第125話
「ほ、ほんまに勝ったん?」
幸は、画面に表示された「十六夜 WIN」の文字を見ても、まだ信じられない面持ちだった。
「とーぜんなのです! 正義は必ず勝つのです!」
沙門は鼻息を荒げた。その顔は、勝利の高揚感で火照っていた。
「まあ、いいさ。しょせん数十年のことだ」
太陽神は気持ちを切り替えると、改めて七星を見た。
「今のうちに、せいぜい喜んでおくことだ、七星君。この勝利と引き換えに、君を待っているのは文字通りの地獄なのだからね」
捨て台詞を吐く太陽神に、
「まだ、そんなことを言っているのですか?」
静火の冷ややかな視線が突き刺さった。
「あなたに与えられた権限は、あくまでも太陽系内における「理」を、遅滞なく遂行させる、それだけです。罪なき者を罪人に仕立て上げ、地獄に落とす権限など、あなたには与えられてなどいないでしょうに」
「に、人間風情が、何を知った風な口を。罪なき者だと? この者は、神である私に逆らったのだぞ? その罪は万死に値する! 地獄行きは当然のことだろうが!」
太陽神は荒ぶる本性をむき出した。
「あなたのほうこそ、何を言っているのです。この勝負は、そもそもあなたが持ちかけたもの。七星君は、それを受けたに過ぎません。自ら仕掛けておいて、それを受けたら罪人などと、そのような詭弁が通ると本気で思っているのですか?」
「き、詭弁だと」
太陽神は気色ばんだ。
「結界の件にしても、そうです。あなたがたに、いつ地球の結界を修復する権限が与えられたというのです? 試合中は、それも駆け引きのひとつと思い黙認しておりましたが、もしあなたが本当に七星君を地獄に落とすというのであれば、この試合の審判として、そんな横暴を許すわけにはいきません」
「許さんだと? 人間ごときが、誰に向かってモノを」
太陽神の威圧を、
「あなたのほうこそ、いい加減、身の程をわきまえなさい」
静火は一蹴した。
「な……」
「神だなんだともてはやされ、自分が何者であるのかさえ忘れてしまったというのであれば、それこそ七星君の言うとおり、もはやあなたに、その職に留まる資格はありません。降格し、人、いえ菌からやり直してきなさい」
「ひ、人ごときが、何を知った風な口を!」
太陽神の全身から怒気が噴き出した。
「……どうやら、口で言ってもわからないようですね」
静火の瞳が絶対零度で凍てついたところで、
「待てよ」
七星が割って入った。
「オレがやる」
七星は静火を見た。
「テメーに任せると、陽まで傷つけかねねーからな」
七星は肩をほぐした。
「……わかりました。では、お任せしましょう」
静火は後ろに下がった。
「私も随分とナメられたものだ。どうやら貴様らには、この私自ら天罰を与えねばならないようだな」
太陽神の目に殺気が宿った。
「なーにが天罰だ。ただの地方官僚が、偉そうに」
七星は冷ややかに断じた。
「な!?」
「なに驚いてやがる。こいつのなかにいる間、オレが何もしてなかったとでも思ってんのか? テメーらに関する情報は、こいつの前世の記憶からとっくに収集済みだっての」
「どういうことや、七星君?」
幸が尋ねた。
「こいつが前に言ってたろ。霊格が高まれば力がどーのこーのって。あれは要するに、この世界は魂の修行場ってことなんだよ。で、その修行場で一定以上に霊格を高めた魂は、死んだ後、次の位にランクアップするんだとよ」
「次の位?」
「正式名称は星務官って言うらしいが、ま、わかりやすく言うと、天使ってやつだな」
「天使?」
「そーだ。で、天使としての位を上り詰めると、次は神へとランクアップする。で、神になったらなったで、次は、より上位の神を目指して、また精進を重ねるってわけだ」
「きりないやん、それ」
「まーな。それに、ぶっちゃけ最上位の神になれたからって、それがどーした? て気がしねーでもねーが、実際そーなんだからしょーがねー。で、星務官になると、上から命じられた星に赴任させられて、その星の生命が円滑な進化を遂げられるよう管理するんだ。そーだよな、自称太陽神様?」
七星は皮肉を込めて太陽神に確認した。
「ま、最初にドS女から、こいつらと月の女神の話を聞いたときから、妙な違和感はあったんだけどな。なんで、そいつら神なのに、人間を滅ぼすのに、そんな回りくどい大義名分がいるんだ? てな。神なら、人間がムカつくなら、問答無用で皆殺しにしちまえば、それで済んだはずなんだからな。それこそ昔話に出てくる大洪水みてーによ」
