第161話
その後も、各クラスによる「永遠長先生の歓迎セレモニー」は続いた。
結果、2時限目の1年E組では、
「ギャアアア!」
佐野という男子生徒が自分で自分の指をへし折り、3時限目の2年D組では、
「うわああ!」
田城という男子生徒が自分の目をシャーペンで突き刺し、4時限目の1年F組では、
「いやあああ」
伊東という女子生徒が、自分の髪の毛を一本残らず引き抜くことになった。
そして迎えた昼休み。
秋代たちが食堂に入って間もなく、永遠長と天国もやってきた。常盤学園高等部では近場に外食産業がなく出前も取れないため、教師も食堂で食事を取ることになっているのだった。
「聞いたわよ。初日から大暴れしてるみたいね」
全員がテーブルに着いた後、秋代は隣のテーブルに腰掛けた永遠長を皮肉った。
「暴れたのは生徒たちだ」
永遠長は不機嫌そうに言った。もっとも、不機嫌な理由の半分は、
「俺は屋上で食べるから、おまえだけあいつらと食べればいい」
と同席を突っぱねたにも関わらず、
「今、外は寒いじゃない。いいから、ほら、こっち来て」
と、秋代たちとの同席を天国に強いられたうえ、
「相変わらず尻に敷かれてるわね」
と、秋代にダメ押しされたからだった。
「俺は、連中の後始末をしているに過ぎん」
実際、永遠長は怪我をした生徒全員を、授業が終わった後に「回帰」で治していた。
「証拠隠滅を図っただけでしょ。実際に怪我した人間がいなきゃ、訴えようがないから」
秋代は冷めた目で言い、
「おまえがどう思おうと、俺にはなんの関係もない話だ」
永遠長も淡々と切り返す。
「ま、それでも一応は教師らしく振る舞ってるみたいだから安心したわ。それこそ普段のあんたなら、頭から水ブッかけられたら、そいつの頭をトイレの便器に突っ込んでるとこだもの」
「誰がそんなことを言った」
「それに、冗談で火をつけられたら「おまえも冗談で死ね」って言って、丸焼きにしてるところを、机に頭打ちつけるだけで許してやったみたいだし」
「だから、そんなことをした覚えはないと言っている」
永遠長は不本意そうに言い返したが、
「確かに普段の永遠長ならやりかねない」
同席した「ロード・リベリオン」全員が心のなかで思っていた。
「確か、3年を除いた全クラスに週1で教えることになってるんだっけ?」
常盤学園は、学年ごとに12クラスあり、永遠長1人では回りきれないため、高校3年生のカリキュラムには組み込まなかったのだった。しかし、それでは不公平になるため、木曜日の放課後、希望者には1時間の特別講習を行うことになっていた。
「最初から、そうすればよかった。同じことを各クラスで何度も話すのは、労力の無駄以外の何物でもない」
永遠長は憮然と言った。
「仕方ないでしょ。それが教師の仕事なんだから」
秋代は容赦なく切り捨てた。
「で、それはそれとして、超常力学って具体的に何教えてるわけ?」
「……人の話を聞いていなかったのか。それが面倒臭いと、今言ったばかりだろうが」
「あ、そう。じゃあ、あたしたちの授業まで待つことにするわ。確か、土曜日の最終科目だったっけ?」
「実際問題、おまえたちは俺の授業を受けている暇があるなら、基礎学力を向上させることに努めるべきだと思うが、仕方ない。自由平等が、この学校の理念らしいからな」
「悪かったわね、バカで」
秋代はそう言ってから、
「そう言えば、金曜日は明後日だけど、週末戦てのは今週から始めるわけ? てか、どこでやるわけ? 運動場使ったら、クラブ活動に支障が出ると思うんだけど?」
「当然、グラウンドで行う。言ったはずだ。自分たちの安住の地は自分たちの力で守れと」
「今まで通りの活動がしたければ、自分を倒せってわけね」
「そういうことだ」
「まあ、それはいいけど、申し込み方法とか考えてるわけ? 今日になっても、まったく音沙汰ないんだけど」
「今日のホームルームで、全員に申し込み書が配られることになっている」
永遠長がそう説明したとき、
「面白え話をしてるじゃねえか」
1人の生徒が話に割って入った。
話しかけてきたのは、入学半年で「獣人組」のトップに立った、2年F組の万丈弾という生徒だった。
「永遠長とか言ったっけか? 嫌いじゃねえぜ。そういう考え」
万丈は永遠長を見下ろした。
「それに、授業でも相当イキってるそうじゃねえか」
万丈はニヤリと笑った。
「その威勢が、オレのクラスでも通用するか。今から楽しみだぜ」
万丈の目が戦気で彩られる。しかし永遠長から返ってきたのは、
「安心しろ。おまえを含めた「獣人組」に手を出すつもりはない」
予想外の言葉だった。
「ほう、わかってるじゃねえか」
