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第157話

 禿の撤退後、異世界ギルドの砦では小競り合いが続いていた。


 これは、禿により大打撃を受けた連合チームが、いったん陣を後退。大規模な包囲殲滅戦から、少数精鋭による消耗戦に切り替えたことによるものだった。

 開戦前には消極的すぎると難色を示していた作戦を、ここに来て採用することについては、好戦派ギルドから軽率、主体性の欠如、臆病者という非難を受けるという反対意見もあった。しかし、それでも作戦を変更できる柔軟性があるだけ、ホワイトが言うところの「引き際をわきまえない大日本帝国」よりはマシと言えた。


 これに対して異世界ギルドチームは、地上部隊の迎撃には「ワールドナイツ」のうち、接近戦を得意とする騎士団員が。空中部隊の迎撃には、攻撃魔法や放出系のスキルが使える騎士団員と黒洲姉妹があたることになった。ちなみに攻守の要である禿は、精神的ダメージにより引きこもってしまったため、現在は戦力外となっていた。


 そして、この籠城戦において、八面六臂の活躍を見せたのは「ワールドナイツ」のギルドマスターである海道だった。


 本人が豪語した通り、海道はクラスアップした「ホーリーランサー」のポテンシャルを最大限に活用し、


「突貫!」


 得意とする突進攻撃によって、連合チームを次々と蹴散らしていた。


「また出ました! 海道選手お得意の突進攻撃! 彼を止められる者は、果たして連合チームにいるのでしょうか!?」


 常盤が中継している間だけでも、海道のランスによって100人以上の連合メンバーが葬り去られ、


「海道君の突破力は、元々プレイヤーの中でも群を抜いていましたが「ホーリーランサー」にクラスアップしたことで、その突破力にさらに磨きがかかりましたね」


 寺林の目から見ても、海道と「ホーリーランサー」の相性は抜群だった。


「海道君以外の「ワールドナイツ」メンバーも、かなりレベルアップしているようですし、連合チームはこのまま消耗戦を続けていると、下手をするとジリ貧になる可能性がありますね」


 こうして消耗戦を仕掛けている間にも、連合チームのメンバーは永遠長たちによって着実に減り続けているのだった。


「それと「ロード・リベリオン」に新たに加入した2人も、実に興味深い」


 寺林は黒洲姉妹をスクリーンに映した。


「黒洲唯選手と命選手ですね。彼女たちが何か?」

「彼女たちは、異世界に来て間もないため、ジョブレベル自体は低い。ですが、自身のクオリティと創意工夫により、ベテラン冒険者と互角に渡り合っている」

「創意工夫と言いますと?」

「はい。具体的に言うと、姉の唯君の攻撃は、一見ただの魔法弾に見えますが、よく見ると、彼女は攻撃の際、呪文を唱えていないんです」

「え? それはつまり、無詠唱魔法を使っているということですか? エンシェント・マジックルーラーでもないのに?」

「正確には無詠唱魔法ではありません。魔力そのものを、指から発射しているんです」

「魔力そのものを?」

「ラーグニーの魔動銃があるでしょう。あれと同じものを、銃なしで発射していると思ってください」


 魔動銃は、使用者の魔力を弾丸として撃ち出すもの。なら、その原理を突き詰めれば、銃なしでも魔力を発射できるのでは? 


