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第207話

 誰もが浮き立つゴールデンウィーク初日、英要人は死にかけていた。

 理由は車との衝突事故であり、趣味である古本屋巡りの帰りに、後ろから車に跳ね飛ばされてしまったのだった。

 即死こそ免れたものの、英は自分の生命のロウソクが、もうじき尽きることを実感していた。


 あーあ、ボク、このまま死んじゃうのか。何も良いことのない人生だったなあ。


 英は無駄に晴れ渡った空を見上げながら、自分の死をどこか他人事として受け止めていた。


 これがラノベなら、ボクみたいなモブでも異世界転生して一発逆転、もうワンチャンあるんだろうけどなあ。


 しかし、現実はラノベのように甘くない。

 そのことを、英は今までの人生で嫌と言うほど痛感していた。


 どうせ、このまま生きてたって、モブはどこまでいってもモブでしかない。

 それぐらいなら、交通事故の被害者として死んだほうが、貴重性という観点から言えば、幾分マシかもしれなかった。もしかしたらニュースで名前ぐらい呼ばれるかもしれないし。


 よし、死のう。


 英の意識は、そこで途切れた。そして英の人生は、ここで終わるはずだった。しかし、


 え!?


 次の瞬間、英の視界は一変した。


 空だけだった景色が普通の街並みへと変化し、体からも痛みが消えていた。


 あれは白昼夢だったのかな?


 困惑している英に、


「相馬さん、どうしたんスか?」


 見知らぬ少年が話しかけてきた。


「相馬?」


 ああ、人違いしてるんだな、この人。


 そう思った英は、


「あの、人違いじゃないですか? ボク、そんな名前じゃ」


 誤解を解こうとした。しかし、


「何言ってんスか、相馬さん? 寝ぼけてんスか?」


 相手は本気で知り合いだと思っているようだった。


「あの、だから人違い」


 英は両手で少年を制した。すると、左腕に付けたはずもない腕時計をしていた。しかも、その腕自体、いつもの自分の腕よりも一回り太かった。


 え!?


 よく見ると、着ていた服も違っていた。


 英は胸のポケットから手鏡を取り出すと、自分の顔を確かめてみた。すると、そこには見たこともない顔があった。


「うわああああ!」


 英は逃げるように走り出すと、人目につかない路地裏に飛び込んだ。そして、そこでもう1度自分の顔を確認した。が、やはりそこに写っていたのは、見知らぬ少年の顔だった。


 ど、ど、どうして、こんなことに?


 ふいに、英の頭に1つの可能性が浮かんだ。


 も、もしかして、コレって異世界転生ならぬ現代転生!?

 しかも赤ちゃんじゃなく、生きてる人の体を乗っ取る形で転生した?

 たまにラノベにある、子供に転生するみたいに?


 えええ!?


