同担歓迎派と同担拒否派の溝は深い⑧
「結婚式までのスケジュールで、他に何か気になったことはあるか」
「えーっと……特にはないです」
「わかった。
なら、ここまでのスケジュールは、後でメッセージで送っておく」
「ありがとうございます、助かります」
相変わらず、至れり尽くせりだね。
私、吹田さん達ほど記憶力よくないから、こういう気遣いはほんと助かる。
「それと、結婚式以降の生活がおちついてからでいいが、実家が経営している病院で全身の人間ドック及び各種精密検査を受けて、現時点での健康状態を確認しておきたい」
「え、一般健診は毎年受けてますけど……」
「病気の早期発見の為には、人間ドックのほうが向いている。
特に癌は早期発見して早期治療すれば、完治する可能性が高い。
出来れば今後はお互い毎年人間ドックを受けるようにしたい」
「…………わかりました」
しぶしぶうなずくと、吹田さんは軽く眉をひそめる。
「何か気になるのか」
「…………前に胃カメラをやった時、ものすっごい苦しくて、吐きそうになって、つらかったんで……」
二度とやりたくないって思ったけど、しかたないよね……。
「それは、口から入れる方式だったのか」
「はい……」
「鼻から入れる方式もあるし、麻酔を使うこともできる。
出来るだけ苦しくないやり方を選ぶように、担当医師に言っておく」
吹田さんがなだめるように言う。
そっか、あの時は一般健診と一緒にやったから選べなかったけど、吹田さんちの病院でやってもらうなら、やり方を相談できるんだ。
特権乱用な気がするけど、楽できるほうが助かる。
「ありがとうございます」
「ああ」
うなずいた吹田さんは、またお茶を一口飲む。
「……続きは、ソファに移動して話そう」
「え?」
なんで?
きょとんとしてる間に立ちあがった吹田さんは、自分のと私の湯呑みを持って、ソファのほうに歩いていく。
あわてて後を追うと、吹田さんはL字型ソファの角のところに座って、湯呑みをテーブルに置いた。
「こっちに座ってくれ」
「……はい」
やわらかく手を握って誘導されて、ななめに向かい合うように座る。
確かにこのほうが近いし、話しやすい気もするけど、わざわざ移動する必要あった?
とまどってる間に、吹田さんは横に置いてあったクッションを取って、私の膝に乗せた。
……ん?
さっきもこんなようなこと、あったような……。
「子作りと性行為について、改めて確認しておきたい。
おまえにとっては恥ずかしいことだとわかっているが、大切なことだから、出来る限り認識のズレがないようにしておきたいんだ」
やっぱり……。
うつむいてクッションを抱きしめる。
「はい……」
大事なことなのはわかってる。
さっきも、認識のズレで、ああなっちゃったんだし。
私が耐えられるように、気遣いしてくれてるのも、助かる。
それでも恥ずかしいけど……。
「ありがとう」
吹田さんは優しい手つきで頭を撫でてくれる。
「まず、子供についてだ。
お互い子供が欲しいと思っていないから、子作りの為の性行為はしない。
それでかまわないか」
「はい……」
恥ずかしいのをこらえて、小さくうなずく。
「わかった。
そのことは、結婚式の食事会で家族に話すつもりだ」
「え」
そっと顔を上げると、吹田さんはまじめなカオで言う。
「世間では、結婚したら子供を作るのが一般的だ。
当然周囲は『子供はまだか』と聞いてくる。
それをいちいちごまかすよりは、最初にはっきり言っておいたほうがいい」
それは、友達から聞いたことあるかも。
お姑さんがそういうことをしつこく言ってくる人で、ウザいって。
結婚直後から『子供はまだ?』、最初の子が生まれたら『二人目はまだ?』、生まれたのが女の子だったから『男の子はまだ?』って、えんえん言われてるらしい。
そりゃ、ウザいよね。
でも……。
「……どんなふうに、言うつもりなんですか?」
「そのままだ。
『お互い子供を望んでいないから、二人だけの時間を大切にして生きていくと決めた。よけいな口出しは無用だ』と言えば、俺の家族は何も言わないだろう」
「うーん……」
吹田さんらしいきっぱりした言葉だから、慣れてそうな吹田さんの家族は納得してくれるかもしれないけど。
うちの親はどうかな……。
お母さんは、私がオタクなのを早いうちから知ってたから、結婚とか子供とか、言われたおぼえないけど。
お父さんは、【おじいちゃん】って立場に憧れがあるっぽいんだよね……。
単身赴任に行きっぱなしで、小さい頃の私とほとんど遊べなかったから、孫の世話をしたいらしい。
いつだったかの休みの日に、一緒にテレビを見てる時に【孫娘の世話をするじぃじ】みたいなのをやってて、そんなようなことを言ってた。
お母さんに『子供の世話でさえまともにできなかったんだから、孫なんてもっと無理でしょ』ってバッサリ言われてガックリしてたから、あんまりはっきり言うと拗ねられそう。
