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第115話

 2回戦当日。

 先に会場入りしたのは十六夜チームだった。そして十六夜チームに遅れること5分。陽チームも会場入りしたが、現れたのは陽と沙門の2人だけだった。


「2人だけみたいやけど?」


 幸は七星にささやくも、


「そーみたいだな」


 軽く流されてしまった。


「そーみたいって、それって七星君の予知が外れたってことやん」

「だから、予知じゃねーって言ってるだろーが。ただの予測なんだから、当たるときもあれば外れるときもあって当然なんだよ」

「せやけど」


 幸はまだ不服そうだったが、もう七星は相手にしなかった。そうこうしているうちに、例によって沙門の前口上が始まった。


「ついに、このときがきたのです!」


 沙門は七星にステッキを突きつけた。


「あなたたちの野望は、この魔法少女マリーが必ずや阻止してみせるのです!」


 沙門の呪文攻撃が早くも七星のHPを減少させた直後、正面に設置されたスクリ-ンがついた。


「フハハハハ!」


 画面に現れたのは、黒いマントに身を包んだ常盤だった。


「よくぞ、ここまで来たな、魔法少女マリー。私がこの大会の主催者にして、十六夜君たちを影で操るマスターソウだ」

「マスターソウ!? では、あなたが悪の黒幕なのです!?」


 沙門は気色ばんだ。


「その通りだ、マリー君」

「許さないのです! あなたの悪しき企みは、この魔法少女マリーが必ずや阻止してみせるのです!」

「フッフッフッ、威勢だけはいいな。だが私を倒すためには、まずはそこにいる私の僕たちを倒さなくてはならん。果たして君にそれができるかな、魔法少女マリー?」

「もちろんなのです! 正義は必ず勝つのです!」

「おもしろい。ではその実力、我が僕ども相手にどこまで通用するか見せてもらおう」


 常盤は右手を振りかざした。


「行けい、我が僕どもよ! そして身の程知らずの小娘を、返り討ちにしてやるのだ!」

「やかましいわ!」


 七星は常盤に椅子を投げつけた。


「出張とか適当ほざいてバックレたと思えば、こんなところで湧いて出やがって! 引っ込んでろ! この糞キモオタが!」

「無駄なことは止めたまえ、七星君」


 常盤は鼻で笑った。


「こんなこともあろうかと、メインモニターはすべて防弾仕様にしてあるのだ。つまり君がどんなにブチキレようと、君ごときの力ではこの画面に、引いては私に傷ひとつつけることもできんのだよ」

「こんの糞キモオタが。相変わらず、無駄なことに無駄に凝りやがって」

「無駄のどこが悪いのかね? 無駄とは、すなわち余興であり娯楽。遊び心なくして、なんのための人生かね? そもそも君は根本的なところからして、世の中と言うものをわかっていない。本当に困ったものだ」


 常盤は右手で顔を覆うと、天を仰いだ。


「せっかくだ! せっかく私が男女共同生活という、ラブコメ展開に最高のシチュエーションを用意してやったというのに! 十六夜君に対して、なんのリアクションも起こさないままとは何事かね! それどころか「部屋を開けると、着替え中の十六夜君がいて鉢合わせ」や「誰もいないと思って風呂に入ったら、先に十六夜君が入っていた」など、この手の男女共同生活では、もはや定番となっているイベントも一切発生させずじまいときた! まったく、嘆かわしい話だ! 君はラブコメのお約束を、一体なんだと思っているのだあ!」


 常盤は血の涙を流した。実際、常盤は「お約束」を実現させるために、影で色々と仕掛けていたのだが、そのことごとくを七星に回避されてしまっていたのだった。


「知るかああ!」


 七星は審判用の椅子を、渾身の力を込めて常盤に投げつけた。


「こんの糞キモオタが! 真顔で何を言うかと思えば、ド糞くだらねえことを、顔面ドアップにしてぬかしやがって!」

「くだらなくなどなーい! 同棲生活におけるラブコメ展開は、宇宙の真理なのだ! これなくして、もはや宇宙は存在しえないのだ! ラブコメ展開とは、それほどまでに確立された、今やこの世になくてはならない人類の至宝なのだ!」

