第173話
「緊急事態なのです!」
放送室に飛び込んだ沙門は、マイクに飛びついた。そして、
「緊急避難速報なのです!」
沙門の声が学園内に響いた直後、
「!?」
常盤学園を激しい揺れが襲った。
常盤学園には、外敵に備えて防御結界が張ってある。衝撃の発生源は、その結界の上空に出現した朝霞だった。
「邪魔だ」
自身を拒む結界に、朝霞は杖を振り下ろした。すると、100人の魔術師の攻撃にさえ耐えうる結界が一瞬で砕け散った。そして邪魔物を排除した朝霞は、引き連れてきた20人の魔法少女とともに校庭へと降りてきた。
「出てこい、天国調!」
朝霞の怒号が学園中に響き渡り、
「朝霞?」
窓から朝霞の姿を確認した秋代たちは急いで校庭へと向かった。
「出てこないなら、この学園ごとブッ飛ばす!」
朝霞が殺気立った目で脅しをかけたところで、
「私なら、ここよ」
駅から引き返してきた天国が校庭に姿を現した。その姿はファイブサモンズアーマーに加えて、半獣人化、陽下闘印、神器開放と、可能な限りの臨戦態勢が整っていた。
「はじめまして。朝霞さん」
天国は朝霞に微笑んだ。
「天国い!」
憎々しげに自分を睨みつける朝霞を見て、天国の目に哀れみが浮かぶ。
「かわいそうに。あなたも、あの女に目をつけられたのね」
「おまえだけは絶対殺す!」
「そのためだけに、これだけの人数を引き連れて来たってわけ?」
天国は他の魔法少女を見回した。
「安心しろ。こいつらは、ただの見張り役だ。ただし、おまえが逃げ出したり、誰かが邪魔に入るようなら、殺すように命じてあるがな!」
「そう。なら安心ね」
天国は微笑した。
「それに安心して。私は決して逃げたりしないから。あなたと違って、ね」
「……ブッ殺してやる」
「やってみれば? できるものなら、ね」
朝霞と天国の戦いが、まさに始まろうとしたとき、
「天国」
秋代たちが校舎から出てきた。しかし、
「おっと、邪魔はさせないわよ」
その行く手を白衣の魔法少女が塞いだ。その顔に、
「え!?」
秋代は見覚えがあった。
「なんで、あんたが?」
それは間違いなく、秋代の元クラスメイトの沢渡満だった。
「それに、その格好……」
「ああ、これ? 決まってんじゃない。魔法少女よ、魔法少女。あたし、あの後学園長にスカウトされて魔法少女になったのよ」
「学園長?」
「そう。そして、その学園長から聞いたわ。あたしが、どうしてあんなことになったのか」
沢渡は朝霞同様、風花から断片的な説明を受けていたのだった。永遠長を利用しようとしたことに腹を立てた天国が、自殺に見せかけて沢渡の殺害を目論んだが、予定外に早く発見されたため失敗に終わってしまった、と。
「だから、あの女が殺されるところを、わざわざ見に来たってわけ。いい気味だわ。まさに自業自得ね」
沢渡は冷笑した。
「それでも戦ろうってんなら、相手になるわよ。あたしも魔法少女になったはいいけど、やることなくて退屈してたし。1度試してみたかったのよね、この力」
沢渡が選んだ魔法少女は「魔鏡少女」であり、この魔法少女には魔法で作り出した鏡により、あらゆる攻撃を跳ね返す力がある。これにリアライズで得た「転換」のクオリティを加えた自分の力を、ずっと試したいと思っていたのだった。しかし、
「そんな必要ないわよ」
秋代の答えは期待外れなものだった。
「だって、天国が朝霞ごときに負けるわけないもの」
秋代はキッパリ言い切り、それは小鳥遊たちも同意見のようだった。
完全に観戦モードに入ってしまった秋代たちに、
「あっそ。じゃ、好きにすれば」
沢渡はつまらなそうに言い捨てると、自身も朝霞と天国に視線を転じた。そして、それは時空を隔てた異空間でも同じだった。結界内に閉じ込められた永遠長と、彼の見張りを言い渡された5人の魔法少女たちの視線の先には、天国と朝霞の姿が映し出されていた。
