第167話
永遠長VS獣人組は、下馬評通り永遠長の勝ちで終わった。しかし、そのことを喜ぶ学生は1人もいなかった。
切ってもダメ。殴ってもダメ。サイコキネシスもダメ。力押しもダメ。集団戦もダメ。
しかも、アレでまだ全力は出していないときている。
どーすりゃ倒せるんだ!? あんな化け物!?
1夜明けた常盤学園では、永遠長攻略法がそこかしこで議論されていた。
その中でも、特に熱心に談じていたのはエスパー組だった。
永遠長はエスパー組を目の敵にしている。
そのことをエスパー組は痛切に感じ取っていたからだった。
持たざる者の嫉妬。
普段のエスパー組であれば、その1言で済ませていたに違いない。だが、今回の場合、それでは済まないのだった。
誰だよ? あいつに手え出したバカは?
エスパー組の中では、この状況を作り出した犯人たちに非難が集中した。しかし、だからといって犯人に直接手を出す者はいなかった。何しろ、そんな真似をすれば、次は自分が週末戦で永遠長の前に立つ羽目になりかねないから。
自分たちの安寧を取り戻すためには、永遠長を排除するしかない。だが、そのためには週末戦で永遠長に勝つしかない。それだけにエスパー組の藤間への期待は否が応にも高まっていたが、同時に不安も拭えずにいた。
藤間の強さは十分過ぎるほど知っている。歴代最強の称号も、決して誇張ではない。
だが、それでも……。
という思いを、エスパー組は拭い去ることができずにいた。それほど、獣人組との戦いで見せた永遠長の強さは、エスパー組にも強烈なインパクトを与えていたのだった。
その上、当の藤間は「凄いよねえ、彼。戦うのが今から楽しみだよ」と、まるで緊張感がない。
そのため、この1戦で負ければ未来がないエスパー組としては、どんな手段を使っても藤間の勝率を上げておきたいところだった。とはいえ、闇討ちなどした日には、どんな報復をされるか知れたものではないし、獣人組が行ったような消耗戦も計画倒れで終わってしまった。全員、捨て石の必要性は理解していたものの、誰も自分の身を犠牲にしてまで、藤間の勝利に貢献しようとはしなかったからだった。
藤間は全力の永遠長と戦いたがっているのだから、邪魔したら悪い。
と、自らの行為を正当化して。
結果、迎えた3度目の週末戦、舞台には予定通り藤間だけが上がることとなった。
「じゃ、行ってくるよ」
エスパー組が見守るなか、運動場の中央に進み出た藤間は、
「この日を楽しみにしていたよ」
永遠長に屈託のない笑顔を見せた。
「君となら、俺はさらなる高みに行けそうな気がするんだ。こんなにワクワクするのは、生まれて始めてかもしれないよ」
そんな快活な藤間とは反対に、
「……1つ聞くが」
永遠長は憮然とした表情で口を開いた。
「なにかな?」
「おまえは弟のしてきたことを、どこまで知っている?」
「喧嘩で10人くらい病院送りにしたって話は聞いてるけど、詳しいことは知らないな。兄弟とはいえ、プライベートは尊重すべきだからね」
「そうか」
「じゃ、そろそろ始めようか」
藤間は臨戦態勢に入った。すると、彼の力に呼応するように学園全体が揺れ動いた。
「行くよ」
藤間はサイコキネシスで永遠長を押し潰しにかかった。しかし、永遠長は構わず藤間との間合いを一気に詰める。
「おっと、やっぱ、この程度じゃ止まらないか」
藤間は空へと飛び上がると、
「なら、お次は」
事前に用意しておいた鉄パイプを自分の周囲に転移させた。
「こいつだ」
藤間は一斉に鉄パイプを、永遠長めがけて撃ち放った。
無数に飛んでくる鉄パイプを、永遠長が高速移動で回避する。が、1度地面に突き刺さった鉄パイプは藤間の意思通り、さらに永遠長へと襲いかかる。
「くだらん」
永遠長は吐き捨てると、呪文の詠唱に入った。そして、その完成とともに鉄パイプはへし曲がり、ブーメランと化して藤間へと襲いかかった。
「やるやる」
藤間は飛んでくる鉄パイプを粉々に破壊すると、新たな力を発動させた。直後、永遠長はその場を飛び退いた。すると次の瞬間、直前まで永遠長がいた場所が燃え上がった。
「さすがだね。でも、いつまでかわしきれるかな?」
藤間は、さらに発火能力を発動させた。しかし、そのどれも永遠長にかわされてしまった。
「速い速い。じゃあ、これなら」
