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第143話

 ギルド戦を間近に控えた年の瀬。


 世界屈指の実業家にして、宇宙1のオタクを自負する常盤総は、夕食後、自宅の寝室で物思いに耽っていた。

 己の未来をかけて奮闘する少年少女たちを微笑ましく思う一方、常盤には1つ不満があった。その不満は異世界選手権に端を発しており、今も常盤の中でくすぶり続けているのだった。


「失礼いたします、旦那様」


 主に呼ばれたメイド長は、一礼して入室した。


「静火君。1つ、お使いを頼まれてもらえるかね」

「はい。どこへでございましょう?」

「うむ。コキュートスへ赴いて、寺林君を連れ戻してきてもらいたいのだ」


 主の命令に、


「大地君をでございますか?」


 メイド長の眉がかすかに揺れた。


「そうだ」

「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 メイド長の声には、明らかな反意が込められていた。


「かの者は、旦那様の命令に背いた大罪人。わたくしと致しましては、後10万年は捨て置くつもりでいたのですが」


 メイド長は眉1つ動かすことなく言い置いた。


「うむ。10万年は、さすがに少し長過ぎるんじゃないかなと、思わなくもないが」


 常盤は、そこで軽く咳払いした


「彼が行ったことを考えれば、君の疑問はもっともと言える。しかし、これには止むに止まれぬ事情があるのだよ」

「と、申しますと?」

「うむ。異世界ギルドと尾瀬君率いる連合チームは、年明け早々ギルド戦を行うことになるわけだが」

「はい」

「このままでは異世界選手権と同じ轍を踏むことになってしまうのだよ」


 常盤は苦い思いを噛み殺した。


「どういうことでしょうか? あの大会に何か問題でも? わたくしには、バカの1つ覚えで同じイベントを繰り返していた大地君よりも、遥かにマシな運営に思えましたが?」


 容赦ないメイド長のツッコミに、


「ま、まあ、彼には彼なりの考えと苦労があったのだろうし、それは置いておくとして」


 常盤はフォローしてから本題に入った。


「君の言う通り、アレは確かにいいイベントだった。プレイヤー諸君も実に活き活きとしていたし、いい気分転換になったことだろう。しかし!」


 常盤は目を見開いた。


「あのイベントには、1つ大きな見落としがあった」

「見落としでございますか?」

「うむ。不満と言い換えてもいい。大事なピースが欠けていたのだよ」

「ピース?」

「わからないかね? 実況中継だよ! 実況中継!」


 常盤はメイド長に詰め寄った。


「陸上競技に限らず、野球、サッカー、プロレス、果てはeスポーツまで! 今やスポーツに実況中継は不可欠! 実況中継のないスポーツ競技など、味気なく盛り上がりに欠ける、まさに気の抜けたコークのようなものなのだよ!」


 常盤はつま先立ちで胸をそりながら、メイド長に人差し指を突き出した。


「だが人生経験が乏しく、また本職の心得もない異世界ギルドの諸君に、突然実況中継をやれというのも酷な話だろう。そこで! この私、常盤総が、その役を買って出ることにしたのだ!」


 常盤は自分の胸に右手を当てた。


「しかーし!  実況中継は1人ではできない。アナウンサーと、その道に精通したプロの解説者がいて、初めて実況中継は実況中継足り得るのだ。その点!」


 常盤は、机の上に置いてあった寺林の写真を手に取った。


「長く異世界ストアを運営し、プレイヤーたちのことを熟知している寺林君は、その任にうってつけと言えるのだ!」

「…………」

「わかったかね? そんなわけで、君には早急に寺林君をコキュートスから連れ戻してきてもらいたいのだ」

「かしこまりました」


 メイド長は、うやうやしく一礼した。


「ですが、彼が旦那様の命に背いた大罪人であることに変わりはございません。ですので、もし彼が次に何か事を起こしたときには、たとえ旦那様がなんとおっしゃられようとも、彼が金輪際日の目を見ることはない。それで、よろしゅうございますね」

