第154話
「さて、それじゃ始めましょうか」
連合チームの砦の側に転移した天国は、まず砦に張られた防御結界を魔法により無効化した。そして、
「セイクリッドブレイザー!」
挨拶代わりに敵の砦へと光の刃を撃ち込んだ。すると、
「て、敵襲だ!」
応戦すべく砦から連合チームが出てきた。
「1人?」
「来たのは、こいつだけか?」
「何かの作戦か?」
「気をつけろ! 伏兵がいるかもしれん!」
周囲を警戒する迎撃部隊を、
「そんなにビビらなくても、流輝君は来てないから安心して」
天国は皮肉った。
「な!?」
気色ばむ迎撃部隊をよそに、
「でも、よかった」
天国は安堵の息をついた。
「素直に出てきてくれて。これでも、まだ砦の中に引きこもられてたら、こっちから乗り込んで行かなきゃならないところだったもの」
そう言う天国の視線の先には「ゲートキーパーズ」のギルドマスターである白銀正人の姿があった。
「ていうか、私の目的は「ゲートキーパーズ」だけだから、手出ししないって言うのなら、とりあえず他の人たちに危害を加える気はないんだけど、どうする?」
天国は周囲を見回した。
「ふざけたことを」
憤慨する白銀だったが、
「わかりました。そういうことなら、わたくしども「ピースメーカー」は手出し致しません」
美水はあっさり天国の提案を受け入れた。
「う、裏切る気か!?」
気色ばむ白銀を、
「あの方は、何やら貴方がたにだけ遺恨がある様子。連合チームとして運営権を賭けた戦いに参加することは承諾いたしましたが、つまらない因縁や私怨は契約外。そんな個人的な事情に付き合う義理は、わたくしどもにはありませんので」
美水は素気なくあしらうと、仲間とともに城門まで下がってしまった。それを見て、
「おい」
「あ、ああ」
他の連合チームのメンバーも次々と後退し、残ったのは「ゲートキーパーズ」80人だけとなった。
「くそ、あいつら」
白銀は忌々しそうに吐き捨てたが、
「まあいい」
すぐに余裕を取り戻した。しょせん相手は女1人。ゲートキーパーズのメンバーだけで十分過ぎて、おつりがくるというものだった。
「いいだろう。オレたちだけで相手をしてやる」
白銀のジョブは、シークレットのジュエルナイト。その名の通り、自分の体を宝石に変えることができるジョブであり、その中には当然ダイヤモンドも含まれている。かと言って、ダイヤモンド1択ではないため、ダイヤモンドソルジャーなどにとって最大の弱点である炎攻撃も通用しない。まさに、最硬の防御力を誇るジョブなのだった。
「始める前に、一応自己紹介しておきましょうか。あなたたちにどう思われても構わないけど、このまま戦うと、見ようによると私は唯の逆恨み女で、あなたたちはその逆恨み女を撃退する正義の味方って構図になっちゃうから」
それは天国にとって、いささか不本意なのだった。
「実際、そうだろうが。オレたちは、おまえに会ったこともないのだからな」
白銀は憮然と答えた。世界の番人を自称している以上、他人の反感を買うことは覚悟している。そして白銀は、そういう連中を残らず返り討ちにしてきたのだった。
「ええ、私はね。でも流輝君には覚えがあるでしょ?」
「流輝? 永遠長のことか?」
「そう。そして私は、その永遠長流輝の婚約者」
「こ、婚約者?」
「そう。そして、そう言えばわかるでしょ? 私がここにいる理由が」
天国の目に凄みが増す。
「なにしろ、あなたたちは私の婚約者に、散々好き勝手なことを言ってくれたんだから」
「何が好き勝手なことだ! オレたちは本当のことを言ったに過ぎん!」
白銀が自分たちの正当性を主張すると、
「そうだ! そうだ!」
仲間たちの間からも賛同の声が上がる。
「奴の人を人とも思わぬ傍若無人な振る舞いには、これまでも多くの者が苦しめられてきたのだ!」
「傍若無人って、たとえば?」
「エルギアのギルドマスターへの暴行! ディサースでの3大ギルドへの暴行! モスのアーリア帝国人への暴行! 異世界選手権での非道な行い! 数え上げればキリがない!」
語気を強める白銀に、