「そーゆーたらせやな」
「ま、そのときは、神が自分を正義とする以上、不条理な真似はできねーんだろーぐらいに思ってたんだけどな。実際のところは、人類殲滅を企んだのが下級役人だったからってのが、真相だったってわけだ。管理を任されてるだけの下級役人が、その管理の対象である人類を理由もなく滅ぼしちまったら、そりゃー上司に怒られるに決まってるわな。化物退治は、そーならねーための上司に対する言い訳材料だったってわけだ」
七星はフンと鼻を鳴らした。
「そんな小心者の小役人が、上司の目が届かねーのをいーことに、散々好き放題しやがって。この落とし前は、きっちり取らせてやるから覚悟しろよ」
「できるものなら、やってみるがいい」
太陽神は嘲笑した。どんなに粋がったところで、人間の七星にできることなどタカが知れている。できて、せいぜい陽を殴り倒すことぐらいだろう。だが、いくら分身が痛めつけられたところで、本体は痛くもかゆくもないのだった。
「じゃ、お言葉に甘えて」
七星は地を蹴った。直後、七星は太陽神の眼前に移動していた。それも陽に憑依した太陽神ではなく、天界にいる本物の太陽神の眼前へと。
「な!?」
驚きに目を見張る太陽神の顔面に、
「おりゃあ!」
七星は渾身の右拳を叩き込んだ。そして彼の会心の1撃を食らった太陽神は、壁を突き抜け神殿の外へと吹き飛んだのだった。
「いきなり、やり過ぎたか? この程度でくたばられたんじゃ、こっちの気が済まねーんだが」
七星は、太陽神が空けた壁穴から外に出た。見ると、神殿の外は一面野原で、太陽神は草むらの上で大の字に倒れていた。
「お? まだ生きてるみてーだな。さすがは太陽神様、タフでいらっしゃる」
太陽神が身を起こすのを見て、七星は感心した。
「バ、バカな……」
立ち上がった太陽神の外見は軍服を着た三十代の男性で、髪と同じ金色の瞳には困惑が浮かんでいた。
「な、なぜ貴様が?」
この天界は、神々しか行き来できない聖域。人間である七星がやって来ることなど、あり得ないはずなのだった。
「バカはテメーだろ。オレが今、どこにいるか忘れたのか? こいつが元々持ってる力を使えば、これくらいできてトーゼンだろーが」
七星は、十六夜の体を指差した。
「まさか、この短時間で月の女神の力を使えるようになったというのか?」
にわかには信じがたい話だったが、もし事実なら今の七星の力も合点がいくというものだった。しかし、
「それだけで、私に勝てると思っているとは」
太陽神は一笑に付した。
「月は、しょせん太陽の影。月がいくら輝こうと、太陽の輝きを超えることなど、天地がひっくり返ろうとありはしないのだよ」
「そーか? 日食のときとか、文字通り太陽を食ってると思うけどな」
「どこまでも減らず口を……」
「つーか、そー思うなら、さっさとかかってこいよ。それとも、なんだかんだ言って月の女神の力にビビッてんのか? だったら、やる気にさせてやろーか?」
七星は顎を押さえて考え込んだ。
「そーだな、もし、この勝負でオレに勝てたら、さっきの勝負はなかったことにしてやるよ」
「何?」
「このままじゃ、ここでオレを殺っても、どーせドS女が絶対テメーに約束を守らせるだろーからな。どーだ、これならビビリのテメーでも、ちっとは戦る気になっただろ」
「……愚か者が。ここは天界、約束は聖約として絶対の効力を持つ。2度と取り消しはかなわんぞ」
「しねーし。つーか、必要ねーし」
「その自惚れ、地獄で後悔するがいい!」
太陽神は巨大な火炎球を撃ち放った。そして火炎球は狙い通りに七星を飲み込み、その場に火柱を打ち立てた。
「口ほどにもないとは、このことだな」
太陽神は鼻で笑った。七星に食らわせた火炎球は、いわば小型の太陽。いかに月の女神の力が使えようと、その身が人に過ぎない以上、七星は今の1撃で跡形残らず燃え尽きたはずだった。しかし、
「そりゃ、テメーだろ」
炎が収まった後には、無傷の七星が立っていた。
「少々手加減し過ぎたか……」
太陽神は、さらに巨大な火炎球を七星へと撃ちこんだ。しかし、やはり結果は同じだった。
「バカな。たとえ奴が月の女神の力を完全に己の物としていたとしても、私の力を防ぐことなど……」
「じゃー、それにオレの力が加わったからじゃね? で、相乗効果で、テメーを超えたと」
「ふざけるな! 人ごときが!」
