第152話
小鳥遊と林葉の戦いが終わったところで、
「小鳥遊選手VS林葉選手、勝者は小鳥遊選手となりましたが、寺林さん、この1戦について1言」
常盤は寺林に感想を求めた。
「そうですね。論戦が始まったときは、林葉君が有利だと思っていたのですが、まさか小鳥遊君があそこまで容赦なく切り込んで来るとは予想外でした。おそらくそれは林葉君も同じで、予想外の反論にあって冷静さを失い、攻撃が単調となってしまったことが敗因でしょう」
「なるほど。痛いところを突かれて、力に訴えるしかなくなってしまったということですね」
常盤の身も蓋もない解釈に、
「はい。世に言う逆ギレです」
寺林の冷静な解説が華を添える。
そして常盤たちが遠回しに林葉をイジっている間に、木葉と轟の勝負にも決着が着こうとしていた。
「ミラーソード!」
轟が繰り出す不可視の刃を、
「ぬお!」
木葉は勘で回避すると、
「ふぬりゃああ!」
負けじと轟に剣を振り下ろす。この剣撃を、
「く!」
轟はミラーガードで防いだものの、
「ぬにににに!」
木葉はあきらめることなく剣に加重する。かと思われた矢先、
「あ、そうじゃ」
木葉はヒョイと体を右に傾けると、
「わ!!!」
あらん限りの大声を張り上げたのだった。
ミラーガードは前方に作った防御壁により、どんな攻撃も弾き返すことができる。しかし当然のことながら、防御壁は前方にしか展開していないうえに範囲も狭い。なら、横からの大声は防げないんじゃなかろうか。と、木葉は考えたのだった。
そして木葉の直感通り、
「なん……」
大声による衝撃波は、轟の聴覚と神経に多大なダメージを与えた。
よろめく轟を見て、
「ブーストオンじゃ!」
木葉は剣を振り下ろす。その1撃を、
「く……」
轟は再びミラーガードで防ぎにかかる。だが、
「う……」
ダメージを負った身では踏ん張りがきかず、
「ふぬりゃああ!」
反射板ごと地面に叩きつけられてしまった。そしてダメージで反射板が消失した轟の首に、
「とどめじゃ!」
木葉の剣が突き刺さる。
明理様、申し訳……。
轟が無念のなかでリタイアする横で、
「よっしゃああ!」
木葉は剣を掲げて勝鬨を上げた。
林葉に続き轟も倒れ「ノブレス・オブリージュ」が尾瀬のみとなったところで、
「正宗、それに小鳥遊さんたちも。ここはもういいから他に行って」
秋代は木葉たちに言った。
「大丈夫なんか?」
「当たり前でしょ。てか、手え出したら殺すわよ」
秋代は木葉を睨みつけた。
「言ったでしょうが。こいつは、あたしがブッ殺すって!」
ここまで忍従の日々に耐えてきたのは、すべて今日このときのためなのだった。
「わかった。気をつけて」
そのことを小鳥遊も理解していた。と同時に、小鳥遊の直感が告げていた。これ以上、ここに長居するとヤバいことになる、と。
そして小鳥遊たちが別の戦地に転移したところで、
「じゃ、続きといきましょうか」
秋代は再び身構えた。
「お仲間に助けていただいたほうがよかったのではありませんか? それとも、本気でわたくしに勝てると思っているのですか?」
ここまで2、3手合わせしたが、無詠唱で魔法を発動できる尾瀬に、秋代は一太刀も浴びせられずにいたのだった。
「確かにね。今のあたしじゃ勝ち目はないかもしれないわね」
同じシークレットになったとはいえ、自分と尾瀬ではレベルに大きな開きがある。
そんなことは、戦う前からわかっていることだった。
「それがわかっていて」
「このままじゃね」
秋代は右手を自分の胸に当てると、
「太陽神付与」
対尾瀬決戦兵器を発動させたのだった。
秋代のクオリティは、それこそ創造主の力さえも付与することができる。しかし、それはチートにして無神経の塊である永遠長だからこそ可能だったと言っても過言ではない。現に寺林戦後、秋代は試しに少ーしだけ自分に創造主の力を付与してみたのだが、激痛で死にかけたため、5秒で断念していた。
さらに、その後の「マジカリオン」からの忠告もあり、創造主化は秋代の中では完全にタブーとなった。
だが人外の、なんらかの強力な存在の力を付与するという方向性自体は、間違っていない気がした。
そこで秋代は、創造主とまではいかないが、そこそこ力のある存在を自分に付与することを考えたのだった。
だが、付与すると言っても、地球上には様々な宗教があり、様々な神がいる。その中には、いくつかの宗教に共通して登場している神もいるにはいる。たとえば、キリスト教におけるガブリエルと、ゾロアスター教におけるジブリール。仏教における帝釈天と、インド神話における雷帝インドラ。これらは、いずれも同じ神とされている。
