第155話
天国と「ゲートキーパーズ」の戦闘が終了したところで、
「天国選手と「ゲートキーパーズ」の戦いは、終わってみれば天国選手の圧勝という形になりましたが、寺林さん、この1戦について改めて解説を」
常盤は寺林の見解を求めた。
「そうですね。とにかく驚いた、というのが、正直な感想です」
「そうですね。私も、まさか天国選手が本当に「ゲートキーパーズ」を全滅させてしまうとは思っていませんでした」
「いや、まあ、それもそうなんですが、私が驚いたのは自分の意志でクオリティを変更したことと、ハーリオンの獣人化の活用法です」
「と言いますと?」
「ご存知の通り、ハーリオンの獣人化は、通常全身を獣化することで人間離れした力を得るものです。それを天国君は一部分、今回の場合は髪の毛ですが、その部分だけに留めることで、獣人の力を引き出しつつ、魔力の消費量を最小限に留めたわけです」
「なるほど。天国選手の髪が突然白くなったのは、獣人化によるものだったのですね。それで、人間のまま「白虎」の「スペリオル」を使うことができたと?」
常盤の口から出た聞き慣れない単語に、
「スペリオル?」
寺林は思わず聞き返した。
「ん? 言ってなかったかね、じゃない。前任者から引き継ぎを受けられませんでしたか? スペリオルとはスペリオルビースト、簡単に言えばハーリオンで獣人化できる動物のうち、ある特定の動物、たとえば「白虎」や「銀狼」のような、地球では伝説とされる動物の獣人化のことです。あ、それ以外にも「白いライオン」とか「シロサイ」とか、とにかく白系統は「スペリオル」つまり上位種というわけです。あ、その中でも特にウルトラスーパーレアなのが「白鯨」で、これは超巨体ながら空を飛べ、その上全身を金属化できるという優れもので、かの名作「ムーの」
ヒートアップする常盤のアニメ談話を、
「社、じゃない、常盤さん、そのくらいで」
寺林はヤンワリとたしなめた。
「あ、これは失礼」
我に返った常盤は軽く咳払いすると、
「とにかくですね」
話を軌道修正した。
「スペリオルビーストとは、変身できる獣人化の中でのレアモンスターであり、それぞれの特徴に合わせた独自のスキルが使えるように初期設定されていて、そのスキルが「スペリオル」として、他のスキルと区分しているというわけです」
「そうだったんですね。でも、それって異世界ナビの冒険者の手引には載ってなかったですよね?」
「はい。あれはあくまでも遊び心、というかオマケのようなものでしたから。下手に記載すると、レア獣人になれなかった者のモチベーションを下げて、やる気をなくさせてしまいかねなかった。そこで「レアになれたらラッキー」加えて「スキルが使えることに気づけたらラッキー」という程度に留めておいたのです」
「なるほど。よくわかりました」
寺林は、それ以上深入りせず、画面を別の戦場に切り替えた。すると「百獣戦士団」と「ヘブンズ・ドア」が戦っていた。
「おーと、これは仲間割れでしょうか? 「百獣戦士団」と「ヘブンズ・ドア」が味方同士で戦闘を行っています」
「少し時間を巻き戻してみましょう」
寺林は現場の追尾カメラを操作すると、
「トゥルーエンドじゃ!」
木葉が「百獣戦士団」に奇襲をかけたところから再生した。
「木葉か!?」
先頭を走っていた立浪は爆発音に足を止めた。そして、
「もう1発じゃ!」
再びトゥルーエンドを放とうとした木葉を、
「チマチマした真似してんじゃねえ!」
一喝した。
「てめえも男なら、真っ向から来やがれ! こっちゃあ、てめえとの勝負を楽しみにしてたんだ! ガッカリさせんじゃねえ! それとも何か! てめえ、そんなくだらねえ不意打ちかますために、苦労してシークレットになりやがったのか!?」
立浪の挑発は単純そのものだったが、
「むぬ!」
それだけに木葉への効果はてきめんだった。
「上等じゃ!」
木葉は立浪の前に降り立った。
「そうよ。男の勝負は、こうでなくちゃいけねえ」
立浪も戦斧を身構え、両者のタイマン勝負が始まろうとしたとき、
「その勝負、待つぜよ!」
「天上天下」の巫剣が飛び込んできた。
「木葉と戦うのは、このオイぜよ!」
「あ? 後から来て、何寝言ぬかしてやがんだ、てめえは?」
「後からっちゅうなら、おんしのほうが後じゃろうが。人の獲物、横取りしようとしおって。このハゲタカが」
「誰がハゲだ! コラ!」
