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第140話

 探索組がアイテム探しに奔走するなか、天国、黒洲姉妹のレベルアップ組は、のんびりまったりマイペースで魔法の勉強に取り組んでいた。


 その理由は、天国が温厚ということもあるが、根本的な理由は「黒洲姉妹に特訓は必要ない」という永遠長の判断によるものだった。

 訓練の初日に、天国からそう聞かされた黒洲命は、


「そ、それは、自分たちは特訓しても無駄と言うことでありますか?」


 と、肩を落とした。彼女としては、特訓というからには、どこぞのダンジョンでモンスターをビシバシ倒しまくって、ずんどこレベルアップしていくものだとばかり思っていたのだった。


「やっぱり、モブはどこまでいってもモブということでありますか」

「そういうことじゃなくて、あなたたちには別にやってもらうことがあるってこと」

「別にでありますか?」

「ええ。そして、それが達成できたとき、あなたたちはモブどころか「エース」になる可能すらある。と流輝君は考えてる」

「エ、エース!? じ、自分たちがでありますか!?」


 黒洲命は目をひん剥いた。


「そうだけど、そんなに驚かなくても」


 むしろ、そんな命の反応が天国にはビックリだった。


「い、いや、だって自分はレベル的にはスライムでありますし、スキルだって……」

「レベル的には、確かにそう。だけど、クオリティに関しては、あなたたちは秋代さんに匹敵するウルトラレアだってこと」

「じ、自分が、ウルトラレア!? でありますか?」

「ええ。あなたが気づいていないだけでね」

「ど、どこが!? どうして、そう思うのでありますか!?」


 命には、とんと見当がつかなかった。


「自分のスキルは「魔法」と言っても、実際のところ、なんの魔法も使えませんし」


 自分のクオリティが魔法だと知った後、命は色々と試してみたが、火の玉1つ出なかったのだった。


「それは現時点において、あなたが表面上はともかく、心の内では「自分が魔法なんて使えるわけがない」と思ってるから。まあ、実際使える根拠もないんだから、当たり前なんだけど」

「はあ?」

「でも、この世界には本当に魔法がある。そしてその魔法は、あなたの思いに関係なく、呪文を唱えさえすれば絶対に発動する。そしてその瞬間から、あなたにとって魔法は空想の産物ではなく、現実のものになる。そして、そのことをあなた自身が事実と認識した瞬間、あなたはその魔法を使えるようになる。それこそ地球でもね」

「本当でありますか!?」

「今は、まだ可能性の段階だけど、少なくとも流輝君はそう考えてる」


 そのため命の場合、本当は戦士や魔術師のほうがクオリティの特性を活かせたのだが、自主性を尊重して、あえて口出ししなかったのだった。

 ちなみに黒洲命の選んだ「サイキックウォーリアー」は、命いわく「剣と魔法に加えて超能力まで使える万能ジョブ」であるらしかった。


「だから、あなたたちがまずやるべきことは、ラーグニーに行って、そこの魔法を習得すること。あそこの魔法は、ここと違ってレベルに関係なく、呪文さえ覚えれば誰でも習得できるものだから」

「ほうほう」

「そして、あそこの魔法を習得すれば、もっと凄いこともできるようになる可能性がある、と流輝君は考えてる」

「も、もっと凄いことでありますか?」

「あなたのクオリティは魔法。ということは、あなたが魔法と認識したことは、なんでも実現可能かもしれないって。それこそ漫画やアニメ、ゲームに出てくる魔法でもね」


 天国の指摘に、


「マジでありますか!?」


 命の目の色が変わった。


「と、と、言うことは、ドラグスレイブやキガデインやベノンみたいな魔法も、いつかは使えるようになると言うことでありますか!?」

「保証はできないけど、本人ができると確信すればできるはず、と流輝君は考えてるみたい。ただしそのためには、その魔法を使えるレベルにまで自分が強くなったと、本人が納得できることが大前提みたいだけど」

「な、なるほど。確かにレベル1の雑魚に、ライデインが使えるわけがないのであります」

「加えて、あなたが本当に、あなたのクオリティの力で、どんな魔法でも使えると信じることができれば、それこそディサースの魔法すべてを使えるようになる。と流輝君は、考えてるみたい」

「どんな魔法でも……」

「私が、あなたをエースと言った意味がわかった? あなたのココには、無限の可能性が秘められてるってこと」


 天国は命の胸を指さした。


「無限の可能性……」


 命は惚けた顔で、自分の胸に手を当てた。


「次は」


 天国は姉のサポートに移った。


「あなたには、もう言わなくてもわかってるかもしれないけど、あなたのクオリティは、能力的には「模倣」や「継承」同様、他人の力を使えるようになるクオリティ、と流輝君は考えてる」


 黒洲唯のクオリティは「学習」であり、文字通り学習して全容を理解することで身につけることができる能力。

 それが永遠長の見解だった。


「1つ違いがあるとすれば「模倣」や「継承」と違って「学習」は学校の勉強同様、あなたがその能力を学習して、その仕組みを本当に理解したと思えたときに使うことができる可能性があるものだってこと。その意味で、妹さんの「魔法」の上位互換とも言える。なにしろ魔法に限らず、どんな力でも学習しさえすれば使えるようになるんだから」

