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第151話

 新年1月5日。


 前回同様、晴れ渡った青空の下、平原では2度目となる異世界ギルドVS連合チームのギルド戦が開始されようとしていた。

 しかし、変わらないのは天候とフィールドのみ。ギルド戦の参加者及び観戦者については、若干の変動が見られた。具体的に言うと、参加者が2000人減って、観戦者が倍に増えたのだった。

 この変動のうち、参加者の減少の原因が前回の結果にあることは言うまでもない。しかし、それでも8割が残った理由は、常盤と寺林によるカミングアウトにあった。


 地球に魔物が復活しようとしている。


 その事実は、事情を知らない参加者に衝撃を与えた。が、同時に、美水の提示した解決策は、参加者たちに希望を与えることになった。


 たとえ全人類は無理でも、家族や友人だけでも異世界に避難させることができれば、と。

 

 そして、その思いは観客も同じだった。


 直接、間接を問わず、地球の置かれた状況を知った者たちは、その大半が連合チームの勝利を望んでいた。そして、それが可能であることを、前回の戦いで尾瀬は証明して見せてくれたのだった。


 そしてギルド戦開始10分前となったところで、


「さあ、やってまいりました。知ってる者は知っている、2度目となる異世界ギルドの運営権を賭けたギルド戦ですが、今回の見所はズバリどこになると思われますか? 解説の寺林さん」


 常盤の実況中継が始まった。


「そうですね。前回は永遠長君が尾瀬君の術中にまんまとハマってしまったわけですが、今回は永遠長君も同じ轍は踏まないと思われます。ですので、今回の見所は手の内を知られた尾瀬君が、今度はどんな手を打つか。そして永遠長君が「遮断」と「封印」のコンボをどう防ぐか、が焦点になると思います。手の内を知られたとはいえ、周囲と遮断されたうえで力や動きを封じる尾瀬君の戦法が、永遠長君にとって有効であることは間違いありません。知っているから必ず防げるのであれば、それこそスキルや魔法で倒される人間はいなくなってしまいますから」

「なるほど。どんな技も、使い時が重要というわけですね」


 怪獣相手に初手から光線技を使っても、大概かわされてしまうように。


「そういうことです」

「後、前回からの変化で言いますと、連合チームのメンバーが2000人ほど減ってしまったようですが?」

「そのようですが、私の見るところ、そこは勝敗にさして影響はないと思っています」

「そうなんですか?」

「はい。例の優姫君が本気を出せば、いつでも全滅させられますし、永遠長君が本領を発揮できれば、人数差などあってないようなものです。むしろ私としては、よくこれだけの人数が残ったと感心しているぐらいです。きっと前回の戦いで、多くの参戦者が永遠長君を抑え込めさえすれば勝てる。そう思ったのでしょう」

「確かに、前回は惜しいところまでいきましたからね」

「はい。優姫君というデウス・エクス・マキナがいなければ、永遠長君は敗れていたでしょう」


 寺林は断言したうえで、


「もっとも、それで即連合チームの勝利となったかといえば、微妙なところですが」


 やや言葉を濁した。


「と言いますと?」

「はい。前回の試合は、最後の隕石落としのインパクトが強すぎて見落とされがちですが、異世界ギルドチームの取った転移による奇襲戦法は、少数の利を活かした上手い戦法でした」


 これに対して連合チームは、魔法障壁と守備力の高い盾役を周囲に配置することで応戦した。しかし初動の遅れにより、対処までに多大の犠牲を出してしまった。


「その原因は、はっきりしています。前回の戦いにおいて連合チームは、尾瀬君たちが永遠長君を無力化したことで調子づき、布陣もパーティー編成も関係なく、とにかく行け行けで攻め上がってしまったからです」

