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第139話

 巫剣盾が呪符魔術によって転移した先は、ファーフ王国の最南にある廃城だった。


「ダンジョンって、ここ?」


 秋代は周りを見回した。人気のない岩山の上に建てられた廃城は、城というより砦に近く、風化具合から見て、打ち捨てられてから100年は経過している感じだった。


「じゃ、後は頑張って」


 巫剣盾はそう言うと、さっさと帰ってしまった。すでに攻略済みのダンジョンなど、盾にはなんの価値もないのだった。


「こっちぜよ」


 巫剣は手招きすると、秋代たちを連れて城内に入った。そして、そのまま謁見の間へと足を運ぶと、玉座の裏手に回った。すると、そこには地下へと続く階段があった。


「おお、ゲームみたいじゃの」


 木葉は興奮し、


「完全に制作者の趣味ね」


 秋代は冷ややかに断じた。いくら剣と魔法の世界とはいえ、こんな立地に、それもわざわざ玉座の後ろに隠し通路を作るような物好きがいるとは思えなかった。すべてを思い通りにできる、万能の力を持ったオタク以外は。


「そんじゃ行くぜよ」


 巫剣は先陣切ってダンジョンに踏み込もうとしたが、


「バカこくでね」


 志門に見咎められてしまった。


「あんだ、地図読めねえべ。しがも極度の方向音痴でねが。の街ですら道に迷うあんだに道案内なんが任へたら、それこそ一生かかってもつけん」


 それがわかっているので、志門は盾について来たのだった。


「よこし」


 志門は巫剣から地図を引ったくると、


「あだしの後についてごい。それど、あんだらも無事にこんダンジョンば出だがったら、こんタワケが迂闊な真似せんよう、よう見張っとき」


 ランタンを手に階段を降りていく。そして志門の先導の下、秋代たちが回廊を進んでいくと、行く手にモンスターが現れた。


「おっしゃあ!」

「先手必勝ぜよ!」

 

 木葉と巫剣は飛び出すと、瞬く間にスケルトンの群れを倒してしまった。その後も、


「ぬありゃ!」

「ほあた!」


 木葉と巫剣は競い合うように並み居るモンスターを蹴散らしていく。そんな2人を後方から眺めながら、


「なかなかやるでねか、おめの連れ」


 志門が秋代に言った。巫剣と強さで張り合える人間は、100人近くいるギルドメンバーの中でも数えるほどしかいないのだった。


「まあ、それだけが取り柄だし」


 秋代は一刀の下に切って捨てた。


「それに、最近ずっとモスの大迷宮にこもりっぱなしだったから、ダンジョンはもう慣れっこっていうか」

「それって女神の大迷宮のことが? あのモスを救った勇者が攻略したっていう」

「まあ、その勇者様たちによると、実際には永遠長が1人で攻略したみたいなもんらしいけど」

「そうなん?」

「ええ。しかも、それ以前にも攻略してたみたい。けど、異世界のことは異世界の人間が決めるべきだって、ゴール手前で引き返したらしいわ。ま、あいつらしいっちゃ、あいつらしいけど」

「…………」

「ま、ともかく、あれに比べたら、この程度のダンジョンなんて屁でもないってこと。ジョブ能力も使えるしね」


 モスだと「ジョブシステム」がない上に、途中で地球に戻ると振り出しに戻されてしまうのだった。


 これは、おそらくヤバくなったら地球に戻ってモンスターをやり過ごす。もしくは態勢を立て直して、また迷宮探索を続ける。という、1種のセーブ戦法を封じるための措置と思われる。が、永遠長でもクリアには2日かかった上に、ただ下に降りるだけでなく、途中で何度も階層を上下しなければならないという迷宮を、学生が攻略するのは、ほぼ不可能に近かった。