「おお! 凄いのであります、姉上!」

「だから、あなたにも妹さん同様、付け焼き刃でハンパにレベルを上げるより、ラーグニーで魔法のことを1から勉強してもらうのが最善の方法だって。特にあなたの場合、塾があるから時間があまり取れないだろうし。でもラーグニーで魔法を覚えるだけなら、それこそ自分の空いてる時間に無理なくできる。現時点においては、これが最善の方法だって。ただ……」

「ただ? なんですか?」

「問題は、あなたにラーグニーに行くことに抵抗があるんじゃないかってこと。あなたにしてみれば、いきなりラーグニーに強制転移させられて幽閉されてしまったわけだから、そのことがトラウマになっている可能性があるんじゃないかって、流輝君は懸念してるの」

「それなら大丈夫です」


 唯は、あっけらかんと答えた。実際、唯にその手のトラウマや恐怖心はなかった。


「いきなり別の場所に連れてこられて、いきなり牢屋に入れられてしまったので、正直、異世界に召喚されたっていう実感は全然ありませんでしたから」


 そのため、唯にとって今回のことは、単なる誘拐とさして変わりないのだった。もっとも、普通の人間は誘拐されただけでも、十分トラウマの原因となりえるのだが。


「だからラーグニーも、私にとっては別の異世界と変わらないっていうか、そもそもそんなことを心配してたら、家からさえ出れなくなりますから」


 自分がどうしようと、時間は否応なく流れていく。ならば前進する。それで失敗したら、そのときはそのとき。それが唯のポリシーなのだった。


「ですから、今言った案でお願いします」


 天国の提案は、唯にとってもありがたかった。天国の言う通り、塾や学校活動をしながら異世界でレベリングまでするのは、正直難しいと思っていたのだった。


「そう。それじゃ、さっそく」


 2人の了承を得たところで、天国は2人とともにラーグニーへと向かった。そして街で魔法書や護身用の魔銃などを購入した後、天国は前もって借りておいた部屋へと黒洲姉妹を案内した。


「ここを自由に使ってくれて構わないから。それと」


 天国は金の入った小袋を黒洲姉妹に手渡した。


「新しい本とか、何か入り用な物があったら、それで買って。それでも足りなくなったら、また用意するから」


 天国は部屋を見回した。


「説明しておくことは、これぐらいだけど……。ああ、あと今日みたいに、ある程度時間が空いたときは、ディサースでレベルアップするから、そのつもりでいて。魔法を覚えるのが最優先だけど、レベルは上げておくに越したことはないわけだし。後、何か質問ある?」


 天国にそう問われた黒洲姉妹は、揃って首を横に振った。


「そう。じゃあ、とりあえず今日はここまでってことで。もしわからないことがあったら、携帯かメールで聞いてくれればいいから」


 こうして天国の指導方針のもと、黒洲姉妹はラーグニーで魔法の勉強に取り組むことになったのだった。


 そして、根が真面目な黒洲唯は、この日から毎日欠かすことなく、ラーグニーに通い続けることとなった。しかし、その目的は日が経つにつれて、魔術の勉強だけではなくなっていた。


 この世界の魔法を本当の意味で理解するためには、この世界の成り立ちを知る必要がある。


 そう考えた唯は、天国から預かった資金でラーグニーの歴史、文化、世界情勢に関する書物も購入。それらを読破していくうちに、彼女の中で1つの可能性が現実味を帯び始めたのだった。それは、


 この世界は滅びに向かっている。少なくとも、そう遠くない将来、人間が住める星ではなくなってしまう。


 ということだった。


 この世界は異常なほど暑い。


 これが1地帯のことであれば、特に問題はない。地球にも砂漠地帯は存在するし、それは他の異世界も変わらない。しかし唯が調べた限りではあるが、この世界の砂漠化は世界全体に及んでいるらしかった。

 そして唯は、そこから1つの答えを導き出した。すなわち、


 この世界の、太陽の寿命が近づいている。正確には、人間が生活できる限界を越える熱量を放出する膨張段階に入っている、と。


 通常、太陽のような恒星の寿命は質量によって異なり、地球が公転する太陽の場合は約100億年と言われている。

 そして、太陽は水素をヘリウムに変えることでエネルギーを生み出しているが、寿命を迎える頃には、この水素を使い果たしてしまう。すると、中心核に残ったヘリウムは核融合を始め、太陽は徐々に膨張し始める。そしてエネルギー源となる水素を使い切ってしまった太陽からは、地球に向けて強烈な光と熱が放射されるのだという。

 それこそ海が枯れ、生命の存続が困難となるほどに。


 そして唯が書物から読み解いたラーグニーの歴史と現状は、高い確率で、この世界の太陽が膨張し始めていることを示していた。


 とはいえ、これはあくまでも唯の憶測に過ぎない。さらに言えば、仮に唯の推測が当たっていたとしても、1高校生に過ぎない唯に何ができるというわけでもない。

 しかし滅亡するとわかっていて、ただこの星の人々が死に逝く様を眺めている。そんなことは唯にはできなかったのだった。


 たとえ微力でも、何か自分にできることはないか? 