藤間は運動場を土を周囲から迫り上げると、永遠長を包みこんでしまった。
「逃げられないだろ」
藤間が微笑した直後、永遠長を包みこんでいた土砂が吹き飛んだ。
「本当に凄いよ、君」
藤間は歓喜に身震いすると、
「なら、俺もそろそろ本気を出すとしようか」
永遠長へと衝撃波を放った。しかし、永遠長の結界に防がれてしまった。
「凄いね。それが魔法ってやつかい? 始めて見たよ」
藤間は無邪気に笑った。
「それはそれとして、さっきから全然攻撃してこないけど。守ってばかりじゃ、俺には勝てないよ? それとも俺のスタミナ切れでも狙ってるのかな?」
「話にならんな」
永遠長は吐き捨てた。
「学園最強と言うから、どれほどのものかと一応警戒していたが、これならサイキックソルジャーと大差ない。いや、純粋な戦闘能力が高い分、あっちのほうが手強いとさえ言える」
永遠長は、そこで観戦している尾瀬を一瞥した。
「まして、サイコキネシスのみならず、あらゆる魔法を無詠唱で使えるエンシェントマジックルーラーとは比べるべくもない」
「へえ。凄いんだねえ。そのエンなんとかって」
「この程度が最上位の分際で、選民意識丸出しでエリートを気取っていたとは。不愉快を通り越して呆れる」
「その決めつけは、ちょっと早いんじゃないかな」
藤間は苦笑した。
「なぜかって? それは俺がまだまだ全然、本気なんか出してないからさ!」
藤間は再びサイコキネシスで、永遠長を押し潰しにかかった。しかし、その負荷は前の10倍を超えていた。
並の人間であれば圧死する重圧のなか、
「これが全力か?」
永遠長は藤間を見上げた。
「え?」
「これが、おまえの全力かと聞いている」
永遠長は右腕を上げると、
「だとすれば、これ以上付き合うに値しない」
藤間に閃光を放った。
「甘いよ」
藤間はサイコバリアで閃光を防ぐと、反撃に転じようとした。しかし、
「!?」
このときすでに、永遠長は藤間の背後に瞬間移動していた。直後、永遠長の右拳がバリアごと藤間の体を地上に叩き落とす。
「が!?」
藤間はサイコキネシスにより、かろうじて地上に激突することを回避した。
「凄い、凄い。こんなダメージを受けたのは、生まれて始めてだよ」
藤間は楽しそうに笑った。
「そうか」
永遠長は地上に降り立った。
「これ以上、バカボンの相手をする気はない」
永遠長は右手を藤間に突き出した。そして、
「リフレクトドライバー」
右手の先に形成したドリルを回転させると、
「サイクロンモード」
そのまま藤間へと撃ち出した。
「!?」
自分めがけて飛んでくるドリルを、藤間はテレポートで回避した。と、思った直後、
「な!?」
同じくドリルが藤間の眼前にテレポートしてきた。そして完全に虚を突かれた藤間は、
「ぐあああああ!」
土手っ腹にドリルを食らい、
「がはっ!」
そのまま地面に叩きつけられてしまった。さらに、
「リフレクトハンマー」
永遠長はドリルの上空に巨大なハンマーが形成すると、
「ぶあ!」
藤間へと振り下ろした。
「ぐああああ!」
ハンマーが直撃する寸前にドリルは消失したため、腹に風穴こそ開かなかったが、藤間の体は押し潰され、全身の骨が悲鳴を上げることになった。
「が、か、は……」
全身の骨を砕かれ、立つこともままならない藤間に、
「どうした? もう終わりか?」
永遠長が冷ややかな眼光を投げつけた。
「俺と戦うことで、新しい境地に到れるんじゃなかったのか?」
永遠長は藤間の体に、さらなる重圧をかけた。
「ぐああああ!」
襲い来る痛みに、藤間の全身が痙攣を起こす。
「どうやら、ここまでのようだな」
永遠長は視線を右に向けた。そして視界に藤間伸也を捉えたところで、
「藤間伸也、出てこい」
藤間伸也を運動場に引っ張り出した。
「な、何を?」
困惑する藤間達也に、
「忘れたのか? おまえは弟の代理人として俺と戦ったんだ。ならば、その敗北によるデメリットを、当事者である弟が受けるのは当然のことだろう」
永遠長は淡々と答えた。
「な!?」
鼻白む藤間達也から、
「では、前回の続きといこうか」
永遠長は弟の伸也に視線を移した。
「ひ……」
藤間伸也は青ざめながら後ずさった。永遠長の強さは、これまでの戦いから藤間伸也も理解していた。しかし、兄を倒すほどとは思っていなかったのだった。
「どうした? かかってこないのか?」