 信じられないことだったが、そうとしか考えられなかった。


 ど、ど、どうしよう!? どうしたら……。


 英が思い悩んでいると、


「よう、相馬、こんなところで兵隊も連れずに何してんだ?」


 また見知らぬ少年が話しかけてきた。そして、その少年の周りには4人の少年がいたが、5人とも、どうひいき目に見ても青少年とは言い難い風貌だった。


「てめえが1人で裏道に入ってくのが見えたんで追ってきたんだが」


 少年は周囲を見回した。


「兵隊も連れずに、ノコノコとオレの前に現れるたあ、いい度胸してんじゃねえか」

「えーと、どちら様でしょうか?」


 英の質問は心からのものだったが、


「相変わらずナメた野郎だ」


 相手は、そうは受け取らなかった。


「こんなところを、1人でうろついてたのが運の尽きだ」


 5人は英を取り囲んだ。


「いや、待って! 待って! 待って! ボク、違うんですって!」


 英は涙目で訴えた。


「ボク、その相馬って人なんかじゃないんです!」

「ああ!? そんなツラした奴が、他にいるかよ。嘘つくにしても、もう少しマシな嘘つけや」

「い、いや、体はそうかもしればいけど、心は違うんです!」

「わかった、わかった」


 少年が納得した素振りを見せたので、


 よかった。わかってくれた。


 英がそう思った矢先、


「わかったから、取りあえず死んどけや!」


 少年が殴りかかってきた。


「ぎゃあああ!」


 英が体中の毛が恐怖で逆立った直後、


「ソウルチェンジ」


 英の耳に少女の声が聞こえた。すると、


「え?」


 少年の動きが停止した。かと思うと、地面に這いつくばった。そして、その後も「ソウルチェンジ」という声が聞こえるたびに、少年たちの1人が地面に這いつくばっていった。


 え!? え!?


 英は困惑しつつ、


「あのー、もしもし?」


 少年たちに声を掛けた。しかし、誰からもまともな返事は返って来なかった。


「い、いったい、どうなって……」


 混乱する英の耳に、


「話しかけるだけ無駄」


 さっきの少女らしき声が聞こえた。英が右に視線を転じると、そこには小学生か、せいぜい中1といったくらいの、小柄な少女が立っていた。


「き、君、誰? それに無駄って」

「今、その中にいるのは蟻だから」


 少女は5人の1人を指さした。


「あ、蟻?」

「そう。わたしがそいつらの魂と蟻の魂を入れ替えたから」


 少女は顔色1つ変えずに言った。


「入れ替えたって、どう」

「ソウルチェンジで」


 少女は両腕を胸の前で交差させた。


「ソウルチェンジ?」

「ソウルチェンジは、わたしの「救済者」としての力」

「きゅ、救済者?」

「そして、君の魂を入れ替えたのも、わたし」

「え!?」

「死にそうだったから、元気な悪人の魂と入れ替えた」

「ええ!?」

「あの体は、もうダメだった。どうせ死ぬなら、悪人が死んだほうが、世のため人のため」

「そ、それって、ボクの魂を、この体の持ち主の魂と入れ替えたってこと?」

「そう」

「そうって」

「だから、君は今生きてる」

「そ、そんな……」


 それは間接的にとは言え、英が人を殺したのと同義だった。


「い、いや、それ以前に」


 英は少女を見た。


「それって、君がこの体の元の持ち主を殺したことになるんじゃ」

「言ったはず。どうせ死ぬなら悪人が死んだほうが、世のため人のため」


 少女の顔にも声にも、罪悪感は一欠片もなかった。


「いくらなんでも、そんなの無茶苦茶」


 もし自分が、そんな理由で殺されたら、たまったものじゃないと思うだろう。


「気に入らないなら、元に戻す」

「わー! 待って! 待って!」


 英は、あわてて少女の手を掴み止めた。


「どうして止める? 入れ替わって生きてるのは、悪いことなんじゃないのか?」

「そ、そうだけど」

「じゃあ」

「わあ! 待って待ってえ!」


 英は膝を折ると、


「ごめんなさい。ボクが悪かったです」


 土下座した。


「やっぱり、どんな形でも生きていたいです」

「わかればいい」

「あ、あの、とにかく助けてくれてありがとう」


 英は平身低頭、へりくだってから、まだ少女の名前さえ知らないことに気づいた。


「あの、ボクは英要人。君は?」

「わたしの名前は愛希望。世界を守る使命を受けた救済者」

「えーと、さっきから言ってる、その「救済者」って一体?」

「救済者は、もうすぐ復活する魔物から、世界を守るべく選ばれた者のこと」

「え? まも? え?」


 英の頭の上では、はてなマークが列をなしていた。


「あ、あの、もう少し、くわしく説明してくれると助かるんだけど?」

「この世界には、大昔、鬼とか妖怪が本当にいた。それが今いないのは封印されたから。でも、その封印が今解けかけてる。悪人から出るマイナスエネルギーのせいで」

「え?」

「そうしたら魔物が復活して、世界は大変なことになる。それを防ぐために「世界救済委員会」に選ばれた物が救済者。そして救済者になったわたしは「世界救済委員会」から、世界を守るための力を与えられた」

