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第20話

 それは、10月末の朝のことだった。


 小鳥遊が登校すると、


「小鳥遊、ちょっといいか」


 加山が校門で待っていた。


「話があるんだ。異世界のことで」


 そう言われた小鳥遊は、加山に促されるまま校舎裏に移動した。


「それで話って?」

「おまえ、今すぐ永遠長と別れろ」


 加山は単刀直入に言った。


「え? 別れろって、私たち別に」

「あ、いや、違う。いや、違わないけど、そういう意味じゃなくて。ちょ、ちょっと待った」


 加山は、いったん深呼吸して気を落ち着かせた。


「おまえは、まだ知らないだろうけど、今うちのギルド、永遠長を粛正しようとしてるんだ」

「うん。そうみたいだね」

「し、知ってたのかよ?」

「うん。尾瀬って人が、そんなこと言ってたから」

「だったら、なおさらだ。うちは正義の騎士団だし、団長も男気のある立派な人だ。今のうちに、おまえがあいつのギルドを抜けさえすれば、きっとタ-ゲットから外してくれる」


 加山の忠告は心からのものだったが、若干の下心も交じっていた。


「そ、それで、もし行くところがないなら、オレたちの騎士団に来ればいい。オレが団長にとりなしてやるから」

「……ありがとう、加山君」

「じゃあ」

「でも、ダメ」

「え?」

「私は、そっちには行けない」

「ど、どうしてだよ? そんなに永遠長がいいのかよ?」


 加山は口惜しさに拳を握り締めた。


「あいつ、強いもんな」

「違うよ。そんなことは関係ない」

「じゃあ、やっぱり、あいつのこと」

「仲間だから」


 小鳥遊は小さく、だがはっきりと言い切った。たとえ永遠長のほうは、そう思っていないとしても。


「大変なときに助け合ってこそ仲間でしょ。それを見捨てたら、もう仲間じゃないと思うから」


 小鳥遊の理由を聞き、


「もういい! 勝手にしろ! そんなに永遠長が好きなら、一緒にやられちまえ!」


 加山はそう言い捨てると、小鳥遊の前から走り去ってしまった。


「……加山君」


 加山の思いに応えられない小鳥遊には、その背中を見送ることしかできなかった。そして自分たちを見つめる第3の目があることにも、このときの小鳥遊は気づかなかったのだった。


 一方、小鳥遊の前から走り去った加山は、その足で1年2組に向かっていた。永遠長と同じ学校だと知った海道から、永遠長に伝言を頼まれていたからだった。


「永遠長」


 加山は、すでに登校していた永遠長に歩み寄ると、


「海道さんから伝言だ。今日の5時、ガエリン迷宮の前で待つ。もし来なければ、リアルでおまえに会いに行くから、そのつもりでいろ、と」


 海道からの伝言を伝えた。


「確かに伝えたからな」


 加山は憎々しげに永遠長を睨みつけると、永遠長の前から走り去った。そして加山が消えたところで、


「もしかして、今のって「ワールドナイツ」のギルマスからの呼び出し?」


 秋代が永遠長に確認した。


「そのようだな。尾瀬じゃないが、まったく暇なことだ」


 永遠長は淡々と言った。


「あんた、まさか行くつもり? わざわざ呼び出すってことは、要するに「ワールドナイツ」のギルマスが、あんたにヤキ入れようと待ち構えてるってことでしょ?」

「だろうな」

「それがわかってて行くつもりなわけ?」

「当然だ。試したいこともあったし、ちょうどいい」

「何よ? 試したいことって?」

「おまえには関係ない話だ」


 永遠長が言い捨てる横で、


「うおー! 燃えてきたぞー! 久々の喧嘩じゃあ!」


 木葉は闘志を燃やしていた。


「てゆーか、昨日戦ったばっかでしょうが」


 秋代は冷ややかな目を幼なじみに向けたが、


「あれは試合じゃろうが。試合と喧嘩は全然別物じゃろうが」


 木葉はさも当然というように答えた。


「そんなお菓子は別腹みたいなこと…て、もういいわ」


 秋代はツッコむのを止めた。この2人を見ていると、真面目に考えている自分がバカみたいに思えてきたのだった。


「放課後が嬉しみじゃのう、永遠」


 木葉は放課後が待ち遠しかった。そして1日の授業が終わり、家路についた木葉たちは、その足で指定されたガエリン迷宮へと向かった。


 ガエリン迷宮は、トラキルの南に位置する小規模な迷宮だったが、それだけにディサースに来たプレイヤーが最初に訪れる初心者用のダンジョンとして、もっともプレイヤーに知られているダンジョンでもあった。