 この世界の現状を知ってからの数日、唯はその方法を模索し続けていたのだった。たとえ、それが徒労に終わるとしても。


 そして、それは新年を明日に控えた大晦日も変わらなかった。この日もラーグニーを訪れた唯は、わずかな可能性を求めて街の本屋に何度目かの足を伸ばしていた。

 その帰り道でのことだった。


 唯の行く手に男が立ち塞がったかと思うと、


 え!?


 背後から何者かが唯の口を塞ぎ、


 え!?


 そのまま彼女を路地裏へと連れ込んでしまったのだった。


 えええ!?


 訳がわからないまま、唯が男たちによって連れ去られようとしたとき、


「何をしている、おまえたち!」


 表通りから声がした。見ると、そこには20歳前後の青年が立っていた。


「私は、この国の第1王子グラン・エスカージャ。その者を置いて去れ。今なら見逃してやる。さもなくば」


 青年は、2人の賊に曲刀を突きつけた。すると賊2人は顔を見合わせた後、裏道へと消えていった。


「大丈夫か?」


 賊が逃げ去った後、エスカージャは唯に歩み寄った。この世界の特徴とも言える黒の縮れ髪と同色の瞳をした青年は、気遣わしげに唯の頬に触れた。だが唯が身をすくめたため、あわてて手を引いた。


「す、すまない。こういうことは、あまり慣れていなくて」


 エスカージャは気まずそうに口ごもった。


「い、いえ、こちらこそ助けていただいたというのに。危ないところを、本当にありがとうございました」


 アタフタするエスカージャを見て、かえって落ち着きを取り戻した唯は、笑顔でエスカージャに礼を言った。


「え? あ、いや、こちらこそ、じゃなかった、どういたしまして」


 エスカージャは、しばし唯に目を奪われていた後、ぎこちなく頭をかいた。

 しかし、すぐに第1王子としての威厳を取り戻すと、


「私に言えた義理ではないのだが、あの者たちの無礼、どうか許してくれ」


 唯に改めて謝罪し、


「え? いえ、別にあなたに謝っていいただくことじゃ……」


 これには唯のほうが困惑してしまった。


「いや、ああいう不埒者が後を絶たないのも、この地を統治する我らの力が足りないがゆえ。国が富み、皆が豊かに暮らせる世の中になりさえすれば、奴らとて、あのような下賤な行為に及びはしないはずなのだからな」


 確かに一理あるけれど、人の心はそんなに単純じゃないと思うんだけど。


 もう少しで唯は、そうエスカージャにダメ出しするところだった。しかし、ここでエスカージャを論破したところで意味はない。それどころか、命の恩人相手にマウントを取ろうとするなんてKYにも程がある。と、寸前で思い止まったのだった。


「しかし、それももうじき終わる。この国の、いや、この世界の人々に、私は必ずや緑の大地と水を与え、未来を、希望を取り戻すことを約束する。だから、後少し、少しの間、耐えてくれ」


 グラン王子が力強く語ったところで、


「王子、ここにいらしたのですか! 探しましたよ」


 臣下らしき青年の声がした。


「イスファーンか、ちょうどよかった。この者を家まで送り届けてやってくれ」

「何者ですか?」


 イスファーンと呼ばれた臣下の青年は、唯をうさん臭そうに見た。


「人買いにさらわれそうになっていた。家まで送り届けてやってくれ」

「またですか! あれほど危ないことには首を突っ込むなと」


 口論を始めそうになったエスカージャたちを見て、


「いえ! 1人で帰れますから!」


 唯はあわてて路地裏を飛び出した。


「見ろ。おまえが怖い顔をするから、怯えさせてしまったじゃないか。まだ、名前も聞いていなかったのに」


 エスカージャは名残惜しそうにボヤいた。


「女なんて舞踏会に腐る程いるでしょうに、なんで好き好んで町娘なんかを」


 イスファーンは嘆息した。


「そういうことじゃない。おまえは、すぐにそうやって、なんでも男女の仲にしたがるが、私は決して」

「えーえー、存じてますよ。王子の身持ちの硬さは」


 そのせいで、どれだけの女が影で泣かされていることか。


 イスファーンは乙女たちに同情を禁じ得なかった。


「とにかく帰りましょう。こんなところで町娘をナンパするために、戻ってきたわけじゃないんですから」

「わかっている」


 そうグランは、わかっていた。


 この国、いや世界が滅亡の危機に貧していることを。そして、それが神の与えた運命と言うのであれば、受け入れるのも1つの選択肢であることを。

 しかし、グラン・エスカージャは王族であり、王族には民を守る責任がある。この国の王族として、むざむざ民を死なせることなど、あってはならないことだった。

 だからこそ、グラン・エスカージャは、別の選択肢を選んだのだった。

 その結果も、すべて承知の上で。




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