「いい気味ね、永遠長」
その中の1人、関純子は結界に閉じ込められている永遠長を見て含み笑った。
「どう? 自分が原因で、愛する女が傷つけ合うところを見せつけられる感想は? これが女なら「私のために争わないで」ってセリフが出てくるところなんだろうけど」
「……誰だ、おまえは? やけに馴れ馴れしいが、どこかであったか?」
かすかに眉間を狭める永遠長に、
「ふざけんな!」
関は気色ばんだ。
「忘れたとは言わせないわよ! 小3のとき、あんたがあたしにしたことを!」
「小3?」
「あんたのせいで、あたしがどんな目に遭ったか。まして井出君は……」
関は言葉を詰まらせた。
「井出? ああ、おまえか。あれから顔を見なくなったから、すっかり忘れていた」
永遠長は興味なげに言い捨てた。ただし「すっかり」を、かなり強調して。
「そういえば、あのあと井出は自殺しようとしたらしいな。俺に散々「死ね死ね」言っていたから、自分の命もさぞ軽かったんだろう」
永遠長は嘆息した。
「俺としては、右腕が使えなくなったのなら左投手に変更して、利き腕でなくとも本当にメジャーリーガーになれるかどうか試してもらいたかったんだがな。やはり現実は、漫画のようにはいかんというところか。まあ、それはそれで有意義な実験であることに変わりはないが」
永遠長は、しみじみ言った。
「こ、の、クソ、野郎が……」
関の全身から殺意が乱れ飛ぶ。
「覚えてろ! この戦いが終わったら、おまえのことはあたしが必ず殺す! 必ずだ!」
「やってみるがいい。できるものならな」
永遠長は言い捨てると、視線を天国と朝霞の戦いに戻した。すると、常盤学園の校庭では2人の戦いが始まっていた。
「どうした、天国!? さっきまでの威勢は、どこへいった!」
朝霞の繰り出す闇の雷撃を、天国は電光石火で回避し続けていた。
「逃げないってのは口だけか!?」
「逃げてるんじゃなくて、避けてるんだけど?」
「透過」のクオリティがある以上、朝霞の攻撃は防御不可能。しかも、こちらからの攻撃は朝霞の体を素通りしてしまう。つまり「透過」のクオリティがある限り、天国は回避するしか手がないのだった。
「それとも、いつでもどこでも相手は自分の攻撃を黙って受けてくれるのが、当たり前だとでも思ってた?」
天国は失笑した。
「まあ、それも仕方ないか。何しろあなた、これまでの人生で1度も真正面から戦ったことなんてないものね」
「なんだと!?」
「小2のときは、相手の数に屈して泣き寝入り。リャンさんとの戦いのときも、こっそり後ろから刺しただけ。1度として、真正面から相手と戦ったことなんてない。なまじ頭がいいから、効率重視でそうしちゃうんだろうけど、だから肝心なところで踏ん張れない。少し問題が起きると、すぐに逃げだしてしまう。流輝君に殺人容疑がかかったときのように、ね」
「ふざけんな! あれは、おまえがそう仕向けたんだろうが!」
「してない」
「ああ!?」
「確かに1度目は、あなたが流輝君から離れるように誘導した。でも、2度目は使わなかった」
同じ永遠長に好意を持つ者として、朝霞の想いを踏みにじるような真似など、天国にはできなかったのだった。たとえ、そのせいで自分と永遠長が結ばれなくなったとしても。
「だから、あなたが流輝君から離れたのは、あなた自身の意志」
「信じられるか!」
「信じなくていい。それが真実であることを、私だけは知っているから」
「黙れえ!」
朝霞は、自分と天国の周囲に結界を張ると、全方位に闇の雷を撃ち放った。そして逃げ場を失った天国の胸を、一条の雷が撃ち貫いた。
