第119話
「て、どうすんねん、七星君! あんな勝負挑んでしもて!」
2人が消えたところで、幸が七星に詰め寄った。
「しょ-がね-だろ-が。あいつらが本気でその気になったら、人間のオレたちには太刀打ちのしよ-がなかったんだからよ」
七星は面倒臭そうに答えた。
「うん、むしろグッジョブだよ」
陽は親指を立てた。
「せやけど、うちら前の決勝じゃ、あの子1人に負けてもうたんやで。それが今度は吸血鬼になっとんのや。パワ-アップ確実やん! そんなんに、ど-やって勝つねんな?」
「ど-もしね-よ。だいたい、吸血鬼化する前から、あいつのセットゲ-ムでは勝てなかったんだし。今さらあいつがパワ-アップしよ-がしまいが、マイナスの意味で関係ね-んだよ。勝てね-もんは勝てね-。それだけだ」
「それだけて」
「そうですの。そもそも前の勝負でも、十六夜さんが負けなければ、わたくしたちの勝ちだったんですの」
龍華は容赦なく地雷を踏みつけた。
「けれど、今度は十六夜さんも相手が弟さんであることを考慮に入れた上で戦うでしょうし、なんなら十六夜さんはセットゲ-ムでは彼と勝負しなければいいんですの。メインゲ-ムであるチェス戦だけは十六夜さんがプレイしなければなりませんけど、そこはわたくしや甲斐性なしが、要所要所で十六夜さんにアドバイスすれば済む話ですの」
龍華は自信満々に言い切った。
「いや、あんたのアドバイスはいらんやろ。かえって戦況悪なるのがオチや」
幸は「ないない」と右手を振った。
「今のは聞き捨てなりませんの! 運がいいだけの能無し女の分際で!」
「誰が能無し女やねん!」
龍華と幸が激しく言い争う横で、
「マスタ-ソウの野望は、この魔法少女マリ-が必ずや阻止してみせるのです!」
沙門は魔法少女魂を燃え上がらせていた。なにしろ彼女にとっては、初めて直面した真の巨悪。しかも、それが吸血鬼となれば相手にとって不足なしだった。
「うん、一緒にがんばろうね」
陽は沙門に笑顔を向けながら、内心では今後の世界情勢に思いを馳せていた。
とりあえずは銀だね。
吸血鬼の存在が公になれば、銀の需要は間違いなく跳ね上がる。この先、状況がどう転ぶにせよ、買っておいて損はなかった。
皆が戦意を高揚させるなか、十六夜だけが暗く沈んでいた。
「ま-たおまえは、考えても無駄なことを、無駄に思い悩んでるな」
七星が十六夜の頬をつまんだ。
「い、痛い、痛いよ、七星君」
「ど-せ、おまえのことだから、こんなことになったのは自分が負けたせいだとか思ってんだろ。前にも言ったろ-が。考えても無駄なことは、考えるだけ時間の無駄だって」
「ち、違うよ。そんなこと考えてたんじゃないよ。ただ……」
「ただ、なんだよ?」
「わたしが優勝できてたとして、もし不老不死の正体が吸血鬼になることだって教えられてたとしたら、わたしはどうしただろうって思ってただけだよ」
「やっぱり無駄じゃね-か」
七星は一刀両断した。
「そんなことは、優勝したとき考えればよかったことであって、実際優勝できなかったんだから、今さら考えるだけ無駄だろ-が」
「だ、だけど、もしそうなってたら、わたしは九十九を助けるために、あの子が吸血鬼になることを受け入れてたかもしれない。そう思ったら、あの子の選択を一概に間違ってるとは言えないと思って」
「別に、誰も間違ってるなんて言ってね-だろ。要は、自分が他人の血を吸ってでも、不老不死でいたいかど-かってだけの話なんだからよ。オレが気に入らなかったのは、あいつがおまえの意志を無視して吸血鬼にしようとしたことであって、もしおまえがあそこで吸血鬼になることを受け入れてたら、別にオレは何も言わなかったろ-よ」
「な、七星君は、どう思ってるの? さっきは何も答えてなかったけど」
「オレか? オレは、それがどんな話だろ-と、あのキモオタが仕切ってる時点で、イエスの選択肢はね-んだよ」
七星の目に怒気がみなぎる。
「まあ、それを抜きにしても、なる気はなかったろ-けどな」
「どうして?」
「吸血鬼が実在するなんて世間に知れたら、それこそ世界中で吸血鬼狩りが始まるからだよ。いくらセレブ連中が金と権力に物を言わせよ-が、世間がそんな奴らをのさばらせとくわけがね-。そうなりゃ、それこそオチオチ昼寝もしてられなくなる。そんな生活オレはごめんだからな。かと言って、吸血鬼にとって人類は大事な餌だから皆殺しにするわけにもいかね-し。中世ならともかく現代において、吸血鬼になるメリットなんて、そう多くね-んだよ。それこそ自分だけが吸血鬼として、人知れず生きていくなら話は別だけどな」
「それじゃ九十九も……」
十六夜は青ざめた。
「あの口振りからすると、あいつはそれぐらい覚悟してんじゃね-か? ま-、漫画でも吸血鬼モノは、いくらでもあるからな。キモオタも、その辺のことは十分承知してるだろ-し、なんらかの対処法は考えてんじゃね-か? ドS女もついてるしな」
「で、でも……」