「それで? あなたたちは、その悪を倒すべく立ち上がった正義の使者というわけ?」
天国は冷ややかに聞き返した。
「そうだ! 元々、我々「ゲートキーパーズ」は、地球と異世界の間の争いをなくし、両世界の架け橋となるために結成されたギルドなのだからな!」
「じゃあ訊くけど」
「なんだ?」
「昔、ディサースで3大ギルドが好き放題してたとき、どうして止めさせなかったの?」
天国の指摘に、
「!?」
白銀は鼻白んだ。
「確か、あのときすでにあったと思うんだけど? あなたのいう「地球と異世界の架け橋となるために結成されたギルド」とやらは」
天国の皮肉に、
「そ、それは……」
白銀は口ごもった。
「あの連中の傍若無人ぶりは、十分異世界人の害になってたし、あなたたちのいう正義の執行対象だったと思うんだけど?」
「そ、それは、まだあのときは、我々のギルドは結成したばかりで数も少なく、3大ギルドに対抗できるだけの力がなかったからだ。同志を募り、奴らに対抗できるだけの力をつけたところで止めるつもりだったんだ。それを永遠長が」
「自分たちは少数だったから? 流輝君は1人だったんだけど? しかもシークレットでもないノーマルジョブで」
「そ、それは、奴にはチート能力があったからで」
「流輝君が本格的にチート化したのは最近のことで、3大ギルドと戦ったときには、唯のカオスロードだったんだけど? あの当時、獣人化はみんなできたし、チート能力と言えるものなんて、召喚武装ぐらいだと思うんだけど? あれが、シークレットを超えるチート能力だったってこと?」
天国の容赦ないツッコミに、白銀は再び言葉を詰まらせる。
「エルギアでもそう。あのギルドマスターが聖人君子面して、裏でギルドメンバーに性的暴行をしていたことは、あなたたちの耳にも届いていた。違う?」
「あ、あれは、あくまでも噂レベルであって、確たる証拠がない以上、噂レベルのことに我々が乗り出すまでもないと判断したまでだ」
白銀の反論に周囲も同調するが、
「証拠がないなら、掴みに行けばよかっただけの話でしょ」
天国に一刀両断されてしまった。
「誰かを囮に使えば、簡単に証拠を掴めたと思うんだけど?」
「そ、そんな、仲間を危険にさらすような真似ができるか!」
「じゃあ、モスでのことは? あのアーリア帝国でのアメリカ人の蛮行は、十分に正義の執行対象だったと思うんだけど? あなた、あのときモスにいたでしょ。どうして動かなかったの?」
「な」
ぜ、それを!?
と言いかけて、白銀は言葉を詰まらせた。
「あなたたちが本当に「地球と異世界の架け橋となるために結成されたギルド」なら、少なくとも、この3つの事件では動くべきだった。なのに動かなかったのは、要するにビビったからでしょ。相手が強くて、戦っても勝てそうになかったから」
「そ、そんなことはない!」
「今回のことだって、そう。あなたたちは、最初は尾瀬さんの誘いに乗らなかった。けど強豪ギルドが参加し始めて、これなら絶対勝てるとなったら、とたんに掌返して参戦した」
「ち、違う!」
「挙句の果てに、流輝君に悪口雑言を並べ立てた。虎の威を借る狐が、正義の味方気取りで偉そうに。唯のビビリの分際で」
「ち、違」
「たとえ経緯はどうであれ、流輝君はディサースに迷惑をかけていた3大ギルドとエルギアの変態親父、そしてモスの支配を企んでいたアメリカ人たちを退治した」
天国の眼光が鋭さを増す。
「その流輝君を、何もせず、ただ口先だけ綺麗事を並べていただけの偽善者が、あーだこーだと薄っぺらい正論を振りかざして責め立てた。何もせず、何もできず、コソコソと逃げ隠れしていただけの、自分たちを棚に上げて!」
天国は、深く静かに怒っていたのだった。白銀たちが永遠長に絡んできた、あの日から。
そして、ずっと待ち望んでいたのだった。この忌むべき偽善者たちを、自分の手で叩き潰せる日を。
前回のギルド戦後に、敗者への復活チケットの扱いを変更したのも、半分はそのためだった。
