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第163話

 週末戦当日。


 日が差して、なお凍てつく風が容赦なく人肌から熱を剥ぎ取るなか、学生たちの目はグラウンドの中央に立つ新任教師に集中していた。その中には、秋代たち異世界ギルドメンバーの他、尾瀬、美水、明峰、南武といった、異世界で見知った顔もあった。


 そして週末戦の開始時刻である4時を回ったところで、


「では、これより俺の常盤学園からの追放を賭けた週末戦を開始する」


 永遠長は内ポケットから1枚の書類を取り出した。それは週末戦の参加申込書であり、


「1人目は、1年D組、沖田悟おきたさとる


 永遠長はそこに記入された名前を読み上げた。すると、


「ほら、呼ばれたぞ」

「さっさと行けよ」

「安心しろ。死んでも事故だ」


 3人のクラスメイトによって、沖田がグラウンドへと押し出された。


「あ、あの、ボク、やっぱり……」


 怖気づく沖田を、


「ああ!?」

「今さら何言ってんだ、おまえ」

「もう手遅れなんだよ。潔く死んでこいや」


 3人組が追い立てる。その光景を遠巻きに眺めながら、


「なに、あいつら?」


 秋代の表情が険しくなる。


「あの3人は、沖田君を週末戦に参加させたエスパー組。週末戦に参加した人間を、流輝君がどう痛めつけるのか。それを確かめるためのモルモットとするために、ね」

「え?」

「この週末戦は、参加申込書を提出しさえすれば誰でも参加できる。そのルールを逆手に取って、あの3人は沖田君に無理矢理サインさせて出場を強要したってわけ」

「はあ?」


 秋代の表情が険しさを増す。


「あんたたち、それがわかってて、なんの手も打たなかったわけ? だったら今からでも、あたしがあいつらブチのめして」


 憤る秋代を、


「大丈夫」


 天国は笑顔で制した。


「流輝君が、この程度のこと、想定してなかったと思う?」

「……思わないわね」


 秋代の顔から毒気が抜ける。もはや秋代に3人組への怒りはなく、あるのは哀れみだけだった。

 しかし、そんな事情を知らない沖田は、


「う、うう……」


 重い足取りでグラウンドを進んでいた。

 青ざめ、足を震わせる沖田を見て、


「そこで突っ立っていたところで、何も変わりはしない」


 永遠長が声をかけた。


「待っていたところで助けなど来ない。この世に都合のいい「誰か」など存在しない。どんなときでも、自分を助けられるのは自分しかいない」


 永遠長に説教じみたセリフを連発され、


「そ、そんなの、自分が強いから言えるんだ」


 思わず沖田は言い返した。沖田自身、戦えるものなら戦っている。だが戦いたくても、その力がない人間も世の中にはいるのだった。


「ボクだって、もっと強い力があれば」

「強い力があれば、どうするというんだ?」

「え?」

「別に、他人を殺すだけなら力など必要ない」


 階段から転落させる。

 ナイフで刺す。

 家に放火する。

 車で轢き殺す。


「殺すだけなら、方法などいくらでもある」


 真顔で言う永遠長に、


「そ、そんなこと」


 沖田は鼻白んだ。


「要は、できる力のあるなしではなく、それを実行できる精神力があるかどうかの話に過ぎん。今ここで、グズグズぬかしている時点で、おまえはどんな力を手に入れようと、どうせ何もできはしない」

「そ、そんなこと」

「反撃したら、もっとやり返されるかもしれない。もっと大人数でかかってくるかもしれない。家族に被害が及ぶかもしれない。警察に捕まるかもしれない。そうやって、自分に都合の良い言い訳をこしらえてな」