「なるほど」

「あのまま戦いが続いていれば、敵の砦にたどり着くまでに、半数以上の兵力を失っていたことでしょう」


 その状態で禿の「反射」による防壁を打ち破り、敵の砦を落とせたかは微妙なところだった。


「特に加山君と小鳥遊君の行っていた「封印」を施したうえでの攻撃は、いわば尾瀬君が永遠長君に使った戦法と同じものであり、あれを城攻めに集まった連合チームの只中で使われていれば、連合チームは甚大な被害を受けていたでしょう。ギルドチームには、トゥルードラゴンウォーリアーにクラスアップした木葉君を始め、規格外の破壊力を持つメンバーが揃っていますから、その攻撃を無防備で受ければ全滅していたかもしれません。もし「増幅」のクオリティを持つ木葉君が全力で必殺技を使えば、その威力は下手をすると優姫君の隕石落としを超えますから」


 加えて、城内には無傷の「ワールドナイツ」が控えている。


「ろくな戦略も立てず、ただ数で力押しすることしか考えていなかった連合チームは、あのまま戦闘が継続していれば、永遠長君を欠いた異世界ギルドチームに敗れていた可能性も十分ある、と私は見ています」

「では寺林さんは、今回は異世界ギルドチーム有利、と見ているわけですね」

「いえ、さすがに連合チームも前回の反省を活かして、なんらかの対策を取るでしょうし、やはり勝負の鍵は永遠長君の無力化方法を含めて、連合チームが今回どれだけ戦略を練り上げて来たかにかかっていると思います。兵力的には、連合チームが圧倒的に勝っているわけですから」

「なるほど」


 常盤が相槌を打ったところで開始時刻となった。すると前回同様、異世界ギルドチームからは永遠長が単独で飛び出し、連合チームからも尾瀬率いる「ノブレス・オブリージュ」が出てきた。


「ここまでは前回と同じ展開ですね、寺林さん」


 唯一の違いは、連合チーム側は今回、尾瀬と藤田を他のメンバーが取り囲む形で進軍しているということだった。これは永遠長の奇襲を奇襲を警戒してのことであり、尾瀬が現状を冷静に把握している証拠だった。


「そうですね」


 寺林が常盤にそう答えた直後、連合チームの砦から5人編成の小隊が20隊ほど飛び出した。


「寺林さん、これは?」


 常盤は連合チームの意図を寺林に尋ねた。


「おそらくですが」


 寺林はそう前置きすると、自分の考察を述べた。


「尾瀬君は、前回同様自分たちが永遠長君を抑えると同時に、高速移動可能な者により敵陣を強襲。以後、順次別働隊を砦から出撃させ、間断なく敵陣を攻撃することで、敵の力を削る戦法に出たのでしょう」


 本来の戦争では、戦力の一括投入が最善の方法であり、戦力の逐次投入は愚策とされている。しかし相手が大火力を有し、しかも神出鬼没のゲリラ戦を仕掛けてくるとなると話は違ってくる。


「要するに、尾瀬君は異世界ギルドチームの作戦を盗用したわけです。しかも相手と違い、連合チームは人数が多いので倒されても替えがきく」


 そのうえ少数で移動するため、敵の奇襲も受けにくい。


「大軍で移動すると、どうしても機動性が落ちるし、固まって移動すれば大火力のいい的になってしまう。ならば相手の土俵で戦ったほうが得策と考えたのでしょう。先程も申し上げたように、兵力は圧倒的に連合チームのほうが多いのですから、同じ戦法を使えば先に疲弊するのは、数の少ない異世界ギルドチームということになりますから」

「なるほど。では寺林さんの考察通りだとすれば、ギルドチームが勝つには短期決戦しかない、ということですね」

「はい。ですが、それは相手が一般常識が通用する相手であれば、の話です。ワンマンアーミーと呼ばれる永遠長君に、その定義は当てはまりません。そして、そのことを尾瀬君も重々承知しているからこそ、自分たちは永遠長君を抑えに出たのでしょう。現状、永遠長君を確実に抑えられるのは「同調」が使える尾瀬君と藤田君だけですから」