万丈は満足げに口元を曲げた。
「おまえたち「獣人組」は、しょせんチンピラの集まり。どこの学校にも、探せば必ずいる。その程度の存在に過ぎんからな」
「チ……」
絶句する万丈に、
「獣に変身するといっても満月の夜だけで、他は普通の人間と変わらんのだろう。そんな腕力自慢の脳筋など、それこそこの世には腐るほどいる。そんな連中をイチイチ相手にしているほど、俺は暇じゃないんでな」
さらに永遠長は追い打ちをかけた。
「仮に、おまえたちが社会に出て、獣人化を利用して悪事を働けば、警察が動くだけのこと。夜に変身できるだけのおまえたちなど、警察にとっては脅威でもなんでもない。昼に取り押さえれば済む話なんだからな。要するに、おまえたちの存在など、少しだけ普通より強い格闘家、という程度のものに過ぎんということだ」
永遠長は興味なげに言った。実際、獣人はハーリオンで数限りなく見てきたので、もはや興味ないのだった。
「唯一、一般人と違う点と言えばクオリティが使えることだが、それもリアライズが普及すれば、誰もが持っている1能力でしかなくなる。市販されている包丁のようなものだ。それを使えば、誰でも人を殺すこととができる。しかし、だからといって誰も彼もが包丁で人を殺すわけじゃない。おまえの力は、しょせんそのレベルに過ぎん。そういうことだ」
永遠長は食堂に視線を走らせた。
「もっとも、それはおまえに限らず、この学園の全員に言えることだがな。現時点で超能力が使える者は、あくまでも何らかのきっかけにより、他人より少しだけ早く能力に目覚めただけのこと。結界が消滅すれば、潜在能力者はいっせいに能力を開花させることになる。ここにいる超能力者が、自分たちは特別だとエリートを気取っていられるのも、それまでの間に過ぎんということだ」
永遠長の指摘に、食堂が静まり返る。
「だから、今まで他人にない力を持っているからと、調子に乗ってきた連中は、せいぜい気をつけることだ。誰もがおまえたちと同じ力を持つということは、誰にでも今までおまえたちがしてきたことができるようになる、ということなのだからな」
永遠長は万丈へと視線を上げた。
「つまり俺にとって、おまえたち「獣人組」など相手にする必要もなければ、その価値もないということだ。わかったら、今まで通り社会の隅っこで百獣の王を気取っているがいい。今のおまえたちにできることなど、せいぜいヤクザの用心棒程度。どうせ抗争の使いっ走りにされて、鉄砲玉としてくたばるのがオチの雑魚に過ぎん。ここで俺が手を下すまでもない。わかったら、さっさと失せろ。デカい図体が側で突っ立っていると目障りだ」
永遠長は言い捨てた。
「……上等じゃねえか、この野郎」
万丈は、これまでも獣人ということで、ずいぶんと周りから蔑まれてきた。だが、ここまでコケにされたのは生まれて初めてだった。
「今の言葉、必ず後悔させてやるぜ。必ずな」
「やってみるがいい。もっとも、おまえたちにできることなど、闇討ちぐらいのものだろうがな。せいぜい闇に潜んで、俺の足元をすくえるチャンスを狙ってくるがいい。ケダモノらしくな」
「こ、この野郎」
「それとも週末に挑んで来るか? 夜でなければ全力が出せないと言うのであれば、週末に限らず相手になってやる。今度の満月は、確か今度の月曜日か。おまえたちにその気があるなら、月曜の夜に相手をしてやる」
「覚えとくぜ、その言葉」
万丈は、そう捨て台詞を残すと、永遠長の前から歩き去っていった。
「あんた、ホント容赦ないわね」
秋代は、しみじみ言った。
「おまえほどじゃない」
永遠長は不本意そうに切り返した。
「どういう意味よ?」
「そのままの意味だ。おまえの言葉は殺人兵器だからな。気の弱い人間が食らえば、本当に死にかねない」
「はあ? あたしの発言の、どこが殺人兵器だってのよ? 実際、政宗にはさんざっぱら文句言ってるけど、ケロッとしてるじゃない」
秋代は木葉を指さした。
それが原因だと思うんだけど。
小鳥遊は心のなかでツッコんだ。
秋代も、おそらく幼少期は、それほど過激な物言いはしていなかったと思われる。だが、もっとも身近にいる木葉が、あまりにも他人の言う事をきかな過ぎたため、なんとか言うことを聞かせようと奮闘しているうちに、どんどんと言葉遣いが過激となっていったのだろう。しかし、そのことに本人も気づかないまま成長してしまい、今やゲシュタルト崩壊を起こしている。
それが小鳥遊の、秋代の毒舌に対する推察だった。
ともあれ、昼食を終えた一同は食堂を後にし、永遠長は予鈴とともに5時限目の担当クラスへと向かった。しかし、そのクラスは午前のクラスとは雰囲気が異なっていた。