「何が至宝だ、ボケ! だいたい、元はと言えば、テメーがしっかり運営してねーから、高崎みてーなバカが出て、ドS女が暴走することになったんだろーが! くだらね-能書たれてる暇があったら、テメーが始めた大会ぐらい、テメーできっちり管理しやがれ! この能無しが!」

「……では、さらばだ、魔法少女マリー君。また会える日を楽しみにしているぞ。なお、この映像は自動的に消滅する」


 その言葉を最後に、メインモニターはオフになった。


「あのキモオタ親父め、いつか絶対ブッ殺してやる」


 改めて、固く心に誓う七星だった。


「おもしろい人だね」


 いつの間にか、陽が七星の隣に立っていた。


「……ただの変態親父だよ」


 七星は憮然と答えた。


「陽光だ。改めてよろしく、七星終夜君」


 陽は七星に右手を差し出した。その握手に応じてから、七星は対戦席に座る十六夜を見た。


「つーか、握手する相手が違うんじゃねーのか? おまえの今日の相手は、オレじゃなくてあいつだろ」

「そうだね。でも聖霊がささやくんだよ。このなかで、1番の要注意人物は君だってね」

「なんだよ、その設定まだ引っ張る気かよ?」


 七星は嫌そうに眉をひそめた。


「引っ張るも何も、事実だからね。君がどう思っているか知らないけど、ボクには本当に聖霊の声が聞こえるんだよ」

「へー、あーそー、それは、よーござんした」


 そう受け流す七星の目は、限りなく冷ややかだった。


「まるっきり信じてない目だけど、君だってそうなんだろ?」

「そうって何がだよ?」

「だから、君もボクと同じように、君を導く何者かの声を聞くことができる人間なんじゃないかってことさ」

「いや、全然」


 七星は右手を振って、陽の推測を全力で否定した。


「そーゆーオカルトとは、オレまったく無縁だから」

「そうかい? だけど、聖霊は確かにそう言っているよ。君はボクの同類だと。そして残念ながら、まだ君がその力を完全に自分のものにはできていないともね」

「だーかーらー、オレをその手の中2ワールドに引っ張り込むのは、やめろってーの」

「だけど君たちが勝つためには、その力を覚醒させるしかないんだよ。君がこの試合中に、どう化けるか。楽しみにしているよ」


 陽は対戦席に着くと、セットゲームのチェックを行った。


 陽のセットゲームは「将棋」「チェス」「囲碁」「中将棋」「オセロ」「シャンチー」「ラミー」「カタン」「麻雀」「カルカソンヌ」「イグニス」「卓球」「ドミニオン」「ビリヤード」「ピンボール」と、前回の陽と沙門のセットゲームを組み合わせたものとなっていた。

 そして陽は、宣言通り初戦のイグニス戦で十六夜に勝つと、続くカルカソンヌ戦でも勝利した。


 なんとか反撃に転じたい十六夜だったが、陽にことごとく機先を制され、特に幸が得意とするギャンブルゲームは完全に封殺されていた。


 一方的に翻弄されるなか、十六夜は流れを変える1手に選んだのはチェス戦だった。


「まったく不甲斐ないですの、十六夜さん。わたくしが本当のチェスというものを、ご覧に入れて差し上げますの」


 そう息巻いて十六夜と交代した龍華だったが、


「……あり得ませんの」


 あっさり幸に敗れてしまった。そして続くオセロ戦でも十六夜を敗った陽は、次の1手で中将棋戦を仕掛けてきた。


 幸の力は封じられ、十六夜と龍華は、もっとも得意なゲームで敗れてしまった。こうなると十六夜チームとしては、残った七星に希望を託すしかなかった。


 さあ、七星君、舞台は整ったよ。そんなところで、いつまでも脚本家を気取ってないで、そろそろ舞台に上がっておいでよ。


 天草は七星に笑いかけた。


 たく、どーあっても、オレを引っ張り出したいらしーな。


 七星は面倒臭そうに立ち上がると、十六夜とバトンタッチした。


「ついに出てきたね。待っていたよ、このときを」


 陽は不敵に笑った。


「あのな、おまえがオレに何を期待してんのか知らねーけどな。オレはただの糞ニートだから。オレに変な幻想抱いてんなら、今のうちに捨てといたほーがいーぞ。がっかりするだけだから」

