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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第三部 婚約者編
90/93

同担歓迎派と同担拒否派の溝は深い⑦

 吹田(すいた)さんの部屋に戻ると、朱音(あかね)さんが食事の準備を再開する。 

 手伝いたかったけど、かえって邪魔になりそうだから、ちょっと離れたところから様子を見せてもらった。

 朱音さんは、自分達の部屋で料理をして、お鍋とかフライパンごとこっちに持ってきて、食器に盛りつけてた。

 途中でやってきたシロさんが、食器をダイニングテーブルに運んでいく。

 全部セッティングが終わると、ようやく呼ばれた。

「お待たせしました」

「いいえー、ありがとうございます」

 吹田さんと私、私の向かいに朱音さんとシロさんっていう配置で座る。

「いただきます」

 きちんと手を合わせてから、お箸を手に取る。

 何から食べようかなー。

 並んでるのは、ごはん、お味噌汁、お漬物に、野菜の煮物、肉と野菜炒め物。

 あっさりめだけど、栄養バランスもちゃんと考えてある感じ。

「煮物はかつおだしで軽く煮込んでから……」

 朱音さんの解説を聞きながら、一品ずつ箸をつけていく。

 家庭の味と料亭の味の中間みたいな、上品な感じの味付けだった。

 盛りつけも、私ならドバっと入れちゃうけど、きれいに見えるよう整えてある。

 こういうとこにセンスの違いが出るなあ。

 うん、やっぱり、私が半端に手伝うより丸投げが正解だね。



「ごちそうさまでした、美味しかったです」

「お粗末様でした。

 お口に合ったようでよかったです」

 主に私と朱音さんが話しながら、楽しく食べ終える。

 前にダブルデートした時もそうだったけど、吹田さんとシロさんはあんまりしゃべらなかった。

 昔からずっと一緒にいて、お互いが思ってることはだいたいわかるから、必要なことしか話さないらしい。

 私とデートしてる時も、吹田さんは私が質問すると答えてくれるけど、自分から話すことはあんまりない。

 話を振ったらちゃんと答えてくれるから、雑談がきらいとか苦手ってわけじゃないみたいだけど。

 なのに溺愛モードに入ると、饒舌になるのは謎。

 朱音さんは、私と同じくおしゃべりしたいほうみたいで、にぎやかで嬉しいって喜んでた。

「姉と二人だと、まるでお通夜のように黙々と食べることになりますから、ミケさんとご一緒できるのはとても嬉しいです。

 同居してくださる日が待ち遠しいですわ」

「私もです、よろしくお願いしますね」


-----------------


 手早く片付けをしてお茶を淹れてくれた朱音さんとシロさんは、自分達の部屋に帰っていった。

 ダイニングテーブルに向かいあって座ると、吹田さんは小さく咳払いしてから言う。

「今日おまえにいくつか頼みごとをしたが、詳細を詰めてもいいか」

「はい、なんですか?」

「まず、婚前契約書と財産目録は、持ち帰って読んでくれ。

 内容の変更もしくは追加希望があれば、直接書きこんでくれてかまわない。

 弁護士に渡して正式な文書にするのに数日かかるから、できれば三日後の金曜に、実家に行く際に渡してくれると助かるが、いけそうか」

「んー、明日明後日は家でゆっくりする予定なんで、できると思います」

「わかった」

 うなずいた吹田さんは、お茶を一口飲む。



「次に、結婚式の夜を共にすごす場所だが、この部屋とホテル、もしくはそれ以外の場所のどこがいいか、希望を教えてくれ」

「あー……」

 ちょっと頬が熱くなったけど、しなくてもいいって言ってもらえたから、最初に言われた時ほど恥ずかしくはなかった。

 それでもなんとなく目を伏せて、両手で握った湯呑みを見ながら考える。

 どっちがいいかなあ。

 この部屋のほうがおちつく気もするけど、アメニティはホテルのほうが充実してそうだし。

 ……隣にシロさんや朱音さんがいるのは、ちょっと、恥ずかしいし……。

「……ホテルって、今から予約できるんですか……?」

 十日ぐらいしかないし、土曜日の夜だから、空きがないんじゃないかな。

「おまえが昼寝をしている間に確認したが、俺が株を持っているホテルなら、株主用のスイートはまだ空いていた」

