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エリート×オタクの恋はいろいろ大変です!  作者: 香住なな
第三部 婚約者編
89/93

同担歓迎派と同担拒否派の溝は深い⑥

 ゆっくり目を開ける。

 やわらかいものが手にふれて、思わずにぎにぎする。

 あれ、これなんだっけ……。

「目が覚めたのか」

 静かな声に視線を流すと、吹田(すいた)さんがデスクに座ってた。

 ノーパソをぱたんと閉じて立ちあがって、近づいてくる。

 …………あー、そうだった。

 ここは吹田さんの部屋で。

 私がにぎにぎしてたのは、タオルケットで。

 疲れたから昼寝させてもらったんだった。

 私のおなかの横あたりに座った吹田さんは、手を伸ばしてそっと私の髪を撫でる。

 梳くように撫でて整えてくれる指先がくすぐったい。

「わたし、どれぐらい寝てました……?」

「四十分ほどだな。

 夕食まではもう少し時間があるから、もう一度寝てもかまわないぞ」

「んー……」

 甘やかすような優しい声に、しばらく考える。

 眠いけど、でも。



「どうした」

 肘をついて、ゆっくり起きあがる。

「ハグしてください」

 両手を開いてさしだすと、吹田さんはちょっと驚いたようなカオをしてから、優しく微笑む。

「ああ」

 ふんわり抱きしめられて、私からもぎゅっと抱きつく。

「んふふ~」

 肩に頬をすりすりすると、優しく頭を撫でられる。

「おまえが甘えたい時のしぐさは、本当に猫のようだな」

「そうですか……?

 うち、お母さんがアレルギーだから、動物飼ったことないんです。

 吹田さんは、猫飼ってたんですか……?」

「俺ではなく、母や姉が飼っている。

 いや、先祖代々と言ったほうが正しいな。

 商家だった頃は、蔵の商品を鼠に荒らされないように、猫を複数飼っていたそうだ」

「あー……」

 愛玩用じゃなくて、働いてもらってた感じなんだ。

「蔵はもうないが、今でも猫用の離れで常に十数匹が飼われていて、専属の教育係と世話係が複数ついている。 

 その中から、見目が良くきちんと躾された個体だけが、当主の部屋で飼われている」

「へえー……」

 どっかの大名家みたいな話だね。

 


「でも、猫って犬ほどきっちり教育できませんよね……?」

 人間の思うようにならないところがいいんだって、猫飼ってる友達が言ってた。

「そうだな。

 だが、少なくとも俺が見た猫は、おとなしく母や姉の膝に乗って撫でられていたし、家具で爪を研いだり、障子を破ったりということもしていなかった。

 猫がいる離れを見にいったことがあるが、そちらの猫達は暴れていたから、特別おとなしい個体を選んで躾をしているのかもしれない」

「なるほどー……」

 吹田さんは私の頭を撫でて、くすっと笑う。

「俺は母や姉のように猫をかわいがる気にはなれなかったが、おまえなら別だな。

 いつまででも撫でていたいし、抱きしめていたい」

 うーん、なんか恥ずかしさが天元突破したせいか、溺愛モードぐらいなら平気になってきたかも……。

 それともまだ眠いからかな……。

 頭を撫でてた手がゆっくり頬をすべって、指先で目元を撫でられる。



「まだ眠そうだな。

 もう一度眠れ」

「んんー……」  

 促す声に首を横に振って、ぎゅっと抱きつく。

「眠いんだろう?」

 眠いけど、でも、こうしてたい。

 ……あ、そうだ。

「添い寝、してくれるなら、寝ます……」

 そっと見上げると、吹田さんは困ったようなカオをしてた。

 目が合うと、苦笑いを浮かべる。

「いっそ本当に誘っているのなら、断れるんだがな……。

 無自覚だからこそ、性質(たち)が悪い」

 ひとりごとみたいな言葉に、首をかしげる。

「イヤですか……?」

「嫌ではないから、困っている」

 んん……?

