」


 両親に背を向けた。この2人に、もう少しだけでも流輝君を思いやる気持ちがあれば、こうはならなかっただろうに、と思いながら。


 そして、この話は永遠長の中では、この時点で完全に終わったものだった。それを蒸し返したのは、翌晩にかかってきた母親からの電話だった。

 そのコールを、永遠長は完全に無視していたのだが、


「はい」


 天国が勝手に出てしまった。すると、


「誰だ、おまえは?」


 明らかに変声機を通したと思われる声が返ってきた。


「永遠長の婚約者ですけど?」

「永遠長はどうした? そこにいないのか?」

「いるけど、お母様の電話には死んでも出たくないようなので。というか、あなたのほうこそ、誰なんですか?」


 天国に問い返された男は、永遠長を出せと繰り返したが、


「代わってもいいですけど、代わった途端、切られると思いますよ」


 そう天国が言うと、相手は渋々用件を切り出した。

 永遠長の両親を預かっていること。

 返して欲しければ、指定する場所に永遠長1人で来ること。

 母親の携帯からかけていることが、その証拠であること。

 警察に知らせれば2人の命はないことを。


 そして一方的に用件を伝え終えると、電話は切れてしまった。


「なるほど。説得工作が空振りに終わったら、今度はおびき出すための人質として利用しようというわけか。さすが商人、無駄がない」


 永遠長は感心しつつも、腑に落ちない点もあった。


「だが、こういう場合、普通は両親と引き換えに異世界ギルドの運営権をよこせ、と要求してくるのがセオリーだろうに」

「それだけ頭にきてるんじゃない? 流輝君を殺すことしか考えられないぐらいに」

「なるほど。だが、それはこちらに要求に応じる気があれば、の話だ」


 両親を見捨てる気満々の永遠長に、


「本当に、それでいいの、流輝君?」


 天国が再考を促すも、


「当然だ」


 永遠長は揺るがなかった。


「あいつらとは、もはや親でもなければ子でもないが、そういう心情を抜きにしても、助けに行くのはデメリットしかない」


 仮に、ここで永遠長が犯人の要求通りに出向いた場合、異世界を狙う他の勢力も同じ手口を使いかねない。その場合、味を占めた連中が天国の両親を狙う可能性もある。そうさせないためにも、たとえ肉親を人質に取ろうと無駄だということを、この時点で明確にしておかなければならないのだった。


 その永遠長の考えを理解した上で、


「だからこそ、ここで徹底的に叩いておくべきだと思うんだけど」


 天国は反論した。


「確かに流輝君の言う通り、ここで助けに行ったら弱みと思われるかもしれないけど、それは助けに行かなくても同じことでしょ」


 仮に永遠長が自分の両親を見捨てたとしても、婚約者の両親を見捨てるとは限らない。なら、試しに人質にしてみようかと考える輩が現れないとは言い切れないのだった。


「だったら、ここで誘拐犯を叩き潰して、もし家族に手を出せばどうなるかを知らしめたほうが、同じことを考える輩への抑止力になると思うんだけど?」

「…………」

「それでも、どうしても行きたくないなら言って。流輝君の代わりに、私が行くから」

「そんなこと、させられるわけないだろうが」


 あれらのために天国を危険にさらすなど、それこそあり得ない話だった。


「仕方ない。俺が行く」


 永遠長は気分を切り替えた。


「あいつらを助けに行くと思うから気分が悪くなるんだ。新技の実験台が、向こうから来てくれたと思えば怒りもわかん」


 あの2人なら死んでも気にならないから、周囲への被害を考慮せず「移動」の力を試せる。そう考えれば、この状況はむしろ望むところだった。


「じゃ、これも連れてって」


 天国は半獣化すると、右手から手のひらサイズのミニ虎を作り出した。


「これは人じゃないから、指示に逆らったことにならないでしょ」


 天国はミニ虎を永遠長の左肩に乗せた。


「それじゃ、行ってくる」


 永遠長は部屋を出ると、宿舎を出て正門へと向かった。そして管理者の許可を得て外に出た永遠長は、犯人が指定した「富士グリーンランド」へと飛び立った。この「富士グリーンランド」は、かつて山梨県で開園していたレジャーランドであり、閉園後、霊園にする目的で王静が買い取ったものだった。

 そして30分も「移動」したところで、永遠長の行く手に目的の廃園が見えてきた。


「確か、正門から入って来いということだったな」


 永遠長は正門前に降り立つと、開いていた正面ゲートから園内に踏み込んだ。とたん、


「撃て!」


 四方から永遠長に向けてマシンガンが乱射された。そして数百発の弾丸が、永遠長の体にヒットしたところで、


「き、消えた!?」


 永遠長の姿が消えた。


「どこに行った!?」

「ターゲットには「移動」の力がある。周囲に警戒しろ!」

「どこから攻撃してくるかわからんぞ!」

「あれだけの銃撃を受けたんだ! 遠くには行けないはずだ! 探せ!」

「あれだけ撃たれて、なぜ死なん!?」

「化け物め」


 傭兵たちは支給された赤外線スコープとサーモグラフィを頼りに、逃げた獲物を狩り殺すべく追いかける。しかし、このときの彼らは理解していなかったのだった。自分たちが狩る側から、狩られる側に移っているということに。

 そして、そのことに彼らが気づいたのは、


「ぎゃああ!」


 ある者は両手足を「移動」によりへし折られ、


「うわああ!」


 ある者は飛んできたベンチに弾き飛ばされ、


「ぎげ!」


 ある者は砂嵐に舞い上げられた上空から地面に叩きつけられ、


「や、やめ」


 ある者は自分の意に反して、自分や仲間に向けて銃の引き金を引き、


「た、助けてくれえ!」


 ある者は真空波や衝撃波に襲われ、半数以上が戦闘不能に陥った後だった。


「どういうことだ!?」

「き、聞いていた話と違うじゃないか!」


 残存している傭兵たちの、それが偽らざる本音だった。

 彼らは雇い主から、ターゲットは魔法と「移動」することしか能のない子供だと教えられていたのだった。さらに念のために、ターゲットには人質の正確な居場所を教えなかった。そうすれば、人質を巻き込むことを恐れて、永遠長は強力な力を使えない。そのうえで、さらに念には念を入れて、銃弾には魔法を無効化する消魔弾を使用するから問題ない、と。

 この消魔弾は、かつてラーグニーで製造されていたものだったが、モンスター戦がメインであるラーグニーにおいては実用性が乏しかった。そのため製造は早々に中止されたのだが、そのことを知った王静は、その製造法を地球に持ち帰り、自社の工場で製造に着手したのだった。

 確かに、モンスター相手に消魔弾は効果が薄い。だが、対人戦においては、さにあらず。いずれ地球に魔法が復活した場合、要人は必ず魔法の結界によって守られることになる。ならば、それを貫通できる消魔弾も必然的に需要が出てくる。そして、その消魔弾を使えば、たとえ永遠長がどんな奥の手を持っていようと必ず仕留められる。

