表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
189/225

第189話

 翌日の放課後、白河は俺の指示通り、生徒会室へと向かった。すると生徒会室の前で、久世が待っていた。


「やあ、君が白河君だね。君のことは、羽続さんから聞いているよ。これから、よろしく」


 久世は笑顔で白河を迎えた。


「白河流麗です。よろしく、お願いします」


 白河は軽く会釈した。


「じゃあ、行こうか。皆に紹介するよ。大丈夫、皆いい奴だから。きっと、君もすぐ打ち解けられると思うよ」


 久世はフレンドリーに話しかけた。


「お気遣いなく。顔見せを済ませたら、すぐ帰りますので」


 白河はクールに答えた。まさに北風と太陽だ。


「まあ、無理強いはしないけど、できれば君も今日の会議に参加してくれないかな? もし学園裁判所が正式採用されたら君も当事者になるわけだし、生徒会と連携していく上で、みんなとの意見交流は必要だと思うんだ」

「……わかりました」


 白河は無機質に応じた。きっと内心では、


「どうして、あたしがそんな面倒なことしなきゃなんなのよ。ふざけんじゃないわよ!」


 とか、思ってるんだろうな。家に帰ってから「約束が違うじゃない!」と怒り狂う白河の顔が目に浮かぶようだ。


 まあ、ソッコーでUターンしなかっただけで、よしとしておこう。


 そして2人が生徒会室に入ったところで、


「会長!」


 此花が久世に突進してきた。相変わらず元気な娘だ。


「申し訳ありません!」


 此花は、いきなり頭を下げた。


「先日、会長がおっしゃっておられた調査官の件ですが、辞退させてください!」

「辞退?」

「はい!」

「それは、やっぱりどうしても自分が検察官役をやりたいということかい?」

「いえ、違います」

「え? 違うのかい?」

「はい。昨日の会長の話を、私も私なりに考えました。そして、気づいたのです。私には、もっとふさわしい役目があることに!」


 此花は瞳を輝かせた。


「もっと、ふさわしい役目?」


 久世は眉をひそめた。俺も、何か背筋に冷たいものが……。


「はい! それは、新設される学園警察の長官職です!」

「はい?」


 学園警察?


「そうです! 学園裁判所は、悪を裁く裁判所なのでしょう? ならば当然、その悪を取り締まり裁判所へと送検する、警察に相当する組織も必要になるはずです! 違いますか、会長?」

「え? え-と、そう、かな?」


 確かに、言ってることは一理あるが……。


「バカじゃないの」


 白河が直球過ぎる感想を投げつけた。


「な……」


 突然のバカ呼ばわりに此花は気色ばんだ。


「バカだと!? 私の提案の、どこがバカだというんだ!?」


 此花は白河に詰め寄った。恐れていた事態が。


「仮に、あなたのいう学園警察とやらを創って、生徒の何人かを学園警察官にしたとして、その人たちに、いったい何をやらせるつもりなの?」

「な、何って、決まっているだろう。本物の警察と同じように、日夜この学校をパトロールし、この学校の治安を乱す悪を取り締まるんだ」

「それって、ただの風紀委員でしょ? わざわざ新しく学園警察を創る必要なんて、ないと思うんだけど?」

「全然違う! 風紀委員は、しょせん風紀委員でしかないのだ! 警察官という名称には、それを担う者に風紀委員とは違う、より崇高な! より責任感を与える! 身を正す効果があるのだ!」

「それ、ただ単に、あなたが警察官をやりたいだけなんじゃないの?」


 確かに。


「し、失礼なことを言うな!」


 図星を突かれ、此花は激昂した。


「確かに、各学校に警察官を配置するという発想自体は悪くないわ。でも、その場合配置されるのは、あくまでも本物の警察官であるべきよ。学生が独断で学園警察なんてものを創ったところで、意味なんてないわ。そんなものにできることなんて、せいぜい休憩時間中の見回りぐらいのものでしょ? それで解決するぐらいなら、最初からイジメなんて起きてやしないわよ。それこそ学園警察なんてできたところで、イジメをやる側にとっては、警戒する人間が少し増えるだけ。イジメ問題を解決するうえで、なんのタシにもなりはしないわ。むしろ、自分は警察官だから偉いんだと思い込む、勘違いバカを生み出すだけよ」