勝ち目がないとわかれば「ゲートキーパーズ」は、復活チケットの恩恵を失うことを恐れて棄権する可能性があった。だが、販売停止ではなく値上げに留まれば、プライドだけは無駄に高い「ゲートキーパーズ」は外聞を気にして棄権はしないだろう、と。
そして天国の読み通り「ゲートキーパーズ」は、再戦する道を選んだ。
それが、天国の狙いとも知らずに。
「だ、黙って聞いていれば、言いたい放題言いやがって」
白銀は歯噛みした。
「どうやら貴様も永遠長同様、粛清すべき悪のようだな」
白銀は剣を身構えた。
「だったら、やってみれば? できるものならね」
天国は異世界ナビを取り出すと、召喚リストの中から「ブリューナク」の名前を押した。すると、異世界ナビから放出された光が魔法陣を形成。
「出現」
天国の声に呼応するように、魔法陣から白銀の竜が現れた。
「な!?」
ドラゴンの出現に動揺する「ゲートキーパーズ」を、
「落ち着け!」
白銀が一喝した。
「サモナーなら、誰でもできることだ! たかがドラゴン1匹! 我らが力を合わせれば敵ではない!」
「は、はい!」
白銀の檄を受け「ゲートキーパーズ」の面々は冷静さを取り戻した。実際、これまでドラゴンとは何度も戦い、すべて打ち倒している。突然のことに驚きはしたが、恐れる理由はないのだった。
「貴様が強気だった理由は、それか? たかがドラゴンを召喚できるぐらいで、オレたちに勝てると思ってたのか?」
白銀は鼻で笑った。
「なら、見せてあげる。その、たかがドラゴンの力を」
天国は白銀竜を見上げると、
「化現」
白銀竜を己の体内へと招き入れた。そして白銀の鎧を身にまとったところで、
「体現」
陽下闘印を発動。さらに、
「変現」
獣人化能力で髪の毛だけを白く変色させると、
「顕現」
振り上げた剣に神器の力を宿らせたのだった。
「しょ、召喚武装だと!?」
白銀たちの間に動揺が走る。
「言っておくけど、この召喚武装に流輝君の力は借りてないから」
「永遠長?」
いぶかしむ白銀たちを見て、
あ、まだ、みんなは知らないんだっけ。
かと言って、永遠長のクオリティの秘密を話すのは時期尚早。
そう判断した天国は、自分が召喚武装できた理由に話をシフトした。
「前のギルド戦の後で、流輝君が言ってたでしょ。クオリティは、本人の性格や生まれ育った環境によって決まる。たとえば「同調」の場合、本人が強く同調圧力を意識してきた結果として「同調」になったって」
天国は白銀を指さした。
「あなたのクオリティも、そう。あなたのクオリティが「保持」なのは、あなたが自分の保身ばかり考えて生きてきたから」
「ふ、ふざけるな! もし、おまえの言う通りだとしたら、オレのクオリティは「保身」になってるはずだろうが!」
「その答えは、今のあなたが示してると思うけど?」
「な、何?」
「自分の保身が第1。でもプライドも捨てられない。他人から評価もされたい。そしてそのためには、もっともらしい正義が必要で、その正義の下で手に入れた支持や名声、権力や影響力は失いたくない。維持したい。そういう小市民特有の見栄や願望が保身と混じり合った結果、あなたのクオリティは「保持」になった」
「か、勝手なことを言うな! ど、どこに、そんな証拠があるんだ?」
「かもしれない。なにしろ、そもそもの話の出どころは寺林さんだし」
「て、寺林?」
「そう、元異世界ストアの運営で、今はこのギルド戦の解説をしてる」
「な……」
「そしてクオリティが、使用者が今までの人生で1番長く、強く抱いてきた意識や感情の具現化であるとするならば、それ以上の強い意志で別のことを考え続ければ、クオリティを変更できるのではないか? と、流輝君は考えた」
スクリーン越しに天国の話を聞いていた寺林から、
「はい?」
思わず間の抜けた声が漏れる。
「そして、試してみたらできた。ただ、それだけの話」
「共感」から「共有」へと。
「と言っても、できたのは昨日なんだけど」
天国の見るところ、その原因は前回のギルド戦にあった。あのギルド戦で永遠長の力が封印されたとき、天国はなんの力にもなれなかった。そして、その焦燥感と危機感がトリガーとなって、クオリティを変更させることになったのだと。
