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第208話

 学園裁判所の廃止から半年。


 間近に迫った夏を前に、清川中学校では生徒会役員選挙の日が近づいていた。しかし、ここまでの立候補者は2名のみ。全役職の半数にも満たない数だった。

 清川中学の生徒会は、以前から無気力生徒会やお飾り生徒会と呼ばれ、なり手不足が問題視されてはいた。しかし、ここまでの立候補者数は前例がなかった。そして、その原因が前年に設立した学園裁判所にあることは、誰の目にも明らかだった。


 去年、清川中学の生徒会は、不必要な学園裁判所の設立により殺人事件を招いたとして、マスコミを始めとする世間から大いに叩かれた。

 久世を始めとする当時の生徒会は、そのバッシングを甘んじて受け入れたが、生徒会に対する世間の目は未だ厳しい。

 今度、不祥事を起こせば、どれだけ叩かれるかわからない。トラブルメーカーのレッテルを貼られた生徒会に、わざわざ時間と労力を費やしてまで入ろうとする物好きは、今の清川中学校にはいなかったのだった。


 このままでは、久世会長や朝比奈副会長に顔向けできない。


 危機感を覚えた此花は、目ぼしい人材に声をかけまくったが、返ってきたのは消極的な答えばかりだった。


「もう、放っときなさいよ。やりたくない奴に無理矢理やらせたって、ろくなことにならないんだから」


 昼食のコンビニ弁当に箸をつけながら、白河は向かいに座る此花に言った。

 2年のクラス替えで此花と同じクラスになった白河は、此花と昼食を取ることが日課となっていた。それだけでなく、此花が毎朝家まで迎えに来るため、毎日一緒に登校しているのだった。


「そんなわけにいくか。このまま生徒会が私の代で潰えてしまったのでは、後を託してくれた久世会長たちに顔向けできんだろうが」


 それだけは、断固として阻止しなければならないのだった。


「そもそも、こうなったのは、その久世会長が原因でしょ? しかも、その本人は生徒会任期が終わったら、さっさと転校してっちゃうんでしょ。なんで、そんな無責任な人に義理立てしなきゃなんないのよ。バカバカしい」


 久世は一学期の終了を待って、朝比奈と共に常盤学園に転校することが決まっているのだった。


「何を言うか。久世会長たちは、今度こそ理想とする学園裁判所を創り上げるために、新天地へと赴かれるのだ。ならば久世会長たちが後顧の憂いなく出立できるよう、久世会長たちがいなくなった後も、生徒会は盤石であることを示すのが、後を託された我々の努めだろうが」

「そうやって、ムダに他人のことを考えてやる人間がいるから、自己中が調子に乗るのよ。自分たちが、どんなバカな真似をしても、後は誰かが何とかしてくれるって」


 白河は吐き捨てた。


「久世会長たちは、そんな人間じゃない!」

「それは、わかってるわよ。そもそも、こうなった諸悪の根源は他にいるんだし」

「なんの話だ?」

「こっちの話よ。それに、生徒会なんてなくなったらなくなったで、なんの問題もないでしょ。そもそも生徒会なんて、生徒の自主性がどうのこうの言ってるけど、とどのつまりは面倒事を少しでも減らしたい教師陣が、雑用を押し付けるために作っただけのものなんだから。なり手がいなくなったらいなくなったで、その分の仕事は教師がやればいいのよ。わざわざ、こっちがあいつらの負担を減らしてやろうとして作ったものを、自分たちで廃止に追い込んだんだから」