 その通りだ。本物の警察官を配置するのも、今の政府の財政状態じゃ不可能だろうし、そんな余力があるのなら、児童虐待の対策に人員を回したほうが有益だろう。


「だ、誰が、勘違いバカだ! だ、だいたい、なんだ、貴様は! 生徒会役員でもないくせに、どうしてここにいるんだ!」

「あたしは本当のことを言っているだけよ。それに、あたしが誰かということと、あたしが言っていることになんの関係があるの? 相手の言動を、立場を利用して抑え込もうとする輩が正義を口にするなんて、おこがましいにも程があるわ。小学生から、やり直してきたら?」


「な、な、な……」


 此花の顔が恥辱で紅潮した。


「ふ、2人とも、落ち着いて」


 見るに見かねた久世が、白河たちの間に割って入った。


「そうよ。その辺も含めて、これから話し合いましょ。ね」


 朝比奈も仲裁に入り、此花はとりあえず息を落ち着かせた。やれやれだ。


「そ、そうですね。すいません。つい興奮してしまいました」


 此花は自分の席に着いた。白河を、超睨みながら。


「そ、それじゃ、皆に改めて紹介するよ。彼女が、検察官役を頼んだ白河流麗君だ。検察官役を任せる関係から、今日は彼女にも同席してもらうことにしたから、よろしく頼む」


 久世は生徒会の面々に白河を紹介した。


「今度、学園裁判所の検察官役を務めることになりました、白河流麗です。若輩者ですが、精いっぱい務めさせてもらいますので、どうかよろしくお願いします」


 白河は、俺が教えた通りの挨拶を超棒読みながら完遂した。そして生徒会のメンバーと一通りの挨拶を済ませた後、学園裁判所に関する2回目の会議が始まった。


「では、今日から具体的な議論に入ろうと思う。議題となるのは、基本的にこの4つだ」


 久世は、黒板に議題となる裁判を行う場所、役職、罪状、刑罰の四項目を書き並べた。


「まずは裁判を行なう場所だが」

「はい。それならば体育館がいいと思います。あそこなら、傍聴人が多くても十分対応できますし」


 ここでも此花が先陣を切った。やる気満々なのは、いいことだが。


「論外ね」


 白河が容赦なく切り捨てた。意外なところから反論が。てっきり、こいつは会議の間、ずっと高みの見物を決め込んでるもんだとばかり思ってたんだが。やはりイジメ経験者としては、バカな発言には黙ってられなかったのか?


「な、ろ、論外だと?」


 思わぬところから飛び出した全否定に、此花は気色ばんだ。


「ええ、話にならないわね」

「そう言い切るからには、ちゃんと根拠があるんだろうな?」


 此花は、今にも白河に殴りかからんばかりの形相だ。


「わからないの? 体育館は終日部活で使っているのよ? 裁判をする日時にもよるだろうけど、行うのは常識的に考えて土日か、平日でも授業が終わった四時過ぎでしょ。その時間は、まさにクラブ活動の真っ最中じゃない」

「ぬ……」

「だからと言って、裁判のたびにクラブを中止させるわけにもいかないし、もしそんな真似をすれば運動部の怒りを買って、下手をすれば、その怒りは被害者に向きかねないわ。おまえが裁判なんか起こしたから、自分たちは練習ができなくなったんだ。余計なことをしやがってってね」


 白河の言うとおりだ。反面、その怒りがイジメの加害者側に向かう可能性もあるが、その場合、加害者連中は屁とも思わないだろう。


「そうなったら、被害者側は訴えそのものを躊躇する可能性があるわ。元々イジメなんて、他人の顔色を気にしてる気弱な人間が受けるものなんだし。ただでさえイジメに遭っている人間に、さらに外野から責められる可能性まで背負わせるのは得策じゃないわ」

「じゃあ、どうするんだ?」

「そうね、今は少子化で教室は余ってるはずだから、どこか空き教室を使うか、でなければ図書室が妥当なところじゃないかしら。あそこなら法廷なみの広さはあるし、元々机や椅子が設置されているからイチイチ用意する必要もない。それに、基本誰でも出入り自由な場所だから、使っても誰からも文句は出ないでしょ」