太陽神は閃光を放った。しかし鉄すらも一瞬で消し去るはずの閃光を浴びても、やはり七星は無傷のままだった。
「バカな……」
「バカはテメーだろ」
動揺する太陽神に、七星は言い捨てた。
「復活した化物をブッ倒すときに、ムカつく人類も不可抗力って形で皆殺しにする。そんな幼稚な計画が、本気で上に通用すると思ってたのか?」
「な、に?」
「それどころか、そんな計画とっくに上にバレてたんだよ。だから本当なら、職務違反を犯したテメーらは、とっくの昔に粛清されてたんだ。それが今の今までお咎めなしだったのは、ひとえに月の女神の嘆願があったからなんだよ」
「デ、デタラメを」
困惑する太陽神の頭に、
『本当のことです』
静火の声が流れ込んできた。
『本来であれば、理に反したあなたがたは、評議会によって派遣された執行官によって速やかに粛清されるはずでした。それを免れたのは、月の女神による執行官への嘆願があったからなのです』
「嘆願だと?」
『そうです。そして、その事情を知った評議会は、刑の執行を賭けが終わるまで延期することにしたのです。もし、あなたがたが月の女神との賭けを通じて、もう1度人間を見つめ直し、己の行いを悔い改めるのであれば、今回の1件は不問に伏すことにして。つまり、あなたがたは月の女神を試していたつもりで、その実試されていたのは、あなたがたのほうだったのです』
「な……」
『ですが、それが気に入らない存在がいました。あなたがたに、地球人を殲滅するように唆した者です』
「!?」
『そして、その者は自分の計画を狂わされた腹いせに、さらなる悪意をあなたがたに吹き込み、人間に転生した月の女神を闇落ちさせようと企んだのです。自分の手を汚すことなく』
静火の声に、かすかな嫌悪感がにじんだ。
『そして、あなたがたは、まんまと彼女の口車に乗せられて、転生した月の女神に干渉を繰り返したのです。それが、自分たちを破滅に導くための彼女の罠だとも知らずに』
「わ、罠?」
『そもそもが「地球に魔物が復活するどさくさに紛れて人類を殲滅する」という計画自体が、あなたがたを排除するための、彼女の計略だったのです』
「な!?」
『あなたがたは、以前より地球人のことを快く思っていなかった。そして、そんな地球人をのさばらせておく創造主にも不満を抱いていた。彼女は、それが気に入らなかったのです」
だが、不満を口にする程度のことで罰することはできない。
「そこで、あなたがたの不満に共感しているフリをして、地球人殲滅作戦を持ちかけたのです。あなたがたが実際に罪を犯せば、堂々と罰することができますから』
「バカな!?」
『事実です。その証拠に、評議会が執行官を派遣することになったのは、彼女からの報告によるものです。その結果、もしあなたがたの口から自分の計画が明るみになったとしても「自分はそんなことはしていない。すべては罪を軽くしようとする彼らの嘘」と主張すれば、人類殲滅を企てた悪党と、その悪党を告発した彼女のどちらを信じるかは、あなたにもわかるでしょう』
「…………」
『それに実際の話、あなたがたの計画は、最初から破綻していたのです。なにしろ、あなたがたが滅ぼそうとしていた地球には他の誰でもない、この世界を創り出した、創造主様が暮らしていらしたのですから』
「デ、デタラメを! も、もし本当に、そ、創造主様が、この星にいるなら、私が気づかないはずがない!」
『当然でしょう。恒星官に気づかれたら、自由に行動ができなくなってしまいますから。言わば、地球で言うところの水戸黄門です。もっとも、あの方が地球に留まっている理由は世直しではなく、あくまでもご自身の趣味のためですが』
「趣味?」
静火の言葉から、太陽神の頭に1つの仮説が浮かんだ。
「ま、まさか、あ、あの常盤総が、創造……」
太陽神は蒼白となった。
彼は前任の恒星官から、常盤のことを古から生きる魔導師と聞かされていたのだった。そして魔導師だからこそ自分たちの企みにも気づくことができたし、人類を守るために干渉もしてきたのだと。
「では貴様、いや貴方様は4大高星官の……」
『話が逸れてしまいました。話を戻すと、あなたがたは自分たちの身を案じてくれた月の女神の気持ちに応えるどころか、十六夜さんを闇堕ちさせようと躍起になった。そして、ついには敵である悪魔の力まで借りたあげく、守るべき地球人を殺害してまで、彼女の心を意にままに操ろうとした。その所業に、もはや叙情酌量の余地はありません』
静火は冷たく断じた。
