同担歓迎派と同担拒否派の溝は深い⑨
水曜は、予定通り家でゴロゴロしながら、吹田さんに渡された婚前契約書をチェックした。
財産目録を見たら、予想よりケタが一つ多くて、ドン引きしちゃった。
現金だけで二億って、おかしいよね。
株とか国債とかも足した合計が五億って、意味わかんない。
やたらと貢ぎたがるのも、お金を使うためなのかな……。
木曜は、午後からお母さんと百貨店にでかけて、お父さんとお母さんの服を買った。
お父さんの分は、カラスさんのアドバイスで、セミオーダーメイドしたスーツを持っていって、それを参考にしてサイズを選んでもらった。
お母さんの服をちょっとお直ししてもらう間に、ジュエリー売場で結婚指輪の選び方を教えてもらう。
丈夫で、長持ちで、邪魔にならないのが絶対条件だけど、結婚指輪として売られてるのはこの条件をクリアしたものだから、特に気にしなくていいらしい。
後は好みに合うかどうかだけど、基本的に夫婦で同じデザインだから、奥さんが気に入ってもダンナさんが気に入らない、またはその逆ってことが、けっこうあるらしい。
だから最近は、それぞれ好きなデザインを選んで、内側に入れる刻印をそろえる、とかってパターンもあるらしい。
そう言われると、かえって迷っちゃうよね。
結局選べなかったけど、ちょっとは絞りこめた気がする。
水曜も木曜も、いつもの時間に吹田さんとビデオ通話を十分だけした。
画面越しでもわかるぐらい、愛情だだ漏れだった。
通話を終えて、ベッドでごろごろしながら、火曜のことを思い返してみる。
……ほんとにいいのかなあ……。
でも、吹田さんにもう一度聞いたって、返事は同じだろうし。
となったら、聞ける相手は宝塚さんしかいない。
早速スマホを取って、メッセージ画面を開く。
……さすがに、最初からあの話題は、恥ずかしいかな。
もうひとつ気になってることを、まず聞いてみよう。
≪こんばんは。お疲れ様です
遅い時間にすみませんが、質問です
宝塚さんは、シロさんが気に入ってる物に嫉妬したことありますか?≫
三分ほどして、宝塚さんから電話がかかってきた。
〔こんばんは、お疲れ~。
今からしばらく話して大丈夫?〕
「こんばんはー、お疲れ様です。
だいじょぶです、ありがとうございます」
宝塚さんはしばらく忙しかったうえに地方出張に行かされてて、戻ってくる前に私が入院しちゃったから、話すのは久しぶりだけど、相変わらずイケボだね。
〔メッセージでは伝えたけど、改めて。
結婚おめでとう〕
優しい声で言われて、くすぐったくなる。
「ありがとうございます~」
〔吹田は性格がちょっとアレだけど、いい奴だし、ミケちゃんにベタ惚れだから、ミケちゃんを幸せにする為の努力は惜しまないと思う。
うまくやっていけると思うよ〕
「そうですね~、私もそう思います」
〔うん。
ところで、さっきの質問、つまり吹田が物に嫉妬したってことだよね?〕
やっぱりわかるよね~。
「そうなんですよ。
吹田さんと一緒に指輪を選びにいったら、サファイヤの指輪に一目惚れしちゃって。
ちょっと淡いめの青なんですけど、空みたいな海みたいな、すごくきれいな色なんです。
吹田さんがそれを婚約指輪として買ってくれたんですけど、私がうっとり見惚れてたら、なんか嫉妬してたらしくて」
スマホを持ち替えて、今も左手薬指に嵌めてる指輪を見つめる。
うん、やっぱりきれい。
見てるだけで、ニヤニヤしちゃう。
「【同志】に、吹田さんは嫉妬深いみたいなこと言われたんです。
前に、宝塚さんも『大切に育ててる一輪しかない花に、花を枯らす虫が近づいてきたら、どうしても警戒しちゃうんだ』とか言ってましたけど。
物にまで、嫉妬しちゃうんですか?
男の人の嫉妬ってどういう感じなのか、教えてほしいです」
私、そもそも嫉妬っていう感情が、よくわかんないんだよね……。
〔なるほどね。
確かに、俺の目の前でシロが何かをうっとり見つめてたら、気になっちゃうかな〕
「えー、そうなんですか。
宝塚さんも同担拒否派なんですね……」
男の人ってみんなそうなの?
それとも、吹田さんと宝塚さんが特殊?