 白河から、これ以上ない代案を出され、此花は渋々振り上げた拳を降ろした。


「そうだな。それでいこう」


 久世は黒板の場所欄に、空き教室、図書室と書き込んだ。確かに、それが妥当なところだ。


「では、次は役職だ。まず裁判官だが、これは立案書に書いた通り、教師、学生、保護者それぞれ3名による合議制でいこうと思うんだけど、他に意見はあるかな?」

「いいと思います」


 此花が真っ先に同意を示した。


「そう? あたしは学生と保護者は、やめたほうがいいと思うけど?」


 白河が言った。これは、また嵐になりそうな予感……。


「どうしてだ!」


 案の定、此花が不満の声を上げた。


「それこそ教育の観点から考えても、学生にやらせるべきだろう! それに将来、本物の裁判員に選ばれたときのためにも、予行練習としてやらせておくべきだろうが!」


 確かに、一理ある。しかし、


「一般の裁判員制度が、まがりなりにも成立しているのは、犯人に裁判員がどこの誰か特定が困難だからよ。これをもし学校で行ったら、生徒にリスクがあり過ぎるわ。もし裁判員になった人が有罪判決を下したら、顔から名前や住所を割り出して仕返しに来かねない。裁判員を行う側も、それは十分承知してるでしょうから、判決に手心を加えかねないわ。先輩、後輩、クラスのカ-スト制、そういう暗黙の身分制度がある学生なら、なおさらよ」


 仮に裁判員を脅すことを禁止しても、守る保障はないからな。それに被告人自身が動かなくても、その友人や先輩後輩を通して間接的に脅しをかけさせれば済む話だ。その後のスク-ルライフを犠牲にしてまで、果たしてどれだけの学生が正義を貫こうとするかというと……。


「保護者にしても同じことで、近所の子供が被告になったら、有罪にはしにくいでしょ? 下手にそんな真似して、隣人トラブルに発展したら目も当てられないし、下手をすれば今度は自分の子供がイジメのタ-ゲットにされかねない」


 白河の目が冷気を増した。不本意な会議に参加させられて、やはり内心では腹を立てていたようだ。


「それに保護者のなかには、昼間パートに出ている人間も多いだろうし、たとえ裁判員に指名されても断る人が続出して、裁判自体が成り立たなくなる可能性があるわ。それでなくても、誰も好き好んで他人を裁きたくなんかないもの。だからこそ、本当の裁判員制度でも年々集まりが悪くなってるわけでしょ。ま、日本人が飽きっぽいっていうのも、あるんでしょうけど」

「じゃあ、白河はどうすべきだというんだ?」

「そうね、とりあえず生徒側から生徒会長と副会長、それと教員側から校長と教頭、それにランダムで選んだ教員2人。ここら辺が妥当なところじゃないかしら。本当は、教員は入れたくないんだけど、かと言って、法の専門家を雇う金なんてないんでしょうから、仕方ないわね」

「どうして教師はダメなんだ?」

「教員なんて入れたところで、害にしかならないからよ。教員の誰かが入った時点で、判決票には無条件で「無罪」か「執行猶予」に1票入ることになるのが、目に見えているもの。とてもじゃないけど、まともな裁判になんてならないわよ。おためごかしの、それこそ茶番劇に成り果てるのが関の山ね」

「失礼だぞ、白河。仮にも教えを受ける先生に対して、その言動」

「教え? 給料をもらって、与えられた仕事をしてるだけでしょ。他の仕事と何が違うって言うの? 政治家や弁護士もそう。周りが変にへりくだるから、バカが勘違いするのよ。そもそも教員にとって学園裁判所なんて、自分たちの無能さを世にさらけ出させようとする害悪でしかないわ。仮に設置を認めたとしても、できるだけ穏便に済ませようとするに決まってるじゃない。それでなくても、教員は事なかれ主義なんだから。まあ、事なかれ主義の権化である教育委委員会の息がかかっているんだから、当然と言えば当然だけれど」


 白河は皮肉たっぷりに吐き捨てた。


「じゃ、じゃあ、とりあえず裁判官の人選は保留として、次は罪状に移ろう」


 白河の毒が、これ以上広がることを恐れたのだろう。久世は議題を罪状に移した。


「僕も一応、立案書にリストアップはしたけど、とりあえず考えられるものを、ここでもう1度挙げていこう」


 久世は黒板に、罪と考えられるものを羅列した。暴力、恐喝、万引きの強要、悪口、無視、所持品の盗難、破損、援助交際の強要。


「とりあえず、こんなところかな。他に、何かあれば言ってくれ」


「だったら、無視は罪状から外したほうがいいと思います」


 白河が言った。


「どうしてだい? 無視は、十分罰するに値する罪だと思うけど?」


 久世が聞き返した。本来ここは此花の出番だが、この辺の精神攻撃については疎そうだからな。


「いや、むしろ心に受ける傷としては、他のどのイジメよりも悪質で陰険なぐらいじゃないかな?」


 久世は、あえて正論を持ち出した。すると、白河の顔に「お坊ちゃんらしい、優等生意見だ」という冷ややかな感想が浮かび上がった。


「まあ、そうですけど、無視は定義が難しいからです。誰かが誰かを無視したとして、それが故意かどうか、誰がどう判断するんです? 証拠も残らないし、証言も集めにくい。なにしろ無視する場合、クラス規模でやる場合が、ほとんどですから」


