同担歓迎派と同担拒否派の溝は深い⑥
ゆっくり目を開ける。
やわらかいものが手にふれて、思わずにぎにぎする。
あれ、これなんだっけ……。
「目が覚めたのか」
静かな声に視線を流すと、吹田さんがデスクに座ってた。
ノーパソをぱたんと閉じて立ちあがって、近づいてくる。
…………あー、そうだった。
ここは吹田さんの部屋で。
私がにぎにぎしてたのは、タオルケットで。
疲れたから昼寝させてもらったんだった。
私のおなかの横あたりに座った吹田さんは、手を伸ばしてそっと私の髪を撫でる。
梳くように撫でて整えてくれる指先がくすぐったい。
「わたし、どれぐらい寝てました……?」
「四十分ほどだな。
夕食まではもう少し時間があるから、もう一度寝てもかまわないぞ」
「んー……」
甘やかすような優しい声に、しばらく考える。
眠いけど、でも。
「どうした」
肘をついて、ゆっくり起きあがる。
「ハグしてください」
両手を開いてさしだすと、吹田さんはちょっと驚いたようなカオをしてから、優しく微笑む。
「ああ」
ふんわり抱きしめられて、私からもぎゅっと抱きつく。
「んふふ~」
肩に頬をすりすりすると、優しく頭を撫でられる。
「おまえが甘えたい時のしぐさは、本当に猫のようだな」
「そうですか……?
うち、お母さんがアレルギーだから、動物飼ったことないんです。
吹田さんは、猫飼ってたんですか……?」
「俺ではなく、母や姉が飼っている。
いや、先祖代々と言ったほうが正しいな。
商家だった頃は、蔵の商品を鼠に荒らされないように、猫を複数飼っていたそうだ」
「あー……」
愛玩用じゃなくて、働いてもらってた感じなんだ。
「蔵はもうないが、今でも猫用の離れで常に十数匹が飼われていて、専属の教育係と世話係が複数ついている。
その中から、見目が良くきちんと躾された個体だけが、当主の部屋で飼われている」
「へえー……」
どっかの大名家みたいな話だね。
「でも、猫って犬ほどきっちり教育できませんよね……?」
人間の思うようにならないところがいいんだって、猫飼ってる友達が言ってた。
「そうだな。
だが、少なくとも俺が見た猫は、おとなしく母や姉の膝に乗って撫でられていたし、家具で爪を研いだり、障子を破ったりということもしていなかった。
猫がいる離れを見にいったことがあるが、そちらの猫達は暴れていたから、特別おとなしい個体を選んで躾をしているのかもしれない」
「なるほどー……」
吹田さんは私の頭を撫でて、くすっと笑う。
「俺は母や姉のように猫をかわいがる気にはなれなかったが、おまえなら別だな。
いつまででも撫でていたいし、抱きしめていたい」
うーん、なんか恥ずかしさが天元突破したせいか、溺愛モードぐらいなら平気になってきたかも……。
それともまだ眠いからかな……。
頭を撫でてた手がゆっくり頬をすべって、指先で目元を撫でられる。
「まだ眠そうだな。
もう一度眠れ」
「んんー……」
促す声に首を横に振って、ぎゅっと抱きつく。
「眠いんだろう?」
眠いけど、でも、こうしてたい。
……あ、そうだ。
「添い寝、してくれるなら、寝ます……」
そっと見上げると、吹田さんは困ったようなカオをしてた。
目が合うと、苦笑いを浮かべる。
「いっそ本当に誘っているのなら、断れるんだがな……。
無自覚だからこそ、性質が悪い」
ひとりごとみたいな言葉に、首をかしげる。
「イヤですか……?」
「嫌ではないから、困っている」
んん……?