 王静は、そう踏んでいたのだった。

 しかし実際には、永遠長は銃弾を食らっても平然と活動し続け、力も周囲への被害などお構いなしに使いまくっている。

 いかに戦闘に長けた傭兵部隊といえども、この状況で混乱するなと言うほうが無理というものだった。

 そして、そんな傭兵たちの醜態を、戦地から離れた施設の片隅から見つめる目があった。


「……やはり、あの程度じゃ相手にもならないか」 


 10代半ばの少年は、軽く吐息した。


「やはり、僕が動くしかないみたいだな」


 少年が永遠長の下へ向かおうとしたところで、


「みたいだな、じゃねえよ」

 

 背後から声がした。振り返ると、そこには少年より10歳ほど年上と見られる男性が立っていた。


「緒方さん」

「だから、緒方さんじゃねえってんだよ」


 緒方は、とりあえず仲間である少年を叱りつけた。


「マグドラにも言われたろうが。今は、じっとしてろって」


 緒方は銃声が聞こえる方向を一瞥した。


「それに、あの男の強さは、おまえも知ってんだろ、高比良たかひら。今戦ったら、おまえもタダじゃ済まねえぞ」


 緒方の忠告を、


「だからこそですよ」


 高比良は軽く受け流した。


「あん?」

「そもそも僕たち、というかマグドラさんが彼に固執してるのは、その気になれば彼に世界を滅ぼせる力があるから、でしょう?」

「まー、そうだな」

「でも、今の彼は以前の彼じゃない。クオリティが「連結」から「移動」に変わった今、そこまでの力が彼にあるのか? 正直、僕には疑問なんです」

「…………」

「だから、僕の目で直接確かめるんです。本当に、彼にそれだけの力があればよし。逆に、もし今の僕に負ける程度の奴なら、それこそ手間暇かけてまで彼に固執する意味なんてないってことだから」

「それで、おまえが死んだら元も子もねえだろ」

「殺されたら殺されたで、それだけの力が彼にあるってことなんだから、僕は安心して逝けるってもんです。後のことは彼に託してね」


 高比良の目は本気だった。


「どうせ、もうこの世界に未練なんてありませんし」


 自分をイジメていたグループの黒幕が、唯一友人だと思っていた同級生だとわかったときから。


「あるだろ。おまえが死んだら、刹那ちゃんが泣くだろ」

「彼女が僕を気にするのは、同じイジメられてた者同士っていう親近感を持ってるからに過ぎませんよ。類は友を呼ぶっていうか、同類相憐れむっていうか、とにかく自分のことをわかってくれる誰かを求めてるだけです。溺れる者は藁をも掴む。あいつにとって、僕はもっとも手近にあった藁で、もし僕が死んだら死んだで、また別の藁を掴むだけでしょうから、気にする必要はありませんよ」


 高比良は淡々と言い捨てた。


「おまえな」

「それに、マグドラさんが懸念しているのは、下手に僕が彼を刺激して、同じ「イレイズ」ってことで、自分たちにまで火の粉が飛んでくることなんでしょうけど、これだけ人数がいれば1人ぐらい増えたってわからないだろうし、もし正体がバレそうになったら自殺しますから安心してください」


 緒方たちに迷惑をかけるのは、高比良も本意ではないのだった。


「そこまでわかってんなら、なおさらだ。マグドラはともかく、あの女王様を怒らせたら、どんなにおっかねえかはおまえもわかってんだろ」

「僕に言わせれば、そこまで自分の強さに自信があるなら、他人なんかあてにしないで自分が動けばいいんですよ」


 それをしないということは、しょせんその程度の力しかないと自覚しているということだった。


「それでいいなら苦労しねえんだよ。マグドラの奴も言ってたろうが。仮に女王様が永遠長と同じように地球人をゾンビ化して滅ぼそうとしても、永遠長がいる限り絶対実行不可能。必ず、なんとかしちまうってよ」


 正確には「天国がいる限りは」なのだが。


「だからこそ、それだけの力が本当にあるのかどうか、試すんじゃないですか」


 その力があればよし。なければ、これ以上関わるだけ時間の無駄ということなのだから。


「たく」


 緒方は頭をかいた。


「わーたよ。もう止めねえ。そのかわし、オレも混ぜろ」

「え?」

「で、もし、オレがマジでヤべえと判断したら逃げろ。それが条件だ。いいな」

「でも、それじゃ」

「よーするに、おまえはやっこさんに世界を滅ぼせるだけの力があることがわかればいいんだろうが?」

「そ、そうですけど」

「じゃあ、それが確かめられれば引いたところで問題ねえだろうが」

「わ、わかりました」

「それとな」


 緒方は高比良に囁いた。


「さっきのアレ、絶対、女王様には言うなよ。マジで面倒臭いことになっから」

「さっきのって、自分でやれってヤツですか?」

「そうだよ。それでなくとも、止めてこいって言われたのをガン無視する形になっちまってんだ。そのうえ、そんなこと言ってみろ。それこそ、どれだけ怒り狂うことか」


 想像しただけで、おっかなかった。


「わかりました」

「んじゃ、行くか」


 緒方は鎧姿に変身すると、同じく鎧を装備した高比良と並んで歩き出した。どうか、このことが女王様にバレませんように、と心の中で祈りながら。


 戦闘開始から20分。あれだけ激しく鳴り響いていた銃声が止み、園内が元の静寂を取り戻したところで、


「どうやら、あらかた片付いたようだな」


 永遠長は足を止めた。そして、改めて天国が「境界」で永遠長の両親を探そうとしたとき、背後から何者かが猛然と永遠長に襲いかかってきた。そのスピードは常人を遥かに超えていたが、


 反射!


 天国はかろうじて襲撃者の凶刃が永遠長に届く前に、襲撃者と永遠長の間に反射板を形成することに成功した。しかし、


「邪魔だ!」


 高比良の突き出した剣は安々と反射板を貫くと、そのまま永遠長の背中を刺し貫いたのだった。そして高比良に一呼吸遅れて、今度は緒方が正面から永遠長に斬り込んでくる。それを見て、永遠長は「移動」で2人を吹き飛ばそうとしたが、クオリティが発動しなかった。

 高比良のクオリティの力によるものであり、それに気づいた天国は白虎のスペリオルを発動。衝撃波が2人の襲撃者に直撃する。が、高比良は吹き飛ぶことなく踏みとどまると、


「ドラゴンイレイザー!」


 自身の持つ最大の必殺技を繰り出した。これを天国は「反射」で防ごうとしたが、反射板ごと吹き飛ばされてしまった。

 メリーゴーランドに直撃し、瓦礫の下敷きになった永遠長を見て、高比良は嘆息した。


「なんだ。みんな口を揃えて永遠長、永遠長って言うから、どれほどのものかと思えば、全然大したことないじゃないか」


 まったく肩透かしもいいところだった。


「不意打ちかました奴が言うか、それ?」


 緒方が白眼を向けるが、


「本当に彼が僕たちの脅威になるような存在なら、この程度の奇襲、難なく防いだはずです」


 高比良は悪びれなかった。


「相変わらずの模範解答だな、優等生君」

 

