第二十二話・討伐作戦開始
まだ太陽が昇り始めて間もない早朝、俺たちは既にブリガン盗賊団が根城にしていると言われている砦の近くに潜んでいた。
討伐作戦に参加している冒険者は大まかに三つ、正確には四つに分けられており、一つが砦の正門から囮も兼ねて突入する正門突破部隊。
Dランク冒険者の三分の二と、シアンたちを含めたEランク冒険者の半数が割り当てられている。
彼らの役目はその名の通り、とにかく目立ちながら正門を突破し相手の注意を向ける存在だ。
そして二つ目が俺たち裏門侵入部隊。
Cランクのルナとソル、それにDランクの三分の一に俺が加わり、頭領や幹部の討伐を第一目標とする役割だ。
おそらく敵の幹部が正面に出てきても一人か二人で、逃げ出す場合は裏門から、もしくは砦内で待ち構えている可能性が高いと想定されている。
その為、正門突破部隊が動き始めたと同時に、見張りの少ない裏門を制圧して、そのまま砦内になだれ込む予定になっている。
三つ目がミミ達含むEランク冒険者の後方支援部隊。
役割は怪我人の治療、戦闘不能者の搬送や、捕えた盗賊の護送、部隊間の情報の伝達役など、とにかく裏方として動き続ける部隊だ。
後方支援部隊は更にそれぞれ半数ずつ分けられて、正門と裏門で各部隊の後方に控えている。
俺たち裏門侵入部隊の後方支援としてミミも控えているので、俺としても目の届く範囲でまだ安心できる。
「さて、もう少しで正面の部隊が動く頃合いだけど……皆準備はいいかい?」
「実行の時、迫る」
部隊の先頭にいるルナとソルがこちらに目配せをして、確認をとってくる。
「勿論、私はとっくに準備万端だよ」
「おうよ、久しぶりの盗賊退治、腕が鳴るぜ」
「うちの弟も盗賊のせいで困っていたんだ。絶対に一人残らず討伐してやる」
冒険者たちは口々に意気込みを語り始めている。
俺も口には出さないが、ミミの為に幹部の一人を討伐しなくてはならない。
そしてそれは、盗賊が相手とはいえ人殺しをする可能性が高い……そう思うと剣を持つ手に自然と力が入ってしまう。
「ユート君、ユート君、意気込むのは良いけど、ちょっと力が、は・い・り・す・ぎ……ふっ」
「うひゃう!」
ルナがこっそりと近づいてきて耳打ちした事思うと、そのまま息を吹きかけてくる。
声量は抑えたものの、変な声が出てしまい、周りの冒険者がおかしなやつを見るような目でこちらに視線を送っている。
「おいルナ、何をするんだよ。変に目立って恥ずかしいじゃないか」
俺が抗議の声を上げてそちらを見やると、ソルは悪戯な笑みを浮かべていた。
「ふふふ、どうやらユート君は肩に力が入りすぎているみたいだったからね。緊張をほぐしてあげたのさ」
「力み過ぎ良くない」
そう言われて初めて、自分が緊張していたことに気が付いた。
剣を持つ手は汗で濡れており、このままでは戦闘中に滑らせてしまうかもしれない。
剣の柄と手のひらを布でふき、ゆっくりと大きく深呼吸をする。
「ふう、おかげで落ち着いたよ、ありがとう」
ルナとついでにソルの二人に礼を言うと、ルナはにっこりと笑い、ソルは表情を変えずに親指を立てていた。
「ふふ、初めての盗賊討伐は誰しもが緊張するものさ。でも、相手を殺すことに躊躇したら自分や仲間が殺されるかもしれないって事を忘れずにいる事だね」
「引導を渡す」
「確かに二人の言う通りだな。肝に銘じておくよ」
そうだ、この場にはミミもいるし他の冒険者たちもいる。
俺が躊躇した一瞬の隙に、殺される可能性だってあるんだ。
相手はミミの両親を殺した悪党だ。
敵を取る為にも、そしてミミを守る為にも、俺は迷っている余裕なんてない。
でも……本当にできるのだろうか?
いくら悪党相手とは言え、平和な世界で生きてきた俺に人を殺すことが……。
「敵襲! 敵襲! 正門前に敵襲!」
遠くの方から襲撃を知らせる声と、大きな爆裂音や剣戟の音が鳴り響く。
どうやら正門突破部隊が動き始めたようだ。
「よーし、それじゃあボク達も行動開始だ! みんなーいくよー!」
「作戦開始」
ルナとソルの掛け声と共に、俺を含めた冒険者たちが一斉に裏門に向かって走り出す。
警備にあたっている盗賊は二名ほどいるが、正門の方向を向いており、こちらに気が付くのが遅れたのか、驚愕の表情を浮かべている。
「悪いけど、そこをどいてもらうよ!」
「油断大敵」
先頭を走るルナとソルが目にも留まらぬ速さで盗賊たちに接近し、手にしている短剣でその首を素早く切り裂いていく。
声も出せずに崩れ落ちる盗賊たちに一瞥もくれないまま、砦内へと侵入していく姿は、俺が今まで見ていた二人とは全く違う印象を受ける。
「まるで暗殺者だな」
俺はルナやソルの後を追いながら、盗賊の死体を横切る時に思わず呟いてしまう。
全く躊躇のない動き、そしてその手際の良さ。
本物を見た事がある訳でもないが、俺は漠然とそう感じてしまった。




