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第121話

 経緯はどうであれ、2勝を取り返した十六夜は、続けて将棋戦を仕掛けた。


「将棋戦か。なら今度こそオレ様の出番だな」


 九重が立ち上がった。


「このときを待っていたのです!」


 沙門は奮い立つと、さっそく新たな霊を召喚した。


「ホント、懲りない奴だぜ」


 九重は呆れ顔で対戦席に着いた。


「後は任せるのです、水野さん」


 儀式を終えた沙門は目を閉じた。それを見て、九重は即座に沙門の意図を察した。


「そうか、今度は高位霊を取り憑かせて戦う気か。けど無駄だぜ!」


 九重はポケットから将棋の駒を取り出すと、付喪神を呼び出した。


「また返り討ちにしてやるぜ!」


 両者ともに戦闘準備が整ったところで、沙門と九重の第二戦が始まった。しかし、その試合風景は前回とは異なり、付喪神と話しながら指す九重に対し、沙門は口を真一文字に引き結び、黙々と指し続けていた。


 身に纏う空気から変質させた沙門の厳しい攻め手に、九重は少しずつ押されていく。そして、


「王手」


 最後は沙門の指した金が九重の王の逃げ場を奪い、彼女は見事に前回の屈辱を晴らしたのだった。


「見たですか! これが魔法少女の真の実力なのです!」


 元に戻った沙門は、前回のお返しとばかりに言い放った。


「え、偉そうに-」


 九重は悔しさに拳を震わせた。


「だいたい、さっきは負けたんだから、これで1勝1敗だろ! そういうセリフは、次勝ってから言えよな!」

「望むところなのです。本気になった魔法少女は無敵なのです。そのことを、次の勝負で証明してやるのです」

「こっちだって、次は最初から本気出す!」


 2人は「フン!」と顔を背け合うと、サポ-ト席へと引き上げていった。


「完全に追い上げム-ドって感じですけど、それもここまでです」


 九十九は次の1手で、右ナイトをポ-ンにぶつけた。右ナイトのセットゲ-ムは格闘ゲ-ムであり、九十九にとっては勝利が約束されているゲ-ムだった。


 十六夜もそれは承知しており、彼女はこの勝負をパスした。そして十六夜チ-ムの追い上げム-ドを断ち切った九十九は、追い討ちをかけようとシャンチ-戦を仕掛けた。


 シャンチ-の担当は花宮で、このゲ-ムで勝てば、九十九チ-ムの勝利はほぼ確定だった。その土壇場で、十六夜チ-ムから出てきたのは七星だった。


「やっとですか。ずいぶんと、もったいぶった登場ですね。まあ、1日に2回しかまともに戦えない欠陥品じゃ、無理もない話ですけど」


 九十九は皮肉ったが、七星にスル-されてしまった。


「無視ですか。それとも、返す言葉もありませんか?」

「別に。ただ、今ムカついてるのは、おまえじゃなくて、そいつなんでな」


 七星は花宮を指さした。


「花宮だっけ? 確かに、おまえの言う通り、目の見えねー苦しみは、十六夜にはわかんねーことだろうよ。けどな」


 七星は九十九を一瞥した。


「目が見えるようになった後で、こいつの言いなりになって、十六夜の吸血鬼化に加担するのは別の話だろ」


 七星の指摘に、花宮は鼻白んだ。


「それとも何か? 吸血鬼化する条件として、この試合に出ることを強要でもされたってのか?」


 七星は九十九を横目に見やった。


「だとしたら、こいつに「十六夜の代わりに約束を守った」なんてセリフを吐く資格はなくなるわけだが? 十六夜なら、たとえ何があろーが、自分の善意に交換条件つけるような真似はしねーからな」


 七星に皮肉られ、九十九は顔を強張らせた。


「まあ、そーでなくても、目が見えるようにしてもらった恩があるから、無下に断ることができなかったってーのもわからなくはねーが」


 七星の眼光が鋭さを増した。


「仮にも、自分を助けてくれよーとした奴に、恩を仇で返すよーな真似しといて、何ドヤ顔してんだ? て、話だ」


 七星は、鼻白む九十九と花宮を交互に見やった。


「ホント、おまえら見てると、他人のために動くのがアホらしくなってくるわ」


 七星は吐き捨てた。


「……言いたいことは、それだけですか?」


 九十九は極力平静を装い、感情のこもらぬ声で言い返した。


「あ-、無駄話が過ぎたな。さっさとやろ-か」


 七星は対戦席に着き、花宮も席に着いたところでシャンチー戦が始まった。

 そして先のオセロ戦同様、盲目というハンデがなくなった花宮は強かったが、それでも七星には1歩及ばなかった。

 