 確かに。


「もっとも、大多数は率先して無視に加わっているというよりも、他人事を決め込んでいるっていうのが正しい表現でしょうけど。下手に関わって、自分まで標的にされないように。けれど結局のところ、やってることは同じだから仲間意識は強固になる。全員に同罪である自覚があるだけに、裏切り者が出にくいんです。下手をすれば教師までグルの場合まであるし、その場合もちろん教師もダンマリを決め込むことになります」

「それでも1人1人を問いつめれば、話す人も出てくると思うよ」


 朝比奈が言った。さすが善意の優等生。心が洗われる。


「まあ、その可能性もないとは言えませんけど」


 白河は朝比奈を横目に見やった。その眼光に「バカじゃないの?」という、負の感情をちりばめて。


「そもそも、誰が誰を無視しようと、そんなことはその人の勝手でしょ。だからこそ、本当の憲法でも無視だけじゃ罪にはならないんです。お隣さんからの挨拶を無視したら、無視罪で逮捕されるんですか? それじゃ、オチオチ外も歩けやしない」

「それは、そうだけどね。国が罰しないことを罰するからこそ、学園裁判所の意味があるんじゃないかな」


 久世が負けじと言い返した。いい根性だ。


「そうだぞ、白河。久世会長の言う通りだ」


 此花が久世を援護射撃した。この娘が言うと、途端に重みがなくなるなあ。


「まあ、そうですけど」

「きみ、自分が他人のことをシカトばかりしてるから、そんなこと言ってるんじゃないのかい?」


 川登が、いつもの調子で揶揄した。また、火に油を注ぐような真似を。どうなっても知らんぞ。


「そうなのか、白河?」


 此花が非難の眼差しを白河に向けた。


「だとしたら、何か問題でも? あたし自身の個人的行動と、ここで行われている議論と、一体なんの関係があるというんです? 問題なのは、あたしが言っていることが正しいかどうかでしょう? そして間違っているというのなら、正面から論破すればいいだけでのこと。建設的な発言ができないなら、黙っていてもらえませんか、中途半端さん」

「中途半端?」


 川登のこめかみが引きつった。


「そうです。さっから見ていると、あなたはエリート気取りで他人を見下してばかりいますけど、そもそも本当のエリートなら、今頃こんな公立中学になんて通ってないんじゃないですか? もし、あなたが本当のエリートなら、それこそ今頃東大が狙えるような私立中学にでも入学して、上を目指して猛勉強してるはずです。それを、こんな平凡な公立中学に通っている程度の分際で、変にエリート意識だけ高くて、そのくせできることは他人を見下すことだけとか、やってることが中途半端なんです。滑稽な道化の分際で、他人を見下すことだけ人一倍とか、怒りを通り越して笑えてくるんで、やめてほしいんですけど」


 白河の冷凍ビームが直撃し、川登は凍り付いた。


「それに、たとえここでどんな規則ができようと、あたしには関係ありませんし。あたしは、たとえどんな法律ができようが、今のスタンスを変えるつもりはさらさらありませんから」


 それも、どうかと思うけど。


「ただ、無視されることが、そんなにつらいことか? という気持ちは正直ありますけど。社会に出れば、それこそ回りなんて面識すらない赤の他人だらけでしょう? その人たちの顔色を全部伺って生きてる人がどこにいるんです? それが、どうして学校の、クラスのなかだけは特別扱いなんです? 理解できません」


 言ってることが正論だけに、タチが悪い。


「だいたい無視されたところで、実害を受けたわけでもなければ何かを失ったわけでもない。第一無視してた人を罰して、それでどうしようっていうんです? シカトは悪いことだから、これからは無視せず仲良くしましょう、とでも命令するんですか? それで無視をやめたとして、そんな嘘臭い交友関係になんの意味があると? 根底に侮蔑感を持ったまま、上辺だけは仲良くしましょうって? まあ、それも一人前の社会人になるためには、必要なスキルではあるかもしれませんけど」