「……はい」

「では、行って参ります」


 メイド長は再び一礼すると、主の寝室を後にしたのだった。


 そして1時間後。


 1面氷に閉ざされた闇の中を、静火は黙々と歩いていた。そして、その視線の先には氷漬けにされた寺林とリャンの姿があった。


『これはこれは副社長様、こんな辺鄙なところまで、自ら足をお運びになられるとは、相変わらずフットワークが軽いですな』


 氷漬けになったまま、寺林はテレパシーで副社長に話しかけた。


「氷漬けにされて、少しは頭が冷えたかと思いましたが、相変わらずのようですね」


 静火は寒々しい目で、元部下を射抜いた。


『いやいや、十分冷えてますよ。これ以上ないくらいにね』

「そうですか」


 メイド長はそう言った直後、寺林とリャンを凍りつかせていた氷塊が粉々に砕け散った。


「旦那様がお呼びです。何やら、あなたに解説役を任せたいと」

「解説役?」

「くわしい話は、直接旦那様から聞いてください」

「はいはい。承知いたしました。副社長様」

「それと、これは無罪放免ではなく、あくまでも仮釈放だということを肝に銘じておくことです。そして、次はないということも」

「はいはい。わかっておりますとも」


 寺林は肩をすくめながら、


 一応ね。


 内心で舌を出していた。


 そしてメイド長とともに地上に戻った寺林は、社長から詳しい説明を受けた。


「ほお、異世界選手権に、運営権をかけたギルド戦でやんすか。そりゃまた、あっしがちょっとシャバを留守にしてる間に、面白いことになったもんでやんすねえ」


 説明を聞き終えた寺林は、右手で顎をなでながら白い歯を見せた。


「承知いたしやした。で、それまでの間、あっしは何をすればよろしいんで?」

「そうだね。とりあえずは異世界ギルドの運営陣とコンタクトを取って、実況中継の許可を取ってきてくれたまえ」

「へーい、承知しやした」


 軽く受け答えする寺林を見て、


「その後は舞台設定です」


 副社長が補足した。


「ディサース内で、誰の迷惑にもならず、誰にも邪魔されない戦場を用意してください。それと、観客席と実況中継室。後は観客が見れるように巨大スクリーンと、選手をモニタリングするための追尾式カメラも用意しておいてください」

「さらっとブラックっすね。まあ、今に始まったことじゃないっすけど」

「何か問題でも?」

「いえいえ、とんでもありやせん」


 寺林は上司の前から退散すると、さっそく仕事に取り掛かった。そしてモスで永遠長を見つけた寺林は、


「やあ、永遠長君、久しぶりだね」


 笑顔で永遠長に挨拶した。そんな寺林に対する、


「おまえか」


 それが永遠長の第一声だった。


「リアクション薄! そこは「なぜ地獄に落としたはずのおまえがここにいる!?」って驚くところだろうに」


 サプライズが不発に終わった寺林は、つまらなそうに言った。


「くだらん。おまえがここにいるということは、創造主とやらに許されたか、脱獄したかのどちらかだろう。そして不意打ちするでもなく、堂々と俺の前に現れたということは、創造主に許された可能性が高いということだ。それがわかっていて、なぜあわてなければならん」

「ほんと、つまんないね、君」


 寺林は肩をすくめた。


「まあいいや。それより聞いたよ。ちょっと私が留守にしてる間に、なんだか面白いことになってるそうじゃないか」

「何を他人事のように言っている。こうなった、そもそもの原因はおまえだろうが」

「いやいやいや。今の状況は、異世界選手権だっけ? そこで君が啖呵切っちゃったのが原因だろ。責任転嫁はよくないなあ」

「それも、そもそもの原因はおまえの運営が甘かったからだろうが。ゲーム気分で現地人に危害を加えるプレイヤーを片っ端から取り締まっていれば、被害は最小限に留められ、真境による「モンスターメーカー事件」も起きていなかったかもしれんのだ」

「まあまあ、昔のことにこだわり過ぎると、ストレスでハゲちゃうよ。それより、今日来たのは今度のギルド戦のことで、ちょっと相談したいことがあるからなんだよ」

「なんだ? 一応聞くだけ聞いてやる」

「いやね、実は創造主様が、今度のギルド戦で実況中継やりたいとおっしゃってるんだよ」

「実況中継か」

「そう。どうやら、ただスポーツ大会やギルド戦をやるだけじゃ、盛り上がりに欠けると思われたみたいでね。だから、できれば今度のギルド戦だけでなく、今後の異世界選手権のようなイベント全般で実況中継を取り入れたいみたいなんだ。地球のテレビ中継みたいにね」

「……いいだろう。好きにするがいい」

「それと、もしまだギルド戦の舞台設定ができてないなら、私がしようか? 君が運営特権で自分に有利な戦場を用意するとは思わないけど、中にはそう勘ぐる人間もいないとは限らないからね」