 黒洲唯は、そう考えた。そして試行錯誤の末、指から魔力を撃ち出すという、永遠長も考えていなかった戦法を生み出したのだった。


「そして妹の命君ですが、さっきから見ていると、彼女の使っている魔法は、魔法であって魔法ではないのです」

「どういうことでしょうか?」

「わかりやすく言うと、彼女の使っている魔法は、このディサースのものでもラーグニーのものでもないということです」

「ディサースでもラーグニーでもない?」

「はい。さっきから聞いているのですが、どうやら彼女は地球のテレビゲームや漫画の魔法を使っているようなんです」


 寺林の解説を聞き、


「ほう」


 常盤の目から怪光線を飛び出した。


「それは、ぜひくわしい話を伺いたいものですね」


 常盤は寺林に、ずいと迫った。


「お、おそらく、ですが」


 寺林はそう前置きすると、黒洲命に関する自身の見解を述べた。


 黒洲命は、自身の「魔法」のクオリティによって、漫画やアニメに出てくる魔法を具現化できること。

 その魔法は、作中で魔法の名称を口にするだけで発動していれば、同じように魔法名だけ口にすれば具現化できること。

 そのため黒洲命も、姉の唯同様、ほぼ無詠唱に近い形で魔法を発動できることを。


「加えて、さっきから魔法を連発しているにも関わらず、魔力が枯渇する気配がまったくありません。おそらく、これにも彼女のクオリティが大きく関与していると思われます」

「ということは」


 常盤は、おもむろに切り出した。


「あの子がその気になれば、この世にある漫画やアニメの魔法を、すべて使える! そういうことなのですな!」


 常盤は鼻息を荒げた。


「わ、私の推測が正しければ、おそらく」

「さあ、盛り上がってまいりました! 果たして黒洲選手から、次はいかなる「魔法」が飛び出すのか! これは、俄然目が離せない展開になってまいりました!」


 常盤は期待に胸踊らせた。しかし、いくら社長命令とはいえ黒洲命ばかりを追っているわけにもいかない。

 常盤にとっては不本意の極みながら、間もなく映像は別の戦場に切り替わってしまった。

 しかし、中継が途切れても敵の攻撃が止むわけではない。押し寄せる連合チーム相手に、黒洲姉妹や海道たち「ワールドナイツ」の戦闘は、その後も続いた。そして連戦によって、さすがの海道にも疲れが見え始めた頃、その変化は起きた。


「う、うう……」


 連合チームの幾人かが苦しみだしたかと思うと、


「ぎゃあ!」


 味方を襲い始めたのだった。それも剣や魔法ではなく、噛み付くという原始的な方法によって。


「え?」


 黒洲唯は、最初何が起きたのかわからなかった。そして、


「なんであります?」


 それは妹の命も同じだった。しかし噛まれた者が、さらに別の人間に襲いかかるのを目にした瞬間、


「こ、こ、これは」


 1つの答えに到達した。


「ゾンビでありますな!」


 命の声は興奮に弾んだ。ファンタジー世界である以上、いつかはお目にかかれると思ってはいたが、まさかこんな形で拝見することができるとは!


「おお! 人がゾンビに噛まれてゾンビ化するところ、初めて見たであります! これぞ、まさにファンタジーの醍醐味であります!」


 城壁の上から命が脳天気なことを言っている間も、


「く、来るな!」

「なんだよ、これ!?」

「イヤアア!」


 連合チームの被害は広がり続けていた。


 連合メンバーもプレイヤーである以上、ゾンビやグールとの戦闘経験はある。だから、ただのゾンビなら決して遅れを取ることはない。しかし、そのゾンビが今の今まで共に戦っていた仲間で、それまでゾンビ化する兆候などまったくなかったとなると、話は別だった。


 そして、このゾンビ化現象は攻城戦に参加している連合メンバーだけでなく、各地の戦場でも起きていた。むろん、それは木葉のいる戦地も例外ではなく、


「なんじゃあ!?」


 ゾンビ化した「百獣戦士団」メンバーが、明らかに致命傷を負っているにも関わらず、仲間に襲いかかっていた。

 それでも猛者揃いの「百獣戦士団」は怯むことなく、ゾンビ化した仲間の首や胴を切り裂くことで、次々と無害化していった。しかし最後のゾンビを倒し終わると、また別の仲間がゾンビ化して襲いかかってきたのだった。