 そこも実質オーナーの家族扱いだろうから、優先的に取れるのかな。

 たぶんプレジデントとかエグゼクティブとか付くようなスイートだよね。

「……ホテルの、あんまり高くないとこがいいです……」

「わかった」

 資料写真としては価値がありそうだけど、おちつかなさそうだから、ほどほどぐらいを期待しておこう。



「次に、結婚後は週末にここに泊まりにきてほしいという件だ。

 まずは、おまえの母親に了承を取ってほしい」

「え? どうしてですか?」

「おまえの父親が戻ってこれるのは、早くて冬になる前だと言っていただろう」

「そうですね」

「なら、それまではおまえがこちらに泊まる時は、母親は家でひとりですごすことになる。

 だから、先に話をしておいてほしい」 

 あー、そういえばそうか。

「んー、でも、今までも時々友達の家でお泊まりしたりしてましたし、だいじょぶだと思います。

 女の二人暮らしは危ないからって、だいぶ前から父のゴリ押しで警備会社と契約してあるから、不審者が来ても警備会社の人が飛んできてくれますし。

 何かあった時でも、すぐスマホで連絡取れますし」

 私の体調とか吹田さんの休みの都合もあるだろうから、お泊まりできるのはたぶん月に二、三回だろうから、そんなに寂しくない、はず。

「そうか。

 だが、まずは母親に話しておいてくれ」

「はぁい」

 こういう根回し的なことをきっちりやるのも、エリートらしい気遣いだよね。

「基本的には、金曜の夜に二人でこちらに帰って、朱音達と夕食を取り、そのまま泊まって、翌日の昼食後におまえの家に送り届けるつもりだ。

 おまえの都合が悪い時は、木曜の夜までに連絡をしてほしい」

「わかりましたー」



「次に、これまで以上に身の回りに気をつけてほしいという件だ。

 職場では出来る限り一人では行動せず、プライベートでも出来る限り人通りの多い道を選ぶようにしてほしい。

 できれば、長距離の移動にはハイヤーを使用し、初めて行く場所には朱音を伴ってほしい。

 危険を感じたら、すぐに俺か真白に連絡してくれ」

 うーん、確かにそうできればいいんだろうけど。

「……職場では難しいかもしれませんけど、プライベートでは気をつけます」

「そうしてくれ。

 俺からも主計(かずえ)課長代理に話をして、配慮してもらえるよう頼んでおく」

「ありがとうございます。

 ……でも、吹田さん目当てで私に声をかけてくるような人、あんまりいないような気がするんですけど……」

「なぜだ」

「だって、私を通じて媚びを売りたいのか脅迫したいのか、よくわかりませんけど、吹田さんのこと知ってる人なら、そんな策が通じるなんて思わないんじゃないですか?」

「そういう判断が出来ない者だからこそ、おまえに声をかけてくる可能性がある」

「あー……」

 つまりワンチャン狙いってことか……。

 それはうっとーしいなあ……。

 でもまあ、セレブでエリートな吹田さんと結婚するなら、しかたないのかな。

 …………あれ?



「どうした」

「……吹田さん、私と早めに結婚するのに、刑事部長に『身内として取りこんでおけ』って言われたのを建前として使う、って言ってましたよね」

「ああ」

「そうすると私、吹田さんにいきなり結婚申し込まれて、即オッケーして入籍したってことに、なりますよね」

「……そうだな」

「それって、はたから見たら、吹田さんの財産狙いで結婚したように思われませんか?」

 セレブな人にプロポーズされて即結婚、なんて聞いたら、まずお金目当てだと思うよね。

 吹田さんはちょっと気まずそうなカオになって、お茶を一口飲む。

「……俺を知っている者なら、むしろ俺が結婚を強要したと思うだろうな」 

「あー……」

 そういう可能性もあるかあ。

 仕事モードの吹田さんは、いかにもエリートっぽい冷たさがあるから、権力によるゴリ押しって思われそうだよねえ。

 うーん……。



「……実は前からつきあってましたって、先に言っといたほうがいいんじゃないですか?

 私、嘘つくのヘタなんで、誰かに聞かれてもごまかせそうにないですし……」

「かまわないが、刑事部長に言ったとしても、それが他の者に伝わるとは限らないぞ」

「それはまあ、執行部に依頼すれば、噂を広げてもらえますから」

「……カップル限定パフェに誘われた時に、言っていたことか」

 あれ、吹田さんにその話したことあったっけ?