 そして十数分後、永遠長と「ノブレス・オブリージュ」が、もう少しで互いの姿を視認できるというところまで近づいたところで、永遠長の姿がスクリーンから消えた。と思った次の瞬間、


「!?」


 ノブレスのメンバー全員の体が燃え上がった。


「落ち着きなさい!」


 尾瀬は、周囲全体に水柱を吹き上がらせることで消火を図る。が、それこそ永遠長の狙いだった。

 炎と水柱により尾瀬たちの視界が封じられた隙を突き、藤田の背後に瞬間移動した永遠長の剣が、


「が!?」


 藤田を背中から刺し貫く。


 突然の出来事に、


「な!?」


「ノブレス・オブリージュ」の面々が色を失うなか、


「封印!」


 尾瀬は躊躇なく永遠長の力を封じにかかった。しかし、


「反射」


 永遠長に弾き返されてしまった。そして反転してきた「封印」を、


「く!」


 尾瀬は飛翔魔法により、かろうじて回避する。


 そして同時刻、連合チームの砦からは、他のギルドも続々と出陣していた。


「出るぞ、野郎ども」


 まず「百獣戦士団」が出陣すると、


「オイたちも行くぜよ」


 「天上天下」「大和」「ダイバーシティ」「ヘブンズ・ドア」が、それに続く。


「寺林さん、これは?」


 連合チームの動きについて、常盤は寺林の見解を求めた。


「わかりません。これが「ならず者ギルド」として名高い「百獣戦士団」だけの動きであれば、独断専行ということも考えられるのですが「ダイバーシティ」や「大和」まで加わっているとなると、独断専行とは考えにくい。だとすれば、これも尾瀬君の作戦ということなのでしょうが」


 その意図が、寺林には理解できなかった。


 もっとも、その答えは至極簡単だった。緊急ミッションイベント終了後、前回の反省から連合チームは作戦会議を開いた。しかし、その席で尾瀬の作戦を聞いた「百獣戦士団」の立浪が、


「ちまちまちまちま、まどろっこしいんだよ! おりゃあ、そんな戦いをするために、このギルド戦に参加したわけじゃねえ!」


 とキレると、


「オイも嫌ぜよ。つまらん」


 「天上天下」の巫剣も反対し、


「それだとオレ様が目立てないだろうが」


 「ヘブンズ・ドア」の門倉も異を唱えたのだった。


 もっとも、これだけであれば尾瀬も作戦を変更しなかったかもしれない。そんな彼女を動かしたのは、その後の「ダイバーシティ」の明峰から出た提言だった。


「確かに、その作戦なら確実に勝てるかもしれないけど、それはあくまでも自軍の城が最後まで無事であれば、の話だよね? もし相手に、なんらかの方法で城ごと吹っ飛ばされてしまったら一網打尽。逃げ場がない分、詰むんじゃないかい? そこに対する、なんらかの対策が講じられない限り、その作戦には乗れないね」


 この明峰の指摘は正論であり、やむなく尾瀬は連合チームを待機組と侵攻組に分け、侵攻組には「自分たちが永遠長と接触した後でなら」という条件付きで、進軍を許可したのだった。


 そして経緯はどうであれ、寺林の見る所、これはこれで「あり」の戦略だった。


「と言いますと?」

「一定数が城攻めを行い、交代する人員は城に待機させておく。そしてそれ以外の人員は、それぞれの判断で攻め上らせる。そうすると、数の少ないギルドチームは、そのすべてに対処することが難しくなるのです」