 実際、異世界に留まれる時間が限られる秋代たちは、何度挑戦しても時間切れで振り出しに戻されてしまうのだった。


「要するに、攻略させる気ないのよ。あの迷宮を作った女神とやらは」


 そのことに早々と気づいた秋代は、木葉に何度もそう言ったのだが、


「嫌じゃ。絶対攻略するんじゃ!」


 と、木葉はまったく聞く耳を持たないのだった。


 そんな話を秋代と志門がしている内に、木葉たちの戦闘が終わった。結果的には楽勝だったが、巫剣が右手を軽く負傷していた。それに気づいた志門は、


「治療するはんで、右手出せ」


 巫剣の右手を掴み寄せた。


「大丈夫ぜよ、これくらい」

「おめの大丈夫は、あでになんね。それに、いつ何があるがわがんねえんだから、治療できるときにしとかねば、後で後悔すっことになりかねね」

「相変わらず心配性じゃのう、由佳は」

「あんだがバカ過ぎるのが悪いんだ」


 志門が回復呪文を唱えるのを見て、


「おお、回復魔法が使えるんか、おんし」


 木葉が驚きの声を上げた。


「さっき言ってたでしょうが。バトルプリーストだって」

「そうじゃったか?」


 木葉は小首を傾げた。盾のアルカナキャスターに気を取られていたため、その後の志門の情報は耳に入っていなかったのだった。


「2ヵ月ほど前に、バトルプリーストの石板を見つけてのう。モンクからクラスアップしたんぜよ」


 巫剣が情報を補足した。

 実際のところ、ファンタジーRPGでは、バトルプリーストよりもモンクのほうが上位となっている場合が多いのだが、


「モンクよりもバトルプリーストのほうが、響きがカッコ良くて強そう」


 という常盤の独断と偏見によって、ディサースではバトルプリーストがシークレットジョブとなったのだった。


「文句?」

 

 木葉は小首を傾げた。


「モンクってのは武僧、つまり戦う僧侶のことよ」

「そうなんか?」

「そうよ。ヒーラーの進化系。漫画やアニメにも、たまに出てくんでしょ」

「そうなんか?」

「そうよ」


 秋代は適当にあしらった。秋代も実際よくは知らないのだが、どうせ木葉は3歩歩けば忘れるのだから、気にするだけ無駄というものだった。


「これでいがべ」


 巫剣の治療が終わったところで、秋代たちはダンジョン探索を再開した。

 そして順調に目的地へと進んでいった秋代たちだったが、その快進撃は目的地手前で足踏みすることとなった。


 理由は階層の変化だった。以前巫剣たちが来たとき、石板のある隠し部屋は通路の一角にあった。だが今回は回廊が取り払われ、闘技場ほどある広間に変化していたのだった。

 しかも広間の奥、石板が封蔵されていると思われる隠し部屋の前には、ガーディアンと思しきモンスターが立ち塞がっていた。


「なんだんず? 前来だとぎは、こんなフロアなかったべさ?」


 志門は入り口から広間を覗き見ながら、不可解そうにつぶやいた。


「大方、前任の運営の仕業でしょ。あんたたちがシークレットジョブを見つけたのにゲットせずに帰っちゃったから、それを聞きつけて誰かが取りに来たときように用意しておいたのよ、きっと。シークレットジョブ獲得イベントとして」


 ホント、余計なことしかしないわね。あのクソ前任者。


 秋代は内心で毒づいた。


「てゆーか、アレってなに? ドラゴン?」


 広間に陣取っているモンスターは、20メートルほどのドラゴンのようだったが、断定はできなかった。というのも、そのモンスターは骨格だけで、肉がついていなかったからだった。まるで、博物館で目にする恐竜の化石のように。