『ですが、だからといって問答無用で粛清したのでは、自分の身を犠牲にしてまで、あなたがたに機会を与えた月の女神の思いを踏みにじることになってしまいます。そこで創造主様は最後の機会として、この大会を開催したのです』
「…………」
『ですが、その大会でもあなたがたは悔い改めるどころか、やはり人間を貶めることに終始し、ついには再び殺人という暴挙に出ました。事ここに至っては、もはや救済の道はありません。その歪んだ正義感を抱いたまま、この世から消え失せなさい、永遠に』
静火は言い捨てた。
「み、認めん」
太陽神は唸った。
「そんな話、私は絶対に認めんぞ! そんな話は、全部貴様らの作り話だ!」
『あなたが認めようが認めまいが、事実は事実です』
「黙れ! 私は認めん! そんなこと、私は断じて認めんぞお!」
太陽神は、渾身の力を込めた火炎球を七星に放った。しかし、やはり結果は同じだった。
「気が済んだか? だったら、そろそろ終わりにしてやる」
七星は右手を太陽神に向けた。すると、その手のなかに青く輝く弓が出現した。
「なにしろ、後がつかえてんだ。テメーを始末した後は、この計画に賛同した他の神も始末しなきゃなんねーんでな」
「なんだと?」
「なに驚いてやがる? テメーがオレに言ったことじゃねーか。オレと離れた後、十六夜が本当に幸せになるとは限らねーってよ。確かに、その通りだ。だから、今度はこっちが先手を打つことにしたんだよ。テメーの忠告通りにな」
七星は皮肉まじりに言った。
「別に文句はねーよな? てか嬉しいだろ。気に入らねー奴には何をやっても許される。これが、テメーが望んだ世界なんだ。その理想郷を、オレが実現してやろうってーんだからよ」
「ふざけるな!」
太陽神は再び七星に閃光を放ったが、やはり七星には傷1つつけられなかった。
「バカな……」
『バカは、あなたです』
再び太陽神の頭に静火の声が届いた。
『あなたの攻撃が彼に通じない理由が、まだわからないのですか?』
「なに!?」
『あなたがたが地球人の抹殺を企んだ折、月の女神の真摯さに心を動かされた執行官が、刑の執行を猶予したことは話したでしょう。ですが本来、執行官の仕事は命じられた星務官を速やかに排除することのみ。その職務の遂行を、己の判断で中止する権限など与えられておりません。そのため、それを独断で行った執行官は、評議会でその罪を問われることになったのです。そして下された処分は月の女神と同じ、地球人への転生でした』
「ま、まさか……」
太陽神は七星を見た。
『その、まさかです。あなたも星務官の端くれなら、噂ぐらい聞いたことがあるでしょう。「破壊」の格醒力を持つ執行官の話を』
静火の指摘に、
「ファ、ファステノヴァ……」
太陽神は絶句した。
「バ、バカな! 彼が、あの「破壊神」だというのか!?」
『そうです。彼の持つ「ダメ感知能力」が、その証拠です』
「なに!?」
『あなたは、アレが七星君の格醒力だと思っていたようですが、実際のところ、アレは評議会が七星君につけた首輪に過ぎないのです』
「首輪だと!?」
『そうです。七星君、ファステノヴァは月の女神に心を動かされ、評議会の命令を無視してしまいました。そして1度命令に背いた者は、また背くかもしれない。その場合、本来さらなる降格処分を下すことになりますが、ファステノヴァほどの者を、むざむざ放逐することは評議会としても惜しいと考えたのです。そこで評議会は、ファステノヴァが地球人に転生する際に、1つの枷を施したのです。もし彼が間違った行動を取れば、それに警告を発し、正しい道へと軌道修正するように。人としての生を終えたファステノヴァが執行官に戻ったとき、また自分たちにとって都合のいい、従順な犬に戻るように』
「そ、それが「ダメ感知能力」の正体」
実のところ、当初評議会は七星に「正しい選択を強制的に取らせる」ことを考えていた。だが、それを聞いた創造主に「ふーん。じゃあ、君たちも私が正しいと思うことだけを忠実に実行するだけのロボットにされちゃっても文句はないんだね?」と言われて、渋々「ダメ感知能力」で妥協したのだった。
『そういうことです。そしてファステノヴァの力は、本当ならば発現しないはずでした。しかし、あなたの浅はかな行為が、彼を楔から解き放ってしまったのです』
「楔?」