サンプル数が少ないと判断に悩むなあ……。
〔うん、どっちなのかって聞かれたら、俺は同担拒否派だね。
ミケちゃんや吹田みたいに、シロを支えてくれる人がいるのは嬉しいけど、それとは別にシロを独り占めしたいって思うから〕
あ、説明すっとばしちゃったけど、宝塚さんは『同担拒否派』知ってたんだ。
「吹田さんも、似たようなこと言ってました。
『どんな物でも、おまえが意識を向けているというだけで嫉妬してしまう。俺は同担拒否派だから、おまえを独り占めしたい』って」
〔そっか。
でも、嫉妬までいかなくても、目の前にいるのに無視されたら、誰だってさみしくなるんじゃないかな。
たとえば、ミケちゃんが友達と一緒にいる時に、友達がスマホいじってばかりでミケちゃんのこと無視してたとしたら、どう思う?〕
「……それは、確かに、さみしいですね……。
やられたことあるので、わかります」
それまでは普通にしゃべってたのに、そのコが好きな作品がアニメ化されるっていう速報が他の友達から回ってきたとたん、情報調べるのに必死になって、しばらく無視された。
後で謝ってくれたし、私だって同じ立場になったら同じことするだろうから、文句は言わなかったけど。
〔だからって、それで相手を責めちゃいけないけどね。
責めるんじゃなくて、さみしいって正直に言うほうがいいと思うよ〕
「なるほどー」
確かに、嫉妬はよくわかんないけど、さみしいならわかる。
宝塚さんは、私にわかるレベルで話してくれるから、ありがたい。
うーん……。
あの話も、がんばって聞いてみようかな……。
「……あの、もひとつ聞きたいことあるんですけど、いいですか……?」
〔いいよ、何?〕
優しい声に促されて、指輪をした左手を拳に握って気合を入れる。
「……火曜日に退院して、買い物とかした後、吹田さんの部屋に入れてもらって、今後のことの相談をしたんです。
その時に、……初夜の、話になって。
私、……えっちなことは、恥ずかしくて無理って、わかったんです。
ハグとかナデナデとかキスとかは嬉しいんですけど、それ以上は、恥ずかしくて……」
ううう、話してるだけでも恥ずかしい……。
椅子に座ったまま足をジタバタさせて、なんとかこらえる。
〔……今までは、キスまでしかしてなかったの?〕
「……はい。
それも、あの、おでことか頬とかがほとんどだったから、唇だと、軽くふれるだけでも、恥ずかしくて……。
いっぱいされたら、どうしたらいいかわからなくなって、息継ぎできなくて、酸欠でくらくらしちゃいました。
それに……首筋に、キス、されて、ものすごくびっくりしちゃって。
だから、もっとあちこちキスされるとか、……さ、さわられるとか、そのうえ、裸見られるとか、絶対無理です……」
〔そっか……〕
宝塚さんは、困ってるような呆れてるような、よくわからない声で言う。
まあそりゃ、こんな話聞かされたら困るよね。
でも、そこを説明しとかないと、意味がつながらないし……。
深呼吸して、気持ちを静める。
「……吹田さんに、恥ずかしくて無理だって伝えたら、私が慣れるまで待つって、言ってくれました。
でも、そんなに待たせるの悪いし、私が慣れたって吹田さんに満足してもらえるとは思えないから、……えっちなことは、他の人としてくださいって、お願いしたんです」
〔それは、風俗店に行ってほしいってこと?〕
「あー、いえ、……吹田さんの実家はすごいおうちだから、夜伽担当の人とかも、いそうじゃないですか。
そういう、口が固くて技術がある、吹田さんが信頼できる人に頼むなら、いいんじゃないかなって。
今でも、仕事のサポートをシロさんに、生活のサポートをシロさんの妹の朱音さんに頼んでるんだから、……えっちなことも、他の人に任せればいいと思ったんです。
私、同担歓迎派なんで」
〔そうなんだ……〕
「はい……。
そしたら、吹田さん、『無理ならしなくてもかまわない』って、言いだしたんです。
『今までだって無理して我慢してたわけじゃないし、おまえじゃなければ欲しくないから、他の女を薦めるのはやめてくれ』って。
その後で、改めて話した時も、同じように言われました。
『おまえが望まないならしなくてもかまわないし、望むなら応じる。おまえが決めていい』って。
だから私、『えっちなことは恥ずかしいから無理だけど、イチャイチャはしたい』って言ったら、吹田さんは『かまわない』って、言ってくれました。
それはすごく嬉しかったんですけど……」
どう言葉にしたらいいかわからなくて、しばらく黙る。
〔嬉しかったけど、何が気になったの?〕
宝塚さんが、静かな声で問いかける。
「…………首筋にキスされたの、私が無自覚に誘うような言動しちゃったせい、らしいんです。
