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第147話

 永遠長をチートたらしめているのは、ひとえに「連結」のクオリティによる他者の力の使用にある。


 ならば、その力を封じてしまえばいい。


 それが尾瀬の導き出した永遠長攻略法だった。


 しかし、言うは易く行うは難し。

 永遠長の力を封じると言っても、実行するとなると容易なことではない。


 封印のクオリティを持つ小鳥遊ならば、あるいは永遠長の力を封じることができるかもしれない。だが、異世界ギルドのメンバーである小鳥遊が尾瀬に力を貸す訳はなく「遮断」のクオリティを持つ六堂や「無力」のクオリティを持つ久世にも、力の継承を断られてしまった。六堂には、どちらにも与するつもりはない。久世には「無力」のクオリティは、使い方によっては暴君を生み出しかねない。そんな力を他人に委ねるつもりはない、と。


 尾瀬の目論見が頓挫しかけたとき、彼女の前に現れたのが藤田努だった。


 藤田のクオリティは「同調」であり、それを知った尾瀬は、藤田を「ノブレス・オブリージュ」に勧誘した。そして藤田も尾瀬の誘いに応じ、クオリティの継承にも同意してくれた。

 そうして2つの「同調」を得た尾瀬は、1人で先行してきた永遠長に対して、まず「遮断」により外部との連結を断ち切ったうえで、永遠長自身の力を「封印」したのだった。


「おそらく、そういうことだと思います」


 解説席から一部始終を見ていた寺林は、そう自分の見解を締めくくった。


「そして、永遠長君の力を封じた尾瀬君が、藤田君を連れて砦に戻ったのは、万が一のことを考えてのことでしょう。せっかく永遠長君の力を封じたというのに、自分たちが殺られてしまったのでは封印が解けてしまいますから」


 寺林の解説に、


「なるほど。それが尾瀬選手の対永遠長選手攻略法だったというわけですね」


 常盤は大きくうなずいた。


「はい。永遠長君が無敵なのは「連結」のクオリティにより、他人の力が使えるからです。ならば、それを使えなくすればいい。それ自体はシンプルな発想ですが、それを「同調」のクオリティによって実行した、尾瀬君の作戦勝ちでしょう」


 冷静に解説を続ける寺林の視線の先では、永遠長が残った「ノブレス・オブリージュ」のメンバーに囲まれていた。


「ざまあないな、永遠長」


 高橋は鼻で笑った。


「たとえ、どんなチートプレイヤーであろうと、その力を封じられてしまえば、ただの人に過ぎません。慢心し、1人で突っ込んで来た、あなたの負けです」


 林葉は毅然と言い放った。絶対的優位を手にしてなお、彼女の目には一欠片の油断も見られなかった。


「安心しな。おまえが言ってたラリー戦は、おまえに代わってオレたちがキッチリ実行してやっからよ」


 鰐淵は薄ら笑った。


「そういうセリフは勝ってから言え」


 永遠長は憮然と言い捨てた。


「言われるまでもない!」


 轟は永遠長を睨みつけた。


「これまでの明理様に対する数々の暴言。万死に値する!」


 轟は正義を執行すべく地を蹴ったが、


「!?」


 その正義は実現手前で停止した。本人の意志ではない。轟が永遠長に斬りかかった直後、極細の鋼線によって体を絡め取られてしまったのだった。そして鋼線の出どころを辿ると、


「鰐淵?」


 そこには味方であるはずの鰐淵がいた。


「流輝君、今のうちに」


 鰐淵は永遠長に逃げるように促した。が、このとき永遠長は轟を仕留めるべく、すでに彼女めがけて剣を突き出していた。しかし、


「くう!」


 その剣は、轟に届く前に弾き返されてしまった。ミラーナイトのジョブ能力によるものだった。

 そして轟を仕留めそこねた永遠長は、今度こそ逃げにかかった。


「逃がすな! 追え! 必ず仕留めるんだ!」


 轟の激が飛ぶ。しかし、このときすでに10人近くが鰐淵の鋼線に動きを封じられていたうえ、永遠長と轟たちの間にも無数の鋼線が張り巡らされていたため、追跡は思うに任せなかった。唯一、永遠を追跡できたのは、スカイソルジャーの高橋だけだったが、それも途中で見失ってしまった。