「……『今はまだ子供を欲しいと思わないから』ぐらいに、ふんわり言っといたほうがいいんじゃないんですか?」
それなら、何か言われても『そのうちね』ってかわせるし。
「その場合は、親と顔を合わせるたびに『子供はまだか』と聞かれることになるかもしれないが、かまわないのか」
「あー……」
かわせるにしても、毎回は、うっとーしいかなあ……。
「最初にはっきり言っておくほうが後々楽だと思うが、言いたくないのか」
「んー、言いたくないわけじゃないんですけど。
……結婚自体が、かなり急な話だったじゃないですか。
そのうえ『子供は作りません。孫は諦めてください』って宣言したら、なんかこう、インパクト強すぎて、反発されそうっていうか……うまく言えないんですけど……」
相手が敵対してる人なら、最初にガツンとやるのは有効かもしれないけど、今後もなかよくしていきたい相手だったら、どうすればいいんだろ……。
「……そうか。
だったら、『二人きりの時間を大切にしたいから、少なくとも三年は子供を作らないつもりだ』と言うのはどうだ。
そうすれば三年は静かにすごせるし、いずれ聞かれた時に改めて『子供は作らないことにした』と言えばいい」
「あー……それならいい、かも……?」
自分の意見を押しとおすんじゃなくて、私の意見を聞いて妥協案をすぐ考えてくれるの、ありがたいなあ。
「……でも、『二人きりでいたいから』って理由で、納得してくれるでしょうか」
「大丈夫だろう。
披露宴も同居も後回しにして入籍を強行するほど溺愛しているから、俺がおまえを独り占めしたくて子供を作らないのだと、納得してくれるはずだ」
「あー……そうですねー……」
そういえば、そうだった。
まず結婚っていうか入籍って時点で、独占欲まるだしだよね……。
「じゃあ、それでお願いします」
「わかった」
吹田さんは優しく微笑んで、また頭を撫でてくれた。
「ただし、問題の切り分けの為に、先程言った人間ドックの際に生殖機能の検査もしておこう」
「……切り分け?」
何を?
「結婚して数年経っても子供ができない場合、どちらかの生殖機能に問題があると考えられる。
だが、なぜか世間的には女性側の問題にされることが多い。
おまえが理不尽に責められることのないように、検査をしておくんだ」
「……えーっと」
できないと、私が責められるかもしれないから?
事前に検査して、私のせいじゃないと確認しておく……?
なんだろ、なんか違う……?
「どうした」
「なんか、よく、わかんなくて……」
なんかズレてる気がするんだけど、どこだろ……?
「……おまえがひっかかっているのは、できない理由か?」
ん?
「俺達の場合は、性行為をしないのだから、子供ができなくて当然だ。
だが、それを知らない者は、しているのにできないと考え、原因を探そうとする。
だが、『性行為をしていないから』と説明すれば、また口うるさく言われるだろう。
いわゆるセックスレスも、どちらかに問題があるか、愛情が冷めてきていると考えられがちだからな。
それを抜きにして、おまえのせいではないと説明できるように、あらかじめ検査をして問題ないと確認しておきたい」
「なるほどー」
してないからできないのは当然なのに、なんで責められるんだろって思っちゃったから、おかしくなったんだ。
してないってことは黙っておくんだね。
「納得できたか?」
「はい、ありがとうございます。
あ、でも、もし検査の結果、本当に私に問題があったら、どうしますか?」
今のところは毎月来てるし、問題ないと思うけど、検査してみないとわからないもんね。
「他に影響がないか徹底的に調べるよう勧めるが、心情的にはどうもしない」
吹田さんはあっさり即答して、甘く微笑む。
「俺はおまえを愛しているから結婚したいのであって、子供が欲しいからではない。
子供が出来るかどうかで、おまえへの気持ちが変化することはない。
おまえだけを愛し、求めているのだと、おぼえておいてくれ」
「…………はい」
「ありがとう。
もう一つ確認したいのは、子作りの為でなくとも、性行為をするかどうかだ」
「え……」
「おまえが望まないならしなくてもかまわないし、望むなら応じる。
おまえが決めていい」
優しい声で言われて、かえって悩む。
「…………私が決めて、いいんですか?」
「ああ」
……ほんとにいいのかなあ……。
うーん……でもそれなら……。
「…………えっちなことは、恥ずかしいから無理だけど。
イチャイチャは、したいです。
ハグとか、ナデナデとか、キスとかは、してほしいです。
あ、でもあの、さっきみたいな長いのとか、首筋とかは、できれば、やめてほしいです。
それでも、いいですか……?」
ちょっとワガママすぎるかな……?