「いいだろう。おまえに任せよう。ただし」


 永遠長はギルド戦のフィールドについて、寺林にいくつか注文を出した。


「それじゃ場所が決まり次第、君に連絡を入れるよ。じゃあね」


 寺林は引き上げようとして、寸前で思いとどまった。


「あ、そうそう、もう1つ別件があったんだった」

「なんだ?」

「なんでも君、常盤学園への編入の誘いを断ったうえ、学校まで辞めちゃったんだって?」

「これ以上の学校生活は、無用であるばかりでなく有害と判断した。ただ、それだけの話だ」

「チートものだと、入学や転校した主人公が、学園で俺ツエーするのがお約束だろうに」

「俺はチートじゃないと言っている。それに、そんな約束をした覚えもない」


 永遠長は不本意そうに言った。


「そもそも物語の主人公というのは、調や土門のような奴らのことを言うんだ。もし、仮にこれが物語だとするならば、そうだな、俺の役どころは敵か、でなければ、せいぜい主人公のライバルといったところだろう。最初は敵として立ち塞がり、ラスボス戦前に再び主人公たちの前に現れて、雑魚の相手を引き受けて、主人公たちをラスボスの元へと送り出す、といった感じか。もっとも、本当にするかと言えば、そんな気はさらさらないがな」


 自分を抜きで地球を守れる戦力を作り上げる。それが今の永遠長の目的であり、元々の異世界ストアの存在理由のはずだった。


「ほんと、どこでどう間違って、こんなへそ曲がりになってしまったのか。お父さん、悲しいよ」


 寺林は、わざとらしく涙ぐんだ。


「おまえを父親に持った覚えはない」

「そこで、というわけじゃないんだけど、君に1つ依頼があるんだけどね」

「依頼?」

「お願いや命令は聞くつもりはないけど、冒険者である君への依頼だったら引き受けてもいいんだろう?」


 寺林は片目をつぶって見せた。


「……いいだろう。聞くだけ聞いてやる」

「実はね」


 寺林は、依頼内容を永遠長に伝えた。そして話を聞き終えた永遠長は、


「いいだろう。引き受けよう。ただし」


 いくつかの条件を提示し、


「ほんと、君は面白いこと考えつくねえ」


 これを寺林も了承して、交渉は終了したのだった。


 そして翌日の夕刻、宇宙でもっとも過酷なブラック企業での業務を終えた寺林は、三つ星レストランに足を運んでいた。と言っても、彼自身が望んだわけではなく、


「こんばんわ。お久しぶりね、大地君」


 風花からの招待だった。


「これはこれは、今日はまた一段と華やかだねえ」


 胸元の開けた、青いドレスで着飾った風花を見て、寺林が惜しみない賛美を送る。


「ありがとう。あなたのタキシード姿も素敵よ。とてもムショ帰りとは思えないわ」


 風花は笑顔で褒め称え、


「それは、どうも」


 寺林は苦笑しつつ席についた。そしてウエイターに注文を出した後で、


「で? このディナーのお誘いは、その出所祝というわけかい?」


 寺林は澄まし顔で探りを入れた。風花が寺林を、というか、主以外を食事に誘うなど、普通に考えてありえないことなのだった。


「それと、お詫びを兼ねて、と言ったところかしら。あなたの手駒を、勝手に使っちゃったことへのね」


 風花はメニューを手に取った。


「手駒?」

「天国という娘のことよ。あの娘、あなたの手駒、もっと言えば切り札だったんでしょ? それを勝手に使っちゃったから、1言お詫びを入れておこうと思って」

「天国? ああ、以前永遠長君と、しばらく一緒にいた子だね。彼女が、どうかしたのかい?」


 寺林には思い当たる節がなかった。


「ああ、そういえば、今のあなたにとって、彼女は彼と少し冒険をしていただけの存在でしかないのだったわね」


 風花はそう言うと、右手の人差し指で寺林の額に触れた。その瞬間、寺林の脳裏に、永遠長がタイムリープを実行する前の歴史と、現在に至った経緯が流れ込んできた。


「どう? これで合点がいったかしら?」

「……まあね」

「ごめんなさいね。まさか、こんなに早くあなたが出てくるとは思わなかったものだから」

 

 風花は笑顔で謝罪した。


「それはそれは、お気遣いどうも、と言いたいところだけど、そういうことなら謝罪の必要はないさ。なぜなら、どうせ私が地獄に落とされた時点で、天国君は自由になっていたろうからね」


 天国が意識不明で入院している間、永遠長は考え得る治療法を全て試していた。そして、中には本当に有効な治療法もあった。しかし、永遠長を地球に留まらせたい寺林は、天国が目覚めないように横からコッソリ邪魔していたのだった。