「それならそれでいいさ。もっとも、無駄骨にはならないと思うけどね」

「それも聖霊の思し召しってやつか?」

「いや、これはボクの直感だよ。それじゃ、始めようか」


 陽の先手で始まった中将棋戦は、七星にとっても今までにない厳しい試合となった。結果こそ勝利で終わったものの、この試合における七星の消耗は1試合分をゆうに超えていた。


 この七星頼みの状況で、十六夜にできることは、少しでも七星の回復時間を稼ぐことだけだった。

 しかし、それを許すほど陽も甘くなかった。陽は次の手番で間髪入れずに囲碁戦を仕掛けると、七星を再び舞台の上へと引き戻したのだった。


「今度はマリーが相手なのです!」


 沙門は勢いよく立ち上がると、召喚の儀式で囲碁棋士の幽霊を呼び出した。


「この大会の黒幕であるマスターソウの野望を打ち砕くためにも、まずは悪の前線司令官であるあなたを倒すのです!」


 沙門にとっては、ついに訪れた悪との直接対決の場だった。絶対に負けられない戦いを前に、沙門の心は熱く燃えたぎっていた。


 そして正義と悪、その一大決戦を制したのは、悪の司令官だった。


「そ、そんなバカな、なのです」


 沙門はガックリと地に膝をついた。正義が悪に敗れるなどありえないし、あってはならないことなのだった。


「まだ負けたわけじゃない。正義の味方は、1度は窮地に立たされるものだろ? そして、その逆境を跳ねのけて最後に勝つ。そうじゃないかい?」


 陽は、落ち込む沙門の肩に手を置いた。


「そ、そうだったのです。本当の戦いは、これからなのです」


 陽の励ましを受け、沙門の目に再び正義の炎が宿る。

 その一方で、十六夜チームも七星の二連勝によって息を吹き返していた。


 十六夜は次の戦争戦も幸の力で勝ったが、陽もやられっぱなしで黙っていなかった。間髪入れずに卓球戦を仕掛けると、沙門の力で負けを取り返したのだった。


 その後も陽はチェス、オセロと立て続けに勝負を仕掛けた。結果、そのどちらも陽は敗れてしまったが、インターバルなしの連戦で七星を確実に消耗させることに成功していた。


 そして、異変は六戦目となる将棋戦で起きた。


 最初に七星の異変に気づいたのは、彼と対戦していた陽だった。


「七星君、君、それ」


 陽は七星の鼻を指さした。


「ん?」


 七星は何気なく鼻を触った。すると、指先に血がついていた。


「げ、鼻水かと思ったら、鼻血だったのか」


 七星は休憩タイムを取ると、十六夜からティッシュを借りて鼻に詰め込んだ。


「やる気のない、ただのニートと言う割にはがんばるじゃないか」


 陽は皮肉った。


「人3人の人生がかかってるから、仕方なくやってるだけだ」


 七星は憮然と答えた。


「確か、十六夜さんの弟君の病気を治すためなんだよね?」

「まーな。それと花宮って娘の目もな。まー、こっちは弟が不死の恩恵受けなくても、助かりそーならって前提条件付きだがな」

「じゃあ、もしそのどちらも助ける方法があると言ったら、どうだい?」


 陽は唐突に切り出した。


「は? そんなもん、あるわけね-だろ。この大会で得られる不死の権利は、優勝した1人分と決まってんだからよ」

「確かにね。でも、それはあくまでもこの大会に限れば、の話だろ」


 陽の思わせぶりな物言いに、


「どういう意味だよ? これと同じような大会が、他にもあるってのか?」


 七星は眉をひそめた。


「そうじゃないさ。君も、この大会の経緯は知ってるだろ?」

「ああ、セレブ連中が、一般人にも不死の恩恵を分け与えるために開いたって話だろ」

「そうさ。そして、それは裏を返せば、セレブと呼ばれる人間たちは人数制限などなく、全員不老不死になれるってことなんだよ」


 その陽の言葉で、七星は彼女の言わんとするところを察した。


「わかったようだね。要するに、十六夜さんの弟君とその花宮という娘、いやそれに加えて君たち自身も、もし本気で不老不死を求めるなら、こんなところでセレブの掌の上で踊ってないで、自分たちの力でセレブと同じ高みにまで上り詰めればいいんだよ。そうすれば誰の許しを得る必要もなく、不老不死を手に入れることができるんだ」