 そして空が赤みを帯び始めた夕刻、永遠長たちはガエリン迷宮に到着した。しかし、その中に土門と禿の姿はなかった。

 秋代としては用心のために土門たちも呼び出そうとしたのだが、永遠長に「余計なことをするな。あいつらにはあいつらの成すべきことがある」と、反対されてしまったのだった。

 そして到着したガエリン迷宮の前では、完全武装した騎士たちが待ち構えていた。


「逃げずによく来たな、永遠長! その度胸は褒めてやる!」


 青い鎧を装備した大男は、永遠長に愛用のランスを突きつけた。


「……もしかして」


 秋代は眉をひそめた。


「あれが「ワールドナイツ」のギルマス?」


 秋代は白けていた。騎士団の団長というから、もっと凛々しい白馬の王子様を想像していたのだった。それが実際は、ただのゴリラだったとは。


「そのと-り! 我こそは「ワ-ルドナイツ」団長、海道正義かいどうまさよし!」


 海道は意気揚々と名乗りを上げた。自分が、女子から速効でゴリラ認定されているとも知らずに。


「そして! 俺が直々に出陣してきた以上、貴様の悪行もここまでと知れ!」


 海道は憤っていた。

 永遠長という男に。永遠長のしでかした凶行に。そして永遠長の創設した、ロ-ド・リベリオンというギルドに。

 とにかく、永遠長のすべてに憤っていた。


 始まりは、騎士団の創設当初に遡る。

 1年前、理想の騎士団の創設を思い立った海道は、永遠長を騎士団に誘ったのだった。

 しかし永遠長は「興味ない」の一言で拒否。それ以降、話を聞こうとすらしなかった。


 そんな永遠長が、最近ギルドを結成したという。しかも、そのメンバ-には女子が3人もいるという。自分の騎士団は100名近くいるにも関わらず、女子はゼロだというのに、だ。


 かつて自分の誘いを断ったのは、自分でハ-レム騎士団を結成するためだったのか?


 そう思うと羨まし、もとい、腹立たしい限りだった。


 そこに持ってきての、ディサースとモスでの非道の数々。

 騎士として、男として、人として、海道の永遠長への怒りは頂点に達していたのだった。


「貴様の悪行の数々は、すでに調べがついている! 罪のない現地人を殺して家屋敷を奪ったうえ、か弱い婦女子を焼き殺したそうではないか!」

「……なんか、どんどん話が大きくなってるわね」


 秋代は眉をひそめた。


「そして何より許せんのは、貴様の薄汚れたスケベ根性だあ!」


 海道は永遠長に再びランスを突きつけた。


「貴様は以前、我輩の誘いを断った。それはいい。1人で己が騎士道を貫くことも、また騎士の生き方であるからな。しか-し!」


 海道は目を血走らせた。


「その後、貴様は独自にギルドを結成! しかも、その半数が女子だというではないか!」


 海道の目に悔し涙が滲んだ。


「男気! 腕力! 知名度! どれをとっても、我輩が貴様に劣るところなど何もない! にも関わらず、我輩の騎士団には、女子など1人もいない。誘っても来ない! ありえんだろ? ありえんよな? そう、普通に考えて、ありえん話なのだあ!」


 海道は理不尽な怒りをブチまけた。


「そこで我輩は考えた。そして答えを得た。なぜ我輩の騎士団には、1人も女子がいないにも関わらず、貴様のところには、そんな数の女子がいるのか」


 海道は永遠長を睨み付けた。


「貴様、使ったんだろう! あの力を!」


 海道の目は確信に満ちていた。


「貴様がギルドを結成したのは、カオスロ-ドになってからだ。そしてカオスロ-ドの代名詞といえば、絶対恭順! あらゆる者を自分の言葉ひとつで意のままにできる、まさに禁断のカオスの力! 貴様がカオスロ-ドになったのも、その力が欲しかったからなんだろう! そうに決まっている!」