「ボーンドラゴンぜよ」


 巫剣が答えた。


「しかもあの骨、どうやら金属でできとる。つまりメタルボーンドラゴンっちゅうヤツぜよ」


 メタルボーンドラゴンは、骨格が金属でできている分、通常のボーンドラゴンよりも数倍手強いのだが、


「相手にとって不足なし、ぜよ」


 巫剣は楽しそうに指を鳴らした。不完全燃焼を解消するのに、ちょうどいい相手だった。

 だが巫剣が仕掛けるより早く、


「おりゃあああ!」


 木葉がメタルボーンドラゴンに突撃をかけてしまった。


「抜け駆けは許さんぜよ!」


 巫剣も飛び出し、2人に気づいたメタルボーンドラゴンも戦闘態勢に入る。


「あのバカ、性懲りもなく」


 秋代は仕方なく木葉のサポートに回り、志門も巫剣のバックアップにつく。


「ふぬりゃ!」


 木葉はボーンドラゴンの右足へと力任せに剣を振り下ろしたが、


「ぬあ!?」


 逆に剣のほうがヘシ折れてしまった。


「抜け駆けするからぜよ!」


 巫剣は地を蹴ると、


「スパイラルシュート!」


 メタルボーンドラゴンの肋骨に回転蹴りを食らわせた。しかし肋骨には傷1つつかなかった。


「頑丈じゃのう。じゃが、それでこそ戦りがいがあるってもんぜよ」


 巫剣は嬉しそうに舌なめずりした。そして懲りずにアタックを繰り返すが、やはりボーンドラゴンの体をヘコませることすらできなかった。


「上等ぜよ! こうなったら必殺の必殺、オイの超必殺技を」


 久々に出会った強敵を前に、巫剣のテンションは最高潮に達していた。そして、


「食らえ! シャアアイニング!」


 ノリノリで巫剣が必殺技を繰り出そうとしたとき、


「こん、たふらんけ!」


 志門の掌底が巫剣の土手っ腹に叩き込まれた。


「ほぼあ!」


 ノーガードで志門の一撃を受けた巫剣は、体をくの字に折り曲げながら後方へと吹き飛んだ。


「こごで、そげな大技使てみい、あだしらまで生き埋めじゃ」

「ナ、ナイスツッコミぜよ」


 倒れたまま、巫剣は右手を親指を立てた。


 バカを止めるには、あれぐらい激しくしないとダメなのね。


 巫剣と志門を見て、秋代はしみじみ思っていた。

 そして自身のバカな相方に目を向けると、


「おりゃあ!」


 性懲りもなく、素手でボーンドラゴンに殴りかかっていた。


 とりあえず、あのバカは放っておくとして、問題はどうやってアレを倒すかね。


 志門の言う通り、強力すぎる技を使うと、天井が崩壊して自分たちが生き埋めになりかねない。かと言って、小技では傷1つつけられない。


 何か方法は……。


 思案を巡らす秋代の頭に、1つの方法が浮かんだ。こういうシチュエーションでは、定番とも言える方法が。


 とにかく、やってみるしかないわね。


 秋代は即断すると、


「火炎付与」


 まず剣に炎の力を付与した。そして、


「行け!」


 ホーンドラゴンの右足へと炎を撃ち放つと、そのままホーンドラゴンの右足へと炎を浴びせ続けていく。


 そろそろ、いいかしら?


 秋代は頃合いを見計らい、


「凍結付与」


 今度は短剣に冷気を付与した。そして、


「転移付与」


 ホーンドラゴンの足元へと転移すると、


「行け!」


 ホーンドラゴンの右足へと凍結の力を解放した。直後、秋代は短剣を投げ捨てると、


「オメガバースト」


 ホーンドラゴンの右足へと、両手の間に生み出したエネルギー弾を撃ち込んだ。すると、それまでどんな攻撃を受けても傷1つつかなかったホーンドラゴンの右足が、粉々に吹き飛んだのだった。


「今よ!」


 秋代の声に、


「うおっしゃあ!」


 まず木葉が、


「お、おう」


 一瞬遅れて巫剣と志門が動く。そして、


「メガトンパーンチ!」

「スパイラルシュート!」

「ホーリーインパクト!」


 総攻撃でホーンドラゴンの撃破に成功したのだった。


「なんとかうまくいったわね」


 秋代は安堵の息をついた。


「ほうじゃの。あいつの足ばっか狙っとるときは、何やっとんのかと思ったがのう」


 木葉が能天気に笑い、


「あんたじゃあるまいし。素手で殴り倒そうとするバカよりは物考えてるわよ」


 秋代が鋭く切り返す。


「さっきのはアレじゃろ。漫画とかでよくある、硬い相手をブッ倒すときによくやる、いわゆるヒートショックっちゅーヤツじゃろ」


 秋代の悪口はいつも通りスルーし、木葉はドヤ顔で言った。


「違うわよ」

「え? 違うんか? じゃあ、ヒートショックって、なんなんじゃ?」

「それは、えーと……とにかく!」


 秋代は語気を強めてごまかすと、


「今のは熱膨張による金属疲労よ」


 正確な名称を答えた。秋代も、永遠長に散々バカだバカだと言われているが、一応これぐらいの知識は持ち合わせているのだった。


「熱…なんじゃて?」


 小首を傾げる木葉を、


「どうせ、くわしく言ってもわかんないでしょうが、あんたは」


 秋代は一刀両断した。


「そんなことより、さっさといくわよ。それでなくとも、あんたのせいで予定が大狂いしてんだから」


 秋代はシークレットジョブの石板があると思われる隠し部屋へと歩き出し、


「おお、そうじゃった!」


 木葉も駆け出す。と同時に、木葉の頭から熱膨張の話は綺麗サッパリ消し飛んでいた。


 かくして木葉が隠し扉を開け放つと、その奥にシークレットジョブの石板があった。


「おっしゃあ!」


 木葉は異世界ナビを取り出すと「シークレットジョブの取得方法」の欄を選択。さらに「石板からの情報収集」の項目をタップすると、異世界ナビの先端から光が放たれ、石板のスキャンを開始した。そして異世界ナビがシークレットジョブの情報を読み取り終えると、石板は何処かへと転移していった。