 緒方が茶化すと、高比良の顔が不快感で淀んだ。


「正しいことを正しいと言って、何が悪いんです?」


 憮然と言う高比良に、


「別に、何も悪かねえさ」


 と緒方が答えたときメリーゴーランドの残骸が宙に舞い上がり、その下から永遠長が起き上がってきた。


「おいおい、アレ食らって立つか、普通?」


 しかも、高比良に刺された背中の傷も治っているときた。


「いいじゃないですか」


 高比良は、むしろ嬉しそうだった。


「そうでなきゃ、ここまでわざわざ来た甲斐がない」

「たく」

「それに、心臓を串刺しにされても生きてるなら、復元できないぐらい粉々に吹き飛ばしてしまえばいいんです」

「オレとしては、その前向きさを、ぜひ自分の人生に向けてもらいたいんだがな」 

「向けてるじゃないですか。前向きだからこそ、こうして逃げることなく戦ってるんです!」


 高比良は再び永遠長へと斬りもうとしたが、その直後、


「!?」


 眼前に転移してきた永遠長に殴り飛ばされてしまった。


「この」


 緒方は永遠長へと剣を振り払った。しかし剣は空を切り裂いたのみで、


「ぶあ!」


 次の瞬間、背後に「移動」した永遠長に殴り飛ばされてしまった。

 その一撃は常人であれば絶命しているレベルの威力だったが、2人は即座に立ち上がり、ダメージらしいダメージも見られなかった。実際、永遠長が2人を殴ったときの感触は、人と言うより金属のそれだった。


「戦闘員が全滅したところで、いよいよ怪人の登場か」


 だとすれば、もう1段階ぐらいギアを上げてもよさそうだった。


『気をつけて、流輝君。この2人、救済者の力を持ってる』

「ほう」

『詳しいことは』


 天国は「共有」で得た2人に関する情報を、これも「共有」によって永遠長に伝えた。


 この2人は王静の手下ではなく「イレイズ」のメンバーであること。

 高比良は「ジークフリート」緒方は「アキレウス」の力が与えられているが、緒方の力は神ではなくマグドラから与えられたものであること。

 2人のプロビデンスは、高比良が時間停止能力。緒方が水を酒に変える能力であること。

 緒方のクオリティは「欺瞞」高比良のクオリティは「邪魔」であり、その力で永遠長のクオリティを封じたこと。

 そして、ここには王静の計画に便乗して、永遠長の力を見定めに来たことを。


「ほう。どおりで頑丈なわけだ」


 ジークフリートはケルト神話、アキレウスはギリシャ神話に登場する英雄であり、ジークフリートは竜の血、アキレウスはステュラスの水により不死の体を手に入れたとされている。そして神話の通りであれば、それ以外にもアキレウスには高速移動、ジークフリートには隠れ蓑により力を12倍にするうえ姿を消せる能力があるはずだった。


「つまり、殺す心配なしに力を使うことができる、というわけだな」


 永遠長の声が軽く弾む。実験台とは言え、ここまでは普通の人間相手ということで、それなりに手加減して戦っていたのだった。


「では、続きといこうか」


 永遠長を取り巻く空気と大地が、永遠長の高揚感に呼応するように小刻みに振動する。


 魔王降臨。


 その言葉が緒方の頭に浮かんだ。

 不死身の敵を前にして、怯むどころか嬉々として力を高ぶらせる。その禍々しい姿は、まさに魔王のそれだった。


「おい、逃げるぞ。あんな化け物、相手にしてらんねえ」


 緒方は高比良の右腕を掴んだが、


「何を言ってるんですか、緒方さん」


 高比良はその手を振り払った。


「むしろ望むところじゃないですか。僕たちは、本気になった彼の力を確かめたくて、ここまで来たんですから」

「そりゃ、おまえだけだっての」

「じゃあ、緒方さんは帰ってください。ここからは僕1人で戦いますから」


 高比良は「ジークフリート」の特殊アイテムの1つである「隠れ蓑」を身に着けた。


「あの」


 そこで緒方の声が途切れた。

 高比良のプロビデンスによるものだった。救済者となった当初、1回に止められる時間は10秒だったが、その後の訓練により今では30秒まで止められるようになっている。そして、それだけあれば永遠長を倒すには十分だった。


 この程度の小細工に殺られる程度なら、しょせんそこまでの人間に過ぎない。


「透明化プラス時間停止プラス12倍パワーだ。君が本当に、この世界を滅ぼせるほどの力があるなら、この攻撃も防げるはずだ」


 身勝手な理屈とともに、緒方は永遠長に斬りかかった。直後、永遠長が地を蹴った。そして、


「!?」


 隠れ蓑の効果で見えないはずの高比良を殴り飛ばしたのだった。


「な、なんで?」

「あれだけ気配をまき散らしておいて、なんでもクソもあるか」


 永遠長は言い捨てた。


「それ以前に、姿を消した後でベラベラしゃべるバカがどこにいる。見つけてくれと言っているようなものだろうが」


 永遠長の指摘に、


「!?」


 高比良は恥辱に顔を強張らせたが、即座に気を取り直した。


「ぼ、僕が聞いているのは、そういうことじゃない!」


 今、この世界の時間は高比良のプロビデンスにより停止している。そして、その間は誰も動けないはずなのだった。


「話にならんな」


 永遠長は言い捨てた。


「な!?」


 再び一蹴され、高比良の顔が屈辱に赤らむ。


「俺の力が「連結」から「移動」に変わったことを知っているぐらいなら、当然側にいる調のことも調べはついているはずだ」


 永遠長に言われ、


「あ!?」


 ようやく高比良は気づいた。


「共有」


 天国は高比良と「共有」することで、高比良の「時間停止能力」も使えるようになっていたのだった。そして、その「時間停止能力」を高比良が発動すると同時に、天国も発動した。


「だから動けた」

「そういうことだ」

「偉そうに。結局、他人の力を借りただけじゃないか」

「それを言うなら、おまえも「世界救済委員会」の力を借りているだけだろう」


 永遠長の指摘に、高比良は鼻白んだ。


「そんなことはどうでもいい!」

「言いだしたのは、おまえだろう」

「う、うるさい!」


 高比良は真っ赤になって怒鳴った。


「僕が見たいのは、おまえ自身の力なんだ!」


 高比良は永遠長に切り込んだ。完全に頭に血が上っているようで、まったく考えなしの特攻だった。


「ならば、お望み通り見せてやろう」


 永遠長は右手か空圧砲を撃ち放った。それは、かつて風花が永遠長に使ったものだったが、風花のように火炎放射とはならず、ただ圧縮された空気が高比良を吹き飛ばしただけだった。


「圧縮が足りない、ということか。それと、圧縮した空気を放った先に燃焼物があっても、燃える前に吹き飛んでしまっている。これだと、ただの衝撃波と変わらん」


 これを解決するには、燃焼物を「移動」により固定するか、高熱箇所に燃焼物を転移させることで引火させるかだが。


「同じ炎なら、こっちのほうが簡単だ」


 永遠長は100メートルほど上空に、同じく直径100メートルほどの赤々とした球体を出現させた。その正体は煮えたぎるマグマであり、永遠長は地下のマントル層からマグマの塊を「移動」させてきたのだった。