「なるほど。ここでも、数の利を活かしたというわけですね」

「そういうことです」


 これは、あくまでも寺林の見解だったが、天国の見解もほぼ同じだった。


「だったら、あたしが糞チビを抑えてやるわ」


 秋代にとっては渡りに船。むしろ望むところだった。


「なら、わしも」


 木葉も名乗りを上げた。


「あんたは百獣と天上のほう、なんとかしなさいな」


 秋代の見るところ、木葉には「ノブレス・オブリージュ」よりも「百獣戦士団」や「天上天下」のほうが、相性が良さそうなのだった。同じ脳筋同士、波長が合うと。

 もっともこれは建前で、本音は木葉を同行させたくないだけなのだった。連れて行くと無駄に大暴れして、尾瀬との勝負を台無しにされそうだから。


「いえ、ここは秋代さんと木葉君、それに小鳥遊さんと加山君の4人で行くのがベストだと思う」


 天国が言った。


「そして秋代さんには尾瀬さんを抑えてもらい、尾瀬さんの援護をしようとする仲間たちは木葉君たちが相手をする。そうすれば1対1。トコトン尾瀬さんと戦えるでしょ」

「いいわね。それでいきましょ」


 それなら、最悪小鳥遊が木葉の力を封じれば、被害を最小限に抑えることができる。


「じゃあ、後のことは任せたわよ」


 秋代はそう言い残すと、木葉たちを連れて永遠長たちのいる場所へと転移していった。

 そして無事目的地に転移したところで、


「うおっしゃああ!」


 まず木葉が「ノブレス・オブリージュ」の残党へと切り込む。それに小鳥遊と加山が続くのを傍目に、


「何やってんのよ、あんた」


 開口1番、秋代は永遠長に悪態をついた。


「散々偉そうなこと言っといて、こんなところで、そんな砂利粒に引っかかってチマチマと」

「俺がどこで何をしようと」

「あーもう、そういうの全部どーでもいいから、さっさと行きなさいな」


 秋代は、さも面倒そうに右手で永遠長を追い払った。


「あんたには、あんたのやるべきことがある。で、あたしにはあたしのやるべきことがある。ただ、それだけの話よ」


 秋代は尾瀬を睨みつけた。


「それともあんた、ここでその糞チビとイチャつくために、このギルド戦OKしたわけ?」

「誰もイチャついてなどいない」


 永遠長は眉を極限までひそめ、極めて不本意そうに言った。


「じゃあ、さっさと行けっての」

「……いいだろう」


 永遠長は、それ以上食い下がらなかったが、


「だが、断じてイチャついていたわけではない」


 去り際まで、そこだけは譲らなかった。


「逃がしません!」


 尾瀬は永遠長を追って転移した。しかし、


「転移付与」


 尾瀬が転移した正面に秋代も転移する。

 尾瀬は呪文の詠唱なしに魔法が使える。その事前情報を得ていた秋代は、この場に来てすぐ、尾瀬が転移しても、その居場所を察知できるように感知能力を付与していたのだった。


「死にくされ!」


 秋代は尾瀬に剣を振り下ろした。その1撃を、


「く!」


 尾瀬はとっさに結界で防いだ。


「あなたごときが、本気でわたくしに勝てると思っているのですか?」

「そういうセリフは勝ってから言えってのよ、糞チビが」


 秋代は吐き捨てた。


「なんでもかんでも、すべてが自分の思い通りになると思ってんじゃないわよ」


 秋代の目に殺意が宿る。


「あんただけは、絶対殺す!」

「生憎ですが、雑魚にかまっている時間はありませんの。秒で終わらせて差し上げますから、外野は外野らしく、後は外野席で見物なさっていてくださいな。バカ面下げて」

「……とりあえず殺す」


 秋代と尾瀬が対峙する横で、


「おりゃあ!」


 木葉たちの戦いは一方的な展開となっていた。


 永遠長による火傷のダメージに加えて、小鳥遊の「封印」と加山の「改変」による機銃と爆弾攻撃。そして木葉の破壊力に抗しうる力は、もはや「ノブレス・オブリージュ」には残っていなかったのだった。