「その通りだ」


 永遠は悪びれることなく言い切った。


「やはりか! そして絶対恭順の力を手に入れた貴様は、その力を悪用し、そこにいる娘たちを、己のギルドに無理矢理加入させたのだな! 己の欲望を満たす、ハ-レム騎士団を創るために!」


 海道は怒りに打ち震えた。


「けしからん! けしからん! 実に、けしからん! カオスとはいえ騎士の力を、邪な己の欲望を満たすために使うとは! 騎士の風上にも置けぬ! たとえ運営が許そうとも、この我輩が許さん! 天に代わって成敗してくれるわ!」


 海道は憤怒の形相で踏み出した。それに呼応して、騎士団員も身構える。


「おまえたちは下がっていろ」


 海道は団員たちを制した。


「しかし、団長」

「おまえたちの気持ちは、我輩も十分承知している。だが誉高きワ-ルドナイツが、あの少人数を、ましてや婦女子を相手に集団でかかったとあっては、名折れもいいところだ」

「そ、それは確かに、そうですが……」

「しかも彼女らは、永遠長の絶対恭順によって操られているに過ぎないのだ。そのような者たちに向けるランスは、我が騎士団にはない。違うか?」

「は、はい。団長の言う通りです」

「わかればよい。おまえたちは永遠長が逃げられぬように、包囲しておいてくれればいい。後は我輩のランスが、諸悪の根源である奴を貫く!」


 海道はランスを地面に突き立てた。


「永遠長! 聞いての通りだ! 貴様に一騎討ちを申し込む。そして我輩が勝てば、貴様には異世界ナビを捨ててもらう! 2度と、異世界で悪事を働けんようにな!」


 海道は永遠長にランスを突きつけた。


「嫌ならば、それでいい。ただし、そのときは、我が騎士団は全力をもって、貴様を排除する。貴様を見つけ次第、時と場所を問わず誅殺する。復活チケットがあれば復活はできるだろうが、それも無限に買えるものでもなかろう。いずれは資金が底をついて、こちらの世界に来れなくなる」


 海道の口上を聞き終えたところで、


「てゆーか、絶対恭順って、1時間しか効果がなかったんじゃなかった? それでどうやって他人を洗脳できるってのよ?」


 秋代が冷ややかに指摘したが、


「言うだけ無駄だ。ああいう正義バカにとって、真実は二の次三の次。自分の見たいものだけを見て、聞きたいことだけを聞いて、言いたいことだけを言い、信じたいものだけを信じる。そういう生き物だ」


 そのことは小学校で、すでに実証済みだった。


「御託はいい。さっさとかかって来い」


 永遠長は剣を引き抜いた。


「いい度胸だ。もし貴様が勝ったら、騎士の名誉にかけて2度と手を出さないと約束しよう。もっとも……」


 海道は腰を屈めると、


「そんなことには絶対ならんがな!」


 永遠長へと突進した。


「突貫!」


 海道は気合いとともに、永遠長へとランスを突き出した。その一撃を、永遠長は右に飛びのき回避する。しかし海道は空振りなどおかまいなしに、永遠長へとランスを突き出し続ける。


「どうした! どうした! 逃げているだけでは勝てんぞ!」


 海道は防戦一方の永遠長に発破をかけた。


「もっとも、なまじの攻撃では我輩に傷1つつけることもできんがな!」


 海道のクオリティは突貫。そして、その「貫き通す」力を最大限に活用したのがランスによる突進だった。


 鋼鉄をも貫く破壊力は、同時に何者をも寄せつけない鉄壁の防御力でもある。

 海道は、この攻防一体の突撃戦法により白星を重ね、最強の騎士団を作り上げたのだった。


「通用はせん。が、いい動きだ。どうだ? 今からでも考え直して、我が騎士団に入らんか? そうすれば、今回のことは大目に見てやるぞ。貴様が心を入れ替え、我が団で鍛え直せば他の奴らも納得するだろう」