「それと私の場合は、元の「共感」と「共有」が似てるから変更しやすかったっていうのもあるのかもしれないけれど、1つだけ言えることは、クオリティが「共感」から「共有」に変わった私は、召喚武装だけでなく、すべての異世界の力を使えるようになったってこと。流輝君と同じにね」
天国の結論を聞き、
「な!?」
白銀たちは鼻白んだ。
「何を驚いてるの? 元々あなたたちは流輝君を倒すつもりで、このギルド戦に参加したんでしょ? だったら、私が召喚武装した程度で驚く理由なんてないはずなんだけど? それとも、やっぱり流輝君を倒すなんて口だけで、最初から他力本願するつもりだったわけ?」
天国は皮肉った。
「ふ、ふざけるな!」
白銀は、自身に言い聞かせるように一喝した。
「おまえたちも落ち着け!」
白銀は仲間たちを見回した。
「いかに永遠長と同じ力を使えようと、相手は女1人なんだ。オレたちが力を合わせれば負けるわけがない」
白銀に叱咤された仲間たちは、
「確かに」
「そ、そうだよな」
落ち着きを取り戻していく。
「準備はできた? なら、そっちの先行でどうぞ。こっちから攻めると、また不意打ちだ、とか文句が出そうだから」
「ど、どこまでもフザけやがって」
「あ、そうそう、ついでに教えておくと、私が顕現した神器の力は「使用者を含めた周囲の魔力を光に変換する能力」だから、そのつもりで」
「な……」
「つまり、あなたたちの魔力も吸収して、攻撃力に変えられるってこと。あ、でも安心して。人を含めた生物の場合、魔力を吸収できるのは、あくまでも剣でダメージを与えたときだけだから」
「ど、どこまでも……」
白銀の肩が屈辱に震える。そして、
「ナメるな!」
我慢の限界を超えた2人の「ゲートキーパーズ」が天国に切りかかった。これに対して、
「封印」
天国は小鳥遊のクオリティを発動。動きの止まった2人を、
「光芒一閃」
光の刃で切り払った。
抵抗する間もなく瞬殺された仲間を目の当たりにして、
「な……」
残ったメンバーたちの間に動揺が走る。
「何を驚いてるの? 今の私は流輝君と同じことができるって言ったでしょ。だったら、小鳥遊さんのクオリティも使えることぐらい、誰でもわかることでしょうに」
「く……」
「あ、でも安心して。もう、このコンボは使わないから」
「なに?」
「だって、このコンボを使ってたら、また言い訳に使いそうだもの。力と動きを封じられたら勝てて当たり前だとかなんとか」
「どこまでも、どこまでもナメくさりやがって!」
怒りをむき出し、総攻撃をかけてくる白銀たちに対して、
「顕現、電光石火」
天国は神器の力で光速移動能力を得ると、
「タイガーインパクト!」
右手から衝撃波を撃ち放った。この力は白虎のものであり、白狐に変身した永遠長が炎を吐けるなら、自分も何か技が使えるかも? と試してみたらできたのだった。
そして、その一撃で吹き飛んだ「ゲートキーパーズ」メンバーたちを、
「流星光底!」
剣先から撃ち放った閃光が貫いていく。さらに、
「タイガーストーム」
天国は自分の周囲に竜巻を発生させると、
「光芒一閃」
足の止まった「ゲートキーパーズ」メンバーたちを次々と切り倒していった。そして天国の剣閃が止まったとき、残る「ゲートキーパーズ」は白銀だけとなっていた。
「これで残るは、あなただけね」
天国は白銀に剣を突きつけた。
「流輝君を侮辱したあなたは万死に値する。と言いたいところだけど、もし今ここで流輝君に謝罪するなら、リタイアで済ませてあげるけど、どう?」
「何が侮辱だ!」
白銀は吐き捨てた。
「異世界の運営権を手に入れた永遠長が、その権力を傘に来て横暴の限りを尽くしているのは事実だろうが!」
「へえ? たとえば?」
「あの異世界選手権が、いい例だ! 暴言を吐きまくり、プレイヤーを不当に弾圧して自由を奪おうとした!」
「不当?」
天国は苦笑した。