「いやじゃないなら、してください」

 おでこをぐりぐりすると、笑ったような吐息が耳元にかかった。

「わかった。

 用意をしてくるから、少し待っていてくれ」

「はい……」



 吹田さんはそっと私を寝かせると、部屋を出ていった。

 がんばって待ってようと思ったけど、瞼が重い。

 うとうとしてると、しばらくして吹田さんが戻ってきた。

「待たせてすまない」

「いえ……」

 吹田さんはスマホと眼鏡をヘッドボードに置いて、置いてあった何かを取る。

 ピピッと電子音がすると、部屋が薄暗くなった。

 照明用リモコンかな。

「もう少し真ん中に寄ってくれ」

「はい……」

 もぞもぞ動くと、吹田さんが横に入ってきた。

 またもぞもぞ動いて体を寄せると、左腕で腕枕をしてくれて、タオルケットを引っ張り寄せて肩にかけてくれる。

 ぴったり抱きつくと、寝にくいかな。

 ちょっと距離を取って、胸の前で腕を丸めた。

「苦しくないか」

「はい……」

 すぐそばにぬくもりを感じると、体だけじゃなく心もあったかくなる。

「おやすみ」

「おやすみなさい……」


-----------------


 ガガッと独特の音で目を覚ます。

 あれ、スマホ、バイブにしてたっけ……。

 反射的に手を伸ばしたけど、何かにぶつかった。

 あれ……?

「すまない、起こしたか」

「…………あー、いえ……」

 何度か瞬きして、ようやく状況を思いだす。

 吹田さんに添い寝をねだって、寝直したんだった。

「…………」

 スマホを取って何か確認してた吹田さんを、おそるおそる見上げる。

 吹田さんはヘッドボードにスマホを戻して、私を見た。

「どうした」

「……なんか、すみません……」

「何がだ」

「ワガママ言って、添い寝してもらっちゃって……」

 眠くてぐずってるチビッコみたいなことしちゃった。

 なんで今日は、恥ずかしいことばっかりしちゃうんだろう……。



「謝らなくていい」

 優しい声で言いながら、吹田さんは優しく頭を撫でてくれる。

「急ぎの用事はなかったし、時間も余裕があったから、問題ない。

 それに、ちょうど確認できたしな」

「確認……?」

 何を……?

「俺は子供の頃からずっと一人で眠っていたし、近づく気配を気にする癖がついている。

 だから、相手が愛するおまえであっても、隣にいると気になって眠れないかもしれないという懸念があった。

 だが、問題ないと確認できたから、助かった」

 そんな心配してたんだ。

 あー、でも、友達にそんな話聞いたっけ。

 どんなに好きなヒトでも、一緒に眠ろうとするとなんだか気になっちゃって深く眠れなくて、すぐ別れちゃうって。

 で、初めて一緒にぐっすり眠れたカレシに自分からプロポーズして、結婚したって言ってた。

 そっか、一緒に眠れるかどうかって、大事なんだ。

「それなら、よかったです」

「ああ」

 吹田さんは優しく笑って、また頭を撫でてくれた。

 このままずっとこうしていたいけど、そうもいかないよね。



「今、何時ごろですか……?」

「十八時四十五分だ。

 さっきの音は、朱音(あかね)からの夕食の準備を始めると知らせるメッセージだった」

「じゃあ、起きなきゃいけませんね」

 一時間以上眠ったおかげか、気分はすっきりしてる。

 肘をついて体を起こすと、吹田さんも起きあがった。

 ヘッドボードのリモコンを取って、部屋を明るくしてくれる。

 ふと服を見下ろして、確認してみる。

 正座をしてもシワになりにくい生地を選んでもらっただけあって、大丈夫そう。

 これも、確認できてよかった。

 あー、でも。



「どうした」

「……お化粧落としたいんですけど、ごはんの準備中の朱音さんに、洗顔ソープとか借してもらうの、迷惑ですよね……」

 寝起きだから顔を洗いたいけど、それにはまず化粧を落とさないといけない。

 でも朱音さんの邪魔してまでしたいほどじゃないから、ごはんの後にしたほうがいいかな……。

「それぐらいはかまわないだろう。

 朱音に話してくる」

「あ、いえ、自分でいきます」

 そんなことを吹田さんに頼んでもらうの、申し訳ないし。

「わかった」

 一緒にベッドを降りて、軽く身だしなみを整える。

 部屋を出ると、キッチンにいる朱音さんが見えた。

 朱音さんも私達に気づいて、笑顔になる。



「すみません、起こしてしまいましたか。

 後十分ほどかかりますので、ソファでお待ちください」

「あ、いえ、だいじょぶです。

 あの、作業中に申し訳ないんですけど、お願いがあって……」

 言いながら近づくと、朱音さんは不思議そうなカオをしながらも、手を止めてキッチンから出てきてくれる。

「なんでしょうか」

「お化粧落として顔を洗いたいので、クレンジングとか貸してもらえませんか?」

「あら、わかりました。

 こちらにお持ちしましょうか?