それまでの教室では、永遠長をバカにする空気こそあれ、生徒同士は至って和やかな雰囲気だった。しかし、この教室には絶えず張り詰めた緊張感が漂い、学生たちの顔は一様に張り詰めていた。
そんな学生の中にあって、唯一の例外は教室の1番後ろの席に座る藤間という色黒の男子生徒で、机の上に足を乗せ、寄り添う女子の肩を抱いていた。
永遠長は、藤間を一瞥した後、教壇に立った。すると、最前列に座る男子生徒の机に置かれたシャーペンが、独りでに永遠長めがけて飛んできた。が、永遠長は顔色1つ変えることなく、そのシャーペンを掴み止めた。
「……言ったはずだ。文句があるなら、週末戦で俺を倒せと」
永遠長が男子生徒を見据えると、男子生徒は自分の左手の人差し指を右手でへし折ろうと力を込める。むろん、本人の意思ではなく、
「い、嫌だ! や、やめて! やめてくれえ!」
男子生徒から悲痛な声が漏れる。
そして、ここまでは、これまでのクラスと同じ流れだった。しかし、
「ち、違うんだ! 本当は、こんなことしたくなかったんだ! だけど」
男子生徒は助けを求めるように、最後列に座る藤間を振り返った。
「なーに、こっち見てんだ、都村、ああん!?」
藤田は実行犯を睨みつけた。
「それじゃ、まるでオレがおまえにやれって命令したみてーじゃねえか」
藤間に凄まれ、都村は顔を強張らせた。
「オレが、いつおまえにそんなこと言ったよ? ああ!?」
「あ、う……」
「どーなんだよ、都村あ!?」
「い、言ってません」
都村は力なくうなだれた。
「そうだよな」
藤間は満足そうに笑った。
「危ねえ、危ねえ。もう少しで、都村君に濡れ衣着せられちゃうところだったぜ」
藤間はわざとらしく、出てもいない額の汗を拭う素振りをした。
「てことだ。悪いことした生徒には、タップリとお説教してやってくださいよ、永遠長センセー」
藤間はニヤケ笑いを浮かべた。
永遠長は、そんな藤間に数秒目を止めた後、
「……もういい。授業を始める」
都村を解放した。しかし、その後も藤間は他の生徒を使って、永遠長への嫌がらせを続けた。が、永遠長は、それらの生徒に報復することなく、5時限目の授業は終了した。
そして6時限目、初日最後となる1年A組は、それまでのクラスと異なり、永遠長をバカにする空気は存在しなかった。
これは6時限目ということで、ある程度永遠長の人となりが学園に広がったということもあったが、1ーAには沙門たち「マジカリオン」5人と、尾瀬たち「ノブレス・オブリージュ」の幹部が揃い踏みしていることが大きかった。むろん、これは偶然ではなく、そのほうが面白い事が起こりそうという、理事長の意向によるものだった。
「授業を始める前に、おまえたちに言っておくことがある」
例によって、最初に注意事項を述べようとする永遠長を、
「御託はいいのです」
沙門が遮った。
「貴重な授業時間を1時間割かせるのです。それに見合う内容でなければ承知しない。ただ、それだけの話なのです」
沙門は鼻息を荒げた。そして沙門の言葉は、このクラス全員の意思でもあった。
「……いいだろう。では授業を始める。おまえたちもすでに知っている通り、今この世界には魔物を封じるための結界が張られており、それが原因で魔法や超能力の類は、封印もしくは制限がかけられている状態にある」
しかし、その一方で魔物の類は結界から抜け出し、人に害をもたらしている。
「そこで、まずおまえたちには結界が正常に機能している状態でも、使える力を身につけてもらう」
「結界があっても使える力?」
十六夜たちは顔を見合わせた。
「あるのか、そんな力が?」
ノブレスの高橋が、うさん臭そうに尋ねた。
「霊力だ」
永遠長の答えに、生徒たちは再び顔を見合わせた。
「結界内においては、クオリティが使用できないことから勘違いしている者も多いが、結界内においても霊気そのものは存在しえる。でなければ、結界が正常に機能している大昔においては、死者の魂は死んだ瞬間結界の力に捉えられ、あの世に行くことも転生することもなく、全員が地縛霊となってしまったはずだからだ」
しかし実際には、そうなっていない。
「そこから導き出せる結論は、現在地球に張られている結界には、超能力やクオリティを発動させない作用はあるが、魂ひいては霊気そのもののを封じ込める作用はないということだ」
「ですけれど、その理屈で言えば、魂の力であるクオリティは結界内でも発動できるのではありませんの?」
尾瀬は、永遠長理論の矛盾点を突いた。