 それでも、轟、高崎、林葉の3人は未だ健在で、幹部クラスの意地にかけて、一矢報いるべく最後の気力を振り絞っていた。


「死ね!」


 飛び上がった高崎は全身をダイヤモンド化すると、加山へと突撃をかけた。


 どんな攻撃も弾き返すダイヤモンド化しての空襲は、いわば巨大な弾丸であり、事実上撃墜不可能。これに対抗するためには、ダイヤモンドの弱点である炎による攻撃しかない。

 そして、加山のジョブは騎士。最近クラスアップしたようだが、騎士職がクラスアップで使えるようになる魔法など、たかが知れている。加えて、加山が使っているクオリティは、単純な破壊技のみ。ダイヤモンドの硬さを有する自分が負ける道理は皆無だった。


「もらった!」


 高崎は加山へと剣を突き出したが、


「なに!?」


 剣が頭を貫く寸前、加山の姿が消えた。と、同時に、高崎の背中に負荷がかかった。見ると、


「な!?」


 加山が背中に乗っていた。


「き、貴様、いつの間に!?」


 高崎は驚いたが、


「バカめ」


 すぐさま背中に手を回すと、加山の左足を掴んだ。


「浅はかだったな。このまま地上に叩きつけてやる」


 高崎が勝利を確信した直後、


「おら!」


 加山の右拳が高崎の背中に叩き込まれた。


 無駄なことを。


 ダイヤモンドの身体に、素手でダメージを与えられるわけがない。


 高崎は、そうタカをくくっていた。しかし次の瞬間、


「な!?」


 高崎の背中に亀裂が入ると、そのまま砕け散ってしまったのだった。


「バ、カな……」


 その言葉を最後に、高崎の姿はフィールドから消失した。そして高崎を倒した加山は、ゆるりと地上に舞い降りる。


「寺林さん、今のはどういうことなのでしょうか? なぜ高崎選手は、加山選手に1撃で倒されてしまったのでしょう? それだけ加山選手の1撃に力があった、ということなのでしょうか? ダイヤモンドを砕くほどの?」


 加山VS高崎戦を見届けた後、常盤は寺林に解説を求めた。


「いえ、そうではないと思います」

「では加山選手は、どうやって高崎選手を倒したのですか?」

「おそらくですが、加山君は自分を超能力者にしたのではないのでしょうか」

「自分を超能力者に、ですか?」

「はい。加山君のクオリティは「改変」です。加山君は、その力を使って自己を超能力者に改変し、高崎君の背中にテレポートしたのではないでしょうか」

「なるほど。ですが超能力者になったからといって、それだけでダイヤモンドを砕けるものでしょうか?」

「無理だと思います。ダイヤモンドカッターという名称があるように、ダイヤモンドには、ある1点に衝撃を与えれば砕ける性質があるにはあります。ですが、いくら超能力者になったとはいえ、その1点を探し出し、あまつさえ拳で砕くというのは不可能に近い」

「では加山選手は、どうやって高崎選手の身体を打ち砕いたのでしょう?」

「おそらくですが、これも「改変」の力を使ったのでしょう。改変は変化させる力。加山君は、その力で高崎君の身体を、ダイヤモンドからガラスか何かに変えたのだと思います。だから、拳による1撃で簡単に砕くことができた」

「なるほど。自分のクオリティを活かした加山選手が、高崎選手の上をいったということですね」

「はい。そう言っていいと思います。正直、これまでの彼は自分の力を使いこなせていなかったのですが、ここにきて急速に成長しています。異世界ギルドには面白い子が揃っていますが、伸びしろという点では彼が1番かもしれません。これからの成長が、実に楽しみな子です」