 それとも、私達の部屋のほうでなさいますか?

 髪を留めるヘアバンドや、スキンケア用品なども必要でしょうから」

「あー……そうですね、じゃあ、お邪魔していいですか」

 そっか、一式持ってきてもらうより、あっちで必要なものを貸してもらうほうが楽だし早いよね。 

「どうぞどうぞ。

 吹田様、申し訳ございませんが、しばらくお待ちくださいませ」

「かまわない。

 美景(みひろ)の望むようにしてやってくれ」

「かしこまりました。

 ではミケさん、あちらにどうぞ」

「はい、ありがとうございます」



 朱音さんの案内で、いったん廊下に出て、隣の部屋に入る。

 玄関まわりはほぼ吹田さんちと同じ感じかな。

「こちらです、どうぞ」

「おじゃまします……」

 洗面所に案内されて、朱音さんに手伝ってもらいながら、手早く化粧を落として顔を洗って、化粧水と乳液を塗る。

 うーん、やっぱりさっきまでとは別人みたいなさっぱりさ。

 盛りまくってたのに薄化粧に見えてたの、ほんとにすごい。

「ありがとうございます、さっぱりしました」

「どういたしまして……あら」

 朱音さんがドアのほうを振り向くから、何かと思ったら、シロさんが帰ってきた。

「何して……あ」

 洗面所をのぞきこんだシロさんは、私に気づいてちょっと驚いたカオをしたけど、すぐひかえめに微笑む。

「お久しぶりです、無事退院おめでとうございます」

「あ、はい、お久しぶりです、ありがとうございます~」

 そういえば、会ったのは先週の月曜ぶりだっけ。

 いろいろあって、メッセージのやりとりもしてなかった。

「今日吹田さんのお宅にいらっしゃっていると伺っていましたが、こちらにいらっしゃるのは、何かあったんですか?」

「あー、いえ、お化粧落としたかっただけです」

「そうですか」

 シロさんは、なんとなくほっとしたようなカオになる。

 うーん……?



「シロさん」

「はい、なんでしょう」

 とことこ近づいて、シロさんに正面からぎゅっと抱きつく。

「まだ何か気にしてるっぽいですけど、ほんとに、シロさんはなんにも悪くないですからね!」

「……ミケさん」

 とまどうような声で呼ばれたけど、気にせずぎゅうぎゅう抱きしめる。

「吹田さんに聞いたと思いますけど、私、来週には吹田さんと入籍します。

 これからは、吹田さんの奥さんとしても、なかよくしてくださいね」

 顔を上げてにっこり笑うと、シロさんはしばらく間を置いてから、ゆっくり微笑んだ。

「……こちらこそ、よろしくお願いします。

 遅くなりましたが、結婚おめでとうございます」

「ありがとうございます~」

 目を合わせて、うふふって笑いあった。



「姉さん、そんなに自然に笑えたんですのねえ」

 背後から聞こえたからかうような声に、シロさんがちょっと気まずそうなカオになる。

「え、シロさんいつもこんな風じゃなかったでした?」

 腕をといて振り向いて聞くと、朱音さんはにっこり笑う。

「少なくとも私の前では、そんな風に笑うことはほとんどありませんわ。

 それにしても、本当に姉さんとミケさんはなかよしですのね。

 うらやましいですわ」

「あー、まあ、前から友達なので。

 これからは、朱音さんもよろしくお願いしますね」

 なんとなく視線でねだられてる気がしたから、朱音さんにも軽く抱きついてみる。

 すかさずぎゅっと抱きしめられた。

「ありがとうございます、こちらこそよろしくお願いしますね」

 わー、着物の人に抱きつくと、帯にこんなふうにさわれるんだ。

 おもしろーい。

「ずっとこうしていたいですけど、吹田様をお待たせしてますから、そうもいきませんわね。

 姉さん、着替えたらあちらに来てください」

「わかった」

 シロさんの返事は、そっけないようにも思えたけど、姉妹ならではの気安さなのかな。

 私はひとりっこだから、なんだかうらやましい。

「さ、ミケさん、戻りましょう」

「あ、はい」

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