 永遠長にまんまと逃げられた後で、


「裏切り者には死あるのみ」


 深見は鰐淵に向けてパチンコを引き絞った。


「ま、待て! 今やったのは、オレじゃねえ! いや、オレだけど、オレじゃないんだよ! 気がついたら、体が勝手に動いてたんだ!」


 鰐淵は必死に訴えた。実際、鰐淵には永遠長を逃がす気などなかったのだった。


「やめろ、深見。鰐淵が言っていることは、おそらく本当だ」


 轟が深見を制した。


「おそらく、あのときと同じだ」


 轟の言う「あのとき」とは、永遠長がプレイヤーを同士討ちさせたときのことを指していた。しかし、今永遠長は力を封じられていて、あのときと同じ真似はできないはず。だとすれば、考えられる可能性は1つしかなかった。


「おそらく、永遠長以外にもいるんだろう。他人を自由に操ることができる者が」


 そして操ったのが鰐淵1人であることから、その人物には永遠長ほど強力な支配力はないということだった。


「くそ!」


 轟は怒りに歯噛みした。明理様から、油断するなと、あれほど言われていたというのに。


 だが、悔やんだところで何も変わらない。今やるべきことは、逃げた永遠長を追跡し、確実に仕留めることだった。


 轟たちは手分けして、永遠長を捜索した。しかし永遠長は見つからないまま、時間だけが過ぎていった。


 一方、永遠長を無力化した尾瀬は、砦で待機していた連合チームに、その旨を報告。最大の脅威が消えた今こそ、攻勢に出る好機であると、連合チームの出撃を要請した。


「うおおお!」


 勝利を確信し、意気揚々と出陣していく連合チームの中で、


「はあーあ」


 巫剣のテンションはタダ下がっていた。


「なんぞな? これがらってとぎに、ため息なんぞついで」


 志門は巫剣をたしなめた。ギルドマスターがシャンとしていないと、ギルド全体の士気に関わるのだった。


「ドッチラケぜよ。そりゃあ力を封じりゃあ、背徳のボッチートといえども勝てやせんきに。けど、そんな勝利に、一体なんの意味があるっちゅーんぜよ」


 巫剣はボヤいた。巫剣が期待していたのは、もっとこう、力と力がぶつかり合い、血湧き肉躍る、命の削り合いなのだった。


「なに喋てんべさ。このギルド戦、出るって決めだんは、あんただべ。せば、最後まで責任持で」

「わかっちゅうが、やる気が出んのぜよ」

「ほんつけなしが。敵は「背徳」だけじゃねえべ。おめが手ば貸した、あの2人は残ってんべさ」

「あの2人?」

「なんてったっけ? 確か、木葉と秋」

「おお、そうじゃ! まだ、木葉がおったぜよ!」


 巫剣の目に熱が戻った。


「トゥルードラゴンになれたっちゅうメールもらってから、戦えるんを楽しみにしとったんぜよ! あいつのことじゃけえ、クラスアップして、どえりゃあ強くなっとることじゃろうし、楽しみぜよ」


 巫剣は、自分で言っているうちに居ても立っても居られなくなったようで、


「何しとる! さっさと行くぜよ! グズグズしとって、他の奴に先越されたら一大事ぜよ!」


 志門たちに発破をかけると、敵陣目指して駆け出した。


 そして同時刻、その木葉はというと、当初の予定通りゲリラ戦を開始しようとしていた。


 永遠長の状況は、すでに木葉たちも天国から聞いてはいた。しかし「遮断」状態にある永遠長には「共感」のクオリティを使っても連絡が取れないため、当初の作戦を優先することにしたのだった。加えて、敵の注意が永遠長に集中している今が奇襲の好機であり、奇襲が成功して敵陣が浮足立てば、それだけ永遠長も動きやすくなるという計算もあった。


「それじゃ行くわよ」


 秋代は木葉を連れて、進軍してくる左翼の上空に転移した。本来、転移は見知った場所にしか移動できないのだが、初見の場所に使えたのは、天国の「共感」のクオリティの力によるものだった。天国が「共感」により、進軍してくる連合チームの視界を共有することで、連合チームの現在地を正確に認識。それを「共感」で秋代に伝えることで、自在な転移を可能としたのだった。