 寺林が加山に惜しみない賛辞を送っている間に、今度は木葉と「スパークガンナー」深見沙織の戦いに決着が着こうとしていた。


「この!」


 深見は自家製のパチンコを使い、木葉に無数の光弾を撃ち放つ。しかし木葉は、


「ぬありゃああ!」


 光弾などものともせず、深見に詰め寄ってくる。


「なんなの、こいつ!?」


 深見の光弾は、確かに全弾木葉に命中している。にも関わらず、木葉の戦意はまるで落ちない。だけならまだしも、光弾で受けた傷も端から治っていくのだった。


「終わりじゃ!」


 木葉は深見の頭上に剣を振り上げた。それを見て、


「させるか!」


 轟が「ミラーシールド」で深見をガードする。直後、


 終わりは、おめーだよ。


 鰐淵が木葉の背後に現れる。しかし、


「ぬありゃ!」


 木葉は回転しながら鰐淵の胴を切り裂くと、そのまま深見をミラーシールドごと吹き飛ばした。


「とどめじゃ!」


 木葉は倒れた深見の胸に剣を突き立てると、


「これで、後はおんしだけじゃな」


 轟に剣を突きつけた。


 そして異世界ギルドチーム最後の1人にして、このギルド戦のキープレイヤーとも言える小鳥遊は「クルセイダー」林葉瑞希と対峙していた。しかし他の2人と違い、小鳥遊の戦意は高まるどころか下がる一方だった。


「リタイアしてくれませんか?」


 小鳥遊はダメ元で言ってみた。


「は?」


 案の定、林葉の反応は寒々しいものだった。


「もう、あなたたちに勝ち目はないと思うから。いくら復活チケットがあっても、私としてはできれば誰も傷つけたくない、から」


 これは小鳥遊の偽らざる本音だった。しかし、


「……あなた、ずいぶん簡単に言うわね」


 返って来たのは前以上の敵意だった。


「あなた、この戦いにかかっているものの大きさがわかっていて言ってるの?」

「え?」

「私たちは遊び半分で、ここにいるんじゃない。生き残るために、未来のために戦ってるの。その覚悟を「傷つけたくない」なんていう、安っぽい感傷で否定してほしくないと言ってるのよ」


 林葉の眼光が鋭さを増した。


「そもそも、傷つけたくないというなら、今あなたのしてることはなんなの?」

「え?」

「私たちは地球人が1人でも多く生き残るために、今こうしている。地球人を異世界に避難させることで、いずれ復活するモンスターによる被害者を1人でも減らすために」


 だが異世界ギルドはそれに反対して、自分たちの前に立ちはだかっている。


「それで? もしあなたたちが勝ったとして、地球にモンスターが復活したらどうするの? 逃げ場もない非力な人たちは、ただ殺されろとでも言うの?」


 林葉は不快感を露にした。


「大勢の人間を見殺しにする行為に加担しておいて、目の前の人間だけは傷つけたくない。自分の手を汚したくないと善人ぶる。そういうのを偽善て言うんじゃないの?」

「…………」

「それとも、あなたたちには異世界に避難させる以外に、地球人を助ける手段があるとでも言うの?」

「それは……」


 小鳥遊の頭に、美水に提案された再封印と世界改変計画がよぎる。しかし、


「ない、です」


 その答えを小鳥遊は飲み込んだ。それを今の段階で口にしても、夢物語でしかないことがわかっているから。


「だったら!」


 林葉は語気を強めた。


「こんなところで地球人同士で争ってないで、この危機をどう乗り越えるか。皆で考えるべきでしょうに!」

「それは、その通りだと思う。けど、それと異世界を侵略することとは、話が別だと思うから」


 小鳥遊の露骨な表現に、


「し、侵略するなんて、誰も言ってないでしょ」


 林葉が鼻白む。


「私たちは異世界人と共存共栄して」

「それは、あくまでも地球人の理屈でしかない」


 小鳥遊はピシャリと言った。


「あなたの言う共存共栄が間違ってるとは、私も思わない。でも、それと押し売りは違うと思うから」

「お、押し売り?」


 林葉は気色ばんだ。


「異世界人は地球の文明なんか必要としていない。必要としていないものを自分勝手に押し付けて、さあ技術提供してやったんだから、今度は自分達を助けろ。移住させろって言うのは、押し売りっていう言い方が気に触ったのなら、独善って言うんじゃないのかな?」

