第十九話・ミミはユートをもっと……になる
「ようやく、落ち着いてきましたね」
俺はため息と共に言葉を吐く。
何だかんだ、かれこれ三十分以上は冷やかされ続けていた。
ようやく飽きてきたのか周りに居た冒険者たちは酒場で酒盛りを再開したり、ギルドを出ていったり、各々解散していったようだ。
「あれだけの数の魔石を持ってきたから当然と言えば当然よね。別室で対応すればよかったわね」
そう言うお姉さんは悪戯な笑みを浮かべている。
さてはこの人、わざと受付での対応にしたな。
「はぁ、とりあえず新しい冒険者証と、魔石と素材のお金をくださいよ」
「はいはい、ちょっと待ってね。まずはこれが二人の新しい冒険者証、Eランクにアップしたからブロンズプレートよ。ユート君はこれで歴代最速の五日でEランク昇格よ。きっと王国中に噂は広まるわよ」
「確か前の最速は剣聖とか言われている人でしたっけ。確か一週間だったとか」
先程の冒険者たちの噂話を思い出す。
剣聖って二つ名は正直カッコよくて羨ましい。
勇者とか魔王は流石に名乗れないし、俺もカッコいい二つ名が欲しいな。
「剣聖は凄いわよー。人類最高峰のSランク保持者でもあり、全てのランクで歴代最速到達記録を出しているのよ。その記録をユート君が破ったのだから、本当に将来有望ね。もしかしたら史上五人目のSランク到達もしちゃったりして」
「流石です! 凄いです! ユートさんの事、尊敬しますにゃ!」
持ち上げられ方が半端じゃないし、ミミのきらきらした眼が眩しくて直視できない。
でもこうやって褒められるのは素直に嬉しい。
「あんまり実感がわかないですけど、期待に応えられるように頑張りますよ。Sランクはちょっとわからないですけどね。正直、どれだけのレベルか見当もつかないですし」
「Sランクはね……うーん、例えば剣聖が有名になった逸話に、巨大なドラゴンの首を一振りで切り飛ばしたとか、凶悪な魔族を何十体も葬ったとか色々あるわね」
ドラゴン……は確か最低でもBランク以上の化け物のはずだ。
魔族は元魔王のベアトしか知らないが、魔王の瞳を俺に移植して弱体化していても歯が立たなかった覚えがある。
うん、Sランクの事はしばらく考えなくてもよさそうだな。
「今の俺だとドラゴンや魔族が相手だと役不足になっちゃいますよ。あんまり記録にはこだわらずに、ゆっくりとやりますよ」
「わ、私も賛成です。無理をすると大変な目にあったりしますからね。ほどほどが一番です」
無理をして死んでしまっては元も子もない。
今回はミミの為に無茶をしただけで、何事も適度にやるが一番だ。
「ふーん、ユート君なら魔族相手でも平気だと思うけどねー。まあいいわ。それとこっちがミミちゃんの依頼達成分、こっちがユート君の魔石の売却分ね」
お姉さんがお金の入っている袋を二つ並べ、俺とミミはそれぞれ手に取り中身を確認する。
「私は……やった! 金貨一枚と銀貨二十五枚です。こんにゃに沢山貰って本当に大丈夫でしょうか。初日は銀貨二十枚がやっとだったのに……」
ミミは目立たぬように声を潜めながらも、袋の中身を確認して少し興奮気味だ。
「ミミちゃんの場合は、昨日と今日の精算を纏めていたし、初日はGランク依頼だけだったからね。Gランクなんて本当に子供のお小遣いレベルしか貰えないわよ」
そういえば依頼の達成書を沢山出していたと思ったけど、二日分だったのか。
それでも二日で金貨一枚を超えるなんて、どれだけの依頼をこなしたのか見当もつかない。
「さて、俺の方はどうかなのかな。五百体も狩ったわけだし、金貨十枚くらいにはなったと思うけど……」
流石に街中で行う低ランクの依頼と、命がけの狩りとではこちらの方が上のはずだ。
しかもCランクのハイオーガの魔石と素材の分もある。
そう思いながら袋の中を改めると、ありえない光景に俺は固まってしまう。
「あれ? おかしいな、俺の見間違いかな? 流石に三日も狩りを続けて疲れているみたいだ」
銅貨と金貨を見間違えるなんて、俺は相当疲労が蓄積しているらしい。
もう一度、じっくりと確認するが、結果は変わらない。
「あの……お姉さん、貨幣の種類を間違えていませんか? ちょっとあり得ない額が入っているんですけど」
