同担歓迎派と同担拒否派の溝は深い⑦
吹田さんの部屋に戻ると、朱音さんが食事の準備を再開する。
手伝いたかったけど、かえって邪魔になりそうだから、ちょっと離れたところから様子を見せてもらった。
朱音さんは、自分達の部屋で料理をして、お鍋とかフライパンごとこっちに持ってきて、食器に盛りつけてた。
途中でやってきたシロさんが、食器をダイニングテーブルに運んでいく。
全部セッティングが終わると、ようやく呼ばれた。
「お待たせしました」
「いいえー、ありがとうございます」
吹田さんと私、私の向かいに朱音さんとシロさんっていう配置で座る。
「いただきます」
きちんと手を合わせてから、お箸を手に取る。
何から食べようかなー。
並んでるのは、ごはん、お味噌汁、お漬物に、野菜の煮物、肉と野菜炒め物。
あっさりめだけど、栄養バランスもちゃんと考えてある感じ。
「煮物はかつおだしで軽く煮込んでから……」
朱音さんの解説を聞きながら、一品ずつ箸をつけていく。
家庭の味と料亭の味の中間みたいな、上品な感じの味付けだった。
盛りつけも、私ならドバっと入れちゃうけど、きれいに見えるよう整えてある。
こういうとこにセンスの違いが出るなあ。
うん、やっぱり、私が半端に手伝うより丸投げが正解だね。
「ごちそうさまでした、美味しかったです」
「お粗末様でした。
お口に合ったようでよかったです」
主に私と朱音さんが話しながら、楽しく食べ終える。
前にダブルデートした時もそうだったけど、吹田さんとシロさんはあんまりしゃべらなかった。
昔からずっと一緒にいて、お互いが思ってることはだいたいわかるから、必要なことしか話さないらしい。
私とデートしてる時も、吹田さんは私が質問すると答えてくれるけど、自分から話すことはあんまりない。
話を振ったらちゃんと答えてくれるから、雑談がきらいとか苦手ってわけじゃないみたいだけど。
なのに溺愛モードに入ると、饒舌になるのは謎。
朱音さんは、私と同じくおしゃべりしたいほうみたいで、にぎやかで嬉しいって喜んでた。
「姉と二人だと、まるでお通夜のように黙々と食べることになりますから、ミケさんとご一緒できるのはとても嬉しいです。
同居してくださる日が待ち遠しいですわ」
「私もです、よろしくお願いしますね」
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手早く片付けをしてお茶を淹れてくれた朱音さんとシロさんは、自分達の部屋に帰っていった。
ダイニングテーブルに向かいあって座ると、吹田さんは小さく咳払いしてから言う。
「今日おまえにいくつか頼みごとをしたが、詳細を詰めてもいいか」
「はい、なんですか?」
「まず、婚前契約書と財産目録は、持ち帰って読んでくれ。
内容の変更もしくは追加希望があれば、直接書きこんでくれてかまわない。
弁護士に渡して正式な文書にするのに数日かかるから、できれば三日後の金曜に、実家に行く際に渡してくれると助かるが、いけそうか」
「んー、明日明後日は家でゆっくりする予定なんで、できると思います」
「わかった」
うなずいた吹田さんは、お茶を一口飲む。
「次に、結婚式の夜を共にすごす場所だが、この部屋とホテル、もしくはそれ以外の場所のどこがいいか、希望を教えてくれ」
「あー……」
ちょっと頬が熱くなったけど、しなくてもいいって言ってもらえたから、最初に言われた時ほど恥ずかしくはなかった。
それでもなんとなく目を伏せて、両手で握った湯呑みを見ながら考える。
どっちがいいかなあ。
この部屋のほうがおちつく気もするけど、アメニティはホテルのほうが充実してそうだし。
……隣にシロさんや朱音さんがいるのは、ちょっと、恥ずかしいし……。
「……ホテルって、今から予約できるんですか……?」
十日ぐらいしかないし、土曜日の夜だから、空きがないんじゃないかな。
「おまえが昼寝をしている間に確認したが、俺が株を持っているホテルなら、株主用のスイートはまだ空いていた」
そこも実質オーナーの家族扱いだろうから、優先的に取れるのかな。
たぶんプレジデントとかエグゼクティブとか付くようなスイートだよね。