 そして、これと同じ現象は他の戦場でも発生し、背中を預けていた仲間が突然ゾンビ化して首元に食らいつく。

 ゾンビをやり過ごすために仲間と廃墟に逃げ込んだら、直後に仲間がゾンビ化して襲いかかってきた等、通常では考えられないゾンビ化が続発していた。


 異世界は元より地球のホラー映画においても、ゾンビ化は噛まれたり引っかかれるなどの接触によってのみ発生する。そして、その「お約束」はプレイヤーたちにも染みついていた。そのため、なんの前触れもなく人間がゾンビ化する状況は、連合チームをパニックに陥らせることになった。


 そんな連合チームとゾンビの戦闘を上空から眺めながら、


「やはり、この方法の最大の難点は、ゾンビ化の拡大に時間がかかり過ぎることだな」


 永遠長は問題点を洗い出していた。


 ゾンビは動きが遅いため、被害が広がるのに時間がかかる。そして時間がかかれば、それだけ相手に対処する時間を与えることになる。これを防ぐには、アメリカ人をゾンビ化しまくることだが、それならアメリカ全土を爆撃するのと変わらない。


 ゾンビ化の最大のメリットは、小さな火種さえバラまけば、後は勝手に大きくなっていってくれること。要するに、コスパの良さなのだった。


「こ、これは、おまえがやっていることなのか?」


 地上で起きている惨劇を見下ろしながら、ホワイトは息を呑んだ。


「言ったはずだ。アメリカ人を皆殺しにできることを証明してやると」


 永遠長は淡々と答えた。


「き、貴様は、これと同じことを、我が国でやるつもりなのか!?」


 ホワイトは青ざめた。


「だから、そう言っている」

「ス、ステイツには、女性や老人、子供だって大勢いるんだぞ。それを」

「第二次世界大戦中、日本にも女子供は大勢いた。それを承知で、東京大空襲や原爆を投下したおまえたちに、説教がましいセリフを吐かれる筋合いはない」

「わ、我々が行ったわけじゃない!」

「その「我々が行ったわけじゃない」ことを、100年近く経った今も、マウントの材料に使っているのはアメリカだろう。つまり、今のアメリカ人は第二次世界大戦で行った先人による恩恵を、今ものうのうと受け続けているということだ。ならば、先人が行ったことによるデメリットも受け入れて然るべきだろう」


 永遠長の論法に、ホワイトは絶句した。そして同時に、自分が大きなミスを犯したことを痛感していた。


 このギルド戦が始まるまで、ホワイトは永遠長のことを見損なっていたのだった。

 日本人。それも、女の言いなりになっているだけのヘタレだと。


 だからギルド戦で力の差を見せつけてやれば、尻尾を振ってついてくるに違いない。

 この猿は能力だけはあるようだから、利用できるだけ利用してやろう、と。

 