 白河に言わせれば、それこそ自業自得なのだった。


「それとこれとは話が別だろう」

「別じゃないわよ」

「とにかく、今の段階では、生徒会のなり手は私たち2人しかいないんだ。せめて、あと2人は立候補者を探さないと、活動に支障をきたすことになる」

「……ちょっと」

「なんだ?」

「何よ、その私たち2人って?」

「決まっているだろう。私とおまえだ」

「何、フザけたこと言ってるのよ。私がいつ、そんな面倒事引き受けるって言ったのよ!?」

「何を言っている? 学園裁判所の検察官を引き受けたときから、おまえはもう立派な生徒会関係者だろうが」

「な!?」


 白河は鼻白んだ。


「何言ってるのよ。それこそ、アレはアレ。コレはコレでしょ」

「何をムキになってるんだ? そもそも立候補届けを出したのは、おまえだろうに」

「は!?」


 白河は絶句した。


「わ、私が、いつ立候補したってのよ!?」


 白河に、そんな覚えはまったくなかった。


「私とほぼ同じだったはずだぞ」


 だからこそ此花は、白河のことは生徒会に勧誘しなかったのだった。


「なんですって?」


 本人に内緒で、生徒会役員に立候補させる。


 そんなフザケた真似をする人間に、


「まさか」


 白河は1人だけ心当たりがあった。

 学園裁判所のときも、検察官役を押し付けてきた、おせっかいな影が。


「あいつ!」


 放課後、家に帰った白河は、さっそく諸悪の根源に電話をかけた。


「ちょっと、どういうつもりよ!?」

「なんの話だ?」

「生徒会選挙のことよ! あなたでしょ! 勝手に私の名前で出したの!」

「あー、あれか」


 羽続は軽い調子で答えた。


「確かに出しといたぞ。どーせ、おまえに言っても、ウンと言うわけねえのだろうからな」

「フザけんな!」

「フザけてねえよ。前にも言ったろ。俺の目的は、おまえを2度とイジメの被害者にしねえことだって」


 しかし、そのために用意した学園裁判所は廃止となってしまった。そこで、次の手を打ったのだった。


「生徒会も学園裁判所ほどじゃねえとはいえ、イジメ防止も仕事の1つだからな。つまり生徒会に入ってりゃ、おまえが周りから目をつけられることを防げるってわけだ」

「だから、余計なお世話だって言ってんでしょうが!」

「まあ、気にすんな」

「フザけんな!」

「いいじゃねえか。1年ぐれえ。此花も困ってんだろ? このままじゃ、あいつ1人が貧乏くじ引くことになっちまうんだ。なんだかんだで仲良くやってんだろ。助けてやれよ。それに、どうせ他にやることもねえんだろ?」

「あ、あるわよ! 失礼な!」

「へえ、あるのか。なんだ?」

「あ、あなたには関係ないでしょ!」

「そうだな。じゃ、無関係な人間は、これにて失礼するとしよう」


 羽続はそう言うと電話を切ってしまった。


「厶、ムカつく」


 白河は、その後10分ほど毒を吐き散らしていたが、


「まあ、いいわ」


 取りあえず様子を見ることにした。もしかすると、残る期日で誰か立候補するかもしれなかったし、もし誰も立候補しなかった場合、此花が孤軍奮闘する光景が容易に想像できたからだった。そんなことになるぐらいなら自分も生徒会入りして、できないものはできないと教師陣に突き返す。そのほうが、よほどせいせいすると思い直したのだった。