 そして秋代のクオリティにより転移したところで、


「トゥルーエンドじゃ!」


 木葉が渾身の一撃を敵陣へと叩き込んだ。


「!?」


 上空からの奇襲など想定もしていなかった連合チームは、その1撃で200人以上の死傷者を出すこととなった。さらに、


「トゥルーエンド!」


 もう1発トゥルーエンドを敵陣に撃ち込んだところで、秋代と木葉はその場から消え去った。


「消えた!?」

「転移したんだ!」

「どこだ!? どこに行きやがった!?」

「固まってたら殺られるぞ! 散れ!」


突然の奇襲を受けて、楽勝ムードでいた連合チームは完全に浮足立ってしまっていた。そこへ、


「落ち着け、皆の者!」


 南部の叱責が飛んだ。


「何を動揺している!? ギルド戦なのだ! 敵が攻めて来るのは当然だろうが! なんのための陣形だ!」


 南部に一喝され、連合チームは静まり返った。


「飛行能力のある者は空に上がり、上空からの奇襲を警戒。盾役は上空からの攻撃に備えつつ前進。上下前後左右、どこから攻撃されようと対処できるように万全の態勢を取りつつ、前進すれば済む話だろうが!」


 この南部の指示を連合チームは即座に実行した。そして、その後も永遠長の隠れ蓑になりそうな民家を、ことごとく破壊しつつ進軍を続ける。


 市街地戦にしたのは正解だったね、永遠長君。これが森でも、きっとあの子たちは同じことしただろうからねえ。


 民家を容赦なく破壊していく連合チームを画面越しに眺めながら、寺林は永遠長の先見の明を讃えていた。


 そして、この連合チームの戦略が、ついに実を結ぶときがきた。フィールドの中央付近まで来たところで、


「いたぞ! 永遠長だ!」


 上空から偵察していた「空帝」のメンバーが、民家から飛び出してきた永遠長を発見したのだった。

 すると次の瞬間、永遠長の背後にワープゲートが出現。直後、明峰の手から放たれた矢が、ワープゲートを超えて永遠長の右肩に命中した。が、永遠長の足が止まることはなく、向かい来る敵を斬り伏せていく。

 連合チームのメンバーはシークレット揃いで、今の永遠長なら1撃で葬りされる力を持っている。しかし、その強力さ故に、全力で戦えば味方にも被害を与えかねない。そのため味方が密集している現状では、そのポテンシャルを発揮しきれずにいるのだった。


 とはいえ、人数ではるかに勝る連合チームが優勢であることに変わりはなく、連合チームの人海戦術の前に、永遠長包囲網は着実に狭まり続けていた。そして10数分後、連合チームはついに永遠長の包囲に成功したのだった。


 かろうじて一軒家を背に守られてはいるものの、周囲を連合チームに取り囲まれた永遠長の命運は、もはや尽きたも同然だった。しかし全身に矢を受け、無数の刀傷を負う満身創痍の身でありながらも、永遠長の目は未だに死んでいなかった。


「ここまでだな」


 永遠長を包囲した「ピースメーカー」の長内は、トドメを刺すべく、永遠長へと踏み出した。そのとき、


「待ってください」


 「ピースメーカー」のギルドマスターである美水が長内を制した。


「その前に、わたくしに彼と話をさせてください」


 美水は包囲網から進み出た。


「いや、しかし」


 否定的な長内たちに、


「お願いします」


 美水は頭を下げた。それを見て、


「わ、わかった。わかったから、頭を上げろ。ギルドマスターが軽々しく他人に頭を下げるなと、いつも言ってるだろうが」


 由崎が説教交じりに美水の頭を上げさせる。そんな由崎に、


「はい。ありがとうございます」


 美水は無邪気な笑顔を向けた。そして長内も渋々ながら美水に場を譲り、


「はじめまして、永遠長さん。わたくしは「ピースメーカー」のギルドマスターで、美水紗佳と申します」


 美水は永遠長にうやうやしく一礼した。


「あなたの数々の武勇伝は、わたくしの耳にも届いております。そんなあなたと初めてお話するのが、こんなところになってしまったことを、わたくしも大変心苦しく思っております」