永遠長は藤間伸也を射竦めた。
「今なら、おまえにでも倒せるかもしれんぞ。なにしろ、おまえの言う最強の兄貴と戦った直後なんだからな」
「う、うう……」
「来ないなら、こっちから行くぞ」
永遠長が藤間伸也との戦闘を開始しようとしたとき、
「ま、待てよ」
藤間達也の右手が永遠長の右足に伸びた。
「な、何を、勝手に、終わらせて、るんだ?」
藤間達也は永遠長の右足を掴み止めると、
「お、俺は、まだ、降参なんて、しちゃいないぞ」
不敵に笑った。しかし、
「ぐああああ!」
その顔は直後に苦痛で歪むことになった。永遠長が、自分の足を掴む藤間の腕を踏みつけたためであり、その容赦なさに周囲の学生も息を呑む。
「や、止めろ、テメー」
見かねた藤間伸也が、恐怖を忘れて永遠長に殴りかかる。しかし、永遠長に吹き飛ばされてしまった。
「伸也!」
弟を気遣う藤間達也の全身を電流が駆け巡る。
「うわああああ!」
「うるさい」
永遠長は藤間の横腹を蹴り飛ばした。自分で電撃を浴びせておきながら、理不尽極まりないセリフだったが、そのことを指摘できる勇者はいなかった。
「やめろおお!」
藤間伸也は兄を助けるべく、サイコキネシスを発動させた。しかし、
「封印」
その力は永遠長に封じられた上で、
「ぎゃああああ」
電撃を浴びせられてしまった。
「伸也!」
「だから、うるさいと言っている」
永遠長は藤間達也の頭を踏みつけた。
「本来ならば、麗しき兄弟愛に涙するところなんだろうが、おまえたちが相手では不快感がいや増すだけでしかない」
永遠長は吐き捨てた。
「そんなに弟が大事なら、おまえは、こうなる前に弟を止めるべきだった。おまえの弟が力を悪用して、他人に危害を与えていることを知った時点でな」
「…………」
「にも関わらず、これを放置した。それはすなわち、おまえは弟によって他人が傷つけられることを容認したということに他ならない」
永遠長は藤間を踏みつける右足に、いっそうの力を込めた。
「放任主義と言うなら、それでいい。だが、それならそれで、おまえはそれを貫くべきだった。だが、いざ自分の弟が傷つけられる段になったら、しゃしゃり出て来て弟の代理人を買って出た。つまり、おまえはその時点で弟の悪行に加担したに等しいということだ。弟が誰を傷つけようと構わない。だが、弟が誰かに傷つけられるのは許せない。おまえの行動は、そういうことであり、いわばおまえ自身のわがままに過ぎない。そんなものを、なぜ俺が尊重しなければならんのだ」
永遠長は、もう1度藤間達也の頭を踏み蹴った。
「学園最強と言われる力があれば、何をやっても許されると思っていたか? それとも爽やかな陽キャアピールをしていれば、何をやっても正当化されると思っていたか? 身の程を知れ。このボンクラが」
永遠長は再び藤間達也に電撃を浴びせかけた。
「おまえがやるべきだったのは、弟の身代わりとなって戦うことではなく、力尽くでも弟を諌めることだった。その程度のこともわからなかったことが、この状況を招くことになった。挙句の果てが、その様だ。自業自得以外の何物でもない」
「…………」
「おまえもだ」
永遠長は藤間伸也に目を向けた。
「俺の知る限り、おまえは100件以上の傷害事件を起こしながら、そのすべてにおいて逮捕を免れている」
超能力によりアリバイ工作を行う。もしくは被害者を脅迫することによって。
「そして、その半数以上は、なんら過失のない人間だ。つまり、おまえはおまえになんら危害を加えたわけでもない人間を面白半分で痛めつけ、服従させてきたということだ」
永遠長の全身から殺意がほとばしる。
「ならば、当然やられる覚悟もできているんだろう。気に入らないというだけで、何もしていない人間を傷つけるということは、気に入らなければ自分が誰に何をされてもかまわない。そういう意志表示なのだからな」
永遠長の解釈に、藤間伸也は絶句した。
「それとも何か? 自分は誰彼かまわず傷つけても、他人は自分が仕掛けさえしなければ何もしないでいてくれるとでも思っていたか? どこで教わったんだ? その虫のいい考えを」
永遠長の問いに対する答えを、当然ながら藤間伸也は持ち合わせていなかった。
「要するに、こうなった原因は、他人にはない力があるのをいいことに、好き放題してたおまえ自身にあり、そこに情状酌量の余地は一切ない」