「だ-か-ら-、考えても仕方ね-ことは考えるなって言ってるだろ-が。そんなことより、今おまえにできることを考えろ。キモオタが言ってたろ-が。おまえが勝てば、すべておまえの望み通りにしてやるって。なら、今おまえがすべきことは、その言葉を信じて弟に勝つことだけなんだよ」
「う、うん」
「あと、おまえ自分がど-して弟に負けたか、理解してるか?」
「え?」
「オレが見るところ、おまえが弟に負けたのは、オセロの実力の問題じゃね-ぞ」
「じゃあ、なんで?」
「原因は、おまえの心だ」
「心?」
「そ-だ。定石のある盤ゲ-ムで、それでも勝敗が別れるのは指し手の判断だ。そしておまえは攻撃と防御の選択肢に迫られると、防御を選ぶ傾向にあるんだよ。たとえ相手に攻め込まれる前に、自分がチェックメイトに持っていける場合でもだ」
このことを七星が今まで黙っていたのは、問題が十六夜の心にある以上、言ってどうこうできるものではなかったからだった。
「初対面の奴はともかく、何度も指してるおまえの弟は、おまえのその受け身の性格を見透かしてたんだよ。だからあいつは、おまえにだけは勝てたんだ」
「…………」
「おまえのことだから、再戦までの間、寝る間も惜しんでチェスやオセロの勉強しようとか思ってたんだろ-が、今のおまえに必要なのは定石の復習じゃなく、おまえ自身の意識改革なんだよ。何かあれば、とりあえず自分が引けば、それですべて丸く納まると思ってる。その安直な負け犬根性を勝負にまで持ち込んでる限り、どんなに定石を覚えようと無駄なんだよ。そのことを、よく頭に叩きこんどけ」
「う、うん」
十六夜はうなずいたが、その目はいかにも自信なげだった。
「ま-、ダメならダメで、他に勝つ方法がね-わけじゃね-けど、できればこの方法は使いたくね-しな」
七星は、ため息まじりに言った。
「え? そんな方法あるん?」
幸が耳聡く聞きつけた。
「ま-な」
「どんな方法なん?」
「ヒジョ-にヒキョ-な方法だ」
「だから、どんな方法なん? 言うてみて-な。この際、卑怯でもなんでもええやん。この勝負は、勝つことが最優先なんやし」
「じゃ-ゆ-が、あいつがシュ-ティングゲ-ムで勝負してる最中に、オレが十六夜にセクハラするんだよ」
「セクハラ?」
「具体的には、あいつの勝負が始まったら、十六夜をオレの膝の上にでも乗せて、十六夜の体を触りまくるんだよ。すると、当然十六夜は嫌がって声を上げるだろ。で、その声は当然あいつの耳にも入る。おまえらも見た通り、あいつは重度のシスコンだからな。そんな光景を見せられたら、あいつは「何するんだ!」と、ゲ-ムを投げ出して、絶対止めに入るはずだ。そ-すれば確実に1勝できるし、その後もオレが十六夜にセクハラし続ければ、あいつはそれが気になってプレ-に集中できなくなり、自滅するってわけだ」
七星の提案は、確かに九十九の性格を計算に入れた、効果的な対策と思われた。しかし、
「却下ですの!」
龍華が真っ先に異を唱え、
「ヒキョーなのです!」
次に沙門が怒りの声を上げ、
「確かに、効果的だとは思うけど……」
実利主義である陽も、いい顔はせず、
「いや、さすがにそれはアカンやろ」
と、どんな汚い手を使っても、と言っていた幸にまで否定される始末だった。
「恥を知りなさいの! このわたくしがいる限り、そんな下劣な真似は絶対に許しませんの!」
龍華は真赤になって激昂した。七星の話を聞いて、高崎戦での出来事を思い出してしまったのだった。
「だから、気が進まね-って言ってるだろ-が」
七星としては、言えと言われたから言っただけなのに、よってたかって集中砲火を浴びせられるのは理不尽極まりなかった。
「気が進まないということは、いざとなれば使う選択肢に入っているということですの! それ自体が許せませんの!」
「わかった、わかった。この作戦は選択肢から除外する。それでい-だろ。それに、これはあくまでも、あいつが1人で挑んできた場合の話だしな」
「え? それって、弟君が誰か助っ人連れてくるってことかいな?」
幸は眉をひそめた。九十九だけでも厄介だというのに、その上さらに手強いサポ-トが加わるなど考えたくもなかった。
「あの弟には、キモオタがついてるからな。サプライズ好きのキモオタなら、負けた奴のなかから面白そ-な奴を連れてきて、オレたちにぶつけてくる可能性は十分ある。そっちのほうが、見てて面白いからな」
七星の意見に、一同は「確かに」と深くうなずいた。
「で、その場合、セットゲ-ムを変更してくる可能性もある。普通なら、前回の試合で全勝してるゲ-ムを変更する必要はね-んだが、キモオタはバカだからな。そこまで考えね-で、単純にサポ-ト役が得意とするゲ-ムを入れてくる可能性が高い。あの弟にしても、オレに散々煽られて頭にきてるから、できれば真っ正面からオレを叩き潰したいと思ってるだろ-しな」
この七星の推察通り、翌日発表された九十九のセットゲ-ムには、TVゲ-ムの他に将棋などの盤ゲ-ムも含まれていた。
そして万全の準備を整えた十六夜姉弟は、すべてに決着をつけるため、再び盤上で覇を競うことになったのだった。