 永遠長は沖田を冷ややかに見やった。


「そして仕返しできたらできたで、今度はタガが外れて加害者側に回ることになる。自分は強いんだ。凄いんだ。だから自分は何をやってもいい、とな」

「…………」

「要するに、力のあるなしで他人を判断している時点で、おまえもおまえをここに立たせた連中の同類、同じ穴のムジナということだ」

「そ、そんなこと!」


 沖田は気色ばんだ。弱いのは事実だから仕方ない。だが、あの3人と同類呼ばわりされるのだけは我慢ならなかった。


「違うと言うなら、証明してみるがいい」

「え?」

「強くなった後で」

「強くって。それができたら……」

「言ったはずだ。自分を救えるのは自分だけだと。そして、それを可能とする力を、おまえは持っている」

「え?」


 沖田には、永遠長の言葉の意味がわからなかった。際立った腕力もなく、勉強もそこそこ。おまけに、最後の望みの綱だったクオリティも「普通」という、ある意味自分の写し鏡のようなものでしかなかった自分のどこに、そんな力があるのかと。


「それを今から俺が証明してやろう」


 永遠長は、懐から新たに3枚の週末戦参加申込書を取り出した。そして、そこに記されていた氏名は、


「1年D組、前田順一。同じく氏家博うじいえひろし。小坂大輔」


 沖田を無理矢理出場させた3人組のものだった。


「出てこい。おまえたちが次の対戦相手だ」


 永遠長から指名された3人は、思いも寄らない事態に気色ばんだ。


「な、なんでオレたちが!?」

「フ、フザけんな!」

「オレたちが、いつ出るって言ったよ!」


 3人は誰1人として、参加申込書にサインなどした覚えもなければ、申込書を提出した覚えもなかった。


「書類ならば、ここにある。おまえたちの名前入りのな」


 永遠長は、3人の氏名が書かれた申込書を突きつけた。


「ニ、ニセモノだ!」

「おまえが、オレたちの名前を勝手に書いただけだろ!」

「フザけんな!」


 3人組は全否定するが、永遠長は揺るがなかった。


「そう思うなら、後で筆跡鑑定でもなんでもするがいい。1つだけ確かなことは、おまえたちのサインが入った参加申込書が俺の手元にある、ということだ」

「だから、そんなもん」


 3人組はあくまでも戦いを拒否しようとしたが、


「え?」


 不意に足が前に踏み出した。そして本人の意志とは無関係に、3人組の体はグラウンドの中央へと進んでいく。


「下がって見ているがいい。自分の力が、どれほどのものなのかをな」


 永遠長は沖田に言い捨てると、3人組と対峙した。


「どうしても納得できないと言うのなら、おまえたちにチャンスをくれてやろう」

「チャ、チャンス?」

「おまえたちと戦うに際して、俺はあいつの力しか使わない」


 永遠は沖田を見た。


「おまえたちにとっては、願ってもない好条件だろう? なにしろ、散々バカにしていた奴の力しか使えない俺に勝ちさえすればいいのだからな」


 永遠長の申し出に、3人組は顔を見合わせた。


「それとも、本当はビビッていたのか? 散々バカにしていた沖田の「普通」のクオリティを」


 永遠長の安い挑発に、


「フ、フザけんな!」

「そういうことなら、やってやる!」

「後で後悔すんなよ!」


 3人組も安々と乗った。とはいえ、勝算があるのは確かだった。なにしろ、沖田のクオリティに特別な効果などないことを、彼らは十分過ぎるほど知っていたから。


 永遠長が強いのも、本人が強力なクオリティを有しているからに過ぎない。それを使わないというのであれば勝ち目はある。というか、負けるはずがなかった。


「ほ、本当に、あいつの力しか使わないんだな?」


 念を押す前田に、


「だから、そう言っている」


 永遠長が即答する。そして永遠長の言質を得た3人組は薄ら笑うと、


「やるぞ!」


 永遠長を取り囲んだ。その様子を見ながら、


「あいつら強いの?」


 秋代は天国に尋ねた。


「1人ずつだとそこそこだけど、集団戦だと人並み以上の力を発揮する。そんなタイプね。3人ともエスパー組だけど、前田君は「電撃」氏家君は「火炎」小坂君は「烈風」と、攻撃的なクオリティを持ってるから、戦うときは1人が相手の動きを止めて、残る2人が身動きができなくなった相手にクオリティで攻撃をする。というのが、あの3人の必勝パターンみたい」

「要するに、群れなきゃケンカ1つできないヘタレどもってことね」


 秋代に雑魚認定された3人は、天国が言うところの「必勝パターン」を、さっそく披露した。


 食らえ!