「……その力で、君はボクとこの体の持ち主の魂を入れ替えたってこと? 悪人を殺して、そのマイナスエネルギーを減らすために?」

「そう。良い人の代わりに悪人が死ねば、それだけマイナスエネルギーが減って、結界が長持ちする。そう答えたら「世界救済委員会」が「救済者」だって認めてくれた」


 愛希の頬が、使命感と高揚感から赤みを帯びる。


「でも、助けた人間が悪人の可能性もある」


 だから、それを確かめるために追いかけてきたのだった。


「もし悪人だったら、そいつらみたいに蟻と魂を入れ替えるために」

「い!?」


 英は一瞬顔を強張らせたが、


「あ!?」


 言われて5人組のことを思い出した。そして、それは愛希も同じだった。


「そうだ。忘れてた」

「忘れてたって、何を?」


 英は怯えた顔で身を引いた。


「こいつらの始末」


 愛希は足元を見た。すると、そこには5人組の魂が入った蟻たちがいた。


「悪は滅殺あるのみ」


 愛希は右足をあげた。愛希の意図を察した英は


「わー! 待って! 待って!」


 愛希の両脇を抱えると、5人組から引き離した。


「なぜ止める?」


 愛希は英を振り返ったが、その顔は真剣そのものだった。


「こいつらは、何もしてない英を殴ろうとした。踏み潰されて当然の悪」

「そ、そうだけど、何も殺さなくても」

「じゃあ、足を全部引き抜く」

「それ、結局死んじゃうよね!?」


 英は気後れする心を奮い立たせると、


「ね、ねえ、こ、この人たち、元に戻してあげようよ」


 やんわりと説得を試みた。


「きっと、この人たちも、もう十分反省したと思うから、ね」

「わかった。なら、1度だけチャンスをやる」


 愛希は「ソウルチェンジ」で、5人の魂を元に戻した。すると、


「うわあああ!」

「化け物ー!」

「殺されるう!」

「誰かー!」

「助けてくれー!」


 5人は青ざめた顔で路地裏から逃げ出していった。


 あの5人が、もし警察に通報したら面倒なことになる。


「ボ、ボクたちも、ここから逃げたほうがいい」


 愛希を連れて路地裏を離れた。


 そして1キロも歩いたところで、英は喫茶店で一息つくことにした。

 テーブルに着き、英はコーヒー、愛希はパフェを注文した後、


「それで、さっきの話なんだけど」


 英は改めて切り出した。


「あの、魂を入れ替える力は、その「世界救済委員会」にもらったものなの?」

「そう。世界救済委員会に救済者に選ばれたから、わたしはクオリティと「プロビデンス」が使えるようになったし「変身」もできるようになった」

「プロ、何?」

「クオリティは、リアライズで覚醒させた魂の力。そして「プロビデンス」と「キャラ」は「救済者」になったことで「世界救済委員会」が、世界を救うためにリストの中から1つだけ選ばせてくれた力。わたしは、その中から「魂を入れ替える能力」と「ウォーターレディ」を選んだ」

「ウォーターレディ?」

「体を自由に水にできる能力があるキャラで、水になっている間は物理的攻撃ではダメージを受けないかた、超お得」


 ドヤ顔する愛希に、


「そ、そうなんだ。それは便利そうだね」


 とりあえず英は調子を合わせておいた。


「そう。便利」


 愛希は再びドヤ顔した。よほど「ウォーターレディ」が、お気に入りのようだった。


「そ、それで、その、愛希、ちゃんは、これからもさっきみたいなことを続けるつもりなの?」


 英は核心をついた。英としては、愛希にはもうこんなことは止めてほしいのが、本音なのだった。


「当然続ける。それが「救済者」としての、わたしの使命」


 悪人は「滅殺」あるのみ。それが愛希の「救済」なのだった。


「でも、今回のことで、少しだけ変えることにした」

「変えるって、何を?」


 改心を期待する英に、


「今までは、悪人を蟻に変えてきた。けど、死にかけの人と入れ替えたほうが、世のため人のためになることに気づいた。これも英が、わたぢの目の前で死にそうになってくれたから。感謝している」