 陽は右手を力強く握り締めた。


「だが、そのためには成り上がる力がいる。そして、そのためには信頼できる仲間がいる。だからこそ、ボクはこの大会に出場したんだ。この大会で勝ち上がれば、きっとボクの考えに賛同してくれる同志が見つかると思ってね」

「……で、目をつけたのが、そこにいる魔法少女モドキであり、オレってわけか?」

「モドキではないのです! マリーは正真正銘、本物の魔法少女なのです!」


 沙門は猛抗議したが、七星はスルーした。


「信頼できる、優秀な人材をスカウトしてるだけさ。単刀直入に言うと、君にボクのビジネスパートナーにならないかってことなんだよ」

「ビジネスパートナーね」

「もちろん、仕事を通じてお互いの理解が深まれば、それ以上の関係になることだって、やぶさかじゃない」


 陽は七星の手を取った。


「ボクは見た目こんな風だけど、レズでもなければ性同一性障害でもない。いたってノーマルだからね」


 陽が七星に微笑みかけたところで、


「お待ちなさいの!」


 龍華が勢いよく席を立った。


「その甲斐性なしは、将来わたくしが家で飼うんですの! 後から出てきて、横取りは許しませんの!」

「何言うとんねん!」


 幸も負けじと参戦した。


「ダーリンは、うちのダーリンなんや! 将来は、うちのラッキーとダーリンの予知能力で大金持ちになって、毎日贅沢して暮らすんや!」


 女性陣にモテモテの七星だったが、まったく嬉しくなかった。


 龍華、幸の剣幕に、


「すまない。どうも先走りし過ぎたみたいだね」


 陽も思わず苦笑を漏らす。


「でもビジネスパートナーの件は本気だから」

「待つのです!」


 今度は、沙門が席から立ち上がった。


「その男は、マスターソウの手先なのです! あなたは、そんな人間を仲間にするつもりなのです!?」


 沙門の顔は怒りで真っ赤になっていた。


「マリー君、七星君は、好きでマスターソウに従っているわけではないんだよ」

「え?」

「彼の頭を見てごらん。輪っかがあるだろう。彼は、その輪っかによって自由を奪われ、マスターソウの命令に無理矢理従わされているんだよ」

「ええ!?」

「それを知った幸さんは、愛する七星君の身を案じるがゆえに、悪と知りつつ彼と同じ組織に身を置き、助ける機会をうかがっていたんだよ」

「なんと!」

「他のメンバーだってそうさ。十六夜さんがこの大会に出場してるのは、この大会で優勝することが、マスターソウから出された弟さんを助ける条件だからだし、龍華さんがここにいるのは、君の言う魔女が邪悪な契約で彼女を縛り付けているからなんだよ。つまり、ここにいる人間は、皆マスターソウの毒牙にかかった被害者なんだよ」

「ほ、本当なのです?」


 沙門は七星を見た。


「ああ、悪いのは全部あのキモオタ親父だ」


 七星自身、陽の話を聞いているうちに、本当にそんな気がしてきてしまっていた。実際、諸悪の根源が常盤であることは事実なのだった。


「し、知らなかったのです。ま、まさか、そんな裏設定があったとは。ま、まさに衝撃の事実なのです」


 沙門は、よろめいた。


「つまり、ここにいる人間に罪はないんだ。むしろ彼らは邪悪の手に落ちた被害者たちであり、そんな彼らを闇から救い出すことこそ、魔法少女である君の為すべき使命なんじゃないのかい?」

「そ、その通りなのです!」


 沙門の顔が、今度は使命感から赤くなった。


 いいように転がされてるなーと七星は思ったが、面倒なのでスルーした。


「七星君」


 沙門が納得したところで、陽は話を仕切り直した。


「それにしても、この大会は、いやこの地球棋というゲームは、よくできていると思わないかい?」

「いや、まったく思わねーな」


 七星は即答した。予想通りの返事に苦笑しつつ、陽は話を進めた。


「元々、この手のボードゲームは棋士が支配者として、自分の手駒を自在に操り敵の総大将を倒す、現代でいうところの社長役だ」

「まーそーだな。もっとも現実社会だと、社長が思い通りに動かそーとしても、社員はそーそー思い通りには動かねーけどな。それだけの能力がなかったり、私利私欲に走ったりして」