しかし、これらの神は宗教ごとに微妙な違いがあるうえ、すべての宗教に登場しているわけではない。そのため、本当に存在しているかどうか疑わしく、確実に付与できるか怪しかった。
そこで秋代が目をつけたのが、太陽神だった。
太陽神は、宗教によっては天照大御神、アポロン、アグニ、ラーと名称こそ違えど、仏教、ギリシャ神話など、ほぼすべての宗教に存在している。であれば創造主と同じように、太陽神の名称で力を付与すれば成功するんじゃ? と秋代は考えたのだった。
しかも太陽神なら創造主よりもランクが低いから、力を付与しても負担は軽くて済むはずだと。
そして、その推測は正しかったのだった。
「さあ、こっからが本番よ。覚悟するのね」
太陽神化して気を吐く秋代に、
「ならば!」
尾瀬は氷結魔法を撃ち放つ。しかし、
「無駄よ」
秋代は瞬時に形成した光壁で尾瀬の1撃を防ぐと、
「今度はこっちの番ね」
自分の10倍近い火炎球を撃ち放った。その1擊を、尾瀬も結界を張って防御する。が、その直後、
「ふん!」
結界を突き破り、秋代の右足が尾瀬の腹に突き刺さり、
「!?」
尾瀬の体は、くの字に曲がったまま吹き飛ぶと、民家にぶつかり倒れ込んだ。
「あら、どうしたの、お嬢様? そんなところに這いつくばっちゃって? ま、さ、か、庶民ごときの力で、1発KOしちゃったわけじゃないわよねえ?」
秋代は皮肉たっぷりに言った。そんな秋代の戦いぶりを観客席から見ていた「マジカリオン」の5人は、
「確かに凄いと思うけど……」
パワーアップの源がアレだと思うと、素直に感心できずにいた。そして、それは他の観客も同じだった。藤田がリタイアしたうえ、尾瀬までが倒されてしまったら、それこそ連合チームの勝利は絶望的となってしまう。そして、それは同時に自分たちの家族や友人の安全が遠ざかることを意味しているのだった。
「がんばれ、尾瀬!」
「お願い、立って!」
観客席のあちこちから、尾瀬への応援の声が飛ぶ。すると、その声に応えるように、
「あ、当たり前ですわ」
尾瀬は仲間から継承した「回復」のクオリティーでダメージを回復させると、よろめきながらも立ち上がった。
「そうこなくっちゃ。1発で終わったんじゃ、こっちの気が済まないもの」
秋代の体から熱気が吹き出す。
「あいにくですが、こちらにその気はありませんわ」
尾瀬は素気なく言い捨てた。
「言ったはずですわ。これ以上、あなたごときにかかずらわっている暇はないと」
「あっそ。で? 具体的には、どうするわけ?」
「こうするのですわ」
尾瀬は自分の胸に右手を当てると、
「創造主付与」
奥の手を出した。本来は対永遠長戦の、それも最終手段だったのだが、そんなことを言っている場合ではなかった。
「今度は、こちらの番ですわね」
尾瀬は秋代の眼前に転移すると、
「お返しですわ」
秋代の腹を蹴り飛ばした。
「が!」
秋代は民家に叩きつけられながらも、
「こんの!」
すぐさま飛び上がると、
「くたばるのは、あんたよ!」
尾瀬めがけて身長の10倍近い火炎球を撃ち放つ。それを見て、
「無駄ですわ」
尾瀬は再び秋代の眼前に転移した。
「チョロチョロと、うっとうしいってのよ!」
秋代は尾瀬を焼き尽くすべく、全身から炎を吹き出す。しかし尾瀬は顔色1つ変えることなく、
「これで終わりですわ」
燃え盛る炎ごと秋代を凍りつかせると、
「それでは、ごきげんよう」
粉々に消し飛ばした。
「無駄な時間を使ってしまいましたわ」
尾瀬は永遠長を追いかけようとした。そのとき、
「どこ行く気よ」
背後から声がした。そして振り返った尾瀬が目にしたのは、
「まだ勝負はついてないっての」
無傷の秋代の姿だった。
「たく」
秋代は忌々しそうに吐き捨てると、右手を胸に当てた。やりたくはない。やりたくはないが、このまま尾瀬に負けるのは、それ以上に我慢ならなかった。そして覚悟を決めた秋代は、
「創造主付与」
自身に創造主の力を付与したのだった。
そんな秋代をスクリーン越しに見ながら、
「あーあ、やっちまった」
九重が口火を切ると、
「あ、あれだけダメだって言ったのに」
六堂が心配そうに追従し、
「でも、この場合、仕方ないかも」
花宮が秋代を擁護した。
「だね。尾瀬さんが創造主化しちゃった以上、それしか対抗手段がないもんね」
十六夜は花宮に同意すると、残る1人を見た。すると、
「なーにが「デウス・エクス・マキナ」なのです。マリーが本気を出せば、あんな子ひと捻りなのです」