 まず小坂がサイコキネシスで永遠長の動きを止めると、


「死ね!」

「くたばれ!」


 前田と氏家が、それぞれ雷と炎を永遠長へと撃ち放つ。そして2人の攻撃は、金縛りで身動きが取れない永遠長に直撃した。


「やったぞ!」


 3人組が勝利を確信した直後、


「な!?」


 爆炎の中から無傷の永遠長が現れた。


「アレを食らって……」

「なんで?」

「おかしいだろ!?」


 3人組は元より、周囲で見ていた学生たちの間にも困惑が広がる。


「も、もう1度やるぞ!」


 前田が号令を発し、


「お、おう」


 3人が再び攻撃を仕掛けようとしたとき、


「な!?」


 永遠長の姿が3人組の視界から消えた。と思った直後、


「が!?」


 小坂の横面に永遠の裏拳が叩き込まれ、さらに次の瞬間には、


「ぶ!?」


 氏家の土手っ腹に永遠長の蹴りが食い込んでいた。

 そして2人を撃破した永遠長の目が、最後に残った前田を捉える。


「う、うわあああ!」


 前田は理由がわからないまま、永遠長へと雷を撃ち放つ。が、その雷は永遠長に直撃する前に、見えない壁に阻まれてしまった。それを見て、


「は、反則だ!」


 前田が抗議の声を上げるが、


「なんの話だ?」


 やはり永遠長は揺るがなかった。


「とぼけんな! おまえ、沖田の力しか使わないって言ったじゃねえか!」

「だから、そうしている」

「フザけんな! だったら、なんでテレポートやバリアを使ってんだよ! あいつに、そんな力ねえだろうが!」

「誰が、そんなことを言った?」

「え?」

「沖田のクオリティーは、確かに「普通」だ」


 永遠長は沖田を一瞥した。


「しかし、それはイコール能なしということではない」

「フ、フザけんな! 普通って言ったら普通でしかねえだろ! それに、どんな力があるっていうんだよ!?」


 普通の人間が、いくら「普通」の力を使おうが、普通の人間でしかないはずだった。


「それは、おまえたちがバカだからだ」


 永遠長は一刀両断した。


「確かに「普通」を普通に使っても、なんの力にもならない」

「なら、やっぱり」

「ならば、使い方を変えればいい。ただ、それだけの話だ」

「つ、使い方を変える?」

「そうだ。沖田の「普通」は、あらゆるものを普通に変える。そして、その「普通」の定義に制限はない。ならば、その「普通」のクオリティによって、普通の超能力者になることもできる、ということだ」

「な!?」

「そして普通の超能力者であれば、テレポートの1つや2つ、できて当たり前だろう」


 永遠長の説明に3人組は絶句し、周囲の学生たちの間にもざわめきが広がる。


「デタラメチートの本領発揮ね」


 秋代の決めつけを、


「あれはチートではなく、発想の転換」


 天国があっさりひっくり返した。


「それをチートで片付けるのは、自分が考えなしだって言ってるのと同じ」

「悪かったわね、バカで」


 秋代は不愉快さを噛み殺した。天国が現れて以降、今まで当たり前のように通用していた秋代理論は完全に破綻していた。鉄壁を自負していた牙城を、これ以上突き崩されないためにも、抜本的な建て直しが必要だった。