おそるおそる見上げると、吹田さんはやわらかなまなざしでうなずいた。
「かまわない。
プロポーズするまでと同じ程度という判断でいいか」
「あー、はい」
うん、その基準だとわかりやすいかな。
「わかった。
……さっきは浮かれていたから、抑えられなくてすまない。
これからは気をつける」
吹田さんは甘い声で言いながら、私をクッションごとふんわり抱きしめる。
「だから、抱きつくなら俺にしてくれ」
「……はい」
くすっと笑って、クッションを横にやって吹田さんに抱きついた。
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そのままずっとイチャイチャしてたかったけど、九時になったから、帰ったほうがいいって言われた。
朱音さん達の部屋のほうに行って、元の服に着替えようとしたら、どうせ着替えるならって浴衣を勧められた。
紺色の生地に朝顔の絵柄の、昔ながらっぽい感じだけど、朝顔がちょっとデフォルメされたかわいらしい絵柄だからか、今風な感じもある。
朱音さんが、私の為に仕立ててくれたらしい。
生地が綿で洗濯機で洗えるから、気軽に着てほしいって言われた。
浴衣って、高校生の頃に友達と地元の花火大会に行った時に着たのが最後だけど、仕立てがいいのか着せ方が上手なのか、そんなに苦しくなかった。
浴衣は素足が前提なのが苦手だったんだけど、朱音さんはやわらかいレースっぽい素材の足袋も一緒に渡してくれた。
これなら、鼻緒で足痛める可能性も少なそうだし、いいかも。
ゆっくり歩いて廊下に出ると、吹田さんが待ってた。
私を見て、優しく微笑む。
「浴衣だと清楚な雰囲気になるんだな。
よく似合っている」
「ありがとうございます。
着物よりは帯が苦しくないし、歩きやす……」
ふっと何かが脳裏をよぎった。
「美景」
心配そうな声で呼ばれて、ぱちぱち瞬きする。
……あれ?
「大丈夫か」
「……あー、はい、だいじょぶです」
肩と腰に手を添えて支えてくれてた吹田さんを見上げて、くすっと笑う。
「ほんとに、だいじょぶですから」
着物でまともに動けなくて、人質にされちゃったあの時のことを、一瞬だけ思いだしたけど、それだけだった。
恐くもないし、つらくもない。
だって、吹田さんがいるから。
大丈夫。
……あ。
「すみません、いまさら思いだしましたけど、お守りがわりに借りたテディボーイ、私の家行きの荷物に入れちゃいました。
家に着いたら取ってくるので、ちょっとだけ待っててもらえますか」
入院してる間のお守りがわりに借りたんだから、退院したら当然返さなきゃいけないのに、うっかり借りパクしちゃうとこだった。
「いや、かまわない」
「え、でも」
吹田さんは私の手を握って、やわらかく微笑む。
「同居できるようになるまで、そのまま預っていてほしい。
俺のかわりに抱きしめてやってくれ」
「……枕はダメだけど、テディボーイはいいんですか?」
基準がよくわかんないなあ。
「俺がそばにいられない時のかわりなら、許容する。
共にいる時は、俺にしてくれ」
同担拒否派の理屈は、同担歓迎派の私には、やっぱり理解できない。
まあ、それだけ愛されてるって思っとけばいいか。
「わかりました、ありがとうございます」