 あくまでも礼節を守って接する美水を、


「おまえたちと話すことなどない」


 永遠長は一蹴した。その無礼極まる応対に、


「この!」


 由崎は激昂しかけたが、


「いいのです」


 美水に制され、


「本当に物好きな奴だ」


 由崎は振り上げた拳を下ろした。


「わたくしと話すことはない、ですか。尾瀬さんも同じようなことを仰っていました。あなたと話し合おうとしても無駄だと。頑固で意固地で自己中で、独善で凝り固まったサイコパスだから、何を言おうと聞く耳など持たない。話し合おうとするだけ時間の無駄だと」

「…………」

「しかし、わたくしはそうは思っておりません。同じ人間である以上、話し合えば必ずわかり合うことができると、わたくしは信じております。そして、そのうえで来るべき日に備えて、あなたにもお力添えいただきたいと思っているのです」


 美水の口は、そこでいったん閉じられた。そして、その間に放送席では、


「寺林さん、美水選手は、なんの話をしているのでしょうか?」


 常盤が無知を装い、寺林に説明を求めていた。


「はい。おそらく美水君が言っている来るべき日とは、地球に張られている結界が崩壊する日のことを指しているのだと思います」


 寺林はそう言うと、現在の地球が置かれている状況を説明していった。

 現代に魔物がいない理由。そして魔物を封じている結界が、そう遠くない日に崩壊することを。


 これらの事実は、これまで一般プレイヤーには秘匿とされていた。

 それを、この場で寺林が明らかにしたのは、事前に常盤から申し渡されていたからだった。もし、今回のギルド戦の最中に、誰かが地球の結界もしくは魔物の復活に関する話を始めたら、話を振るから包み隠さず本当のことを話すように。そして、その話は観客だけでなく、戦っている全プレイヤーにも聞かせてくれたまえ、と。


 むろん、深い考えがあってのことではない。


 どうせ、いずれわかることなら、もっとも劇的な場面でネタバレしたほうが面白い。

 その意味で、皆が注目しているギルド戦は最高の舞台であり、そこで衝撃の真相を聞かされた子供たちは、さぞや驚くことだろう。


 サプライズ大好きオジサンである常盤は、その誘惑に抗えなかったのだった。


 その結果、どんな混乱が起きようと、後は野となれ山となれ。常盤にとっては、今このときが楽しければ、それでいいのだった。


 そして常盤の期待通り、寺林の説明を聞いた激しく動揺する観客たちをよそに、美水は永遠長との話し合いを続けていた。


「今、地球には未曾有の危機が迫っています。これを打開するためには、全人類が力を合わせなければなりません。こんな形で地球人同士が争っていたところで、なんの解決にもならないのです。そう思いませんか?」

「確かに、その通りだな」


 永遠長の口から出た前向きな言葉に、


「では」


 美水の表情が和らぐ。


「だがそれは、あくまでも異世界を巻き込まないことを前提としての話だ」


 永遠長は無慈悲に断じた。


「地球で起きていることは、あくまでも地球の問題に過ぎん。なぜ、そんなことのために関係のない異世界人がデメリットを被らなければならんのだ。異世界人に、そんな義理もなければ必要もない」


 永遠長は容赦なく言い捨て、それまでざわめいていた観客席は音を失った。


「ましてや、各国政府の連中は、異世界を逃亡先ではなく、新たな開拓先と考えている。技術提供だなんだと、上辺だけ善人ぶってな。その結果がどうなるかは、今の中国と周辺諸国を見れば一目瞭然だ」

「わたくしたちは、そんなこと」

「おまえの「つもり」など聞いていない。俺は今、各国政府の考えを言っている」


 永遠長は美水を冷たく突き放した。


「それとも何か? おまえは各国政府に決定権を委譲された、全権大使か何かなのか?」


 永遠長の皮肉に、美水は鼻白んだ。


「なんの責任も権利も伴わない偽善者の言葉になど、なんの価値もない。仮に各国政府が掌返しをしたところで「こんなつもりじゃなかった」「こんなはずじゃなかった」と、悲劇の主人公ぶって、女々しく泣き言を並べるのが関の山だ。事が起きてから、そんな御託を聞いたところで、なんの足しにもならん」