「いやじゃないなら、してください」
おでこをぐりぐりすると、笑ったような吐息が耳元にかかった。
「わかった。
用意をしてくるから、少し待っていてくれ」
「はい……」
吹田さんはそっと私を寝かせると、部屋を出ていった。
がんばって待ってようと思ったけど、瞼が重い。
うとうとしてると、しばらくして吹田さんが戻ってきた。
「待たせてすまない」
「いえ……」
吹田さんはスマホと眼鏡をヘッドボードに置いて、置いてあった何かを取る。
ピピッと電子音がすると、部屋が薄暗くなった。
照明用リモコンかな。
「もう少し真ん中に寄ってくれ」
「はい……」
もぞもぞ動くと、吹田さんが横に入ってきた。
またもぞもぞ動いて体を寄せると、左腕で腕枕をしてくれて、タオルケットを引っ張り寄せて肩にかけてくれる。
ぴったり抱きつくと、寝にくいかな。
ちょっと距離を取って、胸の前で腕を丸めた。
「苦しくないか」
「はい……」
すぐそばにぬくもりを感じると、体だけじゃなく心もあったかくなる。
「おやすみ」
「おやすみなさい……」
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ガガッと独特の音で目を覚ます。
あれ、スマホ、バイブにしてたっけ……。
反射的に手を伸ばしたけど、何かにぶつかった。
あれ……?
「すまない、起こしたか」
「…………あー、いえ……」
何度か瞬きして、ようやく状況を思いだす。
吹田さんに添い寝をねだって、寝直したんだった。
「…………」
スマホを取って何か確認してた吹田さんを、おそるおそる見上げる。
吹田さんはヘッドボードにスマホを戻して、私を見た。
「どうした」
「……なんか、すみません……」
「何がだ」
「ワガママ言って、添い寝してもらっちゃって……」
眠くてぐずってるチビッコみたいなことしちゃった。
なんで今日は、恥ずかしいことばっかりしちゃうんだろう……。
「謝らなくていい」
優しい声で言いながら、吹田さんは優しく頭を撫でてくれる。
「急ぎの用事はなかったし、時間も余裕があったから、問題ない。
それに、ちょうど確認できたしな」
「確認……?」
何を……?
「俺は子供の頃からずっと一人で眠っていたし、近づく気配を気にする癖がついている。
だから、相手が愛するおまえであっても、隣にいると気になって眠れないかもしれないという懸念があった。
だが、問題ないと確認できたから、助かった」
そんな心配してたんだ。
あー、でも、友達にそんな話聞いたっけ。
どんなに好きなヒトでも、一緒に眠ろうとするとなんだか気になっちゃって深く眠れなくて、すぐ別れちゃうって。
で、初めて一緒にぐっすり眠れたカレシに自分からプロポーズして、結婚したって言ってた。
そっか、一緒に眠れるかどうかって、大事なんだ。
「それなら、よかったです」
「ああ」
吹田さんは優しく笑って、また頭を撫でてくれた。
このままずっとこうしていたいけど、そうもいかないよね。
「今、何時ごろですか……?」
「十八時四十五分だ。
さっきの音は、朱音からの夕食の準備を始めると知らせるメッセージだった」
「じゃあ、起きなきゃいけませんね」
一時間以上眠ったおかげか、気分はすっきりしてる。
肘をついて体を起こすと、吹田さんも起きあがった。
ヘッドボードのリモコンを取って、部屋を明るくしてくれる。
ふと服を見下ろして、確認してみる。
正座をしてもシワになりにくい生地を選んでもらっただけあって、大丈夫そう。
これも、確認できてよかった。
あー、でも。
「どうした」
「……お化粧落としたいんですけど、ごはんの準備中の朱音さんに、洗顔ソープとか借してもらうの、迷惑ですよね……」
寝起きだから顔を洗いたいけど、それにはまず化粧を落とさないといけない。
でも朱音さんの邪魔してまでしたいほどじゃないから、ごはんの後にしたほうがいいかな……。
「それぐらいはかまわないだろう。
朱音に話してくる」
「あ、いえ、自分でいきます」
そんなことを吹田さんに頼んでもらうの、申し訳ないし。
「わかった」
一緒にベッドを降りて、軽く身だしなみを整える。
部屋を出ると、キッチンにいる朱音さんが見えた。
朱音さんも私達に気づいて、笑顔になる。
「すみません、起こしてしまいましたか。
後十分ほどかかりますので、ソファでお待ちください」
「あ、いえ、だいじょぶです。
あの、作業中に申し訳ないんですけど、お願いがあって……」
言いながら近づくと、朱音さんは不思議そうなカオをしながらも、手を止めてキッチンから出てきてくれる。
「なんでしょうか」
「お化粧落として顔を洗いたいので、クレンジングとか貸してもらえませんか?」
「あら、わかりました。
こちらにお持ちしましょうか?