「理論上で言えば、そういうことになる。だが現実に発動しないということは、この結界は霊気そのものには干渉しないが、クオリティや超能力などに変換しようとする工程においては、なんらかの阻害作用をもたらしている。と考えるのが妥当だが、正確な答えは出ていない」
ただ1つ言えることは、クオリティが発動しない状況下でも、霊力は発動できるということだった。
「その意味で、現在の地球は霊力の世界と言え、その点ではブルーノに近い世界であると言える」
ブルーノは極印術がメインだが、戦闘においては霊力を武器に戦う世界なのだった。
「そして、本来ならば霊力の使用は、先天的な霊能力者を除き、修行によってのみ扱えるようになるものだが、この学校にいる人間はリアライズにより、すでに魂の力が解き放たれた状態にある」
常盤学園では、入学時にリアライズを受けるか否かを確認し、希望者にはリアライズを行った上で入学させているのだった。
「そして霊力の発動は、クオリティの発動と根本的に変わらない。おまえたちならば、遅くとも数日でマスターできるだろうから、次の授業までにできるようになっておけ。もしできない奴がいれば、次の授業で俺が無理やり体得させるから、俺に体をイジられたくない奴は死ぬ気で体得しておくことだ。そして霊力の発動ができるようになったら、次はコントロールに移る」
永遠長は右手を水平に伸ばした。すると、右手が金色に輝いた。
「通常の霊力は、このような光でしかない。しかし、ここに自分の属性を加味させると」
永遠長の右手から放たれていた光が黒く変色した。
「このように自分の属性に変化させることができる」
永遠長は霊気の放出を止めた。
「俺の場合は闇だから黒く変色したが、これが火であれば炎のように赤くなり、実際に熱を帯びさせることも可能となる。それは他の属性もしかりだ。それを、どのように武器化するか。いくつか例は提示してやるが、それをどう発展させていくかは、おまえたちのセンスにかかっている」
「…………」
「そして、それと並行して、おまえたちには霊力のストックを行ってもらう」
「霊気のストック?」
九重は眉をひそめた。霊力には詳しいつもりだが、そんなことは初耳だった。
「そうだ。霊力は魂の力と言っても、1日の放出量には限度がある。そこで、霊力を身近にある物に貯めておき、必要なときに武器化できるようにしておく。ラーグニーの魔法弾の霊力版と考えればわかりやすいだろう。そして、この際に問題となるのは、何に霊気を充電しておくかだが、これはファンタジーの知識があれば想像がつくだろうから、自分の好みと相性で選ぶといい」
「指輪」「聖印」「宝石」「水晶」「刀」「鏡」など、力を秘めたアイテムは古今東西例を待たない。
「ああ、要するに自分の霊力で、自分専用のマジックアイテムを作るってことだな」
九重は合点がいった。
「そういうことだ。そして、これは銃刀法により銃や刀の所持を禁止されている日本においては大きな武器となる。ただの警棒や木刀、モデルガンなども霊力で強化しさえすれば、本物の銃や刀以上の働きが期待できるからだ。そして」
永遠長は全身から霊気を放出させると、
「この霊力を防御面において発動すれば、属性化させた霊力を鎧として活用することもできる」
闇の鎧を形作った。
「この場合、純粋な防御力という点では土や水が有効だが、炎や風も敵を近寄らせないという点においては有効と言える」
永遠長は闇の鎧を消した。
「そして最後は、霊力による使い魔の作成だ。おまえたちも付喪神は聞いたことがあるだろう。あれは100年以上の間に、物に霊力が蓄えられたことで自我が目覚めるというものだが、逆に言えば100年レベルの霊力を物に注ぎ込めば、人工的に付喪神を作り出すことができる、ということでもある」
永遠長は用意してあった折り紙で鶴を折り上げると、霊気を込めた。すると、霊気を帯びた折り鶴が本物の鳥のように飛び上がった。
「もっとも、これは付喪神というよりも式神に近いがな。ともあれ、おまえたちも根気さえあれば、自分専用の使い魔を作り出す事ができるということだ」
永遠長は飛んでいる折り鶴を呼び戻すと、元の折り紙に戻した。
「とりあえず、おまえたちには3学期中に、以上の工程をこなしてもらう。が、今言ったことをすでに実行可能、もしくは必要ないと思う者がいれば、次回から授業に出なくていいし、なんならこの時間だけ1ーSクラスに移動して、通常の授業が受けられるように手配してやるから申し出るがいい」
永遠長はそう呼びかけたが、名乗り出る者は1人もいなかった。
そしてクラスの全員が霊力を発動できるようになったところで1年A組、そして永遠長の常盤学園での初日の教師活動は終了したのだった。