「あー、アホくせー」


 勝った七星は花宮を尻目に言い捨てると、さっさとサポート席に戻ってしまった。


 そして次の十六夜の手番、彼女はポ-ンを動かし、運勝負となる戦争戦を仕掛けた。


「ほら、出番だぞ、幸」


 この勝負の仕掛け人である七星は、サポ-ト席でうなだれている幸の前に立った。


「……なに言うてんねん、七星君。うちが出たところで、負けるだけやん」


 そう言う幸の顔には、ありありと死相が浮かんでいた。


「そんなもん、やってみなきゃわかんね-だろうが」

「あかんて、七星君。もう、うちはおしまいなんや。うちから強運取ったら、もうなんも残らへんねん。うちの人生は、もう終わってん。七星君も、もうあかんうちのことなんか放っといて」


 幸は、もはや生きる気力すら失っている様子だった。


 七星は幸の両頬を摘むと、左右に思い切り引っ張った。


「いだだだだ! 何すんねん、七星君!?」

「おまえの1番の長所は、無駄な明るさだろ。それまでなくしたら、それこそ本当に幸運の女神に見放されちま-ぞ」

「気楽に言うてからに。七星君には、どうせ今のうちの気持ちなんて、わかりっこないんや」

「安心しろ。そんなもん、元からわかろ-と思ってね-から。そもそも今の状況も、持って生まれた強運に頼りきって、自分じゃなんの努力もしてこなかった、おまえの自業自得だし」


 死人に鞭打つ七星だった。


「それでも行け言うなんて、ほんまドSやな、七星君。そんなに、うちをさらしモンにしたいんか?」

「そんなことのために、勝負捨てるよ-な真似するわけね-だろ。オレがおまえを行かせるのは、勝てると思ってるからだよ」

「何アホなこと言うてんねんな? 勝てへんから、こうなってるんやん」

「そりゃ、さっきの話だろ」

「何が違う言うん?」

「い-から行ってこい。そ-すりゃわかる」


 七星は幸の背中を押した。


「性懲りもなく、また幸君を出して来るとは。勝負をあきらめたのかね、七星君?」


 常盤は落胆のため息をついた。主催者としては、もう少し白熱した勝負を期待していたのだった。


「だから、そ-ゆ-セリフは勝ってから言えって言ってるだろ-が」


 七星は面倒臭げに言い返した。


 七星君は、うちが勝つって、ホンマに信じてくれとんのやな。


 幸は両頬を叩いて気合いを入れた。


「勝負や、常盤はん! 今度こそ負けへんで!」


 幸は対戦席に着いた。


 そして始まった戦争戦、それぞれが引いたカ-ドは、常盤が8だったのに対し、幸は9だった。


「な……」


 ありえない敗北に、常盤の顔から余裕が消し飛んだ。


「勝った? うちが?」


 幸自身、信じられなかった。


「やったああ! うちの勝ちやあああ!」


 幸は椅子から飛び上がると、七星に抱きついた。


「七星君、やったで、うち!」

「だから言ったろーが、勝てるって」


 七星の顔に驚きの色はなかった。


 逆に、常盤は驚天動地の直中にいた。


「そんな、バカな……」


 六堂に運を食われた幸に、自分が負ける要素はないはずだった。それなのに……。


「バカはテメーだ、キモオタ」

「ど、どういうことかね、七星君?」

「まだわかんね-のか?」


 七星は六堂を見た。


「テメー、言ったよな。そいつは予選落ちしたと」

「その通りだが、それがなんだと言うのかね?」

「だとしたら、普通に考えて、そいつの不運はオレたちより、テメーらのほうにこそ、より大きく働くはずなんだよ。でなけりゃ、そいつは他人の運を食って、自分は大会を勝ち抜いてこれたはずなんだからな」

「あ……」

「そうならなかったってことは、そいつには他人の運を食えても、その食った運を自分のために利用することはできねえってことだろ。よ-するに、そいつは確かに他人を不運にするかもしれね-が、それ以上に本人が運のないアンラッキ-ガ-ルってことなんだよ。そして、そんなアンラッキ-ガ-ルをチ-ムに入れたことで、テメーはテメーらの運を、そいつに食わせちまったんだよ」

「い!?」

「オレの言葉が正しいことは、これまでの戦績を見ても明らかだろ。最初は幸の勝ちを除いて、そっちのほうが優勢だったのが、後半は明らかにオレたちに勢いが戻ってきてる」

「う……」

「お-かた、幸の強運をそのサゲマンを使って殺したら、さぞオレたちがビックリするだろ-とか、そんな幼稚なサプライズ狙いで入れたんだろ-が。結果として、テメーは目先の利益に目が眩んで、チームを敗北に導くババを引き入れちまったんだよ」