「そして「普通」には、もう1つ使い道がある」


 永遠長は前田の眼前に転移すると、


「ひ!」


 恐怖に怯える前田の顔面を殴り飛ばした。


「な、何が、普通の超能力者だ」


 起き上がった小坂と氏家は、永遠長に攻撃を仕掛けようとした。しかし、どれだけ力を込めても何も起きなかった。


「ど、どうして?」


 動揺する3人組に、


「何を驚いている」


 永遠長は淡々と言った。


「おまえたちが言ったんだろう。普通のクオリティは、どう使おうが普通でしかないと。そして今おまえたちは、その言葉通り「普通」のクオリティにより、普通の人間になったというわけだ。そして普通の人間となった以上、超能力が使えないのは当然だろう。普通の人間は、超能力など使えないのだからな」

「そ、そんな……」


 3人組の顔から血の気が引く。


「これが「普通」のクオリティのもう1つの使い方だ。つまり沖田は、自分もしくは他人を「普通」の超能力者や魔術師に変えることができる一方、元々強力な存在を「普通」の人間に変えることもできるということだ」


 力を高めていけば、あるいは人間を「普通」の動物や虫に変えることさえも。


「ボ、ボクに、そんな力が?」


 沖田は自分の両手をマジマジと見た。目の前で見せられても、未だに信じられない思いだった。


「その力を、どう使うか。後は、おまえ次第だ」


 永遠長は沖田に言い捨てると、


「それと」


 3人組に視線を戻した。


「俺がこの学園にいる限り、おまえたちに力が戻ることはない。つまり、俺が学園から追い出されない限り、おまえたちは底辺を這いずる虫ケラ以下の存在でしかない、ということだ」


 永遠長の死刑宣告にも等しい宣言に、


「な!?」

「そ、そんなの聞いてねえぞ!」

「フザけんな!」


 3人組が気色ばむ。


「フザけているのは、おまえたちのほうだろう」


 永遠長の目が冷気を増す。


「その気もない人間を、脅迫まがいの方法で無理矢理週末戦に参加させる。そんな姑息な手段が、本気で俺に通用すると思っていたのか?」

「う……」

「ち、違う! あれは」


 氏家が、その先を口にしようとした瞬間、


「ギャアアアア!」


 3人組の全身が痙攣を引き起こし、そのまま倒れ込んでしまった。


「何、今の?」

「永遠がやったんか?」


 秋代と木葉だけでなく、小鳥遊たちにも理解できなかった。


「いいえ。やったのは彼」


 天国は、向かいにいる1人の男子生徒を指さした。それは、今日の5時限目にクラスメイトを鉄砲玉扱いした藤間だった。


「誰?」


 茶髪、耳と鼻にピアス、周囲に女子を侍らせている、と、見るからに軽薄そうな男だったが、秋代は初めて見る顔だった。


「簡単に言うと、現エスパー組トップの弟君」

「え?」


 秋代たちは、改めて男子生徒を見た。すると、向こうも視線に気づいたのか。秋代たちを見ていた。

 その鋭利な目つきは蔑みを帯びていて、口元には冷笑を浮かべていた。


「そして、あの3人を使って沖田君を出場させた張本人」

「え?」

「正確には、あの3人に出場するよう指示した、だけど。そして自分たちが出場したくなかった3人は、沖田君にその役目を押し付けた」

「どっちにしろ、あの3人に情状酌量の余地はなさそうね」


 秋代は、グラウンドから運び出される3人組を冷ややかに見送った。そして3人組が退場したところで、


「1年B組、藤間伸也」


 永遠長が次の参戦者の名前を読み上げた。すると、再び周囲に動揺が走った。理由は、永遠長が読み上げた名前が、他ならぬ「現エスパー組トップの弟君」であったからだった。


「伸也さん」


 取り巻きが心配するなか、


「そうきたか。おもしれえ。乗ってやろうじゃねえか」


 藤間は自らの足でグラウンドへと進み出た。


 彼の兄にしてエスパー組トップである藤間達也は、歴代最強の超能力者として、この学園で絶大な影響力を持っている。そのため、その弟である伸也には、絶えず「虎の威を借る狐」というレッテルがつきまとっていた。