本来であれば、致命の1撃。しかし天国の傷は即座に回復してしまった。
「回帰か。やっぱり、先にあいつから始末するか」
朝霞は校庭の端にいる土門に目を向けた。
「1つ言っておくけど」
「ああ!?」
「今のは「回帰」の力じゃないから」
「デタラメを」
「言ったでしょ。信じなくていいって。私は、あくまで親切で言ってあげてるだけだから。あなたが無駄なことに力を浪費しないように、ね」
「じゃあ、今のはなんだってんだ!?」
「私のジョブ能力」
「ジョブ能力?」
「そう。「アバタール」の、ね」
「アバタール?」
朝霞は眉をしかめ、
「て、なんだっけ?」
秋代は小鳥遊に回答を求めた。どこかで聞いたことがあるような気はするのだが、はっきりと思い出せなかった。
「シークレットジョブの中でも、特に珍しいジョブのことだよ。ほら、ギルド戦の前に、天国さんから送られてきたメールに書いてあったでしょ。シークレットジョブを超えるスペシャルシークレットジョブとも言えるジョブがあるって」
「え? あ? あー、そう言えば、そんなこと書いてあったわね」
そんなメールがあったこと自体、スッカリ忘れていた秋代だった。
「そーそー、その前にダークなんとかって、アホなこと書いてあったから、軽く流しちゃったんだった」
「本当にあるのかのう、そんなジョブ?」
「あるわけないでしょ。あれはジョブっていうよりキャラなんだから。もしあるとしたら「世界救済委員会」の領分でしょ」
「じゃあ、もしその世界なんとかで選んだら、竜戦士とかも召喚できるわけか?」
「そうなんじゃない? 本当に、そんなキャラがリストにあれば、の話だけど」
この状況でバカ話を続ける秋代と木葉を、
ホント緊張感ないなあ。
と思いつつ、小鳥遊は天国たちに注意を戻した。
「アバタールっていうのは、僧侶系のシークレットジョブの1つ。そして、その特殊能力は超回復と死者蘇生」
スペシャルシークレットジョブであるアバタールには、ノーマルのヒーラーが有する能力に加えて、光を魔力に変換する能力。魔力による肉体の復元を含めた超回復能力。回数制限付きながら、ノーマルのヒーラーにはない死者蘇生能力が備わっているのだった。
「本当は、流輝君と一緒にクラスアップしたかったんだけど、もうすぐカオスロードもシークレット化することだし。ほぼ一緒ってことで」
天国は苦笑した。
「ふざけやがって。死者蘇生だと?」
朝霞は天国を睨みつけた。
「そう。レベル1で1日に5回。後は、レベルが10上がるごとに1回ずつ増えていく。つまり、あなたが本当に流輝君を殺したいなら、まず私を殺さなくちゃならないってこと」
天国は朝霞にウインクしてみせた。
「そんなに死にたきゃ、今すぐ殺してやる!」
朝霞は再び天国に黒雷を食らわせたが、
「さっきの話の続きだけど」
天国が何事もなかったように話しだした。
「あなたには流輝君の特別になれるチャンスが何度もあった」
最初は小2のとき。もし、あのとき朝霞がイジメ側に寝返らず、最後まで永遠長の味方でいたら、きっと永遠長にとって朝霞は特別な存在となっていた。
「でも、あなたはしなかった」
また自分がイジメの標的にされるのが嫌だったから。
「小3のときも、そう」
永遠長がいわれのない非難を受けていたとき、もし朝霞がクラスメイトに本当のことを話していれば、事態は治まっていたかもしれない。そして、その場合は永遠長だけでなく、井出や関といった被害者も出さなくても済んだかもしれないのだった。
「でも、しなかった」
自分に飛び火することを恐れて。
「高1の夏休み明けも、そう」
自分でノートを渡していれば、チーム戦で石化されることはなかったかもしれない。
「でも、あなたはそうしなかった」
自分のことしか頭になかったから。