「マジか、おい」


 赤々と燃え上がる疑似太陽を見上げ、緒方は息を呑んだ。どう考えても悪い予感しかしない。そして、その緒方の予感は間もなく現実のものとなった。

 疑似太陽から緒方たちに向けてマグマが放射され、


「来たあ!」


 しかも放射されたマグマ砲は地面に着弾することなく、


「ちょっと待てえ!」


 ヘビのように緒方たちを追いかけてきたのだった。


「こんなもの!」


 炎蛇を迎え撃とうとする高比良を見て、


「アホか!」


 緒方が高比良を脇に抱えて逃走をはかる。


「離してください、緒方さん。あんなマグマ、僕のバルムンクで」

「アホか! あんなもん吹っ飛ばしたところで、復活するだけだろうが!」

「だったら操ってる本体を叩くまでです」

「状況を見て、物を言ええ!」


 こうして逃げ回っている間にも、炎蛇の数は増え続けて、今や10匹に達していた。とてもじゃないが、この数の炎蛇をくぐり抜けて、永遠長のところにたどり着くなど不可能だった。それに、もし炎蛇の群れをくぐり抜けられたとしても、永遠長の元には炎蛇を生み出した母体が待ち構えており、しかもその母体は永遠長の意思次第でいくらでも量産できると来ている。


 こうなったら、三十六計逃げるに如かず。


「撤収ー!」


 緒方は「アキレウス」の能力の1つ「俊足」を最大限に発動して、炎蛇の群れから逃げ去った。その後ろ姿を目で追いながら、


『仕掛けてきたのはあっちなのに、なんだかこっちが悪者みたい』


 天国が皮肉ると、


「今に始まったことじゃない」


 永遠長が言い捨て、


『確かに、いつものことね』


 天国は苦笑した。


 一方、


「コンチクショー!」


 なんで俺がこんな目にい!


 涙目で「グリーンランド」を飛び出した緒方は、さらに500メートルほど走ったところで足を止めた。


「ここまでくりゃ、ひとまず安心だろ」


 緒方は脇に抱えていた高比良を解放した。そのとたん、


「どうして逃げたんですか!」


 高比良が食ってかかってきた。


「あのな」


 緒方は嘆息しつつ高比良に目を向けた。すると、高比良の背後に永遠長が立っていた。


「ぎゃあああ! 出たああ!」


 目が飛び出さんばかりに仰天する緒方の横で、


「わざわざ追ってきてくれるとは、探す手間が省けた!」


 高比良が剣を身構える。


「バカ! 逃げるんだよ! こんな化け物、相手」


 緒方は高比良の手を掴もうとしたが間に合わず、高比良は永遠長に斬りかかってしまった。


「バカ野郎!」


 緒方は高比良を連れ戻そうとしたが、


「波動」


 それより早く、永遠長の放った振動波が高比良と緒方を撃ち貫いた。


「何かと思えば」


 高比良は鼻で笑うと、


「だから衝撃波は効かないと」


 再び永遠長に斬り込もうとした。直後、


「え?」


 高比良の膝が崩れ落ち、そのまま転んでしまった。そして、それは緒方も同じで、


「なん、だ、こりゃ?」


 頭がフラつき、その場に突っ伏してしまった。


「簡単な話だ。神話の通りなら、おまえたちが不死身なのは血と水を浴びた外皮のみ。ならば、脳や心臓といった内臓器官は普通の人間と変わらない可能性が高い。そこで金属であろうと浸透する振動による攻撃であれば、ダメージを与えられるのではないか? と考えた。そして試してみたらできた。ただ、それだけの話だ」


 永遠長の説明を聞き、


「なるほど。つまり、こりゃあ、パンチドランカー症状ってわけか」


 緒方は合点がいった。


「だから、なんだって言うんだ?」


 高比良は震える膝を押さえつけながら立ち上がった。


「こんなもの、ただ相手の弱点を突いただけの、小手先の技でしかない」


 高比良は永遠長を睨みつけた。


「僕が見たいのは、そんなんじゃない。僕が見たいのは、知りたいのは、本当に君に世界を滅ぼせるほどの、絶対的な力があるかどうかなんだ!」

「……いいだろう。そこまで言うなら見せてやる」


 永遠長は「移動」で高比良と緒方の動きを止めた。


「なんだ? 大口を叩いておいて、何をするかと思えば、ただ動きを封じただけじゃないか」


 高比良は鼻で笑った。


「そう。動きを止めただけだ。そして、これがおまえが知りたがっていた、地球人を絶滅させる方法の1つだ」


 永遠長は淡々と言った。


「これが? こんな金縛りで、どうやって人類を滅ぼすって言うんだ?」

「地球の自転を止める」


 永遠長の口から出た答えに、


「え?」


 高比良は呆けた顔で瞬きを繰り返した。


「地球が自転しているのは、星本来が持つ特性からじゃない」


 地球が自転している理由には、超新星爆発による衝撃波により発生したとする説と、火星ほどの大きさの星が地球に衝突したことで起きたとする、いわゆるジャイアントインパクト説がある。そして、そのどちらにも共通して言えることは、地球が自転しているのはあくまでも外的要因によってであり、現在も回転し続けているのは、真空である宇宙空間には地球の自転を停止させる力が存在しないからに過ぎないのだった。


「つまり、なんらかの力により1度止められてしまえば、地球は2度と回転しない」


 そして自転が止まればどうなるか?


「地球は太陽が照りつける灼熱の世界と、日の光が届かない極寒の世界に二極化することになる」


 もっとも、それだけであれば、まだ人類に生き残る目はある。


「だが、地球が自転しなくなると、それに伴い自転により発生していた地磁気も発生しなくなり、その結果、それまで地磁気により防がれていた放射線が地球に降り注がれ、地球上の生物は死滅することになる」

「……それを、できるっていうのか?」

「やってみなければわからんが、たぶんできるだろう」


 永遠長は軽く答えると、高比良と緒方を上空に「移動」させた。


「そして、2つ目が月を地球にぶつける」


 永遠長の声は、やはり軽かった。


「月を丸ごとぶつけるか、でなければ月を分解して地球にぶつける。ただし分解した場合、他の隕石と同様に大気圏に突入する際に燃え尽きる可能性があるから、隕石が突入する際、前方の大気を「移動」させる。そうすれば、隕石は原形を留めたまま地上に激突するから、大きさ次第で核爆弾並のダメージを地上に与えることができる」


 それを各国の主要都市に撃ち込めば、人類の8割は抹殺できるはずだった。


「でなければ光速でぶつけるか。相対性理論によれば、光速に達した物体は質量が無限大に増幅されるらしいから、それこそ10メートルほどの石を光速で地球に撃ち込めば、それだけで地球を破壊できるはずだ。理論通りならな」


 問題は、今の「移動」には、まだ物体を光速で動かすほどの力はないということだった。


「あるいは、ブラックホールを作り出して地球を飲み込ませるか。あるいは「移動」で空間を切り裂いて、地球を真っ二つにするか。もっとも、そんな真似をするぐらいなら、大陸を地盤沈下させて海に沈めるなり、地下のマグマや北極の氷を大国の上に落としてやるほうが、よっぽど手っ取り早いから、これはあまり現実的な方法とは言えん」