 この永遠長とかいう奴との勝負は、この学園の連中に自分の力を見せつける絶好の機会だった。


「なるほど」


 グラウンドの中央まで来た藤間は、永遠長を見て苦笑した。


「自分を追い出す機会を与える、というのは単なる建前で、実際のところは、てめえが気に入らねえ奴を粛清するための舞台装置だったってわけだ。自分から戦いを申し込んだ、という体裁を整えた上なら、どんな粛清も正当防衛に早変わりするからな」


 加えて、学校には警察組織が介入しにくい空気がある。セレブが多く入学している常盤学園なら、なおさらだった。


「よく考えたと褒めてやるよ」


 だが、この方法には1つ大きな欠陥があった。


「それは指名した相手の力が、おまえを上回った場合、おまえには成す術がない、ということだ!」


 藤間は力を解放した。すると、その力に呼応するようにグラウンドが揺れ動き、細かな土砂が宙に浮き上がる。


「行くぜ」


 藤間はサイコキネシスで永遠長を押し潰しにかかった。

 藤間のクオリティは「圧倒」であり、この力とサイコキネシスによって、今までの敵も文字通り圧倒してきたのだった。


「とんだ計算違いだったな。兄貴は無理でもオレなら倒せると踏んだんだろうが、さっきの「普通」の理屈と同じだよ。兄貴より弱いということが、必ずしもそこいらの連中より弱いというわけじゃねえってことだ!」


 実際、藤間伸也は兄と比べれば見劣りがするというだけで、超能力者としてのスペックは、この学園でもトップクラスなのだった。


「これで終わりだ!」


 藤間は力を開放した。そして「圧倒」により強化されたサイコキネシスが、永遠長の体を押し潰しにかかる。しかし、


「…………」


 永遠長は倒れるどころか、微動だにしなかった。そして何かを探すように周囲を見回した後、


「おい」


 藤間に呼びかけた。


「なんだ? 今さら命乞いなんて聞かね」


 優越感に浸る藤間に、


「まさかとは思うが、これで終わりじゃないだろうな?」


 永遠長は率直な疑問をぶつけた。


「教室で、あれだけラスボスぶってたんだ。それが、まさかちょっと他人に負荷を与える程度のことができるだけなのか? まだ、何かあるんだろう? この学校の連中を怖気づかせるような、何かとんでもない回避不能の超強力な必殺技が」


 そう思えばこそ、教室では反撃せず、この週末戦まで待っていたのだった。


「それとも、まさか本当に、この程度の力でふんぞり返っていたのか、おまえは?」


 だとすれば、あの教室の人間は非暴力主義者か、よほどのお人好し揃いということだった。


「お、面白えじゃねえか、この野郎」


 藤間の顔から陽気さが引っ込み、暴虐な本性が顔を出す。


「そんなに死にたきゃ、マジで殺してやらあ!」


 藤間は「圧倒」とサイコキネシスを全開放した。これによる永遠長への負荷は、さっきの十倍を有に超える。それは普通の人間であれば、立っていることはおろか、全身の骨がへし折れるレベルの重圧だった。しかし、


「だから」


 やはり永遠長は小揺るぎもしなかった。


「おまえが重圧攻撃を仕掛けられることは、さっきの攻撃でもうわかったと言っている。俺が言っているのは、その先だ。あるんだろう。相手の動きを鈍らせた上で出す、おまえにしかできない、超強力な攻撃技が」


 当然と言った顔で無茶振りをする永遠長に、藤間は返す言葉なく立ち尽くす。そんな藤田を見て、


「まさか、ないのか?」


 永遠長の口から失望が漏れ出す。


「この程度の重力操作なら、それこそ中級魔術師でも使える。本当に、たかがこの程度の力しかない分際で、散々ラスボス感を出したあげく、好き放題してたわけか、おまえは?」