 そして生徒会総選挙を明日に控えた日曜日。

 白河は此花と一緒に街に出ていた。

 此花の提案で、もうじき転校する久世と朝比奈にプレゼントを買うことにしたのだった。

 そして、百貨店で手頃なプレゼントを買った帰り道、


「よう。また会ったな」


 2人の行く手を、高校生らしき4人組が塞いだ。


「この前は世話になったな」


 そう言った少年は、明らかに此花に恨みを持っているようだった。


「なに、知り合い?」


 白河は此花に尋ねた。


「知らん」


 此花は素で答えた。本当に記憶にないようだった。


「フ、フザけんな! この間、会ったばっかだろうが!」

「この間?」

「先週の土曜だ! 忘れたとは言わせねえぞ!」

「先週の土曜?」


 此花は小首を傾げた後、


「ああ、思い出した。おまえ、あのときのカツアゲ犯か!」

「カツアゲ犯?」

「そうだ。こいつらが少年を裏道に引っ張り込むのが見えたんで、後をつけたんだ。そうしたら、こいつらが少年から金を巻き上げようとしてたんで、懲らしめてやったんだ」

「やっと、思い出しやがったか。てーか、あれから1ヵ月も経ってねえのに、またこの辺うろつくとは、いい度胸してんじゃねえか」

「……つまり、中学生の女子1人にヤラれた奴らが、その女子を見つけたもんで仕返ししようとしてるってこと?」


 白河が事実を端的に言い表し、4人組を鼻白ませた。


「り、理解が早くて助かるぜ。ここじゃなんだ。ちょっと、そこまで付き合ってもらおうか。でねえと、てめえだけでなく、その子も痛い目を見ることになんぜ」


 そう言った直後、4人組の仲間らしい少年が白河の背中にナイフを突きつけた。


「やめろ! 白河は関係ないだろ!」

「なら、大人しくついて来い」

「わかった」


 この英は素直に応じると、


「そういうわけだ、白河。おまえとは、ここでお別れだ」


 白河に言った。


「おっと、そうはいかねえ。用が済むまで、そいつにも付き合ってもらうぜ」

「なに!?」


 気色ばむ此花に、


「いいわよ、別に。ここで帰って、もしあなたに何かあったら寝覚めが悪いもの」


 白河は淡々と言った。


「へ、聞き分けがいいじゃねえか。心配すんな。そいつがおとなしくしてる限り、おまえには手出ししねえからよ」


 5人組に誘導される形で、白河たちは歩き出した。


「あなたたちって、もしかして今話題になってる半グレ集団て奴?」


 自分たちを取り囲む5人を見回しながら、白河が尋ねた。


「そうだ。だから逆らわねえほうが身のためだぜ」


 先頭を行く少年は、そう脅しをかけた。そして、それから10分も歩いたところで、少年たちは足を止めた。


「着いたぜ」


 そこは寂れた廃工場だった。どうやら少年たちは、この廃工場をアジトにしているらしかった。

 

「入れ」


 4人組に言われて工場内に入ると、そこには仲間らしい少年が5人ほどたむろっていた。


「なんだ? ガキじゃん」

「どうせナンパすんなら、もっと年上連れてこいよ」


 仲間たちから笑いが起きる。


「そんなんじゃねえよ。こいつらは社会勉強させるために連れてきたんだよ。つまんねえ正義感を出したら、ロクなことにならねえってことを、骨身に染みて教えてやるためにな」


 主犯格の正念は、ボキボキと指を鳴らした。


「わかってんだろうな? 下手な真似しやがったら、てめえの連れがどうなっても知らねえぞ」

「この卑怯者め」


 此花は少年を睨みつけた。


「てか、やっちゃっていいわよ、此花さん。どうせ、こいつらに私をどうこうなんて、できないんだから」


 白河は涼しい顔で言った。


「なんだと、このガキ!?」

「大人をナメてんじゃねえぞ!」


 4人組は凄んで見せたが、


「何が大人よ。社会のゴミが偉そうに」


 白河は怯まなかった。


「そんなナイフ程度で、本当に私をビビらせられたと思ってたの? あそこで大人しくしてたのは、ただ単に騒ぎになって警察沙汰になるのが面倒だっただけよ。そもそも人質取らなきゃ、女1人ボコれないゴミクソどもに、本当に人を刺す度胸なんてあるわけないんだから」