「……ホテルの、あんまり高くないとこがいいです……」
「わかった」
資料写真としては価値がありそうだけど、おちつかなさそうだから、ほどほどぐらいを期待しておこう。
「次に、結婚後は週末にここに泊まりにきてほしいという件だ。
まずは、おまえの母親に了承を取ってほしい」
「え? どうしてですか?」
「おまえの父親が戻ってこれるのは、早くて冬になる前だと言っていただろう」
「そうですね」
「なら、それまではおまえがこちらに泊まる時は、母親は家でひとりですごすことになる。
だから、先に話をしておいてほしい」
あー、そういえばそうか。
「んー、でも、今までも時々友達の家でお泊まりしたりしてましたし、だいじょぶだと思います。
女の二人暮らしは危ないからって、だいぶ前から父のゴリ押しで警備会社と契約してあるから、不審者が来ても警備会社の人が飛んできてくれますし。
何かあった時でも、すぐスマホで連絡取れますし」
私の体調とか吹田さんの休みの都合もあるだろうから、お泊まりできるのはたぶん月に二、三回だろうから、そんなに寂しくない、はず。
「そうか。
だが、まずは母親に話しておいてくれ」
「はぁい」
こういう根回し的なことをきっちりやるのも、エリートらしい気遣いだよね。
「基本的には、金曜の夜に二人でこちらに帰って、朱音達と夕食を取り、そのまま泊まって、翌日の昼食後におまえの家に送り届けるつもりだ。
おまえの都合が悪い時は、木曜の夜までに連絡をしてほしい」
「わかりましたー」
「次に、これまで以上に身の回りに気をつけてほしいという件だ。
職場では出来る限り一人では行動せず、プライベートでも出来る限り人通りの多い道を選ぶようにしてほしい。
できれば、長距離の移動にはハイヤーを使用し、初めて行く場所には朱音を伴ってほしい。
危険を感じたら、すぐに俺か真白に連絡してくれ」
うーん、確かにそうできればいいんだろうけど。
「……職場では難しいかもしれませんけど、プライベートでは気をつけます」
「そうしてくれ。
俺からも主計課長代理に話をして、配慮してもらえるよう頼んでおく」
「ありがとうございます。
……でも、吹田さん目当てで私に声をかけてくるような人、あんまりいないような気がするんですけど……」
「なぜだ」
「だって、私を通じて媚びを売りたいのか脅迫したいのか、よくわかりませんけど、吹田さんのこと知ってる人なら、そんな策が通じるなんて思わないんじゃないですか?」
「そういう判断が出来ない者だからこそ、おまえに声をかけてくる可能性がある」
「あー……」
つまりワンチャン狙いってことか……。
それはうっとーしいなあ……。
でもまあ、セレブでエリートな吹田さんと結婚するなら、しかたないのかな。
…………あれ?
「どうした」
「……吹田さん、私と早めに結婚するのに、刑事部長に『身内として取りこんでおけ』って言われたのを建前として使う、って言ってましたよね」
「ああ」
「そうすると私、吹田さんにいきなり結婚申し込まれて、即オッケーして入籍したってことに、なりますよね」
「……そうだな」
「それって、はたから見たら、吹田さんの財産狙いで結婚したように思われませんか?」
セレブな人にプロポーズされて即結婚、なんて聞いたら、まずお金目当てだと思うよね。
吹田さんはちょっと気まずそうなカオになって、お茶を一口飲む。
「……俺を知っている者なら、むしろ俺が結婚を強要したと思うだろうな」
「あー……」
そういう可能性もあるかあ。
仕事モードの吹田さんは、いかにもエリートっぽい冷たさがあるから、権力によるゴリ押しって思われそうだよねえ。
うーん……。
「……実は前からつきあってましたって、先に言っといたほうがいいんじゃないですか?
私、嘘つくのヘタなんで、誰かに聞かれてもごまかせそうにないですし……」
「かまわないが、刑事部長に言ったとしても、それが他の者に伝わるとは限らないぞ」
「それはまあ、執行部に依頼すれば、噂を広げてもらえますから」
「……カップル限定パフェに誘われた時に、言っていたことか」
あれ、吹田さんにその話したことあったっけ?