「えーと、おぼえてないけど、たぶんそうです」

 吹田さんは軽く眉をひそめて考えこむ。

「……その噂は、どれぐらい正確に広げられるんだ。

 広まる途中で半端に改変されたら、かえって面倒なことになるぞ」

「んー、ほぼ正確に広まると思いますよ。

 あちこちの【同志】(なかま)が随時確認してて、内容が違ってたら『それちょっと古い情報だよ。ほんとはこうだよ』って修正していくので」

 ボンさんによると、『間違ってるよ』じゃなくて『古い情報だよ』って言うのがポイントらしい。

 噂話が好きな人は、古い情報を得意げに話してる情弱って思われたくなくて、最新情報に食いついてくるんだって。



「……………………」

 しばらく考えこんでた吹田さんは、諦めたようにため息をつく。

「主計課長代理にはあまり借りを増やしたくないんだが……今更だな。

 どういう情報をどういうタイミングで流してもらうか、考えておく」

「お願いします~。

 ……ついでに質問いいですか?」

「ああ。なんだ」

「どうしてケイコ先生に借りを増やしたくないんですか?」

「……気軽に頼るには、力を持ちすぎている相手だからな。

 俺と主計課長代理がつながっているとわかると、よけいな派閥争いが起きかねない」

 ……んんー?

 なんかそんなこと、前にも聞いたような……。

 …………あ、ハニトラ疑惑の時だ。

 ケイコ先生とこっそり会いたいって頼まれて、なんでこっそりなのかって聞いたら、そんな説明されたんだ。  

 偉い人の派閥がどうなってるのか、全然興味ないから知らないんだけど、いろいろ大変なんだなあ。

 吹田さんは仕切り直すように小さく咳払いする。



「次の話に進んでもいいか」

「あ、すみません、どうぞー」

「ああ。

 おまえの今後のスケジュールについて、変更点を加えてもう一度確認しておく」

「はい」

「明日明後日は仕事を休み、自宅で休養。

 その間に、婚前契約書をチェックしておいてくれ」

「はい」

「九月一日の金曜日、昼頃にハイヤーでおまえの家に迎えにいく。

 婚前契約書のチェックが終わっていたら、その時に渡してほしい。

 いつもの店で昼食後、いったんこの部屋に戻って身支度をする。

 朱音を伴ってハイヤーで出発、俺の実家に向かう途中にある百貨店で、結婚指輪を選ぶ。

 今日行った百貨店の本店だから品数は豊富だろうが、おまえが気に入るものがなかった場合は、また後日違う店に行く。

 その後、夕方に俺の実家に到着、一泊して、土曜日の午後に出発する」

「……はい」

 実家でのことがざっくり省略されてるけど、そこが一番大変そうだよね……。



「九月四日の月曜から、仕事に復帰。

 出来る限り無理をせず、心身に不調を感じたら、すぐにカウンセラーに相談してほしい」

「はい」 

 先週の月曜以来フラッシュバックは起きてないけど、PTSDはすぐ治るようなものでもないらしいから、気をつけておこう。

「結婚指輪が決まっていない場合は、金曜までの間に、仕事帰りに今日の店に改めて見にいく。

 九日の土曜日、昼頃にハイヤーでおまえの家に迎えにいく。

 いつもの店で昼食後、ここに移動して朱音に身支度を頼む。 

 十七時までにレストランに移動し、最終打ち合わせをする。

 その後ハイヤーにおまえの両親を迎えにいかせるから、店で出迎える。

 俺の家族は、実家から車移動だろうが、時間までには来るはずだ。

 十八時から人前式の結婚式をして、婚姻届に署名する。

 十八時半から食事会、二十時に終了。

 食事会の間に、朱音か真白に婚姻届けを役所に提出させる。

 おまえの両親は、ハイヤーで家まで送らせる。

 俺とおまえはホテルに移動して一泊し、翌日午後におまえの家に送っていく」

「…………はい」

 最後が恥ずかしくてちょっとうつむいちゃったけど、そういえば。



「あの、結婚式の日も、お化粧を百貨店の人に頼むつもりなんですけど。

 時間の都合つきますか?」

「時間は問題ないが、その前に一度朱音に確認してくれ。

 使用人としての技術の中で化粧も学んでいたはずだから、自分でも出来ると言いそうだ」

 うーん、でもアレかなり特殊技術っぽいから、どうだろう……。

 帰る前にこの服を渡してメンテしてもらうように、食事中に頼んでおいたから、その時に聞いてみようかな。

「じゃあ、後で朱音さんに確認しておきますね」

「そうしてくれ」

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