 白河は冷ややかに言った。


「こ、このガキ」


 気色ばむ少年たちを横目に、


「無駄に年だけ食った、社会の寄生虫が偉そうに」


 白河はフンと鼻を鳴らした。


「面白えじゃねえか、おい」


 1番奥にいた、ランニングシャツを来た少年がそう言った直後、


「か、鹿島さん?」


 仲間たちの動きが止まった。


「奥田ー。ガキによう、ここまで言われちゃあ、引き下がれねえよなあ。おまえもよう、男なら男らしいところ見せねえとなあ」

「え!? いや、でも、このガキ、マジで強くて」

「強くて? なんだあ?」

「い、いえ、なんでもないっス」


 奥田と呼ばれた少年はうつむいた。


「よおーし、じゃあ、他の奴らは下がれ。これは奥田とそいつの1対1のタイマン勝負なんだからよう」


 リーダー格にそう言われ、仲間たちは壁際まで下がる。


「よーし。始め」


 鹿島の合図で、


「く、くそー!」


 奥田が此花に殴りかかった。しかし素人丸出しの攻撃が此花に通用するわけもなく、逆に足を払われてしまった。


「く、くそ」


 奥田は立ち上がると、再び此花に殴りかかった。その一撃を再び此花がいなそうとしたとき、鹿島は右手の人差し指を軽く振った。直後、此花の動きが一瞬鈍り、その隙を見逃さず、奥田の右拳が此花の顔面に直撃した。


「おらおら、さっきの威勢はどうした!?」


 奥田は倒れた此花に馬乗りになると、さらに此花を殴りつけていく。そんな奥田に、


「顔は止めとけよ」

「そうだぜ。後の楽しみが減るだろ」


 仲間たちから下品な声が飛ぶ。しかし、それも長くは続かなかった。


 此花に馬乗りになっていた奥田が、此花から飛び退いたのだった。

 いいところで中断した奥田に、


「何やってんだよ?」


 仲間からモンクが出るが、


「いや、オレにもサッパリ」


 奥田自身、なぜ自分が飛び退いたのかわからない様子だった。そんな仲間たちをよそに、


「おいおい、嬢ちゃん。タイマンに手え出すのは、ルール違反なんじゃねえかあ」


 鹿島は白河に言った。


「なんの話?」


 白河は冷ややかに言い返した。


「私は、ここから一歩も動いてないんだけど? あなたと同じように」


 白河の凍てつく眼光が鹿島に直撃し、


「ああ。確かにそうだなあ」


 鹿島は苦笑した。


「それじゃ、タイマン勝負とやらも決着がついたようだし、私たちはこれで失礼させてもらうけど、いいわよね?」


 白河は了承を求めると、


「ああ!?」

「何言ってんだ、このガキ?」

「フザけんなよ!」

「むしろ、社会勉強は、これからだろうが!」


 少年たちが色めき立つ。


「……あなたも、同意見てことで言いわけね? もっとも、あなたが何を言おうと、信じるに値しないのだけれど」


 白河は顔色1つ変えることなく、鹿島に言い捨てた。


「酷え言われようだなあ」


 その1言で、鹿島の了承を得たと思った仲間たちは、白河を取り囲んだ。しかし、白河を押さえつけようとした矢先、全員が呼吸困難に見舞われた。空気を吐き出すことはできるのだが、吸い込むことができなくなってしまったのだった。


「い、息が……」


 色を失い、少年たちは1人、また1人と倒れていく。そして残ったのは、高みの見物を決め込んでいた鹿島だけとなった。


「もしかして、と思ったが、やっぱりそうだったみてえだなあ」


 鹿島は驚いた様子もなく、倒れている仲間たちを見回した。


「わかってたのに止めなかったのは、こっちの手の内を少しでも暴くため?」


 白河にも動じた色はなかった。


「まあ、そんなとこだ。たいして役に立たなかったけどなあ」

「で? いよいよラスボスが登場ってことで、いいのかしら?」

「あー、どうすっか、な!」


 鹿島はデビルアビリティを発動した。そして、デビルアビリティは完璧に白河にヒットしたのだった。


「ハッハー。かかった、かかった」


 このガキの力が何かはわからないが、こうなったら関係なかった。


「オレの力はさあ。物体を減速させる力でよう。どんなもんでもスローにしちまえるんだよ」


 どんなに強力な攻撃でも、スピードがなければ当たらない。防御もしかり。どんなに頑丈な相手でも、突っ立っているだけの木偶の坊なら、急所を狙えば確実に倒すことができる。