 失望を怒りに変え、永遠長は藤間へと踏み出した。その足取りには、本当に「圧倒」の影響は微塵もなく、


「あ…う……」


 背徳のボッチートの噂は、エスパー組である藤間の耳にも入っていた。だからこそ、クラスメイトを使った挑発や後輩を仕掛けることで、実力の程を確かめようともした。結果、藤間の出した永遠長という人間の評価は、自分より弱い奴にしかイキれない。他人の力を使わなければ何もできない。他力本願の雑魚野郎だった。そして、そんな雑魚、たとえ戦り合うことになったとしても秒殺できる、はずだった。


「クソが」


 しかし、このまま黙ってボコられてやるほど、藤間はバカでも善人でもなかった。

 もし、永遠長が自分より強かった場合の対処法も、すでに考えていた。


『聞こえるか、蜂谷』

 

 藤間は取り巻きの1人にテレパシーで呼びかけた。すると、


『は、はい。聞こえてます、藤間さん』


 即座に取り巻きから返事が返ってきた。


『アレやるぞ。用意しろ』

 

 藤間は短く指示を出し、


『わ、わかりました』


 その指示を蜂屋が仲間たちにテレパシーで伝えていく。そして、


『今だ! やれ!』


 藤間からの指示が飛び、


『は、はい!』


 取り巻きたちが永遠長の動きを封じようとした矢先、


「う……」


 取り巻きたちがバタバタと倒れていった。


「な!?」


 鼻白む藤間に、


『言ったでしょ。数で勝負するつもりなら、私も参戦するって』


 天国が念話で笑いかける。


「ク、クソ女があ!」


 これ以上ない怒気を吹き出し、藤間は天国を睨みつけた。しかし、報復している暇はなかった。こうしている間にも、永遠長は着実に自分との距離を詰めて来ているのだった。


「く、来るなあ!」


 藤間はサイコキネシスで永遠長を吹き飛ばそうとしたが、


「だから、無駄だと言っている」


 永遠長に右手一本で振り払われてしまった。


「フ、フザけんな」


 こんなはずではなかった。


 超能力という特別な力を持って生まれた自分は、これまでもこれからも凡人どもを踏み潰しながら、思い通りに生きていくはずだったのだ。


 あの兄のように。


 そう思った瞬間、藤間の脳裏に兄の顔が浮かんだ。


「わ、わかってんのか、てめえ?」


 そう言う藤間の顔には、わずかに余裕が戻っていた。


「オレに手を出すってことは、エスパー組トップを敵に回すってことなんだぞ?」


 藤間は、虎の威を借る狐の本領を発揮し、兄の威光を持ち出した。しかし、永遠長の足が止まることはなく、


「聞いてんのか、コラ!」


 藤間は、さらに声を荒げた。


「今なら許してやる! さっさと降参しやがれ!」

「この週末戦に降参はない。終わるのは、どちらかが戦闘不能になったときのみだ」

「バカが! てめえは兄貴の強さがわかってねえから、そんなこと言ってられるんだ! 兄貴はな、オレたちとは根本的に違うんだよ!」

「おまえの兄が、どんな人間だろうと関係ない。週末戦を挑んで来るなら受けて立ち、それ以外で仕掛けてくるなら正当防衛で始末する。ただ、それだけの話だ」

「バ、バカが。てめえは兄貴の強さを何も」

「これ以上、おまえと話すことはない」


 永遠長は右手を握りしめた。それを見て、


「う、うわああ!」


 藤間はサイコキネシスで空へと飛び上がった。しかし追いかけてきた永遠長によって、


「ぐえ!」


 地上に叩き落されてしまった。


「ひ、ひいい」


 藤間は這々の体で逃げにかかったが、行く手を永遠長に塞がれてしまった。


「虎の威を借る狐ごときが、本気で思っていたのか? 俺をいいように踊らせられると」


 永遠長は藤間に右手を突きつけた。


「ま、待て!」


 藤間の顔色が蒼白に変わった瞬間、彼の姿が永遠長の前から消えた。そして藤間と入れ替わる形で永遠長の前に現れたのは、


「はい、そこまで」


 藤間の兄にして学園ナンバー1超能力者、藤間達也だった。



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