「他人がどう思おうと、俺にはなんの関係もない話だ。俺は、俺の邪魔をする奴は始末する。ただ、それだけの話だ」

「では貴様が消えろ!」


 海道は渾身の突きを放った。これを永遠長も突きで迎え撃つ。


「バカめ! 突きで我輩に勝てると」


 海道が勝利を確信した瞬間、


「な!?」


 永遠長の剣が海道のランスを切り裂いた。


「バカな!」


 このランスには突貫の力が宿っている。何物をも貫き通すということは、同時に何物にも傷つけられないということを意味する。そのはずなのに。


 周囲が混乱するなか、小鳥遊にだけは今の状況が理解できていた。


 なぜ、あの海道という騎士団長のランスが破れたのか?


 それは、永遠長が海道のクオリティを自分も使っていたからだった。


 しかし、それだけなら互角でしかない。いや、むしろ腕力のある海道のほうが、強さにおいては勝るかもしれない。

 しかし永遠長には、それに加えて木葉の「増幅」の力がある。相手と同じ力を使ったうえで「増幅」の力を上乗せすれば、永遠長が競り勝つのは当たり前のことだった。


 永遠長は剣を引くと、海道めがけて再び突きを繰り出した。


「ぬお!」


 海道は、とっさに盾を構えた。しかし永遠長の剣は、その盾を軽がると突き破ると、そのまま海道の左肩を刺し貫いたのだった。


「ま、まだだあ!」


 痛みを堪え、海道は半壊したランスで永遠長を貫こうとした。これに対し、永遠長も突きで応戦し、


「ぐおお!」


 今度こそ海道のランスを粉砕したのだった。


「そ、そんな……」

「団長……」


 信じられない逆転劇に、言葉を失う騎士団だったが、これで終わりではなかった。

 海道の武器を奪った永遠長は、続けて石化魔法を発動。海道を石像に変えると、その胴体を真っ二つに切り裂いてしまったのだった。


「……なるほど。石化した後で致命傷を与えられても、死亡とは認識されないようだな」


 永遠長は、まじまじと海道を観察した。


「つまり最悪の場合、小鳥遊の言う通り、石化したまま地球に戻され、そのまま永遠に石像のままという事態になりかねない、ということか」


 永遠長は実験から得られた結果に満足すると、次の実験に取り掛かることにした。


「幸い、実験材料は山ほどある」


 永遠長のつぶやきに、


「ひ……」


 団員たちの顔から血の気が引く。無敵の団長の敗北。石化。両断。再起不能。

 そのどれもが、団員たちの士気を挫くに十分過ぎるものだった。


「うわああああ!」


 団員たちは、いっせいに逃げ出したが、


「封印」


 永遠長に動きを封じられてしまった。


「な、なんだ?」

「う、動けねえ」

「い、嫌だ!」

「助けてくれえ!」


 騎士団員が口々に悲鳴を上げるなか、加山の姿が唐突に消えた。そして、そのことに気づいたのは加山に注意を向けていた小鳥遊だけだった。


 消えた? 透明になったの? でも、それだけじゃ封印の力からは逃げられないはず。だとすると、転移?


 小鳥遊は、加山が消えたことを永遠長に話そうとした。しかし、そのときすでに永遠長は、団員たちを使った実験を開始してしまっていた。


 今、邪魔したら私も実験台にされる。


 永遠長の真剣な面持ちを見て、小鳥遊はそう直感した。そして小鳥遊たちが見つめるなか、


「回帰。回帰。回帰」


 永遠長は騎士団員相手に、黙々と「回帰」を施していく。


「……何やってんの、あいつ?」


 永遠長の意図がわからず、秋代は小首を傾げた。


「もしかして」


 小鳥遊は、あることに気づいた。


「何か、わかったの小鳥遊さん?」

「永遠長君、天国さんて人の治療法を探してるんじゃ……」

「治療法?」


 秋代と木葉は顔を見合わせた。


「うん。前に永遠長君が言ってたでしょ。回復魔法は、あくまでも傷を治すだけだって」

「確かに言ってたわね。それが?」

「つまり、回復魔法じゃ意識不明になっている人の意識を取り戻すことはできないってこと。事故直後ならともかく、何年も前の事故による後遺症じゃ、もう傷自体は完治してしまっているはずだから」