『頭にはめていた輪です。あの輪の本当の目的は、七星君の力を制御することだったのです。七星君の力が無自覚に発動すれば、最悪この星そのものが消滅してしまいかねませんから。それを避けるために、この大会が始まる前に、あらかじめ対策を講じておいたのです。それをあなたは、彼の魂を死という形で解き放ってしまったのです』
「で、では、奴、いや、あの方は本当に……」
『そうです。そして今、あなたは本来ならば20年前に彼から受けるはずだった裁きを受けているのです。あなたも、まがりなりにも1星系を預かる身であるならば、最後ぐらいは潔く裁きの刃を受け入れなさい』
「話は済んだか? んじゃ、そろそろ終わりにしてやる」
七星は蒼月弓に矢をつがえた。そして、
「それじゃーな」
引き絞った弓から射放とうとした瞬間、
「駄目え!」
十六夜が叫んだ。
「お願い。やめて、七星君」
十六夜は悲痛な面持ちで訴えた。
「……本気で言ってんのか、十六夜? こいつはおまえを闇堕ちさせるために、おまえの両親まで殺したゲス野郎なんだぞ?」
「うん」
「しかもテメー勝手な考えで、人類を皆殺しにしよーとしてやがるゴミクソなんだぞ?」
「うん。でも、ここで七星君がこの人を殺しちゃったら、この人たちが正しいって認めることになっちゃうと思うから」
「おまえな」
七星は眉をひそめた。
「そーゆーこと言ってるから、こーゆー手合いに付けこまれるんだろーが。だいたい、それだとクソはどこまでも調子に乗り続けるだけで、いつまでたっても何の解決にもなんねーじゃねーか。問題を解決するにはな、百万の理屈よりも、ときには1発の鉄拳が必要なときだってあるんだよ」
「……けど、あの人は、もう十分反省してると思うから」
「いーや。こーゆーバカは、絶対反省なんてしねーから。こーゆー手合いは他人に厳しく自分に甘いから、なんでも自分に都合のいーように解釈するんだよ。自分を正当化して、それこそ今ここで私が殺されなかったのは、やはり私の考えが正しいからなんだ! とか、ほざいてな」
七星は、太陽神に侮蔑の眼差しを向けた。
「……だとしても、それでも、やっぱりわたしは、七星君に誰かを殺してなんて、ほしくないから」
「…………」
「ダメ、かな?」
「……ダメじゃねーよ」
七星は蒼月弓を下ろした。
「言ったろーが。オレの目的は、あくまで、おまえのハッピーエンドだって。そのおまえが望まねー真似、オレがするわけねーだろ」
「ありがとう、七星君」
十六夜は嬉しそうに微笑んだ。
「もっとも、今度またおまえに手え出しやがったら、そのときは本当に容赦しねーがな」
『その心配はありません』
七星の頭に、静火の声が届いた。
『そのときは、責任を持ってわたくしが廃棄処分にしますので。彼には、高崎君を勝手に屋敷から連れ出されたケジメも、まだ取らせておりませんし』
「……任せて、大丈夫そーだな」
七星は蒼月弓を消すと、もう1度太陽神を見た。
「命拾いしたな、太陽神様。けど、次はねーからな。せーぜー気を付けるこった」
七星はそう言うと、地上に転移した。
「あー疲れた。やっぱ、慣れねー熱血はやるもんじゃねー」
七星は肩をほぐした。
「終わったん? てゆーか、あんた、ホンマに七星君なん?」
幸が今更ながらに尋ねた。
「まーな」
七星は軽く答えた。オカルトを否定し続けてきた七星だったが、自分がその体現者となってしまっては、認めないわけにはいかなかった。
「まあ、それはええとして、いつから十六夜さんの中におったん? 撃たれた後すぐなん?」
「だったら、なんだってんだ?」
「それって、なんかヤラしない? 要するに、七星君、幽霊になったんをえーことに、十六夜さんを、ずーと覗き見し続けとったっちゅうことやろ? それこそ、トイレのなかとかも」
幸に指摘された直後、十六夜の顔が真っ赤になった。
「見たんですの? 見たんですのね。いやらしいですの。ハレンチですの。ゲスの極みですの」
龍華は眉をひそめて七星から離れた。
「待て、おまえら! 言っとくけどな、オレは好き好んで、十六夜の体に入ったわけじゃねーんだぞ」
七星の必死の反論にも、2人の目は冷ややかなままだった。
「ちゅうか、そんなムキになって否定せんでえーて。女なんてキョーミないって素振りしとっても、やっぱ七星君も、フツーの男やったっちゅうだけのことなんやから」
「だから違うって言ってんだろーが! あいつに撃たれた後、急にスゲー力で十六夜の体のなかに引っ張り込まれちまったんだよ!」