「その点も含めて、このゲームのプレイヤー、特に勝者は、経営者に必要な資質を有していると言える。1駒1駒に、もっとも適したゲームと人を配置させて、他者に勝つというスタイルは経営に通じるものがあるからね」

「そりゃそ-だろ。この大会は、元々そーゆー趣旨で開かれたもんなんだからな。もっとも、主催者側にその資質を他人に問える奴が、どれだけいるか疑問だがな。特に、あのキモオタは」

「君、よっぽどあの人のことが嫌いなんだね。言っておくけど、あの人はああ見えて、世界でも有数のやり手事業家なんだよ?」

「それも半分以上はドS女の功績で、世間がそれを知らねーだけだ」


 七星はフンと鼻を鳴らした。


「で、結局おまえは何が言いてーんだ?」

「つまり、この大会をここまで勝ち上がってきた君には、経営者としての資質があるということさ。その資質を、このまま埋もれさせてしまうのはもったいないと思わないかい?」

「いや、まったく思わねーな」


 七星は秒で返した。


「そもそも、ここまで勝ち上がってきたのは、十六夜の力が8割、他の2人の力が2割ってとこで、ぶっちゃけオレは何もしてねーからな」


 七星は1人うんうんとうなずいた。


「それに、今おまえは経営者の資質うんぬんの話をしてたが、おまえは1つ重要なファクターを見逃している」

「へえ、なんだい?」

「人望だよ」

「ああ、確かに」

「事業ってのは、人を動かしてナンボの世界だろ。だからこそ、経営者にはソロバン勘定以上に、自分の下で働く者に「この人の下で働きたい」「力になりたい」と思わせるカリスマ性が必要なんだよ。しかし、はっきり言ってオレにそんなものはない!」


 七星は胸を張った。


「オレは、ぶっちゃけ他人のことなんて興味ねーし。どーなろーと知ったこっちゃねーし。ご機嫌取ってまで働いてもらおーなんて思ってねーし。そんな無駄にストレスたまる作業やってられねーし。あー、なんか考えただけで疲れてきた」


 七星は深々とため息をついた。


「じゃあ、どうして君は、そんなに嫌なことをここまで続けてきたんだい? それは少なからず、他人を動かすことに楽しみを覚えたからじゃないのかい?」


 ここで七星の休憩タイムが終了したが、話を続けるため、今度は陽が休憩タイムを取った。


「ちげーよ。オレは十六夜がこの大会で優勝したいっつーから、それに付き合ってるだけだ」


 七星は十六夜を見た。


「つまり君は、十六夜君のためだけに、この大会に出場してるというわけかい?」

「こいつは筋金入りのお人好しだからな。オレが露払いしてやんねーと、永遠に貧乏クジ引き続けかねねーんだ。中学でも委員長押しつけられて、掃除や日直作業みてーな面倒事は、全部十六夜に丸投げして他の奴らは知らんぷり。それをまた、このお人好しが嫌な顔ひとつしね-で引き受けやがるんだ。あいつらが、裏で自分をどう思ってるか、とっくに知っているにも拘わらず、だ」


 七星は横目で十六夜を睨み付けた。


「オレは、確かに他人のことにはキョーミねーけどな。そーゆーのは、いい加減見ててイライラするんだよ。正直者がバカを見る。確かに世の中、そーゆーもんかもしれねーがな。少なくとも、このオレの前でだけは、そーゆーダダこねたもん勝ち、みたいなクソ展開を許す気はねーんだよ。そしてそのためには、十六夜には完全無欠のハッピーエンドを迎えてもらわなくちゃならねーんだ」


 七星は、そのためだけに、ここにいるのだった。


「……けど、それだけの力を持っていて、もったいないと思わないのかい? その力をフル活用すれば、それこそセレブの仲間入りだって夢じゃないかもしれないのに」

「まったく思わねーし。つーか、オレは好きなときにゲームして、テレビ視て、毎日ダラダラ暮らせれば、それでいーし」


 七星は小指で耳をほじった。


「車なんて乗りたいと思わねーし。旅行なんて疲れるだけだし。服なんて着れりゃいーし。飯なんて朝はトースト、昼は納豆、晩は米と味噌汁とキューリの一本もあれば十分だし。それだけなら、1日千円もあれば足りるし。生活保護で十分だ」