 でなければ、地脈をいじるか地割れを起こすなりして世界中に大地震を引き起こすか、大津波を起こして水没させるという方法もある。


「顕現」


 永遠長の両手から電光がほとばしり出た。


「そして、これが現状考えうる、もっとも確実で効率的な方法だ」

「電撃? いや、プラズマか? そんなもので」

「誰が、そんなことを言った?」

「え?」

「ガンマ線バースト」


 永遠長の口から出た名称に、高比良の息が一瞬止まり、


「ガンマ? は?」


 緒方は初めて聞く名前に目を瞬かせた。


「ガンマ線バーストとは、ブラックホールが発生する超新星爆発が起きた際に放出されるガンマ線のことだ。そして、もしこのガンマ線バーストによるガンマ線が地球に到達した場合、地球上の生物は大量絶滅すると言われている」


 ガンマ線は、電磁波の中でもっとも短い波長と高い周波数を持ち、もっとも高いエネルギーを持っている。そのためほとんどの物質を貫通し、生物の組織や構造に多大な損傷を引き起こす。加えて、ガンマ線は10秒地球に降り注いだだけで、地球のオゾン層の半分を消し飛ばすと言われている。そしてオゾン層がなくなれば、太陽からの紫外線を遮ることができなくなり、地球の生物の大半は死に絶えることとなる。

 実際、4億5千年前に起きた大量絶滅は、6千光年離れた場所で起きたガンマ線バーストが原因の可能性があると言われているのだった。


「つまり、大量のガンマ線を地球に撃ち込むことができれば、人類を滅ぼせるということだ。そしてガンマ線とは放射線の1種であり、放射線という名称が電磁放射線の総称であることからもわかるように、放射線とは電磁波だ」


 そして永遠長の神器であるアルカミナには、電磁波を発生させる力がある。


「つまり、アルカミナにはガンマ線を発生させ、それを「増幅」「強化」した上でバーストさせれば、地球に再びガンマ線バーストを発生させられるということだ」


 永遠長が説明している間も、両手にほとばしる電光は激しさを増し続ける。


「そして電磁波は、振動と同様、ドラゴンの血であろうとステュクスの水だろうと貫通する。つまり、これを食らえば、おまえたちだろうと確実に死ぬということだ」


 永遠長はスパークさせた両手を、高比良と緒方に向けた。


「この短時間で「増幅」も「強化」もしていない電磁波では、ガンマ線バーストにはほど遠いが、おまえたちの息の根を止めるだけなら、これで事足りる」

「ちょ、ちょっと待てえ!」


 緒方は逃げようと足掻いたが、手足が虚しく空を掻き分けるのみだった。


「待たせたな。これが、おまえたちが見たがっていた、世界を滅ぼす力。その一端だ」


 永遠長は高比良と緒方をロックオンした。


「オレは見たがった覚えはねえ!」


 緒方は断固抗議したが、


「見物料は、おまえたちの命だ」


 永遠長にスルーされてしまった。


「高比良! おまえもなんか言え! てか、ゴメンナサイしろ! 元はと言えば、全部おまえのせいなんだぞ!」


 緒方に振られた高比良は、


「何が、その一端だ。どうせ見せるなら、そんなショボい力じゃなく、本当に世界を滅ぼすガンマ線バーストを見せろよ。本当にできるなら、の話だけどな」


 挑発気味に鼻を鳴らした。


「アホー! さらに挑発してどうする!」


 緒方が注意するも、高比良は聞く耳を持たなかった。


「どうした? 見せてくれよ。冥土の土産なんだろ?」

「そんな冥土の土産いらねえ!」

「だったら、しけた線香花火じゃなく、盛大な打ち上げ花火を見せてくれよ。それで世界を滅ぼせるなら、僕の命の1つや2つ安いもんだ」

「安くねえよ! オレの命は地球より重いんだ!」

「さあ、やれよ。それとも、やっぱり口だけかよ!?」

「だから挑発すんな!」


 緒方は猛然と抗議したが、やはり黙殺されてしまった。そして高比良の命懸けの挑発を、


「ことわる」


 永遠長は容赦なく切り捨てた。


「おまえに、そんな価値はない」


 永遠長に突きつけられた冷酷な評価に、


「な!?」


 高比良の顔が屈辱で強張る。


「おまえが自分で世界を滅ぼそうとするほどの豪傑ならば考えもするが、人外の力を与えられておきながら、他力本願で目的を果たすことしかできないような、チンケで小便臭い、しみったれた小物のために、なぜ俺がそんな無駄な労力を使わなければならんのだ」

「し!? なんだと!?」

「もし俺に、全力のガンマ線バーストを使わせたいなら、それを使うに値するだけの強さを身に着けてから出直してこい」


 永遠長に容赦なく断じられ、高比良の口が真一文字に引き結ばれる。


「もっとも、おまえはもう死んでしまうわけだが。電光」


 永遠長が縮小版ガンマ線バーストを発射しようとしたとき、


「!?」


 永遠長の体が氷塊に閉じ込められた。と、同時に、高比良と緒方の側に1人の女性が出現し、高比良と緒方を何処かへと連れ去ってしまった。

 数秒後、永遠長は氷塊から脱出したが、そのときすでに3人の姿は視界から消えていた。

 念のため、天国は「境界」で周辺を探ったが、それらしい存在は見つからなかった。


『もう、この辺りにはいないみたい』

「放っておけ。あんな奴ら、殺すにも値しない」

『それと、ご両親も、ここにはいないみたい』


 ここに来た当初は、あるいは王静の「偽装」により、どこかに監禁されているのかとも思ったが、どうやら永遠長の両親は、ホテルで休んでいるだけのようだった。


 永遠長をおびき出すためとはいえ、本当に両親を拉致監禁すれば犯罪となってしまう。

 そこで王静は、永遠長の両親を夕食に誘い、その料理の中に眠り薬を入れたのだった。そして、2人が眠ったところで部屋に運び、母親の携帯を使って永遠長に電話をした。

 こうすれば、永遠長には両親を誘拐したと信じさせられる一方、実際には部屋に運んだだけなので法的な罪に問われることはない。そして襲撃場所を自分の所有地とすることで、仮に事が公になった場合でも「勝手に私有地に侵入した永遠長が悪い」と、正当防衛を主張できると考えたのだった。