「ええ!?」

「本当に、つくづくロクなことしね-疫病神だよ、テメ-は」


 七星に滅多斬りにされた常盤は、


「おお……」


 その場にガックリと崩れ落ちた。


「常盤さん、大丈夫ですか? しっかりしてください」


 九十九が失意の常盤に駆け寄った。


「す、すまない、九十九君。君によかれと思ってしたことが、まさか、こんな結果を招くことになろうとは……」


 常盤は申し訳なさそうに九十九を見た。


「善意の押し売りが、1番タチが悪いんだ。なまじ悪意がないだけに、断るに断れね-から」


 七星の冷ややかなダメ押しが、常盤の心に深々と突き刺さる。


「あんな人の言うことなんか、気にしないでください」


 九十九は常盤に微笑みかけた。


「わかってますよ、常盤さん。あなたがボクのことを考えて、やってくれたってことは」

「つ、九十九君」


 常盤には九十九が天使に見えた。


「それに、こうなったのは常盤さんのせいじゃありませんから」


 九十九は立ち上がると、サポ-ト席にいる六堂へと近づいていった。


「六堂さん」

「は、はい」

「悪いんだけど、君、今すぐここから出てって」

「え?」

「わからないかな? このまま君がチ-ムにいたら、ボクたち負けちゃうんだよ。だから、どっか行けって言ってるんだよ」

「そ、そんな……」


 その九十九の言葉は、六堂の心を深く抉った。


 自分が不幸を呼ぶことは、六堂自身が誰よりもよく理解している。だからこそ、彼女は誰とも関わらないように努めてきたのだった。しかし、そのなかで九十九だけは、そんなことは気にしない。君が必要だと言って、仲間に入れてくれた。

 それだけに、その同じ九十九から出た拒絶の言葉は、今までの誰に浴びせられた罵倒よりも、朝倉の心を傷つけたのだった。


「君がいなくなれば、ボクたちの運も元に戻る。そうすれば、まだ勝ち目はあるんだ」


 九十九は六堂の肩を掴み上げると、


「わかったら消えろ、この疫病神!」


 六堂を突き飛ばした。直後、


「九十九!」


 怒声とともに、十六夜の平手打ちが九十九の左頬に炸烈した。


「ね、姉さん?」


 殴られた左頬を押さえながら、九十九の頭は真っ白になった。今まで姉とは口喧嘩をしたことこそあれ、殴られたことなど1度もなかったのだった。


「いい加減にしなさい!」


 十六夜は柳眉を逆立てた。


「なんてことを言うの、あなたは!」

「え? あ……」

「そのうえ女の子を突き飛ばすなんて、それでも男の子なの! 恥を知りなさい!」

「だ、だって……」

「だってじゃない!」


 十六夜は弟を一喝した。


「その人も、あなたのために試合に出てくれたんでしょう! それなのに少し負けそうになったら、すべてその人のせいにするなんて、みっともないと思わないの!?」

「だって……」

「だってじゃないって言ってるでしょ!」


 再び姉に怒鳴られ、九十九は身をすくませた。


「たとえ常盤さんに言われたとしても、その人を試合に出すことを決めたのはあなたでしょ! だったら、その責任はあなたが取って当たり前! それを、すべてその人のせいにして八つ当たりするなんて、いつからそんな卑怯な子になったの、あなたは!」

「ボ、ボクはただ、この試合に勝って、姉さんと一緒に……」

「そのためなら、何をしても許されるとでも言いたいの!? 自分さえよければ、どんなに他人を傷つけてもかまわないって!? それじゃ、あなたをいじめた子たちと一緒でしょ!」

「ち、違」

「いったい、どこが違うって言うの! 言ってみなさい!」


 十六夜の容赦ない追求に、九十九は返す言葉がなかった。


「……ご、ごめんなさい」


 九十九は泣きそうな顔で、ついに姉に全面降伏した。


「謝る相手が違うでしょ。謝るなら、その人に謝りなさい」


 十六夜は六堂を見た。


「ご、ごめんなさい」


 九十九は六堂に深々と頭を下げた。


「本当にごめんなさい。この子には、わたしから後でうんときつく叱っておきますから、許してあげてください」


 十六夜は六堂を助け起こした。


「い、いえ、あ、あたしなら、だ、大丈夫、です。こ、こういうの、慣れてますから」


 六堂は自虐的な笑みを浮かべた。その顔を見て、九十九は今さらながらに、自分のしたことの罪深さを自覚した。


「ごめんなさい、朝倉さん!」


 九十九は改めて、今度は本当に心から六堂に謝罪した。


「さあ、それじゃ試合を再開しましょ」


 十六夜は九十九を対戦席へと促した。


「けど、これ以上続けたって、どうせもう……」


 九十九はうつむいた。


「何言ってるの。まだ負けたわけじゃないでしょ」

「だけど……」

「この試合は、あなたが始めたものでしょ。そのあなたが、1番最初にあきらめてどうするの? そんなことして、ここまであなたに付き合ってくれた皆さんに、悪いと思わないの?」