「お、お役に立てて、何よりです」


 英は乾いた笑みを浮かべた。


「でも、そのためには、もっと死にかけの人が必要。だぁら、これから見つけに行く」

「見つけにって、どこに?」


 自分のように、交通事故で死にかけている人間など、そうそう見つけるとは思えなかった。


「病院に行く」

「病院?」

「老人ホームも考えたけど、あそこには関係者しか入れない。でも病院なら誰でも入れる」

「そ、それはそうかもしれないけど」

「そこで、重度の癌患者や心臓病の人を見つけて、悪人と入れ替えれば、すぐに死ぬ可能性が高いから、騒ぎになる可能性が低い」


 わ、悪だ。悪の考えだ。


 英はそう思ったが、口には出さなかった。


「そうと決まれば病院に行く」


 愛希は立ち上がった。


「行くって、今から?」

「善は急げ。それに、さっきの奴のこともある」

「さっきの奴って?」

「英の体を元に戻した奴」

「え!? 愛希ちゃん、気づいてたの!?」

「姿は見えなかった。でも気配は感じた」

「気配って」

「奴の目的が何かわからないが、わたしが行動を起こせば、向こうも何かリアクションを起こすかもしれない」

「そ、そんな、わざわざ刺激するようなこと、しなくても」

「わたしの救済を邪魔する奴は悪。そして、悪は滅殺あるのみ」


 愛希は力強く歩き出し、


「ま、待って、愛希ちゃん」


 英があわてて追いかける。

 そして1番近い大学病院に着いたまではよかったが、


「お、多いね」


 人の混雑ぶりは英の想像以上だった。しかも病院の病棟は、当然ながら各部屋ごとに扉で隔てられていて、部外者が気兼ねに入れる作りになっていない。

 外来患者の中に老人をいるにはいるが、愛希のお目当ては余命幾ばくもない重病人のため、外来に自力で通える元気のある人間は、対象外なのだった。


 1時間ほども病院内を徘徊したところで、


「ねえ、もうあきらめようよ」


 英が愛希に言った。すると、


「そうする」


 愛希はあっさり納得し、


 よかった。あきらめてくれて。


 英はホッと胸をなでおろした。しかし病院を出たところで、


「夜に再チャレンジする」


 愛希が言った。


「ええ!? でも、さっきあきらめるって」

「あれは、今はという意味。夜なら人はあまりいないし、病室に入り込んでも誰にもわからない」

「いや、わかるから」

「大丈夫。言ったはず。わたしは、ウォーターレディになれるって。体を水にして忍び込めば、誰にもバレる心配はない」

「だ、だけど」


 その後も英は、あの手この手で愛希の説得を試みた。が、愛希の意思は固かった。

 やむなく、夜を待って英は愛希とともに再び大学病院へと向かった。


 しかし、いざ2人が大学病院の敷地内に踏み込もうとしたとき、


「待ってたぜ」


 1人の男が2人の前に立ち塞がったのだった。


「い!?」


 英は最初、病院の警備員に見つかったのかとあせった。しかし、その顔を見て、別の意味で驚くことになったのだった。


「ボ、ボク?」


 目の前にいる人の容姿は、間違いなく英要人のものだった。


「よくもやってくれたな」


 英要人は指をボキボキと鳴らした。


「も、もしかして」


 自分以外に英要人の体にいて、自分たち、いや愛希に恨みを持つ人物など、英の知る限り1人しかいなかった。


「あなた、相馬さん、ですか?」

「ああ、そうだ」


 相馬は英を睨みつけた。


「とっくに死んだと思ってたんだろうが、生憎だったな」


 自分たちへのキレ具合からして、どうやら本当に相馬らしかった。


 しかし、だとすれば、どうしてここに? という疑問が湧く。仮に、あの状況で助かったとしても、到底半日足らずで起き上がれる怪我ではなかったはずなのに。しかし、それよりも、


