第十三話・ミミの事情
部屋の窓から光が差し込み、小鳥たちの囀りが聞こえてくる。
俺はすやすやと眠るミミの寝顔を見つめながら、これからの事を考えていた。
パーティを組めたとはいえ、俺たちはまだGランクで経験も不足している新人だ。
当面は低ランクの魔物を狩り続けて、お互いに実戦に慣れないといけないな。
それにミミの実力も知りたいから、後で手合せもしないと……。
「あれ? ゆーとしゃんおはよ-ございますぅ。どうして一緒に寝ているですかぁ?」
考え込んでいると、ミミがまだ寝ぼけた様子で声をかけてきた。
「おはようミミ、どうしてってミミが離してくれなかったんだけど……」
俺が返事をするとミミは少し考え込んでから、徐々に意識がはっきりいたのかあたふたし始める。
「あれ、わたしにゃんで……あ、そういえば昨日……にゃああああああ」
顔を真っ赤に染めたと思ったら、シーツに包まって隠れてしまった。
そうとう恥ずかしかったのだろう、身悶えているのかシーツの中からはにゃーにゃーと声が漏れている。
俺は一先ずベッドから降りて、ミミが落ち着くのを待つことにした。
「ユートさん、昨日の事は……忘れてください、お願いします」
十分ほど経ち、シーツから顔を出したミミは涙目で俺に訴えかけてくる。
頬はまだ赤く、猫耳は力なく垂れ下がっており、今すぐ抱きしめたくなるほど可愛い姿だ。
「あー、うん、俺は気にしてないから平気だよ。むしろ心配をかけてすまなかった」
一晩中意識していたけど、ミミの為にもここは気にしてない振りをしてあげるのが優しさだろう。
それに俺がボロボロになるまでやられたのが原因だ、心配してくれて嬉しい反面、申し訳ない気持ちになってしまう。
「本当ですよ、もう。すごく、すごーく、ものすごーく心配したんですからね。ユートさんみたいに心配をかけるような人は許しません」
一転、こんどは頬を膨らませてぷんぷんとしている。
俺は悪戯心が芽生えて、こっそりミミに近づきその膨らんだ頬を指でつついてみた。
「ぷひゅう。……もう! 私が怒っているのにそうやって悪戯するなんて、嫌いです! ユートさんなんて嫌いです!」
ツンとした表情でそっぽを向くミミの姿は、本物の猫みたいだ。
こうしてミミと触れ合っていると、昨日の決闘に勝てて本当に良かったと実感する。
そんな和やかな気分に浸っていると、部屋のドアが開かれて誰かが入ってくる。
「二人ともおはよう、朝から随分と仲良しさんね。昨日はよく眠れたかしら?」
受付のお姉さんが、からかいに来たと言わんばかりの表情で聞いてくる。
「ええ、おかげさまでぐっすり眠れて、この通り元気が有り余っていますよ。今すぐ魔物を倒しに行きたいくらいです」
緊張して眠れなかったなんて知れたら、火に油を注いでしまう。
俺は何ともないといった風を装い、すこし大げさに答えることにした。
「ふーん、まぁそういうことにしておいてあげる。ところで二人はこれから依頼を受けるのかしら? 一応新人向けで割が良いのをいくつか見繕っておいたけど」
「わ、私は……その、一度家に帰って……着替えたいです」
こういったところは流石女の子というべきか。
俺も昨日の決闘で服がボロボロだし着替えておきたいが、例のオーガの一件で当然着替えも無い。
下着だけは購入したけど所持金は残り銅貨数十枚、どうする事もできない。
「あっ、ユートさんも良かったら家に来てください。代わりの服なら用意できますから」
「うーん、それならお言葉に甘えようかな。そう言うわけで、依頼は一度準備を整えてからでもいいですか?」
どうしたものかと思案していると、ミミが助け舟を出してくれた。
ますますヒモ状態になっている気もするが、これから返していけば良いと思い直し、了承する事にする。
「わかったわ。それじゃあ受付で待っているから、準備が出来たら声をかけてね」
そう言ってお姉さんは部屋から出ていき、俺たちも一度ミミの家に戻るためにギルドを出ることにした。