「流輝君に殺人容疑がかかったときも、そう」
永遠長が沢渡を殺していないだろうことは、朝霞もわかっていたはずだった。にも関わらず、永遠長を擁護するどころか、にべもなく切り捨てた。
「自分まで周囲から殺人犯扱いされたくない一心で」
我が身かわいさに。
「いえ、この場合、自分というより弟さんのためね。自分のことで弟さんにまで被害が及ぶことを、あなたは何より恐れていた」
生への執着も、すべては弟を1人にしないため。
「それはそれで立派だけれど、だからと言って、それが流輝君を自分の都合のいいときだけ便利に利用していい理由になんてならない」
永遠長は、朝霞が困ったときだけ引き出しから取り出して使用できる、使い勝手の良いチートアイテムではないのだった。
「常盤学園に事情を聞きに行ったときも、そう」
永遠長は、あのとき朝霞が好き勝手しているのが不愉快だと言った。そのことを朝霞は不愉快に思っていたが、あれは裏を返せば、それだけ永遠長が朝霞のことを身近に感じていたことの表れだった。
それこそ、もし本当に赤の他人と思っていれば、どこで何をしていようと、永遠長はなんとも思わないのだから。世界中の人間に対して、そうであるように。
「でも、あなたはそうは思わなかった。そして、せっかく生まれかけていた流輝君との絆を、あっさり捨ててしまった。あれが、もし私だったら何があっても絶対に流輝君の側から離れなかった。たとえ、そのせいで誰からどんな迫害を受けようと、そのせいで死ぬことになったとしても」
天国は真っ直ぐ朝霞を見据えた。
「あなたにはあるの? 流輝君と一緒に地獄に落ちる覚悟が」
天国の目には、揺るがぬ意志が宿っていた。
「私にはわかる。たとえ私が身を引いて、あなたが流輝君と結ばれたとしても、今回のようなことがあれば、あなたはまた平気で流輝君を捨てる」
朝霞にとって永遠長は、困ったときに駆けつけてくれる、都合の良い白馬の王子様に過ぎないから。
「そんな人に流輝君は渡せない」
「うるさい! うるさい! うるさい! おまえにわたしの何がわかるってんだ!」
朝霞は雷撃を乱れ撃った。
「今そうやって得意げに使っている魔法少女の力も、ソードマジシャンのジョブも、あの女や寺林さんから与えられた借り物の力。あなたには本当の意味で、自分で努力して手に入れたものがない。だから簡単に手放してしまえる。そんな人間が何を手に入れたとしても、本当の幸せなんて掴めない。だって自分が手にしているものの価値を、本当の意味で理解していないから」
「黙れえええええ!」
朝霞の意思を受け、校庭を包みこんでいる結界が少しずつ縮小していく。
「これで、もうチョロチョロ逃げられない」
逃げ道を塞ぎ、勝利を確信する朝霞に、
「そうね。それじゃ、そろそろ反撃と行きましょうか」
天国も不敵に言い返す。
「ほざけ!」
朝霞は最大出力の黒雷を、天国めがけて撃ち放った。これに対し、天国は電光石火を発動。被弾覚悟で朝霞との間合いを一気に詰める。
「無駄なことを」
朝霞の体には、今「透過」が施されている。たとえ天国に、どんなに強力な攻撃技があろうと素通りするのみ。つまり、自分が天国に負けることなどあり得ないことなのだった。それでも、
「どうやら忘れてるみたいね」
天国の顔からは、未だ不敵さが消えていなかった。
「あ!?」
「あなたの「透過」は、確かにすべての攻撃を素通りさせてしまう」
それは、もしかしたら「回帰」であろうと「反射」であろうと変わらないかもしれない。
「だけど」
天国は朝霞に右手を突き出した。
「1度だけ、その絶対無敵の力が無効化されたことがあったことを」
そう。魔女と呼ばれた、
「実体化承認!」
リャンのクオリティによって。