「えーと、おぼえてないけど、たぶんそうです」
吹田さんは軽く眉をひそめて考えこむ。
「……その噂は、どれぐらい正確に広げられるんだ。
広まる途中で半端に改変されたら、かえって面倒なことになるぞ」
「んー、ほぼ正確に広まると思いますよ。
あちこちの【同志】が随時確認してて、内容が違ってたら『それちょっと古い情報だよ。ほんとはこうだよ』って修正していくので」
ボンさんによると、『間違ってるよ』じゃなくて『古い情報だよ』って言うのがポイントらしい。
噂話が好きな人は、古い情報を得意げに話してる情弱って思われたくなくて、最新情報に食いついてくるんだって。
「……………………」
しばらく考えこんでた吹田さんは、諦めたようにため息をつく。
「主計課長代理にはあまり借りを増やしたくないんだが……今更だな。
どういう情報をどういうタイミングで流してもらうか、考えておく」
「お願いします~。
……ついでに質問いいですか?」
「ああ。なんだ」
「どうしてケイコ先生に借りを増やしたくないんですか?」
「……気軽に頼るには、力を持ちすぎている相手だからな。
俺と主計課長代理がつながっているとわかると、よけいな派閥争いが起きかねない」
……んんー?
なんかそんなこと、前にも聞いたような……。
…………あ、ハニトラ疑惑の時だ。
ケイコ先生とこっそり会いたいって頼まれて、なんでこっそりなのかって聞いたら、そんな説明されたんだ。
偉い人の派閥がどうなってるのか、全然興味ないから知らないんだけど、いろいろ大変なんだなあ。
吹田さんは仕切り直すように小さく咳払いする。
「次の話に進んでもいいか」
「あ、すみません、どうぞー」
「ああ。
おまえの今後のスケジュールについて、変更点を加えてもう一度確認しておく」
「はい」
「明日明後日は仕事を休み、自宅で休養。
その間に、婚前契約書をチェックしておいてくれ」
「はい」
「九月一日の金曜日、昼頃にハイヤーでおまえの家に迎えにいく。
婚前契約書のチェックが終わっていたら、その時に渡してほしい。
いつもの店で昼食後、いったんこの部屋に戻って身支度をする。
朱音を伴ってハイヤーで出発、俺の実家に向かう途中にある百貨店で、結婚指輪を選ぶ。
今日行った百貨店の本店だから品数は豊富だろうが、おまえが気に入るものがなかった場合は、また後日違う店に行く。
その後、夕方に俺の実家に到着、一泊して、土曜日の午後に出発する」
「……はい」
実家でのことがざっくり省略されてるけど、そこが一番大変そうだよね……。
「九月四日の月曜から、仕事に復帰。
出来る限り無理をせず、心身に不調を感じたら、すぐにカウンセラーに相談してほしい」
「はい」
先週の月曜以来フラッシュバックは起きてないけど、PTSDはすぐ治るようなものでもないらしいから、気をつけておこう。
「結婚指輪が決まっていない場合は、金曜までの間に、仕事帰りに今日の店に改めて見にいく。
九日の土曜日、昼頃にハイヤーでおまえの家に迎えにいく。
いつもの店で昼食後、ここに移動して朱音に身支度を頼む。
十七時までにレストランに移動し、最終打ち合わせをする。
その後ハイヤーにおまえの両親を迎えにいかせるから、店で出迎える。
俺の家族は、実家から車移動だろうが、時間までには来るはずだ。
十八時から人前式の結婚式をして、婚姻届に署名する。
十八時半から食事会、二十時に終了。
食事会の間に、朱音か真白に婚姻届けを役所に提出させる。
おまえの両親は、ハイヤーで家まで送らせる。
俺とおまえはホテルに移動して一泊し、翌日午後におまえの家に送っていく」
「…………はい」
最後が恥ずかしくてちょっとうつむいちゃったけど、そういえば。
「あの、結婚式の日も、お化粧を百貨店の人に頼むつもりなんですけど。
時間の都合つきますか?」
「時間は問題ないが、その前に一度朱音に確認してくれ。
使用人としての技術の中で化粧も学んでいたはずだから、自分でも出来ると言いそうだ」
うーん、でもアレかなり特殊技術っぽいから、どうだろう……。
帰る前にこの服を渡してメンテしてもらうように、食事中に頼んでおいたから、その時に聞いてみようかな。
「じゃあ、後で朱音さんに確認しておきますね」
「そうしてくれ」