デパールの街は朝から人が忙しなく動き回っている。
昨日は決闘前であまり様子を見ることが出来なかったが、本当に辺境とは思えないほど活気がある。
既に朝市が開かれており、商人たちの声が右へ左へと飛んでいく。
「夜も朝も活気があっていい街だな。お金が貯まったら色々と見てまわりたいな」
「そうですね、私も最近はゆっくり市を回ることがなかったので、ユートさんと一緒にお買い物がしたいです」
俺の左手をギュッと握りしめながら、ミミは笑顔でそう答える。
別に意識したわけではないけど、ギルドを出てから気が付くとこうして手をつないでいた。
ミミの小さな手はとても柔らかくて温かい。
「ミミとのデートか、楽しみだな。その為にも依頼をたくさん受けて、どんどんランクを上げないと。そう考えるとやる気が出てくるよ」
「デート……そうですねデートですね。えへへ、私も楽しみです」
少し照れながらも、物凄く可愛い笑顔でこちらを見つめてくる。
思わず俺の頬も熱を持ってしまい、ミミから顔を背けてしまう。
それからしばしの間、お互いに無言になってしまったが、その時間は心地の良いものだった。
左手に確かなぬくもりを感じながら、こうして歩いているだけでも幸せに思えてしまう。
いつまでもこのままで……そんな期待をしながらも、俺はミミの手を握り締めて喧騒の中を歩いていく。
「おや、そこにいるのはミミさんではないですか。こんなところでお会いするとは奇遇ですね」
見知らぬ男の声によって、幸せな時間は終わりを迎えることになる。
「コーリーさん、どうも、おはようございます」
ミミが挨拶をした相手は、随分と恰幅の良い男で、後ろには護衛と思われる男が数名控えている。
随分と高そうな洋服と華美な装飾品を身に着けており、その脂ぎった顔と相まって悪徳商人の代表みたいな見た目をしている。
「おやおや、随分とみすぼらしい方とご一緒ですね。そんな相手じゃ体を売っても大した稼ぎにはなりませんよ。私が良い娼館でも紹介してあげましょうか?」
こいつ今なんて言いやがった。
ニタニタと下品な笑みを浮かべるコーリーに苛立ちが募る。
「おい、お前、コーリーとか言ったな。誰だか知らないけど何様のつもりだ! ミミが嫌がっているじゃないか。おかしなことを抜かしていると、この場で叩き潰すぞ」
「おっとこれは失礼、あなたはミミさんの彼氏さんですかな? その様子だと、何も知らないみたいですね。私はコーリー商会の代表のコーリーと申します。ウチの商会で、そちらのミミさんに少々お金を貸しておりましてね。なかなか返済が進まないため困っているのですよ」
コーリーは俺の言葉に苛立つ様子もなく、笑みを浮かべたまま言葉を返してくる。
ミミは俯いたままで、その手は少し震えている。
「それで娼館で稼がせようって考えか、碌でもない金貸しだな。あいにくミミはこれから俺と冒険者をして稼ぎに稼ぐ予定だ。借金なんて、あっという間に返済してやるよ」
ミミに体を売らせる様な真似は絶対にさせない。
「それは頼もしい事ですね。私としても貸したお金が戻ってくるのであれば、全く問題はございません。来週までに金貨百枚の返済、お待ちしておりますよ」
金貨百枚だと、そんな馬鹿な話があるのか。
この世界では普通の平民の家族が、一ヶ月を金貨一枚から二枚ほどで過ごしているんだぞ。
それを百枚だなんて、とんでもない額だ。
「そうそう、万が一にも足りない場合は、あの店は勿論没収しますし、そこにいるミミさんは借金奴隷になりますがね。金額が金額なので、一生を性奴隷として過ごすと思いますが。では、私は忙しいのでそろそろ失礼させていただきますね」
そう言ってコーリーは護衛を引き連れて去っていく。
俺もミミもしばらく声を出せずに、重い足取りで歩き続ける。
先程までの無言と違い、重くのしかかる様な空気は、とても辛く感じてしまう。
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