「そりゃそうでしょうね? で?」

「何が言いたいんじゃ?」


 秋代と木葉の首は傾きっ放しだった。


「そこで、永遠長君は「回帰」で天国って人の意識を取り戻そうと考えたんだと思う。回帰を使えば、うまくすれば事故に遭う前まで、天国って人の意識を戻すことができるんじゃないかって」

「じゃあ、あれはその天国ってのに「回帰」をかける前に、うまくいくかどうか練習してるってわけ?」

「たぶん、そうだと思う」

「てーか、そんなもん練習なんかしなくても、本人にかければパッパッと気がつくんじゃないの?」

「そうかもしれないけど、もしそうじゃなかったら取り返しのつかないことになりかねない。だから本人にかける前に、試しておこうと思ったんじゃないかな」


 あるいは、小鳥遊も気づかないような問題点が「回帰」にはあって、それに永遠長は気づいている可能性もあった。


 「それが永遠長の言ってた「試したいこと」だったわけね」


 秋代が納得したところで、


「石化付与」


 永遠長が今度は騎士団員を石化した。かと思うと、1人の団員の指先をヘシ折った。


「じゃあ、あれは?」


 秋代は再び小鳥遊に尋ねたが、


「さ、さあ?」


 今度は小鳥遊にも永遠長の意図はわからなかった。そして永遠長の奇行はその後も続き、石化した騎士団員全員をバラバラにしたところで、


「解石付与」


 騎士団員の石化を解いた。すると、騎士団員たちが生身へと戻り始め、完全に石化が解けた者から絶命。その場から消失していった。


「思った通り、付与に連結の力を合わせれば、対象に触れていなくても力を発動できるようだな。それともレベルが上がれば、対象に触れずとも力が発動できるようになるのか? どちらにしても、この力は色々応用がききそうだ。たとえば「離れている相手を焼き殺す」とかな。対象に向かって、火炎付与というだけで相手を焼き殺せるんだから、実に手軽だ」