 永遠長に非難の眼差しを向けられ、美水は絶句した。


「俺を本気で動かしたければ、そんな愚にもつかない夢物語ではなく、具体的なプランを持って来い。異世界と地球が交流を持っても、地球人が絶対に異世界に侵攻しないと確信できる、確立された明確なプランをな」

「わ、わたくしは、今の段階でそんなことは考えてはおりません。わたくしが今考えているのは、異世界ギルドの権限を得て、可能であれば全人類に異世界ナビを所有させて、来るべき日が来たら非戦闘員を異世界に避難させることで被害を最小限に留めたい。それだけです」


 美水は負けじと訴えた。


「地球にモンスターが現れると同時に、異世界ナビで異世界に退避する。確かに、そうすれば民間人の被害は出さずに済むだろう」


 永遠長は、美水の考えに一定の理解を示した。かに見えたが、


「が、実現は不可能だ」


 それが永遠長の最終回答だった。


「な、なぜです?」

「まず第1にキャパシティの問題だ。全人類に異世界ナビを提供するところまでは、時間があればなんとかなるとして、モンスターが現れた時点で全員が異世界に転移したら、どうなると思う。現在移動可能な世界に均等に配分するとして、一斉に転移すれば20億の人間が、スタート地点でひしめき合うことになる。その状況を、どう収束させるつもりだ? メガホン片手に誘導しながら、民族大移動でもするのか?」

「そ、それも時間をかけて、少しずつ移動させて、その都度スタート地点から別の場所に移動させていけば、そんな混乱は」

「誰が、どんな手順で、それをやるというんだ。おまえがやるとでもいうのか? 20億の人間を、仮に1日に1万人ずつ移動させられたとして、全員を転移可能にするには20万日かかることになる。これを年数で換算すれば、約500年。それまで、魔物が現れないでいてくれればいいがな」


 永遠長の弾き出した計算を聞き、美水は再び絶句した。


「それも、あくまでも1日に1万人の人間を移動させられれば、の話だ。逆に、もし百万人ずつ移動させられれば5年で済むが、可能とは思えんし、仮に可能だったとしても別の問題が発生することになる」

「べ、別の問題?」

「衣食住の問題だ。全人類を異世界に移住させたとして、1日で地球の問題が片付けばいい。だが、もし1週間、10日、1ヵ月とかかった場合はどうする? その間、20億の人間を飢えさせることなく、どこにどう避難させておく気だ? まさかとは思うが、異世界の食料を当てにしているのではあるまいな? 100人、1000人単位ならばともかくとして、20億の人間を養えるだけの備蓄が、どこの世界にあると思っているんだ、おまえは?」

「じ、事前に、地球の食料を運び込んでおけば、ある程度は」

「どうやってだ? わかっていると思うが、地球人が異世界に持ち込めるのは眼鏡だけだぞ」

「そこは、異世界ギルドの運営権で」

「異世界ギルドに、そんな権限はない。あるのは、異世界のアイテムを地球に持ち込むことだけだ。それ以前に、地球にも、そんな余分な備蓄などないだろうが。今、このときにも何人の人間が餓死していると思っている」

「そ、それは……」

「そして、仮に食料問題が解決できたとしても、まだ問題が残っている」

「ま、まだ何か問題が?」

「地球において、モンスターを完全に掃討できなかった場合だ。封印が解かれたとして、封じられていたモンスターが、すべて1度に現れるとは限らない。機を伺い、コッソリ地上に出てくる奴らもいるだろう。その場合、全人類が異世界から地球へと戻るときに、その判断をする者は覚悟が求められることになる」

「覚悟?」

「全人類を地球に戻したことにより、ある程度の人間がモンスターに殺される覚悟だ」


 永遠長の言葉に、美水は再び絶句した。


「言葉は、どうとでも言い繕うことができる。だが、地球に戻る決断を下した者は、その結果もたらされる死に、責任が生じることになる。そうでなくとも、地球に戻ると聞かされた避難民たちは、その時点で身の安全を求めてくるだろう。もう地球に戻って、本当に大丈夫なのか? と。そのとき、おまえはなんと答える気だ? 完全に大丈夫というわけじゃないが、いつまでもここにはいられない。死ぬかもしれないが、そのときは運が悪かったと思ってあきらめろ。とでも言うのか?」