永遠長は藤間伸也に右手を突き出した。
「や、やめろ。やめてくれ」
地に這ったまま、藤間達也は永遠長に懇願した。
「君の、言う通りだ。今の事態を招いた原因は、俺にある。だから、やるなら俺を」
「だから、うるさいと言っている」
永遠長は藤間達也を重圧で押し潰した。
「ぐあああああ!」
「や、やめろおお!」
藤間伸也の悲痛な叫びが飛ぶ。
「おまえが気に入らねえのは、オレなんだろうが! だったらオレをやれよ。兄貴に手え出すんじゃねえよ!」
「何をムキになっている。抵抗できない人間をいたぶって悦に浸るのは、おまえの好物だろう。おまえは他人が苦しむところを見るのが、楽しくて仕方ないんだろう。だったら、今も笑えばいい。いつも通り、下卑た笑顔でヘラヘラと」
永遠長から吹き出す悪意に、藤間伸也の顔が強張る。
「もっとも、それはおまえに限ったことじゃなく、この学園にいるエスパー組全員に言えることだがな」
永遠長は周囲の学生に視線を走らせた。
「たかが手を触れずに物を動かせる程度で、神に選ばれたかのごとくのぼせ上がりおって」
永遠長は吐き捨てた。
「相手が弱いと見れば際限なく図に乗り、強いとなれば途端に被害者面をしてだんまりを決め込む。おまえたちの、どこがエリートなんだ。挙句の果てに、自分たちのトップが学園のために戦おうとしているときに、援護はおろか助けようとすらしない。そんな薄汚い性根しか持ち合わせんゴミクソどもが、よく獣人組や異世界組をバカにできたものだ。ブクブクと無駄に自尊心だけを膨らませた、恥知らずのガン細胞どもが。おまえたちが新人類だというのなら、それこそ人類に未来などない」
永遠長に散々にコキ下ろされ、エスパー組の面々は総じて鼻白む。が、それでも誰1人として、藤間兄弟を助けるために動こうとはしなかった。
「駄ー目だ、こりゃ」
九重は、ため息まじりに言った。
「あの天国って奴の言う通りだ。マジで誰も助けようとしやがらねえ」
九重は肩をすくめた。
「永遠長の言う通りかもな。こんな奴ら鍛えたところで、マジでなんの足しにもならねえよ。てか、もうエスパー組全員、学園追放でいいだろ。こんな連中、囲ってるだけ、マジで金の無駄でしかねえよ」
それで、もし外に出て力を悪用したら容赦なく制裁を行う。そう脅しをかけておけば、十分と思われた。
このヘタレどもには。
「ぐぬぬぬぬ!」
沙門も我慢の限界だった。
「何をしているのです、エスパー組!」
沙門の口から怒りが吹き出した。
「やられているのは、あなたたちのトップなのです! なぜ、誰も助けようとしないのです!」
沙門は大声で叱責したが、やはり誰も動かなかった。それどころか、
「そんなに言うなら、おまえが助ければいいだろ」
「偉そうに。何様のつもりだよ」
「誰が、おまえの言うことなんか聞くかっての」
「やりたきゃ自分でやれってんだよ」
と、沙門に対する非難の声が上がる始末だった。
「ふぬぐぬにぬな」
沙門の顔が怒りで紅潮する。
「こいつら、マジでダメなのです!」
沙門は鼻息を荒げた。
「もういいのです! こうなったら、マリーがやるのです!」
沙門が運動場に乗り込もうとしたとき、
「その必要はありませんわ」
右手から声がした。見ると、そこには生徒会長の近衛を始めとする生徒会メンバーが勢揃いしていた。
「これ以上の狼藉は、このわたくし、生徒会長の近衛幸子が許しませんわ」
近衛は運動場へと進み出た。
「この勝負は、わたくしが預からせていただきますわ」
近衛は永遠長に言った。
「聞けば、藤間達也さんは弟の伸也さんの代理として、あなたと戦ったとか。であれば、私たちが彼らの代理人となることも、ありということですわ。違いますか、永遠長先生?」
「……違わんな」
永遠長の答えを聞き、近衛の目が細まる。
「ありがとうございます。ただし、あなたも今日はお疲れのことでございましょうから、勝負は来週の金曜日ということでいかがでしょうか?」
「いいだろう」
「では、わたくしたちは、これで失礼させていただきますわ」
近衛は踵を返したが、その口元には薄っすらと笑みが浮かんでいた。
ここまでは、すべて自分の予想通りに運んでいる。後は対永遠長用に招集した刺客が、永遠長を倒しさえすれば、自分が思い描いた理想のエンディングを迎えられるはずだった。