「無事だったんですね。よかったあ」


 英は安堵の笑みを浮かべた。もし、あのまま相馬が死んでいたら、それこそ後味が悪いなんてものじゃなかった。それに、相馬が無事だったのなら、元の体に戻れるということだった。


「よかったあ。一生このままだったら、どうしようかと思ってたんだあ」


 英は涙ぐんだ。そんな英を見て、


「心配しねえでも、この体は、てめえに返してやるよ」


 相馬は含み笑った。


「ただし、返すのは、もうちょっと後になるけどなあ」

「え?」

「今、この体に入ってんのはオレだが、世間はそうは思ってねえ。つまり、この体でオレが何をしようと、世間の連中は、やったのはてめえだと想うわけだ」


 それこそ、どんな犯罪を犯そうとも。


「てめえらを拉致った後で、オレはこの体で邪魔な奴らを皆殺しにする。で、全員殺し終わったところで、元の体に戻るんだ。そうすりゃあ、オレは無傷で邪魔者を排除でき、てめえはムショ行き、いや死刑確定ってわけだ」


 これこそ、まさに相馬にとって最高の復讐だった。


「そ、そんな……」

「そんなことは、させない」


 愛希は「ソウルチェンジ」で、相馬と道端にいる蟻の魂を入れ替えた。しかし、確かに力は発動したにも関わらず、相馬は平然としていた。


「どうして?」

「理由を知りたいか? 教えてやるよ。てめえのその魂を入れ替える力を、オレも手に入れたからさ」


 相馬の答えに、


「ええ!?」


 英の目が丸くなる。


「あのとき、理由もわからねえまま死にかけてたオレに、悪魔が契約を持ちかけてきたんだよ。魂と引き換えに、3つの願いを叶えてやるってよお」


 そして同時に、相馬は自分の身に何が起きたのかも、悪魔に聞かされたのだった。


「で、悪魔と契約したオレは、3つの願いの1つで、ガキ、てめえと同じ、魂を入れ替える力を手に入れたってわけだ」


 人間に限らず、魂を自由自在に入れ替えることができる力は、何かと利用価値がありそうだったから。


「だから、てめえがいくらオレの魂を別モンに移し替えようと、オレも同じ力で、すぐ元に戻れるんだよ」


 相馬の目に歓喜がこみ上げる。


「わかるか? つまり、もうてめえは、オレにとっちゃ脅威でもなんでもねえ。ただの非力なガキに過ぎねえんだよ!」


 相馬は愛希に殴りかかったが、その体は元の2倍近くまで巨大化していた。


「愛希ちゃん!」


 英は、とっさに愛希の体を抱き上げると、横に飛び退いた。直後、一瞬遅れて相馬の拳が愛希が寸前まで立っていた地面を打ち据えた。すると、拳が打ち付けられたアスファルトは粉々になり、地面に大きな穴が穿たれた。