沙門は先程の寺林の発言に、まだ引っかかっていた。というか、永遠長が楽楽に変身して以降、ずっと楽楽に対抗意識を燃やし続けているのだった。
「口惜しいのです。ギルド戦の締め切りさえ済んでいなければ、マリーも出場して、どっちが真の魔法少女かハッキリさせてくれたものを、なのです」
もうしばらく、そっとしといたほうがよさそうだね。
十六夜は花宮とうなずきあうと、再びスクリーンに目を向けた。するとスクリーン内では、共に創造主化した秋代と尾瀬が激戦を繰り広げていた。
その力は十六夜たちの見るところ互角だったが、これは尾瀬にとって予想外の事態だった。
秋代もしくは永遠長が創造主化することは、尾瀬にとって想定内の出来事だった。そして、その場合の対処法も十分練り上げていた。
具体的に言うと、秋代の場合は自分も創造主化した上で「継承」により受け継いだ「強化」のクオリティーを同時に発動させることだった。そうすれば、仮に戦闘になっても単なる創造主化に過ぎない秋代に負けることはない。そう踏んでいたのだが……。
庶民は庶民なりに知恵を絞ったというところですか。それとも永遠長さんの入れ知恵でしょうか。
どちらにせよ、秋代がなんらかの方法により創造主の力を底上げしていることは、もはや疑う余地がなかった。
このまま戦り合えば、秋代には勝てる。だが、相応のダメージを負うことになる。
秋代が最後の相手であれば、なんの問題もない。だが秋代の後には、まだ永遠長が控えている。そして疲弊した体で永遠長に挑んだところで、結果は見えている。
ならば、この状況で取る選択肢は1つしかなかった。
尾瀬は残る力を振り絞り、力が高まるにつれて全身が光り輝いていく。
「最後の大勝負ってわけね」
秋代はフンと鼻を鳴らした。
「上等よ。受けて立ってやろうじゃない」
秋代も最大最後の攻撃を繰り出すべく、力を振り絞る。そのとき、
「違う」
秋代の口が勝手に動いた。
「え? え?」
戸惑う秋代をよそに、
「尾瀬さんは、あなたと勝負しようとしてるんじゃない」
彼女の口は再び本人の意志とは無関係に動いた。
「あんた、天国? て、違うって、どういうこと?」
「尾瀬さんの狙いは、おそらく全員を巻き込んだ自爆。そうすれば全員リタイアで、引き分け再試合に持ち込むことができるから」
「な!?」
秋代は尾瀬を見た。すると、天国の推測を肯定するように、尾瀬の口元には笑みが浮かんでいた。
「言ったはずですわ。あなたのことなど、最初から眼中にないと」
藤田がリタイアし、自分も疲弊した今、永遠長を止められる者は連合チームにはいない。現に、創造主の力でフィールド全域を確認してみたところ、すでに2つのギルドが永遠長に壊滅させられていた。
このまま続けても、連合チームに勝ちはない。ならば、残った全員を道連れに自爆することで仕切り直す。それが、この場合の最善策と判断したのだった。
「こんの!」
秋代は尾瀬を止めるべく、オメガバーストを叩き込もうとしたが、
「だめ!」
天国に止められてしまった。
「今、尾瀬さんを下手に攻撃したら、暴発しかねない」
「だったら!」
秋代は尾瀬の周囲に結界を張った。
「封じ込めるまでよ!」
「あなたごときの力で、わたくしを止められると思っているのですか?」
尾瀬は、せせら笑った。
「なに偉そうに言ってんのよ。見た目の貧相さを、せめて実績で補おうと必死こいてるだけのチンケカスが」
秋代が吐き捨て、尾瀬の顔から笑みが消える。
「なのに上辺だけ綺麗事並べくさって。どんなに大物ぶったところで、あんたの中身は外見同様、みみっちくてペッチャンコ。小鳥遊さんが言う通り、偽善と独善が凝り固まった名門って名の老廃物の集大成に過ぎないのよ。名は体を表すっていうけど、あんたの場合、体が名を表してるわけよ。どうしようもない小物だって」
秋代の毒舌は留まるところを知らず、
「…………」
会場中がドン引きするなか、
「ごきげんよう」
尾瀬が全エネルギーを解放する。尾瀬から発せられる金色の光を、
「こんの糞チビがああ!」
秋代が全力で抑え込みにかかる。そして光が消えた後には、
「ザマア見ろっての」
秋代だけが立っていた。だが、それも数秒のことで、
「後は任せたわよ」
力を使い切った秋代は大の字に倒れると、そのままフィールド上から姿を消したのだった。
そして、この戦いにより木葉と秋代にも2つ名がつくことになる。
まず木葉は、その戦いぶりから「野生児」。
秋代は、その毒舌と永遠長すらも軽くあしらう豪胆さから「異世界ギルドの女帝」と。