「そ、それは……」

「わかったら試合を続けなさい。そして最後まで勝つために全力を尽くすの。いいわね」

「……うん」

「よし、いい子ね」


 十六夜は九十九の頭を撫でた。


 そして対戦席に戻った九十九は、改めて自分の置かれた状況と向き合った。


 そうだ。ボクはまだ負けたわけじゃない。ボクにはまだ、切り札が残ってるんだ。


 九十九の得意ゲ-ムがセットされている4駒は、盤上にすべて残っている。この4駒がある限り、まだ勝機はあるはずだった。


 九十九はル-クを動かし、シュ-ティングゲ-ム勝負を仕掛けた。そして十六夜もこの勝負を受けて立ち、七星が九十九の相手をすることになった。彼自身は別に出場したくなかったのだが、例のセクハラ作戦を実行させないために、龍華に無理やり出場させられたのだった。


「あなたに……いや、おまえなんかに負けるもんか」


 九十九は七星に敵意を剥き出した。


「そうさ、ずっと気に入らなかったんだよ、おまえのことは。当たり前みたいに、いつもボクの姉さんの傍にいて、ボクの姉さんにベタベタしやがって」


 シスコンパワ-全開の九十九を見て、七星はフンと鼻を鳴らした。


「ずいぶんマシな顔になったじゃね-か。そっちのほうが、さっきまでのすまし面より、ずっと活き活きしてるぜ」

「…………」

「姉ちゃんに引っぱたかれて目が覚めるとか、骨の髄までシスコンだな」

「う、うるさい! 勝負だ!」


 九十九はコント-ラ-を握り締めた。正直なところ、他のゲ-ムで七星に勝つことはできない。しかし、だからこそ得意なTVゲ-ムでだけは負けられなかった。


 他人から見れば、くだらない意地かもしれない。しかしこのゲ-ムスキルは、それこそ寝る間も惜しんで積み重ねてきた努力の結晶なのだ。そしてその結晶は、運に左右されるほど軽いものではないはずだった。


 運なんて関係ない。絶対勝つ!


 九十九は雑念を振り払い、着実にスコアを稼いでいった。

 対する七星も、今までになくスコアを伸ばし続け、2人の勝負は決着が着かないまま時だけが過ぎていった。

 しかしゲ-ムが長引くにつれ、2人のスコアに差が出始めた。七星が、段々面倒臭くなってきたのだった。そして、


「あ……」


 最後は操作ミスで撃墜されてしまった。


「ざま-みろ! ボクの勝ちだ!」


 九十九は、ここぞとばかりに勝ち誇った。


「だから、そ-ゆ-セリフは試合に勝ってから言えって言ってるだろ-が」


 七星は疲れた顔で言い返した。


「言われなくても、試合にだって勝ってやるさ。見てろ」


 七星の負け惜しみに気を良くした九十九は、続く格闘ゲ-ムでも七星に勝利した。


「次でケリつけてこい」


 対戦席を離れぎわ、七星は十六夜にささやいた。


「え?」


 十六夜は七星の真意がわからぬまま、とりあえず席に着いた。


 そして次の九十九の手番、彼はビショップでチェックメイトをかけた。

 これに対し、十六夜はクイ-ンでビショップを奪いにいった。しかし、それは九十九も想定済みだった。ここで姉にオセロ戦で勝利すれば、チェックメイトで自分の勝ち。反対に、もし負ければクイ-ンを失い、負けが濃厚となる。つまり彼は、この1戦を自分たち姉弟の、事実上の最終戦と定めたのだった。


 七星君、もしかして、この展開にするために、わざと……。


 十六夜は七星を振り返った。


「勝って、バカ弟に姉ちゃんの偉大さを思い知らせてやれ」

「うん」


 十六夜は七星に力強くうなずくと、九十九との最終決戦に臨んだ。


 対する九十九も、勝算を持って試合に臨んでいた。両親の影響でオセロは得意であり、姉の戦術は何度も対戦して心得ている。負ける要素は皆無だった。


 しかし、その自信はゲ-ムが進むにつれ、徐々に揺らいでいった。与し易しとタカをくくっていた姉の戦術が、前回とまるで変わっていたのだった。


 そんな……。


 計算違いはあせりを生み、あせりはミスを誘発する。


 結果、九十九はオセロ戦を落とし、姉の反転攻勢を許す結果となった。

 そして、この姉の猛攻に九十九も必死に応戦したが、


「チェックメイト」


 最後は姉のル-クにキングの逃げ場を奪われ、十六夜姉弟の再戦は姉の勝利で幕を閉じたのだった。



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