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第123話

 決戦当日。

 会場入りした十六夜の顔に、悲しみの色はなかった。

 むろん七星を失った悲しみが消えたわけではない。だが、悲しんでいたところで七星が生き返るわけではない。ならば、今自分がすべきことは、七星の命を奪った太陽神の野望を打ち砕くこと。


 十六夜は、七星を失った悲しみを太陽神への怒りに変えて、かろうじて砕けそうになる心を支えているのだった。そして、その太陽神も十六夜たちに2分遅れで会場入りしたが、現れたのは彼だけではなかった。


「立石さん?」


 太陽神とともに現れたのは、間違いなく日本に帰ったはずの立石たちだった。


「ああ、この3人かい」


 太陽神は立石たちを見た。


「彼らは、私のサポート役だよ。私が君たちと再戦すると聞いて、ぜひとも協力したいと申し出てくれたんだよ。そうだね、3人とも」


 太陽神の問いかけに、立石は沈黙で、残る2人はうなずきで答えた。


「ほらね」


 太陽神は微笑すると対戦席に着いた。


「あと七星君のことは、私も残念だよ。彼には、ぜひ自分の手でリベンジしたかったんだがね」


 目を伏せる太陽神に、十六夜の目が鋭さを増した。


 後から聞いた静火の話では、高崎は1回戦の後、ずっと常盤邸の地下室に拘束されていたらしかった。

 その高崎が再びインドネシアに現れて七星を射殺し、日本に帰ったはずの立石たちが敵として現れた。

 今考えれば、沙門の母親が迎えに来たタイミングも、あまりにできすぎていた。


「……怖い顔だね。まさか、私の仕業だと思っているんじゃないだろうね? 言っておくが、私は何もしていないよ。すべて彼が勝手にやったことだ」


 太陽神の言葉に、真実味は欠片もなかった。しかし犯人の高崎が今も逃走中である以上、太陽神を断罪できる証拠もない。

 今の十六夜にできることは、この試合に勝って太陽神の計画を阻止することだけ。だからこそ七星を亡くした絶望感に打ちひしがれながらも、今この場にいるのだった。


「それと、この試合、先行は君に譲ろう。私としては、できれば前回と同じ条件で戦ったうえで、君にリベンジしたいのでね」


 この太陽神の申し出に十六夜も異論はなく、試合は十六夜の先手で始まった。


 両者の思惑が盤上で交錯するなか、先に仕掛けたのは太陽神だった。


 太陽神は初戦にポ-カ-を選び、この勝負を十六夜も受けた。

 そして幸と太陽神によって行われたポーカー勝負は、太陽神のフルハウスに対し、幸は無役という惨敗に終わった。


「ごめん、十六夜さん」


 負けた幸は、申し訳なさそうに頭を下げた。


「いえ、気にしないでください」


 なにしろ相手は神。どんなに強運を誇る幸だろうと、一筋縄でいかないことは戦う前からわかっていたことだった。


 十六夜は気を取り直し、格闘ゲーム戦で巻き返しを図った。たとえ神が憑依していたとしても、その肉体は幸のものでしかない。そのため反射神経が重要になるTVゲーム勝負は、1番勝利が期待できるゲームだった。


「がんばってね、九十九」

「う、うん」


 九十九はぎこちなくうなずくと、太陽神との対戦に臨んだ。

 しかし期待されたTVゲーム対決も、終わってみれば太陽神の圧勝だった。


 そして2連勝と勢いに乗る太陽神は、次にチェス戦を仕掛けてきた。この勝負を十六夜も受けて立ち、今度は龍華が太陽神と相対した。しかしこの勝負も、やはり勝ったの太陽神だった。