 だが、その自分が地獄行きとなった以上、もう妨害者はいない。

 そうなれば、永遠長のことだから、必ずなんらかの方法で天国を助けたに違いなかった。

 つまり風花が手を出そうと出すまいと、寺林が地獄に落とされた時点で、天国を使った作戦は失敗が確定していたのだった。


「あら、そうなの?」


 風花は意外そうに言ったが、半分は芝居だった。嘘つきで腹黒い寺林の言葉は、すべて疑ってかかる。それが風花のスタンスであり、それは寺林も同様だった。


「あなたの目的は、永遠長君をこの世界に留め置くことだったのではなくて?」


 そのために、あの茶番を仕組んだのだし、朝霞という娘をけしかけたはずだった。


「確かに、その通りだけどね」


 寺林は苦笑した。


「そして天国という娘は、それが失敗した場合の保険だったのではなくて?」

「……君は、人間というものがわかってるようで、まるでわかってないね」


 寺林は肩をすくめた。


「どういう意味かしら?」


 風花の顔から笑みが消えた。


「確かに天国君は永遠長君に好意を抱いているし、永遠長君も天国君を他の人間よりは大切に思っている」

「それで?」

「そして、一見天国君が永遠長君を終始リードしているように見える」

「実際、そうでなくて?」

「だが根本的な、根っこの部分で主導権を握っているのは永遠長君なんだよ」

「根拠を教えてもらえるかしら?」

「見ててわかるとしか言えないね」

「話にならないわね」

「だから、君は人間がわかっていないと言うんだよ。まあ、たとえばの話だけど、もし永遠長君が急に心変わりして「今すぐ異世界に行く」と言い出したら、おそらく天国君は永遠長君についていくだろう。だが逆に、もし天国君が「自分は異世界には行かない。地球に残る」と言い出したら、そのとき永遠長君は「好きにしろ」と言って、自分だけ異世界へ旅立ってしまうに違いない」

「…………」

「永遠長君は、天国君のことを大切に思ってるが、同時に責任も感じている。自分が考えなしに異世界に連れて行ってしまったために、彼女の人生を狂わせてしまったのではないか? とね」


 寺林は、そこで運ばれて来たワインに口をつけた。


「だからこそ、もし彼女が異世界のことを忘れて地球で生きることを選べば、それを後押ししこそすれ、引き止めることなどしない。そうなったら、それこそ肩の荷が下りたとばかりに、さっさと異世界に旅立ってしまうだろう」


 これ以上、余計なシガラミが増えないうちに。


「そこが天国君と朝霞君の大きな違いだ」


 この場合、朝霞とくっついても、永遠長が異世界に旅立つことに変わりはない。しかし、朝霞には弟という楔がある。そのため朝霞には、完全に地球を捨てることができない。そして朝霞に地球への未練が残っている以上、必然的に永遠長も地球を守るために動かざるを得なくなる。


 寺林は、そう踏んでいたのだった。


「だからこそ、天国君を助けないまま、永遠長君を地球に留めるための楔として利用しようとしたんだよ。言っちゃ悪いが、彼女を助けたところで、私の計画の足しにならないことがわかっていたからね」


 仮に、永遠長と天国が結婚し、2人の間に子供ができようと、その場合2人は子供を連れて異世界に行くだけのこと。永遠長を地球に留まらせる楔にはならないのだった。


「まあ、そんなわけだから、君が私に謝罪する必要なんてないってことさ」

「なるほど。よくわかったわ」

「まあ、私としてもタダ飯を食わせてもらうのは気が引けるから、ひとつ忠告しておいてあげるけど、火遊びは程々にしておくことだ。特に、永遠長君の周辺に軽い気持ちで手を出すと後悔するよ。永遠長君は言うに及ばず、彼の周りにいる子たちは、どれも一筋縄ではいかないからね。特にメンタル面は」


 でなければ、どんな形であれ、ここまで永遠長と付き合えるわけがないのだった。


「静火にも、前に同じようなことを言われたわ。人間を甘く見ると後悔することになるって」


 風花は苦笑した。


「あなたといい静火といい、下手に人間と関わり過ぎたせいで、変な風に感化されてしまっているようね」

「それを言うなら、進化してると言ってほしいね。というか、むしろ君のほうが、もう少し人間を勉強すべきだと思うけどね」

「ご忠告痛み入るけれども、私には必要ないものだわ」


 風花は席を立った。


「トイレかい?」


 寺林は、わざとらしく尋ねた。


「これで失礼するわ。お詫びをする必要がないのなら、あなたと同席する理由もないわけだから」

「どうぞ、お好きに。あ、でも、支払いは君持ちだよね?」

「ええ、どうぞ、存分に三つ星の味を堪能なさって。では、ご機嫌よう」


 風花はそう言うと、レストランを後にした。そして1人残された寺林は、この後リャンをレストランに呼び寄せて、2人で三つ星レストランのディナーを堪能したのだった。









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