 七星は、うんうんと満足そうにうなずいた。


「ちょっと前までは、後1年ぐらいダラダラしたら、その後は高卒認定試験受けて大学入学して、あとは普通に社会人やろーと思ってたんだけな。とある事情で超! ムカツクことがあったんで、軌道修正したんだよ」

「いや、それ軌道修正とは言わないから」

「当面のオレの目的は、あの糞キモオタに生活保護費見せびらかして、キモオタがあくせく働いてる横で、寝転がってゲームやることだ。そのとき、あのキモオタがどんな顔するか、今から実に楽しみだ」


 七星はクックックッと、底意地悪い笑みを浮かべた。


「……相当病んでるね、君」

「いーんだよ。オレがよければ、それでよし。オレが何をやるかはオレが決める。それがオレのモットーだからな」

「かっこいいこと言ってるように聞こえますけど、要するにダメ人間続けると言ってるだけですの」


 龍華が冷ややかに切り捨てた。


「大丈夫や! たとえ今はダメ男でも、うちの愛できっと七星君を立ち直らせてみせるから。うちは、そのために危険を承知で悪の組織に身を投じたんや」


 幸は、さっきの陽の言葉に感化され、すっかり悲劇のヒロイン症候群に酔いしれていた。


「なるほど、よくわかったよ」


 陽はそう言うと、休憩タイムを終了させた。


「そりゃーよかった。じゃ、ヘッドハンティング問題が解決したところで、勝負の続きといこーか」


 2人は将棋戦を再開し、結局この1戦でも七星が陽を退けた。


「さすがだね。でも、まだ勝負はこれからだよ」

「聖霊様が、そう言ってるのか? だとしたら、その聖霊様ってのもたいしたことね-な」


 七星はそう言い残し、サポート席へと引き上げていった。そしてこの七星の言葉通り、この後十六夜は陽のキングを着実に追いつめていき、


「チェックメイト」


 最後はルークで勝負に終止符を打ったのだった。


 試合後、陽は苦笑しつつ七星に握手を求めた。


「やられたよ。まさか、ボクがメインゲームのチェス戦で、十六夜さんに遅れを取るとはね。それとも、あれも七星君の指示だったのかい?」

「いや、あれは十六夜自身の判断だ」

「そうなんだ。凄いね」

「だから、最初に忠告してやったろーが。おまえの相手は十六夜だって。たとえオレのアドバイスがあろーと、生半可な実力で東京予選を勝ち上がれるわけがねーんだ。そこんところを読み間違えたのが、おまえの敗因だ」

「なるほど。確かにボクは君にばかり気を取られて、十六夜さんの存在を軽視していたかもしれないね。ボクも、まだまだ精進が足りないってことか」


 陽は頬をかいた。


「む、無念なのです」


 沙門は肩を落とした。


「せっかく、ラスボスが姿を現わしたというのに。負けてしまっては意味がないのです」

「いや、まだあきらめるのは早いよ、マリー君」


 陽は沙門の肩に手を置いた。


「まだ、マスターソウの陰謀を阻止する方法は残っているからね」

「え? そんな方法があるのですか?」

「うん、取って置きの方法がね」


 陽は沙門に笑顔でウインクした。


「どんな方法なのです?」

「ボクたちを、十六夜さんのチームに入れてもらうんだよ」

「ええ!? この人たちと一緒に戦うのですか!?」

「そうさ。そして力を合わせて優勝する。そうすればマスターソウに会えるから、そこで倒せばいいんだよ」

「し、しかし、彼らはマスターソウの」

「言ったろ、彼らもマスターソウの犠牲者なんだ。それを見殺しにするのは、魔法少女の正義に反するんじゃないのかい?」

「そ、その通りなのです。魔法少女は、決して困っている人を見捨てはしないのです。そのためならば、一時悪の組織に身を落とすのも止むなしなのです」


 沙門にとっては、まさに苦渋の決断だった。


「待て、おまえら、なに勝手に話進めてんだ」


 七星が2人の会話に割って入った。


「つーか、おまえ、オレを仲間にするのはあきらめたはずだろ」

「え? ボク、そんなこと言ったっけ?」


 陽は小首を傾げた。


「よくわかったって言ったろーが」

「あれは、君を仲間にする方法がわかったって意味で言ったんだよ」

「オレを仲間にする方法だと? そんなもん、あるわけねーだろ」

「さあ、それはどうだろうねえ」


 陽は意味ありげに十六夜を見た。


「で、どうかな、十六夜さん?」

「え?」

「君の目的を果たすためにも、これは悪い話じゃないと思うんだけど? ボクたち2人がチーム入りすれば、戦力アップ間違いなし。君の弟さんを救える確率も、グンと上がると思うんだけど?」