「申し訳ありませんの、十六夜さん」


 龍華は、弱々しい声で十六夜に謝罪した。


「いいんです。気にしないでください。勝負は、まだまだこれからですから」


 十六夜は龍華を励ましたが、半分は自分に対する檄だった。

 そんな十六夜を見て、太陽神は失笑を漏らした。


「何がおかしいんですか?」


 十六夜は太陽神を睨み付けた。


「いや、すまない」


 太陽神は笑みを引っ込めた。


「君の道化ぶりが、あまりに度を過ぎていたのでね。笑いを堪えきれなかったんだよ」

「そうやって、勝ち誇っていられるのも今のうちです」

「いや、負けを承知で必死に戦う君の姿が滑稽だとか、そういうことじゃないんだよ」

「?」

「十六夜君、君はそこにいる3人が、実力で私に負けたと思っているようだが、実は違うんだよ」

「え?」

「その3人が負けたのは、わざとなんだよ」

「え!?」

「嘘だと思ったら、その子たちに聞いてみるといい」


 太陽神に促され、十六夜は改めて弟たちを見た。すると3人とも、バツが悪そうに視線を床に落としたのだった。


「その沈黙が、何よりの証拠だ」

「ど、どうして?」


 十六夜には信じられなった。弟の九十九は元より、龍華と幸のことも心から信用していた。それなのに……。


「どうやら弟君たちは話しにくいようだから、私が答えてあげよう」


 太陽神が言った。


「私は彼に取引を持ちかけたんだよ。この勝負で君が手を抜く代わりに、世界が滅亡した後も、君だけは姉と一緒に、いつまでも幸せに暮らせるようにしてあげる、とね」

「そんな……」


 十六夜は、もう1度九十九を見た。


「わかってるの、九十九? この勝負には、世界中の人たちの運命が懸かってるのよ? その勝負を投げ出すってことは、その人たちを見殺しにするってことなのよ?」

「……わかってるよ。でも、そんなのボクたちには関係ない話じゃないか」


 九十九は、ふてくされぎみに言い返した。


「か、関係ない?」

「そうだよ。その人たちが、ボクたちに何をしてくれたって言うの? パパたちが死んだときだって、誰も助けてくれなかった。学校だって、そうさ。ボクがイジメられてるのがわかってて、みんな見て見ぬフリをしてるだけだった。どうして、そんな奴らを助けるために、ボクたちが必死にならなきゃならないの? どいつもこいつも自分のことしか考えていないのに、どうしてボクたちだけが他人のことを考えてあげなきゃいけないの? そんな理由、どこにもないじゃないか!」


 九十九は、内に抑え込んでいた思いを一気に吐き出した。


「もう、どうでもいいじゃないか! 七星さんだって言ってたじゃないか! 魔物が復活するのは、人類の自業自得だ。そんなことに、オレたちが責任を持つ必要なんてないって」

「そ、それは……」

「その七星さんが殺されて、お姉ちゃんは敵討ちのつもりなのかもしれないけど、そんなことしたところで、七星さんは帰ってこないんだよ?」

「…………」

「それより、いっそ神様の言うとおりにして、その代わりに七星さんを生き返らせてもらえばいいじゃないか」

「七星君を、生き返らせる?」

「そうさ。取引するとき、あの神様はボクに約束してくれたんだ。ボクが言うとおりにすれば、パパたちを生き返らせてくれるって。そして家族4人、ずっと仲良く幸せに暮らせるようにしてくれるって。だから、もしお姉ちゃんが言うとおりにすれば、きっと七星さんだって生き返らせてくれるはずだよ。そうでしょう、神様?」


 九十九は太陽神を見た。


「もちろん、十六夜君が私の考えに賛同してくれると言うのなら、その程度の条件、いつでも受け入れてあげるよ」


 太陽神は微笑むと、龍華と幸に視線を走らせた。


「龍華君や幸君との約束も、もちろん守るつもりだよ。確か龍華君は、実家である龍華グループに現在仕掛けられている企業買収の停止、だったかな? 確かに龍華グループの全社員を、十六夜君1人のために路頭に迷わすわけにはいかないからね。賢い選択だと、私も思うよ」


 おそらくは買収の仕掛け人である太陽神にそう慰められ、龍華は唇を噛みしめた。


「そして、確か幸君は、これから先も強運の持ち主でいられることだったね。いかに神がかり的な強運の持ち主であろうと、本物の神の前では無力。それどころか神に刃向えば、その強運さえも失うことになりかねない。そんなリスクを冒してまで、十六夜君に協力する義理はない。これも賢明な判断だ」


 太陽神は優しく笑いかけられた幸は、気まずそうに太陽神から目を逸らした。


「これでわかっただろう、十六夜君」


 太陽神は改めて十六夜に向き合った。


「これが人間の本性なんだ。人間という生き物は、愛だの友情だのと、口でどんな綺麗事を並べてみたところで、結局のところは自分のことしか考えない、浅ましく利己的な存在なんだよ。思い出せ。七星君がいないところで、君が他人からどんな仕打ちを受けてきたかを。そして、君を唯一庇ってくれた七星君でさえも、奴らは平然と殺したんだぞ。そんな奴らに、君が身を挺してまで守る価値があると、本当に思っているのか? いい加減、目を覚ますんだ」

「わ、わたしは……」


 十六夜は言葉を詰まらせた。


 信じていた仲間に裏切られたうえ、もっとも大切な人間まで奪われた今の十六夜に、太陽神の言葉を覆せるものを持っていなかった。


「彼らは、自らの存在価値を他者と比べることでしか認識できず、他者を蔑むことでしか自らの幸福を実感できない、卑小で下劣な餓鬼なんだ。自らの利害のために他者を害し、数多の戦争を繰り返したあげく、自らの目先の生活を豊かにするためだけに核を弄び、この先何万年という月日を待たねば無力化できない負の遺産を子孫に残して平然としている。まったく無責任極まりない生ゴミでしかないんだよ」


 太陽神は言い捨てた。


「もはや、今の人類に存在価値など微塵もない。それとも君には今の人類を改心させ、善なる方向へと導ける術があるとでもいうのかい? あるなら、ぜひ拝聴したいものだ。信じている、などと綺麗事を言うだけなら、それこそ誰にでもできるのだからね。どうなんだい?」

「そ、それは……」

「答えられないか? ならば、そんな君に我々の行為を否定する資格などない。今の人類を排除し、新たな命を育む。これは、人類の成長を見守り続けてきた我々が、苦渋のすえに下した決断なのだからね」


 太陽神の説得に、十六夜の心が折れようとしたとき、会場に一筋の光が差し込んだ。


「そんなことはさせないのです!」


 魔法少女の帰還だった。




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