「言い忘れてたがよう。オレの力は、まだぁるんだ。クオリティとか言ったか? オレが元々持ってる力も、悪魔は目覚めさせてくれたんだよ。粉砕の力をな」

「ふ、粉砕?」


 英はアスファルトに空いた穴を、改めて見た。あんなものを食らったら、それこそ人間の体などひとたまりもなかった。


「言っとくが、今のはわざと外してやったんだぜ。あっさり殺っちまったんじゃ、オレの気が済まねえからよお」

「死ぬのは、おまえのほう」


 愛希は「ウォーターレディ」に変身し、全身を水と化した。


「なんだ、そりゃ? いよいよ持って化け物だな」


 相馬は笑い飛ばした。


「化け物じゃない。わたしは「救済者」だ」


 愛希は右手を鎌状に変えると、相馬へと振り下ろした。しかし、愛希の右手は相馬に触れた瞬間、霧散した。


「だったら、守ってみろやあ!」


 相馬は地を蹴ると、英に殴りかかった。


「うわあああ!」

「英!」


 愛希は英と相馬の間に飛び込んだ。


「バカが!」


 相馬の「粉砕」が胸板に叩き込まれ、愛希の体が四散する。


「愛希ちゃん!?」

「トドメだ!」


 相馬は、原型を留めている頭に、もう1度「粉砕」を叩き込もうとした。そのとき、相馬の視界が闇に包まれた。実際には、相馬の足元から吹き出した闇が、相馬の視界を遮ったのだった。そして闇が消えたとき、相馬の体は元に戻っていた。


「な!?」


 相馬は、もう1度肉体強化を試みた。しかし、肉体が彼の意思に応えることはなかった。


「ど、どうなってやがんだ!?」


 相馬が困惑していると、


「無駄だ。おまえの力は、もう回収したからな」


 地面から人形をした影が浮かび上がってきた。


「な、なんだ、てめえは!?」


 相馬は影の化け物を睨みつけた。


「俺か? 俺は、そうだな、闇の裁判官てところかな」


 羽続は惚けた調子で答えた。


「ああ!?」

「まあ、ぶっちゃけ言やあ、おまえみたいな力に溺れてるバカ野郎から、力を回収して回ってる回収業者ってとこだな」

「回収だと!?」

「おまえ、真正面から戦り合ったら面倒そうだったからな。不意を突かせてもらったってわけだ」


 羽続の仕事は不適格者から力を回収することであって、戦うことではない。バトル漫画の主人公のように、正々堂々名乗りを上げて、敵と激しいバトルを繰り広げる義務もなければ必要もないのだった。


「フザけんな! オレの力はオレのもんだ! 返しやがれ!」


 相馬は羽続に飛びかかった。せっかく、闇の世界で成り上がれる手段を手に入れたというのに、こんな訳のわからない影野郎に全部持っていかれるなど、冗談ではなかった。


「ああ、そうだったな」


 羽続は、相馬と英の魂を足元から抜き取ると、元の体に入れ直した。


「ほれ、てめえの体に返してやったぞ。これで文句ねえだろ」


 どこまでも人を食った羽続を、


「フザけんなああ!」


 相馬は「粉砕」で殴り飛ばそうとした。しかし「ソウルチェンジ」や「肉体強化」同様「粉砕」が発動することもなかった。


「な、なんで?」


 ソウルチェンジや身体強化と違い、クオリティは相馬自身の魂の力だと言っていた。なら他の2つと違い「粉砕」は、あの化け物にも奪うことはできないはずなのだった。


「言ったろ。おまえの力は回収したってよ」


 本当のところは嘘だった。

 羽続の「分離」をもってしても、魂の力であるクオリティを奪うことはできない。しかし、羽続には「物質変換能力(影)」がある。羽続は、その能力で相馬の魂をクオリティが発現する前の状態に戻したのだった。


「わかったら、あきらめて帰るんだな。今日のことは、悪い夢だったと思ってな」

「そ、そんな……」


 相馬は、その場にうなだれた。力を奪っても、悪魔との契約自体は有効で、相馬は死後、地獄行きが確定したままかもしれない。しかし、そのことに同情する気にはなれなかった。悪魔と契約したのは、あくまでも相馬自身の意思。そこに至る状況には情状酌量の余地はあったが、それも先ほどの言動を見る限り、執行猶予には値しないと思われた。


「さて」


 問題は愛希の審議だった。

 わかりやすい悪だった相馬と違い、愛希の行動はすべて正義を起因としている。世界救済委員会に選ばれた「救済者」なのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが、それだけに審議が難しいのだった。