それと、吹田さんは、私ともうすぐ結婚できるのが嬉しくて浮かれてたから、抑えられなかったんだそうです。
『これからは気をつける』って言ってくれたけど、それって結局吹田さんに我慢させてることになるんじゃないかなって……。
自分がするのは無理だけど、誰かに頼むのは拒否されたし、でも吹田さんに負担かけたいわけでもないし……。
どうしたらいいのか、わかんなくなっちゃったんです……」
〔そっか。
吹田が好きだからこそ、悩んじゃったんだね〕
宝塚さんに優しい声で言われて、ほっとする。
〔未知の経験にとまどうのは、おかしいことじゃないよ。
好きな相手だからって、なんでも許容できるわけじゃない。
特に、えっちなことは女性側の負担が大きいから、慎重になるのは当然だよ〕
「……吹田さんも、そう言ってました。
私達、お互い子供を欲しいと思ってないから、する必要ないし、感染症とか望まぬ妊娠とか、行為に伴う危険を考えたら、むしろしないほうがいいって……」
〔そうだね。
お互いが納得してるなら、しなくてもいいと思う〕
「……でも、吹田さん、元カノさんとは、それなりにしてたんです。
えっちなことすると、ストレスを減らせるらしいですし……。
その当時は、まだ若くて余裕がなかったからで、今は違うって言ってましたけど。
我慢してもらうのって、ストレスをさらに増やすことになっちゃうんじゃないかなって、思って……」
これから出世していったら、ますますストレス増えそうなのに、私のせいでさらに増やしちゃうのは申し訳ない。
〔ストレスの対処法は色々あるから、えっちなことをしないからってストレスが増えることはないと思うよ〕
「そうなんですか?
宝塚さんは、ストレスをどう……」
……あれ、そういえば……。
〔なに?〕
「……宝塚さんとシロさんは、お泊まりデートの時、えっちなことしてるんですか?」
私にとって、お泊まりって友達と一緒に寝ることだったから、二人がお泊まりデートしてるって聞いた時も、一緒に寝てるだけだと思ってた。
でも普通っていうか、本来は、お泊まりって、えっちなことするんだよね……。
〔毎回するわけじゃないよ。
シロの心身の状態を確認して、疲れてそうなら、一緒に眠るだけにしてる。
少しでも長く一緒にいたいから部屋に誘ってるだけで、えっちなことがしたいからじゃないから〕
「へえー……」
そうなんだ。
さすがスパダリだね。
〔世間的には、えっちなことが愛情表現だと思われてて、セックスレスになるのは愛情が冷めたせいっていう考えもあるけど、お互いが納得してるなら、しなくてもいいんだよ。
吹田にとって、自分の欲を満たすよりも、ミケちゃんを大切にするほうがはるかに重要なんだと思う。
だから、えっちなことをしないのも、我慢するっていうほどのことでもなくて、たとえばミケちゃんと一緒に歩く時に速度を合わせるとか、その程度の気遣いじゃないかな〕
「……その程度のことなんですか?」
〔うん。
だから、そんなに悩まなくていいと思うよ。
どうしても心配なら、吹田にそう伝えて、もう一度ちゃんと話し合ったほうがいいよ。
今のままじゃ、ミケちゃんのほうがストレス感じちゃってるみたいだから〕
「あー……」
この気になっておちつかない感じって、ストレスなのかな。
今まで、これがストレスってはっきり感じたことないから、わかんないけど、宝塚さんが言うなら、そうなのかな?
うーん……。
「……そうですね、また今度話し合ってみます。
ありがとうございました、ちょっとすっきりしました」
〔どういたしまして。
役に立てたならよかったよ〕
「いつもすみません」
あ、そうだ。
「あの、結婚式は身内だけで済ませるんですけど、披露宴は来年の三月にやる予定なんです。
吹田さんの友人枠か、私の同僚枠か、どっちでもいいんで、出席してもらえますか?」
〔もちろん喜んで出席させてもらうよ。
ただ、俺と吹田が大学の同期だってことは知られてるけど、友達だってことはあんまり広まってないはずなんだ。
だから、ミケちゃんの同僚枠にしてもらえるかな〕
そういえば、二人がなかよしだってことは、お互いの立場を気にしてあんまりオープンにしてないんだった。
「わかりました、じゃあ同僚枠で考えときますねー」
〔うん、よろしくね〕
「はいー。
遅い時間にありがとうございました。
おやすみなさい~」
〔おやすみ~〕
通話を終えて、ほっと息をつく。
うん、やっぱり誰かに聞いてもらえると、ちょっとすっきりするね。
宝塚さんに相談してよかった。
とりあえずは、今度吹田さんと二人きりになれた時に、改めて話してみよう。