「そういえば、そっちの始末が残っていたな」


 永遠長は「移動」で「富士グリーンランド」を離れた。


 一方、その永遠長にお目溢しされた高比良と緒方はというと、逃げ延びた先の公園で、


「まずは正座」


 命の恩人であり、同じ「イレイズ」のメンバーである東雲忍しののめしのぶに、お説教を食らっていた。


「これは一体どういうことなのかしら?」


 緒方より3歳年上の女性は、緒方を冷ややかな目で見下ろした。


「緒方君、あなたがあそこに行ったのは、高比良君を止めるためだったはずよね?」

「……はい」

「それが、どうして高比良君と一緒になって、戦っていたのかしら?」

「それはでございますですね。これには深い事情がございましてですね」

「だ、か、ら、その深い事情と言うのを聞いているのだけど?」


 東雲のこめかみが、かすかに揺れ動く。


 女王様に凄まれ、恐怖に顔を強張らせる緒方に代わり、


「緒方さんは悪くありませんよ」


 高比良が答えた。


「緒方さんは僕を止めようとしたんです。でも僕が言うことを聞かないから、仕方なく協力してくれたんです。本当にヤバくなったら、言うことを聞いて逃げるって条件で」

「どうだか。その気になれば強引にでも連れ戻せたでしょうに、そうしなかったのは、なんだかんだ言って、緒方君自身が彼の力に興味があったからじゃないの」


 その可能性が高いと思ったからこそ、東雲は須磨すまと一緒に様子を見に来たのだった。


「刹那ちゃんには感謝しなさい。その子が危険を冒して彼を氷漬けにしてくれたお陰で、あなたたちを逃がす時間が稼げたんだから」


 須磨には「雪の女王」の力があり、その力で永遠長を氷漬けにしたのだった。


「そんな、私なんて……」


 高比良と同年代の少女は、うつむきながらつぶやいた後、


「でも、高比良君が無事でよかった」


 涙ぐんだ。


「ほら見ろ。泣かしちったじゃねえか」


 緒方は高比良を肘で突付いた。


「それがわかってたんなら、ちゃんと止めなさい。子供の暴走を止めるのが大人の役目でしょうが」


 東雲に睨まれた緒方は、


「しいません」


 身を縮めた。


「別に助けてくれなんて言ってませんよ。僕がどうしようと僕の勝手。誰に文句を言われる筋合いもない」


 高比良は不貞腐れ気味に、フンと鼻を鳴らした。直後、


「だ!?」


 東雲は持っていた杖で高比良を突き倒した。すると、高比良の姿が豚へと変化していった。東雲の「キャラ」は「キルケー」で、彼女は対象に杖を当てることで、動物や魔物に変身させることができるのだった。


「しばらく、その姿で反省してなさい」


 容赦ない東雲の仕打ちに、


 コエー、この女、マジコエー。


 緒方は震え上がりながら、心から高比良に同情していた。それでもコイツは反省しねえだろうなあ、と思いながら。


 そして富士グリーンランドでの顛末は、


「失敗しただと!?」


 時を置かず、王静の知るところとなった。


 この結果は王静にとって完全に想定外だったが、まだあきらめるのは早かった。

 この1件の首謀者が自分であることは永遠長も気づいているだろうが、その証拠はなく、誘拐事件そのものも世間的には起きていない。つまり、永遠長に自分を糾弾する術はなく、逆に自分の手元には永遠長の両親という切り札が残っている。

 これがある限り、何度でも永遠長を呼び出すことができる。そして、次は金を惜しむことなく、最強の手駒を揃えて、今度こそ永遠長を始末してやる。

 王静が今後の算盤を弾き終えたとき、


「!?」


 永遠長が瞬間移動で現れた。


 突然の事態に動揺する王静に構わず、


「おまえには今、2つの選択肢がある」


 永遠長は最後通牒を突きつけた。


「1つは、このまま破滅する道。そして、もう1つは異世界ギルドの社員となり、エルギアの治安維持に尽力する道だ。そして、もしおまえがエルギア方面の担当となるなら、おまえの財産と命は俺が保証してやる」

「ふざけるな! 誰が貴様の下になどつくか!」


 王静は怒鳴りつけた。


「それを言うなら、こっちも選ばせてやる。黙って俺に異世界の権限を渡すか。それとも俺に殺されるかをな」

「それがおまえの答えというわけだな」 

「この恩知らずの日本人が! 今日はなんとか逃げ延びたようだが、貴様を始末する方法などいくらでもあるんだ! 覚悟しておけ!」

「寝言を言うな。俺は、おまえに恩など受けた覚えはない」

「それが恩知らずだと言うんだ! 日本が戦後に復興できたのは、日本が南京大虐殺や第二次世界大戦で暴虐の限りを尽くしたにも関わらず、中国がそれを許し、賠償金を放棄してやったからだ!」


 王静は永遠長を指さし、怒鳴りつけた。


「そして、今も日本が曲がりなりにも経済大国として生きていけているのは、中国がそんな日本と未だに貿易を続けてやっているからこそだ!」


 実際、現在の日本の最大の取引相手はアメリカではなく中国であり、2023年の貿易収支は中国が約130億ドルの赤字となっているのだった。


「つまり今の日本があるのは、すべて中国のおかげなんだ! それを忘れ、異世界の権益を独占している。これが恩知らずでなくて、なんだと言うんだ!」


 一見もっともらしい王静の主張だったが、


「何を言うかと思えば、くだらん」


 永遠長には、なんらの感銘も与えなかった。


「なんだと!?」

「そもそも、中国が賠償金を放棄したのは日本のことを考えたからじゃない」


 第二次世界大戦後、中国が賠償金を放棄したのは、サンフランシスコ講和条約で国連が敗戦国に寛容な態度をとったこと。

 1952年の平和条約交渉で、台湾政府が日本への賠償を断念したこと。

 放棄すれば日中関係の正常化を早期に実現でき、日本と台湾の関係に楔を打つことができる。

 これらのことを考慮した結果に過ぎないのだった。


「そして、確かに中国は日本から賠償金こそ受け取っていないが、それ以上の金額を援助金として受け取っている」


 これまで日本は、中国にODAとして約3兆3000億円。無償資金協力として約1600億円。技術協力として約1900億円を支出している。これは、日本が他のすべての連合国に対して支払った賠償金約605億をはるかに超える額なのだった。


「要するに、中国は外的要因から賠償金を放棄するほうが、後々のことを考えれば得策だと判断したに過ぎんのだ。賠償金を放棄すれば他国から評価される上、日本にも恩を売れ、マウントを取ることができる。そして、それを事あるごとにちらつかせれば、それ以上の金額を日本から搾り取ることができるとな」


 結果、中国は世界第2の経済大国へと成り上がった。


「そして、今も日本と緊密な貿易を続けているのは、そのほうが得だからだ。経済的な問題もあるが、日本の経済を中国に依存させれば、それだけ日本への影響力を強めることができるからな」


 南京大虐殺についても同じこと。


「確かに当時、日本人による中国人の殺害、暴行、略奪は行われたが、それは戦時下においてはどこの国でも行われていたことであり、むしろ当時の日本は被害を最小限にとどめるために、占領した南京への兵士の立ち入りを制限していた」


 人道的活動として設置した南京安全区には、25万人の中国人が避難していたが、ここに日本軍は砲撃を行わず、占領後も日本兵の立ち入りを制限したのだった。


「そもそもだ。仮に中国の言う通り30万の中国人が殺されたとしたら、その死体をどう処理したんだ?