「わかってんのか? おまえがやったことは、誰がなんと言おうと、ただの人殺しだってこと」


 実際には殺人未遂なのだが、この際そこは問題ではなかった。


「悪人は滅殺あるのみ。どうせ誰かが死ぬなら、悪人が死んだほうが、世のため人のため。わたしは間違ったことはしていない」


 そう断言する愛希は、首だけだった状態から上半身まで再生していた。


「いや、してるだろ。たとえ悪人だろうと、誰にも命を奪う資格もなけりゃ、身代わりにする権利もねえんだよ」


 唯一の例外があるとすれば、日本という国が日本国憲法に基づいて行う死刑だけなのだった。


「たとえ、それで封印が解けてもか? どうして悪人たちのために、真面目に生きてる人たちが死ななければならない? そうなったとき、どう責任取る?」

「いや、どうって言われてもな。てか、それとこれとは話が別だって言ってんだよ」

「別じゃない。これは人類の滅亡をかけた戦い。綺麗事で世界が守れたら、誰も苦労しない。おまえの言ってることは、ただの偽善。聞くに値しない。問題外」

「こ、このガキ」

「それとも、おまえには他に世界を救う方法があるのか?」

「それはだな」


 何もしない。と答えるわけにもいかず、


「とにかくだ!」


 答えに窮した羽続は実力行使に出た。


 地面から愛希の体に手を突っ込むと「ソウルチェンジ」と「ウォーターレディ」に変身する力を没収したのだった。


「おまえみたいな危ない奴に、こんな力を渡しちゃおけねえ。この力は没収する」


 羽続は愛希に宣告した。そして、これでコイツもあきらめるだろ、と思っていると、


「なら、わたしはわたしの力で、これからも悪を滅殺する。それが「世界救済委員会」に「救済者」に選ばれた、わたしの使命」


 愛希は折れるどころか、さらに使命感を燃え上がらせていた。


 このガキー!


 朝比奈のプロビデンスを使えば、愛希から「世界救済委員会」の記憶を消すことはできる。だが、この子の思想信条まで変えることはできない。そして、このまま放っておくと、将来この子は何をしでかすかわからなかった。それこそ世界平和のためならば、大量殺人さえも。それを避けるためには……。


「いいだろう」


 羽続は覚悟を決めた。


「なら、おまえは執行猶予にしてやる。ただし、おまえが俺の条件を飲むならば、の話だ」

「条件?」

「そうだ。おまえが今通ってる学校をやめて、常盤学園に通うことだ」

「常盤学園?」

「ああ。おまえみたいな危ない奴が集められてる学校だ。そこで俺が、おまえの性根を叩き直してやる。どうだ? この条件を飲むなら、取りあえず力を返してやる」

「そこに通ってても、悪人を滅殺できるのか?」


 愛希の目は真剣だった。


 このガキ、全然懲りてやがらねえ。ある意味、白河よりも厄介な人種だった。


「おまえのいう滅殺とは違うかもしれねえが、俺の手伝いぐらいはさせてやるよ」

「おまえみたいなヘタレの手伝いが「救済」になるとは思えない」


 このガキー!


 羽続は張り倒したい衝動を、かろうじて抑えた。


「俺の仕事は、今日みたいに、与えられた力を悪用する連中から力を回収することだ。それは、おまえの言う悪を滅殺することにも通じるんじゃねえか?」

「それが、おまえの仕事か?」

「そうだ」

「そういうことなら、協力してやってもいい」


 どこまでも尊大な愛希に、


「そうかい。ありがとよ」


 羽続は苦虫を噛み潰したような顔で応じた。そして、次に愛希の口から出た、


「わたしたちに任せておけ」


 という言葉に、


「はい?」


 英の顔が硬直する。


「見ろ。英もやる気満々だ」


 愛希は満足そうに言うと、


「これから一緒にがんばろう。英」


 英に無邪気な笑顔を向けた。そして、その笑顔に抗する術を、英は持ち合わせていなかった。


 こうして英は、愛希とともに常盤学園に編入し、人々に仇なす「救済者」や「契約者」たちとの望まぬ大立ち回りを演じる羽目となったのだった。





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