 永遠長は、右手で口元を押さえて考え込んだ。


「何さらっと恐ろしいこと言ってんのよ」


 何より恐ろしいのは、永遠長だと本当にやりかねないことだった。


「そんなことより、今のどういうこと? 石化された後に壊されたら、2度と元に戻らないんじゃなかったの?」


 秋代の記憶だと、確かにそのはずだった。


「それは普通の解石呪文の場合だ。おまえの付与は、魔法の理とは無関係の力だからな。たとえ魔法では解石できないものでも、できたというわけだ」

「でも、前にあたしが正宗を元に戻そうとしたときには、できなかったわよ?」


 秋代は、以前木葉がゴルゴンに石化された際、永遠長に言われてクオリティで解石を試みたのだった。


「あれは、おまえのレベルがゴルゴンより低かったからだろう。石化と解石、相反する効果がぶつかれば、より力の強いほうが勝つのは当たり前の話だ」

「悪かったわね、弱くて。てか、つまりあたしが強くなれば、魔法でもできない解石ができるってこと?」

「そういうことだ。だから言っただろう。俺より、おまえのほうがチ-トだと。おまえが俺の力をチ-トだと思うのは、その力を使いこなせてないからに過ぎんのだ」

「うっさいわね。ちっとはマシになってきたでしょうが。てか、今のは何がしたかったわけ? 小鳥遊さんの言う通り、マジで天国って人を復活させるための練習だったわけ?」


 秋代に尋ねられた永遠長は、小鳥遊を一瞥した。


「まあ、そんなところだ」

「で、治せそうなわけ?」

「まだ無理だ」

「あれだけ散々実験して、まだ足んないわけ?」


 秋代は呆れた。


「あいつらが相手では、できることには限度があるからな」

「どういうことよ?」

「回帰を施した場合、戻した間の記憶は消えることになる。それが1日2日ならまだしも、3年分となると、それこそリアルに支障をきたしかねない」

「らしくないわね。いつものあんたなら、自業自得だって情け容赦なく記憶を奪ってんでしょうに」

「今回、連中は俺に異世界からの撤退を求めたに過ぎん。だから、こちらもリアルに影響が出ない範囲に留めた。ただ、それだけの話だ」


 もっとも、事の真偽を確かめもせず、自分たちはノーリスクで他人の人生に干渉しようとした分、相応の上乗せをしてはいたが。


「あの、永遠長君」


 小鳥遊は遠慮がちに尋ねた。


「なんだ?」

「まだ無理ってことは、まだ何か問題があるってことなんだよね? 一体、何が問題だと思ってるの?」


 これは、小鳥遊の純粋な好奇心だった。獣医師を目指す者として、意識不明の人間に回帰を施すことに、どんな問題があるのか? 純粋に興味があったのだった。


「人間に回帰をかけるということは、その人間の時間を巻き戻すことだということは、前に話しただろう」

「う、うん」

「そして人は常に呼吸をし、食べ物を摂取し、水を飲んで暮らしている。そして回帰をかけた場合、それらの行為も逆戻りすることになる」

「あ……」


 そこで、ようやくと小鳥遊にも永遠長の懸念していることがわかった。


「つまり、そのまま回帰をかけた場合、食べた物や飲んだ物が、すべて吐き出されてしまうことになるってこと?」

「そういうことだ。もっとも、これが1日ぐらいならば、まだなんとかなる。だが調の場合は、3年の時間を巻き戻さなくてはならない。そしてこの場合、調の体内からは3年間投与された点滴などの栄養素が、すべて体外に排出されることになる。そうなれば間違いなく、調は脱水症で死亡する」


 人間は体内の水分が2%減ると喉が渇き、3%減ると汗が出なくなり、目まいなどを引き起こす。そして、5%で全身の倦怠感や頭痛や吐き気。6〜8%で意識障害や筋肉の痙攣を起こし、10%を超えると死亡することになる。


「加えて、人間の骨は破骨細胞と骨芽細胞により、常に破壊と再生を繰り返している」


 骨は2カ月から5カ月かけて作り直され、これを1年から4年の周期で繰り返している。


「そして作り直される骨の量は、1年で約20%。3年だと60%となる。それだけの量の骨が一気になくなれば、それこそ骨粗鬆症どころの騒ぎではない」


 これを避けるためには、骨を避けて回帰を掛けなければならないのだった。


「もっとも、これを異世界で行った場合、復活チケットの効果で意識を取り戻した状態で、地球で復活する可能性もあるが、これも確実とは言えない」


 異世界で死亡した場合、その死因となった傷なりは消えた状態で復活することになる。つまり今回の天国の場合、回帰を「外傷」と判断されて、回帰が施される前の状態で地球に戻される可能性が高いのだった。


「そこで次に考えたのが、頭部のみへの回帰だ。調の意識が戻らないのは、事故による頭部への衝撃により、記憶中枢になんらかの不具合が生じたことが原因だろう。ならば、その頭部、具体的には記憶を司る側頭葉にのみ回帰を施せば、調の意識を取り戻せるのではないか? と考えた」


 だが、側頭葉にだけ回帰を施した場合、血液の逆流による血管破裂を引き起こす恐れがある。


「そこで考えたのが、石化を利用した治療法だ」

「石化を?」

「そうだ。おまえなら知っているかもしれんが、心臓から送り出された血液が全身を巡って、また心臓に戻って来るまでの時間は約30秒。太い血管内では秒速1メートルの速さで流れている」

「う、うん」

「そして、この事実を踏まえたうえで「石化」という現象を考えた場合、疑問が出てくる」

「疑問?」

「そうだ」


 ゴルゴンやバジリスクなどのモンスターによる石化を除き、通常の魔法による石化される場合、足元から徐々に石化していくことになる。そして足元が石化されるということは、その足に流れる血液も石化するということであり、そこで血流がストップした人体には、なんらかの異常が引き起こされるはずなのだった。


「だが俺の知る限り、石化中その対象者が心身に異常をきたしているような兆候は見られなかった」


 通常、魔法による石化の場合、長ければ1分以上かかることもある。ならば、30秒で全身を駆け巡る血液が足元で堰き止められた場合、石化が完了する前に目まいや胸痛といった症状が起きるはずなのだった。