 つまり戦いにおいてはスピードが命であり、そのスピードを自在に操ることができる自分は、この世で最強の存在なのだった。


「しかもー、オレのスキルである「怠惰」は、相手のやる気を削ぐことができる。動きを鈍らされた上、やる気も削がれた相手は、オレのいいカモってわけさあ」


 鹿島はニタリと笑った。


「さあて、どうしてやろうかなあ」


 鹿島は白河に手を伸ばした。まだまだガキだが、それはそれで面白そうだった。


「まずは裸にひん剥いて」


 鹿島の右手がブラウスに触れようとした瞬間、


「汚い手で触らないでくれる?」


 白河が鹿島の胸に右手を突き出した。そして、


「!?」


 その右手が砲塔に完全変形したところで、


「ファイア!」


 砲口から火炎弾を撃ち放った。


「ぎゃあああ!」


 全身火達磨になって転げ回る鹿島に、


「ファイア!」


 白河は砲口から雷撃を撃ち出し追い打ちをかける。さらに、左手の指をすべて銃口に変えると、


「ファイアー!」


 鉛の弾丸を鹿島に撃ち込む。


「こ、こ、この野郎」


 本来ならば致命傷だったが、悪魔との契約で不老不死となっていた鹿島の体は見る間に再生していく。


「ざ、残念だったなあ。オレは不死身なんだよ」


 勝ち誇る鹿島に、


「つまり、あなたを無力化するには頭を吹き飛ばしたところで、八つ裂きにして瓶詰めにしなければならない、ということね」


 白河は涼しい顔で言った。


「ちょ、調子に乗るなよ」


 鹿島は顔を強張らせながら、


「たまたま力が外れただけで」

「たまたまじゃないわよ」

「なんだと!?」

「あなたも自分の力を教えてくれたから、私も教えて上げる。私のクオリティは「否定」。この世にある、あらゆる物質、現象を「否定」することで、私はその存在や行動、そして力をなかったことにすることができるの」


 さっき奥田が此花から飛び退いたのも、白河が「奥田が此花に跨っていること」を否定したからなのだった。そして鹿島との戦闘が始まる前にも「鹿島が人外の力を発動すること」を否定しておいた。


「な!?」

「そして、私の「救済者」としての「キャラ」は魔砲使い。そしてプロビデンスは「物質変換(光)」。つまり私はあらゆる物を光に変換して、大砲として撃ち出すことができるってこと」


 白河は、砲塔と化した右腕を鹿島に向けた。


「切ろうと打たれようと不死身だって言ったわよね。じゃあ、跡形残らず消し飛ばされても復活できるかどうか、試してあげる」

「や、やめ」

「それとも、まずあなたの「不死身」を「否定」してから、ブチ込んであげましょうか?」

「う、う、うわあああ!」

「死ね!」


 白河が砲弾を発射しようとしたとき、


「が!?」


 横から薙ぎ払われた刃が、鹿島の首を胴から切り離した。そして、その刃は此花の右手から生え出ていた。


「そこまでだ、白河」


 此花は切り落とした鹿島の頭を踏みつけると、


「は!」


 自分に向かってくる鹿島の体を胴から切断した。


「これ以上の暴行は、私が許さん」


 此花は毅然と言い放ったが、


「バカじゃないの」


 白河にとって問題はそこではなかった。


「バ、バカだと!? 私の、どこがバカだというんだ!? おまえのほうこそ、こんな悪逆非道な真似」


 此花は気色ばんだ。


「そこじゃないわよ。見たところ、どうやらあなたも「世界救済委員会」に「救済者」にしてもたった口なんでしょ?」

「ま、まあな」

「だったら、どうして、その力をさっきつかわなかったのよ? そうすりゃ、あんな奴瞬殺してたから、痛い目に遭わずに済んだでしょうに」

「そんなこと、できるわけがないだろうが。相手は何の力もない、普通の人間なんだぞ? そんな人間を相手に「救済者」の力を使うなど卑怯千万。相手が人の力のみで挑んでくるのなら、こちらも人の力のみで応じるのは当然のことだろうが!」