「独……」


 林葉は絶句した。


「しかもその技術提供だって、結局のところは、いずれ異世界に移住することになったとき、そのほうが自分たちにとっても便利だからで、要するに自分のため。それこそ偽善でしかない」

「そ、そんなこと……」

「あなたは、さっき共存共栄って言ったけど、それってお互いに力を合わせて、困ったときには助け合おうねってことだよね?」

「そ、そうよ」

「なのに、あなたからは、ううん、あなただけじゃない。他の誰からも、ラーグニーの人たちを助けようって声が上がらないのは、どうして?」

「え?」

「ラーグニーは今滅亡の危機にある。だからこそ今回の事件が起きたんだし、そのことはラーグニーに行ったことのあるプレイヤーなら、みんな承知してることだよね?」


 あの砂漠だけの世界に未来などないことは、少し考えれば誰でもわかることだろう。


「なのに、あの事件の後で聞こえてくる声は、地球を攻撃したラーグニー人の責任を問う声と、再発防止を求める声だけ。誰も、窮地にあるラーグニー人たちを助けようなんて思ってもいない」

「そ、それは当たり前でしょ。私たちは攻撃された側なんだから」

「その理屈で言うなら、モスを支配しようとした地球人は、異世界に助けを求める権利なんてないことになるんじゃないかな? なのに、誰もモス人の地球人への復讐なんて正当化してないし、贖罪しようとも思ってない。それどころか、自分達が異世界人に助けられることは当たり前のように思ってる」


 小鳥遊の糾弾に、林葉だけでなく会場中が静まり返る。


「考えているのは、どこまでいっても自分のことだけ。異世界のことは異世界人の問題。自分たちで解決すればいい。でも、自分たちが助かるためには協力してくれ。お前が死のうが知ったことじゃないが、自分は死にたくないから助けてくれ。異世界の危機は異世界の危機。でも地球の危機は、みんなの危機。共存共栄で乗り越えていきましょう。なんて理屈が通るほど、世の中甘くない」


 そのことを、小鳥遊は永遠長から骨身にしみるほど教えられてきたのだった。


「助けるって言うのは、本当に困っている人に手を差しのべることであって、必要としていない人に不要な物を押し付けて、助けてやったんだから助けろ、と居直り強盗することじゃない。しかも尾瀬さんの場合、技術提供なんておためごかしで、異世界の利権で自分のグループを大きくしたいだけなのは見え見えだし」


 小鳥遊の容赦ないツッコミに、


「プッ!」


 秋代は吹き出した。


「そんな偽善者の侵略行為に荷担する気には、私はなれない。ただ、それだけ」


 小鳥遊の目は穏やかだが、揺るぎない意思を宿していた。


「あなたたちが永遠君を悪者にして、正義を主張するのは勝手だけれど、そんな真似をどれだけしたところで、永遠君が動くことは絶対にない。それこそ「それで死ぬなら死ねばいい」と、問答無用で切り捨てられるのが関の山だと思う」


 小鳥遊の推測に、秋代、木葉、加山がウンウンと深くうなずく。


「そして私もそう思う。少なくとも、今のあなたたちに異世界人に助けを求める資格はない。そう思うから」

「え、偉そうに」


 林葉は唇をわななかせた。


「よ、よくわかったわ。確かに、尾瀬さんの言う通りのようね」


 林葉の目に、これまで以上の敵意が宿る。


「あなたたちとは話し合うだけ無駄のようだわ!」


 林葉は小鳥遊に斬りかかった。それに対して、


「封印」


 小鳥遊は冷静に林葉の動きを封じると、


「ごめんなさい」


 林葉の首を斬り払ったのだった。


 そして、この戦いに勝利した小鳥遊と加山は、このギルド戦後それぞれ二つ名を得ることになる。


 まず相手の力だけでなく、舌鋒鋭く相手の反論まで封じた小鳥遊は「封殺」。

 そして銃や大砲を作り出し、どんな能力者にも変身できる加山は「オールラウンダー」と。




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