 だが、違った。

 永遠長は、自分の手に負えるような人間ではなかったのだ。


 そのことに、ようやくホワイトは気づいた。いや、気付かされた。


 だが、すでに手遅れだった。


「ゾンビ以外で、使えそうなものというと……」


 永遠長は再びプロビデンスを発動すると、100人ほどの連合メンバーを餓鬼を変身させた。

 すると餓鬼化したプレイヤーたちは、ゾンビの数倍の速さで仲間に襲いかかり、その血肉を貪っていった。


 その光景をスクリーン越しに眺めながら、


「……ねえ、ツカサ」


 モナは真境に声をかけた。


「な、なんだ?」


 真境は鼻白んだ顔をモナに向けた。


「あれって、ツカサの力だよね?」

「た、たぶんな」


 もしかしたら楽楽の力かもしれないが、この際それは些細な違いでしかなかった。


「ということは、ツカサもその気になれば、あれと同じことができるってことだよね?」

「ま、まあな」

「わかってると思うけど、もしツカサがアレをやったら、即別れるからね」

「わ、わかっている」


 モナに念を押されるまでもなかった。というか、まともな神経の持ち主なら、あんな真似できるわけがなかった。


 そして真境の言うところの、まともな神経を持ち合わせていない男は、


「こっちのほうが早いことは早いが、餓鬼は食らい尽くすだけで感染力がない分、やはりアメリカ人を全滅させるには時間がかかることに変わりはない、か」


 自分が生み出した餓鬼が仲間を貪り食う状況を、


「いっそのこと、2種類同時にバラまくか。そうすれば、それぞれの対応に追われる分だけ、時間を稼ぐことができる」


 顔色1つ変えることなく冷静に分析していた。


「ひ、人の心がないのか?」


 もはやホワイトにできることは、永遠長の義理人情に訴えかけることだけだった。しかし、


「ほう」


 永遠長の反応は冷ややかだった。


「人の心があると、もはや戦う余力など残っていないことが明らかな国に、無条件降伏などという無理難題を押し付けて戦争を長引かせた挙げ句、民間人を原爆の実験台にするわけか? だとすれば、確かに俺には人の心がないことになるな」

「げ、原爆を使用したのは、本土決戦を避けるためだ。あのまま本土決戦に雪崩込んでいれば、アメリカ人にも大勢の犠牲者が出た。だから」

「だから原爆を使用したわけか? わざわざウラン型とプルトニウム型、2種類の原爆を使って」

「そ、それは……」

「終戦後においても、おまえたちは原爆が投下された広島と長崎に調査団を派遣して、原爆の被害にあった人間を集めて実態調査を行った。治してくれるかもしれないという、ワラにもすがる思いで集まった被爆者たちに淡い期待を抱かせておいて、その実治療する気などサラサラなく、苦しむ日本人をモルモットとしてデータだけを取り続けた」

「あ、う……」

「だが、おまえの言い分にも一理ある。敵のために、味方の犠牲を増やしてやる義理など、どこにもない。そして、おまえたちが自国民の犠牲を減らすために原爆を投下したことを正当化するならば、俺が異世界人を守るためにアメリカ人を皆殺しにすることも正当化されるということだ。なにしろ、たかが3億のアメリカ人の命で、数十、数百億という異世界人の命が守られるのだからな」


 永遠長の話を聞きながら、ホワイトはギルド戦の前に聞かされた尾瀬の忠告を思い出していた。


 決して、このギルド戦の最中に地球での力関係を持ち出すな。


 あのときは一笑に付した。だが、あれが心からの忠告だったことを、遅ればせながらホワイトは理解したのだった。


「地球に戻ったら、まずおまえたちをモンスター化してやる。もし、おまえがそんなにアメリカ人の命が大事なら、せいぜい神に祈るがいい。自分たちが大事な者を殺す前に、誰かが自分たちを殺してくれることを」


 永遠長に言われるまでもなく、すでにホワイトは何度も神に祈っていた。ホワイトにできることは、もはやそれしかなかったのだから。


 その後、永遠長は生き残りが100人を切ったところで、いったん全員のモンスター化を解除した。そしてゾンビ化を解かれたことで死亡認定された者がフィールドから消失した後、


「では、最後の仕上げにかかるとしよう」


 永遠長は生き残った200人ほどのプレイヤーを、自分の足元へと転移させた。


「最後だ。おまえにも予行練習をさせてやろう」


 永遠長は念動魔法でホワイトを地上に下ろすと、


「オオオオオオ!」


 オーガへと変身させた。そんなホワイトを見て、


「またかよ!」


 プレイヤーたちはウンザリしつつも、


「あわてるな! 相手は、たった1匹だ!」


 すぐさま戦闘態勢を取った。しかし、いざ戦おうとしたとたん、


「え!?」


 全員体が動かなくなってしまった。そして、


「ぎゃあああ!」

「イヤアア!」

「止めてくれえ!」

「助けてえ!」


 連合チームの生き残りが1人残らず食人鬼の餌食となったところで、


「カオスブレイド!」


 永遠長は漆黒の刃でオーガを切り裂き、


 〈WINNER 異世界ギルドチーム〉


 ギルド戦に終止符を打ったのだった。



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