「あのとき、流輝君は運営として当たり前のことを言っただけでしょ。異世界人に不当な危害を加えれば、ペナルティがあることは元から規約に書かれてたことで、流輝君はそれを改めて言っただけ。それで動揺するほうがおかしいし、動揺するってことは、これまでお咎めなしなのをいいことに好き放題してたって自白したも同じ。前に誰かが言ってたように、異世界には異世界のルールがある。それが守れない者に、異世界に足を踏み入れる資格なんてない。それとも地球のノリで「旅の恥は掻き捨て」で、許されるとでも思ってた?」
「そ、それだけじゃない! じ、人類を見殺しにしようとしている!」
「それが何か問題?」
「な、何?」
「元々、異世界ギルドは、復活するモンスターに対抗する力を人類につけさせるために設立された機関であって、地球人の逃げ場を提供するためのものじゃない。流輝君は異世界ギルドの運営として、それを明言したに過ぎない。まあ、言い方はちょっとアレだけど、それ以外では、流輝君は異世界ギルドの運営者として真っ当な運営をしてる」
「な、何が真っ当だ」
「このギルド戦にしても、そう。そもそもこんな勝負、流輝君には受ける義理なんてなかったし、受けるにしても、もっと条件を過酷にすることもできた。それこそ、もし負ければ本当に死ぬ、とかね。そして、そうしてれば連合チームとして参加する人数を、もっと減らすことができた。そうしなかったのは、流輝君が勝利よりも異世界ギルドの運営としての役割を優先したから。実際、もし負ければ本当に死ぬと言われてたら、あなたたちは参加しなかったでしょうし」
「そ、そんなことはない!」
「そう? なら試してみましょうか」
「な、に?」
「今から運営権限で、あなたの復活チケットの効果を無効化する。あなたの言ってることが事実なら、それでも戦えるはずでしょ」
「な!?」
狼狽する白銀を無視して、
「さて、それじゃ」
天国は異世界ナビを内ポケットから取り出した。そして手続きを終えると、
「これでよし、と」
天国は再び異世界ナビを懐にしまった。
「さ、これであなたは、ここで死ぬと本当に死ぬことになった」
「な……」
白銀は青ざめた顔で後ずさった。
「どうしたの? 復活チケットがなくても、ギルド戦に参加したんでしょ? だったら、なんの問題もないでしょうに? それとも、やっぱり口だけ?」
「ふ、ふざけるな」
白銀は震える足を、なんとか前に踏み出させた。
お、落ち着け。よ、要は、勝てばいいんだ。
白銀は自分に何度も言い聞かせるように繰り返したが、足の震えは止まることなく腕へと伝播していった。
「こないの? なら」
天国は白銀へと切り込んだ。
「う、うわ!」
白銀は思わず飛び退いた。
そ、そうだ! ダイヤモンド! ダイヤモンドになれば、とりあえず斬り殺される心配はなくなる。
白銀はジョブ能力で全身をダイヤモンド化した。
「どうだ! これでおまえの剣は、もうオレには通用しない!」
得意げに言い放つ白銀めがけて、
「なら」
天国が火炎球を撃ち放つ。それを見て、
「うわわ!」
白銀は大慌てで全身をダイヤモンドからサファイアに変化させた。
「これで」
白銀が安心した直後、間合いを詰めた天国の剣先が左腕に直撃した。すると、
「な!?」
剣先が触れた箇所から元の生身へと戻りだしてしまった。
「言わなかった? 私の剣には周囲の魔力を吸収する力があるって」
「そんな!?」
白銀の顔が恐怖に引きつる。
「ひ、卑怯だぞぉ! 途中でルールを変更するなんて!」
白銀はわめきちらした。
「なら、警察か裁判所にでも訴え出てみたら?」
天国に皮肉られ、白銀は絶句した。
「本当に、なんの疑いもなく思ってた? 流輝君を、ひいては異世界ギルドを敵に回して、それでも異世界ギルドの恩恵だけは、のうのうと享受できると?」
天国は剣を振り上げると、
「さようなら」
白銀へと容赦なく振り下ろしたのだった。直後、
「うわああああ!」
リタイアエリアから白銀の絶叫が上がった。
「なんてね。本当にするわけないでしょ」
天国は微笑した。
そして、この1戦以後、永遠長の婚約者にして、白銀を散々に翻弄した天国には「背徳の魔女」の二つ名がつくことになったのだった。