「これはつまり、石化魔法を施された場合、人の体内では石化が完了するまでの間、血流になんらかの変化が起きていることを示している」

「だから、あの人たちを石化して試したの?」

「そういうことだ」


 結果、石化を施された人間の体内では、血流が限りなく遅くなっていることがわかった。


「これらの実験結果から、調の意識を取り戻せる可能性が出てきた」

「可能性?」


 今の話の、どこにそんなものがあったのか。小鳥遊には皆目見当がつかなかった。


「石化をかけた直後に、調の首を切り落とす。本来、人間は首を切り落とされた時点で死亡するが、石化で血流が停滞された状態であれば生存している可能性がある。そこで即座に切り落とした頭、この場合首の頸動脈に人工血管を取り付けた後で、脳に3年分の回帰をかける。そして意識が戻ったところで、人工血管を通して輸血パックか人工心肺から血を流し込み、脳のダメージを最小限にとどめた後、回帰で再び胴体につなぎ直す」

「そんなこと……」


 とても可能とは思えなかった。


「でも、そんなに必死に助けようとするなんて、永遠長君にとって、その天国さんて人は、本当に大事な人なんだね」


 あんなに真剣な永遠長の顔は、チーム戦の最中でさえ見たことがなかった。


「そんなんじゃない」


 この世には、不幸が似合わない人間がいる。そして、そういう人間ほど不幸が寄ってくるどころか、自分から足を突っ込んでいく。

 天国は、その最たる者であり、その結果不幸になろうとも、それで他人が幸せになれるのなら、それでいいと本気で思っている。

 そんな人間が、他人を助けたために意識が戻らないまま、今も人生を浪費させ続けている。という状況が、永遠長には不愉快極まりなく、我慢ならないのだった。


 しかし、次に永遠長の口をついて出た理由は、そんな感情論とはかけ離れていた。


「もし、調が意識不明になった原因が、調が異世界でパワーアップしたことにあるとすれば、その原因を作ったのは、あいつを異世界に連れて行った俺ということになるからだ」


 天国のことだから、異世界でパワーアップしていなくても子供を助けようとはしただろう。しかし身体能力がアップされていなければ、窮地に間に合わなかったかもしれないのだった。


「だとすれば、俺は借りを返すどころか、さらに調を不幸にしたことになる。

だから助ける。ただ、それだけの話だ。それを必死だの大事だのと、勘違いも甚だしい」


 憮然と答える永遠長に、


「ツンデレ?」


 思わず秋代はツッコんだ。


「違う!」


 永遠長はムキになって言い返した。自分としては理路整然と答えたつもりでいたのだが、最後の最後で余計な1言を付け足してしまった。天国が絡むと、どうにも調子が狂う。どこまでも始末が悪い女だった。


「まあいい」


 永遠長は思考をリセットした。


「とにかく、今言った方法は、あくまでも可能性の1つに過ぎん。今は、石化により出血を最小限に抑えることができることがわかった。それだけで十分だ」

「じゃあ、指とか足を折ってたのは、なんだったわけ?」


 秋代が尋ねた。


「あれは、ついでだ。実験体が余ったんで、どこまで壊れても石化が解けるか試してみた。ただ、それだけの話だ」


 通常、石化された者は、体の重要な一部が破壊された場合、元には戻れないとされている。だが、その具体的な部位については明記されていない。そこで、指先からへし折ることで、どのぐらい壊れれば石化が解けなくなるか、試してみたのだった。


「あっそ。まあ、いいわ。この噂が広まれば、そうそうウチにちょっかいかけてくる奴もいなくなるだろうし。とりあえずは一件落着ってことで、よしとしときましょ」


 そう秋代が話をまとめ、パ-ティ-は解散となった。


 結果として、小鳥遊は永遠長に加山のことを伝えそびれてしまった。というか、本人も完全に忘れてしまっていた。

 そして、そのことが後にどんな災厄を自らにもたらすか。


 このときの小鳥遊は知る由もなかったのだった。

















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