「おっしゃあ! トゥルードラゴンウォーリアーの情報ゲットじゃ!」


 木葉は異世界ナビを高々と掲げた。


 そして目的を遂げた4人は、砦のダンジョンを後にした。そして秋代のクオリティでレッドドラゴンの住処まで戻ったところで、


「ありがとのう。強力なジョブがゲットできたんは、全部おんしらのお陰じゃ」


 木葉は巫剣たちに改めて礼を言った。


「気にせんでいいぜよ。わしにとっても、いい経験になったけんのう」


 巫剣は快活に笑った。


「志門さんも悪かったわね。わざわざ付き合ってもらっちゃって。おかげで助かったわ」


 秋代も志門に感謝するとともに、親近感を覚えていた。同じバカに振り回される者として。


「それじゃ、あたしたちはこれで失礼するわ」


 秋代としては、少しでも遅れを取り戻したいところだった。


「おう。がんばって、ギルド戦までに3000個集めるぜよ」


 巫剣は秋代たちに激を飛ばした。トゥルードラゴンウォーリアーの情報を調べたところ、通常よりも多い2000個のアイテムが必要だということがわかったのだった。


 秋代とともに飛び上がった木葉は、


「じゃあ、またのー」


 巫剣たちが見えなくなるまで手を振り続けていた。


 そして木葉たちを見送った後、


「のう、由佳」


 巫剣は志門に声をかけた。


「なんずな?」

「この前、誘われとったアレ、やっぱり受けることにするぜよ」

「アレっで、あいづらが言ってきだギルド戦のことかへ? でも、あんだ、アレ乗り気じゃなかったはずだべ。いぐら「背徳のボッチート」がおるっても、数人のギルドを寄ってだかってフルボッコにするんは性に合わん、とかしゃべって」

「そう思っちょったんじゃがの。どうやら背徳の奴は勝つ気満々でおるようじゃし、背徳以外にも面白そうな奴らがおるとわかったんで、ちょお戦る気が出てきたんぜよ」

「それて、もしかして、あいづらのことけ?」

「ほーじゃ。おまんも、そう思ったじゃろ?」

「この、ほんつけなしが。敵強くするとか、相変わらずわやくちゃだべ」

「何言うとるぜよ。敵は強きゃ強かほど、燃えるっちゅうもんじゃろがい」

「忘れたのが? そのギルド戦で負けたら、復活チケット没収ってこど」

「そうなったら、そんときはそんときぜよ。そもそも切った張ったは、生きるか死ぬかの一発勝負! 敗者に次などないんぜよ!」


 巫剣は闘志を燃え上がらせたが、


「ま、あだしはいいけど、きっと盾ちゃんはパスだべな」


 志門は冷ややかに言った。元々ドライな盾が、兄の気まぐれに付き合ってリスクを冒す確率は、限りなくゼロに近かった。


「大丈夫、大丈夫。なんせ、わしらはたった2人きりの兄妹なんじゃからの」


 巫剣は能天気に笑った。が、後日妹から返ってきた答えは、


「自分で選んだわけじゃないし。あたしはお兄と違って、魔法使いとして適当に面白おかしく遊んでたいだけだし」


 と、参加のみならず、血の繋がりさえ全否定するものだった。


「ともかく「天上天下」参加決定ぜよ! 待っとれ、木葉! 背徳のボッチート! オイがまとめてブッ飛ばしてやるけんのう!」


 巫剣は天に向かって拳を振り上げた。


 ともあれ、こうして本人の意図しないところで、木葉と秋代は新たなシークレットジョブと引き換えに、さらなる強敵の参戦を呼び込むことになったのだった。


 それが吉と出るか凶と出るか。


 まさに神のみぞ知る、だった。







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