「え? ギルドの職員が間違えるなんて、滅多な事じゃ起きないわよ……どれどれ……別に間違えてないじゃない、合っているわよ」
お姉さんが俺の持っている袋の中身を確認するが、間違いないらしい。
「そんなに動揺してどうしたんですか……にゃ! にゃあああああああああ!!」
ミミが横から袋を除くと同時に奇声をあげて、ギルド内に響き渡った。
再び冒険者たちが何事かと、こちらに注目し始める。
「二人ともどうしたのよ、Cランクの魔石や素材を納品した上、Dランク以下の魔石も約五百個もあったからそれくらい当然じゃない。全部で金貨八十枚と銀貨六枚で間違いないわ。」
「ちょ、ちょっと待ってください。本当に本当ですか? ハイオーガの魔石や素材ってそんなに高いものなんですか?」
金貨八十枚越えなんて想定外だ。
これでミミの借金の八割が返済できるなんて嘘みたいだ。
「Cランクの魔物って小さな村を滅ぼすくらい厄介な相手って前にも言ったでしょ。そんな魔物が持っている魔石や素材が安い訳ないじゃない。ハイオーガなら魔石で金貨三十枚、素材は随分と綺麗な状態だったから角と皮で合わせて金貨十枚。Cランク以上の魔石は最低でも金貨十枚以上するものよ。ハイオーガの魔石って純度はCランクでも普通だけど、大きさで価値が上がっているわね。大きな魔石って結構貴重なのよ」
魔物の強さと魔石の質は比例する。
高ランクの魔物ほど純度が良くて大きい魔石を有しており、その分高価だとは聞いていたけど、ここまで凄いとは……。
ハイオーガ一体でDランク以下の魔物約五百体と同じだけの価値があるのか。
正確には素材分があるから違うけど、それにしたって高ランクの魔物を倒すことができれば相当なリターンだ。
「にゃーきんかはちじゅうまいにゃー」
ミミは虚ろな目で天井を見上げてぶつぶつと呟いている。
俺も現実逃避したくなるが、逆に考えれば非常にラッキーだ。
「ミミ、しっかりしろ。これで俺たちが盗賊団の幹部を一人でも倒せば、それだけで借金返済だ。それにもしダメでも俺がまた魔物を狩りに行けばなんとでもなるじゃないか。ミミは自由になれるんだぞ」
ブリガン盗賊団の頭領で金貨五十枚、幹部二人はそれぞれ二十五枚だったはずだ。
強いと噂のブリガンは他の冒険者に任せて、残り二人の片方だけでいいなら相当楽になる。
万が一の場合は、かなり距離はあるけどもう一度魔物の群れを狩りに行けば何とかなりそうだし、ミミの奴隷落ちは防げる。
「にゃ! そうでした。でも……殆どユートさんのおかげなのに、私の借金返済に充てちゃっても本当にいいんですか? 私なんて金貨一枚しか稼げてないのに……」
猫耳が垂れ下がり、尻尾の元気までなくなっているミミの姿は庇護欲をそそるが、そんな事を考えている場合じゃない。
俺はミミの体を抱きしめて、耳元でそっと囁いた。
「ミミ、前も言ったけど俺たちはパーティだ。助け合って当然だよ。今回はミミがピンチだったけど、もし俺がピンチになった時、ミミは俺を見捨てるのか?」
「にゃ! そんなことしません……絶対に、絶対に助けます」
「ありがとう、俺も同じ気持ちだよ。だから今回は素直に助けられてくれないかな。それで今度はミミが、俺のピンチを助けてくれ。それにミミの美味しい料理も食べたいし、また可愛い寝顔も見せてほしいよ」
自分で言っていて恥ずかしくなるけど、偽らざる本心だ。
耳元から顔を離してミミの様子を伺うと、顔を真っ赤にしてプルプル震えている。
「うー、ずるいです、ずるいです、ずるいです。そんな事言われたら余計……になっちゃうじゃにゃいですか」
俺の胸にぐりぐりと頭を擦りながら、ミミがうなり声をあげている。
声が小さくて聞き取りにくいけど、とりあえず納得はしているようだ。
「あのー、二人とも盛り上がるのは良いけど、ここはギルドの受付なんですけど」
声のする方を向くと、お姉さんがジト目でこちらを見ている。
周囲を確認すると、冒険者たちが生暖かい目でニヤニヤしている。
「また、やっちまった」
俺は顔を手で覆いながら、天井を仰ぐ。
どうも盛り上がってしまうと周囲の事を忘れてしまうらしい。
でも仕方がない事だ、それだけミミが可愛くてたまらないのだから。