立浪が目をひんむく。実際、立浪の額は同年代の男子より気持ーち広く、そのことを立浪本人も少ーしだけ気にしているため、彼の前で髪に関する話題はギルド内でもタブーになっているのだった。しかし、
「おんしじゃ! おんし!」
巫剣は遠慮の欠片もなく立浪の額を指差した。
「上等だ、コラ! だったら、まず先にてめえの息の根を止めてやらあ!」
「上等ぜよ! なら、まずオイとおんしで戦り合って、勝ったほうが木葉と戦るってので、どうぜよ」
「面白え。その条件、受けてやるぜ」
立浪と巫剣が対峙する横で、
「じゃあ、その間に木葉とはオレが」
堂本がリベンジすべく木葉の前に歩み出たが、
「ふざけんな、ボケ!」
「ふざけんなぜよ!」
立浪と巫剣に殴り飛ばされてしまった。
「てめえらもだ! オレたちの前に木葉に手え出しやがったら、誰であろうとぶっ飛ばすぞ! わかったな!」
立浪は仲間に釘を刺すと、今度こそ巫剣との勝負に臨んだ。その様子を遠巻きに眺めながら、
「な、なあ、小鳥遊」
加山は小鳥遊に耳打ちした。
「なんか、オレたち場違いじゃね? 完全にスルーされてるっていうか、完全に空気扱いだから、別のとこ行かね? ハッキリ言って、ここにいても意味ねーだろ、オレたち」
「そうだね」
それは小鳥遊も感じていたことで、
「木葉君」
小鳥遊は木葉に自分たちの考えを伝えた。そして、
「おう。ここはわしに任せておけ」
木葉の了承を得たうえで、
「それじゃ、私たち行くね。木葉君も気をつけて」
別の戦場へと転移していったのだった。そして1人残った木葉と、両陣営のギルドメンバーが見守るなか、
「てめえとサシで戦るのは、これで15回目だな」
立浪は戦斧を身構え、
「おう。そんで、オイの1勝勝ち越しぜよ」
巫剣も手甲付きの両腕で構えを取る。
「あんだと、コラ! 勝ち越してんのはオレだろうが!」
ムキになって言い返す立浪に、
「オイぜよ、オイ! 数も数えられんか、この原始人が!」
巫剣も自分の優位を主張する。そんな2人を見て、
「どうでもいいから、さっさと始めろ」
百獣の岩戸が面倒臭そうに言うと、
「過去なんて、どうでもいがべ。重要なのは、今どっちが強いかだべ」
天上の志門が不毛な口喧嘩に裁きを下した。
「上等だ、コラ。ここでキッチリ勝って、オレのほうが上だってことを思い知らせてやるぜ!」
立浪は巫剣に斬りかかり、
「上はオイぜよ!」
巫剣も地を蹴る。
「オラア!」
立浪の戦斧が、空を裂きながら巫剣の頭上へと振り下ろされる。
「甘いぜよ!」
巫剣は戦斧をかわすと、立浪の横面へと拳を突き出す。
「それは、てめえだ!」
立浪は剛腕で戦斧を振り上げ、逆に巫剣を切り裂きにいく。
「なんの!」
巫剣は戦斧を紙一重でかわすと、立浪の鎧を蹴り飛ばし、いったん距離を取った。
「この野郎、相変わらずチョロチョロしやがって」
立浪は蹴られた腹部を右手で払った。
「まあいい。体もあったまってきたこったし、準備運動はこれぐらいにして、そろそろ本気出すとするか。これ以上、前座に時間を食うわけにもいかねえからな」
立浪はそう言うと、装備と共に体を巨大化させていった。
「奇遇じゃな。オイもそう思ってたとこぜよ」
巫剣は息を整えると、
「ブーストオン」
自身のクオリティを発動させた。
「ブーストオンじゃと!?」
木葉が思わず声を上げる。
「おうよ。オイのクオリティは「体得」での。1度体験した技や力を使うことができるんぜよ」
巫剣は木葉と出会ったときに力比べを申し出たのも、半分は木葉の「増幅」のクオリティを体得するためなのだった。
「けっ、猿マネ野郎が偉そうに。そんなもんで、オレに勝てると思ってんのか?」
立浪も「強化」のクオリティを発動させた。
「これを、ただの猿マネと思ったら大間違いぜよ」
「あん?」
「本番は、ここからぜよ」
巫剣は一息吸うと、
「ダブルブースト!」
すでに体得していた「強化」のクオリティを発動させた。
「木葉の「増幅」と同時に、おんしの「強化」も発動させたぜよ。これでオイの力は……」
巫剣は数秒考えた後、
「倍々ぜよ!」
無難な答えに落ち着いた。
「名付けて「ダブルブースター」ぜよ!」
得意げに言う巫剣に、
「おお! なんかカッコええ!」
木葉は目を輝かせ、
「なーにがダブルブースターだ。猿マネは、しょせん猿マネだろうが」
立浪はフンと鼻を鳴らした。
「紛いモンに、本物との格の違いってヤツを見せてやるぜ」
立浪は戦斧を振り上げ、
「上等ぜよ」
巫剣は右手に力を集中させて、それぞれ必殺技の態勢に入る。そして、
「行くぜ!」
「勝負ぜよ!」