「それは、おそらく十六夜さんの仕業です。十六夜さんの、七星君と離れたくないという思いが、無意識に月の女神の力を発動させたのでしょう」
静火が補足した。
「まー、それはいーんだけどよ。これ、どーやったら、外に出られるんだ? こいつのなかに入ってから、ずーっと試してんだけど、ぜんぜん出られねーんだけど」
「それは十六夜さん次第です。十六夜さんの、七星君と離れたくないという気持ちがそうさせた以上、今度は彼女があなたと離れることを望むしか方法はありません」
「……よーするに、十六夜がオレにしがみついて離さねーから、オレはここから出られねーってことか?」
「そういうことです」
「おい、聞いたか、十六夜。そーゆーことだから、さっさと離せ。じゃねーと、オレはずーっと、おまえのなかに居続けることになっちまうんだぞ」
「……でも、そうしたら七星君は今度こそ……」
「しょーがねーだろーが。死んだもんは死んだんだからよ」
「そのことですが、七星君は、まだ死んではおりません」
静火は、さらりと言った。
「は?」
思わず、一同の声が重なった。
「どういうことですの?」
龍華は、うさん臭そうに眉をひそめた。
「そやで。だいたい七星君、撃たれて、あない血もぎょーさん出て、心臓も止まっとったやん」
幸も不審そうだった。
「それはリングの力によって、七星君の肉体が仮死状態となったからです」
「リングの力って、あの七星君がつけられとった輪っかのことかいな?」
「そうです。あのリングの本当の目的は、七星君の自由を奪うことではなく、七星君の力を封じるとともに、身を守ることだったのです」
「守る?」
「そうです。十六夜さんの護衛役として傍にいた七星君は、神々にとって邪魔者でしかありませんでした。そのため七星君は、いつ神々に命を狙われてもおかしくない状況にあったのです。そこで、わたくしたちは七星君に保険をかけておいたのです。あの首輪をつけている間、七星君の回復力は常人をはるかに超え、瀕死の重傷を負った場合には、一時的に生命活動を停止させ、その間に肉体の修復を図るようになっていたのです。その証拠に、ボクシングであれだけ殴られたにも拘らず、翌日には平然としていたでしょう。本当なら、あれだけ殴られれば、翌日には顔中腫れ上がり、まともに起きることもできなかったはずです」
「そーゆーたら」
「そして案の定、彼らは七星君を狙ってきました。そして撃たれた七星君は、本当であれば一時的に仮死状態になった後、肉体の修復を待って復活するはずでした。しかし先に言った通り、その前に十六夜さんが七星君の魂を自分のなかに取り込んでしまったため、七星君の肉体は修復が済んだ後も仮死状態のままとなっているのです」
「じゃー、ここから出て、体に戻りさえすれば復活できるってことか?」
「そういうことです」
「いや、それには及ばんよ」
そう言ったのは、ここまで空気と化していた常盤だった。
「どーゆーことだ、キモオタ?」
「うむ、そもそもこの大会の優勝賞品を不老不死としたのは、十六夜君が人類の本質を見極める材料のひとつとするためだったのだ。人類の永遠の夢である不老不死が手に入るとなれば、誰しも欲望をむき出しにするだろうと考えてね。しかし、この大会での参加者たちの醜悪な振る舞いを見るにつけ、人類が不老不死を手にするのは、やはり時期尚早ではないかと思うようになった」
常盤は、そこでひとつ咳払いした。
「言っておくがね。別に君と立石君の話を聞いて、考えを改めたわけでは決してないから、そこのところは勘違いしないでくれたまえよ。そもそも、我が家のセキュリティーは万全なのだ。たとえ静火君が守ってくれなくとも、私のコレクションがテロリストの手によって失われる可能性など、万にひとつもないのだからね」
常盤は力強く断言した。まるで自分に言い聞かせるように。
「かと言って、このまま有耶無耶にしたのでは、君たちも納得がいかないだろう。十六夜君に支払う再戦の報酬も未払いのままとなっていることだしね」
常盤は十六夜を一瞥した。
「そこで、私は不老不死に変わる賞品を用意した。それと、私のわがままに付き合ってくれた君たちにもね」
常盤は、旧九十九チームを見回してから、静火に目を止めた。
「そういうわけだ、静火君。やってくれるね?」
「承知いたしました、旦那様」
静火は神妙な顔でうなずくと、
「では、失礼いたします」
渾身の1撃を常盤の顔面に叩き込んだ。そして殴り飛ばした常盤の体に馬乗りになると、さらなる拳の雨を浴びせかけたのだった。