もし本当に殺されたのなら30万人分の死体が残り、それを埋葬した記録が残るはずだ」


 そう子供ながらに思った永遠長が調べてみると、1日に600体の死体を南京城外に埋めただの、長江に流しただの言う記述が出てきた。かと思うと、その一方で死体を処理した「南満州鉄道株式会社南京特務班」の報告書によると、毎日5、6台のトラックで2、300人の遺体が埋葬され、事件から3ヶ月後の報告書には約3万人の死体を指定地域に埋葬されたと記されていた。


「つまり、この報告書の通りなら30万人の遺体を埋葬するのに、30ヶ月かかったことになる。さぞ死体の腐乱は進んだことだろうな。ウジも大量発生しただろうし、よく感染症が発生しなかったものだ。30万人1人1人を棺桶にでも入れて保存でもしてたのか?」

「あ、後で人手を増やしたんだ!」

「ほう。なら、その記録が残っているはずだ。それに埋葬した場所もな。そして、埋葬された遺体もな。本当に30万人分あるか、今から行って掘り返してやろうか?」


 永遠長の眼光が底光りした。


「それに、被害者がどうたらこうたら言っているが、それを言うならアヘン戦争での被害者のほうが、南京大虐殺をはるかに上回るはずだ」


 アヘン戦争は1840年と1856年に清とイギリスの間で起きた戦争であり、原因はイギリスが清に輸出したアヘンにより、大量の中毒者を出したことだった。そして、それを清が禁止しようとしたことで、イギリスと戦争となり、清は敗北した。


「結果として清はイギリスに多額の賠償金を払うことになり、アヘンの流入も合法化された」


 そして20世紀前半の満洲国には、約3000万人の中毒者がいたと言われている。


「つまりアヘン戦争後、毎年3000万人の中毒者がいたとして、その内の1パーセントが毎年アヘンが原因で死んだとしても、約2000万人がイギリスによって死んだことになる」


 だが現在に至るまで、そのことで中国がイギリスを非難したことはない。


「それは、当時の中国が戦争でイギリスに負けたからだ。つまり、中国人が日本人に南京大虐殺だのなんだと言ってるのは、日本は敗戦国だから何を言ってもいいと思っているからに過ぎんということだ。そんな身勝手連中をまともに相手にしてやるほど、俺は暇でもお人好しでもない」


 永遠長の目に殺意が宿る。


「それでも、まだガタガタぬかすようなら、もう1度中国と戦争して皆殺しにしてやってもいいんだぞ」


 永遠長に射すくめられた王静は、


「で、できもしないことを」


 そう言い返しつつも、その顔色は青ざめていた。


「できもしないことを言っているのは、おまえのほうだろう」

「なんだと?」

「俺を殺すのなんのと言っているが、もはやおまえにそんな力はないということだ」

「そんなハッタリに」

「今にわかる」


 永遠長はその言葉を最後に、王静の前から姿を消した。


 そして一夜が明け、永遠長と天国が食堂に向かうと、いつも以上のお通夜状態となっていた。と思った矢先、


「永遠ー!」


 こちらも、ちょうど食堂にやって来た木葉が駆け寄ってきた。


「ずっこいぞ、永遠! 自分ばっか戦いおって!」


 最近、召喚獣問題の後始末に追われる毎日だったため、欲求不満が溜まっているのだった。が、永遠長にとって、問題はそこではなかった。


「なぜ知っている?」


 昨日のことは、天国しか知らないはずなのに、だ。


「そういえば流輝君には言ってなかったけど、昨日の戦い、動画配信されてて」

「なに?」

「流輝君が出てった後で寺林さんの校内放送があって、寺林さんが配信してる寺ちゃんねるで、これから流輝君と王静一味とのバトルが見られるから、興味のある人は見るようにって」


 常盤の実況と寺林の解説付きで。


「……それで、いつも以上に辛気臭い空気なのか」


 永遠長は改めて食堂に視線を走らせた。


「そりゃそうよ。沢渡を半殺しにした程度なら、まだちょっとヤバい奴で済むけど」


 軽く言う秋代に、


 済むんだ。


 小鳥遊は心の中でツッコんだ。


「ガンマ線バーストだっけ? その気になったら、マジで世界を滅ぼせるとなったら、シャレにならないもの」


 学生がビビるのも当然だった。


「言っておくが、あれはガンマ線バーストじゃない」


 永遠長は食券を買いながら言った。


「え!? 違うの!?」

「当然だろうが。あんな至近距離でガンマ線を発生させたら、俺自身タダじゃ済まんだろうが」

「じゃあ、ガンマ線バーストって、ハッタリだったわけ?」

「ハッタリじゃない。その気になれば作れる。ただ、昨日のあれはそうじゃなかったということだ」


 アルカミナだけを宇宙に移動させて、遠隔操作でガンマ線を放出させるなりして。


「そもそも、もしあそこで使っていたら、殺人罪で逮捕されてしまうだろうが」


 たとえガンマ線が即座に死に直結しなくても、どこから誰が給弾してくるか知れたものではないのだった。朝霞の義父を始末したときのように。


「それに、あのときも言った通り、あいつらにそんな価値はない」


 永遠長は食券と引き換えに朝食を受け取ると、空いていたテーブルに腰掛けた。そして秋代たちも、その周辺に腰掛ける。


「まあ、なんにせよ「連結」が「移動」に変わっても、あんたがデタラメチートだってことに変わりはないってことが、昨日の戦い見てて、よーくわかったわ」


 秋代は皮肉交じりに言った。


「ふざけるな。ガンマ線自体はアルカミナの力であって、俺が使っていたのは、あくまでも「移動」に過ぎん。そして、その「移動」も言ってしまえば超能力者のサイコキネシスでしかない。要するに、昨日のことはサイコキネシスが使える者なら誰でもできることで、チートでもなんでもない」

「普通の超能力者は地底から溶岩転移させたり、地球の自転止めたりしないわよ」

「俺は俺のクオリティでできることをしている。ただ、それだけの話だ」

「その、できることがデタラメチートだって言ってんのよ」

「うるさい奴だ。そこまで「移動」がチートだと思うなら、おまえも自分のクオリティを「移動」に変更すればいいだろうが」

「あんたみたいに、四六時中異世界に移動する方法ばっか考えてられるわけないでしょ」

「だったら黙っていろ。やろうと思えばできることすらせず、他人のやることにケチをつけるだけのクレーマーや、揚げ足を取るしか能のない自称人格者の御託など耳障りでしかない」