両者が必殺技を放とうとしたとき、
「ここにいたのか、木葉!」
騒ぎを聞きつけた「ヘブンズ・ゲート」が駆けつけてきた。
「この前の屈辱、今ここで返して」
門倉は呪文の詠唱に入った。それを見て、
「メガトンバスター!!」
「シャイニング ゴッド ナックル!!」
立浪と巫剣の必殺技が門倉へと撃ち放たれた。そして2大ギルドマスターの必殺技をモロに食らった門倉は、
「ギャアアアア!?」
今回も見せ場がないまま、リタイアすることになったのだった。
「言ったよな。邪魔したらブッ飛ばすってよ」
立浪は、残った「ヘブンズ・ゲート」のメンバーを睨みつけた。しかし、その言い分は理不尽極まりなく、
「よくも詩織さんを!」
当然のことながら「ヘブンズ・ゲート」の怒りを買うことになった。
「面倒臭え」
立浪は舌打ちすると、
「おい、おまえら、そいつら片付けろ。絶対、オレたちの邪魔させんじゃねえ」
仲間に指示した。
勝手過ぎるギルドマスターの命令に、
「えー!?」
「やったの、あんたじゃん」
「丸投げかよ」
仲間から不満の声が上がったが、
「でも、まあ」
「ああ、他人の戦い、ただ見てるよりはマシか」
「だな」
直後には納得すると「ヘブンズ・ゲート」との戦闘を開始した。それを見て、
「由佳、おまえらも」
巫剣も仲間にファローを求めようとしたが、
「寝言は寝て言うべ」
素気なく却下されてしまった。
「盛り上がってきたじゃねえか。やっぱ、戦いはこうでなくちゃいけねえ」
立浪は楽しそうに笑い飛ばした。
「さあて、そんじゃ、これ以上邪魔が入んねえうちに終わらせるとするか」
立浪は再び戦斧を振り上げた。その直後、
「ん?」
立浪の体が徐々に縮み始めた。
「遊び過ぎたか。まあいい」
立浪は構わず戦斧を握る両腕に力を込める。
「なんなら1時間待ってやってもいいぜよ。負けたときの言い訳にされちゃ、かなわんからの」
巫剣も再び右手に力を込める。
「言ってろ」
立浪は笑い飛ばすと、
「メガトンバスター!」
灼熱の戦斧から高エネルギーを繰り出した。それに対して、
「シャイニング ゴッド ナックル!」
巫剣も巨大な手甲と化した闘気を立浪へと打ち放つ。
「オラアアア!」
「ホオオアタアア!」
両者の力は真っ向から激突し、周囲に閃光と爆風を巻き起こす。そして爆風が収まった後には、
「しぶとい野郎だ」
元の大きさに戻った立浪と、
「それは、こっちのセリフぜよ」
巫剣が睨み合っていた。
どちらも相手の技で多大なダメージを負っていたが、その目から戦意は失われていなかった。
「いい加減、くたばりやがれ!」
立浪は戦斧を振り上げ、
「それも、こっちのセリフぜよ!」
巫剣は固めた右手を突き出す。直後、
「が!」
立浪の戦斧は巫剣の左肩を切り裂き、
「うぐ!」
巫剣の右手が立浪の胸を貫いていた。
「……今回は引き分けか」
「そのようぜよ」
その言葉を最後に立浪と巫剣は倒れ込むと、フィールドから姿を消した。
両者ノック・アウトという結果に、
「この場合、わしはどうしたらええんじゃ?」
木葉が小首を傾げていると、
「決まってるだろうが」
堂本が近づいてきた。立浪と巫剣が共倒れになったのを見て、さっそくリターンマッチを申し入れにきたのだった。しかし、
「待て、コラ!」
今度は仲間から横槍が入った。
「なんで、おまえなんだよ!?」
「何言ってやがる。立浪さんの次はオレって、そう決まってただろうが」
「決まってねえよ。そもそも、おまえは1度そいつと戦ってんだから、他の奴に譲るのが筋だろうが」
堂本たちが言い争っていると、
「何、おまえらだけで話進めてんだ、コラ!」
残りのメンバーも集まってきた。「ヘブンズ・ゲート」を片付け終わり、残る獲物である木葉に群がってきたのだった。
「そーだ。負け犬は引っ込んでろ!」
「誰が負け犬だ、コラ!」
「ああ!? やんのか、おう!?」
「上等だ、コラ!」
「よーし! こうなったらバトルロイヤルで決めようじゃねえか。オレたち全員で戦って、生き残った奴が、そいつと戦るってことでどうだ?」
「上等だ、コラ!」
「やったろうじゃねえか!」
百獣のメンバーは仲間内で勝手に話を進めると、本当に仲間同士で戦いを始めてしまった。
だが、このバトルロイヤルの勝者と木葉が戦うことは結局なかった。
百獣戦士団が考え直したわけではない。
彼らの戦いに決着がつく前に、ギルド戦そのものが終局したのだった。
後に、プレイヤーの間で語り継がれることになる「魔の狂宴」によって。