「ま、待って! もういい! もう十分だからあ!」
そう制止する常盤の声にも、静火の拳が止まることはなく、
「やーめーてー!」
その悲痛な叫びを最後に、ついに常盤は動かなくなってしまった。
そこでようやく手を止めると、静火は常盤から離れた。直後、常盤の体から強烈な光が放たれ、
「待たせたね、諸君」
光が消えた後には、二十代前半まで若返った常盤が立っていた。
「我が名は常盤総! 宇宙を統べる創造主にして、世界のオタク文化を守る不滅の守護神なり! 我、長き沈黙を破り、今ここに完! 全! 復!」
活! と、常盤が最後の決め台詞を言い切る寸前、
「かぶお!」
静火に再び殴り飛ばされてしまった。
「いい加減お静まりを、旦那様」
「後ちょっとだったんだから、最後まで言わせてくれたっていーじゃないか。酷いよ、静火君」
常盤は涙目で抗議した。
「なんなら、もう1撃お入れいたしましょうか?」
「いえ、結構です」
常盤は速やかに口をつぐんだ。
「何がど-なってんだよ、ドS女?」
七星はうさん臭そうに、若返った常盤を見た。
「旦那様に施されていた封印が解けたのです」
「封印?」
「そうです。ここ数十年、旦那様の力は封印状態にあったのです。その封印はわたくしが施したものであり、解封もわたくしにしかできないようになっていました」
「使用人が主の力を封印してたのか? 完全に立場が逆転してるな。今さらだけど」
「仕方なかったのです。放っておくと旦那様は、その力を際限なく、ご自分の趣味のために悪用なさいますので」
「で、今ブン殴ったのが、その解除法ってわけか? つーか、そこは普通キスじゃね?」
「このほうが、どちらにとっても都合がよかったのです」
「ドSとドMだからか?」
「この解封法であれば、わたくしはどんなに旦那様に怒りを覚えようが手が出せず、旦那様もどんなに力が使いたくとも、痛い思いをしたくないので我慢する。お互いにWINーWINの方法だったのです」
「……つまり、力を封印されたままでいるほうがマシと思うほど、それまで殴られてたってことか?」
「殴っていたのではありません。旦那様に、常盤グループの総帥として、御自分が背負っているものの重さを叩き込んでいたのです」
「……で、力を復活させて、どーしよーってんだ?」
「こうするのだ!」
常盤は力を解き放つと、床に光の魔法陣を描き出した。
「では、また会おう、諸君」
常盤は右手を高々と上げた。するとその直後、魔法陣から天空へと光の柱が打ち立てられ、
「!?」
七星たちの意識は、その光の奔流のなかに飲み込まれていったのだった。
そして、
「ふう」
創造主として成すべき事を成し終えた常盤は、自宅へと帰還した。その容姿は再び五十代に戻っており、自室も静火に焼き払われる前の状態に戻っていた。
「おお……」
常盤は喜びに打ち震えながら、本棚へと歩み寄った。そして本棚の最上段に手を伸ばすと、ボロボロのカ-ドアルバムを取り出した。見ると、それは間違いなく以前静火に捨てられた、ワールドスタンプブック「怪獣の世界」だった。
「うう……」
常盤の目から、思わず歓喜の涙がこぼれ出た。
「会いたかったよお、僕の怪獣スタンプうう。もう2度と放さないからねえ」
常盤は愛しげに、一度は焼失したアルバムに頬擦りした。
「はっ!」
ひとしきりアルバムを愛でた後、常盤は我に返った。
「い、いかん。こんなことをしてる場合ではなかった。早くこの子たちを、どこか安全な場所に避難させなければ」
常盤が行動に移ろうとしたとき、
「旦那様」
背後から声がした。その聞き慣れた女性の声に、
「ふお!?」
常盤が恐る恐る振り返ると、
「ぎゃー!」
そこには予想通り静火が立っていた。しかも掃除機を持参して。
「し、し、し、静火君」
常盤にとっては大誤算だった。当初の計画では、静火が部屋に来るまでにアルバムを隠蔽しておく予定だったというのに。
「……今回の所業、旦那様らしからぬ凶行と思っておりましたが、すべてはそのボロクズを取り戻すための狂言だったのですね」
当初の計画では、決勝戦が終わり、十六夜たちが帰国した時点で真相を打ち明ける手筈となっていたのだ。それを、悪乗りした常盤が九十九たちを吸血鬼化してしまったため、無駄に話がややこしくなってしまったのだった。
「ボ、ボロクズなんかじゃないよ。こ、これは世界にひとつしかない、私の大事なコレクションなんだ」