 永遠長の皮肉に、美水は鼻白んだ。


「仮に、そう言えたとして、どれだけの人間が地球に帰るか微妙なところだな。それでなくとも、避難した時点で難民や貧困の中にいた連中は帰りたがらないだろう。地球に帰って、また内戦や貧困に苦しむぐらいなら、このまま異世界にいたほうがマシだと思い、異世界に残ることを希望するかもしれん」

「…………」

「もっとも、そういう連中は強制送還すれば済む話だが、その場合も、その決断をする者は死刑執行に等しい十字架を背負うことになる。無理矢理地球に戻された挙げ句に死んだ者や、モンスターに家族を殺された者たちの恨みつらみを、一身に背負うことになるのだからな。おまえが地球に戻しさえしなければ、家族は死ななくて済んだのに、と。おまえに、その十字架を背負う覚悟があるのか?」

「か、覚悟なら、とうにできています」


 美水は毅然と答えたが、その顔は色を失っていた。


「ほう。だが口ではなんとでも言えるし、できたとしても、それはおまえの心の問題でしかない。重要なのは、むしろ前述した問題だが、それに対する納得の行く回答を、まだおまえの口から聞けていない」

「そ、それは……」

「言ったはずだ。俺を動かしたければ、それに足るプランを提示しろ。なんの責任も伴わない偽善者の夢物語になど、なんの価値もないと。そして、おまえの言っていることは、オレから見て机上の空論でしかない」


 永遠長は容赦なく切り捨てた。


「そして、おまえにとって何よりの問題は、異世界の権益を狙っている連中を、わざわざ異世界に招き入れる気など、俺には最初からないということだ」


 永遠長は断言した。


「永遠長さん!」


 必死に訴える美水の肩を、由崎が掴み止めた。


「これでわかっただろう。奴と話し合ったところで、わかり合うことなど不可能だということが」

「そんなことは……」

「振り出しに戻る、か。これは、交渉は決裂した、ということでいいんだな、永遠長?」


 長内は永遠長に最後通牒を突きつけた。


「だから、最初からそう言っている」


 永遠長は不本意そうに言い捨てた。


「待って! まだ話は」

「あなたが、これ以上、この男の言葉に耳を貸す必要などありません、姫」


 長内はジョブ能力を発動させた。長内のジョブであるアベンジャーの能力は、長内が悪と認識した敵との対戦時のパワーアップであり、長内にとって永遠長は間違いなく断罪すべき悪だった。


「ここで討ち取れば、こいつは唯の1プレイヤーに過ぎないのだから」


 そうなれば耳を貸す価値もなければ、その必要もなくなるのだった。


「そういうことだ」


 由崎も美水を背に庇い、永遠長に剣を身構える。


 ピースメーカーの双翼が迫る、絶体絶命の窮地のなか、


「ララランランラン、ララランランラン、ララランランランランラーン」


 突然、永遠長が歌らしきものを口ずさみ、


「む!?」


 常盤と沙門の目が鋭さを増した。そして、


「このメロディは」


 まず常盤が、


「花の子」


 次に沙門が、そして最後に期せずして、


「ルンルンのオープニング」

 

 常盤と沙門の声が合わさった後、


「なのです」


 そう沙門が締めくくった。

 しかし大多数にとっての問題は、永遠長が口ずさんでいる歌がなんなのかではなく、なぜこの状況で永遠長がこんな歌を口ずさみだしたのか、ということだった。

 そして、その答えは間もなく明らかとなった。


「ララランランラン」


 永遠長は右手を上げると、頭上に出現したピンク色のステッキを掴み取った。と、同時に永遠長の体は眩い光に包まれた。そして、その光が消えた後には、ピンクの衣装に身を包んだ1人の少女が立っていた。


「魔法少女、ララ参上なのー」


 魔法少女の復活だった。






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