「まったく」


 白河は疲れた息をついた。


「まあいいわ。とにかく、そいつを抑えといて。今、そいつをなんとかできる人を呼ぶから」


 白河は羽続に電話をかけた。


「はい、もしもし、無関係な羽続です」

「今から言う場所に来て」

「あん?」

「なんか、自分を悪魔と契約したって奴がいて、本当に首を切り落としても生きているの。あんた、こういうのを始末して回ってるんでしょ」

「……契約者っていうか、人間の首ブッた斬ったのか、おまえ?」

「やったのは此花さんよ。私は、ちょっと燃やしただけ」

「わかった。すぐに行くから待ってろ」


 白河から現在地を聞いた羽続は、影化すると現地に向かった。現在、羽続は地下に影のネットワークを構築中で、そのネットワーク内であれば、ほぼ音速での移動が可能なのだった。

 そして間もなく工場内に現れた羽続を見て、


「か、影が」


 此花が泡を食う。


「何驚いてるのよ。あなただって、何かの「キャラ」を選んだんでしょ。この人は、その「キャラ」で影人間を選んだってだけよ」

「シェイドな、シェイド」


 そう訂正してから、羽続は此花が踏みつけている鹿島の頭に目を止めた。


「おうおう。マジで見事にブッた斬られてやがる」

「てめえら、オレにこんな真似して」

「あー、そういうの、もういいから。聞き飽きた」


 羽続は軽くあしらうと、鹿島の頭と体を影で包んだ。そして力を「分離」した後、五体満足な姿で復活させた。


「これでよし、と」


 羽続はパンパンと手を叩いた。


「お、覚えてやがれ!」


 捨て台詞を吐いて逃げようとする鹿嶋を見て、


「ファイア!」


 白河が後ろから雷撃をブチ込む。


「ギャアアア!」


 煙を吐いて倒れた鹿島に、


「ファイア!」


 白河がもう1度雷撃を打ち込む。


「散々好き放題しておいて、この程度で済むとでも思ってたの?」


 白河の目は座っていた。


「社会勉強とか言ってたわよね? いいわ。たっぷり教えてあげる。他人に手を上げたら、自分にどう返ってくるのかってことを」


 白河は鹿島の髪を掴み上げた。


「てーか、なんだ、そりゃ?」


 羽続は今の今まで、白河が「救済者」であることを知らなかったのだった。


「何驚いてるのよ? あんただって「世界救済委員会」の力で、その力を身に着けたんでしょ? だったら私にも同じことが起きたって、不思議はないでしょ」

「……あの裁判の後か」


 朝比奈や馬場も、学園裁判の初公判の後「世界救済委員会」からの接触があった。ならば、同じ関係者である白河が目をつけられたとしても、確かに不思議はなかった。


「てことは、もしかして此花もか?」

「ええ、そうみたい」

「そうか」


 羽続は頭をかいた。


「まあ、いいやな。おまえらなら、取りあえず力に溺れて暴走したりはしねえだろ」


 別の意味での暴走は、たった今目の当たりにしたところだが、このぐらいならば許容範囲だった。あくまでも、ここまでならば、だったが。


 まあ、此花がいれば大丈夫だろうし、逆もまた然り、だった。


 いいコンビだよ、おまえらは。


 羽続は内心でそう思いつつ、


「じゃあな。あんま無茶済んじゃねえぞ」


 口ではそう言い残すと帰っていった。


「なんだったんだ? 今の人? は?」


 此花には、何がなんだかさっぱりだった。


「簡単に言うと、学園裁判所の本当の発起人よ」

「え!?」

「あの男が、学園裁判所を清川学校に作るように画策した本人てこと。久世会長は、それに巻き込まれただけなの」

「そ、そうなのか!?」

「そう」

「くわしい話が聞きたかったら、今度久世会長に聞くといいわ。私も、その辺の詳しいことはよく知らないから」


 白河にそう言われた此花は、


「わ、わかった」


 翌日久世を問い詰めた。

 そして学園裁判所の設立秘話と、それにまつわる久世たちの転校理由、常盤学園の設立目的を聞いた此花は、高校から常盤学園に進学することになる。

 気が進まない白河を、なかば強引に引き連れて。








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