それとも、私達の部屋のほうでなさいますか?
髪を留めるヘアバンドや、スキンケア用品なども必要でしょうから」
「あー……そうですね、じゃあ、お邪魔していいですか」
そっか、一式持ってきてもらうより、あっちで必要なものを貸してもらうほうが楽だし早いよね。
「どうぞどうぞ。
吹田様、申し訳ございませんが、しばらくお待ちくださいませ」
「かまわない。
美景の望むようにしてやってくれ」
「かしこまりました。
ではミケさん、あちらにどうぞ」
「はい、ありがとうございます」
朱音さんの案内で、いったん廊下に出て、隣の部屋に入る。
玄関まわりはほぼ吹田さんちと同じ感じかな。
「こちらです、どうぞ」
「おじゃまします……」
洗面所に案内されて、朱音さんに手伝ってもらいながら、手早く化粧を落として顔を洗って、化粧水と乳液を塗る。
うーん、やっぱりさっきまでとは別人みたいなさっぱりさ。
盛りまくってたのに薄化粧に見えてたの、ほんとにすごい。
「ありがとうございます、さっぱりしました」
「どういたしまして……あら」
朱音さんがドアのほうを振り向くから、何かと思ったら、シロさんが帰ってきた。
「何して……あ」
洗面所をのぞきこんだシロさんは、私に気づいてちょっと驚いたカオをしたけど、すぐひかえめに微笑む。
「お久しぶりです、無事退院おめでとうございます」
「あ、はい、お久しぶりです、ありがとうございます~」
そういえば、会ったのは先週の月曜ぶりだっけ。
いろいろあって、メッセージのやりとりもしてなかった。
「今日吹田さんのお宅にいらっしゃっていると伺っていましたが、こちらにいらっしゃるのは、何かあったんですか?」
「あー、いえ、お化粧落としたかっただけです」
「そうですか」
シロさんは、なんとなくほっとしたようなカオになる。
うーん……?
「シロさん」
「はい、なんでしょう」
とことこ近づいて、シロさんに正面からぎゅっと抱きつく。
「まだ何か気にしてるっぽいですけど、ほんとに、シロさんはなんにも悪くないですからね!」
「……ミケさん」
とまどうような声で呼ばれたけど、気にせずぎゅうぎゅう抱きしめる。
「吹田さんに聞いたと思いますけど、私、来週には吹田さんと入籍します。
これからは、吹田さんの奥さんとしても、なかよくしてくださいね」
顔を上げてにっこり笑うと、シロさんはしばらく間を置いてから、ゆっくり微笑んだ。
「……こちらこそ、よろしくお願いします。
遅くなりましたが、結婚おめでとうございます」
「ありがとうございます~」
目を合わせて、うふふって笑いあった。
「姉さん、そんなに自然に笑えたんですのねえ」
背後から聞こえたからかうような声に、シロさんがちょっと気まずそうなカオになる。
「え、シロさんいつもこんな風じゃなかったでした?」
腕をといて振り向いて聞くと、朱音さんはにっこり笑う。
「少なくとも私の前では、そんな風に笑うことはほとんどありませんわ。
それにしても、本当に姉さんとミケさんはなかよしですのね。
うらやましいですわ」
「あー、まあ、前から友達なので。
これからは、朱音さんもよろしくお願いしますね」
なんとなく視線でねだられてる気がしたから、朱音さんにも軽く抱きついてみる。
すかさずぎゅっと抱きしめられた。
「ありがとうございます、こちらこそよろしくお願いしますね」
わー、着物の人に抱きつくと、帯にこんなふうにさわれるんだ。
おもしろーい。
「ずっとこうしていたいですけど、吹田様をお待たせしてますから、そうもいきませんわね。
姉さん、着替えたらあちらに来てください」
「わかった」
シロさんの返事は、そっけないようにも思えたけど、姉妹ならではの気安さなのかな。
私はひとりっこだから、なんだかうらやましい。
「さ、ミケさん、戻りましょう」
「あ、はい」