常盤は静火から隠すように、アルバムを抱きかかえた。
「それで、その大事なコレクションとやらを取り戻すために、今回のことを仕組んだというわけですか?」
まさにその通りで、常盤は静火にアルバムを処分されたときから、この計画を企てていたのだった。
十六夜姉弟が優勝すれば、それでよし。もしどちらも優勝しなかったとしても、そのときは2人のがんばりに敬意を表する形で九十九を吸血鬼に変えて姉にぶつける。そうして、わざと修羅場を作りだすことで、静火が自分の封印を解かざるを得ない状況を作り出そうとしたのだった。
そして狙い通り、静火に封印を解かれせた常盤は、魔法で時間を遡り、アルバムを取り戻すとともに「ジョブシステム」を組み込んだ異世界の創造に取り掛かった。
これは常盤にとって、自分が思い描いたゲームアイディアを復活させるとともに、以前から考えていた「異世界ストア」の土台作りでもあった。
惜しむらくは、1から世界を創る時間がなかったために、元からあったディサースをコピーする形にせざるを得なかったことだった。これは、グズグズしていると、怖いメイド長に計画を阻止されてしまう恐れがあったからだが、結果として無理やり「ジョブシステム」を組み込んだディサースは、いささか整合性の欠けた、不安定な世界となってしまったのだった。
しかし、それでも静火に見つからず、ほぼ思い描いた通りの世界を創造できたことは、常盤にとって満足の行く成果であった。
後は、大地辺りを責任者として、来たるべき魔物との戦いに備えて、子供たちを勇者として育成する。
それが、今回常盤が描いた筋書きであり、事は彼の筋書き通りに運んだのだった。
ここまでは……。
「覚悟はよろしいですね、旦那様」
静火は掃除機のスイッチに指をかけた。
「ま、待って! お願いだから燃やさないで! この子たちに罪はないんだ!」
常盤はアルバムを背に隠した。
「何か、勘違いしておられるようですね、旦那様?」
「え?」
「わたくしは、今回の凶行の責任を取らせるために、ここに来たわけではありません」
「え? そうなの?」
常盤の顔に光が差した。
「はい、確かに旦那様のせいで、この3年のわたくしの苦労はなかったことにされたうえ、まるでわたくしまでが人類の吸血鬼化を企む邪悪な組織の一員であるかのような扱いとなってしまいました」
そもそも、常盤が当初設定した不老不死の技術は、本来吸血鬼化ではなかったのだ。それを常盤が「吸血鬼化のほうが悪の組織っぽい」という理由で、勝手に吸血鬼化ということにしてしまったのだった。
「ですが、それはあくまで私事。旦那様のお側で働かせていただいている身である以上、文句を言う筋ではございません。わたくしがここに来たのは、敗軍の将である旦那様に、先の敗戦の責任を取らせるためなのです」
「ええ!?」
常盤は再び奈落の底へと突き落とされた。
「は、敗軍の将って……私は、君に無理矢理出場させられただけで」
「旦那様が黒幕であることは、誰の目にも明らかです。しかもその采配ミスが原因で、弟さんは負けたようなものです。それでも御自分にはなんの責任もないと、そうおっしゃるのですか、旦那様?」
「ち、違うよ。あれは……そう、あれは、わざとそうしたんだよ。あのまま九十九君が勝ってしまったら、さすがにマズいと思って。最終的に絶対九十九君が負けるように、布石として六堂君を入れておいたんだよ」
「……つまり旦那様は、さも九十九君の味方であるように振舞っておきながら、実のところ最初から彼をだまし、あまつさえ、そのために彼らを無駄に傷つけた、と、そういうことなのですね?」
その種の背信行為は、静火がもっとも忌み嫌うものだった。それこそ、そんな者は、この世に存在しないほうがいいと思うほどに。
「違うからあ! 今のは嘘だからあ! 本当は、本当に気づかなかっただけだからあ! だから殺さないでえ!」
常盤は恥じも外聞もなく泣きわめいた。
「ご安心ください。確かに、敗軍の将は死罪が世の常ですが、そこまでは申しません。その代わり……」
「そ、その代わり?」
常盤は生唾を飲み込んだ。
「この屋敷にある旦那様のコレクションを、すべて灰にいたします」
静火は掃除機のスイッチを入れた。
「いやあああああ!」
絶叫する常盤の目の前で、掃除機の吸引口から勢い良く炎が噴き上がった。
そして常盤のコレクションは、この夜、永遠に失われたのだった。