 白河は笑い飛ばした。氷の微笑だ。


「もし無視で罪になるとしたら、教員からの報告事項のような、学校生活に支障をきたすような情報を、故意に知らせなかった場合ぐらいだと思います。もっとも、その場合でも問題なのは、そんな重要なことを生徒任せにした教員のほうだと思いますけど」


 確かに。


「無視で問題があるとすれば、それはイジメが無視から段々とエスカレ-トしていく傾向にあるということぐらいです。イジメを行う人間は、無視した相手が傷ついているのを見ているうちに、図に乗って行動が過激になる傾向がありますから。教科書への落書きとか上履き隠しとか」


 そうだな。


「その意味では、刑罰に入れとくのもありといえばありかもしれませんね。本物のイジメへの予防線にもなるし、世間一般でシカトがイジメの領分に含まれている以上、無視もできませんから」


 白河が口を閉ざすと、生徒会室は静まり返った。 


「……あ、ありがとう、白河君。参考にさせてもらうよ」


 久世は、なんとかメンタルを回復させると議題を罰に移した。


「これは、体罰は与えられないから奉仕活動ということになるけど、イジメを行うような連中は従わない可能性が高い。別にやらなくても、それ以上罰受ける心配がないってタカをくくってね。そこで、そうなった場合は別の手を取ることにした」

「別の手?」


 朝比奈が小首を傾げた。さすがの優等生も、この状況で有効な罰則は思いつかなかったのだろう。


「うん、その場合は、その被告人だけを別の教室に隔離して、個別に授業を受けさせるんだ。教室に監視カメラをつけた上でね。そしてその光景をリアルタイムで動画配信する」

「動画配信?」

「そう、本当は停学や留年処分ができればいいんだけど、教育法で中学までは停学処分はできないからね。だから、それに代わる処分として被告人が罰則に服従しない場合、その子だけを隔離して絶えず公衆の面前にさらすんだ」


 そうすりゃ、どんなバカガキでも少しは堪えるだろ。本当は、少年院と学校の中間に位置する教育施設を創って、そこにブチ込んで教育し直せればいいんだが、現状では不可能だからな。


「できれば名前や罪状も公開したいところだけど、ここまでするとプライバシーの侵害になってしまう恐れがあるからね」


 動画配信も、下手をすればプライバシーの侵害に抵触する可能性がある。だが、日曜参観なんかでも普通に授業風景を公開してるわけだし、たぶん大丈夫だろ。ま、そういうツッコミが入ったら取り下げればいい。

 裁判で被告人の顔と名前が公表される以上、有罪になって独房に入れられたら、そいつの顔と名前は嫌でも世間に広まることになる。被告人も、それは承知してるだろうから、それで抑止力としては十分だろう。


「さて、おおまかなところは、こんなところかな。それで、これから細かく詰めていく前に、ここで改めて学園裁判所の賛否を問いたいと思う。我が生徒会として、この学園裁判所法案に賛成の者は手を挙げてくれ」


「はい! はい! はい!」


 まず、此花が勢いよく挙手した。そして朝比奈、桂の両名も挙手し、残るは川登だけとなった。


「やれやれ」


 皆の注目を一身に受けるなか、川登は面倒臭そうに右手を上げた。


「ま、やってみればいいんじゃないですかね。もっとも、それも生徒総会でOKが出れば、の話ですがね」


 川登は、そう皮肉った。ま、通るわけのない提案だというのは同感だ。


「だけど、試してみる価値はある」


 久世は力強く言い切った。


「それに、この学園裁判所には法的拘束力がない。実際の裁判所じゃないからね。だから規則違反の生徒を判決に従わせるためには、学生の自主的な協力が必要となるんだよ。そのためにも選挙で賛成多数を取り「学生の総意」という大義名分が必要なんだ。みんなで決めたことに、君は逆らうのか? という無言の圧力を与えるためにね」

「ま、せいぜい、がん」

「では、あたしはこれで失礼します」


 川登の話を遮る形で、白河はさっさと生徒会室を出て行ってしまった。まったく、どこまでもマイペースな奴だ。


 ともあれ、なんとか生徒会での合意は得た。まだ第1関門を突破したに過ぎないが、それでも学園裁判所の導入に向け、大きく前進したことに間違いはない。


 残る関門は、あと3つだ。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