「そ、それは……」


 十六夜は七星を見た。


「リーダーは、おまえなんだ。おまえが決めればいい」


 気に入らないが、確かに陽の言う通りだった。さらに言えば、陽たちが参加すれば七星はそれだけ楽ができるし、十六夜が断れば陽の思惑を退けられる。七星にとっては、どっちに転んでも損のない話なのだった。


「マリーからも、お願いするのです! マリーは魔法少女として、絶対にマスターソウの陰謀を阻止しなければならないのです!」


 沙門は十六夜に頭を下げた。


「わ、わかったから頭を上げて」

「それじゃ」

「うん、協力をお願いするわ。みんなで力を合わせて、がんばりましょう」

「ありがとうなのです! マリーはがんばるのです!」

「決まりだね。これからよろしく」


 陽は七星に笑いかけた。


「何企んでるのか知らねーけど、なんでも自分の思い通りにいくと思うなよ」


 七星はフンと鼻を鳴らすと、十六夜に歩み寄った。


「十六夜」

「こ、これでよかったんだよね、七星君?」

「言ったろ、おまえがリーダーだって。と言うわけで、後はリーダーである、おまえに任せる」


 七星はそう言うと、十六夜に体を預けた。


「え?」


 十六夜は、あわてて七星の体を抱きとめた。


「七星君! どうしたの、七星君? しっかりして、七星君!」


 十六夜は必死に呼びかけたが、七星からの返事はなかった。


「大丈夫、気を失っているだけだ」


 陽は、動揺している十六夜の肩に手を置いた。


「たぶん、力を使い果たしたんだと思うよ。幸さんの話だと、全力で戦えるのは1日2回が限度ってことだったけど、彼この試合では5ゲーム以上戦ったからね。その反動が一挙にきたんだろう。たぶん、一眠りすれば元通り元気になると思うよ」


 陽の見立てを聞き、


「よかった」


 十六夜の体から力が抜けた。


「まあ、それはいいとして、今あなた聞き捨てならないことをおっしゃいましたの」


 龍華は陽に詰め寄った。


「え? ボク、何かまずいと言った?」

「あなた、今確かにおっしゃいましたの。幸さんの話だと、と」

「あ……」


 陽はあわてて口を押さえたが、すでに手遅れだった。


「どーりで、わたくしたちの細かい情報まで知っているわけですの」


 龍華は、幸に非難の眼差しを向けた。


「ちょ、ちょっと待ってえな。確かに話はしたけど、別に裏切って情報流したわけやないで。その娘が、ちょっと皆のことに興味があるっちゅーから、ここまでの経緯をちょーと話しただけで」

「それで、甲斐性なしが1日2回しか全力プレーできないことまで話したんですの?」

「い、いや、話し込んでるうちに、つ、つい口が滑ってもうて。悪気はなかってん。ホンマやて。十六夜さんなら、わかってくれるやろ?」


 幸は十六夜にフォロ-を求めた。しかし十六夜の顔には、龍華以上の怒りが込み上げていた。


「あ、う……」


 普段穏和な十六夜からは想像できない怒気を浴びせられ、幸は思わず後ずさった。


「ご、ごめんなさい。もう絶対せえへんから、堪忍してください」


 幸は十六夜に向かって手を合わせた。


「……もう、いいです」


 実際、十六夜の幸への怒りは一瞬で消えていた。たとえ幸が陽に情報をリークしなかったとしても、陽に対抗できるのが七星しかいなかった以上、この事態は避けられなかった。だとすれば、この怒りは幸ではなく、無力な自分自身に向けるべきものだった。


 それから間もなくして、救護班が駆けつけた。そして移送された病院で医師が下した診断は、やはり過労だった。


 明日には意識を取り戻すだろうという医師の話を聞いて、十六夜は胸をなで下ろした。


 しかし、そんな医者の見立てに反して、七星の意識は翌日以降も戻らなかったのだった。



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