第204話
それは清川中学校が「学園裁判所」を正式に公表する前日のことだった。
「諸君!」
常盤学園の理事長にして、常盤グループ総帥でもある常盤総は、3ーAの教壇に立つと力強く言い放った。
「今日、諸君らに集まってもらったのは他でもない」
「何が「集まってもらった」だ。てめーが勝手に、オレたちの教室に入って来ただけじゃねーか」
庶務の七星は冷ややかにツッコんだ。
「昨今の教育界を鑑みるに、イジメ、モンスターペアレント、体罰、教員のなり手不足と、問題は山積みとなっている」
常盤は、七星のツッコミをスルーして話を続けた。
「だが、実際のところ、これといった対策もないまま、放置され続けてきたのが実態だ。その結果、いまだに尊い命が、イジメなどにより失われる事態が毎年のように続いている。実に嘆かわしい限りだ」
常盤は目頭を抑えた。
「私は、常々この状況を憂い、なんとか教育界を再興したいと、常々考えていた」
「常々、常々、うるせーんだよ。てめーが常々考えてんのは、漫画とアニメとゲームのことだけだろーが。このキモオタ親父が」
七星は容赦なくツッコんだ。
「失敬な!」
常盤は憤慨した。
「ちゃんと、フィギュアやラノベのことだって考えているよ、私は!」
常盤は心外そうに言い返した。
「マジ死ね、キモオタ」
七星の侮蔑をものともせず、
「そこで!」
常盤は話を続けた。
「今の教育界を、いかにすれば再興させることができるか。学生である諸君らに、奇譚のない意見を聞かせてもらいたいと思い、今日は集まってもらったしだいなのだよ」
「んなこと言うて、まーた、あのときみたいに、七星君のアイディア、横取りしようと思てんのとちゃうんか、常盤はん」
幸は疑いの眼差しを常盤に向けた。
幸のいう「横取り」とは、以前七星が出した放射性廃棄物についての解決法のことを指していた。
4年前、七星は放射性廃棄物の処理方法について問われた際、
「軌道エレベーターを建造して、太陽に捨てる」
という答えを示したのだった。
通常、放射性廃棄物は、もっとも長いウランだと7億年保管しなければ無害化できない。だが、軌道エレベーターを建造して太陽に投棄すれば、軌道エレベーターを建造するまでの数百年だけ保管しておけば済むと。
すると、それから間もなくして、常盤が放射能廃棄物対策として軌道エレベーター建造プロジェクトを世間に発表したのだった。
それも、自分が発案者のような顔をして。
「おおかた、近いうちに教育問題について、公演する予定でも入ったんですの」
龍華が冷ややかに言った。そして彼女の推測は正鵠を射ていた。
「し、失礼だね、君たち。あの軌道エレベーター計画は、私自身が以前から構想していたものだったのだよ。それを、あのとき、たまたま七星君が、あそこでたまたま先に発表したに過ぎないのだよ」
常盤は不本意そうに反論したが、その言葉を信じる者は誰もいなかった。
「へえ、せやったら、教育問題についても、常盤はん自身に、なんか解決策があんのやろ。まず、それを聞かせてーや」
幸は意地悪く聞き返した。
「も、もちろんだとも。だが、それは諸君の意見を聞いてから、総合的見地から、客観的判断に基づいて話したほうが、効率がいいという結論に達したわけなのだよ」
常盤の主張は、一見もっともらしく聞こえたが、要するに中身のない言葉を厳かに並べ立てているだけで、ノープランなのは見え見えだった。
「……あかんで、七星君。アレは絶対なんも考えてへん。話したら、まーた七星君のアイディア、パクられてまうだけやで」
幸が七星にささやいた。
「どーでもいーわ、そんなこと。つーか、そんな方法ねーから、そもそもパクられねーし」
七星はミもフタもなく言い切った。
「七星君の「ダメ感知能力」でも、あかんのん?」
幸は意外そうに尋ねた。
「だから、そんなもん、あのドS女が言ってるだけだって、何度も言ってるだろーが」
七星は不本意そうに言い返した。
「そんなこと言って、君のことだから、本当は何かひとつぐらい、アイディアがあるんじゃないのかい?」
陽は軽い調子で探りを入れた。
「……絶対に、実現不可能でもいーってんなら、ねーこともねー」
「へえ、どんなだい?」
幸は好奇心を全面に押し出し、常盤は平静を装いながら、その実全神経を聴力に集中させていた。
「学校に「相談センター」みたいなもんを作って、学校問題は、そこで一括して対処するんだよ。そうすれば教師がモンスターペアレントに悩まされることもなくなるし、イジメも減るかもしれねー」
七星は面倒臭そうに答えた。
「なるほど。確かに、それならうまくいくかもね」
陽は口元を押さえて、七星の案を吟味した。
「ただし、そのためには最低でもセンターに教師をクビにできる権限を与えて、小中学校にも停学や留年制度を導入する必要がある。でねーと、どんな問題があっても、結局のところ口頭注意で終っちまって、なんの解決にもならねーからだ」
「なるほど。確かに、君の言うとおりだね」
陽も思考を巡らせたが、この問題に関して七星以上の回答は浮かばなかった。
「諸君!」
常盤は、おもむろに声を上げた。
「私は急な用事を思い出したので、これで失礼させていただくよ」
常盤は、シュタッ! と右手を上げると、足早に退出しようとした。が、不意に立ち止まった。
「あ、そうそう、ひとつ言っておくが、私が帰るのは、今の七星君の話とはまったく関係ないからね。ただ純粋に、本当に用事を思い出しただけだからね。そこのところ、勘違いしないでくれたまえよ。では」
常盤は、そう念押しすると教室を出て行った。
幸は教室を出た後の常盤の様子を、こっそりドアの陰からうかがった。すると、常盤は上機嫌で廊下をスキップしていた。
「……あれ、絶対パクる気やな」
幸は七星を振り返った。
「ホンマにええんか、七星君?」
「別に、かまやしねーよ。だいたい、こんなことオレがいくら言ったところで、誰も相手にしやしねーんだ。だったらキモオタの口を通して世間に訴えたほうが、世のため人のためってもんだろーが。あのキモオタは、まがりなりにも常盤グループの総帥だからな。政界や財界にも顔がきくだろーから、うまくすりゃ、ホントーに相談センターを設立できるかもしんねーからな」
七星はそう言うと、大きくあくびした。長話をし過ぎて、眠くなってきたのだった。
そして幸たちの推測通り、七星が考案した「相談センター」案は、数日後、常盤の口から世間に発表されることになった。
しかし常盤が思い描いていたほどのインパクトを、世間に与えることはできなかった。
常盤は知らなかったのだった。
彼が「相談センター」案をテレビで大々的にブチ上げたとき、すでに久世来世によって「学園裁判所」案が発表されていたことを。