 永遠長が言い捨て、


「く……」


 秋代の眉間に亀裂が走り、尾瀬の顔が一瞬硬直した。


「それはそうと」


 見るに見かねた小鳥遊が、やんわりと話題を変えた。


「あの後、ご両親は無事に助け出せたの?」


 寺林の動画配信は「イレイズ」との戦闘までで、その後のことは誰も知らないのだった。


「自宅に「移動」させた後、さっさとアメリカに帰れという手紙と、手切れ金として1億円の小切手を置いてきた。後は知らんし興味ない」


 最初は5000万円にしようと思っていたのだが、贈与税などを考慮して1億円にしたのだった。


「じゃあ、とりあえずは一安心だね」

「とりあえずも何も、この先あいつらに何があろうと、俺が動くことは金輪際ない」

「まあ、それはあんたの勝手だけど、あの中国人のほうはどうなったわけ? 放っておいたら、また何するかわかんないわよ、あの中国人」


 かと言って殺すわけにもいかないため、秋代としても対処に困っているのだった。


「エルギアの担当になるよう誘ったが断られた」

「は? て、あんた、また、そんなこと考えてたわけ?」


 真境だけでは飽き足らず。


「あの執念と現状を打開しようとする突破力は、エルギアを守るにあたって大いに役に立つからな」


 何より、次に何をするかわからないので、見てて飽きないのだった。


「マジで好奇心だけで生きてるわね、あんた」

「やる気のない人間に、無理強いするわけにはいかんからな。エルギアの担当探しは1からやり直しだ」

「だったら、小鳥遊さん、やってみない?」


 天国に唐突に話を振られ、


「え?」


 小鳥遊の目が丸くなる。


「本当のところ、小鳥遊さんも内心そう思ってるんでしょ」


 王静からモンスターファームの話を聞いたときから。


「エルギアにモンスターの保護地区を作って、そこで傷ついたモンスターを治療したり、牧場を運営できないかって」

「う、うん、地球みたいに動物保護団体や本格的な動物病院を作れればいいなって思ってたけど」

「そんなこと考えてたの、小鳥遊さん?」

「考えてたっていうか、できたらいいなぐらいの感じだったけど」

「確かに、本当にやろうと思ったら色々と大変だし、どうするかは小鳥遊さん次第だけど」


 天国にそう言われた小鳥遊は、永遠長を見た。すると、永遠長は露骨に難色を示していた。


「ダメ、かな?」

「小鳥遊がやるのは構わんが」


 その場合、加山もセットでついていくだろう。そうなると、


「地球担当は秋代と木葉だけになる」


 今まで、曲がりなりにも地球担当がまともに機能していたのは、小鳥遊がいればこそ。


「こいつらだけで、まともな運営などできるわけがないだろうが」


 永遠長の容赦ない駄目だしに、


「く……」


 秋代は顔を強張らせ、


「なんで、わしらだけなんじゃ?」


 木葉は小首を傾げた。


「土門と禿もおるじゃろが」

「そいつらにはそいつらで、他にやることがある」

「え?」

「こいつらは2年後の夏までに、モスで病院を開業しなければならん。そして、そのためには本来の学業に加えて、できるだけ多くの医学を学んでおく必要がある」

「モス?」


 土門と禿は困惑した顔を見合わせた。


「忘れた? 去年の夏、あなたたちに何があったのか」


 天国が永遠長の説明を引き継いだ。


「去年の夏?」

「去年の夏、あなたたちは異世界ツアーでモスに置き去りにされた。そして、あの施療院で肺炎にかかっている子を助けた」

「あ……」

「つまり、2年後の夏、あの日あの場所にあなたたちが行かないと、あの子は死んじゃうってこと」


 もちろん、永遠長が時間を巻き戻したことで、歴史が変わった可能性はある。


「そして、もし助けに行った場合、その後どうなるかは、あなたたちが1番わかってるでしょ」


 噂を聞いた病人たちが、土門たちのところに押し寄せてくる。そして医学知識の乏しい土門たちは、重病人を前に自分の無力さを思い知らされることになる。


「つまり、それまでにあなたたちは、本物の医者とまではいかなくても、ある程度の病人を治療できるだけの医学知識を身につけておかなければならないってこと」


 土門たちに、まだあの少女たちを助けたいという思いがあるのならば。そして土門たちに、あの少女を見捨てることなどできるわけがなかった。


「それと、禿さん、思ってたんでしょ。できれば、あの商人たちのことは自分の手でケリをつけたかったって」


 天国の指摘され、禿の目に怒りの炎が再燃する。


「そして、そのためには医学知識だけじゃなく、その連中を叩き潰せる強さが必要になる。モスでのね」


 現在の土門と禿には、女神にもらった神器がある。しかし、それも常に身につけていられるわけではない。そして「ジョブシステム」とクオリティによる底上げがなければ、今の土門たちの強さは一般人に毛が生えた程度に過ぎないのだった。


「流輝君が言いたいのは、それらを諸々考えたら、異世界ギルドの運営に携わっている時間なんて、そうそうないだろうってこと」

「どうするも、おまえたち次第だ。俺としては、あの王女はあのまま放置しておくほうが、世のため人のためだと思っているしな」


 永遠長の意見に禿も同感だった。


「そ、そんなわけにはいきませんよ」


 土門はあわてて否定したが、言われたことを考え合わせると、確かに時間はいくらあっても足りなかった。


 そして少年たちが己の未来に思いを馳せているとき、青年から中年に差し掛かろうとしている中国人は、過去に囚われ復讐心に身を焦がしていた。


「今度という今度こそ、あのガキを始末してやる」


 会社の社長室で、王静は今後のプランを練っていた。


 今回失敗したのは、用意した刺客が二流だったから。


 それが王静の結論だった。そして2度と同じ轍を踏まないために、今度は金を惜しまず、黒社会でも一流どころを揃えて事に当たる。そうすれば、あのガキも今度こそ終わりだろうし、それを実行できるだけの資金が自分にはあるのだった。


 見ていろ。あのガキめ。大人をナメるとどうなるか、すぐに思い知らせてやる。


 しかし、その自信は長くは続かなかった。

 

 事件から3日後、王静がいつものように車中で株価を調べてみると、自身の持ち株がすべて売却されていたのだった。

 最初は何かの間違いかと思った。しかし、確認すると、株は確かに売却手続きがなされているという。しかも売却は株だけに留まらず、自宅や別荘などに及び、その資金は自身の預貯金共々、すべてボランティア団体に寄付されてしまっていた。のみならず、会社には退職届が提出され、受理されていたのだった。

 むろん、そんな真似をした覚えなど王静にはなかった。しかし確認した譲渡契約書には、確かに王静の署名と会社印が押されていた。そして、その譲渡先として記されていたのは、すべて永遠長の異世界ギルドだった。


 事、ここに至って、王静は理解した。すべては永遠長の仕業であり、ただ1人の日本人のために、自分は身ぐるみはがされて、セレブから最下層に叩き落されてしまったのだということを。

 そして、1人の中国人実業家が破滅した翌日、別の中国人が永遠長を訪ねて常盤学園を訪れた。

 来訪者は王静より大家である李家の使者を名乗り、応対した永遠長に挨拶した後、本題を切り出した。


「李大人は此度のこと、すべて承知なされております。ですが、李大人は懐深いお方。もし、あなたが「異世界ギルド」の運営権を差し出すというのであれば、今回のことは不問に付すとのことです」


 傲慢とも言える使者の申し出に、


「ほう」


 永遠長の目がかすかに細まった。


「なら、帰って主に伝えるがいい。俺も優しいから、今回のことは大目に見てやる。だが、もしこれ以上異世界に手を出すようなら、相応の代償を払うことになるとな」


 双方の不遜の応酬により、場に不穏な空気が流れたが、


「承知しました。帰って主に、そうお伝えいたします」


 李大人の使者は、そう言って引き下がった。


 こうして、エルギアの召喚獣に端を発した一連の事件は、冬の終焉とともに収束した。


 そして迎えた春休み。

 1人の少年がディサースの地を踏むことになる。

 それは、本人にとっては細やかな好奇心に過ぎなかった。

 だが、その好奇心が自分に何をもたらすのか。

 このときの少年は知る由もなかったのだった。



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